オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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本作品始まってから一番長い話になってしまいました。
ただでさえ時間が溶けるゲームをやりながらなので、書きあがるの時間かかった……

あと、途中で連続して同じ人物の会話分が書かれてるパートがあったりするので、ちょっといつもより読みづらいかもしれません。その時はすいません。


第15章 宝石箱の輝き

 

 

 ―――さかのぼること数日前。

 ナザリック地下大墳墓、宝物殿にて。

 

父上! こちら、ご用意しておきました、当日使用いただく『台本』でございますッ!」

 

「お、おう、御苦労……うむ、後で目を通しておく」

 

 いつも通りテンションの高いパンドラズ・アクターから、アインズは、何枚かの紙束を受け取っていた。

 

 その中身は、今言った通り……『台本』。

 数日後に、王国と帝国……と、聖王国とエルヘヴンとヘイムダールが一堂に会する予定の『戦争』の場でアインズが行う予定の『スピーチ』の台本である。

 

 支配者ロールもそうだが、見ている者を引き込むような言い回しや話題運びが重要になることから、俳優(アクター)の名のとおり、そういった方面に知識及び技術的に明るく、また智謀でもデミウルゴスやアルベドに匹敵するパンドラズ・アクターに、アインズは台本作りを頼んでいた。

 これがデミウルゴスやアルベドだと、『アインズ様の御心のままに』『御身のもたらす言葉こそ至高なる福音にございます』とかいって、純粋な信頼から逆丸投げされてしまうので。

 

 パンドラが持ってきたそれに軽く目を通し、うむ、とうなずく。

 一流の小説家や脚本家が書いたような引き込まれる言葉選びに加えて、どこでどう抑揚をつけたり、音量や読む速さはどうすれば……ということまで、事細かに書かれている。

 

(やはりパンドラに任せてよかった……俺じゃこんなの書けないからなあ。これなら、当日も問題なく……)

 

 と、アインズが考えていた時だった。

 

「ご期待に応えるべく作らせていただきました……我ながら会心の出来の台本でございます、それをもって父上の御威光をさらに大きく喧伝する一助となれるのならば、これ以上ない誉れ! このパンドラズ・アクター、望外の喜びにございまっす! …………ただ……」

 

「うん?」

 

 ふいに、少しだけテンションを下げたというか、やや真面目なトーンになって……ふと思いついてように付け足すパンドラ。

 それに気づいて、『どうした?』と声をかけるアインズ。

 

「……少々、不敬と言われてしまうかもしれないのですが……それを承知で少し、父上にお申し出させていただくとすれば……私としては、かなうなら父上の『本当の本音』をその口で、声に乗せて話していただきたいと……ふと思ってしまいました」

 

「……? どういうことだ?」

 

 十秒前まで『会心の出来でっす!』とか言ってた男と同一人物には到底見えない。

 落ち込んでいる……という風ではないが、どこかしんみりしているというか、静かな、しかし真剣な雰囲気を醸し出しているように見えた。

 

 ハイテンションやオーバーリアクション、そして時折混ざるドイツ語にメンタルを突き刺されて『ぐふっ』になることが多いアインズだったが、こういう温度差がある態度を取られると、それはそれで気になるもので。

 

「……世辞も何も抜きにして言わせてもらうが、この台本、本当によくできていると思うぞ。お前に頼んで正解だった、これなら何も心配はいらない、と思ったところだ。……何か、不安や不満があるのか?」

 

「いえ、先ほども申し上げました通り、本当に全力で考えさせていただいたものですので、その台本自体は何も問題ありません。ですが……これはあくまで私の予想なのですが」

 

「?」

 

「その戦場において、おそらく、最も人々の心に響くのは……今の父上(・・・・)の、本当の……飾り気のない本音、心からの声、であるような気がするのです。そして、重ねて不敬ながら……父上もまた、それを言葉にしたがっている。そんな風に見えてしまいました」

 

「…………!」

 

「……出過ぎたことを申しました。処罰はいかようにも」

 

 ゆっくりと腰を折ってそう言ってくるパンドラ。

 アインズは、それに応えることなく……しばし、何も言わずに思考に沈んでいた。じんわりと、しかしはっきりと……パンドラが言ったことが、自分の中にしみ込んでくるのを感じていた。

