ライルはパリの最高級ホテル、そこのスイートに宿泊することとなった。しかも、どういうわけか下の階のフロアが貸切られている。
部下達はその更に下のフロアに宿泊することになっていたが、ライルは不服だ。こんな豪華なホテルに泊まること自体ではない。
「ここにいますと言っているようなものだな。」
近くのビルは流石に警備するという発想はあるだろうが、もし軍の過激派がヘリで攻撃するなりバズーカで撃つ。もっと極端に行けば、ホテルごと爆破でもされたらおしまいだ。
それにしても、気になるのはフランスの高官が言っていた言葉。
『殿下、宿泊先のホテルには細やかながら贈り物がございます。』
贈り物……酒か美術品の類だろうか。そして、もう一つ…エリア11での経験から可能性が思い当たったが、いくら何でもそれはないだろうし、あってほしくない。
護衛をしていたフェリクスと別れ、部屋に入ると……人の気配がした。
暗殺?しかし…それにしては人数が多い。一人か二人ではない。
通信機を取り出し、銃を持つ。ゆっくりと入り、奥へ進んで銃を構える。
「動くな!」
「ひ!」
そこにいたのは女だった。それも、一人や二人ではない。15,6から20代の若い女ばかり。兵士や諜報員にしては、人数が多いしどう見ても素人。紛れ込んでいる可能性もあるが、何よりも…その格好だ。
中東の踊り子のような過度に露出度が高い衣装で肌を出し、胸や尻などを強調したものばかり。娼婦か何かと言われれば、納得してしまう。
「結局、これなのか…申し訳ない、驚かせてしまいました。」
銃を下ろし、テーブルへ置いて上着を脱ぐ。
「…これでいいでしょう?」
それにしても、E.U.市民だけでなくイレヴンや中東系と思しき人種もいる。大方、有紗やレイの存在からナンバーズ系が好みだとでも思ったのだろう。
最近になって、こういう貢ぎ物が増えたのは有紗やレイと関係を持ったからで、身から出た錆みたいなものだ。だが、限度がある。
「努力を向ける方向性が違うだろう…」
額に手を当てて、うなだれた。こんなことなら、サッサと母艦へ帰ればよかった。そして……
何故、私はこうした場面に何度も居合わせるんだ?
別のホテル……ルーカスもスイートに泊っており、貢ぎ物を見るや否やくらいついていた。
エストニアから連れてきた女がルーカスに胸を揉まれながら攻められ、必死に押しのけようとするが、快楽の方が勝っていつの間にかルーカスに合わせ、何度も身体を跳ねて果てていた。
「おい、お前達も俺に奉仕しろよ。」
「ぁ、はい…ルーカス様…」
フランス人の女が左からルーカスの唇に吸い付き、ドイツ人の女が豊かな胸で右腕を挟む。さらに、後ろからイレヴンの女がさらに豊かな胸を背中に押し付けて、こすりつける。
「俺様の寵愛を受けられる栄誉を賜る幸福に感謝しろ?」
「は、はぃぃ…」
エストニアの女を抱きおこし、今度は形の良い胸に顔を埋める。それに応じるように、三人の女も胸でルーカスの顔を包みこんだ。
そして、脇にいる他の女達は自分もああしなければいけない恐怖に震えていた。
シルヴィオは宿泊先のホテルで宛がわれた女達を見て、あきれ果ててしまった。敵国の皇子に取り入る努力は惜しまないのに、国防の努力は保身でおろそかにするとは。
「ミルカ、この女達の世話を頼めるか?」
「はい…」
流石に女同士で思うところがあるのか、ミルカが万が一にと用意したノートに出身地と氏名の記載を要求した。
この調子では、ウェルナーにまで来ているのだろうか?
だとしたら、病弱なうえにそちらの知識はあっても経験が皆無のウェルナーでは危ないのでは?
