ピレネー山脈を降りて行く地点まで移動したが、それらしい敵は見当たらない。逆落としによる地の利を取らせないためだ。
「山頂付近に陣取るのが理想だが、それをやるには場所が悪すぎます。」
「そうなると、いや……待てよ?」
ライルはふと、気になることが出てきた。
「ゲイリー、長野……相手がもし列車砲のような武器を持って、私達が地上で陣を敷く後方に爆弾と砲撃が来たら、どうなる?」
ライルの問いの意味を二人とも理解した。
「殿下は、土砂崩れを利用する可能性も考慮した方がよい、とお考えなのですね?」
「理論上は不可能ではありませんが、エリア24の軍隊がその可能性を徹底的に洗い出しており、その可能性は低いでしょう。」
長野の確認に、ゲイリーが懸念を否定してフェリクスが相槌を入れる。
「付け加えれば、そこ一つ壊したところで我が国に与える打撃はたかが知れています。」
美水もうなずいて
「それに、マリーベル総督なら国境の町ごと砲撃するくらいはやると思います。」
確かに、マリーベルならその可能性を考慮して徹底的にやる。いや、美水の言うように下手をしたら土砂崩れと空爆、更に海軍の艦砲射撃で近隣の街ごとやりかねない。それこそ、アンドラそのものを滅ぼすくらい平然とやるだろう。
アンドラをエリア24方面からのフランス攻略の拠点とするためにも、早々に片を付ける必要がある。手こずるようならば、本当にアンドラが血の海になってしまう。まして、文化遺産の渓谷などあの二人ならば、平気で踏みにじるだろう。
いっそ、クロヴィス兄様ならその方向でやれたのだろうか?いや…もういない人を頼ってもダメだ。
敵は山脈を降りて二百キロほどの地点で陣取っている。かなり数が少ない。当然と言えば、当然か。アンドラは小国、他の加盟国と比べても防衛の価値は薄い。だが、
「マリーの暴走の矛先を向けさせないためにも早期決着を狙う。」
今のマリーベルから、アンドラを守るためにも制圧するしかない。自分で考えて、言っておいてとんでもない矛盾だ。アンドラの住民にしてみれば、どちらも同じだというのに。
アンドラは一応のE.U.加盟国なので、フランスやドイツの軍隊は応援に駆け付けていた。
しかし……
「ああ、めんどくせえ。」
「こんな田舎のために、なんで私達がやらなきゃいけないのよ。現地の軍やナンバーズにやらせましょうよ。」
増援の軍隊は後方で、最前線はアンドラの正規軍だけ。一部のフランス正規軍は……
「ここを守ろうって理屈は分かるけど、エリア24になったスペインとの国境は良いのかよ?大西洋とバレアス海の警戒の方が優先順位は上じゃないか?」
「アンドラの政府から正式に増援要請があったんだ。仕方ないだろう?」
後方の部隊同様に、士気が高いとは言えないが任務である以上はと割り切るのと同時に別方向からの侵攻を気にかけていた。
「こんな時、あのレイラ・ブライスガウの部隊がいればな…」
「ないものねだりするな…確かに、あの部隊で運用したKMFが何機か欲しいけどよ。」
『w‐ZERO』はヴァイスボルフ城ごと壊滅し、生還した隊員達は除隊或いは民間に戻ったという。
「しかも、相手はあの第八皇子だろ?イレヴンに戦争やらせてた俺達に、イレヴンのハーフ騎士にしてる皇子様が相手ってどういう嫌がらせだよ?」
しかも、ヴァイスボルフ城を襲った部隊の指揮官は『ユーロ・ブリタニア』の『四大騎士団』でその総帥はイレヴンだという。『白き死神』といい、その男といい第八皇子の軍といい、革命政府が支配しているはずのイレヴン達が敵国のブリタニアで着実に立場を作り上げている。彼らの中で、信じて疑わなかった革命政府の優位性が崩れてきていた。
「敵襲!敵襲だ!」
前線司令部で警報が響く。すぐさまヘリが離陸し、パンツァー・フンメルと鹵獲したグラスゴーとサザーランドが起動する。
アンドラの正規軍はすでに対空砲を撃っているが、相手は上空から砲撃している。その上、シールドに阻まれてミサイルも効果がない。
「対空ミサイルは撃ち続けろ!航空戦力はギリギリまで高度を上げて、敵艦の頭上を取れ!!」
敵の狙いは航空艦で制空権を奪うこと、ならばそれをさせずに指揮官を討ち取るためにはこれが定石。エリア11で導入されたアヴァロン、『グリンダ騎士団』のグランベリーでKMFのカタパルトは下にある。ならば、撃ち続けるだけでKMFの発進は止められる。幸い、こちらには長距離砲撃型のパンツァー・ヴェスペも存在する。迂闊に発進させようものならフロートユニットを被弾する。