 

 しばし後、

 

「処罰……処罰な。よし、パンドラ」

 

「はっ」

 

「ちょっと気分転換に行くか。『空中庭園』に食事でもしに行くとする……付き合え」

 

Wenn es meines Gottes Wille(我が神のお望みとあらば)!」

 

「だーからドイツ語お前……はははっ、まあいいか」

 

 

 

 

 

(俺自身の言葉……俺自身の思い、か)

 

 

 

 

 

 そして、現在。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「なん、だ……今のは……っ!?」

 

 突撃を開始した王国軍。

 その、目と鼻の先に……空の上、雲よりも高い所から……リ・エスティーゼの王城を盾に串刺しにできるほどに巨大な、1本の剣が落下してきて……大地に突き立った。

 その一撃で地面は割れ、砕け、カッツェ平野の大部分を横断するような巨大な大きさの……王国軍と帝国軍を分断するがごとき大きさの地割れができた。地獄の底に通じているかと思うほどに深く、その底は全く見えない。落ちれば命がないのは。火を見るよりも明らかだった。

 

 それを、たった1発の魔法でやってのけた『死の神』アインズに対し、バルブロのみならず、戦場全体から驚愕と恐怖を湛えた視線が集中する。

 

「あ、あのアンデッド……まさか、本当に神だとでも言うのか……!?」

 

 悪魔の儀式によって強大な力を手にしたことを自負しているバルブロでも、さすがに自分にこんなことができるとも、こんなことができる者と戦えるとも思っていない。

 今の一撃は、運よく王国軍は巻き込まれることなく無事だったが……もしあれが自軍の中心にでも撃ち込まれれば、想像を絶する被害が出ていただろう。

 

「り。理不尽な……なぜあのような化け物がここで出てくる!? 俺が帝国を滅ぼし、世界に覇を唱える第一歩であるこの大戦の場に!?」

 

 

「化け物、か、随分な物言いだな」

 

 

「……っ!?」

 

 そんな声が耳に届いて、バルブロが空を見上げると……そこに、『死』が迫っていた。

 

 ふわりと空中に浮いて、今しがた出来た巨大な地割れを悠々と飛び越え……『ただのアンデッド』などとは口が裂けても言えないような存在感をもって。

『死の神』アインズ・ウール・ゴウンが、そこにいた。

 

 

 

 ところで、今の『天上の剣(ソードオブダモクレス)』と、それによって引き起こされた大破壊には、ちょっとしたカラクリがある。

 

 超位魔法『天上の剣』は、敵対ギルドのギルドホームなどの建造物を破壊することに特化した魔法であり、キャラクターや敵モンスターへの攻撃手段として考えた場合、その効率は決していいとは言えない。

 また、あくまで『建造物』の破壊に力を発揮するという関係上、地形を壊すほどの巨大な破壊を生むこともない。

 

 ではこの地割れは何なのかというと……アインズが『天上の剣』を使ったのに合わせて、ラストが、同じく超位魔法『天地改変(ザ・クリエイション)』を使った結果である。『天上の剣』の着弾に合わせて、地形を『地割れ』に変えたのだ。

 なお、それを使ったのは、地面の下、超位魔法の魔法陣が地上から見えないくらい深くに、あらかじめシェルターのような空間を用意しておいて、そこでである。ゆえに、誰も気づかなかった。

 

 そうすれば、攻撃範囲自体は限定される『天上の剣』なら、王国軍を巻き込むことなく、かつ、インパクトは抜群なので、戦場全体を大いに委縮させることができる。

 

 この戦争、そもそも、王国軍や帝国軍に被害を出すことが目的ではない。

 アインズの力であれば、同じ超位魔法でも『黒き豊穣への貢(イア・シュブニグラス)』などを使えば、目を覆うような大虐殺を引き起こせるだろうが、それは必要ないししない方がいい。

 彼らは、大事な『目撃者』であり『エキストラ』なのだから。

 

 

 

 そうとは知らないバルブロは、姿を現したアインズを前に、恐れから腰を抜かすかと思いきや……意外にもぎゃんぎゃんと噛みついてきた。口だけだが。

『神なら人の争いに口や手を出すな』とか『何の権利があって俺の野望を阻む』とか『王国の民の命を無慈悲に奪う気か』とか言ってだ。

 