宿泊先のホテルは聞いているから、確認をしてみよう。
「え、えぇと……皆さん、所謂夜の相手、ですか?」
ウェルナーは部屋に入ると、いきなり極端に肌を出した女達に出会い、恐る恐る聞いた。
「は、はい…」
相手がおびえている。よく見れば、自分とそれほど変わらない人もいる。
「そ、そんなこと言われても……あ、明日以降の食事の相手とかで、私は十分ですから。」
「え?」
「け、経験がないんですよ……それに、身体も弱くて外の人と会う機会もないから。ちょっと、お茶の席で話し相手になってくれるだけでいいですから。」
「それ、だけ?」
それだけ、と思われるようなことだろうか?しかし、外に出たことが少ないウェルナーはうまく言葉を紡げなかった。
「それだけ、でいいんです。とにかく…その服は、何とかしましょう。」
警護の軍人の中には女もいる。彼女達の服を借りるなり、明日以降の服を市街の店で調達してもらおう。
エルシリアとセラフィナはそれぞれ別のホテルだ。二人は司令官と副司令という立場上、リスクは分散させるべきという考えを伝えてある。エルシリアはクレアを護衛にスイートに泊り、ルームサービスで頼んだ紅茶を飲んでいたが……
「ライルなら、今頃見え透いた場所で狙撃される、とでも心配しているわね。」
「あの方らしいけど、まあ私も同感だわ。」
「…これで、もしも私たち向けに12,3の男の子がいたら政府の役人を八つ裂きにしてやるわ。」
クレアがため息をついた。
「仰りたいことは分かるけど、元は私達のせいなんだからね。」
「じゃあ、やらないの?」
「まあ、せめて原因を作ってしまった責任を取る意味でも親元に送り返す、事と次第で後見人もやる。ついでに費用も巻き上げる。欲を言えば、十発くらい殴りたいけど。」
やはり、彼女も同じ意見だ。しかし、セラフィナは大丈夫だろうか?
それを見抜いたかのようにクレアが追求する。
「セラが心配なら、あの子を一緒にすればよかったじゃない。」
「……それは、確かにその辺の男が襲ってくる時の備えにはなるが…」
「はあ………妹のプライベートになると使えないんだから、この子。」
「突然のご訪問をお許しください、セラフィナ皇女殿下。」
ノックとともにやってきた若い男が一人、ずかずかと上がり込んできた。こちらが許可をしていないのに。
「どのようなご用件で?」
「はい、明日はセラフィナ様は公務が入っておられないと聞いております。ならば、とお食事のお約束でも」
邪な魂胆が見え透いた笑みでこちらに手を伸ばす。その先が肩もしくは胸なのが分かった。セラフィナは腕をつかみ、そのまま引っ張って組み伏せる。
「いきなり女性の部屋に許可もなく上がり込んで、口説きに来るような方との食事には応じられませんわ。」
「…ぐ……お、お許しください!」
「大事にはしませんので、お引き取りいただけますか?」
「は、はい!も、申し訳ございませんでした!!」
相手は慌てて逃げていき、途中で転んだ。
「はあ、ちょっと短絡的だったかしら。」
後で文句を言われなければいいが、あのまま行けば何をされていたか。
「殿下…お側の方達と比べれば、物足りないでしょうけど…今夜、私達の誰でもどうぞ?」
「ご滞在の間、私達が殿下のお相手を務めますから。」
早速、女達が迫ってきた。豊かな胸を強調するような衣装で迫り、わざと右手で胸を掴ませ、もう一人は左腕を挟んできた。
ライルは平常心を働かせる意味でも、わざと深いため息をついた。
「そういう風に扱う気はないです。」
「私達が好みではないのですか?」
三人目が胸を押し付けるように抱き着いてきた。間近で見れば、美人だ。それは分かる。
「こういう貢ぎ物が嫌いなだけです。」
振り払い、もってきたノートを取り出した。
「和平交渉はまだあるから、その折に送り返します。これに出身国と氏名を書いてください。」
だが……一人の女が無理やりライルの唇を奪ってきた。
「私は捨てられたのよ。貴族のお嬢様と婚約するなんて、皮算用で。」
「…だから、当てつけで私に抱かれたい?そんなの、余計に良くない。大体、私の女になって見返したいと言っている。」
女が詰まった。図星を突かれた。
「とにかく、どうしてこうなったのかも後で聞くから……」
護衛として宿泊した男達には流石に宛がわれなかったが……
「絶対に殿下のことだから…」
「まあ、ないに越したことはないが準備だけしておこう。」
フェリクスとゲイリーはそれとなく、万一の場合に備えて民間捕虜返還の準備を進めることにした。
下のフロアはこの女達のために使わせるようにホテルに連絡したが…
「ライル、私のこと…覚えてる?」
振り返ると、スレンダーな体型ながら胸や腰はしっかりと出て、引っ込んでいるスタイルの少女がいた。その顔も見覚えがあった。
「美奈川…浅海?」
「うん、…久しぶり。」
確かに、久しぶりだ。オランダの外人部隊の情報に彼女の資料があったことだけは、確認できていた。しかし…
「どうしてここに?」
「……私の、オランダ外人部隊の軍籍も…この前私がもらった市民権も、抹消されたの。」
「何?」
今、なんと言った?軍籍と市民権を抹消された?誰がそんな…いや、犯人は分かり切っている。オランダかフランスの軍上層と政府だ。
「……そんな最低なことをしたのか?」
「そうよ…」
ライルは言葉を失ってしまった。いくらブリタニアの皇族や貴族とパイプを作るためとはいえ、そこまでやるとは。なりふり構わない、と言うよりも発想が短絡的すぎる。これでは、債務とインフラの独占、権力アピールのためのイレヴン隔離の方がまだマシに見える。
「つまり、ここにいるのはそういう理由で……軍から追放された軍人、政治家共の手下に攫われた民間人、ということだな?不法滞在の濡れ衣を着せられた。」
「…多分。」
ゲスの極みとはこのことか?
