千変万化に負けない陰の実力者になりたくて! 作:kaneda,i9
誰からかは覚えていない。リンドブルムの『聖域』には古代の戦士の記憶が眠ると、ティノ・シェイドは聞いていた。
《シャドウガーデン》と共に聖域の内部へと足を踏み入れたティノは……次々と古代の記憶を垣間見る事になる。
「魔人ディアボロスと戦うため宝物殿――【魔人殿】とでもしておきましょうか――魔人殿に挑んだ古代の戦士達は、その体に異変をきたした。体に黒い痣が浮かび、やがて腐り落ちる……これが悪魔憑きの発端」
最初に見えたのは何らかの実験施設……体が腐り落ちた戦士達が人体実験の材料にされる光景。アルファの淡々とした説明だけが聞こえる。
「後の教団はこの異変を研究し……変異した肉体が、マナ・マテリアルへの非常に高い適性を得ている事を発見した。この力を使いこなす事ができれば、最強の戦士になれる……そう思ったのでしょう。教団の実験は治療から改造へと目的を変える」
まるで檻のように並ぶ実験室に、被験者が現れ、死に、新たな被験者が現れ……そんな光景が次々と繰り広げられる。
「性別、種族、年齢……それらを問わず教団は人体実験を繰り返した。その結果、悪魔憑きの原因――我々がディアボロス細胞と呼ぶ――それに適応した成功例が生まれる。その1人が英雄オリヴィエ」
実験の果て……適応した女性達が装備を纏う。その中の1人は入口で見た銅像と、つまりアルファとも酷似した顔つきの精霊人だった。
「英雄オリヴィエは女……? でも私が聞いた話だとオリヴィエは男だったって――」
「意図的に隠したのよ。女性がディアボロス細胞に……悪魔憑きに適応するという情報を《ディアボロス教団》が」
その言葉の意味をティノは一瞬、理解できなかった。
「それって…………つまり聖教は教団とグル……?」
ティノがそう叫んだ瞬間、景色が一変した。視界に映るのは、見渡す限りの荒野……そして禍々しい威圧感を放つ巨大神殿だ。その威圧感にティノは怯んでしまう。
「あれは宝物殿……まさか!?」
「そう。最も危険な宝物殿と分類される神殿型……その高いマナ・マテリアル濃度が悪魔憑きの症状を加速させたのかもしれない」
不意に神殿が崩壊を始める。攻略されると崩壊する……それは神殿型宝物殿に共通する特徴だ。崩壊しつつある宝物殿から、オリヴィエを始めとする3人の戦士が脱出し、それを仲間が迎えた。
彼女達が振り返ると、神殿は完全に崩壊。跡に残ったのは……バラバラになった魔人ディアボロスの肉体だけだった。
「魔人は倒れ、これで平和が訪れる……彼女達はそう思ったのかもしれない。しかし教団の野望はここから始まってしまった」
アルファの言葉に呼応するかのように、記憶の光景も姿を変える。場所は同じだが……そこにもう戦士の姿は1人も無かった。数多くの研究者が集まり、バラバラになった魔人の肉体をどこかに運び去ろうとしている。
「あれは……」
「バラバラになっても魔人ディアボロスの肉体はまだ生きていた。それも、神の如き力を持っていた魔人なら当然かもしれない。その強靭な生命力こそ、教団がディアボロス討伐を主導した理由。例えば、ディアボロス細胞」
「! 悪魔憑きの……!」
「研究材料としてはうってつけね。そして左腕が運ばれたのが……」
「リンドブルムの聖域……つまりここ、なんですか?」
――またしても記憶の景色が一変する。『聖域』の入り口とよく似た無機質な壁と床……部屋の中央にそびえる巨大な硝子管の中には、巨大な腕が……魔人ディアボロスの左腕が薬液の中に漂っていた。そしてガラス管の根元では、数人の研究者が目に狂気的な光を宿し、腕を見上げている。
「教団はディアボロス細胞の研究を始め……やがて大きな成果にたどり着く」
「ま、待って!」
アルファの言葉をミリアが遮った。彼女にはどうしても気になる事があった。
「魔人ディアボロスも宝物殿のボスなら、マナ・マテリアルになって消えるんじゃないの?」
「宝物殿のボスが
「……そうですね。稀にですが、宝物殿に迷い込んだ魔獣が、ボスの座を奪う事があるって聞いた事があります」
「神殿型宝物殿でもそれは同じ。聞いた事は無いかしら? あのソリス・ロダンが倒した『異星の神』が、文字通り空に輝く星から来たという説を」
アルファが言い終えると同時に、部屋の装置が動き出した。まるで会話が終わるのを待っていたかのように。そして装置から……血のように赤い雫が、シャーレの中へと落ちた。
「あれは『雫』……教団の資料にはそう記されていたわ。教団の最高幹部『ナイツ・オブ・ラウンズ』に与えられる貴重な物」
そう語るアルファの目の前で、研究者の1人がシャーレを手に取った。そのまま自らの口へと『雫』を流し込む。彼を見るアルファの視線はどこか険しい。
「……やはり、連れてくるべきだったかしら」
「? 今なんて……」
「とにかく、教団はあの『雫』のようなディアボロスの力を独占しようと企み、歴史の真実を隠した。そして研究材料として、多くの悪魔憑きが教団の犠牲になった」
「私と……同じように……」
小さく呟くミリア。そんな彼女をティノは心配そうに見つめている。
(ミリアは悪魔憑きだった……そして教団は悪魔憑きを利用して……え? それってつまり――)
「もしかして……シャドウガーデンが教団を敵視しているのは……悪魔憑き……だから!?」
ティノの叫びに答える者はいなかった。ただその目に宿る怒りが、悲しみが、答えを雄弁に物語っている。
(私は……何も、知らなかったんだ)
ティノは動揺を隠せなかった。自分が今まで過ごしてきた世界の裏側に《ディアボロス教団》が存在し、ミリアのような被害者が大勢いたという事に。彼女と出会わなければ……決して知る事は無かっただろう。
(でもますたぁ……こんな情報を教えられても、私はどうしたらいいんですか?)
