「しっかし、大将。少し見かけたがあの返した女の子達、みんな美人だったな。有紗ちゃんやクリスタルに負けてないぜ。」
ヴェルドがいつもの馴れ馴れしい口調で肩に腕を絡めてきた。
「耳が早いね。」
「まあね。俺ならみんなベッドにご招待だぜ?」
「責任を取る気ないくせに。」
「無理矢理取らせるくせに。」
そんな軽いやりとりをして、ライルはフランスの顛末とエリア11の動きに思考を戻す。
フランスとの講和及びそれに伴う腐敗した権力者の一部を始末し、一旦ライル達も一足先に本国へ戻ったシュナイゼルに続き帰国することになった。その中で、ナナリーの特区日本に動きがあった。参加を要請されていたゼロが特区への参加を表明、百万人を動員する用意があったという。
「美水、君はどう思う?」
「…『黒の騎士団』にどの程度の戦力が残されているかは分かりませんが、総督の方針が未知数ですし、この特区を言い訳に決起するにしても早すぎるでしょう。」
美水の言う通り、報告では太平洋でエリア11へ向かうナナリーに『黒の騎士団』が急襲をかけたが、『ラウンズ』に撃退されてKMFの大半を失ってしまった。今戦っても勝負にならない。
だが、問題は…
「自分を国外追放する、か。しかし、自分だけ逃げてしまったら…」
「ええ、せっかく再燃した反抗の灯が消えてしまいます。」
いや、それどころかゼロが裏切ったことで反抗勢力が空中分解するだけならまだしも、反抗の絶対的カリスマが裏切ったことであの特区より大きな暴動が起きてしまう。ライルはそちらの方が心配だった。
「武石財閥も判断を決めかねているそうです。」
良二の言うように、山本秋水は官僚達を窘めているがそれもいつまでもつか。これでゼロが逃げ出すようなことになれば、山本も抑えられなくなるどころか彼自身も寝返る恐れさえある。
「頼むから、そういう事態にだけはならないでくれ…」
ライルは口に出しながらも、そう祈らずにいられなかった。それを近くで見た涼子も…
「私もこればかりは同意見です。」
「お前に限らず、第二の『虐殺皇女』なんてブリタニアで望む者など…」
「あの総督や枢木スザクが気に入らない奴なら、やるんじゃないの?」
優衣がゲイリーの意見に反論し、秀作と長野もうなずく。
「私だって、あんなのはいやよ。でも……あの第五皇子様みたいなタイプなら、総督のいないところで勝手なことやって全部総督に擦り付けて失脚させて、カラレス総督みたいなのと組むとか。」
「ああ、それこそ俺達もグルだとか言って殺すための足場づくりなんてやりかねん。」
秀作の意見にライルはうなだれた。
「やりかねない奴に一人心当たりがある…」
アリシア・ローマイヤ…本国から派遣された行政官でナナリーの実務を補佐する女だ。が、典型的なブリタニア人の彼女とナナリーはイレヴンへの政策が真逆。ナナリーを失脚させて、カラレスみたいな貴族と一緒に…それこそルーカスを総督に求めるなどとやりかねない。
「もしナナリーが失脚して、ルーカスが総督になったらエリア11は地獄だ。下手をしたら、奴一人を殺すために租界とゲットーが野合しかねない。」
尤も、奴のことだからそれをさせないために徹底的に自分の周りを手下で固め、ギルフォードと『グラストンナイツ』のような自分に靡かない人間は本国へ送還するだろうが。
「そういう団結は喜んでいいのでしょうか?」
「喜べないよ…どうせルーカスを殺したら、どちらが貢献したかで分裂さ。」
美水もそれに無言でうなずいた。
「で、他に何か動きは?」
「中華連邦の総領事館が海氷船をエリア11へ派遣したそうです。」
海氷船……確か、以前人工島が襲撃を受けたというが、そこにある船。どうして、こんな時期に…………
式典の当日、シルヴィオは母艦のブリッジで式典を見ていた。今回はシズオカゲットーに特区日本を設けることとなる。と言っても、今度の式典会場は開けた場所の上に参加者はかつての数倍。
「この百万人が全て、ゼロの賛同者という可能性はあるだろうな。」
「仮にそうでなくても、ナナリー様じゃなくてゼロが言っているから…でしょうね。あたしだったら、たとえゼロでも行かないけど。」
