Long awaited tricksky 作:LANA(ラナ)
※Pixivには2024年3月27日に投稿。
二人用の寮の一室でただ一人。
白いレースのカーテンをすり抜けて差し込む夕日に照らされたまま、ベッドの上に小さくうずくまる芦毛の少女は弱々しく呟いた。
「どうして、どうして私なんかがこんなところに来ちゃったんだろう…」
学校指定のありきたりなデザインの制服を着て、近くの公立中学校に通って、ヒトの友達もウマ娘の友達も作って、ときどき休日にはゲームセンターに行って、定期テストが近づいたら勉強が間に合わないなんてワイワイ騒ぐ。
当たり前のごとく、ごく普通に気づかないうちにこっそりとやってくる未来。
そんな未来が、とある田舎に住んでいる、どこにでもいるような一人のウマ娘の少女にもやってくる。
いや、やってくる
その当たり前を掻き消した日は突然にやってきた。いつも通りに家に帰り着き、いつものようにポストを確認して中に入っていた郵便物を取り出して家に入る。郵便物に封筒やはがきが入っていることはそれまでによくあったものの、その日はいつもは入っていることは無い大きさの封筒が入っていた。まぁ、何かの公的な書類だろうとリビングのいつも郵便物を置いている籠に置いたとき、封筒の端についているマークが一瞬彼女の空色の目に映った。封筒の端に刻まれたそれは誰が見ても間違いなく『蹄鉄』のマークだった。
大きな封筒に立派な金の蹄鉄のマーク、少女にとってはなかなか見慣れないものだ。しかし、生まれた疑問を即座に一つの思考が彼女を納得させた。そう。じいちゃんだ。
じいちゃん、つまり少女の祖父はともに暮らす家族の一員で母とともに農家を営んでいる。父のいない少女を父の分まで可愛がってくれたかけがいのない存在だ。そんな祖父には、時に今回のものほど立派ではないものの蹄鉄の刻まれた謎の封筒が届くのだった。
納得した少女は特にそれ以上なにも考えず、出された宿題を片付けようとリビングを後にした。
その封筒が少女の未来を大きく変えてしまうとも知らずに。
「トレセン学園へようこそ!」
テレビの向こう側では緑の帽子を被った女性と、その強さから皇帝と称されるウマ娘シンボリルドルフが短い宣伝の時間を使って目一杯に『トレセン学園』の魅力を紹介していた。
(うちの小学校からも行ける人いるのかなぁ)
夕飯を食べ終え風呂にも入り終わった少女は適当につけたテレビが発した宣伝に大した興味も抱くことはなかった。
そして、その宣伝は知らず知らずのうちに終わり東京では恐らく数日前に放送していたであろうバラエティー番組が再び流れ始めていた。流れている内容はすこぶるありきたりで人気男性アイドルグループのメンバーが集まってアイドルをやる前のことやら、活動中に起きたハプニングを含めた裏話やらを見慣れたお笑いタレント司会の元に話している番組だった。
「あ、結構皆自分からアイドルやりたくて申し込んだ感じなのね?いや、俺はなんか知らないうちにさ、勝手に姉ちゃんが事務所に申し込んでて…」
(こういう話ってたまにアイドルの話で聞くけど本当にあるもんなのかな?少なくとも申し込んだ身内の人は相当その子に自信とか期待を持ってるんだろうなぁ。期待されてる側は大変だ。)
そんなことを少女が考えていると、
「おーい!今良いか?ちょっとおいで!」
リビングで届いた書類を整理したり、スケジュールを見ていた祖父が少女をいつもより少し大きめな声で呼んだ。
「どうしたの?じいちゃん」
アイドルの子供時代の写真を見て爆笑しているテレビ番組をそのままに少女は祖父のもとへ向かった。
向かった机の上には、数時間前に見たあの大きな封筒が開かれた状態で置かれており、その隣にはいつも色々な予定が書き込まれている大きめなカレンダーが置かれていた。
