千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
「うんうん、やっぱりキャンプは晴れに限るね」
ティノの苦悩など露知らず、クライは満面の笑みで青空を見上げていた。ここは帝都から見てほぼ真北……東西に連なる【ガレスト山脈】東側の中腹だ。
それまで安全な街道沿いを進んでいた一行だったが、クライは突然ルート変更を決断。ビアの町を出てすぐに方向を変え、迂回するはずだった危険地帯へと足を踏み入れたのだ。
鬱蒼と茂る木々、川のせせらぎの音を背景に《
「クレア、手伝ってくれ。……クレア? アンセム~クレアが動けないってよ」
「うむ」
「「「グワーッ!?」」」
「勝手に寝ないでください。今日もノミモノのお世話と見張り、お願いしますね?」
……何やら悲鳴も聞こえたが、クライはまるで気にしなかった。なぜなら快適だから。手持無沙汰な彼が周囲を見回していると……大きく伸びをしているリィズと目が合う。
「あ、クライちゃん。昨日までも楽しかったけどぉ……今日はたくさん戦えてすっごい楽しい! バカンス最っ高だよ!」
「まだ到着してないんだけどな……でも、楽しんでるなら何よりだよ」
屈託のない笑顔をリィズは見せるが、その手足には色とりどりの返り血が……このキャンプ地に来るまでの道中、一行は魔獣の群れを返り討ちにしたのだ。クライ以外のメンバーは全員どこかしらに返り血を浴びているし、ルシアが魔法で馬車を洗っている。
「そうだ。クライちゃんに確かめたい事があったんだった」
「うん、何かな?」
「ティーって今リンドブルムにいるんでしょ? 女神の試練やってるリンドブルムに。出るなら勝たないとダメだよね?」
「うんうん、そうだね。でもそう簡単に古代の戦士って出てこないんじゃなかったっけ?」
「? 出てこないのもダメに決まってんじゃん。もしダメダメでクライちゃんの名前に泥を塗ったら――」
そこまで言ったリィズの顔に暗い影が落ちた。真顔で、冷たい声で、呟くようにティノの未来を宣言する。
「徹底的に潰れるまで鍛えないと」
「うんうん、ほどほどにね」
リィズの苛烈すぎる言葉、しかしクライは半分聞き流した。なぜなら快適だから。
山脈の西側に太陽が沈み、辺りが暗くなり始めた頃……クライ一行は煌々と燃えるキャンプファイヤーを囲んでいた。シトリーが魔獣肉のスープをよそい……口にしたクレアから安堵のため息がこぼれる。
「さすが悪名高いガレスト山脈ね……ヘタな宝物殿より、ここの方がずっとキツイじゃない」
「おかげで良い素材がたくさん手に入りました。クロさん達の性能も大体わかりましたし……いい事づくめですね」
「はいはい、よかったわね。……そういえばその3人は?」
「クロさん達には別行動をお願いしました。昼間の魔獣……少し気になったので」
「ふーん……ま、こんな山奥で逃げ場なんて無いか」
それ以上は何も言わず、今度は串焼きの肉にかぶりつくクレア。他の面々も思い思いに過ごす中……ルシアが剣呑な視線をクライへと向けた。
「リーダー、そろそろ道を変えた理由を教えてください。本当にバカンスが目的なら、こんな所を通らなくてもいいですよね?」
「それは……う~ん……」
「え~魔獣狩りに来たんじゃないの?」
「リィズは黙ってて。って……そういえばリィズが探協の馬車を見つけて、それを聞いて慌ててませんでした?」
「あー……うん、実はね――」
観念したクライは《探索者協会》での一件を話した。大量の指名依頼が主に貴族から来ていて、その中にはオークションで対立したグラディス家からの依頼もあり……
「――ガークさんが絶対に受けろって睨んできたんだよ。僕は貴族からの依頼を受ける気なんて、さらさら無いのに」
「それで帝都から逃げ出して、しかも追いかけられているんですか……まったくもう」
「あの髭親父から依頼が来たの? さっすがクライちゃん!」
「でも行かねえのか。グラディス領はたくさん宝物殿があるって聞くし、強いって噂の騎士団とも斬り合ってみたかったぜ」
「……アンタがそんな態度だから行かないんじゃないの? ルーク」
「そうか? それよりクライ、依頼はなんだったんだ? 凄腕の辻斬り
「えっと……何だったかな……いや、そもそも依頼書を見てないな」
和気藹々と話すクライ達だったが、しばらく黙っていたアンセムが疑問を口にする。