『ユーロ・ブリタニア』が革命政府を侮辱するのが、今更ながらに正しく思えてきた。自由と平等を謳いながら、E.U.国籍の日本人を収容所に入れて戦争をやらせ、今度は自国の市民さえ敵の皇子に売ってご機嫌取りをする。
「テニスコートの誓いを立てた議員達は墓の下で泣いているだろうな…」
あの時、軍籍と市民権抹消を告げられ、こんな格好を押し付けられた浅海の胸に去来したのは絶望だった。もう、本当に何も成し遂げられずに貴族に弄ばれて捨てられる。生きながらの死も同然に堕とされた。
だが、その相手が以前出会ったライル・フェ・ブリタニアであった。
もう一度だけ、会いたかった。そう思っていた人が今、目の前にいる。特区の事件までグルだと決めつける同僚がいる中で、無実を信じていた……
どうせ、復帰しても碌なことにならない。
浅海は気が付いたら、ライルに抱き着いていた。
「浅海?」
「私…貴方の女になら、なっていい。」
違う……なっていい、ではない。なりたい。
「貴方になら、全部あげられるから。あなたの女にして?貴方のものになりたいの。」
もう、この人の側しか居場所がない。この人の物になりたい。
ライルの唇に吸い付き、胸を押し付け、思い切り抱き着いて、ぎこちないが舌も絡めた。
相手は離そうとするが、浅海はより力を込めてしがみついた。
いや。あなたの物になりたいの。離れたくない!
だが、次第に息が続かなくなり、力が緩んだところでライルが離した。
「君は、元々エリア11で我々が定義するテロリストだ。藤堂中佐のような融通が利くような立場でもない。」
更に、ライルは右手を手刀にして首に添える。
「バレれば、君はこれだ。」
言われて、気付いた。そうだ…テロリストの女と知り合いというだけでも危ないのに、それで愛人にでもしたら……
「君の命を守る意味でも…その場凌ぎだが、軍籍の回復が一番なんだ。」
それは確かに、そうだ。軍に復帰するのが一番だ。それでも…
「じゃあ、今夜だけでいいから。私の初めて、貴方にあげる…」
「…やめろ、最初に言っただろう。」
「………好きな人が、いるから?」
ライルは何も答えなかった。なんとなくわかる。図星だ……
そう、よね。これだけ素敵なんだもの……やっぱり、ネットで噂のメイドやハーフの騎士を………
最近は闇オークションに捕らわれたイレヴンの少女を保護し、愛人にしたという噂を見た。それを見て、どこかで自分もライルの女になれる。などと甘い期待をしていたのかもしれない。もう、ブリタニアと戦えずに奴隷に堕ちるなら、せめてこの人の奴隷なら……この人なら身体も捧げられる。
「どうしても、ダメなの?」
「何度も言わせないでくれ…」
クラリスは言い寄ってくる貴族をやりすごし、何とか基地へ戻った。そして……
「で、守備は?」
「ああ、お前の予想通り親父さんも絡んでいる。」
案の定だ。こちらの隊員達にも軍籍を抹消された者がいたから、フランス軍上層に真っ先に疑いの目を向けていた。半信半疑で父も絡んでいると思っていたが、的中するとは。
「証拠は?」
「ああ、何とかね。お前の親父さんの端末からハッキングされた形跡がある。大事な仕事だから、自分でやったんだろうね。そのくせ、これじゃあな。」
「やる大事な仕事が違うじゃない。」
娘を売り込む準備を整えたり、権力獲得のためだけに新型KMFを開発させ、後者などはそれをさらに発展させれば国防にも役立つのに無関心。その結果が今の有様だ。しかもアンドラ、エリア24の国境越えで自分達が戦っている時から既に進めていたという。これは重大な裏切りだ。まだ、降伏していない国の将兵にまで手を伸ばしている。
「この様子じゃあ、贈賄もしてるでしょうね。それを罪状にして、あのクソ親父叩きましょう。」
「良いのか?」
「このままいけば、あいつは自分だけ得をするためにリラにも手を出すわ。部下にちょっかい出されて、大人しくしてるほど私はいい子ちゃんじゃないの。」
ライルは浅海以外にも何人か軍人がいることに呆れ果てた。中には、今回のフランス敗戦における失態を押し付けられる、或いはポルトガルやスペインなど、既に陥落した国の軍人、挙げ句にまだ交戦中のポーランドやイタリアの民間人までいた。
