【異世界転移 113年目 △日目】
……この世界に転移して来てから、一番大変な一日だった。
疲れて疲れて……もうこのままベッドに倒れこんで寝ちゃいたいくらい疲れてるけど、後々のために今、記憶が新しいうちに、今日あったことをなるべく詳しく書き記しておこうと思う。
後から必要になった時に、読み返して、私専用の重要な資料として使えるように。
発端は、数日前に私達が抑えて『狩場』として有効活用し始めた、『ロヴォスの空虚なる古城』についてだ。
数日前の日記で書いた通り、あそこは今、この世界で唯一、モンスターを倒すとデータクリスタルがドロップする場所になっている。まあ厳密にはデータクリスタル以外もドロップするけど。
そこで、データクリスタルの収集と、ついでに私の子供達のレベリングを行っている。
強めのNPCを1人か2人だけ引率に着けて、レベル上げしたい子供達とパーティを組ませてそこに放り込み、不眠不休で戦い続けるだけの簡単な作業だ。
疲労無効の装備をそれぞれ何かしら持たせてあるので、何日徹夜しても問題ない。精神的な疲労はたまるから、適度に休憩は取るけどね。
引率役のNPCから定時連絡的に『
ユグドラシルよりもドロップ率が高いような気がして気になったけど、これは多分、相手してるモンスターが弱いからだろう。思えば向こうでも、弱いモンスターからのドロップは割と頻繁にあった気がする。
ただしその分、ドロップするクリスタルの中身は、レア度的に大したことないし、実用性も『うーん……』って感じの微妙な奴が多いのだ。
これが、強力かつ有用な効果を持ったデータクリスタルになると、倒さなきゃいけないモンスターも一気に強くなるし、ドロップ率もかなり低くなる。レアドロを求めて地獄の討伐マラソンの始まり始まり……というわけだ。
強力な装備を自作するためには、決して避けては通れない道である。
……そこにさらに『物欲センサー』という怪異が時に牙をむくことが……おっと、いやなことを思い出してしまった。
ともあれ、そんな感じで順調にアイテム収集は進んでたようなんだけど……今日の昼頃、突然、定時連絡でもないのに引率のNPCから『伝言』が届いた。
しかも、かなり切羽詰まった様子で……『緊急事態』だと。
どうも、逃げながら、あるいは戦いながらしゃべってきてるみたいで、『敵襲』『黒いドラゴン』『壊滅』とか、とぎれとぎれで何とか聞き取れた。
それだけでも尋常じゃない何かが起こってることは察せられた。
運良くその場にカリンとデミアが一緒にいたので、2人を傍に呼び寄せて、事情を説明。
説明しながら『遠隔視の鏡』を取り出し、『古城』を移してみてみると……そこには、目を疑うような光景があった。
古城には、『伝言』で聞いた通り、巨大なドラゴンが襲撃をかけて来ていた。
見た目からして強そうだし……あの『古城』で自然POPした奴じゃないことはあきらか。それに、この周辺地域にあんなのが住んでいたなんて話も、ここ100年聞いていない。
私達が言うのもなんだけど、あれは明らかに、何かしらの『異物』だ。
そのドラゴンに、レベリングに行かせた面々が次々と襲われ、殺されていた。
強靭な尾の一撃で薙ぎ払われたり、ずらりと鋭い牙が並ぶ顎で食いちぎられたり、口から放つ炎のブレスで焼き払われたりしていた。
引率として行かせたNPCですら、防戦一方、ろくに抗うこともできずにやられていた。明らかにあれ、レベル二桁代後半……もしかしたらカンスト級かもしれない力を持ってる。
それだけでも、『よくも私の下僕や子供達を……!』って感じで私は怒り心頭だったんだけど……もっと問題なことがあった。
映像の中で、ドラゴンは……なにやら魔法らしきものを使って、今殺したばかりのNPC達を、なぜかわざわざ生き返らせていたのだ。
なんでそんなことをしてるんだ、っていう疑問は……その直後に、生き返ったばかりの子供達をそいつが再度殺しているのを見て、ぞっとするような感覚と共に理解できた。
こいつ……リスキルしてやがる。
