ライルはすぐに検査を受けたが、特に異常は見られずに一日様子を見るということで落ち着いた。
「ご無事で安心しました、殿下の御身に何かあったとあれば。」
「あのような小娘に任せた我らの不徳の致すところ。」
「いえ、彼女が気付いてくれたからこそです。」
過剰にご機嫌取りをしてくる大宦官達を丁重に退散させ、ライルは鈴維ともう一度会っていた。
「そうか…特に異常はなかったんだな。」
「ああ、出来れば少し街を見て回りたいのだが案内はできるか?」
「え、私が?」
「お忍びの外出なんだ……私服ならブリタニア貴族が雇った現地ガイドで通るだろう?」
実際のところ、あの連中の取り巻きだとどうなるかわかったものではない。見たところ、連中と距離を置いているような彼女やあの星刻という男の方が良いくらいだ。
「それに、信頼という意味では現状中華連邦の人間では君しかいない。」
『信頼できる人は君だけ』……事実上、そんな風に言われたようなもので鈴維は胸が高鳴ってしまった。
「あ、ほ…他は、いないのか?親衛隊の隊員の方が…」
ライルは首を横に振る。
「できれば個々に観光をしてもらいたいんだ。特にエリア出身者は海外旅行になるんだから。」
その言葉にはブリタニアの植民政策への反感が含まれているような気がした。
「…それで、ダメか?」
「は、はい……が、ガイドをお引き受けさせていただきます。」
ライルが微笑した。
「ありがとう。」
「うぅ……あ、じゃ、じゃあ準備するから!!」
優衣と涼子はクリスタルとテレサの四人で観光に繰り出していた。
「ライル様と中華連邦デート…」
「まだ、言ってるわ。」
「殿下とチャイニーズティータイム。」
「こっちもよ。」
慣れない仕事をようやくフェリクスや整備長からOKをもらって、半舷上陸の前半部分を使っていた。
「ライル様は現地の軍人に案内頼んでる……しかも、女じゃないの!」
「ああ、ヴェルド達がはしゃいでいたわ。私も画像見たけど、結構な美人だったわね。あんたや有紗に負けてないわ。」
涼子が説明するが、優衣は勝手にライバル認定しているような風潮だ。
「有紗やクリスタルだけでも手強いのに、これ以上増えたら旗色悪いわよ!!本国の親戚って人も強そうなのに!!」
自分がライルに好かれるという自信を既に持っている辺りは何と言えばいいのか。図々しいともたくましいとも取れる。
「アルバートフ家のご息女は親戚という意識の方が強いから、当面は大丈夫でしょ?でも、確かに中華連邦の方は警戒してなかったわ。私の見立てだと、あの方は育ちの違いに弱い傾向があるの。」
育ちの違い…そういえば、有紗は一般のイレヴンでレイはハーフ、それも両方に迫害された。レイの前任者は平民だ。
「中華連邦軍からもらった最低情報だと、彼女…楊 鈴維は孤児だそうよ。」
孤児…テレサは妙なシンパシーを感じた。が、頭の隅にそれを追いやった。
「だとしたら、手強いわね。」
「やっぱり、シャワールームやベッドへの奇襲をしないと駄目なのかしら?」
「そんなの私が許すわけないでしょ!」
「お姉ちゃんは関係ないでしょう!相手いないくせに!!」
「それこそ関係ないじゃない!!」
またギャアギャアと喧嘩を始めた。仲がいいのか悪いのか……
まあ、私とお姉ちゃんも喧嘩するし仲がいいんでしょうね。ここまでレベルは低いというか、凄まじくはないけど。
秀作はレイに頼んで買い物に付き合ってもらっていた。来たのはダウンタウンだ。
「珍しいわね…半分イレヴンの私に付き合ってほしいなんて。」
「お前たちは突然変異種だろう…信用できる。」
言い方はどうかと思うが、少なくともレイは秀作の基準では魔物の枠に当てはまらないという事なのだろう。
「で、何を買いたいの?」
「ああ……セラに何か買っておいた方が良いと思って。」
皇女を愛称で呼び捨て……と思ったが既に身近にいるから気にはしないし雛もウェルナー・レイ・ブリタニアを呼び捨てにして、個人的に親しくしている。別にいいだろう。
「なるほど……大方、クレヴィング将軍は手が離せないから誰がいいか相談して、同年代の女の子なら意見が聞けるって思ったのね。」
「そうだ。」
それでレイなのは、多少は貴族としての生活があるから近いものが良いと思ったのだろう。だが、それならこんなダウンタウンでどうするんだ?
