バルディーニは部下に相手の動きを問う。
「敵の指揮官ゲイリー・B・クレヴィングから通信、我が軍に降伏するとのことです。」
「そうか。しかし……」
凄まじい戦いだったようだ。どのKMFも傷ついている。特にライルのベディヴィエールは半壊状態だ。
「相手はかつて『ラウンズ』だったレイシェフ・ラウ・ヴァリエールの『セント・ガーデンズ』だったな?」
「はい、傍受した通信ではそうなっておりますが。」
ビスマルクと双璧を成すとまで謳われる騎士とその配下を退けるとは。相手にしたくないものだ。
「敵将と会う。海棠、着いてきてくれ。」
「は!」
小型機で乗り移り、バルディーニは敬礼した。
「ユーロピア共和国連合統合本部直属『ロンスヴォー特別機甲連隊』司令官のアデルモ・バルディーニ中将だ。」
「ブリタニア帝国第八皇子ライル殿下軍事総責任者ゲイリー・B・クレヴィング。『ヴェネツィアの鯨』にお目にかかれるとは光栄だ。」
「いや、そちらの主君は革命政府の不正を正すために尽力してくださったからな。」
「…あの件か。」
「…まあ、良い。さて、まず肝心のライル皇子はどちらに?」
「先程の戦闘で意識を失われ、現在は医務室で治療を受けている。」
「……危ないのか?」
「…………機体のリミッターを外して戦った。身体に大きな負荷がかかってしばらくは目を覚まさないだろう。」
「そうか……ではせめて、そちらは何があったのかを聞かせていただきたい。我が軍は貴官の主君が皇帝弑逆を企てた、という未確認情報が入っている。」
ゲイリーが顔を曇らせる。やはり、という顔だ。
「外国の軍隊である貴官らが信じるかは分からぬが、殿下はそのようなお考えをされていない。」
「というと?」
「皇帝陛下が神根島から動こうとしなかったために、その真意にお伺いを立てようとした。そこを『セント・ガーデンズ』が皇帝弑逆容疑で襲ってきたのだ。我々も寝耳に水だった。」
言葉だけ聞けば、明らかに胡散臭い。
「いずれにせよ、捕虜という体裁は取らせていただく。KMFの調整は行っていいが、我が軍の監視付きだ。」
「感謝する。ブリタニア軍の追手が来た場合には、我が軍を見捨てて逃げてほしい。」
あくまで、ライルと皇帝の問題。外国の軍隊を巻き込まない、というスタンスか。
「それは、貴方個人のお考えかな?」
「……いや、我が君ならばそう言うと思っただけにすぎぬ。」
バルディーニは苦笑した。
「若い主君に影響されたか……ところで、一つ頼まれてほしいのだが。」
「何か?」
「先日の講和でライル皇子に救われた女達が我が隊にもいてな。もう一度会いたがっていて、持て余している。」
「………一人ずつ、五人は監視を着けるが?」
「それが当然だな。しかし……貴官らの主君は『洗脳皇子』というよりも、自覚のない女たらしではないかな?」
「……私もそう思う。本人が善意や責任感で動くから余計に質が悪い。」
有紗は医務室に運ばれたライルに付きっきりだった。美水や優衣は公務があるために動けない分、有紗がライルに付き添っていた。
「有紗、少し休んだ方が良いわ。あんな戦闘の直後よ。貴女も緊張で疲れてるでしょう?」
「リーザ…大丈夫。私は戦闘中ではただの役立たずだから……リーザこそ休んだ方が良いわ。貴女だって、損傷したKMFの確認や予備パーツに着いてチェックがあるでしょう……ただでさえ、ライル様の容疑がどうなっているかも調べているんだから。」
有紗にはそう言った能力の類は一切ない。衛生班の手伝いや将兵達の食事に回るのが精々。対して、リーザはそうした優衣や涼子のサポート能力を発揮し政治や経済にも強い。
「レイやクリスタルさんだって、本当はつきっきりになりたいけど…無理だから。」
「………貴女じゃなかったら、抜け駆けを狙ってると思ってたわ。」
『ロンスヴォー』の将兵達がライル軍の航空艦に次々と乗り込んでくる。投降したとはいえ、現在は状況確認が先だ。もしも本当に冤罪であるのならば、彼らを保護して外交面でブリタニア側に恩を売ることもできる。それがバルディーニの考えでもあった。故に、監視付きの身に留められていた。
「あれ、エレーナ・ガルデニアだろう?」
「ああ、弟や妹と一緒に入隊して『狂戦士』と結婚したって本当だったんだな。」
「ちくしょー、羨ましいぜ。」
「さっき他の皇妃も見たが、お飾りでもあれは欲しいぜ。」
「上玉ばっか集めやがって。しかも最高級の。」
E.U.から所属が変わっても、まるでやる気のない兵士たちはライル軍の女達を品定めしていた。中でもライルの皇妃になった女達は人種も多様で、高級娼館でも早々会えないとびきりの美女ばかりだ。
「お前達、それは戻ってからにしろ。」
「げ、ヴァントレーン中佐!」
外人部隊ごとき、と見下していた彼らも流石にドイツ外人部隊最強の部隊を率いるゼラートは怖いようで、そそくさと逃げて行った。
「全く……」
格納庫に来たゼラートは半壊したペールブルーのKMFを発見する。ライルの専用機、ベディヴィエールだ。
「また派手に壊されたな…それだけの相手だったという事だが。」
「誰、あんた?」
日本人の少女が睨んできた。資料で見た、ライルの名誉皇妃の一人とよく似ている。姉か?
