昼下がりの閑静な住宅街に張り巡らされた道路の一つに、一人の男が倒れていた。
中年男性、猿沢哲一は絶命する寸前にあった。
地面には夥しい量の血液が大きな血溜まりを作り、それは今もなお面積を広げている。猿沢の意識が完全に途切れる寸前であることは言うまでもないく、今や腹部の痛みだけが何とか彼の意識を繋ぎ止めていた。だが、その痛みの感覚さえ薄れてている。
(何故…?)
いよいよ永遠の闇の中へと向かう中、猿沢は当然の疑問を抱く。
(どうしてワシはこんな目に遭ってるのん…?)
同時に恐ろしい程重要な事実に気付きながら。
(どうしてワシが転生者である事に今になって気付くのん…?)
猿沢哲一は転生者だった。
彼が前世においてどのような人物であったかを一言で表すならば、それはマネモブであった。
前世において、彼は異常猿愛者――ある特定の漫画家と彼の作品群、某掲示板のカテゴリーを異常な程に愛する男だった。
『高校鉄拳伝タフ』を始めとする某漫画家の作品群を全巻買い揃えるのは言うまでもなく、それらを題材にしたパチンコ台やゲームソフト、グミ、実写映画のDVDといった関連グッズを買い集めた。
仕事が終われば直ぐに某掲示板のカテゴリーを漁り、時には愚弄と言う名のレスバを寝食を忘れて朝まで繰り広げた。
作品のストーリーは勿論、文字通り全台詞を一字一句余すことなく全て記憶した。
好きで好きで堪らなかったから…某SNSに美少女型のAIが新機能としてリリースされた時にはそのAIに徹底的に作品群や語録を刷り込んでマネモブにした。
とにかく彼は異常猿愛者を超えた異常猿愛者だったのだが…当然彼は肉体的にはただの人間、そんな日常を送るうちに寿命を迎え絶命した(平均寿命に比してかなり短い享年だったが、死因自体はごく普通のものであった)。
絶命してから、彼の魂は巡り巡って別の世界に猿沢哲一という男性として転生した。
結論から言うと、転生した先の世界は前世と違い普通の世界ではなかった。基本的には前世と変わらぬ現代社会…だがそこには 『悪魔』と呼ばれる異形の存在が蔓延り、『デビルハンター』と呼ばれる者達が悪魔を狩る…『チェンソーマン』の世界だった。
そんなクソみたいな世界に転生した猿沢哲一だったが、前世の記憶を思い出すことはなく。あくまでただの、一人の日本人男性として育ち紆余曲折の末に、民間デビルハンターの道を歩んだ。
そうして日々悪魔を狩って生計を立てて、死んだように生きるクズ…もとい猿沢は今日この日も、いつものように悪魔を求めて住宅街を歩いていた。
「中々悪魔見つからんのぉ…索敵失敗。ファー眠い」
欠伸をする猿沢。
閑静な住宅街、昼下がりということもあり人はおらず悪魔がいる様子もない。少なくとも見た目は全く平和だ。
思わず緊張感が薄れるのも当然というべきだろうか。しかしそれがいけなかった。
「アハハハ、お告げがあったぞ!悪魔だよ!悪魔が来るんだぞうっ」
「え?」
突然背後から響き渡った男性の声。猿沢が振り返るとそこには尋常ならざる光景があった。
「な、なんだあっ!?」
そこには高校生ぐらいの若者がこちらに向かって全力疾走する光景があったのだが…まず格好が異常だった。彼は全裸だった。それだけでも異様だが、さらに異常だったのはその一糸纏わぬ身体が血に塗れ、右手には同じく血塗れの包丁を握っている。彼がこちらに一歩歩を進める度に、股間の見苦しい一物が揺れ、身体に付着した血が飛び散り、手に握る包丁の刃が不気味に光った。
どう見てもその姿はマトモではなく…
精
神
異
常
者
そのものであった。
一体何故このような光景が繰り広げられているのか、この若者はそもそも誰なのか、その血は一体誰のものなのか…本来なら直ぐに回れ右して逃げるべきところを、余りにも異常な光景を前についさっきまで緊張が緩んでいた猿沢は思わず立ちすくんだ。
その隙を当然目の前の男が見逃すわけがなかった。
「悪魔みーっけ」
「はうっ」
次の瞬間、若者の顔が眼前に迫るのと腹部に熱く鋭い感覚が走るのは同時だった。
サクッ、サクッ、サクッ、サクッ…
驚くほど軽い音と共に腹部に何度も熱い感覚が走る。
包丁で何度も腹を刺されているのだと理解すると同時に、熱い感覚は激しい痛みに変わる。鉄錆のような臭いを感じ、両脚から急速に力が抜けガクンとその場に崩れ落ちる。
「アハハハ、悪魔だよ、悪魔を殺ったんだぞうっ」
気が済んだのか、全裸の若者は倒れ伏した猿沢に目もくれずに何処かへ全力疾走して去っていった。
後には血溜まりに沈む、息も絶え絶えの中年男性が残された。
(な、なんや…)
人間は死を目前にすると走馬灯が走るという。彼の脳裏にもこれまでの記憶が急速に浮かんできたが、そこにあるのはこの現世での猿沢哲一としての人生ではなかった。
(なんやこの光景は…ギュンギュン)
なけなしの給料でタフシリーズや毒狼、力王等々を買い漁った記憶…某掲示板を開いて朝まで愚弄に明け暮れた記憶…
(そ、そうや思い出した…ワシは前世マネモブの転生者やったんや…!)
薄れゆく意識の中、猿沢は己が転生者であったことを、マネモブとしての人生を思い出した。恐らく突然の出来事によるショックや死を目前にしたことが影響して、前世や転生の事実に気付いたのだと思われるが…だが今それを思い出したところで何になるというのか?