「でもね…それなら高級店の物を買いなさいよ。ダウンタウンは違うって。」
「あ、そうか…」
全く、こういうことには無頓着だ。というよりも秀作の場合はそういう情緒を学ばないまま成長してしまったというべきか。
「まあ、同性の意見という発想ができるだけ進歩なんでしょうね。とりあえず、お忍び外出用ならダウンタウンの物の方が良いかもしれないわ。意外と掘り出し物があるかもしれないわよ。」
逆に言えば、皇女ともなればブランド物には見慣れている。飾らない質素なものもそれはそれでいいだろう。母だって、パーティー以外は質素にしている。日本での主婦生活の名残だろう。
「あら、これなんかどう?」
見つけたのはシンプルなネックレスだ。さほど飾り気はないが、十字架に金のチェーンがある。
「流石にチャイナドレスは本人がいないから無理だが…これはどうだ?」
「あら、良いわね。」
髪飾り…中華連邦の文化にのっとったものだ。これもこれでいいだろう。少し気取ったデートにはいいかもしれない。
雛は一人で出かけていた。皇妃のトゥーリアにああは言われたが、土産くらいは買いたい。
こういうダウンタウンがあの子に合うかは分からないけど……まあ、いっか。ご利益のパワーストーンの一つや二つ、買っていこう。
「随分と気合が入っているね。」
「え?」
鈴維はライルに言われ、自分の服を見下ろした。あまりはかないスカート…流石にチャイナドレスというわけにはいかなかったが、以前買った外出用の服だ。
な、なんで私こんな服で?これじゃあ……
「まるでデート用の装備だね。」
「で、デート!?」
声が裏返ってしまい、周囲の目が注目していた。
「ライル殿下…女を口説く性格ではなかっただろう?」
「…いや、あの様子からして女が自爆しているのではないか?」
ブリタニア軍の将兵さえ、半ば呆れている様子だった。
「あ、え…えぇと……で、出直してきます。」
「待って、今からじゃあもう機会がないからこのままいこう。」
「えぇ!?」
人生で初めてのデートが外国人、それもブリタニアの皇子。
ど、どこの映画や小説のヒロインなの私は?
どうにもそういう気分に舞い上がってしまうようだ。相手もこれだけの美男子……しかも、ここだけ見れば傲岸不遜で利己的というブリタニア皇族のイメージと真逆だ。
初デートの相手としては、申し分ないかもしれない。
「あ、あの…どこから?」
「そんなに舞い上がられると、私も聞きにくいよ。」
「は、はい……えぇと、時間も丁度昼時ですから軽く食べます?ダウンタウンで良い店を知っていますから。」
有紗も中華連邦のお茶を見ていた。日本ではウーロン茶が精々だったが、流石地元となると豊富だ。
「せっかくだから……あの、お茶と一緒にこのポットもお願いします。」
有紗はポットと数種類の茶葉を買って、戻ることにした。が…
「今の私が…ライル様が納得できるお茶を入れられるのかしら?」
紅茶は出し続けているが、自分でも少し味が落ちている気がしていた。あの事件の後からだ。
ライルは鈴維とダウンタウンにしては少しだけ飾った店で点心という中華連邦のお茶請けを中心とした食事…確か飲茶とも呼ばれるティータイムを兼ねて食事をしていた。
「こういうのも良いね…本格的な中華料理を食べるのは初めてだよ。」
