千変万化に負けない陰の実力者になりたくて!   作:kaneda,i9

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【万魔の城】で遊ぼう!

「これは持っていく。これも持っていく。これはキャンプ用。こっちは――」

「……まだ時間かかりそうだね。僕は先に行ってるよ。すぐそこだし、城の中で合流しよう」

「え……? 待って、マスター……!」

 

 

***

 

 

 崖上にそびえるその漆黒の城には、見る者を不安にさせる異様な存在感があった。認定レベル8の城塞型宝物殿【万魔の城(ナイトメアパレス)】――並の人間なら、いや並のハンターでも近づくだけで不調に陥るだろう。濃厚なマナ・マテリアルは天候さえも支配し、城の上には常に暗雲が立ち込めている。

 

 侵入者を拒むような激しい雷雨の中……気だるそうに城へと向かう人影があった。漆黒のボディスーツを纏う精霊人(ノーブル)……イータである。大量の荷物を運んでいるせいか、風に煽られ足取りは重い。最後まで運んでほしかった――そんな不満を彼女は抱いている。

 

「うう……雨、邪魔……何が由来……? 城……それとも人……?」

 

 錬金術師(アルケミスト)(さが)か、イータは雷雨という特徴から宝物殿の由来へと考えを巡らせる。歴史、伝説、神話……考えながら歩くイータだったが、不意に彼女は顔をしかめた。脚を止めて見上げたのは、高い外壁と開け放たれた金属製の扉。幻影(ファントム)の気配は無く、城は不気味に静まり返っている。

 

「むう……マスターは、私を買いかぶっている」

 

 研究と開発が主な役割とは言え、イータは《シャドウガーデン》を統括する七陰の1人。戦闘経験は決して少なくない。他の七陰と共に強大な龍に挑んだ事もある。

 だからこそわかる。この宝物殿はあの龍がいた森と同等に危険だ。たった1人で突入するなんて考えられない。それができる実力者はシャドウただ1人――

 

「…………でも、行くしかない」

 

 こんなところで1人で待っているわけにはいかない。それでは何のためにここまで来たのかわからない。合流したら文句の1つでも言おう――意を決したイータは【万魔の城】へと足を踏み入れた。扉や城壁を詳しく調べたかったが、そんな気持ちを振り切って進む。

 

 しかし門をくぐって間もなく、イータは目を輝かせた。

 

「おお……! 幻影の死骸……!」

 

 彼女が見つけたのは幻影、漆黒の鎧を纏った騎士の幻影だ。城へと続く石畳の道、青々と茂る街路樹のそばに首なしの死体がもたれている。

 基本的に生命活動を終えた幻影はマナ・マテリアルへと還元され、空気中へと霧散してしまう。死骸が残るという事は、還元に時間がかかるほどマナ・マテリアルが強いという事だ。

 

「ふ……ふふふ……どんな実験しよう? 来てよかった……!」

 

 怪しい笑みを浮かべて、幻影の死骸へフラフラと近づくイータ。並の宝物殿ではお目にかかれない現象に興味津々。

 しかしその時、大きな金属音が鳴り響いた。それはまるで鎧騎士が転倒したら鳴るような音。ちょうどイータの目の前にいるような鎧騎士が。

 訝しんだイータが耳をすますと、金属同士……剣と剣がぶつかるような……断続的な戦闘音、それが雨風に紛れている事に気づいた。この宝物殿で誰かが戦っているとすれば、それは――

 

「……マスターの戦い、観察しなきゃ」

 

 僅かな逡巡の後……イータは今度こそシャドウとの合流を急いだ。

 

 

 

 

 城門から本丸へと続く道の終わり……雷雨の中でも茂る街路樹が途切れ、城の入り口へと差し掛かる場所にシャドウはいた。軽く突き飛ばした漆黒の騎士が石畳の地面を転がっている。

 しかしシャドウに休む暇はない。その場に黒騎士の幻影は3体……ロングコートを翻し、シャドウは背後に迫る2体を迎え撃つ。

 先に踏み込んだ黒騎士が剣を振り下ろした。シャドウはそれを自らの剣で受け止め、もう一方の出方を伺う。迫るのは剣の切っ先――刺突だ。シャドウは受け止めた刃を振り払い、半身になって刺突を躱した。だが回避したのもつかの間、2体の黒騎士はシャドウを攻め続ける。反撃の隙を与えないつもりだ。

 黒騎士の剣技は卓越の域にあった。振るうのは目にも止まらぬ速さの剣技、それがシャドウをじりじりと後退させている。これを好機と見たのか、2体の黒騎士は同時に渾身の技を振るった。

 驚異的な速さと力で振るわれた剣が……空を切る。シャドウはいない。すかさず黒騎士は振り向こうとした。

 

「遅いね。気づくのが早くても、それじゃあ意味が無い」

 