『リスキル』……略さずに言うと『リスポーンキル』。ゲーム用語で、生き返らせた直後のキャラクターをすぐさま殺すことや、それを繰り返す作業を指して言う。
それにどういう意味があるのかというと……例えば、対戦ゲームとかで、倒した時に相手が復活する位置をあらかじめ調べておいて、復活と同時に集中砲火で殺して、っていうのを繰り返すことで、相手に何もさせないまま制限時間を戦い抜いたり、ストックを削り切って勝負に勝つ……なんていう使い方が主にされるかな。あんまり好まれるやり方じゃない。
けど、一部のゲームではこの行為、それ以上に悪辣そのものな要素を含んでいたりする。
ユグドラシルもそうなんだけど、キャラクターが死んだ歳に、復活するとデスペナルティとして経験値が消失し、レベルが下がることがある。その下がった分のレベルは、またレベリングして上げなきゃいけないわけだ。
一応、このデスペナルティは、高位階の蘇生魔法や、強力なマジックアイテムを使うことで無視できるものではあるんだけど……この使用を逆手に取った、割と外道な戦法があってね。
まず、相手キャラクターを普通に倒した後、あえて低位の蘇生魔法を使ってそいつを復活させる。すると、そのキャラクターはレベルが下がって復活してしまうわけだ。
それをさらに殺し、また同じように復活させて、レベルが下がって……というのを繰り返すことで、どんどん相手のレベルを下げるという、モラルの『モ』の字もないやり方がある。
おそらく、このドラゴンがやってるのはそれだ。あえて魔法で復活させて、さらに殺してを繰り返すことで、どんどんあの子達のレベルを下げてる。
ギルドマスター権限で見ることができるコンソールを開いて確認すると、それがよくわかった。ついさっき定時連絡で『ここまでレベル上がりましたよ』と聞いていたレベルから、大きく下がってしまっている。
まずい、と直感した私は……ギルドマスターの権限と、私の子供達が持つとある
これ、前までの日記で書いたことあったかな……私が産んだ子供達が、ギルド所属のNPCとして、一部の仕様を適用して扱えるって。
私のスキル『
しかし、それだけじゃなくて……死んだ時に金貨を使って復活させられるとか、ギルドの管理画面からステータスを確認できるとか、そういう『NPCを管理する用の扱い』ができるのだ。スキルだけじゃなく、そんな性質まで遺伝するのかよ、って、知った時はびっくりした。
けど、それならそれで都合がいい。特にこういう時には。
デミアに銘じて、宝物庫から大量の金貨を持ってこさせた私は、『遠隔視の鏡』とギルド管理画面を見比べておいて……鏡の向こうで、また一度彼らが殺されたその瞬間に、管理画面から、金貨を消費して『復活』を発動。
ドラゴンが再度発動させた蘇生魔法(たぶん)は無駄打ちに終わり……そこで殺され続けていた子供達は、私の目の前で復活した。
きょとんとして、何が起こったかわかってない様子だった。蘇生直後で、記憶が混濁しているのかも……まあどうあれ、助けられてよかった。
……けど、残念ながら、全員を助けられたわけじゃなかった。
さっき言ったように、この『金貨を使って復活させられる』という『仕様』は、その父親から遺伝したものだ。……NPCの父親から。
つまり、この復活方法は……母親が私、父親がうちのNPCである……という条件で生まれた子供にしか使えない。そうでない子には、それができないのだ。ギルド管理画面に、それらの子達を管理するための情報が表示されず、表示されていなければ操作もできないから。
……2人、救えなかった。
1人は、私と現地民の人間との間にできた子だった。父親がNPCじゃないから、管理不可。
もう1人は、私とNPCとの間にできた子……のさらに子供。すなわち、私の孫にあたる子だ。
片親は、こちらもやはり現地民……というか、『城下町』に迎え入れた移民だ。
手出しできないまま、リスキルを繰り返されて……最後には、灰になって消滅した。
蘇生しようとした時に、生き返らずに灰になったのだ。おそらく、レベルダウンする分のレベルも持たない……レベル5以下の者が、低位の蘇生手段で復活しようとすると、ああなるんだろう。
