「これが例の鹵獲機か、中々面白い造りをしてやがる」
「盾の裏どうなってんだ…よくやりますよ、これは」
「ビームサーベルを使うためのジェネレータでしょうか」
鹵獲した機体を囲むのは連邦軍の整備士と技官、それにこの手の兵器に詳しい、ジオン側から出向して来た技術者だ。彼らは最低限の情報が記された資料が挟まれたバインダーを片手に、目の前の機体を分析していた。
「上半身はザクⅡのF2型を流用しているようです、推進器系はガトルからの流用かと」
「やはりか、妙に見慣れたパーツが混在してやがると思うわけだ」
出向技術者がつらつらと語ることに対し、連邦軍の技官は頷いてから肯定の言葉を述べる。速度だけならMSの中でも上位、機動性は下の下。割り切ったのがよく分かる設計だ、それ故にジムを一撃離脱で撃墜して見せるだけの力があった。
「こんな機体で何やる気なんだか、使い道なんざ限られてるだろ」
「追い詰められた奴らが何をするかは俺達が一番よく知ってるでしょう、現に大陸一つが吹っ飛んでる」
「残党軍と連邦軍の戦力差じゃ戦いにならんぞ、土台無理な話だ」
有り合わせの部品で作った簡易MS、それ以上でもそれ以下でもない。だが息を潜めている以上何かはやらかす気に違いない、それが何なのかを知らなければ。
「艦長殿の見解は?」
「観艦式に爆弾抱えて特攻するための機体なんじゃあないか、と」
「…無いとは言えんな」
「大艦隊を相手に突っ込むなら性能不足ですよ」
残党がこの機体に全てを賭けるとは思えない、やるとすれば他の何かがある筈だ。出来損ないに見えるがMSはMS、脅威になり得る戦力を独自に生産できるとなれば脅威度は跳ね上がる。
「面倒な事になりそうだ。奴らの思惑についてはハードは兎も角、ソフト面の解析を待つしかなさそうだな」
「それについては終わっています、暗号化も何も…元はこちらの製品ですから」
「頼りになるねぇ」
ジオン系企業の技術者はコックピット周りの機材を引っ張り出し、仲間と共に調査を進めていたらしい。技術協力中のアナハイムからも技術者が数人出入りしており、マンパワーは十分だった。
「カメラ映像の録画が残ってますね、少し損傷してはいますが…」
「そりゃ凄いな、敵の拠点を割り出せるかもしれないぞ。デブリの中に居るんじゃあ、下手に突っ込むわけにはいかないからな」
皆が映像の再生を今か今かと見ていると、アナハイムから来た一人がケーブルの一つに手を伸ばす。それを他の技術者に咎められると、懐から何かを抜いた。
「何をしやがる!」
引き抜かれた拳銃は機材の山に風穴を開け、彼らが覗き込んでいた液晶を叩き割る。連邦軍の技官は咄嗟に機体から取り外した装甲板を盾にしつつ、護身用の拳銃を抜く。
「生きてるか」
「どうにか。あのいけ好かないジオンの技術者は、遮蔽物に飛び込むタイミングを失ったみたいですがね」
技官と言えど、士官は士官だ。一年戦争で叩き上げられた彼は、拳銃程度なら扱えた。馴染みの整備士は指示に従う気のようだ、あの裏切り者を止めなければ。
「援護するから何処かに引っ張り込め、周囲への通信は?」
「電線を切られました。ですが定期連絡が途絶えれば、すぐにでも誰か来るでしょう」
「だがあの馬鹿が射殺される方が早い、やるぞ!」
彼は装甲板から身体を出し、拳銃を構える。裏切り者はやはりアナハイムから来た人間だ、一体いつから潜んでいたのか。何か作業しようとしていた男に銃撃を加え、その隙に逃げ遅れて固まっている技術者を遮蔽物の裏へ整備士が引き摺り込む。
「もう大丈夫です、やっちゃってください!」
「合点!」
相手はやけに焦っていたようだが、技官はそれを見逃さなかった。解析のために広げた機材の裏へ飛び込み、アナハイムの作業服を着る男へ銃弾を浴びせた。
