エリア11へ到着するに際し、報道が手配されていた。マリーベルの時と同様に、極秘と伝えておいたにもかかわらずだ。
〈たった今、第八皇子ライル殿下の御座艦が入港いたしました。かつて、ライル殿下はこのエリア11にも訪問しており、我がブリタニアの植民地政策に協力する旧日本系の財界人とパイプを築かれたとのこと。今回の視察はそのパイプの再確認と思われます。〉
ラルフ・フィオーレはあの『ブラック・リベリオン』の敗北の後、幸いにも面が割れていなかったために一旦租界に戻ることに成功した。そして、学生を続ける傍らで同じく摘発を逃れていた『黒の騎士団』の団員達と連携していた。
とはいえ、態勢の維持は困難であるうえにラルフはブリタニア人。反感を持つ団員も多かった。これで、逃走中の紅月カレンと接触していなかったら内輪揉めで自滅していた。
「カレンさんたちからは何も連絡がないんですね?」
「ああ、インドで紅蓮の予備パーツを受け取った後はまだ。」
ブリタニアにとって、カレンは『黒の騎士団』のエースとしてゼロと藤堂がいない今最重要人物の一人。おいそれと動けないのは分かるが……
「おい、あの『洗脳皇子』に働かされている奴らを助けて仲間にすれば!」
が、ラルフはそれを却下する。
「どうやって?ゼロも藤堂さんもいないし、相手は政庁の中ですよ?仮に彼を殺しても、
カラレスは躍起になって僕達を探します。」
大体、『洗脳皇子』というのも彼らがブリタニア憎しで一方的に名誉ブリタニア人達を操っていると決めつけている。
否、ラルフは彼らが自己正当化の方便でライルをそう仕立て上げようとしているとさえ感じていた。こんなこと扇にさえ相談していないことだ。
「ってことは、様子を見るしかないってことか。」
「ちくしょー!あの馬鹿野郎ども余計なことをしやがって!」
以前、末端と一部のKMF部隊が暴走したおかげでカラレスは監視の目を強化した。おかげで無関係な日本人も巻き添えを食う羽目になってしまった。
「とにかく、今はこれまで通り一般人に紛れ込んでおきましょう。僕だって、扇さんを助けたいんですから。」
「…わかったよ。」
何とか収められた。ここでライルに喧嘩を売っても勝てないのは事実。何しろ、ラルフ達はKMFを一機も持っていないし、あったところで勝負にならない。カミカゼをしたくたって、それをやるだけの爆薬も持っていない。
「ようこそ、エリア11へ。」
「出迎えありがとう。………と、言いたいが何故報道を?」
「いえ、殿下の御到着をもってイレヴン共に我がブリタニアの威光を知らしめようと思いまして。ご迷惑でしたか?」
新総督のカラレスはライルの不快を感じ取ったが、その理由は分かっていないようだ。
「はぁ…もういいよ。」
「そうですか…殿下、事務次官からお話が。」
事務次官…前任はNAC、キョウトとの癒着が発覚して逮捕されたからその後任か。現れたのはスキンヘッドにやや太り気味の大男だ。
「初めまして、ライル殿下。既に歓迎の準備が整っております。」
「そうか……」
ライルは呆れ果てた。大々的に視察するわけではないというのに、こんなことをされては逆に迷惑だ。何のために過度な出迎えは不要と伝えたのか分からない。念のため、フェリクスに問う。
「……フェリクス、行かないと駄目か?」
「駄目。」
ライルは深いため息をついた。
「分かった……」
「ありがとうございます。ところで、そちらの娘は?」
有紗のことだ。
「ああ、噂くらい聞いているだろう?私のメイドだよ…バルテレミー男爵家の子息の後を継いで私に仕えてくれている。」
「ほほぅ、そしてそちらがハーフの……」
二人を交互に見ている。まるで品定めでもしているかのようだ。
「…公然わいせつの現行犯で逮捕してやろうか?」
「おお、これは失礼いたしました。」
この事務次官は人間的に好かない。何より、ルーカスとよく似たこの好色そうな態度が嫌悪感を掻き立てた。
パーティーは盛況だが、それはすなわちライルに取り入る貴族が大勢いたことだ。当たり前だが、これにはいつまで経っても慣れない。
「ライル殿下、本国での危機を回避された件は心より安堵いたしました。」
「全く、恩知らずな者共です。殿下のお心を踏みにじるとは。」
嘘をつけ。両方とも死んだ方がすっきりしたんじゃないのか?