中堅のソロハンターが知ったところで、いったい何ができるのだろうか? ――思い悩むティノを気にかける者はいなかった。アルファの視線は、ミリアへと注がれている。
「皆、先に行ってちょうだい。指揮はイプシロン、貴方に預ける」
「わかりましたアルファ様。後で合流しましょう。行くわよデルタ」
「はいなのです」
――気づけばティノは、何もかもが白一色の空間に立っていた。見渡す限りの白……そこにはアルファとミリアと、3人しかいない。
「さて……ミリア。悪魔憑きと教団の真実を知った今の貴方に言いましょう。貴方には2つの選択肢がある」
「……シャドウガーデンに入るか否か、でしょ?」
「そんな!? ミリア、それは……そんなの……」
口を挟みたかったが、迷うティノにそれはできなかった。押し黙った彼女はそのまま事の成り行きを見守る。
「我々はディアボロス教団の打倒を目的に戦っている。貴方も教団には因縁があるはず……もしその因縁を――」
「ふざけないで」
それまで静かに受け答えをしていたミリアの口から、強い怒りの感情が飛び出した。アルファは怪訝な表情を浮かべ、ティノも驚き目を白黒させている。
「仲間になれ、ですって? 私があなた達を追ったのはそんな言葉を聞くためじゃない。私は父の……オルバ子爵の死の真相が知りたいの」
オルバ子爵。その名を聞いたアルファは、どこか悲しそうに目を細めた。
「そう……やはり貴方は……」
「知ってるのね……教団の言う事を鵜吞みにはしたくないけど、やっぱりシャドウガーデンがお父様を……!」
オルバ子爵。その名を聞いたティノは、ニーナの残した情報を思い出していた。肖像画の写真と子爵の末路を。
(あの肖像画は、やっぱりミリアとその両親の……それに確か子爵は――)
「人身……売買……」
「っ!? ティノさん……?」
「それは千変万化の入れ知恵? 確かに表向きはそうなっているけど、でも実際は違う。子爵は教団の手先となって悪魔憑きの候補者を攫っていた」
「お父様が……そんな……」
「子爵の暗躍に気づいた我々は、攫われた者の救出作戦を決行。アジトを襲撃し、子爵を殺したのは確かに私達……シャドウガーデンよ」
……ミリアは何も言わない。黙って俯いている。ついに判明した父の死の真相、しかし同時に明かされた父の悪事、受け止めるのに時間がかかるのも無理はないだろう。ティノはかける言葉を見つけられなかった。ミリアが顔を上げるまでアルファも何も言わなかった。
「……私だってディアボロス教団を許せない。でも、だからってあなた達が正しいの? 私の父のように……これまで多くの犠牲を出して来たんじゃないの?」
「そう……ね」
ミリアの問いかけに対し、アルファは一瞬だけ、死者を悼むように目を伏せた。しかしすぐにミリアを真正面から見据える。その瞳には確固たる意志が宿っていた。
「――だとしても、我々が正義の立場にあると私は信じている」
「っ……なら私は、あなた達の正義を疑い続ける。シャドウガーデンの一員として、あなた達のそばで。それでもし……犠牲を無駄にしたら……教団の打倒を諦めたりしたら、私があなたを殺す」
「……肝に銘じておきましょう。その覚悟、貴方も忘れないで」
そしてアルファが手を差し伸べ、ミリアがそれを握り返す。……ティノが口を挟めないまま、話はまとまってしまった。
(ミリアがシャドウガーデンに? 私は……私はどうすればいいんですか……ますたぁ)
思わずティノは敬愛するクライに縋ってしまう。そして思い出したのは――浮かれていたら誘拐された初デート、誰も守ってくれなかった宝物殿攻略――ティノをたった2年で中堅ハンターに育て上げたクライからの試練だった。ティノは腹をくくる。
「ミリア」
「ティノさん……その……私――」
「構えなさい」
「……え?」
「これが最後の別れになるのなら……私と戦いなさい! 私が教わって来た技の全て……あなたの体に、教えてあげます!」
敵を見据えるかのように、ティノはミリアに向けて戦闘態勢を取った。ハンターの先輩としてティノは手向けに……師、リィズ・スマートのような実戦的な技術指導を選んだのだ。自身が味わい、何度も血反吐を吐かされた方法を。
「! ……アルファ」
「止めたりしないわ」
「ありがとう」
アルファから離れ、対峙するティノとミリア。2人の最初で最後の組手は、イプシロンの調査が終わるまで続いた。