戻った幸也は命令無視を咎められた。が、現状が現状………特にお咎め話だったが。
「次に命令無視をすれば、一週間は独房だと思え?」
「は、申し訳ございません。」
「……戦闘はまだ続く。少し休め。」
幸也が退場した後、ライルはトウキョウの動きを確認する。つい先刻、ようやくゲフィオン・ディスターバーが解除されて政庁の防衛戦力が回復した。
トウキョウ租界へはルキアーノが援軍に行った。彼ならば大丈夫だろうし、『グリンダ騎士団』もいる。そこへ……
「太平洋上に友軍の艦。識別信号は…え?」
「どうした、涼子?」
「む、向かってきているのはグレート・ブリタニアです!!」
グレート・ブリタニア!?皇帝の旗艦じゃないか!!
「皇帝陛下が戦場へ来られるのでしょうか?」
ゲイリーの分析は常識で考えれば、そうだ。兵達の士気を高めるだけでも効果がある。しかし………
一度帰投したシルヴィオも皇帝がエリア11に向かっていることを聞いた。
「なぜ、今になってエリア11に来るんだ!?」
木宮も同行を訝る。
「戦意高揚のためにトウキョウ租界、かしら?」
エルシリアもKMFの調整を手伝いながら、皇帝の動きを聞く。
「どうして、今更皇帝陛下が!?」
遅れて帰投したセラフィナもKMFから問う。
〈来るとしたらトウキョウ租界か、キュウシュウ?〉
ライルは断言した。
「……ないな。」
ブリッジに上がってきたフェリクスが不思議そうに問う。
「なぜ、断言できるのです?」
「『ブラック・リベリオン』の会議にだって関心のなかった男だぞ。そんな男が、戦場に来るものか。」
「殿下、それ以上は…」
ゲイリーの窘めが入るが、内心でライルは頷けなかった。
「まるで現実に興味がないように見える。」
「……ライル様、一時間くらい寝た方がよいのでは?他の人も休んでいるんですから。」
有紗に言われ、ライルはブリッジの時計を見る。確かに、もう日付が変わっている。
「………良いのか?」
「私達も交代で休んでいます。休息も指揮官の務めです。」
ゲイリーの言うことは正論だ…実際、疲労と眠気でまともな指揮が執れなくては元も子もない。
「分かった……何かあったら叩き起こしていい。」
「起きたらコーヒーを入れますから。」
有紗がいつもの気遣いを見せる。しかし、彼女もこの長時間の戦闘で負傷した将兵達の薬品や包帯の交換、軽食の用意から自分ができそうなものを全てやっていた。
軍事や政治の専門分野を持っていないから、雑務はやろうとして、それを僅かながら学んでいる気概はこの一年でブリタニアの将校達にも一定の評価を得ている。
それ故に、将校の一人も休息を促す。
「お前こそ、少し寝ろ。コーヒーを入れたいのなら、殿下より早く寝ておくべきだろうが。」
「…はい。」
有紗も言葉に従おうとするが……
「抜け駆けしないでよ?」
「私達も我慢してるんだから。」
優衣とリーザが釘を刺してきた。その意味は当然、分かり切っている。
「そんな暇ないわよ…できても、キスくらいよ。」
「それが抜け駆けなの!」
エレーナが反論し、このままいけばまた取り合いに発展する。そこへ……
「この戦闘が終われば、しばらく時間がとれる。後で我々も融通してやるから、我慢しろ。」
「……すまない。」
仲裁したゲイリーに謝罪するしかなかった。
「全く……片が付いたら、新婚旅行七回分の休暇を調整しましょう。」
「私も努力する。」
「愚痴を聞かされる我々のためにも夫の務めを果たしてください。離婚したくないなら、殿下も頑張るように。」
既婚者で既に成人の子供がいるゲイリーが言うと、重みを感じた。そして、少しだけブリッジと聞いていた全員の肩の力が抜けるのが分かった。
改めて部屋に戻り、ライルは仮眠をとるべく横になる。
トウキョウはシュナイゼルにスザクがいる。それならば、たとえゼロを討ち取ることはできなくてもナナリーを守ることはできる。そのまま膠着状態に持ち込めば、ゼロとの交渉の余地も生まれる。
そう思い、ライルは浅い眠りについた。それからしばらくして部屋の通信がなった。
「…どうした?」
〈ライル様、すぐにブリッジに!トウキョウ租界が!〉
リーザだ。どうもただ事ではない。
顔を洗って、ブリッジに上がって確認を取る。
「一体、どうしたんだ?」
「それがトウキョウ租界で巨大な爆発があったのです。」
巨大な爆発?