ユグドラシルでは、レベル5以下の初心者は、蘇生に失敗しても消滅まではいかなかった。
その場合は、リスポーン地点に強制的に戻されての復活になり、レベルダウンは特になし、っていう仕様だったはずだけど……この世界では違うんだな。
そしてあのドラゴン、明らかにそれを知ってて、この結果になるよう狙ってやりやがったな……これは明らかに、プレイヤーを『完全に殺す』ためのやり方、ないし対処法だ。
それを理解した上で子供達を襲う……NPCでも手も足も出なかったドラゴン。おそらくは……『
数秒前まで我が子(の、亡骸)だった灰が、風に吹かれて散り、解けるようになくなっていくのを鏡越しに見て……
私は、何かがブチッと音を立てて切れたのを……確かに聞いた。
☆☆☆
「デミア、カリン。……出かける」
「……っ、ラスト、それは……」
「待ちなさい、いくら何でも危険すぎるわ。あの強さ、プレイヤーの性質を理解している様子……恐らくあの龍、話しに聞いた『
「そんなことは言われなくてもわかる。でも、だからといってこのままやられっぱなしでいるのは……ない」
それに、と続けるラスト。
「もう手遅れだよ。ちょっとうかつだったみたい……見てごらん」
鏡を指さしてそう言うラスト。
その通りにすると……なんと、鏡の向こうにいる龍王(推定)が、空を見上げていて……鏡越しにこちらと目が合っていた。
偶然ではない。見ていることに、感づかれた。
「っ……デミア、情報系のカウンター対策や隠蔽は?」
「当然使ってあるわ。けど……貫通されたっぽいわね。龍王の感知能力や、『
「おまけに……感づかれただけじゃなく、逆探知もされたみたいだよ。ほら」
鏡の中でそのドラゴンは、飛び上がり、そのまま……一直線に、この『空中庭園』がある方へ向かって飛んでいく。
このまま飛べば、1時間と経たずにここに到着する速さだ。拠点は全体を『蓬莱の玉の枝』で隠蔽しているが、それも
「カリン、デミア、直ちに迎撃戦の用意。『六道輪廻』はもちろん、クリム達も動員する。レベル100かそれ以上……レイドボス級を想定。総力戦で殺るよ。もちろん私も出る」
「危険だから私達に任せて……と言っても、お聞きくださらないのでしょうね」
ラストの『本気』を察知して、自然と『悪友』ではなく『忠臣』としての口調になるカリン。
言葉通り、自分達にまかせて安全な場所にいてほしい……という本音を早々に引っ込め、彼女の参戦を前提として、迎撃のプランを立て始める。
デミアもまた、100レベル相当かそれ以上と目される『龍王』を相手に、アイテムや武装の面で何をどれだけ用意すればいいか、その優秀な頭脳で素早く目算をつけていく。
そして2人とも、準備に取り掛かるためにその場を後にした。
後に残されたラストは、蘇生されたばかりの子供達――まだ状況がわかっていない様子で、ほとんど全員がきょとんとしている――を前にして、にっこりと微笑み……1人1人を抱きしめて回ると、後のことをメイド達に任せ、自分も退室する。
部屋の外に出た瞬間……その目には、子供達の前ではとても見せられなかった……冷徹で、純粋なまでの『殺意』と『怒り』が滾っていた。
その、数十分後。
ギルド拠点『ニューコロロ空中庭園』上空。
飛来した黒い龍は、そこに待ち構えている者達の存在を、まだ随分と遠くにいた時から認知していた。
おそらくは、あの時感じた妙な視線……見られている気配の主であると。
1つ、ラストは勘違いしていたのだが……あの瞬間、龍王は確かに『逆探知』を行ったものの……それによって正確にラスト達の位置を見破ったわけではなかった。
『始原の魔法』を使って、その視線の出元を探り、同時に突然目の前から消えた者達の魂の痕跡を追尾した結果、どの方向から見られているのかまではわかった。
ゆえに、それを見つけるために、その方向に飛びたった。こちらの方角に、『まだ“プレイヤー”がいる』と判断して。
その龍……『
その口を大きく開け、炎を収束し……先ほど屠った雑魚共と同じように、文字通り一息に焼き滅ぼそうとした……その時。
―――ドゴォオォン!!