そう言ってやりたいのを我慢するのも一苦労だ。そうした奴らへの牽制もかねて、レイは当然だが、幹部としてゲイリーに長野、警護に秀作と雛、そして平民のセヴィーナを招いた。
だが、予想外だった。レイやゲイリーは当然だが、長野…更には秀作と雛にまで貴族が群がっていた。
考えてみれば、長野はナンバーズで准将…おまけに旧日本政府の協力者の部下という決して小さくないステータスだ。そして秀作は今、ゲイリーが後見人を務めているうえにセラフィナと個人的に交流がある。雛も同様にウェルナーと交流があるうえに貴族のデビーが身元引受人。
迂闊だった……彼らの守りを固めるためにゲイリー達が後見人になったのに、これでは逆効果だ。貴族共がナンバーズごとき、相手にしないし馬鹿にしてくるというケースばかりを見てきて、それを叩き潰すようなモデルケースを作るためにもやった。だが、それは逆に彼らも取り入られる事態もある、という展開を予想できなかった自分の考えの甘さだ。
ライルが言えたことではない、とコーネリアならば言いそうだが連中の節操のなさ、いやこの場合は日和見か?いずれにしても、自分のミスだとライルは言い聞かせた。
「長野准将は、ご息女がおられるとか。」
「いかがです?この後私と軽くお酒を…」
「どうでしょう、長野准将。本格的に貴族の仲間入りをする意味でも、一つ…」
軍人としての経歴が長い長野でも、流石にこれには引きつっていた。まさか、自分にここまで群がるとは。しかも、年の近い娘の絵里をダシに使ってくる手合いまでいる。没落しかけた貴族だろうか?だが、まだ中学生にもなっていない娘をいきなり結婚させるというのは…
「娘を貰ってくれる方がいるのは父親としてはうれしいことですが、まだ中等教育さえ受けられていないので。一度保留にさせていただきたいです。」
かと思えば、少し年下の貴婦人や女をちらつかせる貴族までいる。
「実に魅力的なお誘いではあります。しかし、私が貴国に恭順したのは妻子のため。その首尾を一貫させねば、それは妻子に対しても裏切りになってしまいます故。」
「そ、そうですか…それは残念です。」
「川村中尉、私の知り合いにサイバネティックスを取り扱う病院があるのだ。どうかな?折角の美人なのだから、治療をしてみては?」
「イレヴンごときに治療をしてくれる病院があるとは思えませんね。軍病院だって、奇跡なんですから。」
「これは手厳しい……しかし、ウェルナー殿下のためにもどうか?」
それか…大方ゲットー育ちの小娘だから御しやすいとでも思っているのだろう。
「せっかくですが、悪い虫よけに役立つと思って…今はこの顔が気に入ってるんです。治療をするにしても、もう少し先になるでしょうね。」
ゲイリーと秀作は二人で話していたところを囲まれてしまった。
「クレヴィング将軍、ご子息に身を固めてもらう決意は?」
「実は息子がご息女に関心を抱いておりまして。」
「畑方少佐、どうだろうか?私がセラフィナ殿下との関係を仲立ちしてあげてもいいよ?」
秀作は得体のしれない感情を貴族達に抱いた。いや、知っている。これは恐怖だ……そう、魔物共が祖父の血を理由に秀作に結果を求めたのと似ている。
一歩、後ずさりしてしまい…
「皆さん、畑方少佐はこうした場には慣れておりませんので。流石に、怯えています。」
ゲイリーに連れられ、バーカウンターでジュースを飲んだ。
「大丈夫か?」
「……全然。ライルの奴、後で殴ってやる。」
「殿下に当たるな……まあ、適当な言い訳をして戻れ。」
まさか秀作にまで寄ってくるとは。そのくせ、内心では秀作のことを『年下なのを利用してセラフィナ殿下の母性をくすぐった』、『うまいことを言ってクレヴィング家に取り入った』などと言うのだろう。
実力主義、不平等を謳うくせにいざ自分が皇族や位の高い貴族に取り立ててもらえなければ文句を言う。ライルより二十年以上生きている分、ゲイリーはそうした部分には慣れたが…ライルが言うように気持ちのいいものではない。
自分が才能に恵まれた自負はあるが、だからと言って胡坐をかいていたつもりはない。だから、分かる。人種や爵位など、才能とは何の関係もないのだと。
いや、殿下を通じて教わったと言うべきか?