少女が来ると祖父はカレンダーのグリグリと赤い印をつけているところを指差し笑顔で話し始めた。
「この日なんだがな、一緒に東京に行くぞ!」
「…へ?いきなりどうして?」
いきなり飛び出た「東京」という言葉に少女は流石に困惑した。
その顔を見て祖父は大きい声で笑い、開かれた見覚えのある封筒に手を伸ばし、そして中から一枚の紙を取り出した。
「これを見てみろ!東京に行って試験を受けるんだ。」
祖父の見せたその紙は、試験が執り行われる会場、集合時間、必要なもの、試験内容、服装などが細かく書かれている受験票だった。
少女は口を開こうとした。なんのために試験を受けに行くのかと。しかし、その言葉を発することは叶わなかった。答えが受験票の上部にどっしりと座っていたからだ。
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園入学試験』
「いやぁ…書類選考がしっかり通るとは。流石は俺の自慢の孫だ」などと少女の祖父は勝手に喜んでいるものの、少女は全く事態が理解できないと言う表情で立ち尽くしていた。
ようやく頭の中の整理がついて、最初に少女の頭に浮かんだ疑問は一つだった。
「ど、どうしてこんなのが私に?もしかして…じいちゃん申し込んじゃったの!?」
その答えはとても簡単で単純なものだった。
「ん?おう。そうだぞ?お前昔レース中継を見て言ってたろ?『大きくなったらこのお姉ちゃんたちみたいに走れるようになりたい』って。」
「え!そんなことで!?いや、昔はそんなこと言ったかもしれないけど!なんでそんな勝手なことしてくれてるのさ!」
「勝手なことって、もしかして嫌だったのか?いやぁ、じいちゃんはてっきりお前が今もトゥインクルシリーズに出たいと思ってるとばかり…」
「出たいどころか出れるわけないじゃん!しかもトレセン学園だなんて小さい子でも知ってるエリート校だよ?きっとお金だって物凄くかかるはずだし…そんな我儘言えないよ…」
「なぁに、金の心配はいらねぇさ。お前がトゥインクルシリーズに出たいって言ったあの日から母さんにも内緒で貯金してきたからな。
ただなぁ…行くのが嫌だとなるとなぁ…そうか…じいちゃんはてっきり…お前がレースに出るのを楽しみにしてたんだが…そうか…」
見るからに祖父が萎んでいく。じいちゃん呼びが似合わないような若々しさから一転してその身体に刻まれた皺が相当な苦労と歳を重ねてきたことを少女に語った。
あまりの落ち込み具合に少女がなんと言葉を返そうか迷っていると、2階で洗濯物の整理をしていた少女の母が騒がしくなっている声を聞きつけてリビングに降りてきた。そして、呆れたといった顔をしながら萎んだ祖父に口を開く。
「何を騒いでるのかと思ったら。まったくお父さんはまたこの子の意見も聞かずに…、いきなりそんなこと言われたら誰だって驚くし困るわよ。」
「なんだよミル聞いてたのか…」
「ウマ娘ですからね。あのくらいの声で喋ってれば聞こえるわよ。密かに貯金してたのは聞くまでもなく知ってたけどね。」
そう言い切ると溜め息をついて、母は今度は少女のほうに向き直って言った。
「今すぐ決めなきゃいけないわけでは無いんだから、今日はひとまずもう寝なさい。明日も学校なんだし。」
「はぁい。おやすみなさい。」
少女は腑に落ちない顔で就寝の挨拶をすると、自室へと戻り布団へ潜った。
普段なら5分もあれば眠りに落ちるはずなのだが、その日は直前に祖父が見せた萎んだ顔と、『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』という文字を見た瞬間に驚きと共に込み上げた不思議な感情が頭に残り続けて少女を寝させてはくれなかった。
『日本ウマ娘トレーニングセンター学園』