「ドイツ軍のゼラート・G・ヴァントレーン…お前達のご主人様の武器を見に来ただけだ。」
「気安く触らないでくれる?」
少女は武器を持たないながらも、視線でこちらを威嚇している。
「分かったよ…しかし、お前の主君は幸せ者だ。」
「何が?」
「…侵略者の皇子のKMFなのに、ここまで真面目に整備する名誉ブリタニア人の部下がいることがだ。」
それだけ言って、ゼラートは去っていった。羨ましい、それは本音だ。この軍は外人部隊とよく似ている。多少の軋轢はあるだろうが、トップがそういう方針なので波風を立てないように心掛けているだけだろう。だが、それがあるだけでもここはあそこよりも上だ。
「さっきのメカニックの娘、あの馬鹿が見たらさぞや口説きたがるだろうな。」
ニコロス・ディアルゴス…ギリシャ出身の外人部隊将兵でゼラートとは長い付き合いで、ウェンディとの仲をよくからかった男だ。しかし、彼はもういない。今回の戦闘で命を落とした。
死の間際……ゼラートとウェンディの家庭を見たかった。とでも言おうとしたのだろうか。彼の死は喪失感をもたらした。最後に流したのはいつかも分からない、涙と共に。
浅海はすぐに飛行艇を降りて、ライルを探した。
「あ、あの!ライル・フェ・ブリタニア殿下は…どちらに!?」
「お、お前『黒の騎士団』だろう?」
「どこにいるの!?」
艦内の将兵は怯んだ。
「い、医務室だ…案内する。」
案内されるが、その歩く時間さえ浅海には何倍にも感じた。濡れ衣を着せられ、今倒れたライルがどうしているか。
「ライル!」
浅海が飛び込むと、長い黒髪の女性がいた。浅海と同じくらいの歳だろうか。資料で見た…日本とブリタニアのハーフの騎士だ。
「誰?『黒の騎士団』のようだけど。」
ライルが眠るベッドを腕で庇うように立ちふさがった。
「…オランダ外人部隊の美奈川浅海。フランスの講和でその人に助けられたの。」
「……証拠は?」
証拠、そんなもの浅海自身の手元にはない。ライル軍の記録になら、植民地政策を今後有利にする事例としてあるかもしれないが。
「ない、わ……でも、私以外にその人に助けられた女の子はたくさんいるの。私達の部隊にいる子だけでも全員、連れてきても良いから。オランダ外人部隊の記録や『ロンスヴォー』の記録にもあるわ。」
騎士の女はこちらをじっと見つめ……頷いた。
「ライル様の専任騎士で第二皇妃のレイ・コウガ・スレイター。」
この人が…ライルの皇妃で、あのハーフの……綺麗な人。エレーナ・ガルデニアも凄い美人だけど、胸も大きいし…
やっぱり、私じゃダメなのかしら?