 全体的に『お前が言うな』と言いたくなるようなツッコミどころ満載の抗議で、聞いているアインズとしては呆れるばかり。

 否、アインズだけでなく……それを聞いている王国軍の兵士達や貴族達、さらに、聞こえる位置にいる他の軍の者達――魔法で集音している者達も含む――も同様だった。

 

「……よく吠えるものだ」

 

 気にしても仕方ないので、アインズは台本を取り出す。

 魔法で既に不可知化は済んでおり、目の前に浮かせて見ながら読むことにして……。

 

「それは己の命を顧みぬ蛮勇か? それとも、己自身すら騙そうと必死な逃避か? まあどちらでも構わぬが……挑発するなら相手と言葉を選ぶべきだな」

 

 じろり、と睨むように見下ろすと、バルブロは言葉に詰まったようで、顔を青くして黙った。

 

「先の魔法は、我が元に集った者達に対し、貴様が愚かにも手を出してきたことへの懲罰として、文字通り叩き落したものだが……まさかあんな戯れを、私の出せる全力だとでも思っているわけではあるまい?」

 

 言外に『あれよりも強い魔法を使えるぞ』と言われ、さらに青くなるバルブロ。

 バルブロだけではなく、彼に従っている貴族達や兵士達も、絶望に等しい表情を浮かべている。体を震わせて着ている鎧をガタガタと鳴らし、涙を流す者さえ出始めた。

 

「だがまあ、安心するがいい。別にあれ以上の魔法を使えるからと言って、それを使って貴様を殺そうとか、脅して平伏を迫ることを考えているわけではない。あれは単に警告代わりだ……用件は済んだ。これ以上私は、この戦いで貴様らには関わらんとも」

 

「ほ、本当か……!?」

 

「本当だとも。どうした、そんな嬉しそうな顔をして……よほど安心したと見えるな。だが……」

 

 そこまで言って、言葉を切るアインズ。

 ふいに、数日前のパンドラの言葉が頭をよぎった。

 

 眼下にいるのは、数分前まで調子のいいことを言って、他者を虐げ他者から奪うことに何の躊躇いもなかった男。しかし、相手が自分よりも大きな力を持っていると知るや、自分が『奪われる側』になることを恐れて難癖をつけたり、責任をなすりつけたりと見苦しい様を見せていた。

 そしてそれが心配なくなりそうと見るや、早くもその目には安堵と共に、欲望と野心が戻ってきている。呆れるほどの変わり身の早さ、そして調子の良さ。

 

 それを見ていたアインズは、ふと考え込み……数秒後。

 

 

 目の前に浮かせていた『台本』を、すっとどけて、虚空にしまった。

 

 

「……1つ、お前に聞いてみたいことがあるんだ」

 

 それを聞いていた者達のうち……『シナリオ』を知る者達が『ん?』と頭に疑問符を浮かべた。

 聞いていた予定と違うぞ、と。

 

 この後、アインズは『お前達を、いやお前を倒すのは私ではない。お前という巨悪と戦うために力を磨き、数々の試練を乗り越えてここまでたどり着いた……この時代の英雄達だ!』というようなセリフと共に、戦場の主役を、クライム達にバトンタッチする予定だった。

 そこで、いくつかの演出を挟んで、クライム達の手によってバルブロを、衆人環視の中で倒させる……というのが、次のステップだった。無論、バルブロが行ってきた数々の悪行……『ゲゲル』によって自国の民を生贄にしていたことまで含めて、全て暴露した上でだ。

 

 が、何やら様子がおかしい。

 一部の者達の『?』な困惑をアインズは放置して、台本にないセリフを紡いでいく。

 

「お前は……王になって、どんな国を作りたいんだ?」

 

「どんな国を……だと?」

 

 恐怖から一転、『何を聞かれているのかわからない』という表情になるバルブロ。

 しかし、無視する気はなかったようで、いつも己の頭の中にある未来予想図を話し始める。

 

「決まっている! リ・エスティーゼ王国は、この俺が率いることにより、今よりもさらに大きな……この大陸随一の強国へと生まれ変わる! 貴族共の顔色を窺ってばかりの無能な父や弟、平民に媚びるような甘い政策しか打ち出せない妹などとは違う、この俺だからこそ王国は、さらなる高みへと昇ることができるのだ!」