「リィズ、伯爵に会ったのか?」
「そだよー。オークションの時ぃ人質になってたのクライちゃんと一緒に助けたんだ。言ってなかったっけ?」
「いや……初耳だ」
リィズの言葉にルシアが眉をひそめ、クライを問いただす。
「伯爵が人質って……リーダー、オークションで何があったんですか?」
「そう言えばまだ話してなかったね。みんなで落ち着いて話せるタイミングが無かったし……でもどこから話そう? 結構ややこしい事になったからなー……」
「クライさん、それなら順番に……【白狼の巣】の件から話すのは如何でしょうか」
「なるほど……うん、そうしようか。みんなが帝都を出発した後、クランのメンバー募集でトラブルがあって――」
クライはシトリーやリィズの助けも借りながら、まず2つの事件について話した。《アカシャの塔》による宝物殿の異変と、アレクシア・ミドガル誘拐事件についてである。そして話題は3番目に起きた事件……《シャドウガーデン》による帝都襲撃へと移る。
「――それで誘拐事件はアークが解決してくれたんだ。いいタイミングで戻ってきてくれたよ」
「宝物殿の方はスヴェンさん達と合流して私が。黒幕であるアカシャの塔の研究室を抑えました。でもお姉ちゃん、帝都でも騒ぎが起きてたんだよね?」
「そうそう。シトが宝物殿の方に行ってる間に、シャドウガーデンの奴らが帝都で派手に暴れたんだよねぇ。私は帝都にいたから、ちょっとやり合ったんだけど……アイツら、すぐ逃げやがった」
「む……シャドウガーデンか」
「なんだか意外な名前が出ましたね……」
その名を聞いたアンセムとルシアは神妙な表情を作る。2人にとっても《シャドウガーデン》は忘れがたき強敵、警戒すべき実力者と認識している。一方でルークは期待に目を輝かせ、生唾を飲み込んだ。
「リィズ、金髪の
「アルファの事? それなら見たよ。私の蹴り涼しい顔で止めたし……あれがルークちゃんの探してるヤツだってすぐわかっちゃった」
「マジか……アイツが帝都にいたのか! ちくしょう! とっとと【城】のボス倒してりゃアイツと斬り合えたのかよ!」
ルークは落ち着かない様子で腕を振り回した。彼にとってアルファは、もう1度……いや、何度だって斬り合いたい実力者なのだ。そんなルークに呆れながら、ルシアは話の続きを促す。
「それでシャドウガーデンは、今度は何をしたんですか?」
「一言でいえば無差別襲撃をしたようです。でも襲われたのは黒い噂のある商店が多くて、本当に無差別だったかはなんとも……クライさんはどう思いますか?」
「え? それは……そ、それよりシトリー。あの事は話さなくていいの? ほら、シャドウの事」
「「「っ!?」」」
シャドウ。誤魔化すようにクライがその名前を口にした途端、ルークは驚愕の表情をクライへと向ける。ルシアとアンセムも同様だ。
「彼の事は後で話そうと思ってたんですけど……クライさんがそう言うなら――」
「ちょっと待て! クライ……今、シャドウって言ったか?」
「え? うん、言ったよ。最初に会ったのはシトリーだよね?」
「はい。キメラやゴーレム……アカシャの塔に苦戦する私達の前に、彼が現れたんです。シャドウガーデンのトップと思わしき男……シャドウが。彼はアカシャの塔の戦力をいとも簡単に消し飛ばしました。剣も魔法も……規格外の実力者です」
「って事は、俺達が見たのは……そういう事だよな!? ルシア、アンセム」
「認めたくはありませんが……」
「うむ……」
険しい表情を見せる3人に対し、他の面々は目を白黒させる。口を開いたのはリィズだ。
「ちょっとルークちゃん勝手に盛り上がらないでよ! ルシアちゃんでもアンセム兄でも……誰でもいいから説明して!」
「ああ……【城】で俺がボスを倒した後なんだけどよ、3人でボス部屋を軽く調べたんだ。そしたら……ほとんど消えかけてたけど、奥の壁に文字が刻まれてたんだ」
「おそらくだが……『シャドウ参上』……とだ」
「……は? そんなのあったの? 私、見てない」
「そりゃそうですよ。リィズは扉の鍵だけ開けて帰って、中は見てないじゃないですか」
「私も奥までは見てませんね……」
【
しかし、ルークの見た文字が人の手によるものならば……それが意味する事はただ1つ。クライがあっけなく口にする。
「へえ~……みんなより先にシャドウが【城】を攻略してたのか」
「……シャドウ『が』なんですか? クライさん」
