エレーナ・ガルデニアと取り付けた劇団の演目。まずは演奏、次は歌……いずれもスペインの民族音楽だが、やはりブリタニアと似たものがある。いや、ブリタニアが似ていると言うべきだ。元々ブリタニアのルーツはE.U.で、ブリタニア貴族にもスペイン系の貴族はいる。
とはいえ、流石に芸術で売り出している貴族もいるだけあって演奏にしろ歌にしろ、聞き入っている貴族やスペイン系の資産家もいる。元々、大衆向けの公演もしていたこのホールでは現在はゲットーの客が減っているが、租界の一般市民にもファンがいるという。最も……その人気の原因は。
本命の番が来て、まずあの姉弟の長男ヴァレンティンが踊りだした。フラメンコは中東のベリーダンス同様に男性も踊る分野があるし、男女のペアというのもあった。まずはヴァレンティンがギターに合わせて踊り、つま先とかかと、カスタネットでリズムよく踊る。
宮廷のダンスしか踊れないライルは素直に見入った。なんと言えばいいのだろう……そう、惹きつけられる。
次は妹のセルフィーが踊る。こちらはヴァレンティンとはまた趣の違う雰囲気を醸し出し、とても17歳とは思えない色香も漂わせていた。これでは、確かに人気を取れるのもうなずける。
凄い……本格的なフラメンコは初めて見たけど…
最後はエレーナだ……男達は感嘆の声を上げる。とはいえ、大方美貌と胸で踊りなど二の次だろう。真紅のドレスが似合うから、そう思うのも無理はないが。
音楽に合わせ、エレーナが踊りだす。二人とは違う、清楚な雰囲気とテンポの速い音楽というミスマッチが逆に良い味を出しているのだろうか?エレーナの豊満な肢体にしか興味のなかった客達も見入っていた。
大きな拍手が送られて暫くすると………今度は姉弟三人で踊りだした。三人の息はぴったりでバックのギターに合わせて見事なステップを踏む。『三者三様の雰囲気が絶妙のコラボレーションとなっている』、と表現すればいいのだろうか?
例えるなら、セルフィーは激流、ヴァレンティンは滝とその水しぶき、エレーナは清流とでも言うべきか?
そんな三人の踊りに客達は魅了され、ダンスが終わった時……今までで最高の拍手が送られた。
芸術はわずかにたしなむ程度のライルでもわかる。あの三人は間違いなく天才だ……ストリート時代の荒事を切り抜けた連携も糧になっているのだろう。
確かに、これは本国や『ユーロ・ブリタニア』にもファンがいてもおかしくはない。
三人の控室にはファンが詰めかけていた。スタッフも丁重にお引き取り願うが、やはり被支配国という立場ゆえにどうも断り切れずに圧力をかけてくる貴族がいる。
仕方なく、会うだけという条件である程度の面会は了承した。一応のファンサービスということにもなるが、どいつもこいつもエレーナとセルフィーのどちらか、あるいは両方を食事に招きたいという貴族ばかり。ヴァルの方は令嬢の方が会いたがっているが、やはりどいつもこいつも家の権力で取り立ててやるからなどと言う。
三人にとっては、もはや相手がE.U.の有力者からブリタニア貴族に変わっただけとしか言いようのない状況であった。
「もう、あいつら本当に姉さんのファン?絶対に、姉さんのそれが目当てでしょう?」
セルフィーがうんざりしながら、エレーナの巨大な胸を見る。その視線に気づき、エレーナも両手でガードする。
「言わないでよ…セルフィーだって、言い寄られていたじゃない。」
「はぁ……まあ、俺もお嬢様が『お父様にお願いして本国のステージを斡旋します』なんてのがいたからな。」
どう考えても、ダンスは方便。三人の顔なり身体が目当て。用がなくなれば捨てるに決まっている。中には真面目にファンになった貴族もいたが…
ストリート時代からそういう手合いに狙われた三人にとって、有力者などは全て同じだ。父は身寄りがなかった寂しさという打算以上の感情で引き取ってくれたが、それがそもそも例外中の例外。三人にとっては大恩ある父以外の資産家や貴族など、信用する価値がなかった。
「失礼します。あの…お嬢様方にお会いしたい方が。」
「また?今度はどこのどんな貴族?」
