ドイツ州軍が受け持った戦線では、ブリタニア軍が押し返されていた。ドイツ州軍の外人部隊の奮戦が大きい。外人部隊の分際で、と疎んじる声も多いが指揮を執る亡命ブリタニア人の実績と経験は疑いようもなく、実際に巻き返すことで正規軍の一部も高く評価していた。
「流石だな、ヴァントレーン中佐。」
「いえ…部下達の働きがあってこそです。」
謙虚だな、と指揮官は微笑しながら彼を見る。
「どうだろう、直属の部下達と共に正規軍に編入する気はないか?それに伴って、一階級昇進させることも可能だが。」
「うれしいお誘いですが、私は外人部隊の水に馴染んだ身。今更正規軍の水は合わないでしょうし、あのブライスガウのようにはいかないでしょう。」
「…そうか、惜しいな。」
元々断られる、とは思っていたが案の定だ。とはいえ流石に今の状況でこの男をぞんざいにするのは愚策だ。
「補給に着いてはこちらからも申請する。部下とともに休息をとるがいい。」
「は!」
とはいえ、彼らだけが頑張っても根本的な解決にはならない。既にほとんどの構成国が降伏しているうえにスペインがブリタニア領土となったことでパリは喉元に剣を突きつけられた状態。にもかかわらず、政治家共も軍上層部も相変わらずだ。市民達さえ何もわかっていない。
果たして、自分はいつまで生き残っていられるのやら……
指揮官はもはや諦めてさえいた。
行村鷹一は正規軍に便宜を図ってもらい、中佐に昇進していた。海棠は今頃、前線で涙ぐましく努力していることだろう。
全く愚かな……日本解放こそが責務であるというのに外国のために義理立てするとは。本人も義理立てしているが、それは戦場に必要な女の確保程度。真の勇士がすべきことではないが、日本解放のために死ぬべきでない以上は必要なことだ。
何人かの女はこちらにももらっており、この行村の寵愛を受ける栄誉を与えている。ゲットーから出してやったというのに、行村の寵愛を拒むのは理解に苦しむ。
それにしても、あの元ブリタニア貴族は忌々しい。ふてぶてしくもE.U.に亡命して、ドイツ正規軍にも奴を高く評価する輩がいる。見る目のない連中だ。
奴の元にいるドイツ人の女は相当の上玉。フランスのピエルス将軍の娘はまさに絶世の美女と呼ぶにふさわしい。
あれらはすべて、この行村のために相応しい。そうだ、私は日本だけでなく世界をブリタニアの支配から救う英雄。ならばこそ、死ぬべきでないのだから。
身勝手も甚だしい妄想だけを頭で膨らませながら、行村は日本人の娘を攻め続け、溢れんばかりに注ぎ込んだ。
限界を超えた女は痙攣を繰り返し、行村は別の女をむく。
「こい…」
「は、はい……」
一人の女が豊かな胸を頭上に差し出し、二人の女を更に招いてその果実を堪能する。
この女共は良いが、やはり最高なのはあのフランスやドイツ、そして第八皇子の元にいる女共、救出した暁にはこの行村が清めてやらねばな。
「おい、別に取って食う気はねえって。ほんとに善意で飯くらい奢るだけだよ。」
イロナ・メルク―シンはウェンディ・ミュラーの陰に隠れて怯えていた。先ほどから、他の自治州の軍人達がイロナに言い寄っていた。
「無理よ……この子、私の上官や一部例外を除いて男、特に軍人は怖いのよ。ロシアで軍人達に、しかも一歩手前だったのよ。」
それを聞くと、どうやら今回は良識派だったようで
「…俺達、それの一味?」
「軍人-(ヴァントレーン中佐+α)=全部自分の身体狙い。でしょうね。」
流石にその極端な数式を聞かされ、気がめいったのか。
「ああ、そうか……じゃあ、せっかく若くて可愛いんだから長生きしろ?」
ウェンディはため息をついた。全く、まああの程度は許容範囲だが毎回のように言い寄ってくる奴らはあんなものではない。何せ、作戦行動中でさえ前に出ようとしないし出たがらない奴らなのだ。
戦争は他人任せにすればいい、と思っているようだが他人任せにした結果が今の惨状だ。あいつらの中には政府や軍上層、財界人の子もいる。大方、親に頼めば後方に下げてくれる、とでも思っているのだろう。そして、後方が不満なら前線に行きたがる。
