哀沢幸也は目の前のブリタニア皇族ライル・フェ・ブリタニア皇子の顔に見入った。確かに男の自分でも一瞬だが、目を奪われるほどに整った顔立ちだ。これは、さぞ貴族令嬢の人気も高いことだろう。
だが、幸也はライルの悪い噂も聞いていた。反乱をでっちあげて、名誉ブリタニア人将兵を処刑した。或いは、ブリタニア人騎士の手柄とするために名誉ブリタニア人を採用していると。
どこまでが本当かわからない。そして何より…ライルの人種や身分を問わないのはあくまで女だけ。そこが幸也にとって問題だった。
今も覚えている……遊ぶように笑いながら父を撃ち殺したブリタニア人の騎士、弱肉強食だから何をしても良い、だから正義と言って父を殺したあの男はテロで死んだ。
そして、保護を願い出ようとしたときに見返りだと言って幸也を抑え、母と姉を弄んだあの男達。泣き叫ぶ母と姉は次第に壊れ、最後には用済みと頭を撃たれた。
『君の母と姉は我ら日本奪還のために戦う戦士のためにその身を捧げた。尊い犠牲であり、それは君にとっても誉れなのだ。』
同国人の市民をその場の欲を満たすためだけに弄んだ挙げ句に殺したその男は堂々と名乗った。ブリタニア軍に入隊してからも、何度も何度もしつこくその男の情報だけは聞いていた。が、『日本解放戦線』から追放されたという未確認情報以外はなかった。
そして、目の前のこの男が奴みたいな手合いか疑っていた。
武石良二はライル・フェ・ブリタニアの人柄が分からなかった。名誉騎士団の処刑は聞いているが、それはあの特区の事件でブリタニアへの疑惑が再燃した者達だったという。名誉ブリタニア人だが、家の立場ゆえに携帯の所持を認められた良二は同じく、『ラウンズ』就任で認められたスザクと話したが、スザク自身もライルと接点があまりなかった。しかし、少なくともスザクが信じているユーフェミアのようなタイプであると聞いた。
実際、方針転換をしたという話は聞かない。立場上、それを知る両親はスザクとのコネを活かせとうるさいが、もしここで彼の親衛隊になったらまたうるさそうだ。
だが、ここで立身出世して皇族のお墨付きとなれば武石財閥のブリタニア内の地位は向上し、それが社員たちのためにもなる。
あいつらは今でも自分の地位だ。社員なんて二の次だ。
戦争の時も、協力を申し出たのが息子や社員、その家族のためならば許せた。だが、両親の関心は自分たちの地位と権力だけだ。
あいつらの支配から抜けるためにも、多少の問題は我慢しなければならないか?
ノエル・アーデルハイトはライル・フェ・ブリタニアのことはほとんど知らない。ネットでは名誉ブリタニア人などを採用する異端者、第五皇子ルーカスに並ぶ女好きなどという悪い噂の方が多かった。
犯罪者の娘なんだから、何をしても良いなんて言うんじゃないでしょうね……
「それで……私達にどのようなご用件で?」
といっても、名誉ブリタニア人でそれも特例で予備パイロットになった二人がいる以上はおおよその検討が着く。
行政特区日本の事件がきっかけで名誉ブリタニア人の疑念が再燃し、それによるライルの方針への不満や名誉ブリタニア人への不信感……
「犯罪者の娘でもいないよりマシ、ですか?」
ライルがため息をつき、苦笑ともいえる表情をする。
「裏は取れているよ…まあ、半分は正解かな?」
「半分?」
「陥れられて、犯罪者になってしまった平民の方が陥れた張本人の貴族より信用できる。私の基準ではね。」
「平民をはめるのは貴族の特権だ、と?」
「そういう手合いが嫌いなんだよ……ブリタニア人だからナンバーズに、というのと同じくらいにね。」
貴族嫌い、という噂も聞いたことはある。しかし、想像通りとは。
「で、君達はどうかな?ブリタニア人と、ナンバーズなんかと同じ釜の飯と同じ屋根の下は耐えられない、というならこの話はなかったことにするが。」
口ではそう言っても、実際のところはこの三人は欲しい。身の上でも能力でも興味をそそられる。ニコラ・ド・フィリドールというあの後配属された貴族出身は悪くないが、どうも処刑された中島達と比べると見劣りしてしまう。
