千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
僕は比較的、温泉が好きだ。湯につかるという行為は体だけじゃなく心も癒してくれる。そうして生まれた心の余裕で、前世の僕は魔力を探す事を思い付いたんだ。ああいうのを天啓と言うのかもしれない。
そんなわけで僕は今、ミツゴシ温泉ランドのホテルで朝風呂を満喫していた。
まだ早朝だからか人の姿は無く、大浴場は僕の貸し切り状態。露天風呂に出ると、雲1つ無い青空と燦燦と輝く太陽。やっぱり風呂は朝が一番だね。
風呂上りは浴衣に着替えてコーヒー牛乳。そしてミツゴシ製の魔動マッサージチェアでくつろいだ。極楽。
さて、朝食までまだ時間があるし……温泉ランドのモチーフ「竜の涙」の伝承について調べてみようか。モチーフにしてるだけあって、温泉ランドはそこかしこにドラゴンの意匠が施されている。例えば部屋の鍵についてるキーホルダー、細長い札の先端にドラゴンが彫られている。
ロビーで何か聞けないかな? ――そう思って足を運ぶと、待合用の椅子に囲まれている本棚が目に留まった。並んでいたのは新聞の切り抜きをまとめたであろうスクラップ帳や、帝都の《探索者協会》でも見た「帝国伝承編纂図」……それにいろんな雑誌のバックナンバー。探していた情報がここにありそうだ。
「どれにしようかな……」
悩んだ末、僕は「月刊 迷い宿」へと手を伸ばす。幻の宝物殿を名前に掲げるオカルト情報誌なら、無茶苦茶なこじつけで幅広い情報が載っているかもしれない。前世でも魔力を探す時にオカルト情報誌が役立った……ような?
適当にページをめくっていると……あったあった。伝承の全文が載っているページを見つけた。
『
むかしむかし、この地には優しい姫がいました
ある日、姫は群れからはぐれた小さな竜を助けました。
姫と竜はすぐに仲良くなり、一緒に大きくなっていきました。
しかし、平和な日々は終わりを迎えました。
とつぜん現れた怪物の群れが、国を襲ったのです。
竜は姫を守るために戦い、深い傷を負いながらも怪物の群れを退けました。
しかし、姫の元に戻った竜を待っていたのは既に滅ぼされた王国でした。
城の中で息絶える姫に、竜は言いました。
姫よ目を開けてくれ、また共に空を飛ぼう。
その時です。息絶えたはずの姫の目から一粒の涙が零れました。
姫よ泣かないでおくれ。
竜も堰を切ったように泣き出しました。
熱い涙は大地を濡らし王国を飲み込んでいきました。
姫が目を覚ますと、そこには命に満ちた不思議な湯が沸いていて、
しかし竜の姿はどこにもありません。
姫は竜の名を呼びました。その声は誰もいない空に響くだけでした。
』
なるほど……教訓とかは無さそうだし、過去に起きた出来事をそのまま伝えているパターンかな? 竜、姫、怪物……気になる単語がいろいろあるね。
さらにページを進めると、この伝承が広まっている地域を示した地図と、各地の怪しげな噂についてが見開きで纏められていた。そうそう、こういうのが見たかったんだよね。
荒唐無稽な噂ばかりだけど……1つの情報が目に留まった。この温泉ランドから西……スルス山にドラゴンの巣があるんだって。地元住民によると、そのドラゴンは温泉好きで「温泉ドラゴン」と呼ばれているとか。
……知ってる情報だった。スルスの山には登ったし、麓の街で温泉にも入った事がある。
部屋での朝食後、外出の準備をしてたらイータが訪ねて来た。まだ眠そうな顔してる。
「マスター……話の続き、しよう」
「おはよう。寝不足?」
「いつも通り……ぐぅ……」
そういってイータはおぼつかない足取りで歩き……ベッドに倒れ込んだ。秒で寝息を立ててる。
「すやぁ……」
「イータ?」
「はっ!? 危ない……マスターの前で、寝るとこだった」
「いやバッチリ寝てたから」
気を取り直して話を聞いてみると……この温泉ランドを設計したのはイータらしい。《ミツゴシ商会》では商品開発や建築部門を担当しているとか。
「帝都のデパートとマンションは、建てるのも私がやった。ガンマは……人使いが荒い」
「建てたって……設計しただけじゃなくて?」
「そう。私が、建てた」
1人で建てた、みたいな口ぶりだけど、イータなら――彼女はアルファが拾ってきた時から錬金術師の心得があったし、七陰を廃村に匿ってた頃は、家の修繕とか柵とか農具とか罠とか毒とかツーバイフォーとか……いろいろと作ってたのを知ってる――彼女ならできるかも。