「どうしたの?」
「な、なんでもない。それより……ライルはどうなの?」
「呼び捨て…まあ、良いわ。まだ12時間も経ってないのよ?しかも、リミッターを外したKMFをフルスピードで乗ったんだから。」
「そんな無茶を…」
浅海は思わず、側に歩み寄りライルの頬に触れた。包帯を巻かれ、眠っている端正な顔に思わず見とれるが、慌てて手を下げる。
「ぉ、起きたら様子を見に来てたって言っておいて。」
レイは美奈川浅海の様子を見て察してしまった。
「あの子、ライル様のこと…いったい、どこであんな可愛い子と知り合ったの?」
その場にはいなかったが、貢ぎ物にされた女達を送り返したのは知っている…・…だが、女の勘………と呼んで良いか分からないが、彼女はもっと前にライルと会っているような気がした。もしかしたら、自分より先に。
建前だけとはいえ、ライルは夫だ。有紗達も妻として名を連ねるのは我慢するが、外部にまでいるなんて。柄にもなく、嫉妬してしまった。
楊 鈴維はライルの様子を見に行く前に張将軍の娘に会っていた。
「楊 鈴維です、お会いするのは初めてですね。張 美水嬢。」
「はい、でも私は父から星刻様の部下として見どころのある人と貴女のことは窺っておりました。」
「そうでしたか……ブリタニアに嫁がれたご感想は?」
「……成り上がりのお飾り皇妃と後ろ指は刺されていますが………政治アドバイザーの仕事でそれどころではありませんから。」
それを聞き、鈴維は少しだけ安心した。可能なら、恩師の娘の様子を見てきてほしいと星刻に頼まれていたが、この様子なら大丈夫そうだ。ライルも丁重に扱っているらしいが、それはそれで面白くない。
「ところで、鈴維様はどうしてこちらに?父に私の様子を見てくるように頼まれたのですか?」
「星刻様の連絡要員として、こちらに同行していたところをライルが濡れ衣で追われているという話を聞きました。事情を確認でき次第、星刻様にも掛け合うつもりです。」
美水の表情が曇ったかと思うが、すぐに引き締まった。
「お願いします…それで星刻様は?」
「ええ、今のところは。……ブリタニアと外交ルートで決着がつくまでは、そうであってほしいところですが。」
「お悪いの、ですね。」
「……一年、もたないかもしれません。」
二人の間に沈黙が流れ、美水が先に口を開く。
「鈴維様は、ライル様と面識がおありと聞いております。私が立ち会いますので、どうでしょうか?」
「…よろしいのですか?」
「見張りは着きますけど。」
それから、鈴維はライルに会った。といっても、まだ眠り続けている。相当無理をしたとのことだが……
「私がこちらにいる間に、目を覚ましてほしいな。」
見張りの目を盗んで静かに眠り続けるライルの額にキスしたい。そんな衝動が自分の中に渦巻いていることに気づいた鈴維は慌てて医務室を出て行った。
日が昇り始めた頃、クラリスはライルが戦闘で意識を失ったという話を聞いてからどうも落ち着かなかった。結局、四人を連れてライルとの面会を申し入れた。
「良いけど、貴女だけです。他はダメ。」
秘書の少女、木藤優衣が一応のOKを出した。
「後、親衛隊二人くらいで見張るから。何かすれば、即座にドン!だから。」
「分かったわ。」
案内され、ライルが眠る医務室に来た。呼吸器などは着いていないが、静かに眠っている。聞いた話では、リミッターを外したKMFを全開にして空を飛んだとか。それくらいやらないと勝てない相手だったという事だろう、あのレイシェフ・ラウ・ヴァリエールは。
「顔に似合わず、危ない橋を渡るんだから。」
この前もあんな無茶をして、今回も無茶をした。父や革命政府の腑抜け共ならば、絶対にやろうとしない。それどころか安全に手柄を立てるか横取りしか考えない。自分の身体を張ろうという気概のあるやつなんて、フィリップ以外にはクラリスが知る限りでは海棠や池田を除外しても二十人いないだろう。
敵なのに、彼はそんな無茶をして…こんな状態になった。
やだ…胸が、高鳴ってる。
意識した途端、鼓動が速くなった。これではまるで……
「ねぇ、キスしたら目が覚めるかしら?」