「その前に、殿下にお尋ねしたいことがあります。」
哀沢幸也が口を開いた。
「殿下は、ご自分の方針をどうお考えですか?ナンバーズに手を差し伸べるご自分に陶酔してはおられませんか?」
また、不敬罪ととられそうなことを……
「本国の貴族共がいたら、首が飛んでいるよ?」
「どうなのですか?」
「……陶酔している、かは自分でもわからない。ただ…今のままならば遅かれ早かれエリア制度そのものが立ち行かなくなるし、ブリタニアという国家にもその波紋が広がると私は考えている。」
「それだけですか?」
「……人種や身分で最初から勝った気になっている輩を放置すればもっと早く自滅するかもしれない。その前に、方向転換をする必要があると思っている。」
それ自体は、フェリクスやゲイリーという古株にも…有紗やレイにも打ち明けたことがある。植民エリア制度で確かにブリタニアの経済は潤っているが、それは今だけだ。領土が広がればそれだけ人材が枯渇する。ハードルを下げれば確保できても、その分能力もだが人格面でも低いタイプが増えてしまい、統制が効かなくなる。
ただでさえ、反ブリタニア活動の鎮圧を方便にした地方での略奪を正規軍が行っているというのだ。仮に世界制覇がなっても、十年もたないだろう。
「個人的な考えも含めて、ブリタニアそのものも変わらなければならない……」
「それは、進化ですか?」
武石良二の問いに
「いや、進化を一度止めるべきだと思っている……もっと簡単に言えば今のブリタニアは空気が限界まで入った風船だ。」
「つまり、風船から少しずつ空気を抜くべきだと?」
「ああ…そのためにはブリタニア人それも貴族ではなく、君達のような平民やナンバーズの力が必要だと考える。」
それも本音だ……ブリタニア人、それも貴族だけが幅を利かせる今の体勢は長続きしない。エリア制度を維持したいのならば、ナンバーズ側の権利をもっと保証しなければならないし…仮にエリア制度を撤廃するにしても緩やかに行う。それによるブリタニアそれ自体の方向転換にはブリタニア皇族の自分だけがいくら言ってもダメだ…実績を示し、平民やナンバーズ出身者の力を強めるべきなのだ。
「兄が得意なチェスで言えば、クイーンだけでチェスは成立しない。ポーンだって大事だ。私の好きなポーカーだって同じ…Aでもワンペアでは弱小札のツーペアやスリーカードには勝てないんだ。」
「私達はポーンや数字札ですか?」
ノエルのこちらを疑う質問にも答える。
「言い方は悪いだろうが、プロモーションでナイトやビショップになってほしい。大体、駒の進め方でポーンだってクイーンを取れるんだ。」
そう、貴族や平民でも相手がナンバーズならブリタニア人は最初からクイーン、Aだと錯覚している。いくら強力なカードが揃っても、ノーペアでは最弱の2のワンペアにも勝てないと分からないのだ。
「分かりました、ジョーカーの殿下とワンペアが組める程度にはやらせていただきます。」
ノエルが真っ先に応え……
「お引き受けいたします。」
良二が続いて……
「………『黒の騎士団』と面会させてくださるのなら。」
幸也もうなずいた。
「ありがとう。こちらへの転属命令という形で手続きを済ませる。」
翌日…哀沢幸也とリュウタ・ヒダ・バルテリンク、武石良二も含めて『黒の騎士団』と会うことになった。とはいえ、あまりに広範囲だったので幹部達のスペースに案内されているが……
「お久しぶりです、藤堂中佐。」
「ライル・フェ・ブリタニア…」
以前と同じく、敬礼をした。
「また私を引き抜きに来たのか?」
「いえ、流石に諦めております…今日はお引き合わせしたい人がおります。」
まず、良二が前に出てきた。
「藤堂さん……覚えてますか?武石良二です。」
「良二君…そうか、君もブリタニア軍に。」
「裏切り者の武石財閥が!」
「藤堂さんに鍛えられておいて、恩を仇で返しやがって!」
「やめろ!」
副司令という扇要が窘めた。
「『ブラック・リベリオン』で強引にKMFに乗りましてね、そのおかげかこちらのライル殿下の部下になりました。」
