千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
昨夜までの嵐が嘘のような快晴の下……雷精を撃退したクライ・アンドリヒ一行の馬車は、街道を北上しビアの町へと向かっていた。昨日までと同じように、ルーク、リィズ、アンセムの3人、そしてノミモノに乗ったキルキル君が並走している。
「昨日のアレ、思ったよりヤバかったねアンセム兄。近づくだけでビリビリきたもん。まだ痺れ残ってる」
「うむ……」
「でも斬り応えはイマイチだったぞ。次に精霊と戦うなら剣を持った精霊とやりたいぜ」
「そんなのいるわけないじゃん。でも次かぁ……クライちゃんが一緒なら、またすぐだよね」
「だな! やっぱクライが一緒だと違うぜ」
「きるきる……」
「あ、あんな目にまたすぐ……?」
和気藹々と雷精について話す4人――4人?――に対し、御者台に座るシロ、クロ、ハイイロの3人はどこか怯えた様子だ。彼らは日に日に憔悴しているようだが……いったい何を恐れているのだろうか?
さておき、車内の様子はと言うと……重苦しい雰囲気にクライが顔を引きつらせていた。ルシアも困った表情で、クライとクレアを交互に見ている。アロハシャツ型の宝具……『
「クレア……大丈夫ですか?」
「ん……ルシア、私……ハンターやめようかな」
「は……はぁ!?」
「ずっと悩んでた体はもう治ってるみたいだし、アンタ達との差を思い知らされたし、シドは私を追い抜きそうって話だし……私がハンターやってる理由って何? そう思ったらなんかもう……どうでもよくなっちゃった」
「…………夢は!? ハンターとして大成して、シド君に贅沢させてあげるって……言ってたじゃないですか!」
「あー……もういいわ。シドはアンタにあげる」
「あ、あげ……!? いりませんよ!」
友人の変わり果てた言動に、ルシアは頭を抱えた。そして何を言っても無駄だと悟ったのか、この事態の元凶であるクライを睨みつける。
「兄さん、なんであの宝具を着せたんですか! あんなのクレアじゃありません!」
「いやぁ……なんだか深刻そうな顔してたから、気を紛らわせてあげようかと思っただけで……まさか『快適な休暇』にこんな弱点があるとは」
「感心してる場合ですか! 全くもう!」
「あ、そうだ。今のクレアに『
「クレアで遊ぶなー!」
――クレアが快適に溺れ、ルシアがクライに食って掛かる横で、シトリーは静かに地図を睨んでいた。前の街で聞き入れた情報、それと周辺の地形を照らし合わせ……ある1点に印を書き加えた。
(本命はここでしょうか。そうなると対抗は――)
***
一見、簡素な塀に囲まれた小さな町。しかし実際は広大な牧場を有し、地図上の面積はガイラの街にも引けを取らない……それがビアの町だ。
訪れたクライ一行は解散し、皆が思い思いに過ごす中、クライは街の外れ……光霊教会の外でアンセムを待っていた。先ほど買ったキャラメルを頬張り、舌鼓を打っている。
「……うん、この町に来たのは正解だったな」
クライは甘党だ。まだ日が高いにも関わらず馬車を止めたのは、牧場の名産品が目的と言っても過言ではない。
「クライ」
「ああアンセム。話は済んだ?」
「うむ……」
「それなら戻ろうか」
護衛のアンセムを引き連れ、クライは宿へと脚を向ける。行きと同じく、アンセムの巨体に視線が集まる道中……クライはおもむろにアンセムを見上げた。
「突き合わせちゃって悪いね」
「いや……お互い様だ」
「この町の事だけじゃなくてさ、バカンスの事。みんなと一緒に行きたいとは思ったけど、急な話で困らせたんじゃないかって」
