ライルは政庁に戻り、買い取った姉妹は客人待遇を伝えた。
「何かあれば、有紗を誘拐した犯人より先にお前達を殺すぞ?」
「ひ!」
相手を怯えさせ、ライルはすぐに会議室に入る。そこにはギルフォードとコーネリアの親衛隊の最強部隊にしてダールトンの養子『グラストンナイツ』もいた。
「で!?」
「いきなりですね……監視カメラは改竄されておりました。」
改竄だと!?つまり、
「その時間を担当した兵士は?」
「既に捕らえてあります。貴方がいない間、我々でできそうなことは全てやりました。尋問以外はね。」
「なぜ、尋問は?」
「貴方がやった方が相手に効果があると思ったんです。」
フェリクスの回答にライルは思い当たる節があった。
「…敵にとって、所詮は皇族の気まぐれで気に入られたイレヴン。すぐに諦めるだろう、と高をくくっている?」
「正解。」
「……拷問の心得はないぞ?」
「だから良いんです。彼女が弄ばれるのが嫌なら、貴方が一番全力を出すべきです。無論、お手伝いはしますから。」
相変わらず、こちらを怒らせるのが上手い。
「安直だが、黒幕については心当たりがある。」
あの時の反応とこのタイミング。もし、その通りならば全く大胆だ。頭自らが大将の注意を引くとは。
「普通はそう考えますよ。」
フェリクスがこちらの考えを読んだかのように捕捉する。そう、この日はライルがオークションに招待されていた。普段から有紗はライルが側にいる。ライルがいる時にやれば騒がれるのが目に見えているからだ。しかも、おり悪く有紗もハラジュクの知人達への土産を買いに出ていたのだ。最悪のタイミングだった。
「くそ、こんなことならもう一人か二人着けるんだった!」
「人選ミスだろう?あの女には劣るが、テレサだって胸も尻も良いんだ。私が男ならナンパしている。」
「ああ、言えてる。フリーなら俺が二人共口説いてベッドインだったね。」
セヴィーナの痛烈な非難とヴェルドのライルにとってはいつもの発言に同席していたギルフォードがやや赤面して咳払いをする。『グラストンナイツ』も似たり寄ったりだ。
「とにかく、事務次官が何らかの形で関与している可能性はあります。そのオークションの調査は我々が引き継ぎましょう。」
「…よろしいのですか、ギルフォード卿?」
「姫様という抑止力の喪失、という意味ではその臣下である我らにも責任の一端があります。それに、客将という身分にいつまでも甘んじているわけには参りません。」
生真面目なギルフォードらしい、と安心した。
「では、お言葉に甘えさせていただきます。」
ライルはレイとクリスタルも抑えていた連中も同席させて、尋問を行う。軍の制服を着用していたから、マフィアの下っ端か何かだと思ったら本物の軍人だった。
「さて、単刀直入に聞く。誰の差し金だ?」
「皇子殿下と言えども、お教えするわけには参りません。」
「皇族への権限侵害だとしても?」
が、犯人は口を割らない。
「皇族の貴方のためです。」
「ほう?」
「あのようなイレヴンの娘、殿下に相応しくありません。ですからぎゃあ!」
拘束された軍人の腿にナイフを刺した。
「拷問は嫌いなんだ……だから、やらないしやらせなかった。この意味、分かるか?」
相手は激痛に耐えるのが精いっぱいで、答えられない。
「加減がわからないってことだよ…」
側にいて、デビーは背筋が凍った。あれが本当にライル殿下?