流石にエレーナもうんざりしていた。
「それが……皇族の方で、第八皇子殿下と名乗っておられるのですが。」
「え、あの人!?」
急にエレーナのテンションが上がり、そのまま控室前に来ると……
「覚えていますか?」
「ライル、様?」
「覚えててくれてよかった……今回の細やかなお礼です。」
赤い薔薇の花束だ。
「本当は…スペイン語の花言葉に沿ったものが良かったのですが…生憎疎い物で。率直なイメージを優先しました。」
だが、エレーナはそれを受け取って……ちょっとからかいたくなった。
「実は赤い薔薇はこちらでは愛情と美を意味するんです。」
「…え?」
「でも、今回は単純な贈り物で受け取ります。」
今まで、こうしたプレゼントを贈ってこられたことは何度もあった。そうしたことをするのはスペイン、或いはフランスやドイツの資産家の子息ばかり。
だが、どうも気取った手合いが多かった。まるで自分になびくのが当たり前だと言わんばかり。しかも、花を贈るくせにエレーナの胸ばかり見る始末だ。しかし、ライルは目を追うとできるだけ見ないようにしていた。
「…ああ、しかしこれだけじゃあ、私自身が納得できないから………どうでしょう、租界の店で食事でも。弟さん方も一緒に。」
「え、弟達もですか?」
「あれだけいいダンスを見せていただいたのですから。芸術に疎い私でも目を奪われました。チップ代わりということで。」
随分とストレートに言ってくる。だが、不思議とこの人からはそういう魂胆は今のところ出てこない。
「では、そのお食事の件は弟たちとも相談してから、で。」
「ええ、それでいいですよ。」
気前よく了承してくれた。今までのならば、自分だけが目当てで弟達は懐柔の餌だった。弟達と相談を持ち掛けても、無理矢理にというケースもあった。
エレーナはライルと別れ、ライルが三人を食事に招待したいという話を伝えた。
「あの人が?」
「おいおい、姉さんを口説くにしちゃお粗末すぎるだろう。邪魔者をわざわざ二人もご同伴させるか?」
セルフィーもヴァルも同じ反応だ。
「分からないけど……私はあの人に会ってみたいの。なんか不思議と話が弾むし。」
すると、二人が目を細くした。
「姉さん、もしかしてあの人に惚れたの?」
「え?…えぇ?」
「こりゃ図星だな……まさか高根の花のような存在の姉さんが一目ぼれするとは。」
一目ぼれ?ブリタニアの皇子に?
「え?」
セルフィーがため息をついた。
「政庁のパーティーで姉さんが妙に話弾んでいたのは見えたけど、まさかね。」
「ち、違うわよ!た、確かに顔は素敵だし……家柄自慢してこなくて……私の胸を見ないようにしていたし…」
二人が深いため息をついた。
「これはもう完全に惚れてるわ…」
「あの皇子、口説くまいとして逆に口説いてるんじゃないのか?」
私が、あの人に?まだ知り合って間もないのに。
確かに、顔は良い。性格も温厚で、E.U.の資産家や横暴な貴族とは真逆、自分の顔や身体を見ても、よだれをたらすような素振りはしないし、しまいと己を律するようにも見える。
悪い噂はあるが、どこまでが本当か分からない。
戦場での武勇伝も、やたらと強調しない点もエレーナには新鮮だった。父の立場やストリート時代の経験から、正規軍が何をしているのか知っている。真に受ける方は真に受ける方で最低だが、何もしないで宝が手に入ると思い込んでいるあいつらはさらに下だった。それに対して、ライルは自分の武勲はさほど強調しなかった。むしろ、現場をわかっていない貴族達への愚痴を聞かされた印象だった。
考えれば考えるほど、エレーナの心はライルに引き寄せられていった。
三日後、租界の比較的高い……貴族も利用するレストランが予約できたため、ライルは三人を車で出迎えた。
「わざわざ、車をよこさなくても良かったのでは?」
「招待したのはこちらですから……さあ、どうぞ?」
三人を車に招き、目当てのレストランに招いた。
「ようこそ、ライル殿下。」
支配人自らが出迎えたのは、流石に相手が皇族であるからだろう。
「ありがとうございます……こちらは我が国の植民地政策に協力してくださっている資産家の御息女方ですので…」