当初、平民はともかくナンバーズを採用するのにはゲイリーは難色を示したが、実際に採用してやらせて分かる。彼らは彼らで卓越した才能を持つ者がいる。枢木スザクや秀作はまさにそれ。有紗も小間使いとしての才能に長けている。比重がライルに偏っているのは、当人同士の関係もあるからよい。
殿下にお仕えしなければ、この男の保護者になる。などと言いださなかっただろうな。
ライルはパーティーを終え、今日は有紗達に相手をしてもらう必要もなく客室に戻ろうとした。だが、少し気がかりな話を聞いた。
『殿下、お部屋に細やかなお届け物がございます。』
細やかな届け物……事務次官が言っていたが、勘で意味を察してしまった。だが、クロヴィスが描いた絵画やユーフェミアの肖像画のようなものを何とか期待していた。
そして、客室の前に立つと人の気配がした。武器はないが、警戒してドアを開けると………
「……当たってほしくなかった。」
いたのは、イレヴンの少女たちだ。全員が有紗と同じくらいの年齢だ。何人か、ライルより一つか二つ年上とも思われる女もいる。全部で十人……どうやって集めたのやら。
容姿も有紗やレイに、グンマで出会ったあの美奈川浅海に負けていない。
そういえば、彼女は逮捕も処刑も聞いていない。どうやら、逃げのびているようだ。それとも、面が割れていないのを利用してどこかのゲットーで暮らしているのだろうか?
等と考えそうになったが、改めて献上された女たちを見る。極端に肌を出したドレスを着せられ、豊満な胸を強調したタイプから、健康的に育った足をさらすタイプなど多種多様だ。
「こんな配慮をするくらいなら、ゲットーの再開発なり緩和政策を少し考えろ。」
そうでなくても、マフィアと反体制テロの鎮圧に気を配る方が健全だ。
だが、そんな愚痴をこぼしている間に女が一人歩み寄ってきた。
「殿下…パーティーで、お疲れでしょう?」
「私達が、癒して差し上げますから。」
ライルの右手を一人が豊かな果実に、もう一人が左手をドレスの裾へ誘導するがライルはどちらも払いのける。
「悪いが、そんな気分じゃないんだよ。」
全く、有紗がいなくてよかった。いたら、どうなっていたか想像もしたくない。
「私達じゃあ、ダメですか?」
「そういう問題じゃない……一夜だけの関係が苦手なだけだよ。」
だが、それは逆効果だった。
左右から別の女が二人、腕にしがみついて更に正面から三人。合計五人がかりでベッドに押し倒してきた。
「それなら、本気で私達の事を沢山可愛がってください。」
「初めてですけど…殿下くらい素敵な方なら……いいです。」
「飽きるまで、私達の事いくらでもどうぞ?」
「やめろ!」
一人が唇をふさいできた。同時に舌を絡めて、積極的に吸い付く。かと思えば、別の女は右手で薄布の下にある胸を無理やりもませて、もう一人は左腕を胸で挟む。何とか振り払おうとするが、相手が女というのがライルを躊躇させていた。しかし、このままいけば相手方のペースに持っていかれてしまう。
何とか腕を振り払い、キスをしてきた女を引き離した。
「いい加減にしろ!」
一括して、全員を怯ませた。この辺りは、やはり素人と軍人の差だろう。
「…誰の差し金だ?」
考えられるのは、NAC傘下だった企業の重役。それとも、カラレスかその手下がゲットーから連れてきた。希望者か、或いは誘拐か。
「政庁の役人から…皇族の夜の相手をしないかって。」
「私も…軍から。貴方は、イレヴンが好みだから可能性があるって。」
呆れた……有紗やレイとの関係をそういう風に解釈するとは。深いため息をついてしまった。
「とにかく……夜の相手はいい。適当に愚痴を聞くとか、ポーカーやチェスの相手を頼む。それで十分だ。」