全く、とんだ我儘なガキどもだ。こんな連中のステータスに成り下がった軍隊が勝てるわけがない。
エルシリアはアフリカ大陸方面を担当していたが、攻めあぐねていた。マルセイユ方面から上陸する予定だが、相手はそれを読んでアフリカ大陸方面からの上陸をさせまいとしている。エル・アラメイン戦線の勝利と『サハラの牙』壊滅でもまだアフリカ大陸の軍も抵抗を続けている。
「姉さん、このままじゃ兵の犠牲が増えるだけです。一度後退した方が良いのでは?」
「私も同意見よ……睨みあうだけならば私達だけでもできる。増援を呼ばないとこれ以上は無理よ。」
セラフィナとクレアの言う通り、敵の抵抗は予想以上だ。我慢比べをされてはお互いに兵力を損なうだけ。何か、強力な一撃を……
「戦術的な勝負で……あの男なら、もしかして。」
『グリンダ騎士団』の運用データおよび『ラウンズ』専用機の開発に派生してエルシリアとセラフィナも武器の試験運用を兼ねた専用機を導入している。だが、まだ一手足りない。KMFでのアドバンテージで押し切るにしても、あと一つ。それを可能としうるのは、現状は彼だった。
それにしても……エルシリアの思考は別の考えに移る。
エリア24で起きた虐殺…あまりにも強引にライルから指揮権を剥奪して、市民への攻撃及びルーカス軍による女性拉致。しかもルーカスの方は総督権限で承認されてしまっている。
『グリンダ騎士団』の一部でさえ、これには異議を唱えるがマリーベルの虐殺を恐れてかレオンハルトとティンク以外は声を上げることさえできずにいた。
作戦を開始するや指揮権を奪ってコード103と呼ばれる壊滅命令の適用、あまりにも異常だ。エルシリアとてコード103を適用したことはある。ライルはそれの適用がブリタニア全体で見ても少ない。
ライルの場合はむしろ……やりたくない、の方が正しいのだろう。
やりたくないからそれ以外で最良を尽くすのがライル。甘いが、それが結果として協力企業などの一定の支持にもつながるのならば、良いとエルシリアは考える。
マリーベルは真逆で、コード103を適用することしか考えてないようにも見える。テロ撲滅を掲げる理念というより、虐殺をテロ鎮圧の方便にするという本末転倒で、今やマリーベル自身がテロリズムの権化に等しかった。
まさか、マリーベル……貴方、ライルを陥れるためにルーカスと共謀したんじゃないでしょうね。
あり得る……はたから見れば、これはライルが共犯者であると誤解されかねない。
シルヴィオはルーカスと通信で話していた。
「随分と派手にやったようだな。」
〈兄上、あれはナンバーズへのしつけですよ。〉
言ってくれる……ブリタニアの大義名分を自分に都合のいいように生かす才能だけで言えば、こいつは随一だ。しかも、生身とKMFを問わず射撃の才能だけは良いのだから、余計に質が悪い。只の競技射撃選手なら成功を収めたというのに。
「しつけなら、少し程度を考えろ…行き過ぎれば弾圧だ。」
〈兄上は心配性ですね。〉
鼻で嗤われて、通信をきられた。
「もう、ダメね。」
「ああ、遠からず自滅か手痛い形で死ぬだろう。」
もはや、あれの方向修正は無理だ。死ぬまで分からないだろう……すべてが自分の思い通りにいくとは限らないということに。
「前線は想像以上に苦戦しています。ドイツ州軍の外人部隊が想像以上に激しい抵抗をして、既に三度も後退に追いやられています。」
三度も後退とは……なんというしぶとさ。
「…そのしぶとさをなぜもっと早くに発揮できなかったんだ?」
「正論だわ。まだイレヴン収容も続けてるし……そのうち、イギリスに逃げてそこ以外は全部ナンバーズ部隊にするんじゃないの?」
だとしたら、最低の様相だ。何しろ、イギリスはブリタニア本国のルーツ。そこの部隊だけとは、事実上の元祖ブリタニアと本家ブリタニアの戦争だ………
最も、あの小さな島で残りの加盟国の軍隊を抱え込める物資も予算もあるとは思えんな。
そうなった暁には、奪い合いで自滅が関の山だ。
先送りにすることしかできない革命政府……当時の市民達はこうなるとは思わなかっただろう。
「革命を起こした当時の市民の代表や賛同した貴族と僧侶が今の状況を見たらどう思うのかしら?」
