千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
『女神の試練』当日。快晴の空の下、会場は熱気と興奮に包まれていた。
試練の開始以来、数多くの参加者が呼び出せずに終わった古代の戦士が……ついに姿を現し、それを打ち倒した者が現れたのである。筋骨隆々、金髪の男が雷を纏う大剣を空へと掲げる。
「聞け! そして胸に刻め! 俺が《豪雷破閃》アーノルド・ヘイルだ!」
勝ち名乗りを上げるハンターに、割れんばかりの歓声と拍手が応えた。来賓席でもその雄姿を称賛する声が上がる。ローズ・オリアナもその1人だ。
「古代の戦士を相手に粘り勝ちするなんて……目が離せない試合でしたね、ナツメ先生」
「ええ。最初は押され気味に見えましたが……勝敗を分けたのは武器の差かもしれません」
「そうでしょうか? アーノルド殿の大剣の方が取り回しは悪そうでしたが……」
「彼の大剣は雷を纏っていました。その攻撃が古代の戦士の鎧を帯電させ……少しずつダメージを蓄積させた。私はそう見ています」
「あの雷にそんな意図が……!?」
ナツメ・カフカとして堂々と会場に入り込み、ローズ王女と歓談するベータ。一見すると、ただ観戦を楽しんでいるように見えるかもしれない。しかし彼女は時折、鋭い視線を監視対象へと送っていた。それは女神の試練を主催するリンドブルム《聖教》その中心人物……禿頭輝くネルソン大司教代理である。
(古代の戦士が現れた瞬間、あのハゲは合図を出した。立場もあるでしょうけど、あそこまで堂々とされたら逆に怪しまれないでしょうね)
「ナツメ先生、どうかなさいましたか?」
「いえ、なんでもありません」
ベータも怪しまれないように視線を中央舞台へと戻す。そこでは、次の挑戦者が肩を落として退場していた……どうやら古代の戦士を呼び出せなかったらしい。無名の挑戦者が次々呼ばれては、すぐに退場していく……そんな折、ベータも知る名前が呼び出される。
「次、
なんども名前を呼ばれるが、ティノは姿を見せない。――怖気づいたのか? 女神の試練ではよくあることさ――そんなざわめきが観客席に広がる中、彼女を知るローズは眉をひそめている。
「ティノさん……どうしたのでしょう。楽しみにしていたのですが」
その一方でベータは、ティノ不在の理由に心当たりがあった。
(例の少女とティノに接触した……そうアルファ様から連絡はあったし、きっと今頃は作戦に巻き込んでいるのでしょうね。でも――)
《シャドウガーデン》の作戦とは、1年に1度だけ『聖域』の扉が開く日……すなわち女神の試練の裏で聖域へと侵入する事だ。
教団の最高幹部の1人と目されるネルソンを連行し尋問する案もあったが……指名手配の直後で派手な行動を取るわけにもいかず、今回は隠密重視の作戦行動を行っている。
そんな中、例の少女を引き連れたティノ・シェイドがリンドブルムに現れたのだ。2人の発見を報告したベータは、自分が対処を任されるものだと思っていた。今回の作戦で比較的自由に動ける立場だからである。しかし実際に届いた連絡にベータは疑問を抱いている。
(でもどうしてアルファ様は私に任せてくれなかったのかしら。アルファ様は時に大胆だけど……これはらしくない、ような)
不意に抱いた小さな違和感。しかし何故そう思ったのかハッキリと言語化は出来ない。気のせい? それとも――考え込むベータだったが、沸き上がった歓声が思考を押し流していく。新たな挑戦者の前に、先ほどとは違う古代の戦士が姿を現したのだ。
(……きっとやむを得ずの判断よ。今は自分の役目に集中しなさいベータ)
再びベータはネルソンへと視線を向けるが、頭の片隅から不安が消える気配は無い。
***
競技場で名前を呼ばれているまさにその時、ティノ・シェイドは――
「私達が用があるのは彼女だけ……貴方に興味は無いわ。ハンターならハンターらしく、宝物殿にでも潜ってなさい」
「っ……うぅ……待ちなさい! あなた達にミリアは任せておけません!」
アルファの挑発に乗り、空中に現れた『扉』へと果敢に跳びこんだ。きっかけは昨夜、ティノとミリアの前に姿を見せたアルファの言葉。
『真実が知りたければ、明日は競技場ではなく私について来なさい』