「…君は、何のためにブリタニア軍に?」
「あいつらの保身のために入隊させられたんです。でも、俺自身は社員達のためにこの勧誘を引き受けました。」
「社員のためだ?売国企業の分際でよ!所詮は枢木スザクの同類だな!」
「黙れ、イレヴン。」
良二の声が急に下がり、側にいたユリアナとリュウタがびくりと震えた。
「貴様ら、スザクの何を知っている?『首相の息子』?それしか言わないくせに……」
「何が言いたいの?」
『四聖剣』の朝比奈省吾が強気に問う。
「『首相の息子』の責任ってなんだ?選挙で選ばれた政治家の息子、それもあの時十歳のスザクに何を期待して押し付けた?」
「押し付けただと?日本名門の」
「ノーブル・オブリゲーション?貴様らのノーブル・オブリゲーションっていうのは随分と都合がいいんだな。貴様らが作った『首相の息子』の責任を勝手に押し付けている。スザクは貴様らの被害者だ。いや、枢木スザクという名前自体、貴様らが『首相の息子』を便宜上呼んでいる名前なのだろうな!」
良二の主張に、ライルは同意できた。ノーブル・オブリゲーションはその家がそれぞれ考えて受け継ぐ貴族の責任だとライルは考える。あの女はそれがあるとは思えないが、ライルも皇族だからこそ現状のままではブリタニアが危ういと考えた。だからこそ、今の方針を立て、それが自分なりのノーブル・オブリゲーションだ。
「良二、君の主張は私も同意できるがそのあたりに。」
「……はい。藤堂さん、とにかく俺は俺のやり方でやります。社員たちの生活と日本側の発言権の向上が今の目標なので。」
「………わかった。君の道だ、君の信じた道を進みなさい。」
「藤堂さん!」
「我々にこの子達の道を強制する権利はない。それは分かれ。」
流石だ……今まで出会った教条主義の軍人達とはわけが違う。
「次はこの子ですが、少し特殊です。『ブラック・リベリオン』で名誉ブリタニア人の両親を殺され、左目を潰されたんです。さ、リュウタ。」
リュウタは眼帯を取って、藤堂を睨みつける。そして……
「嘘つき!嘘つき嘘つき嘘つき嘘つき!!嘘つき―――――――!!!!」
小さい声をありったけ振り絞って、喚いた。
「お父さんとお母さんを返してよ!僕の目を元に戻してよ!!」
「んだと!?ガキのくせに、おめえのパパとママの自業自得」
玉城真一郎だ……捕らえられた幹部の中では、随分と低く見られているがいかにも大元が素人集団という実態を表したような男だ。ライルは最後まで言わせまいとした。
「だから武器を持たない者を殺さない、という組織の基本ルールを破っていい?『黒の騎士団』の正義の味方の理念はそれが大元のはず。それとも、ブリタニア人と日本人には危害を加えないが、名誉ブリタニア人はいいとゼロが公言したと?」
ゼロという最大の武器を逆に利用してやると、全員が黙った。
「大体、そんな論理大人だって納得できない人が多いはず。5歳の子供に通じると思っているのですか?」
全員が更に黙ってしまう。
そこへ…
「君のお父さんとお母さんを…目を奪ったことに関しては、申し訳ないとしか言いようがない。できれば、今ここで処刑されてあげたいが。」
「扇!」
「こんな小さな子が嘘を言っているっていうのか!?」
「そ、それはこのブリキ皇子が…」
「俺達を貶めるためだけに、こんな子供を使う理由がないだろう!」
扇要も仲間を窘める……
「できれば返してあげたいが、返してあげることはできない。だから、君は俺たちをずっと嘘つきと言っていい。」
「…大人になったら、みんなKMFで踏みつぶしてやる!!」
リュウタが飛び出し、ユリアナが着いていく。
「……本当に、俺たちの仲間が?」
「あの子達以外に、屋敷の使用人達も目撃しているそうです。多分、末端の素人でしょう。」
そして、もう一つの問題が
「哀沢幸也准尉…もう一人の補充要員ですが、藤堂中佐に聞きたいことがあるそうです。」
「単刀直入に聞く…日本軍の行村鷹一少佐はどこだ。」
何?今、行村といったか?