「まさか、『インヴォーグ』が開発したフレイヤか!?」
枢木スザクと同じアッシュフォード学園にいたニーナ・アインシュタインが開発に成功したという新兵器。戦略兵器であるという事は聞いているが、その威力の詳細は知らない。
「で、状況は!?ナナリーと兄様は!」
質問に涼子が応える。
「シュナイゼル殿下と『グリンダ騎士団』はご無事です。ただ、『ラウンズ』はブラッドリー卿が戦死され、『ヴァルキリエ隊』もマリーカ・ソレイシィ卿を除き全滅です!」
「何!?」
ブラッドリー卿が戦死!?
性格ではライルと一番反りが合わない人だが、実力は確かだ。でなければ、『ラウンズ』になれるわけがないのだから。
「枢木卿、ヴァインベルグ卿、アールストレイム卿は健在ですが……アヴァロンから映像が来ます!」
モニターに映ったその光景にライルは絶句した。
「な…!?」
政治アドバイザーとして側にいた美水も呆然としていた。
「トウキョウ租界が…ない?」
そう、その言葉通りトウキョウ租界……政庁があるはずの区画を中心に巨大なクレーターができていた。
「あ……あ、ナ、ナナリーは!?」
ライルに問われ、呆然としていた優衣が慌てて確認を取る。
「あ、そ、総督は生死不明。ギルフォード卿も同じく…」
「ギルフォード卿まで!?」
そして、エレーナを含む四人が被害状況を確認し、それをライルに報告する。
「一般市民の被害は死者だけで一千万人を超えていますっ…」
「二次被害の死傷者は……推定、二千五百万人。」
優衣が一時被害、涼子が二次被害を報告する。そして、リーザがトウキョウ租界の現状を伝える。
「爆心地であったため、政庁と軍の主要施設は全て消滅。救命施設も同様です………トウキョウ租界の都市機能は…………完全に死にました。」
リーザの報告を聞き、エレーナが呆然とつぶやく。
「爆弾一つで……三千五百万人も?」
特区日本の三百倍に上る犠牲者。しかも、最下層に位置するゲットーにまで爆発が及んでいる。
「こんなものを何故、トウキョウ租界…いや、市街で使ったんだ?開発者は撃ったらどうなるか想像していなかったのか?」
会ったことはないが、イレヴンへの差別意識が強いことは聞いている。例外が同級生だったスザクくらいで、ユーフェミアとも面識があった。それを考えれば、自ずと想像がつくが……
「山本政務官との連絡は取れないのか?」
こちらに来た時にも会っており、万が一に備えて貰っていたが………
「待ってください。回線がどこも混乱していて……繋がりました!」
涼子が計器を操作し、モニターに山本秋水の姿が映った。
「ご無事でしたか、山本政務官。」
〈殿下もご無事だったそうで……トウキョウ租界は混乱の極致にあります。〉
「ええ、この状況でキュウシュウのヴァルトシュタイン様が軍を下げており、エリア11全土で戦闘を停止すると今通達が。」
この状況ではそれしかない。もはや、日本解放どころではない。
「日本系の財界、軍、政府の関係者に連絡を取ってください。この際、日本だブリタニアだと言っている暇はありません。各ブロックから救援物資、特に水と食料、医師を派遣しないと。」
〈ええ、こちらも確認しておりますが…アッシュフォード学園が幸い無事だったので現在避難所として扱われております。〉
「………お気をつけて。これを幸いとする国内の勢力が動く可能性も。」
政庁が丸ごと消滅した以上、事実上エリア11の内政機能は失われている。『黒の騎士団』の名を騙って蜂起する武装勢力が出てくる可能性もある。
シルヴィオは戦闘停止をブリタニア軍に呼び掛け、『黒の騎士団』にも現在判明しているトウキョウ租界の状況を伝えた。
「この状況に際し、この方面での戦闘行為の停止を要請したい。」
〈提案は理解しました。しかし、我々の動向はゼロと総司令の判断に委ねられています。〉
「では、せめてこのブロックだけでも戦闘の停止と軍による救援物資の輸送は許していただきたい。」
〈その点に関して異論はない。〉
話がまとまり、シルヴィオはため息をついた。
「皇帝陛下は?」
「クルシェフスキー卿と共に神根島にとどまったままです。」
この状況になって、何故神根島なのだ?