それが普通だろう。この会場の百万人はナナリーを支持して来ているわけではないのだ。それだけで、かつてのユーフェミアとは根本的に条件が悪い。本国でさえ、ナナリーがユーフェミアのような暴走をするのでは?と懸念する声があるくらいだ。
「姉上ではないが、私だってユフィは信じられない。ナナリーがあるはずない……まして、あの子は目が見えないんだ。自分で撃つどころか身を守る術もない。」
「そうね。ここで第二の『虐殺皇女』だ。と言って先に手を出す馬鹿がいたらおしまいね。」
しかも、ゼロと政庁の協約もある。ローマイヤにしてみれば、暴動が起こってくれれば都合がいい。何しろ、合法的にナナリーの意見を通せなくできるのだから。だが、こちらから手を出せばたとえナナリーがやらせてなくとも『虐殺皇女』の汚名をナナリーに着せることになる。
「もし、そんなことをする人がいたら…私達が裁けないの?」
「無理よ、セラ。それはエリア11での出来事、遠征軍が主任務の私達ではほとんど口をはさめないわ。」
エルシリア個人にとっては、ゼロを穏便に追放して特区を成功。藤堂を始めとした幹部達を特区参加と事業協力を条件に恩赦を与えて、という手もある。ゼロの追放に藤堂を抱き込めば、少なくとも治安は安定するし残った反抗勢力は勢い任せの素人。カラレスより穏健路線のナナリー統治下の軍隊でも充分鎮圧できる。
「あとは、ゼロがこの取引で何を狙っているか。」
問題はそれだ。ここでゼロが逃げたらどんな事態になるか、それは他でもないゼロ自身が分かっているはずだ。カラレスを殺したのはまぐれで片づけられ、おしまいだ。
式典が始まり、ゼロと政庁の公約が発表された。三級以下の犯罪者の執行猶予扱い、それ以上も罪を減じる恩赦を与えた。だが、問題はその先で指導者のゼロだけは国外追放処分となる。
普通ならば、ゼロが日本を見捨てたと考えて暴動がおこるはず。だが、会場はブリタニアの予想を裏切り、どよめきはあるが落ち着いている。そこへゼロが現れ、スザクと問答をする。
『民族とは何か?』、ゼロのその問いにスザクは「心だ。」と答える。
ライルもそれは同意見だった。例え、ブリタニアやE.U.がイレヴンと呼ぼうと彼らは日本という国家の歴史を築き上げてきた日本人だ。呼び方が変わろうと、その志があれば日本人である。
その問答の直後、会場を煙幕が覆った。ナナリーは『ナイトオブシックス』のアーニャが避難させたようだが、ブリタニアのKMFや歩兵は発砲しない。まだ相手の出方が分からないからだ。ここで『ブラック・リベリオン』の口実を与えるわけにはいかない。
煙幕が晴れた後、ゼロが現れた。
そう、確かにゼロが現れたのだが………
「な!?」
一人ではない。体格、体系からして明らかに女子供…やや腰の曲がった老人はては参加者のペットらしき犬や猫までゼロの仮面をかぶっている。
「な、なんなのこれ!?」
「ゼロが…百万人?」
特区で両親を殺された優衣と涼子が唖然とし、長野やゲイリーも、美水も言葉を失う。いったい、これで何を…
〈全てのゼロよ!ナナリー新総督のご命令だ!速やかに国外追放処分を受け入れよ!〉
「何!?」
〈どこであろうと、心さえあれば我らは日本人だ!さあ、新天地を目指せ!!〉
やられた!最初からゼロはこれを狙っていたんだ!!
「皆さん、僕達はゼロです!一緒に国外追放になりましょう!」
仮面をかぶったラルフは隣にいた日本人に呼び掛けた。
「そうよ!私達はゼロよ!」
「僕もゼロだよ!」
「国外追放されるんだ!!」
作戦を聞いたラルフは驚かされた。まさか、正体不明という自身の特徴の一つをここまで大規模な武器にするなんて。確かに、中身が前のゼロと同一人物でなかろうと関係ない。今のゼロの能力は後継者だろうと、ゼロを名乗るにふさわしい。
シルヴィオはひじ掛けを握り締めた。
「やられた……ゼロの素顔は公表されていない!」
「それじゃあ、ここにいる百万人全員を国外追放にするしかない?」
ミルカの分析通りだ。正体不明の仮面の英雄、ゼロは自らの存在を記号にしてしまった。正義の味方としての行動を示せば、中身は関係ない。自分自身の性質をここまで利用するとは!
