Long awaited tricksky   作:LANA(ラナ)

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それは、確かにあった記憶。


-??. きっと

「トレーナーバッジのご提示をお願いします」

 

「ん?あぁ、そうだったな」

 

 

『日本トレーニングセンター学園』

 誰もが知るウマ娘レース名門校の一角。『トレーナー専用入り口』と掛札のあるその場所は、ウマ娘で溢れかえるトレセン学園正門から打って変わって、人当たりのよさそうな守衛の男性と年老いた男がただ二人いるだけだった。

 男は上着のポケットを探すと、少し褪せた色をした金属製のバッジを取り出して守衛に見せた。

 が、それは守衛にとって見覚えのないものだったようだ。

「少々お借りしますね。ええっと…」

 守衛は男からバッジを受け取ると守衛室の中へ戻り、分厚いファイルを取り出して急いで何かを探し始めた。

 

 まだ木も寒そうに佇んでいるその場所で、男はただ守衛を待ちながら空を見上げていた。

 

「トレーナー!全く、私を置いてどこ行ってたっていうのさ!君の事をずっと探してたんだよ?」

 

 聞き覚えのある声に、男はハッとして振り返る。しかし男の期待通り、鹿毛のウマ娘がその大柄に似合わない無邪気な笑顔で、彼にいたずらっぽく笑いかけていることはなかった。

 男は深い溜め息をひとつだけ漏らすと変わらぬ表情のまま再び空を見上げた。

 

 少し経った頃、ようやく守衛室から戻ってきた守衛が、バッジを男に返しながら笑顔で言った。

 

「大変お待たせしました!どうぞお入りください!場所など分からないことがありましたらご遠慮なくお聞きくださいね!」

 

「うん、ありがとうな」

 

 男は受け取ったバッジを服の見やすい部分に着けながら、表情をほころばせて守衛の言葉に答えた。そして、守衛の開いた門を通り男は中へと歩を進めていった。

 

 学び舎、学生寮、トレーニングコース。学園の敷地に広がる景色は、男の持っている記憶から少し形を変えていたが、面影は十分すぎるほどに残っていた。

 休日の自主練というやつだろう。数人のウマ娘が寮を飛び出してジョギングをしながら男の近くを走り去る。

 男は無意識のうちにその数人の脚元を見ていることに気がついた。

 

「参ったな。クセというものはこうも抜けないものか…」

 

 何をしているんだとばかりに頭を振ると、男は再び歩き始めた。

 正門前の広場で相変わらず建っている女神像に男は少し目を向けた。昔から感じる見られているような不思議な感覚すら、もはや懐かしく思いながら、少し会釈をして前を通りすぎようとした。その時ーー

「っ…?」

 なんの偶然だろうか、彼の脳裏に突如古ぼけた記憶が蘇った。

___

「出たぞ!これまでにない時計だ!あとは君が夢を叶えるだけだ。良く頑張った!」

 

「当然ですわ、トレーナー。あなたにはここまでやっていただいたんですもの、我が一族の悲願必ず叶えてごらんにいれますわ」

 

「あぁ、信じているぞ。君の力を日本中に知らしめてやろう!」

 

 

 

『さぁ、横一線いいレースになりました!昨年の覇者一気に来るか!しかし、…ジロ……マいい脚だ!二番手懸命に頑張る!しかし!

 …ジロ……マ優勝!遂に一族として初めての悲願を達成いたしました!』

 

 そのウマ娘は目に涙を浮かべて、空に手を突き上げていた。

___

 

「…あぁ、歳を取るというのは嫌なものだな」

 その言葉とは反するように、男はフッ…と小さく笑みを浮かべた。そして、いつの間にか止まっていた足を再び動かした。

 ゆっくりと男が進んでいくと、今度はウマ娘ではなくトレーナーたちを見かけることが増えていた。それも当然のはずだ、男が目指している場所、ターフではこれからレースが行われる予定なのだから。

 普段見かけない老人だとばかりに、挨拶に来た積極的な若手トレーナーや、極稀に男の正体を知っている者が話しに来る以外には、男に声をかける者はいなかった。

 まだ集まっているトレーナーもそう多くはないターフのスタンド。その最前列で、男は何を思うのか果て無く続く芝を眺めていた。

 

___

「ねぇ君、私のトレーナーになってよ!大丈夫!後悔はさせないさ![[rb:天 > そら]]を駆けるような走り、見せてあげよう!」

 