「口にあったようで良かった。宮廷料理でなければいやだ、なんて言うかと思ったぞ。」
「365日フォアグラだキャビアだ、なんて飽きるよ……それに、私は宮廷料理よりこういうありふれた家庭よりの料理が好きなんだ。」
個人経営の店のようだが、こちらもこちらで良い。
もし、中華連邦と戦争になって占領したらこうした文化も消える。そして、他のエリアのようにこき下ろして、自国だけを持ち上げるのだ。
「どうした?」
「いや、こういう店がなくならない意味では戦争をしないのが一番だと思ってね。」
「それは…」
「何百万人も既に殺しているのに、と思うけど……そんなことしないで済むならそのほうが良い。どこも同じじゃないか?」
鈴維は少し顔を伏せる。
確かに…ライルの言うようにブリタニアとの国交修繕がなされれば少なくとも戦争になる心配はなくなる。だが、それは中華連邦の内政が正常化していればこそだ。外が無事でも、中は既に修正不可能なほどに腐敗しており、鈴維とてそのあおりで孤児になったようなものなのだ。
大宦官とその手先によって腐敗した中華連邦……たとえブリタニアとの戦争がなくても、このままいけば自滅する。奴らのことだから、自分達だけ助かる算段も立てていそうだ。
この店のような人を殺さないために、ブリタニアと戦争をしない…それは正しい。間違っていない。
だが…それを避けられても内政が腐敗していては……
「何か、悪いことを言ったか?」
「あ、大丈夫…ちょっと考え事を。気を取り直して、色々と見て回りましょう。」
それから、二人は女性ものやライルのお忍び用のアクセサリーを探すほか、皇族のライルには行儀が悪い、串に刺した肉を頬張るという細やかな悪さをして楽しんでいた。
「意外だな…串に刺した肉を食べるなんて蛮族だ。なんて言いそうだと思った。」
「残念……祖父の領地が農場でね、そこでとったトマトやリンゴを丸ごと食べたこともある。これだって似たり寄ったりじゃないか?そもそも、魚だって枝に刺して焼くんだろう?戦場でも海や川でとった魚を上品にフォークとナイフで食べる余裕がどこにある?」
随分と極端だが、ある意味正論だ。
「今日のデートで分かったこと…お前は正論家だが、それ以上に正論や現実論を盾にする不良学生だ。」
「本物の不良学生が身近にいるんだが?」
「そういうのじゃない…素行も勉強も申し分ないが、国や軍の規律に反抗的という意味での不良。しかも、実益を持ち出すから余計に質が悪い。本国の貴族共も胃が痛いのでは?」
「そういう手合いを泣かせるのは大好きだね。血統や人種なんて、戦場では小石一個の価値もない。あるとすれば、敵の的としての価値だけ。」
これもまた、確かに皇族という地位は相手にとって示威としては有効だが、的としても大きい。説得力のあることだ。
「お前が中華連邦の人間でないのが惜しいよ……大宦官がさぞ頭が痛くなっただろうに。」
「それ…君は個人的に大宦官に反抗的と自白しているよ。」
しまった…なんで、こんなに気が緩んで?
「まあ、良いよ。体制への不満を抱えているのがここにもいるから。反抗的でも、あえて従うというケースもあるんだし。」
胸が高鳴った。心なしか、顔も熱い。
え、なんで?