毎年テレビにも写るような大レースで記録を打ち立て、人々を夢中にするウマ娘を輩出する誰もが知る名門校だが、少女を含めほとんどのレースを志さない一般ウマ娘は何を習い、どんな練習を積み、どんな生活を送っているのかを知らない。言葉にすることがあるとすれば、相手を大袈裟に褒めるときに「トレセン学園レベルじゃない?」と使う程度だ。それほど少女たちの日常とは切り離された名門校だった。
少女は中学に入る前に少し馴れるようにと買い与えられた、いつもはどこかに放置しているスマートフォンを珍しく活用し暗い部屋でこっそりと『トレセン学園』について調べてみることにした。
(じいちゃんがスマホをいきなり私に買ったのもトレセン学園に私が入るつもりでいると思ったからなのかな。)
まだぎこちないキーボードフリックで学校名を入れ検索をかけた。一番上に出てきた学校の公式サイトを開くと、名門校だけに流石と言わざるを得ない立派なサイトが『Eclipse first, the rest nowhere 唯一抜きん出て並ぶ者なし』という学校のスローガンと共に姿を見せた。
サイトを開けど何から調べて良いかわからない少女はなんとなく『教室・施設一覧』と書かれた部分をタップしてみた。
すると、学園の生徒会長であるシンボリルドルフが各施設を紹介する動画(なぜか背景のどこかしらにいつもハチミツドリンクを持ったウマ娘が写っているが)と説明付きの画像が表示された。
施設にはテレビのCMで見るような施設を始め、まさにスポーツ校でしか見ない最新鋭のトレーニング機械が信じられない数置かれている部屋もあった。
そして、少女の目を最も強く引いたのは本物のレース場と同じサイズのいくつもの練習コースや、少女の地元でもなかなか見ない勾配のある坂路コースだった。少女は『トレセン学園』という名前を聞いたときに駆け巡った不思議な感情が再び少女の中でより強く走ったのを確かに感じた。
(昔、こんな広いレースコースで走ってみたいと思ったなぁ。なんだか誰よりも速く走れる気がしてじいちゃんに連れていって欲しいって何度も頼んだっけ。)
なかなか消えない祖父の萎んだ顔に少女が昔を懐かしんだその瞬間、ひとつの振動が少女を驚かせた。
LANEに通知が入りスマホがバイブレーションしたのだ。少女が反射的に現れたポップアップを触ると、そのメッセージの送り元は母だった。
メッセージの内容は少女の困惑をよく分かった上で書かれたものだった。
“恐らくだけど、あなたのことだから気になって起きてるわよね。お母さんも流石に驚いたわ。おじいちゃんが勝手にトレセン学園の試験に申し込んでるとは思わなかった。母として言いたいことは一つだけ。行くか行かないかの未来は自分で決めなさい、ということだけ。
でもね、一人のウマ娘として言いたいことは少し違うの。あなたは見事に、もちろん偶然だったとしても最初の書類選考を合格した。まず最初の切符を手にすることに成功したってこと。
これから続きの試験を受けて合格できるか、なんてことももちろんわからない。見たところ実技試験だってあるし、どれくらいの基準かはわからないけれど面接試験もあるみたいだからね。
だったら書類選考くらい誰でも受かるものだと思うかもしれない。けどね、試験に申し込む事すら叶わないウマ娘だっているのよ。足があまり強くなかったお母さんみたいにね。
だから、せっかくチャンスがあるなら思い切ってぶつかってみたら?とも思う。
どっちを選んでも私にしてあげられるのはこれからのあなた応援することだけだけれど、悔いのないように選びなさいね。”
少女の頭の中に萎んだ祖父の顔の他にもう一つ、遠い昔まだ父がいた頃、母にテレビのウマ娘のようにレースに出たことはあるのかと聞いたときに見せたそれまでのいつよりも悲しみと寂しさに溢れていた顔が浮かんだ。
その時少女の心の中で、少女にやってくるまだ知らない未来で、何かがゆっくりと曖昧に、それでもしっかりと音を立てて動き変わったのだった。