 

 日頃からの妄想の成果だろうか。言葉の上では勇ましく力強いものをつらつらと、ほぼ淀みなく並べていくバルブロ。それを黙って聞くアインズ。表情筋がないがゆえに、どんな気持ちで聞いているのかまではわからない。

 

 ただ、漏れ聞こえてくるその内容を聞いていた、皇帝ジルクニフや、聖王女カルカの反応が『あーあ』というようなものであることから、内容については察してもらいたい。

 耳聞こえのいい内容が並んではいるものの、実現性に乏しく具体性もなく、根拠らしい根拠も何一つ挙げていない。ただ思い付きで――その『思い付き』を長年大事にしているというだけ――話をしているようにしか見えない。

 そしておそらく、バルブロ自身がそれをわかっていない。根拠もないのに、将来そうなる、自分にならそれができると確信している。

 ……そして、きっとそれが失敗した時は、自分ではなく他人のせいにするのだろう。

 

 いや、しいて言うなら……具体的にどうやってそれを成し遂げるか、それが可能になるかという『根拠』や『道筋』のようなものも、1つだけ、なくはないようだが……

 

 勇ましいことを言っていたおかげで恐怖が薄れてきたのか、幾分顔色がよくなったバルブロは、『どうだわかったか、俺の目指す素晴らしい国とは何かが!』と鼻息荒く言い切った。

 

「……ああ、よくわかったよ……お前が……」

 

 

 

「……どう転んでも救いようのない愚か者だということがな」

 

 

 

 言われたバルブロは、しばし意味が分かっていないかのようにきょとんとしていた。

 しかし、今アインズが言ったことを徐々に理解できていくと……みるみるうちに顔を赤く染めていく。

 

「愚か者……愚か者だと!? 貴様、この俺に向かって……俺が誰だかわかっているのか!?」

 

 恐怖が薄れてきていたことも相まって、口調は彼本来の感情的で遠慮のないものに戻っていた。

 

「俺は王だ! リ・エスティーゼ王国が国王にして、ゆくゆくはこの大陸全て、いやこの世界全てを統べる者! バルブロ・アンドレアン・イエルド・ライル・ヴァイセルフだぞ!」

 

「そうなのか。まあ、それはどうでもいい」

 

「どっ……!?」

 

 あまりに予想外すぎる……否定や罵倒や、嘲笑や逆上などですらなく、心の底からの『無関心』『どうでもいい』という感情から来る返しに絶句するバルブロ。

 それに構わず、淡々と話し続けるアインズ。

 

「夢を見るのは自由だ、そこにいちいちとやかく言う気はない。だが……そのような大言壮語を口にするのなら、その夢をかなえるに足る人物になるべく、奮起し努力するのが普通ではないのか? 少なくとも、今の貴様はそれをなしうるような男には到底見えん。身の程知らずの男が、口先だけの戯言をほざいているようにしか聞こえん」

 

「っ……!」

 

「だがそれでも、不断の努力によって力をつけ、(まつりごと)や人心にかかる理解を深め、将来の成就を目指すというのなら、別に笑うまい。しかし、お前にはその様子が見られない。到底力が足りないとわかり切っているにも関わらずだ。なぜそれをしない?」

 

 言ってからアインズは『あ、コレそれ自体わかってない可能性あるな』とも思ったが、バルブロは売り言葉に買い言葉で噛みついてくる。

 なお、アインズに挑発した自覚は特にない。ただただ思うまま事実を述べただけである。

 

「王となる運命を背負って生まれた俺は、なるべくして王となる! それこそがたった1つの、決まりきった未来だ! 努力? 理解? そんなものは必要ない!」

 

 鼻息荒く、バルブロは感情のままに返す。

 

「人は生まれながらに己の生きられる世界が決まっているのだ! 王として全てを手に入れるべき者も、その奴隷として一生地をはいつくばって生きるしかない者もな! 努力だの何だのと下らん……そんなものは、己の運命を受け入れられん弱者の幻想! 戯言だ!」

 

 

 