「さて、そろそろ夕暮れ時だ。また明日は迎賓館でパーティーがあるからね。君の駐屯地までは付き添うよ。」
「え?あ、あの!そこまで…」
「今日一日、ガイドをしてくれたんだから…差し引きゼロということで。」
そこまでしてくれなくても……と思ったが、もう少しだけ彼といる時間が増えると思うと嬉しかった。
「じゃあ、お言葉に甘えて。」
近くまで鈴維を送った後、ライルは戻って明日の準備を進める。
「ライル様……随分と、デートを楽しんでいたんですね。」
有紗がやや不機嫌そうな顔たちだ。
「あ……そう、見えたんだ。」
言葉が続かない。お茶に手を出そうとしたとき…
「これ、もしかして中華連邦の?」
「はい、せっかくだから一通り買ったので。」
お言葉に甘えて、一口飲む。日本の緑茶や西洋の紅茶と違う味わいの深さ。やはり紅茶との決定的な差は香りで楽しむか、舌で風味を楽しむかもしれない。
が……
「有紗……言わなかったけど、少しお茶の入れ方にムラが出てないか?」
今までの彼女の紅茶の入れ方は一定していた。ゲットーで世話になった人やエクトルを通じて得た技術、彼女の元々の才能も踏まえて貴族達でさえ業腹ながら認めていたのだ。それが、どうも……
「あ、えぇと……」
「どうする…今からでも戻るか?山本政務官に頼んで休暇を取ってもらうか、本国のスレイター家で休職するか?」
「大丈夫です!」
いつもより強く出て、ライルは思わず怯んだ。
「そ、そうなのか…」
だが、原因は分かっている。あれだ……
「有紗、その…この前の事。」
「大丈夫ですから…」
それ以上は言わせてもらえず、有紗は部屋から出て行った。
有紗は出て行って、ため息をついた。
「嫉妬してるんだ……会ってもいない人に。」
ライルが現地の軍人、それも先日の竜門石窟に行った際に随行した女とデートに出ていたという話を兵士たちから聞かされて、有紗は半ば掴みかかっていた。これがほかのブリタニア兵ならどんな罪状を着けられていたか、と思うが流石に一年近くいる有紗にはもう誰も文句は言わない。
聞いてみると、本当に相手が勝手におめかしをして自爆して半ばデート状態になったようなものだったらしい。
自分だって、デートに誘えばいい。あの学園祭でも、農場でもした。なのに……どうしても、あの時のライルの顔が怖くて踏み出せない。
優衣が言うように、面と向かう機会を今作りたかったのに……
座り込んでしまった有紗の頭上から、声が聞こえた。
「有紗、良いか?」
「ライル、様?」
慌てて立ち上がり、スカートをはたく。
「ああ……さっきダウンタウンで買ったアクセサリー……この間のお詫び、のつもりではないんだが今のうちに渡そうと思って。」
紙袋を受け取り、開けてみると入っていたのは蝶を模したかんざしが二つ。あとはブローチだ。翡翠色のガラスだろう。
「ブランド品も考えたんだが、それじゃあなんというか………貴族への贈り物みたいになるから。それに、気取ったような気がするから。」
難儀して選んだのが、この二組ということか。
「着けてみて、良いですか?」
「どうぞ。」
着けてみて、ライルに聞いてみる。
「どうですか?」
が、ライルはわずかに顔を赤くしていた。
「あ、ああ似合ってるよ。気に入ってもらえてよかった。」
「………あの、お済みならそろそろ通らせていただけませんか?」
士官の一人が微妙に顔を赤くしていた。
「あ、すまない!」
「いえ……………殿下、もう諦めましたが通路の真ん中は慎んでください。」
「…努力する。」
張 美水の紹介で、父親の張将軍との面会にライルは赴いた。相手は地元の将軍となれば多忙。こちらから出向く方が良いとライルが護衛にレイを連れて訪問していた。
出迎えの将兵に案内をされ、ライルは応接室へ入る。
「初めまして、ライル・フェ・ブリタニア殿下。この四川省の軍を統括する張 高山です。」
「ライル・フェ・ブリタニアです。ご多忙のところ、お時間を取っていただき、恐縮です。」
あの後、少し調べたがこの男は『極東事変』や『ブラック・リベリオン』でいち早く、軍の派遣を唱えたらしい。一般家庭の出身で生活のために入隊したようだが、若手の頃から着実に出世して、若い頃は『瀘沽湖の大蛇』などと呼ばれていたらしい。過去のブリタニア、E.U.との小競り合いでも当時の将軍たちを苦戦させたという。ブリタニアならば爵位をもらえる実績だろう。