「な!!ダ、ダメに決まってるでしょ!!おでこもダメ!!私達も唇我慢してるんだから!!外野のあんたはもっとダメ!さっさと出てけ!!」
優衣によって医務室から追い出されたクラリスは、あの時指で少し触れたライルの唇の感触を確かめるように自分の唇をなぞった。
「ライル……好き…」
ライルはどこか分からない荒野に立っていた。
『どこだ、ここは?』
少し歩くと、草原に出た。まるで境目のようだ。草原の方へ眼をやると…よく見知った顔があった。ジュリア…フェリクスと、セヴィーナだ。
『なんだ、三人ともそこにいたのか。さあ、戻ろう。』
三人を呼び戻すが、突風が吹き荒れて視界を遮られる。いや、まるで来てはならないと言っているように押し戻され…思わず後ろを見る。そこには………
「っ!!…………」
目が覚め、ライルははっきりしない頭で周りの状況を整理しようとする。
「そうだ、確かヴァリエール卿と戦って…ダメだ、そこから先は。」
「ライル、様?」
聞き覚えのある声が聞こえた。振り返ると、そこに有紗がいた。
「有紗…」
「ライル様!」
有紗がライルに抱きついて、女性特有の甘い香りが脳を刺激する。ライルも力が入らない腕で抱き返す。
「すまない……心配をかけた。」
「本当に…!私だけじゃなくて、レイやクリスタルさんも…見に来てたんですよ?秀作や雛まで。」
あの二人にまで、そういう心配をさせるとは。我ながら相当の無茶をしたらしい。
「どれくらい眠っていたんだ?」
「今日で、三日目です。今、雑炊でも作ってきますから。」
それから一時間後、有紗が残った米と細かく刻んだ鶏肉に日本調味料で味付けをした雑炊を持ってきた。日本の香味野菜がきついが、今はそれでもありがたい。
「それじゃあ、今『ロンスヴォー』と。」
「ええ、捕虜になるかそれとも冤罪を着せられたから匿ってもらうかはライル様と責任者の将軍の協議後という形になっています。」
「そうか……当分、ゲイリーの部屋へ足を向けられないね。」
そうして食べ終わり、冷えた日本茶を飲んでいる時…有紗が急に黙った。いや、むしろ不機嫌そうだ。
「どうした?」
「…『ロンスヴォー』から女の人が何人かライル様のお見舞いに来たんです。フランス軍の凄く綺麗な人に、中華連邦でライル様が護衛してもらった人と…講和でライル様が送り返した子も何人か。」
不機嫌の原因はそれか。しかも会話の内容から、誰かも想像がついてしまう。
「あ、その人達以外は?」
「…責任者のバルディーニ将軍にオランダやドイツの外人部隊の指揮官、日本軍人もいました。人気者って、ヴェルドさんが面白がってました。」
「なぜ、そんなに?」
「……シュナイゼル殿下と同じくらい有力株なんじゃないでしょうか?」
「まさか…多分、私の容疑が冤罪なら保護した『ロンスヴォー』の功績は大きい。ブリタニア側の問題に首を突っ込むのは危ういが、成り行き上保護したなら多少の言い訳もつく。あわよくば、『黒の騎士団』でのE.U.系軍隊の発言権を強くする狙いもあるのだろう。」
超合集国はE.U.の完全平等と違い、加盟国の人口比率で権利が変動する形になる。完全平等の停滞を防ぐ意図もあるのだろう。最大の人口を誇る中華連邦を解体したのも、それによって中華連邦一強となるのを防ぐためだ。『黒の騎士団』も多少なりと、その意向は無視できなくなるかもしれない。
「………それだけ、でしょうか?部下達を助けてくれた、恩とかは?」
それは多少あるだろう。しかし、それだけでないのも確かだ。
「いずれにしても、まずは会わないことには始まらない。」
目が覚めた翌日…『セント・ガーデンズ』の撃退から四日後にライルは会議室で交渉を行うことにした。
代表者のバルディーニと握手を交わす。
「直接お会いするのは初めてですね、バルディーニ将軍。」
「いえ、先日の件ではお世話になりました。イタリアだけでなく、他の国でも貴方が総督ならばブリタニアの支配を甘受してもよいという意見もあります。」
「それは買い被られたものですね。」
そして、ライルは資料で何度も見返した日本軍人を見つける。池田誠治だ……
「前から会ってみたいと思っていた…池田誠治。ライル・フェ・ブリタニアだ。」
「日本陸軍、池田誠治。現在はフランス外人部隊の中佐だ。」