(……どこの世界でも、権力者ってのは……特に腐った方向の連中は、傾向が似てくるんだな)

 

 もし、今のアインズに表情と呼べるものが存在したならば……その顔には、心底からの落胆と、それを上回る軽蔑や嫌悪感が浮かんでいることだろう。

 そして、その心のうちにいて、言葉にしなかった『本音』を呟いたのは……未だアインズの中に根強く残る、『鈴木悟』としての自分だった。

 

 力を持つ自分は、選ばれた自分は、運命に愛された自分は、何をしてもいい。

 弱い者をどのように扱っても、何を奪っても、どんな惨い仕打ちをして、その結果、誰が、どこが、何がどうなっても許される。

 

 そんな風に考える者達によって、全てが壊れ、手遅れになり、終わってしまった世界を生きていた1人の男の、失望と落胆が、今のアインズの、バルブロに向けられる視線には乗っている。

 

(ああ、よかった。俺は……俺はまだ『こうなりたくない』ってちゃんと思える。俺の中にはまだ……ブラック労働に耐えながら、仲間達と楽しい時間を過ごしていた頃の……『モモンガ』だった頃の俺が……『鈴木悟』が、ちゃんと、いる)

 

 

 

「神だか何だか知らんが、動いて喋る死体ごときがそのような口をきいていい男ではない! 貴様こそ身の程を知れ!」

 

 恐怖を忘れて勢いに任せて全て言い切ったバルブロ。

 それ以降がなさそうなのを確認して、アインズはゆっくりと口を開いた。

 

「喉元過ぎれば何とやら……こうも単純でいられる頭がある意味羨ましいな。悩み事がなさそうだ」

 

 はぁ、とため息。

 

「選民思想の手本のような演説をどうも、バルブロ王。だが生憎と、私はそんな風に考えたことはあまりない。……王だろうが奴隷だろうが、人だろうが獣だろうが……我が前にはすべて平等だ。あらゆる命は、生まれた瞬間より死へと突き進み、何人たりとも『死』からは逃れられないのだからな……」

 

「ふ……ふん、それこそ生憎だな! 俺はもうすぐ、超常の力によって、その死すら……」

 

 それを遮って『ただ』と続けるアインズ。

 

「それでもなお、お前が今言ったことも、ある意味では正しいとも言える。残酷なことに……命とは、確かに……平等ではない」

 

「ほう……何だ、それがわかっているのなら話は早い。俺は俺の使命を果たすためにやるべきことが山とあるのだ……神だろうがその邪魔をするのはやめてもらおうか! いずれ世界を統べるこの俺の時間は、そこらにいる平民などとは違い、こんなところで無駄な問答に使うべきものでは……」

 

「勘違いするな愚か者。貴様の価値観を肯定して言ったわけではない」

 

「な……? どういう意味だ?」

 

「ひとつの残酷な現実として……生まれた家や身分によって、その者の人生の大部分が決まってしまうという事実は確かにある。そしてその多くは、本人の努力によって改善できるかと言えば……全く不可能とは言わずとも、どうしても限界がある……これも事実だ。だが一方で、1つ、確かに言えることがある。そしてそれは、お前や、お前を持ち上げている連中が全くわかっていない……盛大に勘違いしていることだ」

 

「勘違いだと? 俺が、一体何を勘違いしていると……何をわかっていないというのだ!?」

 

「それらの、生まれ持ってしまった『差』が、そのまま、人として尊い命とそうでない命を分けるものではないということだ」

 

 静かに、しかしはっきりと言うアインズ。

 

「お前達がやたらとありがたがるような……持っていることを誇り、ひけらかし、悦に浸るような多くのもの……地位、財、権力、そういったものによって生まれた立場……それらによってお前達人間を区分して見ることが、私にはあまりない。『違い』であることは確かだが、私にとっては大した差ではなく、気にするようなことでもないのでな」

 

 少し、遠くを見るようにして、

 

「だからだろうな……どうしても、目が行くのは、その者の『生き様』だ」

 

 再び視線を下に下ろすと、バルブロが『理解できない』とでも言いたそうな顔をしていた。

 いや、バルブロだけではない。かなり遠くからではあるが、他にもいくつも、アインズが言っていることを不思議そうに聞いている視線が向けられている。

 