ナンバーズへの差別をよく思わず、戦場のモラルを重視する普段と真逆だ。
確かに、ジュリアの一件以来女に関してはやや過敏になっているが、今回は異常だ。
「さあ、どうする?」
腿からゆっくりと下へナイフを進める。まるで、鋸で木を切るように
「ぎぎえぇあやぁあああ!!」
「このままいけば、一生足が動かなくなるかもしれないがどうする?それとも、上に動かそうか?」
ゆっくりと耳元で少しささやいた。まるで、楽しんでいるようにも見えた。
「ひ、ひぃぃぃ!!い、言います!言いますからお許しください!!」
「…最初から言えばいいのに。ただし、嘘だと分かれば…一本ずつ指を切るぞ?」
既に短剣を後ろに縛られた指の一本にかけ、わずかに食い込ませた。
「ほ、本当のことを言います!!だから、おやめください!!わ、私は殿下のお気に入りの女達を攫えば、テロリスト確保の手柄で昇進させてやると言われたんです!!」
「そんな昇進をしたって、後でボロが出るだけだろうが。」
「あ、貴方のためでぐぎぇやぁ!!」
腿に刺さったナイフをねじった。
「それで、誰だ?カラレスか?母に取り入りたい本国貴族?それとも、『黒の騎士団』に協力している日本企業?」
「ち、違います!せ、政庁上層部の方です!!」
「例えば、事務次官?」
「な、何故それを!」
ライルが凶悪な笑みを浮かべた。
「そうか、ありがとう。では、これからは牢屋暮らしだ。約束通り命だけは助けてあげるよ。……手当はしてやれ。」
「イ…イエス・ユア・ハイネス。」
ライルが退室し、デビーは力が抜けてしまい、壁に寄り掛かった。
「ぶり返している。」
ジュリアの事件の後、一時期茫然自失になったかと思えば関係者に拷問手前の尋問を直々にしていた。だが、分かったのは彼女の躍進を疎んじた貴族層が犯人であり、ライルの権限では摘発が難しい相手ということだけだった。
今回は格下で、早くわかっただけマシだろう。
証拠を手に入れるため、こいつらの口座なりなんなり調査した方が良いだろう。そして、事務次官の裏を取らなければ、有紗がいたところで裁ける罪状などたかが知れている。
有紗は目を覚ました。見覚えのない部屋だ…確か、買い物から帰ってきた後。
「目が覚めたようだね。」
「え…事務次官?」
そこにいたのは事務次官だ。
「ここは私の屋敷だ…君をお招きした次第だよ。」
お招きと言ったって、実態は誘拐だ。
「本当はライル殿下のお気に入りのお嬢さん方を全員、お連れしたかったのだが全く使えない奴らだ。」
「ま、まさか!?」
「残念だが、君だけだ。話を聞いた時から思ったが、全く素晴らしい顔と身体だ。」
舐め回すような目に有紗は生理的な危機感を抱いた。
「ライル殿下がお気に召すわけだが…所詮はイレヴン。すぐに飽きられるが、私はそうはしないよ?たっぷりと可愛がってあげよう。」
つまり、この男は有紗だけでなくレイやクリスタルまで身体を狙ったのだ。
「事務次官の貴方がこんな誘拐を政庁の中でやるなんて。前任はNACからの利益供与で失脚したのに!」
「ふん、心配はご無用。世の中は金と権力で通る。殿下とて、君のことなど早々に諦めているだろうさ。」
有紗は悟った。ライルは初対面の時から、この男に良い印象を抱いていなかったが、まさにその通りだった。
「君は殿下が特に気に入っているという。まあ、私の方が君を満足させてあげられるが、それは少し先だから楽しみに待っていたまえ。」
事務次官の証拠をそろえるとなると、やはり時間がかかるのでしばらくは動けないことになる。ライルは拷問をして部下を問い詰めようとしたが、ゲイリー達が宥めてようやく収まった。しかし……
事務次官のベッドで喘ぎ、乱れる有紗は積極的に事務次官に身体を差し出した。そこへレイが事務次官の唇に吸い付き、クリスタルが自分の豊かな胸に事務次官の手を誘導した。
そして、三人が事務次官によって何度も果てた。
ライルは飛び起きた。
「っ!!……くそ、今度はなんて夢だよ。」
想像したくない、最悪の展開が夢になって出てくるとは。ようやくジュリアの悪夢の回数が減り始めた矢先に、今度はこれか。
木藤姉妹の両親は皇コンツェルンに勤めていた。そのおかげで、戦後もなんとか暮らしていける上に無事だった日本学校で通うこともできた。将来は皇コンツェルンまたは協力企業に就職しようと思っていた。
だが、あの特区日本の事件で式典会場に訪れた両親は殺されてしまった。何故?両親は反ブリタニア活動を支援していないのに?
