『ロンスヴォー』は投降し、ハワイ方面に待機したブリタニア軍に引き渡されることとなったが……
「貴方達の今後ですが、私は弟からほぼ全権を委ねられています。」
「そうですか…」
バルディーニは黙って答える。
「……正直に申し上げると、私は貴方やクラリス、海棠大佐を非常に好ましく思っています。なので、私の願望とルルーシュへの義理立ての両立を提案します。」
「なんでしょうか?」
「…最低な要求ですよ。クラリス・ドゥ・ピエルス、美奈川浅海、楊 鈴維、彼女たち三名を私の妃に迎え入れたい。それと引き換えにそちらを彼女達の警護として我が軍の旗下に加えたい。」
居合わせた全員が絶句した。敵の女を妃にしたいなどと…
「世迷い言にしても随分と最低ですね。」
「謀略としては?」
「謀略にすらなりません。」
「そうですよ。我が儘を通したいだけな上に、他に方便が浮かばなかった。ですが、クラリスはともかく他の二人はそちらにとってはいなくなっても痛くない人間です。生存者全員分の命には代えられないのでは?」
なるほど、言い分としては筋が通る。見初めた女を引き換えに命を助ける。随分と古い時代の手段ではあるが……
「皇帝が納得するのですか?」
「会う前にルルーシュに掛け合いました。私程度が飼い慣らそうとしている野良犬共も飼い慣らせないのでは兄には勝てない、と。安い挑発を知って、承諾してくれました。」
「皇帝に喧嘩を売るとは…」
「…私にとっては、弟は9歳のままです。18歳の彼を知る機会が殆どない。」
9歳止まり、か……およそ十年のギャップは大きいだろうに。
「本人達の了承が前提、にはなるのですか?」
「ええ、ダメならば全員捕虜です。ただ、ルルーシュが強硬手段に出れば、私たちとて処刑するしかありません。そうなる前に…」
「……早死にしますよ?」
バルディーニに呼ばれた三人は全員の今後の条件を通達された。
「私達に政略結婚しろ、と?」
「端的に言えばそうだ。しかし、君達三人は蓬莱島よりも以前から彼と面識があるという。」
「はい…」
「中華連邦を訪問した際に、会っています。」
「私も、日本で…」
「自身が知己を得ている人間に限定しているのは彼なりの配慮だろう。」
が、浅海が質問をする。
「どうして、最初にそう言わなかったんですか?」
「私も聞いたが、答えは至って平凡。『そんな馬鹿げた話で手を引くか?』、だ。」
本当に平凡だ。しかし、当然と言えば当然だ。見初めた女がいるからよこせ、等普通に考えて首を縦に振るわけがない。
「とはいえ、ルルーシュに義理立てするのと私達と戦う、それ自体が本命であったのは確かだろう。その上で、我々を引き込む方便すら考えていた。」
「その割にはお粗末ですね。」
「だが、まあ逆に罠の可能性は低い。ここまでお粗末だと罠でも杜撰だろう。」
クラリスが言うように、罠としてもお粗末だ。それに場合によっては……通常戦闘でルルーシュの暴走を止める戦力を欲している可能性もある。『セント・ガーデンズ』の一件でライル軍は致命的な打撃を被っている。『ロンスヴォー』を丸々吸収する、という可能性もある。
ルルーシュの治世で便乗して暴走する軍の連中を抑える戦力もほしいのかもしれぬ。
今は貴族達の反発の方が強いが、それが沈静化すれば今度はそのおこぼれに預かる連中が出てくるのは明白だ。
その旨を説明し、鈴維は…
「では、その調査もかねてお受けいたします。」
「良いのか?」
「将軍方の命には代えられません。星刻様は、お怒りになるでしょうが。」
「私からも弁明をする。君達は?」
「……私も、個人的感情で言えば彼の方が資産家達よりずっと安全で紳士でしょうから。」
クラリスは今まで多くの男に言い寄られるのをバルディーニも見てきた。そういう意味で、確かにライルは安全なのだろう。情報が少ないが、母の不始末の謝意で娶ったという皇妃達もかなり大切にしているそうだ。
「私は…元々、彼に貢ぎ物にされた身です。同じ目に遭うなら……」
浅海はそれだけではないだろう。おそらく……
「君達の個人的な感情は詮索しないが、向こうとて我々が蓬莱島に何か情報を伝える程度は想定しているだろうから、注意を。」
「ったく、あんたもうちょっとうまい方便浮かばなかったのか?」
ヴェルドから容赦のない批判が来た。
「すまない。正直に言っても向こうが信用するとは思わなかった。」