「何故、行村鷹一の名を知っている?」
「知っているさ…奴は俺の目の前で母と姉を弄んで殺した!言え!奴はどこにいる!?」
藤堂は息をのんだ。同時に、奴ならやると思った。『日本解放戦線』の頃から、あの男は自分がトップに立つと叫んでおり、藤堂どころか片瀬さえも蹴落とそうとしていた。だが、奴の横暴さと醜悪さは構成員のほぼ全員に嫌悪され、満場一致で一派を追放した。
その後は動向がつかめなかったが、まさか生きていようとは。
「君の母と姉を…」
「ああ、父はブリタニア軍だが殺した男はもう死んでいる。で、両方にすべて奪われた俺は力のある方に着いたわけだ。」
「そんなデタラメ」
「どこにデタラメだという証拠がある?名誉ブリタニア人だから嘘だという方程式があるのか?」
そんな物あるわけがない。
「ああ、そうか。俺が名誉ブリタニア人だから戦後間もなく母さんと姉さんが殺されたことも俺の自業自得になるわけか。前もそう言って父さんが殺されたのを美化するクズがいたから殺してやったな。」
哀沢幸也の言い分に藤堂は息をのんだ。この少年は日本もブリタニアも憎んでいる。それが分かった。
「で、ブリタニアと日本の両方に家族を奪われた俺はどっちに付けば良いんだ?」
確かに…ブリタニアに父、日本に母と姉…双方に家族を奪われたのならばこちらに着け、等と言えるわけがない。
「そ、それは」
「殿下が洗脳した?なら、証拠を見せろ。」
言い訳しようとした団員達を黙らせ、哀沢幸也が睨んでくる。
「行村の行方は知らない…『日本解放戦線』から追放された後のことは」
「とぼけるな!貴様ら日本軍人が奴を匿っているのは分かっているんだ!」
「幸也、その男の名前なら私も聞いたことがある。そいつがいた組織は海外に逃亡している。」
「…え?」
ライルが制止した。
「昨年、ホクリク方面から海外へ逃亡した日本軍人系の組織がいた。リーダーは海藤隆一大佐、もう一人重要人物として挙げられたのが行村鷹一少佐だ。」
「あ、や、奴は今!?中華連邦ですか!?それともE.U.に!?」
「分からない…可能性としてはE.U.かもしれない。あちらには亡命した日本軍人が少数ながらいるという。」
「そう、ですか…ならなおのこと殿下の元にいさせてください!母と姉の仇を!いや、奴のことだからきっと!」
その考えは当たっているかもしれない。そして、この少年には日本それ自体にも復讐する権利がある。
「全ての日本軍人に代わり、君のお母様と妹さんへの仕打ちを詫びる。申し訳ない…できれば、君に処刑されてあげたい……」
「ふん、詫びるくらいなら、幻で良いから母さんと姉さんに会わせろ。自称『奇跡』の藤堂。」
自称、か……この子にとって事実は関係のないことだろうな。いや、自称と言われても文句は言えない。
「幸也…もう、そのあたりで。」
ライルが少年を制し、
「中佐、長野五竜は奥方とご息女ともに健在で現在は准将です。」
「…そうか。」
ライルがもう一度敬礼をして、立ち去る。
彼らがいなくなった後…
「んだよ、あのガキども!」
「玉城、よせ。少なくとも俺達に強制する権利はない。」
南吉高が玉城を窘め、杉山紀彰も…
「けど、畑方秀作は…」
「9歳の子供に頼るみっともない大人……なんて言いそうだね、報道のあの様子だと。」
朝比奈の言う通りだ。皇神楽耶とは全く事情が異なる。
「ああ、確かにみっともない大人だろう。」
そしてあの哀沢幸也という少年も……父をブリタニア軍人、母と姉を日本軍人に奪われた。どちらも家族の仇………母と姉は尊い犠牲だから日本につけ、等と言えるわけがない。
その後日、ライルの部下の名誉ブリタニア人の少女から嵐のような暴言を浴びせられることになるのは別の話である。
良二のスザクに関するのは、私自身の考察もあります。
自分達に都合の良い責任を作って、スザクへの言い分を正当化しているように見えます。神楽耶も例外じゃありません。