 黒騎士の1体をシャドウの剣が貫いた。鎧の僅かな隙間に深々と刺さる剣……傷口から緑色の体液が流れ落ち、刺された黒騎士の手から剣がこぼれ落ちる。即死だ。

 シャドウは眉一つ動かさない。するとそこに鎧を揺らしながら、もう1体の黒騎士が迫る。深々と剣を突き刺したなら、抜く瞬間が隙となる――残った黒騎士はそう判断したのだろう。剣を握った両腕を大きく振りかぶる、叩き潰す腹積もりのようだ。

 だが、その剣が振り下ろされることは無かった。黒騎士の両腕が、剣を握ったまま切り落とされる。続いて首を……即死だ。

 振り抜かれたシャドウの左手には剣。彼は剣をスライムへと戻し、再び右手側で剣へと変える。黒騎士はシャドウの剣がスライムだと見抜けなかったのだ。

 

 例えレベル8宝物殿の幻影と言えど、シャドウの前では障害にならない。ところが、2体の幻影を倒したにもかかわらずシャドウの表情は冴えなかった。

 

「やっぱり速いのは剣だけか……これならシトリーのゴーレムの方が強かったな」

 

 つまらなそうに呟くと、シャドウは視線をある方向へと向ける。先ほど突き飛ばし、ようやく起き上がった最後の黒騎士に。

 

 

***

 

 

 さて、どうしたものか。最後の黒騎士は、重い鎧を鳴らしながら僕に向かって走っている。準備運動がてら何体か倒したけど……一流の剣技とそこそこ固い鎧、そして鈍重な身のこなし、あの黒騎士は剣の練習台にちょうどいい強さだ。前ここに来た時は腕試しのつもりだったし、今回は新技を考えるのもいいかもしれない。

 

「――マスター……! やっと見つけた」

 

 おっと、イータが来たみたいだ。声のした方を見ると、彼女は大きな荷物を街路樹のそばに下ろして、なにやら漁っている。ちょうどいいや。彼女の今の実力を見せてもらおう。適当に黒騎士の攻撃をあしらいながら、彼女に呼びかける。

 

「イータ、この幻影を――」

 

 そう言いかけた時だった。辺りのマナ・マテリアルの流れが変わり、イータの近くに集まっていく。耳障りなノイズ音と共に、マナ・マテリアルが黒い塊を形作っていく。イータは未知の現象を前に荷物を漁る手を止めた。じっと睨みながら身構えてるけど……僕はこの現象、前ここに来た時に見た事がある。

 

「それ幻影の発生現象だよ。そっちは任せる」

「えー……ちゃんと準備させてほしい……」

 

 そう言ってイータは渋々ながら荷物から離れた。持っているのは数本のポーション瓶だけ。自分を囮に、荷物から引き離そうとしてるのかな。

……どこか目を輝かせているように見えるのは気のせいじゃないね。人の目の前で幻影が発生するのは、ここみたいにマナ・マテリアルがすごく濃い宝物殿だけだ。

 

「ぬかるなよ」

 

 こっちの黒騎士は今ちょうど倒したし、後はイータの方だけ。邪魔しないように観戦に徹するとしようか。……ちょっと押され気味かな?

 

「え……速っ……! これでザコ……!?」

 

 黒騎士の剣技は一流だ。真っ当な剣士(ソードマン)してるアルファやベータならともかく……イータは剣士じゃない。自分の影から伸ばしたスライムの腕を盾に、黒騎士の剣を何とかしのいでいる。相変わらず自分の体を動かしたくないみたいだ。

 不意に黒騎士がバランスを崩した。よく見ると、イータの足元から黒騎士の足元まで黒いスライムが伸びている。足を滑らせた? その隙にイータは飛び下がり、右手を黒騎士に向けて突きだした。彼女の影が膨れ上がる。

 

「行け……!」

 

 その掛け声で、イータの影から無数の剣が発射された。全部スライムソードだろう。彼女は剣士でも魔導師(マギ)でもなく錬金術師、七陰の中でも特にスライムの扱いが上手い。

 黒騎士は剣と鎧でスライム剣を弾いてるけど、地面に落ちたスライムさえイータの支配下にある。地面から伸びた槍が、四方から黒騎士を襲った。

 

「そう使うのか……やるねイータ」

 

 槍の殆どは命中しなかった。でも黒騎士のそばに留まり行動を妨害している。さながら金網の罠にかかった獣のようだ。動きは封じたみたいだけど……そこからどうする?