 

『さぁ、後続は伸びがないか?トウ………ボ……断然先頭だ!トウ………ボ……断然先頭だ!先頭はトウ………ボ……優勝です!』

 

 

『トウ………ボ……先頭に立った!二番手が懸命に追い上げてくるがトウ………ボ……先頭!二バ身離して今ゴールイン!トウ………ボ……日本一です!』

 

 

『先頭を交わせるか!トウ………ボ……頑張る!三番手が一気に突っ込んでくる!やっぱりライバルの三人だ!しかし先頭変わらず!トウ………ボ……は並んで二着ぅ!』

 

「トレーナー…君はどう?私と走れて楽しかった?」

___

 

「…

 なぁに、心配するな。後悔なんざ一度もしたことは無いさ」

 

 

 

 スタンドに次々とトレーナーが集まり始め、暇を持て余した野次ウマ娘もそこに混じり始めたころ、メガホンを片手に持った教師や首から『運営』と名札を下げた制服のウマ娘たちが姿を見せた。

 それから時間を置かずまだ幼さの残るウマ娘たちも緊張した面持ちでターフへと入場してきた。

「受験生の皆さん!こちらに整列してください!」

 少し雑音の入った声がターフに響いた。教師たちが「受験生」と呼ばれたウマ娘たちに指示を出し始めたのだ。

 日本ウマ娘レース界で最もレベルの高い『入学試験レース』が始まろうとしているのである。

 

 男は何度見たか分からないその光景を前にして、鼓動が速くなっていることに気が付いた。

 レース界には怪物がいる。その事実を幾度となくその目で見てきたからである。

 若手故に担当することの叶わなかった、後の初代三冠ウマ娘。そのウマ娘が入学試験で見せた走りに大きすぎる衝撃を受けてから、男はトレーナーとしてだけでなく、一人のレースを愛するものとして、入学試験レースを心待ちにしたものだった。

「さて、今年はどんなレースを見せてくれるかな」

 男は古ぼけた手帳をポケットから引っ張り出すと、年月日と共に『入試レース』と書き込んだ。

 レースが始まると次々と彼の手帳には文字が刻まれていった。

 

………………

 ・栗毛 帰国子女?(走法より) 

  鋭い差し足、一級品の根性を持つ様子

 

 ・黒鹿毛 赤いマスク

  本格化途中とは考えられない走り

  バ場状態をものとしない走法

 

 ・黒鹿毛 編み込み

  スパートから加速まで時間のかかるイメージ

  加速してしまえば手はつけられないだろう

 

 ・鹿毛 頭の高いフォーム

  差し足、才能、申し分なし

  距離適性不明 本格化に期待

 

 ・黒鹿毛 脚をかばう様子あり…

 

………………

 

 メモ帳に1つ、また1つと記載が増えていくたび、男はその[[rb:無表情 > カオ]]に昔あったはずの抑えきれぬ笑みと底の見えない眼を取り戻していった。

「こいつはとんでもなく面白い世代だ…、見ていてこんなに難しい世代はいつぶりだろうか。これは化けるぞ…!!

 さて、次のレースは…」

 

 止まることのなかった男のボールペンが、突然止まった。男がわざわざ遠く離れたトレセン学園まで脚を運んだ目的であり、理由であるウマ娘のレースに順番が回ってきたのだ。

 

 刹那、男は幻想を見た。いや、錯覚したというのが正しいだろうか。

 数十年前に見た光景が目の前に広がっていたのだ。

 

 多くのウマ娘たちが集まるターフで、もちろん決して彼女だけが芦毛のウマ娘だったわけではない。むしろ、目立たないはずなのだ。他のウマ娘と違って準備運動をするでもない、周りのウマ娘と話すわけでもない。ただ順番がやってくるのを立ち尽くしながら待っているだけなのだから。

 しかし、男にはそのウマ娘が気になって仕方がなかった。彼女のそのレースでの結果は全く思い出せない、おそらく大した結果ではなかったはずだ。それでも男は自ら彼女のトレーナーとなった。今でも焼き付いて離れない後ろ姿。そして、芦毛の髪に留められた菊の__

 