無重力空間では、血も周囲を漂う。弾丸は裏切り者の大腿部に大穴を開け、大量の出血を誘発していた。応急処置をしなければ命はないだろう、だがその男はそんなことなど気にしていないらしい。
「ジオン…再興のため、に!」
「チッ!」
技官は止めようとしたが、間に合わなかった。顎の下に押し付けられた拳銃は、その男の命を奪うには十分過ぎた。こうして、ア・バオア・クー駐留艦隊は分析のための機材と共に、貴重なデータを失ったのである。
「アナハイムの技術者が、何故こんなことを。待遇も何も、ここまでするようなことは……」
「ジオン脅威のメカニズムってな、言うだろ?」
「言いませんよ」
「兎に角、その技術欲しさにジオン系の人間を抱え込もうとしてるのさ。技術があっても、こうするまで何かに心酔してる奴を雇っちゃならんよ、人事は何してんだか」
アナハイムは急速にMS事業を拡大させており、その実力は最早無視できないレベルになった。その代償として、何匹かのスパイを抱えているらしい。その内の何匹が二重スパイかどうかは数えておいて欲しいものだ。
「だがまあ、これじゃ解析は無理か」
「…時間さえあれば、やれますよ。やってみせます」
この男の技術は、紛れもなく本物だった。
ーーー
ーー
ー
即応艦隊の長である要塞司令の執務室はジオン高官の部屋を流用しているが、会議室とは違い改装が間に合っていた。過度な装飾を廃したシンプルな室内は、落ち着ける数少ない場所の一つだ。
「面倒なことになったな…」
「なりましたね」
しかしその安寧も、地球で発生した事件によって奪われた。ジオン残党に関する報告を上げ続けていたのが功を奏したのか、とある情報が派閥のトップを経由して与えられたのだ。ガンダムの試作機が奪われたらしい、それも武装した状態で。
「試作機に関する詳細が無さすぎる、連邦にとって都合の悪い機体ということか」
「識別のために外観は送って下さるようです、それで察しろということでしょうか」
「有難い、資料がこうも黒塗りばかりで困っていたところだ」
副官は端末を立ち上げ、ディスプレイに機体の画像を表示する。そこに写されたのはガンダムというには悪役顔に過ぎる風貌で、分厚い装甲に身を包んでいるためか着膨れして見える。いざ画像で見ると、彼が忘れていた筈の記憶が蘇ってくる。まさか直前になって記憶を取り戻すとは思わなかった、とでもいいたげな顔と共に、絞り出すようにして声を出す。
「こいつは…なんとも……」
この機体が登場するのは『0083 STARDUST MEMORY』、一年戦争後に起きたジオン残党軍と連邦軍の戦いを描いたOVAだ。作画が良く、デンドロビウムというド派手な機体の登場もあり、観たのが昔とは言えある程度は覚えていた。
「かなり装甲が分厚い機体ですね、盾も今までのものとは似ても似つかない形状に見えますが…」
「そうだな、そう…そうせざるを得なかった理由を考えるべきだな。ソーラ・レイやコロニーレーザーの直撃に耐える、というのは局所的過ぎるか」
彼は副官の前では当たり障りのなさそうなことを言いつつ、内心頭を抱えた。原作通りに事が進んだ場合、このガンダム試作二号機による観艦式への攻撃は成功してしまう。戦後になんとか立ち直りかけた連邦軍は貴重な人材を更に失い、連邦軍内での内戦が勃発する混乱の時代に突入するのだ。
「と、兎に角だ。ジオン残党がガンダムの試作二号機を奪って何かする気なのであれば、宇宙の残党軍もまた動くに違いない」
「残党狩りであれば我々の仕事ですが、並行して情報収集を?」
「海賊と物資の動きを徹底的に洗う、MSを維持しているとなれば必ず補給が必要だ。急増品のMSが出た暗礁宙域が現状最も怪しいところだが、攻め込むのであれば戦力が足りないのがな」