ニコラは艦上でザッテルバッフェを装備したサザーランドに乗り換えて、対空ミサイルを撃ち落としていた。更に頭上からヘリも撃ってくる。だが、既に何隻かはブレイズルミナスを頭上に展開することができ、阻んでいる。
「とはいえ、上と下から一度に撃たれるとな。」
敵の指揮官は上と下から時間差を着けて砲撃させている。大抵の指揮官なら、これで手詰まりだっただろう。
旗艦のブリッジでゲイリーはうなる。
「殿下のアイデアが実を結んだな。」
後背の敵に備えるためにも、短期決戦を急いだライルの作戦はフロートユニットとプラズマブースターを装備したKMF隊を後方の艦にすべて移し、前もって艦上にKMFを乗せた航空艦と護衛のフロート装備部隊を囮にする作戦だ。陽動部隊の指揮のほぼ全てはゲイリーに委ねられており、ゲイリーは更に手を加えさせた。
「カンタベリー、雷光、発射体制。撃て!」
カンタベリーと雷光を一機ずつ艦上に配備し、通常弾頭で牽制する。流石に威力が高く、何機かヘリや戦闘機を撃ち落とすが、やはり威力があっても球数でこちらが不利になる。
旗艦だからこそ、こちらにも十分な守りを回す。それさえ囮にして、とびきりの部隊で前線部隊を完全破壊する力押しだが、逆転の発想でもある。
「第二射用意……各砲台、ジャミング弾に切り替え。木藤優衣伍長、殿下に電文を。」
「あ……え…」
やはり、本格的な実戦ということで緊張と恐怖でうまく動けない。無理もない…誰だって通る道だし、まして彼女は民間人だ。
「木藤優衣、殿下に良い所を見せるんだろう?」
「あ……はい!………えぇ、ジャミング弾への切り替え、完了しています!」
先輩のオペレーターの助言で調子を取り戻した優衣が数回の深呼吸の後で少し上ずった声で報告する。
「全く、いきなりハードルの高いことをさせる……」
とはいえ、それだけ人材が枯渇しているのも事実だ。このまま広がれば、本当にライルやシルヴィオの懸念は遠からず現実となろう。思考を切り替え、ゲイリーは改めて命ずる。
「よし、撃て!」
カンタベリーと雷光がジャミング弾を発射した。それに合わせ、艦も後退していく。
「センサーがエラー!ジャミング弾です!!」
「何!?どういう………しまった、航空艦は囮だ!」
気付くのが一泊遅れた。前線から、凄まじいスピードでKMFが一機突っ込んでくるという報告が来た。モニターに映ったのは最近、ロールアウトしたというブリタニアの第七世代機ヴィンセント……両手にミサイルランチャーを持っている。後ろからもブースターとフロートユニットのKMF隊が突っ込んでくる。
虚を突かれた地上部隊が撃破され、更にあのブラッドフォードの派生型らしきKMFが機種からハドロンスピアーを撃つのが見えた。そうだ、第八皇子軍用に改修されたハリファクスというカスタム機だ。
ハリファクスがハドロンスピアーでヴィンセントが撃ち漏らした地上部隊を薙ぎ払い、こちらに気づいた航空戦力はサマセットと砲撃部隊で釘づけにされて動けない。下手に転身すれば後ろから大火力で撃たれ、追いつく前に撃ち落とされてしまう。
「どこが『狂戦士』だ…!こんなずる賢いバーサーカーがいるか!」
司令官の最期の言葉はそれだった。撃破された際に発射されたパンツァー・ヴェスペの砲弾が陸上艦を直撃し、彼は将兵達と運命を共にした。
司令官を失ったE.U.軍は後退していき、取り残された部隊は投降した。主要都市のひとつ、サン・ジュリア・デ・ロリアはブリタニアの支配下に置かれた。その後、元々戦略的な価値がエリア24とフランスの国境線に比べれば低いアンドラは革命政府に見捨てられ、他の増援部隊は引き上げていった。
その後、地元の軍隊がいくらか抵抗を続けるが、ライル軍の力量と武器の性能差、何より数で押し切られていき、首都アンドラ・ラ・ベリャ目前でライルは政府に講和を打診。首脳部の一部が亡命した政府はそれを受諾し、アンドラはブリタニアの領土となった。
残存のアンドラ正規軍は潜伏、或いは隣国のフランスへ逃れて抵抗を続けることとなる。しかし、革命政府に見捨てられた上に政府首脳部が逃げ出した事実がかつての『方舟の船団』の事件と重なったことで他でもない、市民や軍の一部が協力的な姿勢を見せた。
報告を聞いたライルは和平派の官僚をみて……
「侵略者の我々の方が貴国の市民達の支持を得る、というのも複雑なものですね。」