ルルーシュが勝つにしろ、シュナイゼルが勝つにしろどのみちブリタニア側の暴走は予想してしかるべき。それを止められる力という意味で『ロンスヴォー』は協力だった。出来れば、池田も共に来てほしかったが彼らと思い切り戦いたい欲求もあった。
全てを取ろうとして、友になれたであろう男をライルは殺めた。彼の部下二人からそれは今にも殺されそうなほど睨まれた。
「まあ、裏取引なんてばれたらあの世だから分かるけど…向こうだってこちらがそういうことを考えている事を予想しているのでは?」
コローレの指摘にライルは黙るしかなかった。そう、ルルーシュは頭が良い。何かしらの牽制を狙っていることくらい予想しているだろう。
「だからといって、座視して安全だという保証もないんだ。仮に安全でも、ルルーシュが勝った後の治世で増長する手合いは必ず出てくる。反抗する相手にしても、それを鎮圧できる戦力はほしいよ。」
義理立てしないとこちらは殺されるのだ。ならば、どうするべきかは考えるまでもなかった。
「ライル様……お目当ての人たちが来ました。」
有紗がやや不機嫌そうな顔で案内し、件の三人が来る。
「ライル・フェ・ブリタニア殿下、貴方の皇妃になる名誉を承ります。」
クラリスが膝をつき、浅海と鈴維も続く。
「ああ……」
ライルは一言だけ答え、三人を立たせる。
「近くで見ると美人だな、三人とも。」
「今に始まったことではないが、美人の方からよってくるのが殿下だな。」
ヴェルドとコローレがいつもの軽口をひそひそたたき、デビーが小突く。
「これから皇妃になるんだ…」
「すまない……本当ならウェディングドレスを着せてあげたいんだが。私の今の皇妃達も含めて、そんな余裕がない。」
いきなり平凡な話題が出て、三人は唖然とする。
「あの…それは無理ないと思いますけど……」
「役職などは?」
浅海に続き、鈴維が問う。
「ああ、知っての通り皇妃としての立場とは別で私の直属として動いてもらう。家族や関係者の安全も保証する。」
「……本当に愚直というか、そういうの下手なのね。貴方…」
クラリスが率直に意見を言い、ライルはため息をつく。
「元々苦手な分野なんだよ……あと、立場が立場だからしばらく監視はつけるぞ?」
「それは普通でしょ。で、ベッドにご招待してくださらないの?」
「………分かっていて。コメントは差し控えるよ。」
その後、ライルはバルディーニらを宣言通り武器を没収して、KMFも接収して監視していた。ゼラート・G・ヴァントレーンの『フェンリル隊』はシルヴィオが、海棠隆一の『モノケロス隊』はエルシリアが監視を引き受け、池田が率いていた『ベヒーモス隊』、クラリスの『ヒポグリフ隊』、浅海がいた『リンドヴルム隊』はライルが監視していた。
ゼラートは士官室に軟禁され、通信越しでシルヴィオと話していた。
「お前の弟は随分と欲張りだな。そのくせ愚直だ。」
〈ああ、皇帝には向いていない。〉
随分とはっきり言い切った。
〈地方の領主がいいところだ。あの性格では冷徹な判断を下しても、後で延々と引きずる。〉
「能力と性格は別問題、ということか。」
〈KMFの能力ならば、アレは『ラウンズ』並。指揮官も私や姉には届かなくても十分な能力、政治もそこそこ。ブリタニアでなければそれなりの王だっただろうな。性格が足を引っ張るのが難点だ。〉
「だが、アレの場合はその愚直さが良くてな。自然と面倒を見てやろうと思う部下が集まる。」
海棠はエルシリアに招待され、監視付きで紅茶をごちそうになっていた。
「ああ、そんな感じするね…」
「何より、自分の不足はあっさりと認めて鍛えることも上の人間に頼ることに迷いがない。皇族であるならば、やれるようにならなければと思うが、それでも足りない部分は自分より出来る人間がほしい。」
「なるほど、機体や制服通りに青臭い坊主なのね。まあ、そういうのは嫌いじゃないが。」
本当にブリタニア皇族らしくない。これは確かに皇帝になるよりあの方針を広げて軍とエリア制度の双方に改善案を提唱するポストを固めた方が人生が成功するだろうに。
「惜しいな、本当に。」
「まあ、な……『セント・ガーデンズ』に、ルルーシュの即位などが原因でか覇気が失われた気もする。」
「でも、それはそれでいいとでも思ってないか?」
「……そう見えるのか?」
「見える。弟じゃなければ結婚したかったとか?」
「まさか……だが、あえて言えば妹の初恋だからな。甘やかしもする。」
なんと、妹のセラフィナの初恋だったか。そしてその妹は初恋の相手の部下と身分違いの恋をしている。どこの恋愛小説だろうか?