トウキョウでもキュウシュウでもなく、天領に……
エルシリアとセラフィナはトウキョウ租界へ送る物資の調達を最優先にしていた。特に子供の食料と医薬品などは届けなければならない。
「こちらから飛ばせる機体は何でも使って飛ばせ。本国及び他のエリアにも救援物資、及び医師の派遣を要請するんだ。」
「ゲットーの住民への救援も忘れないで。この状況を幸いとして、国内の勢力が動いたら最悪よ。」
二人は次々と飛んでくる報告に対応するが、きつくなってきた。
「ナナリーが無事なら、総督の権限でゼロに休戦の申し込みもできたのに。」
エルシリアの声は暗い。状況もだが、やはりナナリーだろう。
「クレア、ナナリーは?」
「ええ、確認しているけど政庁を出た後どうなったか…」
セラフィナの問いに対する答えは生存は絶望的とのこと。ウィンスレットも同じく、首を横に振る。
ルーカスはブリッジでモニターを見ていた。
「はぁ、めんどくせえ。さっさと戦闘再開すればいいだろうが。」
「そういうわけには参りません、シュナイゼル殿下も戦闘停止を呼びかけておられるのですから。」
マクスタインに窘められ、ルーカスは舌打ちする。
「分かったよ。」
全く、下らん。この混乱に付け込んでゼロを叩けば、後でいくらでも言い訳が着く。大体、あれを撃ちまくれば済むだけの話だ。
「ったく、腰抜けどもめ。」
ゼラートはトウキョウ租界の状況を見て、息をのんだ。
「馬鹿な…!一発でこの破壊力だと!」
ニコロスの死を悼んでいる暇などなかった。この惨状にE.U.から来た全員も言葉を失う。
「もう、戦争の枠を超えていますよ。」
そうだ……これは最早只の殺戮。一発で都市一つを消滅させてしまう等……人間はなんて物を造ってしまったのだ。
バルディーニはエルシリアからの休戦に合意し、そちらからのブリタニアによる派遣を承認。既に人道上の支援をゼロと星刻にも要請しているが、そちらはまだ許可が下りない。それにしても……
「こんな爆弾を量産されれば、おしまいだぞ。」
一発で都市一つを消し飛ばす爆弾。これをもし、軍隊に向けて撃たれれば……一発でも撃たれれば敵を全滅させかねない。
そして、こんなものを作った技術者を世界が放っておく訳がない。間違いなく、自国でも生産させようと考えるだろう。
或いは対抗できる兵器を作らせるのが容易に想像できる。
雷 斬莉はトウキョウ租界を消滅させた爆弾の威力に戦慄する。同時に、今既に大宦官が死んでいる現状にある種の安堵すらあった。
あいつらのことだから、間違いなくフレイヤというこの爆弾を欲しがる。もし、星刻のクーデターの時点で既にあったかと思うとゾッとする。そうなれば、奴らは間違いなくフレイヤを盾に更に民を搾取していたのは容易に想像できる。
「民のために奴らに従ったのに、今は奴らが滅んだことに安心している自分がいる。」
「斬莉様……心中はお察ししますが、今は。」
「ああ、こちらから手を出さないようにしろ?」
遂にトウキョウ租界にフレイヤが撃たれました。