それだけの人材をいかに故郷とはいえ、四川に留めるとは勿体ない。彼ほどの人材だと『紅巾党』に流れるのを恐れたか、それとも扱いにくいのか。
「殿下、先日は竜門石窟に赴いたそうですが一体なにゆえ?」
「きわめて私的な要件、としかお答えができません。」
どうせ気付かれているだろうが、私的な要件であることは本当だ。ここは、二重でごまかした方が良いだろう。
「では、殿下は大宦官とのパイプをどうお考えでしょうか?」
「彼らは現在の中華連邦の中枢、やはり彼らを通じて貴国との関係修繕を測るのが常道でしょう。そういうあなたはどうお考えですか?」
張はうなる。
「私は四川省の軍人です。そして、この地位に着いたからにはまず…足元でもある四川省の民達の安寧が第一。それは、省庁の官僚達とて同じ。」
正道と言うべき、か。
「しかし、私個人としては殿下のような先見の明があるお方は今後必要だと考えます。」
「歴戦の軍人にそう評価していただけるとは光栄です。」
それから、二人は雑談を交えて細やかな腹の探り合いをするが、ライルは受け流すのが手一杯だ。やはり、戦場で勝負したらおそらくこの男に軍略で負けるだろう。
そこへノックがした。
「失礼します。」
美水だ……今回はスーツのようだ。
「娘とは先日の式典でお会いしたそうですね。」
「ええ……とても優秀だと聞いております。」
星刻はライルの動向について、報告を香凛から受けていた。
「張将軍と?」
「はい、先日の歓迎式典で娘の美水女史と会っており、その時に。」
張将軍は星刻や彼の旧友の雷 斬莉(レイ・ジャンリ)とも面識があり、士官学校時代は教官として指導を受けたこともある。考え方はどちらかといえば故郷の民を優先する、いわゆる保守派だが大宦官とは一定の距離を保っている。
「あの方が敵に回るのは避けたいが……」
「張将軍の元にも同志はおります。ライル自身、我が国とのパイプ作りで将軍に目をつけている可能性もあります。」
香凛の言う通りだろう。しかし、露骨に横槍を入れれば計画が露呈する恐れもある。ただでさえ、『紅巾党』の決起で大宦官とブリタニアの結束が強くなりつつある中、余計相手に塩を送るような事態は避けねば。
結局、動けないということか。
三日後…出立を明日に控えたところで大宦官からライルに話が来た。
「張将軍の御息女を私の元に?」
「はい、彼女の才能は我が国には狭すぎる故。」
「ぜひとも、ブリタニアで見識を広めていただきたいと思った次第です。」
「それは今後の双方のためにもなりましょう。」
要するに、人質外交の一環か。公的な立場はともかく、実力で言えばおそらく張将軍と戦えるのはブリタニアではシュナイゼルとコーネリア、ビスマルクくらいだろう。マリーベルでもおそらく勝つのは困難かもしれない。名声と実績、更に言えば自分達に歯向かいかねない者を動きにくくするのが狙いか?
「その話は、張将軍とご息女も納得しておられるのですか?」
「無論ですとも。」
どうだか……とはいえ、NOと言うには張将軍とのパイプは魅力的だ。こちらの方針も知っていてだろう。
「私はこれからE.U.方面へ向かいます。彼女を戦場へ同行させるのですよ?」
「それは渡りに船です。戦時外交を学ばせる良い機会ではありませぬか。」
そう来るか……余計に断れない。やはり、政治では勝てる相手ではないようだ。
「では、生命の安全についてはこちらも最善を尽くします。」
大方、シュナイゼルにも話が回っているのだろう。彼女に万が一のことがあっても、その責任はライルに行く。大宦官にとっても、それを理由に張将軍が敵に回れば四川を掌握するために好都合なのかもしれない。
どちらも食えない。だが…私欲だけの大宦官とシュナイゼルであれば、勝負すれば間違いなくシュナイゼルが勝つ。
まさか…私と彼女を結婚させて四川省をブリタニア直轄領にしようなんて考えている?たかが地方とはいえ、香港租界と合わせてブリタニア優位の立場を作るのがシュナイゼルの目的ではないか?