「それなら1つ聞きたいんだけど……僕の部屋、8人くらい住めそうな感じだよね。なんで?」
「あれはアルファ様のリクエスト。理由は聞けなかった」
「アルファの? へえ……アルファの?」
なに考えてんだアイツ。
……話を戻そう。イータは温泉ランドの地図を机に広げた。中心に温泉ランドの本館があって、僕がいるホテルは北西の方。敷地内にあるけど温泉ランド本館と直接は繋がっていない。けど、ホテルの露天風呂と本館の温泉エリアが隣り合っているみたいだ。
そしてイータは地図のある一点を指さした。
「写真で送った穴はここ。要望があったとかで、馬用の温泉を作れって言われた。ついでに人間用の足湯」
「正面の駐車場じゃないんだ?」
「そっちは送迎の馬車専用。自前の馬車で来るような客は、だいたいホテルに泊まる」
「だからホテル側の駐車場……てことか」
イータが指し示したのは地図の北西側の隅、他の温泉からは離れている場所だ。お湯を引くより新しく掘った方が早そうな気はする。ひとまず、穴の状況はわかった。
「それで、戦力が足りないって話だったよね。襲われる前提?」
「最初に遭遇したのは地図のここ、穴の近くに隠れて私を待ち伏せしてた」
「襲われたんだ」
「うーん……襲われたと言うより、誘拐されそうになった。髪の毛を私に巻き付けて……穴の中に引きずり込もうとしてきた」
「じゃあ返り討ちにして……逆に捕まえたのが、あの写真?」
「そう。わざと逃がして、巣をつきとめようとした。それで逃げ込んだのがあの穴。
後を追ったら地底都市に繋がってて……数えるのもイヤになるくらいアンダーマンがいた。それで気づかれそうだったから逃げたけど……登るのが一番、大変だった」
思い出すのもイヤそうにイータは顔をしかめてる。彼女も元悪魔憑きだから身体能力は高いんはずなんだけど……体を動かすの、今も好きじゃなさそうだね。だからイータの戦闘スタイルはかなり奇抜で……って話が逸れてる。
「隠れて誘拐しようとするって、けっこう頭よさそうだね」
「私もそう思う。アンダーマンは洞窟や地面を掘って住処を広げるから、どこから来てもおかしくない。先回りの罠は難しいし、あの数を相手にするなら、こっちも数がいる。でもガーデンの戦力は使えない。ミツゴシとの関係がバレる」
「確かに、姿を見せるわけにはいかないね」
どうも最近《シャドウガーデン》は騎士団に目をつけられているみたいなんだ。僕の手配書も出回ってるし……ちょっと目立ちすぎたかな?
「だからゴーレムを使うつもり。でも材料が届くまで暇、何もできない」
「ふーん……その材料が届く前に、襲ってきたりしない?」
「んー……驚かせたから大丈夫……と思う。自信は、無い」
さすがにイータでもそこまではわからないか。そうなると……僕がとれる選択肢は2つだ。
1つ目は襲撃を警戒して、おとなしく待つ。まだ本館に行ってないし、他の客に紛れてのんびり羽根を伸ばすのも悪くない。
2つ目は……暇つぶしに近くの宝物殿に行く。実はちょうど準備してたんだよね。
どっちにするか考えてると、イータの視線が僕の手荷物へと向いた。
「マスター、どこか出かける?」
「ああ、これ? 近くの宝物殿に行こうかなって」
「私も、同じ事考えてた」
「そうなの?」
「いろいろ後回しにしてた実験、アンダーマンより先に
「あー……アルファなら言いそう」
宝物殿の奥で濃度の高いマナ・マテリアルを吸収すると、人は強くなる。でも体内に吸収したマナ・マテリアルは、濃度の低い地上だと時間経過で少しずつ抜けてしまうんだ。
元悪魔憑きの七陰なら、そう簡単には抜けないと思うんだけど……真面目なんだよねアルファ。でもイータが行く気なら――
「そうだ。一緒に行く? 昔みたいに」
「! マスターと一緒……ふふふ……行く! マスターなら、どんなに巻き込んでも平気……!」
悪そうな笑みを浮かべるイータの口から、何やら不穏な呟きが聞こえた。まあ実力を信用されてるって証か。どんなポーションや魔道具を使う気なのやら。
「それで、どこ行く? 【無明の沼】? 【逆さ虹の谷】? それとも――」
「【
認定レベルは8、ゼブルディアでトップクラスに危険な宝物殿……それが【万魔の城】だ。
その名の通り、悪魔が住んでいそうな見た目の城で、濃密なマナ・マテリアルが周囲の天候さえ支配している。
発見されてから今まで誰も攻略した者のいない……いや、帝都で今頃《
「え~……【城】に行くの?」
「もちろん」
ぱっと見の判断だけど……今の七陰なら、あそこが適正レベルでしょ。