「でも、仮面を外して…あ!」
セラフィナは自分で言って気付いた。そう、誰も正体を知らない。つまり、ここにいる全員がゼロである可能性もあれば、そうでない可能性もある。
『本物のゼロを見つけろ』、と言われてもその容疑者は百万人。調べきれるわけがない上に撃てばナナリーの意向を無視して第二の『虐殺皇女』だ。どう転んでも、悪い展開にしかならない。
そもそも、本物と言ってもあの宣言をしたゼロが会場にいない可能性さえあるのだ。暴動を回避する意味でも、追放以外に手はない。
ブリタニアが手をこまねいている中、中華連邦が申請した海氷船がシズオカゲットー沿岸にやってきた。しかも、申請していた総領事代行の黎 星刻は既にエリア11を離れている。中華連邦の正式な要請を受諾した今、それに乗船する人間を下手に撃てば中華連邦との関係にも亀裂が走る。
カイトはその意図を悟った。つまり、これは中華連邦に逃れて力を整えるための脱出だ。有紗を助けたいが、彼女は今ブリタニアでしかも、本国。本国へ攻め込むなんて無茶なのはカイトも分かる。
中華連邦と手を組めば、有紗を助けられる可能性も出てくる。そういう意味では、このまま脱出した方が良い。そして………枢木スザクが総督補佐の権限を持って、『不穏分子は国外追放』と脱出を保証した。こうなってしまった以上、他の人間が独断で撃てば今度はその人物が総督の決定を無視した罪に問われる。
枢木スザクに借りを作っちまうのかよ。
それだけは腸が煮えくり返るが、ここで奴を撃ったらどうなるかはだれの目にも明らか。せっかくの安全保障がふいになってしまう。
「よかった…」
ライルは思わず言葉に出てしまった。
「すまない。」
百万もの不穏分子が国外へ逃げてしまったのに、それを安堵するなど皇族にあるまじき反応だ。
「いえ、確かに不穏分子を、とも思いますが殿下の安堵も理解できます。」
幕僚達もどうやら、またあの事件が再現されるという最悪の展開だけは回避された一種の安堵はあったようだ。あの船が中華連邦の物である以上、中華連邦へ向かうのは確定的。そうなれば手は出せないが、少なくともエリア11の反抗の火種は大きく衰えるだろう。
だが、ライルはふと疑問を抱いた。もし、スザクがユーフェミアを殺された憎悪に任せて発砲命令を出せばこの作戦は破綻する。ゼロを名乗った以上、特区参加の恩赦も放り投げたのはあちらなのだ。自分から処刑されに来たようなもの。
「……何か気になることがあるようですね。」
流石に一番付き合いが長いフェリクスには見抜かれた。ライルは指でフェリクスを招いて耳打ちをする。
「ゼロのあの手、もしかしてゼロは枢木卿とナナリーをよく知っているのではないか?でなければ、こんな博打のような手を考えるはずがない。」
「……つまり、アッシュフォード家やマリアンヌ様の関係者の可能性があると?」
確証はない。だが、そんな人がいるとすれば……現状ライルが思い当たるのは一人だけ。状況的に一番怪しいが、決定的な証拠もない。
ウェルナーは初恋だったナナリーの政策が最悪の展開に至らなかったことに安堵した。枢木スザクが当初の協定に従う形で全員を追放していなければ、ナナリーまで『虐殺皇女』になっていた。
「ナナリー……良かった。」
政治は疎いウェルナーだが、少なくともゼロがいなくなったことでエリア11がある程度反抗の灯が小さくなるだろう。多分、ライルやシュナイゼルならば本当の意味でのスタートラインに立ったと言うだろう。
「大丈夫かな?」
ライルやシルヴィオ達は一安心した特区。ルーカスなら、全部殺して生き残った女で良いのは自分のもの、後は死ね。
正にナナリーを排除したい奴ら好みの皇子様でしょう。