が、女の一人がドレスを脱ぎ捨てて露になった肌を無理やり押し付けた。
「夜の相手でもなんでもするから!そうしないと、生活が立ち行かないの!!」
泣き落とし…と、思いたいが今のゲットーの状況を考えれば半分は事実だろう。しかし、だからと言って有紗と同じ待遇で招く余裕があるかと聞かれれば苦しい。
「政庁から報酬はもらったけど、それでも!」
と、他の女たちまでが迫ってきた。
「お願いします!」
「飽きたら捨てても良いですから!!」
またも豊かな胸や足を絡めて迫ろうとする。このままだと、本当に理性が飛んでしまう。そんな危機感さえ抱いた。
「しつこい!!だったら、今回の報酬を水増しするように連中に掛け合う!!」
事務次官あたりに聞けば、おそらくわかるだろう。
翌日のことになるが、長野やゲイリーにまで女をけしかけられていた。二人とも手を出さずに諭したのは流石だが、ライルは激怒した。政庁の内政省を締め上げて、女達の報酬を半ば強引に五倍にはね上げさせた。本当は十倍を要求したが、人数が多いので五倍が限度だった。
顛末を聞いたライルの馴染み達が娯楽室でコーヒーを飲んで歓談していた。
「はあ、俺だったら十人とも堪能するのに。」
「お前、相変わらずだな。責任取ってと迫られても、助けないぞ。むしろ、同じ女として締め上げる。」
ヴェルドの軽口にセヴィーナが女としての意見を述べた。
「…変わったな。前はナンバーズの女なんて、知るかって感じだったのに。」
コローレの指摘にセヴィーナは自分でも驚いた。その原因は…
「……飯田有紗や隊長の影響か?」
「そりゃ、ナンバーズと一年以上同じ釜の飯食ってんだから、少しは変わらないと。」
ヴェルドが畳みかけた。変わったと言えば、ライルも少し変わった。前々からアプローチしてきたクリスタルに有紗、レイと肉体関係を結んだことについては、さほど波風は立っていない。ジュリアの事件に一定の区切りをつけて、踏み出した。
あの事件を知る者達は、そう捉えていた。まだ引きずっているだろうが、それでも前進だ。実際に、それらが原因か、僅かながら心に余裕が生まれたように見える。
「だが、これで新しい問題が浮上した。」
「それは殿下の責任じゃなくて、殿下の方針や女性関係をそういう風にしか考えられないおじさんたちのせいでしょ?」
だが、セヴィーナは厳しい見方をする。
「パーティーであったことに限れば、奴の脇の甘さが原因だ。」
フェリクスがそれには頷きつつ、昨日の一件をさして貴族達の発想の乏しさを糾弾した。
「大体、現場にさえもナンバーズよりできるって決めつけるのがいること自体軍隊として問題だ。ブリタニア人だから、ナンバーズより多く敵兵を殺せる法則なんてないのに。」
実際にそうしたことをやらせないから、分からない。これはある種、軍隊としての致命的な弱点だ。ナンバーズが反抗する恐れがある、という建前は成り立つがそれなら名誉制度それ自体が矛盾だ。そして実際にやらせているライルがいくら言っても、奴らは聞かない。その観点を持てるコーネリアが本当に貴重だ。
「…ったく、大将の軍で初めての遠征でいきなりごたごたに巻き込まれたくないぜ?」
「無理だな……厄介ごとから舞い込んでくる。しかも、ゼロの方が分かりやすい類の。」
セヴィーナの予測は、この数日後に現実となる。
今回の終盤で起こったことは、恐らく現実でもあり得るでしょうね。
ただ、今回は相手が悪かった。逆にライルを怒らせて締め上げられました。
秀作やセラが貴族に迫られたのは、実際にライルの脇の甘さでしょう。相手の節操のなさを予測しきれなかった?