(せ、折角前世を思い出したのに…なんだよこのクソ展開。ワシはヒャッハーって突っ込んですぐにやられるザコキャラかあっ。クソみたいな人生を送って、こんなクソみたいな最後を迎えるなんて、こ…こんなの納得出来ない)
己の突然降り掛かった理不尽を呪うが、そんな事をした所で結局は無意味だ。抗うこともままならず、彼は急速に意識をなくし。闇の中へと沈んでいった。
視界が開け、光が広がる。最初は己が己であるということも分からなかったが、やがて急速に朧気だった意識が鮮明になり目の前に広がる光景を認識できるようになる。
猿沢が目を覚ますとそこには室内だった。並ぶ机、スタンドライト、机や棚に並ぶ書籍や資料…机の上には漫画の原稿のようなものが所狭しと置かれている。まるで漫画家のアトリエだ。
自分は部屋の中央に立ち…そして目の前の机には自分と瓜二つの中年男性が座っていた。
「ヒャハハ、お前めちゃくちゃおもろいでェ」
瓜二つの男は猿沢を見ていきなりゲラゲラ笑った。
「ちょう待てや、オッサンは何者や?」
至極当然の反応をする猿沢。さっきまで若者に刺されて倒れていたのに、何故こんな部屋にいるのか?ここは何処で、目の前のドッペルゲンガーは何者なのか?自分の身体も、見てみると確かに何度も刺されたはずなのに、傷一つ、血痕一つない。痛みもなく、五体満足の状態に戻っていた。刺された出来事などウソのようだ。
「ワシは異常者に刺されて倒れたはずなのに…一体ここは何処や?はーっ、なんかここは気分変やなぁ」
「ここは地獄だからね」
「えっ」
「あっ、ワシは■■の悪魔。偶然見つけたんだけど、面白そうだったからちょっとお前の事を色意見させて貰ったんだァ」
困惑する猿沢を余所に自らを悪魔と名乗ったドッペルゲンガー。何を司っているのか、その部分はどういう訳か黒塗りで検閲されたかのように聞こえなかった。
「はっきり言ってお前はめちゃくちゃ面白い。転生者って言う事実もそうだし、お前が記憶している漫画とか…おもしれーよ。しかもその内容や台詞を文字通り全部記憶する異常者ぶり…俺…好きだぜ」
ドッペルゲンガーもとい■■の悪魔は猿沢を見てニヤリと笑う。
「よし、それじゃ企画変更してお前と契約することにしよう」
「け、契約?」
突然の契約しようという提案の言葉に困惑する猿沢。
「お前はついさっき刺されて荼毘に付したわけやが…正直まだ死にたくないだろボクゥ?」
「おうっ、突然異常者にぶっ殺されるとかワシは認めへんっ。まだまだやりたいことあったしな(ヌッ。…ちょう待てや、もしかして契約したら何かと引き換えに生き返られるゆうことか?」
ハッとした様子で聞く猿沢に■■の悪魔は頷く。
「ムフフ、そういう事。話が早くて助かるのん」
突然提示された理不尽な死から生き返るための道。
だが…相手は悪魔と名乗る謎の存在。仮に本当に悪魔ならば何かを引き換えにせねばならないし、必ず生き返らせてくれるという保証もない。本当に生き返るにしてもそれが人間としてまともな形で生き返らせてくれるとは限らない。ひょっとしたらこのまま荼毘に付してたほうがマシと思う羽目になるかもしれない。だが…これまでの状況や突然降り掛かった理不尽を思えば、目の前の悪魔に縋りたいという思いもあった。
「悪魔と契約するという事は、大げさに言えば何かを引き換えにするということ。お前はワシに何を差し出せというのだ?」
「ククク、警戒することはないよ。ただお前を生き返らせる代わりにお前のこれからの人生をワシに見せて貰うだけよ。そのためにお前の身体をちょっと借りて文字通り一心同体になるんだァ、それが引き換えなんだァ。勿論一心同体になる以上、ワシの悪魔としての権能をめちゃくちゃ使えるようになる」
「なにっ」
警戒しつつ問いかける猿沢に■■の悪魔は笑いながら答える。
「ほ…本当にそれだけなのん?」
「ああ、生き返りに権能使い放題のカーニバルだぜ。さっきも言ったようにお前の事が面白くてめちゃくちゃ気に入ったからなっ。あっワシの悪魔としての権能の内容は今は言エナイ。知ラナイ…知ッテテモ言ワナイ」
「…」
猿沢は考え込んだ。相手の言うことが本当だという保証はないし、権能の内容は言わないと言う。はっきり言ってめちゃくちゃ怪しい奴だ。だが…その一方で猿沢は生への強い欲求があった。突然降り掛かった理不尽な死、それを大人しく受け入れられる人間がどれだけいるだろうか?もし本当に生き返られるのだとすれば…
「ボクは正直この身以外に差し出せられそうなものは無いんです。それでも契約して生き返らせてくれるますか?」
「はい! 生き返られますよ」
猿沢の疑問にニコニコと笑って答える■■の悪魔。
「ボクはしがない民間デビルハンターだし、ただ漫画のセリフを覚えてるだけの人間です。それでも契約してあなたの権能を使わせてくれますか?」
「はい!使わせてあげますよ」
「…今より強くなれますか?」
「はい! 一生懸命トレーニングすれば今より強くなれますよ」
暫くの沈黙。
そして猿沢はゆっくりと口を開いた。
その口から出た言葉に■■の悪魔はニンマリと笑う。
「わ…わかりました。契約します」
そしてここに悪魔と契約したマネモブが誕生した…
◇この二次創作の目的は…?