そして、少女の全てが変わり始めるその日は静かに幕を閉じた。
_____
「じいちゃん。やっぱり私行ってみることにするよ。トレセン学園の試験。」
次の日、相変わらずしょぼくれている祖父に少女がそう伝えるといきなり空気を入れられた風船のように前日までの、いやそれ以上の元気さを取り戻したのだった。
それから、少女にとっては怒涛の日々になった。東京に行き試験を受ける前に用意するものがあったためだ。
祖父と共に色々な店を見て回り走るためのシューズやウェアを買い、面接で聞かれそうな質問の回答の準備もした。いつもレース番組をみているお陰なのか祖父の選んだシューズが少女の走り方や足に完璧にフィットしたり、面接で聞かれそうな質問の内容が本番かと思わせるほど相当秀逸だったりと度々少女を驚かせた。
そうしているうちに飛ぶように日々は過ぎ、試験を受ける日は少女の体感よりも遥かに早くやってきた。
「いってきま~す!」
「はい。気をつけてね!そんなに緊張しすぎずにやってきなさい。」
「うん。リラックスしてほどほどに頑張るよ。」
そう言って少女は、密かに少女に思いを託したウマ娘と分かれたのだった。
「リラックスしてほどほどに頑張る」少女はそう母に言ったものの、初めての東京、初めての入学試験、多くの未知に少女は目に見えるほどではないが多少の緊張と好奇心に似た感情を覚えていた。気持ちの整理をしていたせいか、少女は東府中駅に到着するまでの道のりをほぼ覚えていなかった。
それでも乗り場を変えて「東京レース場、トレセン学園行き」の電車へ足を踏み入れるときには少女はなんとか緊張を解いて気持ちを固めることに成功していた。
『日本トレーニングセンター学園 入学試験』
白地に筆で立派にそう書かれた立て看板がトレセン学園の門の前で門番のごとく仁王立ちして入学試験を受けに来るウマ娘たちをどっしりと待ち構えていた。
「それじゃ、頑張ってこいよ。じいちゃん時間になったら迎えに来るからな」
なにか思うことがあったのか門と校舎を一瞬じっと見て一度深呼吸をすると、祖父は少女に優しい笑顔でそう言い残し向かってくるウマ娘たちの中へ消えていった。
少女が意を決して門に入るとおそらく学園の生徒であろう誘導係のウマ娘が、次々と受験票の確認所へと案内していた。少女もすぐに誘導され、受験票のチェックを受けるとそれぞれ番号ごとに別の大きい教室へと分けられていった。
最初に行われたのは面接試験だった。
番号を呼ばれ、一人また一人と大教室から人数が減っていき、それだけでなく自分の番が近づいてくるなんとも言えない緊張感から大教室であるにも関わらず少女を含め待っているウマ娘は窮屈に感じたことだろう。
そしていつしか少女の窮屈で少しばかり退屈な時間は終わり、遂に誘導係のウマ娘が少女の番号を読み上げた。
少女は呼ばれた自分の番号に反応し立ち上がるとその生徒について歩き始めた。
相当な人数が受験をしているだけに面接室もそれ相応な数用意されていた。
少女の面接室に向かう間、とある教室では緊張の面持ちのウマ娘がノックをして部屋に入るところだったり、とある教室では中から気合いの入ったウマ娘の声が聞こえたりするのだった。
「私が目指すのはもちろん世界最強デース!!」
少女は流石名門校を受けているウマ娘なだけあると感心しただけだったが、こんな自信に満ちた声が響いたときは廊下で待っていたウマ娘たちからなんとも気まずそうな雰囲気が醸し出されたのを少女は確かに感じ取った。
少女が誘導された部屋につくとすぐに面接の順番は回ってきた。
廊下のウマ娘たちのあまりに緊張した雰囲気に手強い面接を想像していたものの、実際に質問が始まると少女にとってそれほど手強いものは待ち構えてはいなかった(青い顔をして出てくるウマ娘もいたので本当は難しいものなのかもしれない)。むしろ、問われた質問が祖父と練習したもののなかにほとんどが含まれており少女の祖父への信頼を更に深めただけだった。