支配人がややばつの悪い顔になる。
「こ、心得ております。こちらへ、個室を用意してございます。」
案内され、流石に言い含めていたのが効いたのだろう。エレーナたち三人の食事は手抜きではなかった。
「手を抜かれるようなことはなかったか。」
「…あんた、自国民をそんなに信用してないのか?」
ヴァルの態度は皇族に対する口の利き方ではないが、ライルは特に気にしない。
「ああ、信用していないよ……セニョール。」
「ヴァルで頼む……姉さんや親父達にはそう呼んでもらっている。」
「……いいのか?」
「ああ、姉さんがここまで信用するのは珍しいしな。」
「そうか、それではヴァル。以後よろしく。セルフィーも。」
「いきなり呼び捨て…まあ、いいけど。」
メインも終わり、シェフが入ってきた。
「いかがでしたでしょうか?」
「とても良い料理でした……」
「皇族の方にお褒めいただけるのならば、料理人冥利に尽きるというもの。しかし…」
エレーナとセルフィーを交互に見て。最後にヴァルを見て……
「殿下、どちらかをもらいたいからお願いするにしても、早すぎるのでは?」
「違います。」
「おや、違うのですか。これは失礼…では、デザートもお待ちください。」
少々からかわれた………
「あんた……まさか本気で私と姉さんを口説くつもり?だったら、兄さんを連れてくることないじゃない。」
「違うよ……いや、違わないとも言えないのか。」
セルフィーはやや疑いのまなざしを向ける。
「ちょっと、はっきり言いなさいよ。腹の探り合いするような相手じゃないでしょ、私達は。」
「……ああ、第五皇子ルーカスが間違いなくエレーナとセルフィーに目をつけている。」
「はい…私は特に。」
それはセルフィーでも見て取れる。エレーナの胸ばかり嘗め回すように見ていたうえに、セルフィーの身体も上から下まで品定めしていたのだ。
「奴はとにかく、物事の全てが自分を中心に成り立つと思い込んでいる手合いだ。ここで君達二人を自分のものだと言えば、そうなると思い込んでいる。私の部下にまで目をつけているんだ。」
部下のことは分からないが、相当な美人がいるのは間違いなさそうだ。ネットで話題のイレヴンのメイドやハーフの騎士など正に東洋系の美少女で、セルフィーさえ見とれた。
「で、どうするの?」
「私は協力企業との連携を重視している。つまり…」
「父とのパイプ役になってもらう。その名目で私達を?」
「……そこまでやるメリットは?」
「敢えて言えば……ルーカスとマリーベルの暴挙を邪魔できる。あの二人なら植民地政策に協力しているのなら、と言って君達や父上に無理難題を突き付けることを平然とやる。特に、今の妹。」
なるほど……他の皇子との提携を公表させることで少しでも牽制しようということか。
「より効果を高めるなら、私か姉さんをもらう方が良いんじゃない?姉さんはおすすめよ?」
「え、セルフィー!?」
エレーナは顔を赤くして当惑する。
「私達だけじゃなくて、父さんや劇場のみんなのためよ。それに、表面上親しくしていればいいんだから。」
とはいえ、姉の様子からしてそれで終わるとは思えないが。
「…話だけ、ということでは?」
「まあ、こっちが貴方を少し持ち上げるわ。」
それから、一応の話がまとまった。
マリーベルは歯ぎしりした。ガルデニア・ホールのオーナーが面談を申し込んできて、応じてみると……
『ライル殿下はとてもよい兄君ですね……娘達がとても気に入っておられました。』
ライルが?確かにあのパーティーでオーナーの子供達と会っていたのは聞いている。だが、まさかホールでダンスの鑑賞に食事まで!?
『息子も兄君を気に入っておりまして、自分がブリタニア貴族であれば地位を抜きにしたよき友人になれたと。』
まずい……あの男は基本的に忠実だ。それに軍の慰問のための公演も引き受けており、各エリアの軍隊や貴族達にも劇団、特にあの姉弟のファンは多い。それがライルのお気に入りになってしまった。
これじゃあ、下手にお兄様を抑えられない。まさか!?