互いに敬礼を交わすその姿は、年来の好敵手……そう思わせるものであった。二人はそれを感じさせていることを気付きながら、テーブルに着く。
ライル軍からはゲイリーと長野、レイが。『ロンスヴォー』からはバルディーニ以外に池田誠治、海棠隆一、クラリス・ドゥ・ピエルス、オランダのデルク・ドリーセン、ドイツのゼラート・G・ヴァントレーンが出席していた。
「部下の方々からおおよその話は聞いております。神根島に留まったまま動こうとしない皇帝の元へ向かおうとしたところを襲われたと。」
「ええ、間違いありません。」
「その理由については?」
理由…当然そう来るだろう。しかし、ギアスなんて荒唐無稽な話は信じるわけがない。どうやって、こういう時フェリクスがいれば………
いや、フェリクスを当てにするな。もう彼はいないんだ。私自身でやらないと。
「……これは、皇室や大貴族の間でしか知られていないことなのです。」
皇室と一部の貴族しか知らない、そう聞かされて相手方の表情が強張る。
「ここの人間だけの話に、と?」
「末端にまでは広めてほしくありません。あなた方の信頼が厚い将兵達ならばよろしいですが、それも緘口令を前提に。」
「承知いたしました。良いな?」
バルディーニの問いに、全員がうなずく。
「…では。」
ライルは何回か深呼吸をして、口を開いた。
「皇帝陛下が玉座を空けているのは、実は今回が初めてではないのです。」
「……え?」
クラリスが唖然とした声を上げる。それが普通だろう。
「あの、冗談じゃなくて?」
「本当です。『ブラック・リベリオン』でさえも本国の対策会議には出席されなかった。中華連邦の婚姻の祝宴も兄に任せていました。」
「殿下、それは…」
ゲイリーが窘めるが、ライルは手で制する。
「先日の行方不明も、おそらく同じもの。噂では妙な研究に手を染めていたのがその原因だと実しやかにささやかれている。宰相閣下に確認をしていただいても構いません。ただ、私から聞いたことだけは…」
バルディーニは沈黙し、海棠が手を上げる。
「ちょっと、良いですか?」
「海棠大佐…どうぞ。」
「そちらの仰る通りだとするなら、皇帝は自分がすることをお子さんらに丸投げしたってことになりますよね?良いんですか、皇帝ともあろうものがそんなので。ボンクラの私でもおかしいと思う。」
そう、普通誰でもおかしいと思うことだ。なのに、『セント・ガーデンズ』下手をすれば『ナイトオブワン』までがそれに加担していたことになる。
「ですが、本当なのです。陛下との通信記録を開示しても良い。陛下は今回の件を『俗事』と仰ったのです。」
「俗事!?世界地図が塗り替わりかねない、この戦争を!?」
デルクが思わず立ち上がり、バルディーニが「座れ」と窘めた。
「失礼いたしました。」
「ええ、本国の主義者組織『タレイランの翼』のウィルバー・ミルビル博士が進言した帝都の防空体制の拡充、それをも取り合わなかったそうです。そう、民が、国が危うくなっても自分には関係のないことだと言わんばかりに。」
『ロンスヴォー』側もこの話には沈黙する。その沈黙を押し込むようにライルは有紗が入れた水を飲む。
「私は、その真意を陛下に確かめようとした。しかし、事は私の想像をはるかに超えていた……」
「俗事をやろうとしないから、処刑しようとしたという事になりますね。」
「……はい。何が大事なのか、どのような研究をしていたかまでは分かりませんが。」
再び沈黙し、池田がバルディーニに意見をする。
「将軍、これはすぐに結論が出るようなことではありません。我々だけでは。」
「私も同意見です…」
ゼラートも頷き、バルディーニも応じる。
「………承知しました。貴方は濡れ衣を着せられた、少なくともそれは事実のようだ。星刻総司令に掛け合い、蓬莱島での一時保護を申請してみましょう。」
「ありがとうございます。」
艦に戻り、バルディーニ達は話し合いの場を設けていた。
「濡れ衣を着せられた、少なくともそれは事実だろう。」
バルディーニの分析に幹部達もうなずく。この情勢でライルが皇帝を殺したところでメリットは薄い。逆に内戦が勃発して休戦条約も白紙になる。しかし…