「墓の下で泣いているんじゃない?」
エルシリアの問いにクレアがあっけらかんと答える。だが、エルシリアも同意見だった。
「どこで革命政府はあんなふうになってしまったんでしょう?」
セラフィナの問いにアルトゥーロ・D・グラビーナが応える。
「三百年もの間、平和が維持されてしまったからでしょう。更に言えば、連合同士の繋がりも弱まっていた。連邦制を取りながらも、中央集権体制だった中華連邦と違う意味で限界が生じているのかもしれません。」
だとしても、ここまで来て危機感がないのは敵の立場でも酷いとしか言いようがない。あっても、その方向性は絶対に違う。
「いい加減にしてください!そんなこと考える暇があったら、量産試作機とその予備パーツをもっとください!!」
怒鳴って、通信をきったクラリスは息遣いが荒い。数秒後に入ってきた親友のフィリップ・ポテが問う。
「……またか?」
「またよ!もう、統合本部詰めの若手だの政府要人の息子だの、全然懲りてない!!」
『方舟の船団』の事件で逃げた両親を連れ戻し、事態の収拾にあたった働きを評価されて、クラリスは中佐に昇進した。戦果を挙げたわけでもないのに中佐に昇進してもあまりうれしくない。
第一、肝心の船長達はまだ自分達の保身だ。一応の言い訳をしているが、それを真に受けるのはよほど能天気な奴らだけ。軍人達の中には父を見限っている者も多い。
そんな父の関心は権威の回復。そのために、娘を有力者の息子と結婚させようと必死だ。統合本部詰めの任務はまだ継続し、それを維持しようとする努力さえしないで楽に躍進することしか頭にない。いや……既に十分な成果を出している。
『ピースマーク』の協力でブリタニアから亡命した技術者がフロートユニットの現物や第七世代機の先行量産型といくつかのデータを持ってきて、それを元にした試作型KMFの開発計画を提案したのは父だ。
既にその試作型がロールアウトしており、娘にテストパイロットをやらせている。クレマン・インダストリーの協力こそ得られなかったが、その技術者達が中心に開発を行っただけあり、仕上がりは上々。実戦データの収集段階だというのに、父は満足しない。
才能はあるはずなのに、それを保身にしか活かせない父にクラリスは呆れ果てていた。
もう今日は何もする気が起きなくなり、机に突っ伏した。
「もう、これじゃあフランスが降伏したら私をシュナイゼルと結婚させるくらいやりそう……」
「第一皇子と中華連邦の天子よりは無理がないな。」
何の慰めにもなっていないことを言うフィリップを顔だけ起こして睨みつける。
美奈川浅海はオランダに回された新型機を見上げていた。
「これ、『黒の騎士団』の月下タイプ…」
「ああ、機体名ソレイユ……フランス正規軍に回されたこれのテストをやれとのことだ。」
なんで、フランス正規軍の試作機が…ああ、そういうことか。
「扱いが難しいからってたらい回しにされてこっちに来たんですね?」
上官のデルク・ドリーセンがため息をつく。
「正解。」
「もう、せっかくの新型機なのに何考えてるのよ……上の連中。」
「保身と今夜のワイン。」
ユーモアも何もあったものではない意見。しかもほぼ事実だから余計に腹が立つ。
「で、イレヴンの私ならやれるというのは、どういう根拠……って、そんなものあるわけないか。分かりました、やります。どうせ誰もやりたがらないんだし。」
つい一時間ほど前、オランダ正規軍の士官に接待という名の奉仕を迫られてストレスが溜まっている。新型機を動かして、少しばかり発散しよう。
ここにきて、ようやく危機感を抱いた兵士が増えたが、それでも全体的には微々たるもの。革命政府は確実に沈んでいた。
E.U.はここに来て、ようやく危機感を覚えた人もいれば前々から危機感を訴えた人が頑張ってます。
でも、全体から見れば微々たる物。
自由惑星同盟みたいにアムリッツァをやったわけでもないのに、これは酷い物。
自称勇者の行村に至っては、全くやる気がない。こんなのが自分側にいたら、ゼロは真っ先に始末すると思いたい。というか、始末して欲しい。