マリーベルは悟った。これは自分とルーカスを牽制する狙いだ。植民地政策に協力している有力者ならば、皇族でもパイプを積極的に持とうとする。まして未だナンバーズの支持があるライル。それがこちらの有力者とも接点を持ってしまった……
少なくとも、この男の劇場が表向き忠実である以上は不用意に裁けない。そうなれば、ライルと確執の種にもなりかねない上に只でさえ本国がうるさい。マリーベル排除という一時の利害一致で野合しかねない。
いくら総督でも、『ナンバーズを採用する第八皇子と懇意にしている』などという理由で協力者を裁けば、エリア24全体どころか本国と各エリアまでも敵に回してしまう。捏造にしても、総督が捏造したなどというマイナスになって総督という地位さえ危ういし、押し通すにはまだマリーベルの立場は盤石ではない。
総督という地位のフットワークの重さを逆に利用したのか?そこまで考えていなくても、コーネリアが不在の今軍事のアドバンテージで有利なマリーベルの障害になり得るのはシュナイゼルを除けばシルヴィオとエルシリア、そしてこのエリア24の名誉ブリタニア人達の支持もあるライルだ。あの選抜試験はやらせないと前もって通達していたが、もしやられていたらと思うと。
頭では勝てる相手と思っていたけど……直感でこちらの手に気づかれかねない。
不本意ではあるが、暫く手を出さない方がよさそうだ。この間の事件を利用し、ライルのナンバーズ側の信用も失墜させてやろうと思ったのだが、レオンハルトとティンクがライルの擁護に回って証拠をシュナイゼル経由で各エリアの協力企業に回され、逆にライルは被害者として結果になってこちらの首を絞める羽目になってしまった。
あの二人を連れてくるべきではなかった。
かといって……あの二人にまで、あれを使えば怪しまれる。しばらく、あの二人も信用しない方が良いだろう。
ルーカスは舌打ちをした。よりにもよって、一番目をつけていた女達をライルに先を越された。協力企業の有力者とあれば、いくらルーカスでもぞんざいには扱えない。その娘を献上すれば便宜を図る、という手もあったがそうしたものを抜きにした付き合いを既にライルが持ってしまった。
話によれば、あの田舎の奴らをエリア24に招待してダンスを披露させたいという話まである。しかも、旧スペイン政府の要人ともパイプがあるあの男では……
「あの野郎…俺様が目を付けた女を片っ端から横取りしやがって。」
大体、奴が今頃手を付けたであろうメイドや秘書待遇のイレヴンなどは早々お目にかかれない上玉。それはこのルーカス・ズ・ブリタニアにこそふさわしい。
「まあ、いい。奴の味を忘れさせるほどに俺様が可愛がってやればいいだけだ。」
既にルーカスが手を付けた女にはかつて恋人や婚約者がいた女もいた。そいつらは当初こそ、拒んでいたが何度もかわいがることでルーカスに従順にしてやった。それは自分こそが優れた存在である証拠だ。
あのツーフォーの女などはまさに極上。ライルの手に負えるものではない。ライルが手を付けても、俺が清めてやればいいだけだ。
あれだけの身体ならば、さぞ多くの男を相手にしただろうが、高貴な血筋を持つ俺には及ばない。
口に出していれば、只の太鼓持ち以外は呆れ果てて物も言えないような考えをルーカスはそれが真理だと信じて疑わなかった。
「さて、少し腹いせにいただくとするか。」
ルーカスはリストから、選んだ女にチェックを入れて部下に連れてこさせた。
出立の日が来て、ライルはマリーベルとあいさつを交わしていた。
「良い友人に巡り合えたよ、マリー。」
「…そうですか。」
「あまり、早まったことはしないように……そうなればせっかくの継承権も総督の地位も。」
「っ、承知しております。」
最低限の挨拶と牽制をかけた後、ライルは両脇のブラッドフォードとゼットランドを睨みつける。あの二人までもが従順になっていたら、と思っていたが流石にそれはなかった。しかし、次に会った時にそうなっていたら間違いなくマリーベルに何かがあると考えるべきだ。
エリア24にはあの類の遺跡は見つかっていない………だが、今のエリア24に踏み込むのは危険すぎる。ここは諦めるしかないだろう。
この時、ライルは気付いていなかった。アルタミラ洞窟壁画に探していた物の一端があることに。
エリア24はここまでです。エリア11がちょっと時間かけすぎた分、中華連邦とエリア24は短くなりました。
オズではスペイン方面にもアレがあったとのことだけど、今回ライルは気付きませんでした。
まあ、天領だろうから気付いても不用意に踏み込めないでしょうね。