そんなアルファの誘いに2人は乗ったのだ。
そして今『扉』の眩い光を通り抜けると……地に足のつかない浮遊感、錯覚ではなくティノは落ちていた。咄嗟に身を翻し、何とか足で着地する。
「っと……ここは……」
そこは1本の広い道だった。先ほどまで湖のそばにいたはずなのに、今は飾り気の無い無機質な壁と天井に囲まれている。
一見しただけでは材質のよくわからない道、その行き止まりに……巨大な金属製の扉と、女性らしき精巧な石像が見えた。その英雄像の手前に十数人の黒づくめの集団……《シャドウガーデン》だ。そばにミリアもいる。
「ミリア!」
「ティノさん……」
ミリアに駆け寄り、庇うようにティノは《シャドウガーデン》の面々を睨みつける。しかし返って来る視線はというと……どこか冷ややかな雰囲気があった。彼女達の小さな呟きが通路に反響し、ティノの耳に届く。
「あの小娘がティノ・シェイド……実力差も分からずシャドウ様に挑んだって聞いたけど、ここまで来るような無謀さなら、それも納得ね」
「メス
(うぅ……言い返したい……でも、お姉さまが標的にするような連中、私の手には負えません)
緊張と恐怖を堪えながら睨み続けるティノ。すると《シャドウガーデン》を代表するようにアルファが1歩、前へと出た。
「やはり来たのねティノ・シェイド。それは貴方の意思? それとも千変万化の?」
「なんなんですかここは……あなた達は何をしようとしているんですか!?」
「言ったはずよ、歴史の影に葬られた真実が聖域には眠っていると」
「聖域……? まさかここがそうだと言うんですか」
「その通りよ、そして――」
「待って!」
石像へとアルファが振り向こうとした時、続こうとした説明をミリアが遮る。そしてミリアは、1枚の封書を取り出した。
「話の前に、これを見てほしい。シャドウからあなたに預かった手紙よ」
「「「っ!?」」」
ミリアの言葉に《シャドウガーデン》がどよめいた。何も言わず事の成り行きを見守っていた者達も、である。
「シャドウ様から!?」
「ん~? ほんの少しだけど、ボスのニオイ……確かにするのです」
「皆、落ち着きなさい。……私が確認するわ」
そう言ってアルファは一呼吸、間を置いてから封書を受けとった。その僅かな一呼吸に、ティノは違和感を覚える。
(シャドウってミリアが言った途端、彼女達は目の色を変えた。彼女達にとってシャドウは、いったいどういう存在なの?)
「まるでティノさんみたい」
「…………え?」
ティノがミリアを2度見した次の瞬間、アルファの口からため息がこぼれた。便箋を開いてまだ一瞬、そこに書かれていたのはたった一言。
『彼女の悪魔憑きは治しておいたよ。後は任せる』
「そう……貴方の悪魔憑きはもう彼が治していたのね。焦って接触して……私達がティノを巻き込まないように」
(悪魔憑き? 私を巻き込まないように?)
ティノは咄嗟にアルファの言葉の意味が分からなかった。彼女が悪魔憑きが何なのか思い出す前に、アルファは話を続ける。
「――でも私は、ティノがここに来ることを望んだ。千変万化へ挑戦するために」
「!? ますたぁへ……挑戦」
「ティノ・シェイド、ここで貴方が千変万化の目と耳になるのなら……この聖域に眠る真実を全てあの男に伝えなさい」
アルファの纏う雰囲気が一変した。口調は変わらないが、彼女の言葉にティノは強い怒りと敵意を感じ取る。師であるリィズ・スマートに凄まれた時のように、恐怖で身がすくんでしまう。
(この人達は……シャドウガーデンは、ますたぁを……敵視してる!?)
「魔人ディアボロス、悪魔憑き……教団が隠す歴史の真実とその目的、そして――」
不意にアルファは仮面を外し、その素顔をティノへと晒した。見目麗しい整った顔立ち……しかしそれは、背後にそびえる女性の英雄像とうり二つの顔でもあった。
「英雄オリヴィエの真実を」
突き刺すような視線を前に、ティノは何も言う事が出来ない。ただ……自分がこれから知る何かが、恐ろしい秘密だという事だけは直感した。トレジャーハンターの直感は、当たる。
(ますたぁ……もしかして、とんでもない秘密を抱えるのが今回の試練なんですか?)
ティノ・シェイドは隠し事が苦手だった。