そもそも、一般家庭の娘とはいえ父は名将で、政府にも顔が効く。政略結婚の駒としても悪くない上にライルより一つ年上で、オデュッセウスと天子より年齢のつり合いは取れる。
腸が煮えくり返りそうだが、鈴維といい美水といいとんでもない美女だ。もしもルーカスが中華連邦に来ていたら、そう考えるとぞっとする。あいつのことだから、外交関係を盾にやりたい放題をしかねないし、大宦官もルーカスの方が取り入りやすいと考えて………やりそうだ。
美水はいきなりの話に呆然とし、しかも既に帝国宰相のシュナイゼルからも了承が出て拒否の仕様がない状況に追い込まれていた。
「すまぬ、美水。」
「い、いえ…父様が謝ることでは。」
「だが………お前の身柄を預かるのは先日会った第八皇子ライル殿下だ。悪い噂は多くないし、筋の通らないようなことはされない方だと聞いている。」
彼が?まさか…これから戦場に出向くというのに。
「政治に強いお前が助言して差し上げろ、というのが大宦官の言い分だ。」
つまり、大宦官達はそれで恩を売ろうというのだ。だが、突っぱねればどうなるか。
「分かりました……四川の民のために行ってまいります。」
人質を預かるという話を聞いたゲイリーは…
「E.U.へ向かおうという矢先に、厄介ごとを押し付けられましたな。」
「エリア11に続いてこれだ。この調子だと、E.U.でも同じようなことが起こりそうな気がするよ……」
「殿下の勘はよく当たりますからね………せめて、この間よりスケールが小さいのを祈ります。」
フェリクスがため息をついた。普通なら本国のライルの離宮に預けるのが無難だが……相手がライルを名指ししている以上はライルが直接預かるしかない。
「中華連邦政府からの正式な要請なだけマシか。」
「この度、大宦官様の命でライル殿下の元へはせ参じました張 美水です。」
「殿下の幕僚長ゲイリー・B・クレヴィング中将です。張将軍の御息女をお迎えできたことは我々にとっても光栄です。」
美水はブリタニア人から見れば、東洋系のエキゾチックな雰囲気に豊満な肢体、美貌があわさり、男女問わず感嘆の声が上がる。
「凄いわね…」
「胸もそうだけど、全体的に。」
「あれじゃあ、父親もさぞ渋っただろうな。」
「ああ、私が父親でも渋る。」
ライルが前に出て、手を出す。
「我々はこの後E.U.へ向かうことになっているので、貴女もご同行していただく形になります。狭い艦内生活を強いて申し訳ございません。」
「…そちらの行動予定に元々こちらが割り込んだようなものです。」
「ただ、中華連邦政府からお預かりしたお客人です。安全については配慮いたします。」
美水は空があった士官室を使うことになり、ライル軍は中華連邦の客人を抱えたままE.U.へ出立することとなった。
一足先にE.U.へ向かったルーカス軍……大型艦ログレス級の内一隻を受け取ったルーカスの居室は艦内とは思えないほどに贅を尽くし、『ユーロ・ブリタニア』から仕入れた貴族の娘達の身体を堪能していた。
ウィスティリア家の娘に劣らぬ豊満な果実を形が歪むほどにもんでいる中、ロシアから連れてきた若い女が抱きついた。小柄ながらも豊満な肢体のその女はルーカスのお気に入りで、珍しく名前も聞いてやった。
「ああ、リーリャ……これが終わったら今度はお前だ。」
「はい…!」
リーリャと呼ばれた女は虚ろな瞳で嬉しそうに答え、女がルーカスに責められるのを眺める。
怠惰な宴はここだけでなく、ルーカス軍の男たちの大半が興じていた。ルーカスはブリタニアの負の側面を徹底的に体現したと言っても良い皇族で、戦場で捕虜の虐殺や女の拉致は当然のことだった。
それ故、貴族達も意見が分かれている。『ブリタニアの権威を損なう。』、『ブリタニアが世界制覇を成すのだから、これが当然』。前者は関わり合いを避けており、後者は平民やナンバーズの若い女をルーカスに献上している。