(結構良かったんじゃないかな)
そう思いながら少女が順路の張り紙に沿って歩いていくと、広い更衣室に辿り着いた。
その教室の前では誘導係のウマ娘が、少女を含め次々と面接が終わりやって来るウマ娘に、更衣室で持参したランニングウェアに着替え、ロッカーに荷物をしまって反対側のドアから練習コースへ降りるように呼び掛けていた。
少女も周りのウマ娘と同じく着替え、そして受験が決まったあの日に学園紹介で見たターフへと降りた。そこで行われていた試験は、コースに置かれたゲートに受験番号順に振り分けられ18人ずつ入ってレースをし、データを計測するというものだった。
少女はウマ娘のヤングレースチームに所属していた訳ではなかったが小学生の運動会でレースというものは経験してきていたし(と言っても試験より明らかに短距離だが)、祖父と共にレース中継を見てきたため、走るフォームやレース理論、作戦はともかく多少の基礎知識はあった。スタミナだって一応釣りの道具をもって地元の坂を昔から駆け回っていたから多少は自信があった。
ただ、周りはもとよりトレセン学園に入学することを目標としてレースチームで練習をしたことのあるウマ娘たち。少女が知識的にも実力的にも不安になるのは仕方の無いことだった。
ゲート前に立った少女にその不安が更に力を増して襲いかかり、チームメイトと再会し緊張が柔らぎ笑う声、落ち着かないのか少女たちをキョロキョロと見る視線、ゴールでその結果から少しすすり声を上げているウマ娘の姿、その全てが少女の無様さを見つめ、嘲笑い、そしてその未来を勝手に物語っているように感じさせた。
ゲート前で立ちすくんでいたところで、試験官に促され少女もあわててゲートに入った。
ゲート入りが遅いせいだったのか、それとも多くの受験生がまだいるからなのか、少女がその不安に抵抗する時間もなく無慈悲にもゲートがレース開始の音を立てて開いた。
短めな距離のためなのか絶好のスタートを決めたウマ娘たちは我先にと、前を争ってどんどん加速をしていった。周りのウマ娘ほど綺麗にゲートを出られなかった少女も不安からではあるものの、周りを見ながら何とか中団より少し後ろくらいの位置を前に着いていく感覚で走ることが出来ていた。
レースが中盤へと入る頃には大体の先行争いは終わり、3人のウマ娘が固まって後ろを引っ張って走る形となった。少女も走りながら少し落ち着いたのか、レース前には気づかなかったスタンドの様子にも目を向けることができていた。そこには試験休みで暇をもて余した生徒たちや、ベテラン、新人さまざまなトレーナーたちがリサーチのために集まっていることに気が付いた。
(この学校に入るほとんどのウマ娘はこのレースをしてるんだもんね。そりゃ、未来に輝くウマ娘を見つけるにはまたとないチャンスか。)
しかし、少女が周りの様子に気を配っていられたのもそこまでだった。直線コースが近づくにつれて後ろから虎視眈々とウマ娘たちが追い上げを始める重い足音が少女の耳に届き始めた。そして、前の方を走っていた2人のウマ娘がそこそこなハイペースだったのか、それともプレッシャーで思うように走れなかったのか、1人は激しく息を切らしながら、1人は目に涙を溜めながら少女の隣を通って、またその後ろへと下がっていく様子が少女の横目に映ったのだ。
少しいなくなっていた不安がまた戻ってきてチクチクと少女を蝕み始めた。その不安になんとか抗ってスパートをかける最適なタイミングを探して少女もペースを上げるも、その抵抗も虚しく外を回って追い上げて来た他のウマ娘に完全に囲まれてしまった。
結局その囲いから出る術は見えないままレースの舞台は最大の動きを見せる直線コースへと入っていった。