「現状、様子見か。事実上、美奈川達三人が我々の命綱になっているのも事実だ。」
バルディーニの決断を聞いたデルクは頷くしかなかった。もしこちらがおかしな動きを見せれば、ライルは間違いなくこちらを潰しにかかる。何せ、ハワイ方面の正規軍の指揮権がまだライルの手にある上にシルヴィオとエルシリアの軍は大将格のKMFが失われても、全体では無傷に等しい。
半壊状態のライル軍だけならまだしも、この三つまで相手にしたら喧嘩にもならない。
形式上、既に皇妃として迎えられているあの三人を殺すことはないだろうが、どこかの領地に幽閉されるだろう。そうなれば、浅海はゲットーの日本人達と同じ末路を辿る。
デルクの個人的感情としても耐えられなかった。
「隊長…」
部下達が心情を察して沈痛な面持ちになるが…
「すまん。とにかく、今は様子見だ。ルルーシュもまもなくシュナイゼルとぶつかるそうだ。」
稲垣と西野を始めとしたベヒーモス隊の隊員達は念入りに監視されていた。当然だ、ライルが彼らの上官を手にかけた。戦争だから当然ではあるが、兵士の心情は別問題だ。
「ライル・フェ・ブリタニアか……池田中佐が拘るのも頷けるが……誰だ『洗脳皇子』だなどと言ったのは?只の青臭い小僧ではないか。」
「その青臭い小僧に我々は負けたのだぞ…」
「早速、その青臭い小僧が来たのですが?」
ライルがやってきた。流石に選任騎士の女は一緒だ。
「池田の復讐をしたいのは良いが、今はやめた方が良い。連座的に全員を殺すことになる。」
「舐めるな、死ぬ覚悟は出来ている。」
「……だから『イレヴンは死ぬのが大好き』などと言う偏見が蔓延するのだろうな。」
反抗する西野がライルに睨まれ、黙ってしまう。
「池田も、そこだけは良く思っていなかった節がある。」
「な…貴様が池田中佐を語るな!」
「ならば、貴方達も私の部下達を裏切りの一言で片付けるな。池田も海棠大佐も、自分で何とかしようとした彼らを裏切りで片付けたか?」
名誉ブリタニア人の事情をまたしても持ち出した。池田の部下の日本軍人達もそこだけで議論すれば、ライルに勝つ言葉を持ち合わせていなかった。
「……池田については、私は彼と違う出会い方をしていれば友になれたとも思っているし、自分が日本人だったら彼の部下になりたかったとも思っている。それだけは伝えておきたい。」
海棠の子供達と秀作は対面していた。先方から、会いたいと言ってきたのだ。付き添いでセラフィナもいる。
「なんだ、奴の孫のくせにと言いに来たか。それなら今がチャンスだ……捕虜だから無断で殺せない。文句をぶつけるまたとないチャンスだ。」
リーダー格のナカタ・クレシェント・セーラが睨んだ。
「そう言って欲しいのが丸見え……みんな、言っちゃダメよ?我慢。」
秀作は舌打ちした。自分とさほど変わらない年齢もいるが、どうも今までの奴らのように言ってこない。
「……貴女達は、どうして秀作にお爺様の名前を持ち出さないの?」
セラフィナがもう一人の中心人物、橋本裕太が答える。
「畑方将軍の孫だからと言って、日本のためにやるべきなんて法律はない。そういう意味では、枢木スザクも当てはまる。少なくとも、俺達にそれを決めつける権利はない。」
何?