『ぬっ……ぐ!?』
開いた口元に直撃した……何らかの、すさまじい威力の爆発。
口腔内にため込んでいた炎のブレスが誘爆してしまい、口の中から暴発した自分の炎で焼かれるという苦痛と屈辱。それに苛立ちながらも、龍王は既に目の前にまで来ていた……推定『プレイヤー』達を見る。
何か攻撃を放ったようなそぶりはなかった。おそらく、自分が罠に……空中に仕掛けられていた、近づく、あるいは接触すると発動する魔法のようなものに突っ込んでしまったのだと。
『舐めた真似を……』
「
その言葉を、ラスト達が最後まで黙って聞いていることはなかった。
ノータイムで先に手を(口を)出してきた『常闇の龍王』と同じで、何も言わず、合図すらなく一斉に動き出して攻撃を降り注がせる。
「“
「
「“
ラストが放った魔法の刃。その危険度を即座に察知した龍王は、全力でその回避を試みるが、その頭上からワンテンポ早く降り注いだすさまじい雷撃と、退路を断つかのように飛来した10本の魔法の矢に阻まれて動き出せずにいた。
そこに直撃した巨大な魔法の斬撃が、強靭極まりないはずの龍の鱗をも断ち、深々と傷を刻む。
この瞬間『常闇の龍王』は、目の前にいる集団を……先程蹴散らした者達とは明らかにレベルが違う、本気で戦うべき『敵』だと認識を改めた。
それこそ、ほんの十数年前に『完殺』したプレイヤー達と比較してなお、さらに上、油断できない強さを持っていると。
しかし、今の魔法を放った3人……ラスト、デミア、クリムに向けて竜王が反撃するよりも早く……その横っ面に、ミルコの蹴りとヤマトの金棒が直撃。すさまじい衝撃で体ごと大きく揺らして見せた。
単純な打撃でもこれほどの威力か、と驚きつつも、それでひるむことなく、自らの爪で薙ぎ払って反撃する龍王。
しかし、消えたかと思うほどの速さでミルコは離脱し、ヤマトはその攻撃を器用にいなすようにして、衝撃のほとんどを殺しつつ離脱した。
そのわずかな間に、少し先ではラストがまた魔法を……今度は、先程見たそれとは、どうも毛色が違う術を起動していた。
魔法陣を展開する、この世界でも『位階魔法』という形で人間が、そしてプレイヤー達がよく使うそれとは異なる……長い時を生きる龍王でも見たことのない文様の陣を展開していた。
それらが、『五芒星』や『
それをラストが、『陰陽師』という
「第八位階陰陽術…… “百鬼夜行”」
発動の瞬間、周囲にいくつも出現した異形の魔法陣から、次々とモンスターが現れる。
しかもそれらは全て、龍王が見たことも聞いたこともないようなモンスターばかり。
それもそのはず……この術は、一応は位階魔法に区分されているものの、ごく限られた特殊な職業を持つ者にしか使用できない魔法区分『陰陽術』。
その中でも高等な区分に入る大量召喚魔法『百鬼夜行』。
分類としては『
『提灯お化け』『一反木綿』『河童』『鉄鼠』『姑獲鳥』『餓鬼』『鬼』『カラス天狗』『ぬりかべ』……ユグドラシルの世界観にあまりにも合わないため、『期間限定イベントだとしてもどうなの?』と一部で言われた数々の妖怪達が、ラストを慕い、守るように騒ぎ出す。
その中心で、常の彼女にはない、冷徹そのものといった光を目に宿しながら……
「よくも私の子供達を殺したな……。生きて帰れると……いや、まっとうに死ねると思うなよ、トカゲ野郎」
ラストたちと『常闇の龍王』……両者ともに、最初からお互いに相手を慮る気が欠片もない、声をかける気すらもなかったこの戦い。
皮肉にも、ラストの発したその死刑宣告に等しいセリフは、まともに交わされた数少ない言葉の一つだった。