直線に入っても少女に届く音も視界も絶望という言葉そのものだった。
高鳴っているはずの心音すら聞こえない、リズムのない大地の震えと重い唸り。蹴り上げられ巻き起こり少女を包み囲む土埃。
他のどのウマ娘がこの状況にたったとしてもこれは「敗北」を意味していた。
少女の脳裏では直前に見た歯を食い縛りながら下がっていくウマ娘たちが幾度となく蘇り、それを餌にして不安が更に少女への締め付けを強くしていく。野次ウマ娘たちの「あーあ、あの娘囲まれちゃったねぇ」という誰かへ向けた同情の言葉が、追い打ちをかけるように茨のごとく少女に刺さり続けた。
そして、ゴールまで残り400mのハロン棒が少し先に見えた時には遂に抗っていた不安は諦めへと変わり始めた。
(あぁ、私のレースの道はもう終わるんだ。でも、文句の一つも出てこないなぁ。最後にこんな広いターフで走れたんだから。幸せそのものだ。きっと思い残すことなんか…、ことなん…か?)
そのとき、少女の持つその空色の目の奥で、胸の底で、何かが、誰かの声が聞こえた。
その声はただ震えながらか細く笑った。
「…にゃははっ…」
声が一体どこから発せられたのか、誰のものなのか少女には分からなかった。それでも、その声は俯き始めた少女の視線をもう一度だけ持ち上げた。
目を向けたその先へ狭く遠く繋がっていた。
そこから十秒と少し。少女に記憶はなかった。
次に記憶として残っていたのは、ゴール板の先で息を切らしながら立っている自分とその横を14の足音が通過した音だった。
4着。それが後に少女が知った順位だった。
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少女の予想通り面接試験は上手く行っていたようで、レースの結果から見ても文句無しの合格通知が試験からちょうど一ヶ月後に少女の家に届いた。走っていたときの記憶が少し抜けているだけに、少女は4着と言う結果を飲み込めていなかったがその通知を見て、やっと確かな現実であったことを認識した。
誰よりも祖父が喜んだのはもちろんのことだったが、少女を驚かせたのはいつもは落ち着いている母がそれまで見せたことのない喜びようをしていたことだった。(同じ日に従姉妹のトレセン学園合格の知らせも入ったこともあり、その日は一日中大騒ぎだった。)
その後、無事小学校を卒業した少女は入学式に向けて着々と準備を進めていき、あっという間に入学のその日はやってきた。
なぜか一文ごとの初めに1単語叫ぶ秋川理事長の祝辞や、シンボリルドルフによる妙に難しい言葉遣いの式辞が目を輝かせた新入生の心をがっしりと掴むと、クラス分けの発表も兼ねて一人一人の名前の読み上げが行われた。
入学試験を突破したウマ娘たちの名が次々と会場に響き渡り、1組から始まり7組に到達して少し経ったころ少女の名前も他のウマ娘同様、その会場を駆け巡ることとなる。
個性的な名前や実績から一度は聞いたことのある名前が多い中、一際目立つわけでもなく発せられたその7文字の名前はレースの世界に何を残すのだろうか。
これから始まるとある芦毛の少女の物語。主人公となる少女の名は。
『セイウンスカイ』
はじめまして!LANAです。
人生初の二次創作シリーズに挑戦ということで、無理なくやっていけたらなと思っています。これから既にpixiv版では投稿されているお話を少しずつ更新していくつもりです!
いずれPixiv版にも追いつくとは思いますが、気になる!という方は是非Pixiv版から読んでいただければと思います!
あとは、一応X(https://x.com/lana_altrama?t=HX2PBI3z75Vj1JdHU364NA&s=09)やってます!更新告知はそっちでやってますのでよかったらフォローしてくださいね~
それでは次回のお話で!!