「貴様ら…!」
「怒ってるのが見て取れる。お爺様の血筋を押しつけられる……そんな半端な条件なんてつけないで、手当たり次第に日本人を殺せば良かったのに………噂より牙が抜けているんじゃないの?」
セーラに言われ、秀作は怒りを忘れた。
「……そのお姫様や、情報にある貴方の保護者さんが牙の使い方を教えた?なら、私達は似たもの同士かもよ?」
「何?」
「……私達は日本軍人から、色々と教わった。日本人だから独立のために戦えと決めつけ、他人に押しつけるのは良くないと……魂や誇りで親が子供を育てられないって。少なくとも、私達は大佐から特区のような譲歩も一つの選択肢だと教わったし、それもアリだと思っている。」
何、だと?
「……お前はブリタニアの軍人と皇族と会って、何か良いことでもあったんじゃないのか?」
裕太の言葉に、秀作は何も言い返せなかった。本当だからだ……ライルにもゲイリーにもセラフィナにも、魔物共にはなかったものがあった。
と、セラフィナが秀作の手を握った。
「秀作…」
「……セラ。」
優しく微笑んで、セラフィナは海棠の子供達を見る。
「今まで、秀作が日本人を魔物と呼ぶのは酷いし、言いすぎだと思っていました。でも、貴方達や海棠大佐は違うのですね。」
その言葉に子供達はむっとするが、すぐに何かを堪えた。
「そうだな……行村や名誉ブリタニア人に魂とか誇りしか言わない、若しくはそいつにじいさまの血筋を押しつける奴らは魔物にして、俺達は半分程度は人間と見てくれるか?」
裕太の答えに秀作は歯ぎしりした。言いようのない悔しさ……そう、負けたような悔しさだ。
そして、まもなくルルーシュとシュナイゼルは激突した。シュナイゼルは『黒の騎士団』を掌握して指揮を執るが、ルルーシュもまた富士山を噴火させて『黒の騎士団』に大打撃を与えた。
しかし、そこからは一方的であった。ダモクレスからフレイヤが何発も発射され、ルルーシュは直属の軍にひたすら突撃を命じた。
何発かのフレイヤの後、ルルーシュとスザクがフレイヤを相殺する装置を用いて一時的ながらダモクレスの道を開いて内部に突入、シュナイゼルを取り押さえてダモクレスとフレイヤを奪い取った。
〈全世界へ告げる!我は神聖ブリタニア帝国皇帝ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアである!〉
ダモクレスを奪ったルルーシュは『黒の騎士団』にフレイヤを発射し、降伏を迫った。こうなれば、もはや世界はルルーシュの手の内だ。逆らえば、容赦なくフレイヤで消される。世界中は恐怖することだろう、世界は『悪逆皇帝』ルルーシュの手に落ちたのだと。
だが、ライルはそう思えなかった。
「只、ダモクレスとフレイヤを使う人間が変わっただけだよ……違うとすれば、ナナリーを傀儡にしたシュナイゼル兄様の恐怖政治、直接自分がフレイヤを撃つルルーシュによる独裁政治。」
どちらも結局、巨大な要塞と超破壊爆弾による支配。
「これで、ブリタニアの世界制覇は成し遂げられたことになる…か。」
〈ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアが命じる!世界よ、我に従え!〉
原稿ではロゼの設定を入れてたんですが、それはほぼ全部削除。
代わりに秀作と海棠の子供達を入れました。バッサリ言えば、秀作は海棠の子供達に負けました。
何せ奴の孫だから、どうのこうのと言ってこない。むしろシンパシーさえ抱かれてしまう……有紗や長野以外の突然変異のイレヴンに出くわしたようなものです。
原稿になかった、セラの秀作の魔物呼ばわりを言い過ぎだし酷いという部分、どうしても入れたかったのでここにしました。頭の中の構想では定番の奴らを「貴女達に限れば、確かに魔物です」だったのですが。