シルヴィオとウェルナーにも女が送られ、誰もが似たり寄ったりだ。無理を承知で、ルーカスにも連絡を取ってみたが、ルーカスは女達を返す気はなかった。
「仕方ない……兄様とウェルナー、私の元へ送られた分だけでも送り返しましょう。」
「…あの人数だ、戦闘捕虜や民間捕虜として返すのが妥当だ。」
「でも………市民登録や軍籍を消されたんでしょう?どうするんです?」
ウェルナーの言う通り、それを何とかしなければ意味がない。
「部下達を通じて、E.U.の戸籍管理にハッキングしてもらって、改竄の痕跡を見つけてもらっている。あと、イタリアのアデルモ・バルディーニ将軍の難民保護地区に移住も掛け合っている。」
「主戦派だな…」
「この際、和平派だ主戦派だと言っていられません。それに、私見ながら主戦派の方が信用できます。」
こんなものを見せられては、和平派は信用できない。その場限りの対応だけして、また同じことだ。
それならこちらで何とかしたいところだが、そんな余裕などないし祖父母やアルバートフ家を除いて基本的に貴族を信用していないライルには頼れる貴族が少ない。
「ナンバーズの面倒をナンバーズに見させる、なんて原則を言い訳に自分達の費用を出し惜しむ!」
「だが、現実に今我々もそれをやっている。」
「ぐ…!」
シルヴィオに痛いところを突かれた。
「とはいえ、為政者としてあるまじき行いだ。それには同意する。」
こちらの痛いところをついてきたが、少なくともシルヴィオもこのやり口には反感を抱いているようだ。
「こういう手で取り入ろうとするということは、同じ方法で寝返るかもしれないということでしょうか?」
「ああ。それこそ、ゼロに寝返るようなこともな。我々でそんな手が通じない、という教訓を与えるのも一つの方法だ。」
和平交渉の準備中、フランス軍の情報部経由で主戦派及び『ロンスヴォー』にブリタニア側から情報が送られた。
「これは…!」
送られてきたのは、軍を追放或いは市民権を抹消された女達のリストだ。この女達を返すために、手を貸してほしいという文面。
差出人は不明。しかし……
「罠、という可能性は?」
幕僚の問いにゼラートが首を横に振った。
「このタイミングでイタリアのバルディーニ将軍まで殺せば、フランスとの講和にも支障が出る。政府だって相手の不興を買いたくはないはずだが…」
バルディーニはうなる。確かに、軍人としても人としてもあの一件は許容しがたい。清濁併吞が政治や軍事だが、あの連中は濁しかない。
「罠と協力要請の双方を前提に会ってみよう。場所は?」
パリ、ダウンタウンのバーだ。治安は悪くはないがいいとも言えない。会う分には悪くないな。
三日後……ライルは女達を送り返すためにオクタヴィアン・フィオ・マスカールに会いに行った。指定のバーで、護衛にヴェルドとコローレを連れている。
「ブリタニアの貴族様がこんな下賤の輩の店をご利用とは。」
マスターが反感をにおわせながら、カクテルを出す。
「365日、高級士官のバーを利用するわけではない。個人的にはこういう雰囲気も好きだ。」
コローレが敢えて傲岸不遜に振る舞い、反感を買うような態度をする。
「あの、あまりそのようなふるまいをされては…」
今回、念のためにライルが眼鏡で変装して従者或いは大貴族の子弟に誘われた家臣の役をしていた。あまり得意な分野ではないが、素人を誤魔化す分には十分だ。
「あのな、こういう一般向けの店の良いところは貴族がただ飲みできるからだ。」
ヴェルドが無茶を言うと…
「そ、それではただの無銭飲食です。すみません、私が立て替えますから。」
「はあ……こんな人のよさそうな坊ちゃんがこんな革命で処刑されたような貴族様の家臣とは、世も末ですな。」
「よ、よく言われます。」
実際は主従が逆だが、ヴェルドとコローレがお忍びで遊ぶ分にはこの方が良いと言っていた。実践した回数は少ないが、確かに名乗ったりしない限りは早々気付かれない。
そして、ライルがクラッカーをかじっている時に新しい客が来た。データで見た、マスカール将軍だ。
「失礼ですが……ブリタニア軍の方では?」
「はい……」
「…マスター、申し訳ありませんがあちらのテーブル席を使わせていただいても?」
「ええ、どうぞ。ちゃんとお代をいただけるのなら。」