訳が分からないまま『黒の騎士団』が蜂起し、敗北した。幸いなことに皇コンツェルンはあの後も影響力を保ち、同じく皇コンツェルンの重役だった父の友人が後見人を引き受けてくれた。
ブリタニア皇族への怒りはあるが、全てのブリタニア人を殺そうという発想はできなかった。
多分…父の仕事柄、ブリタニア企業の役員とも会っており、少なくとも二人にもさほど高圧的ではなかったし、戦後から父と母がそうしたことを教えていたからだろう。それは、二人の共通認識だった。
しかし、ある日突然二人はブリタニア人の男たちに連れていかれた。後見人の男が裏切ったのだ。どうやら、ブリタニア企業の相場に手を出して失敗してしまったらしく、借金を抱え込んでしまった。
手元に金を残しておきたいことから、優衣と涼子を借金返済のかたに売ろうと考えたのだ。あわよくば、両親の遺産も奪い取るつもりだったのだろう。
両親をブリタニアに殺され、今度は同じ日本人に裏切られた。二人をそんな絶望が打ちのめし、このまま貴族に買われて弄ばれるのでは?と思った。
優衣は絶望したが、諦めたくなくて何度も逃げようとしたが失敗して……終わるのかと思った。買い取ったのは若い男……いきなり日本語で『手を出す気がない』、等と言った。
そして、手錠まで外されて車に案内されたところでサングラスを取った素顔に……心を奪われてしまった。
薄い灰色の髪に細めの青い瞳……さながら絵本の王子様という雰囲気にも見えた。それが、まさか名誉ブリタニア人を採用する第八皇子ライル・フェ・ブリタニアだったとは。
政庁の連絡で何かショックを受けてしまったが、その後も二人の身体を要求するようなことなどなく、客人待遇で二人を丁重に扱った。
あの人と、話したい。いや、あの人に抱かれたい。愛人でもあの人の側にいたい。
そんな欲求が優衣の中に芽生えていた。一目ぼれしていた。
本当なら、今すぐにでも…と言いたいが、今はそれどころじゃない。しばらくは我慢だ。
ライルが脅したおかげか、棘はあるが狼藉を働いてくる様子がない。ブリタニアの小説や雑誌で暇つぶしは出来るから、暫く不自由はないが……
朝食を済ませ、フェリクスと確認を取る。
「それで?」
「今分かった範囲ですが、殿下が招かれたあのオークションはマフィアが裏で糸を引いています。そして、政庁や警察もお目こぼしをしているそうです。」
典型的な汚職政治や警察のパターンだ。ゼロが摘発したリフレインの売人も警察とグルになっていたが、今度は政庁まで。この様子では軍もどうなっているか。
「正攻法じゃダメだ……ハッキングでいく。」
「そう言うと思って、事務次官の端末と口座に既に手を付けています。あと、ヴェルドは貴方がオークションで見かけた貴族にもね。」
「大将の記憶力も結構なもんだな。貴族嫌いのくせに。」
「敵は記憶しておいた方が良いだろう?」
ゲイリーがため息をついた。
「…我々を敵と誤認しないでくださいよ?」
「したくないよ。」
数分後、優衣と涼子の応対を任せたスタッフから、会いたいという申し出があったのでライルは応じ、退室した。
ライルが退室して、全員がため息をつく。
「これで飯田が、等と言うことになったら殿下は…」
長野の問いにゲイリーが首を横に振る。
「最悪だな……ジュリア・ボネットの事件で不安定だったメンタルが落ち着いた矢先にこれだ。ご自分の首をはねるどころか、本当に我々を敵と認識しかねない。」
「そんなメンタルで、今までよくやれましたね。」
マルセルの遠慮のない質問にデビーがフォローを入れる。
「刺激しなければ、問題のない方だからな。」
「苦労が多いんですね。」
テレサの大雑把な感想にはクリスタルがうなずく。
「皇子様って言うと、お城で優雅ってイメージが強いけど実際は違うのよね。ウチの皇子様の場合は、自分もやらないと周りが信用しないっていうのがポリシーだから。率先してKMFで前に出るのもそれよ。ただ…」
「ただ?」
「何でもないわ。」
クリスタルは薄々、ライルの根元に気づいていた。あの人は、愛情に飢えている。でも、周りは自分が皇子だから、ブランドが目当てと決めつけている。だから、それらしいことをしないと嫌われると思い込んでいる。小さい子供……
『みんながいるのは、僕が皇子様だから』、『皇子様じゃないと嫌われる』、『良い子にしていないと、嫌われる』、そんな幼児性を抱えたまま成長してしまった。士官学校時代、クリスタルやジュリアと付き合いが生まれるまではどこか寂しげで実年齢より幼く感じていた。
気づいているのはヴェルドとコローレ、親友のフェリクスだ。他にはライルと身体を重ねている有紗とレイだろう。
完全無欠の主人公なんてつまらない、と思って考えたのがこれ。
ライルは言ってみれば皇子様故の悩みが他の人より大きい。それ故に気を許した人間には執着が強いです。
そして、クリスタルの見ているような幼児性を内包しています。