普通ならば、断罪されるところだがルーカスの母は本国でも決して小さくない影響力を持つ伯爵家…祖父母共々評判は悪いが、地位と一応の軍での働きで始末しかねていた。貴族の中にはライルの名誉ブリタニア人よりこちらを排除したいと考える者さえいた。
その中で貴族、或いは平民でも軍人の良識や男としての良心の呵責で踏みとどまった男たちは公務に勤しんでいた。こんな軍にも一定のルールがあり、それぞれが気に入った女を抱えるのを許しており、他人の女には譲渡や相手の許可がない限りは手を出さない。以前、一部の騎士がルーカスの気に入った女に手を出して殺されたために儲けられたルールだ。それが許された男達の中には女達を守る意味でもそれを行使している者がいた。
ウィルフレド・K・マクスタインは雑用で女を囲っていたが、そのルールの発案者だ。
マクスタイン家はルーカスの母と縁があるが、当主の彼自身や一族も関わりにはなりたくなかったが、生殺与奪を握られて逆らえない。
「お疲れ様です…」
「ああ、少し休む。」
マクスタインは貴族の当主と思えない投げやりな態度で備え付けられたソファーで横になり、すぐに眠ってしまった。
女の一人が毛布を掛け、もう一人が散らばった書類を簡単に整理していた。もはやマクスタインのメイド同然だった。そして、中でもひときわ小さい…8歳の少女もいた。
そちらの趣味がある男用にと本国の貴族がスラムから買い取ったらしい。平民を見下していながらも、流石に8歳という年齢を見かねたマクスタインが保護者を買って出た。もっとも、極一部ではよからぬ噂まで流れる羽目になってしまったが、このまま送り返したらどうなるのかは目に見えている。
幸い、少女…カミラはマクスタインに懐いており、ルーカスの同類達も8歳は論外だったので半ば放置していることで安全が守られていた。
「おじさん、疲れてるね。」
カミラはもぞもぞとソファーに入ろうとするが、止められた。
「やめておきましょう…おじさんが悪口言われちゃうから。」
きょとんとしながら、カミラは「うん」とうなずいた。
同じころ、『ウリエル騎士団』から転属したヴァルター・E・クルークハルトもE.U.や本国の女達を側に置いていた。といっても、もっぱら愚痴を聞いてもらうためだ。
「クルークハルト様は…戻ろうとは思わないのですか?」
トルコの女の一人に問われると、ため息をついた。
「軍人だから、戻りたいと言っても戻れないさ。第一、戻りたい『ウリエル騎士団』が壊滅してしまった。」
立身出世のために入隊し、KMFパイロットが認められて『四大騎士団』に入れたというのにこれだ。
「大公閣下にもサン・ジル卿にも申し訳が立たぬ。」
グラスを握り締めるクルークハルトの手に本国の侯爵家の娘が手を添えた。
「クルークハルト様は、私達を丁重に扱ってくださっています。それだけでも、ヴェランス大公閣下の名誉を…」
「……そう思うことにするよ。できるかは分からんが。」
またも杜撰で強引ですが、自分でも気づかない内に口説いてしまったライル。咥えて、星刻以外にまともに歳の近い男がいなかったこともあって、鈴維は一気にライルに靡いてしまいました。
ただ、相手の分析はちゃんとして…現状は放っておいても問題はないという認識になりました。いるだけで余計な神経を相手に使わせるタイプでしょうね、ライルは。
そして、事実上父親への人質もかねてライルの元へ送られた美水。今回出会った中華連邦の二人も、ルーカスが見れば是が非でも食い付く美女です。
そのルーカスは『ユーロ・ブリタニア』の貴族令嬢さえ食い物にしている始末。ルーカスを殺すためだけに反ブリタニアとブリタニア貴族が野合しかねない気がします。主に娘を取られた貴族の親達。
悪徳貴族にとっては、ルーカスは女さえ献上すれば靡いてくれる御しやすい貴族。でも、餌代がかかる。
ライルはそういう餌が効きにくい上に軍人としても貴族としても正統派。勝手に勘違いした馬鹿は餌を持ってきて逆に喰われています。エリア制度には異端だけど。
餌代がかかるが御しやすいルーカスと、餌代はかからないけど下手に怒らせれば噛まれるライル、どっちが良いんでしょうね。