席を移動し、ライルは表情を引き締める。
「オクタヴィアン・フィオ・マスカール将軍ですね?」
「そういうあなたは、ライル・フェ・ブリタニア殿下では?」
「………ええ、お呼び立てした件はあの密告通りです。」
「…………私の立場はご存知でしょう?」
「だからこそです。」
『ロンスヴォー』はまだ存続しており、その指揮権は司令官のバルディーニの祖国イタリアに移る。それに伴い、未確認だが資産家や実力者の子弟たちは亡命が既に認められているとの情報もある。
「単刀直入に伺います。」
「……私と兄、弟の元へ送られた女性を引き取っていただきたいのです。こちらで軍籍の改ざんは突き止めており、市民権を抹消された民間人の分も。」
ハッカーと言えるほど腕のいい相手ではなかった。痕跡が残っており、他のサーバーを経由したにしてもお粗末だった。
「改竄した犯人までは突き止められませんが、条約の際に行われる捕虜の返還の際に引き取ってほしいのです。」
「なるほど、無難ではありますね。」
「まだ捕虜の返還はなされていません。その中に紛れ込ませます。」
「宰相殿は?」
「………念のため、話は通しましたが我関せず…でした。」
要はこちらで責任を持て、ということだ。
「まだナンバーズに転落していないのであれば、原則に当てはまらないし我が軍が保護した民間人という言い訳もできる……理屈は間違っていませんが、危ない橋を渡りますな。」
「個人的に嫌っている皇子と同類になりたくないだけです。それに、四十人や五十人も相手をするほど器用ではありません。」
マスカールは呆れ果てるが、同時に悪い印象はなかった。どうにもこの皇子は愚直だ。正統派の古き良き貴族に近いが、そのためになりふり構わない。多少の無理を押し通す。
「大した不良皇子ですな、貴方は。」
「お褒めいただき、光栄です。」
しかし、軍人として将兵達を救えるのならば越したことはない。それに、捕虜の人数も相当だ。今更四、五十人増えても追いきれない。
とはいえ、シュナイゼルあたりが工作員を送りかねないから、その後の不穏な動きは警戒しておいた方が良い。
この男はそこまで考えている余裕はなさそうだが、それを利用する人間は警戒してかかるべきだ。
「お話しだけは通します。」
「はい。」
バルディーニはマスカールから話を聞いた。そして、今回の事件を起こした首謀者達はブリタニア側でも掴んでおり、フランス政府に贈賄という形でリークする模様。
「両方から袋叩きにするということか。」
しかも、こうすることでそうした手で地位を得ようというフランス側の思惑を崩し、少なくともライルやシルヴィオにその手は効きにくいというアピールになる。更に言えば、植民エリア化した後にその手で取り入れない、という双方への牽制の事例にもなる。同時に残存する国に工作員を送ることもできる。
ライル本人は最後まで考えていない、考えてもそこまで気が回らないだろう。むしろ、シュナイゼルがそれを考えると想定した方が良い。
「こちらとしても、将兵達が戻ってくるのであればありがたい。更に言えば、正式にブリタニア領土となる前のフランスにこちらから市民達への賠償を吸い上げられる。」
可能性は低いが、こうなった以上はイギリスやドイツ、イタリアの残存国の方がフランスより立場は上だ。いずれにしろ、将兵達が戻ってきて市民達を返してくれるのであれば受けない道理はない。
イタリアとドイツの政府にこの件を通知し、両国はフランス政府にこの一件を抗議。更にブリタニア側からも皇族への事実上の贈賄という抗議を受け、和平交渉はブリタニア優位に運んだ。
強引で、こういう展開しかなかった貢ぎ物の女達の返還です。
ルーカスと手下共はご満悦、ライル、シルヴィオ、ウェルナーの三人はお引き取り願っています。
実際、送られた側がこれを贈賄だと言えば戦勝国の皇子の言い分で無視できないでしょうから。
そして、こういうケースで一番苦労させられるのはそういう貢ぎ物がいらない人と、それを助けようとする人達。
実は銀河英雄伝説で、ラインハルトに取り入ろうとして逆に処刑されたハイエナ共のような場面も考えたけど、そのまま過ぎるのでやめました。まあ、フランス国民をブリタニアに靡かせる意味で今回の奴らは処刑か終身刑です。