「だが、皇帝がのめり込んだ研究とやらは明かさなかった。」
「……簡単に明かせない研究なんじゃないでしょうか?バレれば、俺達も危うくなっちまうような。例えば………不老不死?」
海棠の意見は極端な例えだ。しかし、そこまで行かなくても度々玉座を空けて王の責務をないがしろにしてしまうような研究となれば、それくらいしかない。
「海棠大佐の意見ではありませんが、もしかしたらそれに近い何かを研究していた、と考えるべきでしょう。」
「あくまで噂だそうだが、シュナイゼルに聞いても良いと言うあたりな。」
池田とデルクも唸っていた。そう、まさかシュナイゼルに聞いても良いとさえ言う上に早速ライルは通信記録を送ってきた。
「本当に、トウキョウ租界がフレイヤで消滅した後のことを俗事と片付けていたなんて…『四十人委員会』とどっちがマシなのかしら。」
クラリスの疑念には誰も答えなかった。まさか、ブリタニア皇帝までこうだとは思っていなかったという衝撃の方が大きかったのだ。そして、クラリスは続きを読んで
「それに信じられない…邪魔だから事実無根で殺せなんて命令を皇帝が?」
宰相からも談判の承認を得たというのに、無茶苦茶にも程がある。
「確かに…ライルが我々を陥れる、にしては随分とお粗末…と言うよりも正直すぎる。」
マスカールもそこは拭えなかった。いくらか隠していることはあるかもしれないが、少なくとも『セント・ガーデンズ』に襲われた場面までは通信記録を公開した。証拠も送られてきたが、それはよくできている。だが……
「この証拠……逆にうまくできすぎていますね。」
そう、ウェンディが言うように協力者のリストもあるがそれにしたって逆に細かすぎる。普通クーデターを企てるなら、実行段階まで気づかれないように立ち回るのが原則。スマイラスだって水面下に支持者を集め、『方舟の船団』の混乱に付け込む形で政権を掌握したのだから。見つけるのだって容易ではないはず。
「おそらく、彼を殺す方便と仲間割れの証拠さえ作れればよかったのでは?」
「あとでいくらでも言い訳できるから?一体、どんなことに首を突っ込んだの?」
デルクの分析に浅海が両腕を抱きしめた。
「あ、あの……ライルのこと、手荒なことは。」
「キミにとっては恩人だ。私も市民や将兵を救われた。これは国際的に返す意味もある。だが、それをどう返すかも議論しているんだ。落ち着きなさい。」
「………はい。」
それから二時間後…皇帝弑逆自体がそもそも曖昧で、ブリタニア側でそれを報道している様子はない。極秘なのか、それとも本当に冤罪なのか。現時点では後者の可能性が高く、ならばここでライルに借りを作れるかもしれない。本当ならば、捕らえればいい。
「表向きは事実無根の罪で追われるが故の人道的見地だ…」
「それが妥当でしょうね。ま、我々の中には彼のおかげで助かった人間もいるし、借りを返せるチャンスではある。」
海棠が締めくくり、この場はお開きとなった。
浅海はライルへの通達役を志願した。通信を傍受されないように、直接口で伝えると言いだした。現実的ではあるが……
「オランダ州外人部隊の美奈川浅海少尉です。バルディーニ将軍から、ブリタニア軍による傍受を避けるために口頭で伝達せよとの命でこちらに出頭いたしました。」
「ご苦労。」
ライルの側近ゲイリー・B・クレヴィングが事務的な答えをして、浅海は用件を伝える。
「バルディーニ将軍の決定で、皆さんは蓬莱島へご同行いただく形になりました。ただ、何か不穏な動きを見せれば、相応の対処をしなければならないので…」
「飛べるKMFで囲んでいく、と言ったところか?」
ライルの問いに浅海は詰まった。
「……そうです。」
用件を伝え終わると、ライルは立ち上がった。自然の流れで解散した後、浅海は背中を追い続けるが…
「やめておけ、首が飛ぶ。」
「ぁ…」
それ以上何も言えず、浅海はライルの背中を見送った。
今回もちょっと多めです。
『ロンスヴォー』と顔を合わせたライル達。なんだかんだ、一番惚れている池田とは初めての顔合わせです。
後で会話の場面は絶対に入れます。
ブリタニアの不良軍団と、E.U.のはみ出しもの………どうなるか。