『ガコンッ!!』

 荒っぽくゲートの開いた音が男を現実の世界に引き戻した。

 男が急いでレースの状況を把握したときには、男が注目するウマ娘は、後ろの方まで追いやられてしまっていた。

 レースに慣れていないウマ娘の心理状態は分かりやすいものだ。男は、それまでのレースと同じように首から下げた双眼鏡を使い様子を見た。男の予想通り、そのウマ娘の耳は止まることなくあちこちを向いていた。とてつもない不安が彼女を襲っているようだ。

 状況が分かったと言っても、そのウマ娘はレース中。男にはどうすることもできないのが紛れもない事実だ。

 その事実を、残酷にも迎えることになる運命を前にして、男はただ黙って腕を組み、そのウマ娘を信じることに決めたようだった。

___

 

「トレーナー、今更かもしれませんけど、どうして私なんかを担当に選んだんです?あっちにもこっちにも優秀なウマ娘が溢れんばかりいる。そんなトレセン学園でどうして私を?」

 

「ハク、いきなりどうしたっていうのさ。答えは簡単だよ。

 君を心から信じたい。そう思った。俺は君だから選んだんだ。

 さぁ、本バ場入場の時間だよ。いっておいで」

 

「トレーナー…

 今日その答えを聞けて良かったです。スタンドで待っててくださいね。

 誰より強いウマ娘になってみせますから」

 

 

 誰もが驚き、言葉を失ったスタンド。

 その掲示板に表示された『3.07.7』の文字。

 下には赤く『レコード』の文字が刻まれた。

___

 

「……。」

 

 最初は開いたように見えたバ群が、レース終盤に差し掛かるにつれてみるみる縮み固まっていく。男の注目するウマ娘はスタートの頃に比べて更に後ろに追いやられていた。そのうえ、周りを囲まれてしまっている絶望的ともいえる状態だ。なんとしてでも周りを見て抜け出さなくてはいけないはずなのだが、そのウマ娘は諦めたように首を垂れた。

 前へ出られないまま直線を走って、何着かも目算ではわからない着順でゴールを通過。

 ウマ娘のレースではよくあることだ。むしろ、その方が多いと言っても過言ではないだろう。

 それでも男は、その使い古された目で分かり切った結果を見ることを選んだ。

 

 次の瞬間、男だけが人間としての本能から強く目を瞑った。

 男しか注目していないそのウマ娘のつけている髪飾りが、太陽の光をうけて強烈に輝いたのだ。

 男が目を開けると、元のバ群の中にそのウマ娘はいなかった。男は慌てて探そうとしたが、その必要は無かった。

 決して男のメモにいるウマ娘のように飛ぶように鋭い末脚ではなかったが、芦毛の髪を揺らしながら前へ前へと進む姿を視界の端に捉えたからだ。

 少しずつ確実に順位を上げて、4番手までたどり着いたときそのウマ娘のレースは終わった。

 

 息を切らしうつむくそのウマ娘を背に男は颯爽とターフを後にした。

 男の表情は何か堪らなく嬉しそうで、言ってしまえば年甲斐もなく、という言葉そのままに笑みがこぼれまくっていた。

 

___

「きっと私はこの果てしないレースの世界だと、ただ菊花賞を勝ったウマ娘。それだけだと思います。記憶に残るような走り、なんてものをしたことは無かったかもしれない。トレーナー、私はね?未来でこの世界の誰もが私が走っていたことを忘れてしまっても、

 私はあなたが信じてくれたことを忘れることは絶対にしません。今まで、ありがとうございました」

 

「ハク…。

 なぁに君らしくもない硬いこと言ってんだよ!任しとけ!何度だって俺が皆にハクのことを思い出させてやるさ!何度だって世界を、君を俺が驚かしてやるさ!」

 

「本当に…?」

 

「あぁ、本当だ」

 

「いつもあなたがしてくれたように、その言葉私は信じますよ。

 じゃあさ、あの日あの場所でしか手に入らないこの髪飾り、トレーナーが持って行ってよ!

 きっと、きっと私を驚かせてよね!」

___

 

「…。

 あぁ、きっとな」

 

 

 




『誰か』の回想が大半のお話でしたが、いかがだったでしょうか。
競馬ファンの方なら分かったり分からなかったりするといいなぁと思いながら書かせていただきました。
いつか、元ネタのお話ができるといいなぁと思いながら書いております。


※Pixivには2025.8/8に投稿。
___
Xやってます、時々スカイの話なんかもしているので是非
https://x.com/lana_altrama?t=HX2PBI3z75Vj1JdHU364NA&s=09
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