「それこそ、気にするな。《
「……はは、ありがとう」
真っ直ぐなアンセムの言葉に、クライはどこか戸惑いの表情を浮かべた。すると、今度はアンセムが話題を口にする。
「教会で気になる話を聞いた」
「うん、どんな話?」
「町の近くでグールが目撃されたらしい」
「……グールって、おばけ系の? この辺りにそういう宝物殿あったっけ?」
「いや……それで町が調査依頼を探協に出したそうだ」
「へえ~……新しい宝物殿でもこの辺りに発生したのかな」
魔物の中には不浄の魂を持つ魔物が存在する。その中でも実体を持つ魔物は幽鬼系と呼称されており、グールもその一種だ。
幽鬼系の全盛期……すなわち吸血鬼の時代には、グールも多く現れていた――と、記録されている。しかし吸血鬼が伝説上の存在となった現代。グールは吸血鬼共々、宝物殿の
「どうする」
「アンセムは
「……俺はクライの決定に従おう」
「それなら別にいいかな。僕達はバカンスに来ているんだ。余計な事には首を突っ込まない」
「うむ」
「どうせはぐれだよ。もし本物でも群れが発生してるとか、そうそうありえないって。きっと他のハンターが解決してくれるさ」
「うーむ……」
うんうん頷くクライに対し、アンセムの表情は険しい。どこか不安げだ。すると不意にクライが顔を上げた。
「……そういえばシトリーも似たようなこと言ってたけど、グールの事だったのか」
「シトリーが?」
「うん。探す必要は無いって言ったんだけど……『待ち構えるって事ですね』って何か勘違いしちゃってさ、変な事しそうだったら止めておいてよ」
「……うむ」
アンセムは重々しく、しかし力強く頷いた。
***
その晩……物見櫓からけたたましい鐘の音がビアの町に響く。そして見張りの叫び声が続いた。
「魔物だ! 魔物の群れがこっちに来る!」
町の入り口から数百メートル先……100を超える魔物の姿があった。魔物避けが設置されているはずの街道を通り、まっすぐビアの町に向かってきている。だがそれを待ち構える者達がいた。
「予想通り、こちらの方角から来ましたね。それではお兄ちゃんとルシアちゃん、お願いします」
「うむ」
「……シト、何か仕組んだ?」
「さて、なんの事でしょう?」
「まあいいけど……『ヘイルストーム』!」
たった1呼吸の詠唱の後、氷の嵐が吹き荒れる。それは魔物の群れを飲み込むほど巨大な嵐だった。範囲と効果時間を重視した魔法、威力は抑えめだ。……それでも嵐を通過できた魔物は3割に満たない、傷ついた魔物に向かって他のハンター達が走り出す。
「剣士はどこだ! 剣士はいないか!」
「ちょっとルーク!? そんな突っ込んで……討ち漏らしがでたらどうするのよ!」
「大丈夫だよクレアちゃん、アンセム兄とキルキル君が上手くやってくれるって。それとも~……怖気づいた?」
「はぁ!? そんなわけないでしょ! 待ちなさいよリィズ!」
魔物の群れに果敢に挑むハンター達、彼らをすり抜け町に向かおうとする魔物もいるが……その行く手を聖騎士の結界が阻む。
「むん!」
弾かれるように倒れた魔物に向かって、獅子のキメラが空から襲い掛かる。その上には半裸の巨漢が跨っていた。
「きるきる……!」
「ダメですよキルキル君、グールの肉なんて食べたらお腹を壊してしまいます」
――やがて氷の嵐が収まった時、魔物の群れは壊滅していた。グールも魔獣も……ドラゴンゾンビさえ、死骸となって街道に散乱している。
だが、まだ戦いは終わっていない。群れを操っていた黒幕――吸血鬼アッシュは結界によって退路を封じられてしまった。光り輝く壁を背に周囲のハンター達を睨みつける。