「うん? シャドウ参上って文字があったのなら、シャドウが攻略したんでしょ」
「そうですね……シャドウガーデンではなく、シャドウが攻略したのでしょう」
「……なるほど、そうなるのか」
「あの城を1人で、か……むう……」
アンセムの唸りを最後に、沈黙が生まれた。それまで騒がしかった面々が口を閉ざし、キャンプファイヤーで木が弾ける音だけが聞こえる……やがて、おずおずとルークが口を開いた。
「なあシトリー、シャドウは剣士なのか?」
「はい。剣士としても間違いなく凄腕です」
「そうか……だったら俺はシャドウと斬り合う! シャドウに先を越されたのは悔しいけどよ……そんな剣士なら、勝てば最強に近づくって事だよな!」
勢いよく立ち上がったルークは、木剣を空へと突き上げた。新たな強敵を知ってなお、その闘志に微塵も陰りは無い。
「シャドウと戦うなら、まずシャドウガーデンは軽く倒せるようにならないとだねぇ。リィズちゃんも……もっともっと強いハンターになりたい」
静かに言葉を紡ぐリィズだが、滾る闘志で目を爛々と輝かせている。超えるべき目標を見定め、より強く力を渇望する。
「うむ……!」
リィズに同意する形でアンセムも頷いた。《嘆きの亡霊》の良心と呼ばれる彼だが、ルークやリィズと同じく強くなることに関しては貪欲である。
「まったく……皆がそう言うなら、私も魔法の腕をもっと磨かないといけないじゃないですか」
不敵な笑みを浮かべるルシア。《嘆きの亡霊》の目標は世界最強のパーティ。彼女もまた、世界最強の
「私は……そうですね。シャドウさんもですが、シャドウガーデンに
最後にシトリーが錬金術師としての探究心を口にした……その時だった。不意にリィズが立ち上がり、西の空を見上げる。他の面々もその視線を追い……雲1つ無い星空に向かって、舞い上がる雷を見た。
「ん~……あれドラゴンじゃね? なんか羽ばたく音も聞こえるし」
「雷竜ならウワサ通りですね。昼間の魔獣が西側からしか来なかったのは、あのドラゴンから逃げて来たのでしょう」
「もう、まだオークションの事を聞いてないのに……どうしますリーダー」
「どうすんだクライ? 斬るか?」
そう言いながらルークは木剣を素振りしていた。あからさまに戦いたがっているが……それでもリーダーのクライの言葉を待っている。
「う~ん……別に戦わなくてもいいんじゃないかな。こっちに来ないならわざわざ――」
「でもクライちゃん、あのドラゴン真っ直ぐこっちに来てるよ」
「そっか……こっちに来てるのか」
腕を組んで考え込むクライ。いつ追手が来てもいいように、馬車で逃げる準備は最初からしてある。しかしドラゴン相手に普通の馬車で逃げ切れるのだろうか? クライが悩んでいる間にも、雷鳴と羽ばたきの音が近づいてきている。するとシトリーが得意気な笑みをクライへと向けた。
「クライさん、こんなこともあろうかとクロさん達には西側でキャンプするように言ってあります。もし逃げるのであれば、多少の時間稼ぎにはなるかと」
「それ、あの3人は大丈夫なの?」
「運が良ければ助かるかもしれませんね。それとも……何かまだ使い道があるのでしょうか?」
3人の事を何とも思っていないのか、不思議そうに首をかしげるシトリー。そんな彼女を見てクライは方針を定める。
「……ダメだよシトリー、命は大事にしないと。みんなでドラゴンを倒してきてよ」
それからはあっという間だった。
「よし! 行こうぜリィズ! クレアも来るだろ?」
「正直、足を引っ張る気しかしないけど……行くわ」
「今のクレアちゃんなら大丈夫じゃない? 昨日も今日もなんか動き良かったし」
「リィズから見てもそうだったの? なら気のせいじゃなくて仮面のおかげ……?」
ルーク、クレア、リィズの走る背を見送り――
「キルキル君、クライさんをお願いしますね」
「きるきる」
「ルシア、シトリー」
「ありがとうございます……っと」
「お兄ちゃん、今 行く!」
ルシアとシトリーを肩に乗せ走るアンセムを見送り……クライは独り言ちる。
「もう明日には到着するけど…………これは厳しく言わないとダメかもしれないぞ」
「きる?」
「訓練禁止と戦闘禁止をだよ」
雷鳴と咆哮、木々のざわめき、平穏とは程遠い音を聞きながらクライは星空を見上げた。ガレスト山脈を超えれば……【ミツゴシ温泉ランド】は目と鼻の先だ。