 イータの次の手は……黒と白、怪しげな液体の入った2本のポーション瓶だった。

 

「実験開始」

 

 イータが呟くと、スライムの腕がポーション瓶を叩きつけた。1本目は黒騎士の兜と首回りを汚す。2本目は漆黒の鎧を白く塗りつぶす。いったいなんだ? そう思った次の瞬間、激しい稲光が辺りを白く染め上げた。落雷によって引火したのか、黒騎士の頭が燃えている。

 

「……さすが【城】、雷もレベルが違う……!」

 

 頭を抑え苦しそうに体をよじらせる黒騎士を見て、イータは笑みを浮かべる。黒い方は油か何かだとして……まさか白い方が雷を呼んだ? それを問いかける間もなく、イータは次の攻撃に移る。黒騎士を囲むように集まった地面のスライム、その上に赤く輝く魔法陣が浮かび上がった。魔力集中でイータの髪が揺れる。

 

「『天地炎撃(フレアゲイザー)』……!」

 

 燃え盛る炎が魔法陣から飛び出した。炎は黒騎士を飲み込み、天まで届きそうな火柱となった。吹き荒れる雨が火柱で蒸発し、辺りに霧を生み出していく……

 

 自然と共に生きる精霊人は火の魔法が苦手のはずなんだけど、逆にイータは昔から火の魔法だけ得意だったんだ。なんでも「火が一番手っ取り早い」って。

 

 やがて黒騎士が倒れた。炎は収まったけど、熱気はそのまま……辺りに立ち込める蒸気はサウナみたいだし、黒騎士の鎧に当たった雨が音を立てて蒸発している。

 まあそれはそれとして、イータの戦いぶりは見事だった。やっぱり今の七陰はこの宝物殿でも通用する実力を持っているね。

 

 肩で息してるイータに声をかける。

 

「腕を上げたねイータ。さっきの雷は何したの?」

「あれは誘雷薬……雷を引き寄せるポーション。研究中に思い付いて作ったけど……使い道がなくて困ってた」

「なるほど……雷に打たれて、耐性を鍛えるのに使えそうだね」

「! その発想は無かった……今度アルファ様に――って違う」

 

 そこまで言ってイータは僕を睨みつける。ちょっと怒ってる?

 

「マスター、こんな城で1人にしないで。もし、あんな幻影に囲まれたら、命が足りない」

「ごめんごめん。幻影を片付けたら戻ろうと思ってたんだけど、次々に現れるから戻るに戻れなかったんだ」

「……嘘。マスターなら、すぐに倒せたはず」

「そうかもね」

 

 謝罪をしてもイータの視線は相変わらず厳しい。これはかなり拗ねているな……こういう時は言葉より行動だろう。とりあえず僕はイータが持ってきた荷物を担ぎ上げた。

 

「それじゃあ お詫びに、今回はイータが方針を決めていいよ。この宝物殿で何がしたい?」

「むう……それなら……城の中を調べたい。この宝物殿の由来が気になる」

 

 

 

 方針が決まり、城の入り口に向かった僕達は……その手前の広場で思わず脚を止めた。広場の縁に幻影の死骸が山のように積み重なっている。それも1つや2つじゃない……広場を囲むように死骸の山が点在している。

 

「これ……マスターがやったの?」

「いや、僕じゃない」

 

 死骸の山を近くで見ると、死因にバリエーションがあった。関節がねじ曲がっている物、鎧がボコボコに凹んでいる物、凍結している物、焼けただれた物……犯人は彼らしかいないだろう。

 

「やったのは嘆霊(ストグリ)だな。この宝物殿に挑戦してるって噂を帝都で聞いたよ」

「言われて見れば……凍ってるのは《万象自在》の仕業かも」

「万象……ルシアか」

 

 ルシアはいろんな魔法を使えるって聞いたけど、得意魔法は氷なのかな。そうだ、他の死骸も嘆霊メンバーに当てはめてみよう。首が折れてるのはリィズで、圧死してるのはアンセム? 焼けただれてるのはシトリーの毒薬かな。鎧ごと真っ二つになってるのはルークだろう。

 

……真っ二つ?

 

 よく見ると鎧の切断面は鋭く滑らか……業物の剣を使ったようにしか見えない。でもルークは木剣を使うってローズ王女から聞いたばかりだ。

 木剣でも魔力を込めれば鎧は切れると思うけど、ルークが生粋の剣士なら魔力を使うとは考えにくい……つまり木剣で、魔力を使わず、鎧ごと斬った?

 

「……どうやって?」

「マスター、こっち来て。嘆霊の連中……ここでキャンプしてたみたい」

 

 イータも何か見つけたみたいだ。彼女がいるのは広場の中央、そこにあったのはキャンプファイヤーの跡。状況的に《嘆きの亡霊(ストレンジグリーフ)》の仕業……宝物殿の中でも平気で眠れるみたいだ。ソロ活動の多い僕にはこっちも真似できない。

 

 でも……七陰のみんなと一緒だったとして、僕は同じ事を提案しただろうか?

 

「私も……考えた事ある。宝物殿の中でキャンプすれば、いちいち外に戻らなくていいのにって。でもまさか、実際にやってるハンターがいるなんて――」

「ふっ……」

「マスター……?」

「これが帝都最強と目されるハンターのやり方か……面白い……!」

 

 どうやら僕は、いつの間にか常識に囚われていたみたいだ。常識を超えた先で嘆霊が実力を磨いたと言うのなら……僕も1から常識を疑おう。陰の実力者に停滞は許されないのだから。

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