「……人間ごときが、俺を追い詰めたつもりか? この俺を吸血鬼だと――」
その言葉を遮るように、正面で対峙するルークが木剣の剣先を突き付けた。
「いいからオッサン、剣を抜けよ。腰の剣は飾りじゃねえだろ? 俺と斬りあおうぜ」
「オッ……オッサンだと……?」
「ルークちゃんの次は私ね~。あ、それともクレアちゃんやる?」
「……ルークの次って、ルークを負かすような奴と戦えって事? ムチャ言わないで」
「貴様ら……この俺をバカにするな!」
余裕な態度を見せるハンター達に向かって、アッシュは怒りのまま『血の槍』を放った。吸血鬼に代々伝わる魔法の秘術だ。魔力を帯びた血が触手を形作ってうねり、四方八方へと伸びていく。
その多くは正面のルークを狙うが……次の瞬間、ルークは前へと踏み出した。血の触手を木剣で切り裂き、アッシュへと接近する。
「なッ……!?」
それを油断と言うのは酷だろう。木剣が吸血鬼の秘術を斬り捨てるなど、常識外れなのだから。
アッシュは右腕を犠牲にルークの一太刀を躱した。制御を失った血の槍は狙いを逸れ、命中したのは数本。ルークは軽傷で吸血鬼の秘術を凌いだのだ。しかし彼の表情は冴えない。
「なんだ魔法か。腰の剣は飾りかよ……でもまあ、勝負ありだな。見た感じ1人みたいだし……そのケガじゃもう戦えないだろ」
「人間ごときが……吸血鬼に情けをかけるつもりか! 舐めるな!」
アッシュは右腕を瞬く間に再生させる。吸血鬼としての力だ。そして再び『血の槍』をルークに向けて放つ。
しかし結果は同じだった。今度は左腕を切り落とされ、アッシュはルークから後ずさる。
「おお? オッサン、腕どうやって治したんだ? あ、吸血鬼つったな……それでか?」
「ククク……そうだ。剣で俺を倒す事は出来ん。どれだけ貴様が強かろうと――」
「って事はよ……斬り放題って事か!」
「グアッ!? 待て……! やめろ……!」
斬られた左腕を再生する間に右腕と右脚を斬られ、右腕と右脚を再生する間に腹と胸を斬られる。何度斬られただろうか? ――再生が間に合わず、アッシュはバラバラになっていた。勝ち目の見えない実力者を前に、彼の胸に湧きあがるのは後悔の念。
(何故だ……いったいどこで間違えた……?)
軍団を作り人間の町を襲おうと考えた事か? 【赤の塔】のクリムゾンの野望に賛同し隠遁をやめた事か? それとも……1000年前、人間との共存を目指した連中と道を違えた事か?
(まさか……あの女が共存を目指したのは、こんな人間が……吸血鬼を超える実力者が現れる事を予期して――)
その考えに至った時、アッシュの視界が異様に明るくなる。頭上からの眩い光、そして熱。まるで太陽が現れたような――人間達が空を見て驚愕する中、降り注ぐ炎がアッシュの肉体を焼き尽くした。
「うおおぉっ!? 俺の剣が!?」
「あれは……火精でしょうか? こんな人里に来るなんて……
「もう……もう、もう! 何考えてるのよ兄さんは!! 『ヘイルストーム』! 『ヘイルストーム』!!」
***
吸血鬼率いる幽鬼の群れと火精、町に被害が出なかったのは奇跡と言ってもいいだろう。ところが……朝早くから宿に押し掛ける町の有力者たち、その感謝の言葉に辟易としたクライは早々の出立を決定する。
「魔獣の群れがどうとか言ってたけど……昨日いったい何があったのクレア?」
「こっちだって知りたいわよ……黒幕っぽいヤツ、灰になっちゃったし」
「え……黒幕とかいたの?」
「でも吸血鬼って言ってたし……まだ生きてるかもね」
「なにそれ怖い」
――この後、クライは焼け野原となった街道を見て、もういちど顔を引きつらせる事になる。