もっと何か思い出せそうなものだが、やはりきっかけがないとダメなのか。これからの対策に使えそうな情報が、頭の中から見つからない。
ああでもない、こうでもないと悩んでいると、副官が室内にある受話器のような内線の通信機を手に取った。
「…緊急の連絡です、先ずは悪い方から」
「なんだ?」
「アナハイムからの出向技術者がジオン残党の工作員でした。鹵獲機から回収中のデータを破壊し、銃撃戦に発展した後に自殺しています」
「こちらの人的被害は?」
「ありません」
「…悪い方から言ったということは、良い方もあるのだろう?」
「はい。破壊されたデータをサルベージし、完全に復元したそうです。これにより、敵の拠点の様子が見られるとか」
基地内のデータベースにアップロードされた映像は、コロニーの残骸を再利用した拠点を写したものだった。その周囲には複数の艦船がおり、そのどれもが旧ジオン軍のものだ。
「クソッ、思い出したぞ!」
あのサイド5があった暗礁宙域には茨の園と呼ばれるジオン残党の秘密基地が存在しており、降伏に応じず逃亡した指揮官であるデラーズが指導者の立ち位置に君臨している。残党軍の名はデラーズフリート、デラーズと愉快な仲間たちである、お願いだからサッサと自首してほしい。
「連邦軍全軍で残党を潰すのは無理だな。観艦式に再編にと大忙し、大慌てで追いかけようものなら面子が潰れる」
「面子の問題ですか、新型機を盗まれておいてプライドだなんて…」
「戦後の不安定な情勢だからこそ面子は大事だ、各コロニーの手綱を握り切れなくなる。即応艦隊にある程度の規模とフリーハンドが与えられているのも、この面子を守るためだ」
税金を取る代わりに、戦後の不安定な環境下において安全を提供できる。それが国力を大きく失いつつも、宇宙の支配者であり続ける連邦が各コロニーへ提供できるものだ。
コロニー落としによって産業へ大打撃を受けた地球は、その穴を埋めるためにコロニーの生産力を頼りたい。そして戦後の復興特需により、軍需にかかりきりで歪だった経済は民需の高まりにより活発になりつつある。
この流れを止めてはいけない、そのためにも宇宙の交易路は安全でなければならないのだ。ジオンの残党たちはそれを知っていて妨害を仕掛けてきているのか、それとも自分達が生きるために必死なだけなのかは不明だが、もはや彼らが存在することは許されないのだ。
「残党軍殲滅のためにありったけの物資と機体を搔き集めるぞ、上にはどうにかして話を通す」
「どうやって通す気ですか、今はどこも大忙しで急に回せる物は少ないのでは」
「第二のコロニー落としが行われる可能性がある、そう言うのさ」
劇中においては移送中のコロニーが強奪され、コロニー落としに利用されてしまう。しかし残骸であれば、あの暗礁宙域に放置されている。
MSを自力で作れる工作能力があれば、推進器の取り付けも出来るかもしれない。最悪に最悪を重ねた想定の上に何の証拠も無いが、暗礁宙域に残党軍が潜んでいることは事実、方便に使わせてもらおう。
「こんな言い方をするのは良くないが、上には我々に命を救われた人々が居ないわけではない。各方面に頭を下げて回るとしよう」
「こちらは使える船とMSを総動員できるよう準備を進めておきます。プールしていた予算も必要な物の調達に当てることになると思いますが…よろしいですか?」
「構わない」
残党軍デラーズフリートが行うテロ行為、「星の屑作戦」は既に始まっている。その作戦内容とは、観艦式への核攻撃と地球へのコロニー落とし。このどちらも成功させてはいけない、だが即応艦隊の規模では真正面から戦ってねじ伏せるのは不可能だ。何か策を考えなければならない、無茶な作戦を立てるのは一年戦争以来だ。