「殿下、あまりご自分を侵略者と呼ぶものではありませんよ。……と、申し上げたいところですが…あの事件の後では同意せざるを得ません。」
「……ご助言、ありがとうございます。」
とはいえ、まさかここまでE.U.政府が市民の支持を失っているとは。しかし、同時に思う。そんな連中に投票をしたのは今まさに怒っている市民達自身だ。
革命の尊厳を守るのが市民の責務、等と言っておいて守っているのは自分達の利益だけ。投票権といっても大事なのは富裕層の支持………その果てに戦争はパーティーの自慢話に成り下がった。
「どこでここまで腐敗してしまったのか。」
「殿下?」
「いえ、独り言です。貴国の文化遺産保存を始めとした観光、レジャー事業につきましてはそちらの意見を尊重するように私の方から本国と就任される総督へ進言いたします。」
「感謝いたします…それと、市民生活についてですが。」
逃げた政治家達よりはましなようだ、と思いながらライルは応える。
「進言は致しますが、そちらは基本的に総督の権限の範囲内ですので。」
ライルが総督になれればいいのだろうが、最近本国の貴族達はライルが総督になることには難色を示している。おそらく、名誉ブリタニア人制度の拡大や以前から進言していたエリア制度の改善案を総督権限の範囲で実行に移されるのを恐れているのだろう。
くだらない……後になって、私に責任を押し付けようにもそれを却下した自分達の責任だろうが。
アンドラを最小の犠牲で手早く攻略したライルの功績は多少なりと本国からも評価され、同時にこの国には条約監視に一個師団を配備する形で当面の措置を取る。
元々小さすぎるこの国に一個師団を配備するのは条約監視もだが、エリア24の『大グリンダ騎士団』の暴走への懸念が入っていた。シュナイゼルや他の官僚もそれには同意し、ライルの意見が採用されることとなった。
ライルは大きく息をついた。
「お疲れですね……」
優衣が目の前に氷水の入ったボトルを持ってきて、グラスに一杯注ぐ。普段は有紗がやるのだが、最近は美水や優衣も割り込んでいる。
「ああ……軍人だから、といえばそれで終わりだが。」
「…じゃあ。軍人の疲れを癒すために、私を使って?」
優衣が手を頬に添えて、目を細くする。元が整っているだけあり、妖艶だ。ほとんどの男は、即落ちてしまいそうだ。
「悪いけど、今は君をそういう対象としては見ていないよ。」
「今は、ってことは後々そういう対象として扱ってくれるんですね?」
「え?私…今はって。」
優衣が目を丸くした。と思いきや、わざとらしく膨れて頬をつねった。
「もう、自分で言っておいて……私だって必死なんだから。このままじゃスケベ親父に押し倒されちゃいそうなのに。」
「私は避難所?」
優衣がわざとらしく頬を膨らませた。
「この前の一目ぼれも愛人も本気です。」
本当にストレートな性格だ。はっきりとものを言う。
「君のそういうところはチャームポイントなんだろうけど、気を付けた方が良いよ?馬鹿な貴族には本当のことを言われたらそれを方便に処刑するって言いだす奴もいるから。」
「それ、プライドが高いっていうより頭の中がお子様なだけでしょう?」
「物は言いようだね。」
穏やかな沈黙が少しだけ続き、優衣が顔を近づけてきた。
「本当に好きなの……私の白馬の王子様。」
「侵略者の皇族が白馬の王子様、か………本当に、呆れるくらいに自分に正直だね。」
そのまま優衣の唇が触れようとしたとき…パネルのコールがなった。
優衣を軽く離して、スイッチを押す。
「どうした?」
通信からはゲイリーの声が聞こえてきた。
〈殿下、シルヴィオ殿下とエルシリア殿下の両名から通信です。一度ブリッジへ。〉
「分かった…すぐに行く。というわけだ……仕事の続きだ。」
「キスだけでもしておくんだった。」
優衣も制服を整えるが、愚痴をこぼしていた。
「…もう少しロマンチックなシチュエーションでしてあげるよ。」
「え?」
「……なんでもない。」
アンドラは小国で、拠点と言うより正確には中継点とする方が良いでしょうね。遠征軍の物資をカバーできるほど国土は大きくないし。
そして、優衣もモーションかけてます。
ストレートに言うのが生前のジュリアに似てるけど、やはり別人。優衣の方はある意味馬鹿だけど。
でも、ある意味そういうところに魅力を感じていると思ってください。
そして、アンドラ攻略…ライルは相手の政治家から少なくとも、『虐殺皇女』よりは話が分かるタイプと思われてます。