「『死の神』である私が、人の命や生き様について語るのが不思議かね? むしろ、『死』を隣人とする私だからこそ、個人を見る際に、命とは、生き様とは何かを目の当たりにし、考えさせられることが多いのだ」

 

「命や人生に価値と呼べるものがあるなら、それは……それまでその者達がどれだけ気高く、誇り高く生きたかによって決まるのだろうと私は思っている。身に纏っているものがぼろ布1枚だろうと、宝石などでは比較にもなりはしない輝きを放っている魂を持つ者を、私は何度も見て来た。……逆に、どれだけの宝石や豪奢な衣服でその身を飾ろうと、見るに堪えない薄汚れた魂を持つ者もまた、多く見てきた。……お前のようにな」

 

「俺の魂が薄汚れているだと……!? ふん、やはりアンデッドでは、この俺の持つ王の威光というものが理解できんようだな! さっき言っていたことだが、なるほど価値観が違うわけか!」

 

(だから、そういうのがどうでもいいって言ってんだろーが……そんなに難しいこと言ってるか、俺? いやまあ、考えても仕方ないかもう……わかんない奴には一生わかんないんだろうしな。……この世界、割とそういう奴あちこちにいるもんな)

 

「高貴なる者、力を持つ者こそ数多の偉業を成し遂げ、歴史に名を遺すのだ! その他大勢の、命に寸分の価値もないような者達をも上手く使ってな! それができない、卑しき身分の者達が、俺のような者以上に輝く魂、気高い生きざまだと! そんな話は聞いたこともないわ!」

 

(俺はむしろそういうのしか聞いたことないけどな、ここ最近は特に。というか……)

 

「どれだけ輝く宝石も、欲しがる者がいなければ石ころに等しい、というのは、よく聞くたとえ話だが……なるほどこういうことなんだな。お前には……お前の目には、この、まばゆく輝く宝石箱が映ってすらいないのか」

 

「何を言っている? 宝石箱だと?」

 

「命とは、魂とは……人間も亜人も、身分の貴賤も問わず、1人1人が等しくその身に持っている……磨き方によっていくらでも輝く、宝石のようなものだ」

 

 ふと、アインズの視線がわずかに上を向く。

 思い出すのは、この世界に来てすぐに出会った……1人の、義に厚い勇敢な男。

 

「戦えば死ぬとわかっていながら、それでも、仕えるべき王のため、守るべき民のために、覚悟を決めて死地に赴いた男を、私は知っている」

 

 罠と知っていながら、民達を守るため、十分な装備も持たずに『陽光聖典』との戦いに赴く決断をしたガゼフの、迷いない、強い意志を感じる目が思い出された。

 

「痛みを伴い血まみれになりながらも国を蝕む膿を出し尽くし、多くの者から恐れられ憎まれる存在となりながらも、自らを慕う者達と共にその道を歩ききり、今なおその先頭に立って国を強く、豊かにし続けている者を、私は知っている」

 

 ちらりと見れば、帝国軍の本陣で、緊張の面持ちで推移を見守っている、金髪の年若い『皇帝』が見えた。その横には、神妙な顔……いやさっきまでは神妙な顔だったのに、刮目した血走らせてギラギラとした視線を向けてくる老人が……怖っ。

 

「甘い幻想だとその夢を笑われながらも、決して下を向かず、諦めず、夢を追い求め続け……幾多の困難を乗り越えて、民達の多くに慕われ支えられながら、誰も泣かない優しい国を目指して歩み続ける者を、私は知っている」

 

 聖王女カルカは、隣に立っているレメディオスとケラルトの姉妹と共にこちらを見ていた。

 エオン達から聞いていて、アインズが敵ではない旨は知っているはずだが、それでもやはり不安は完全にはなくならないのだろう。警戒の色は消えていない。

 しかしそれ以上に、こちらを見定めようと、理解しようとしているような意思を視線に感じた。

 

「常に国を、民を狙う外的脅威にさらされる中、自分にそれを守れる力がないことを嘆きながらも……それでも、自分にできることを全てやって、国を、民を守るために、支えてくれる者達と共に力を尽くす者を、私は知っている」

 

 ここにはいないが、竜王国では今日も国境付近で戦いが繰り広げられているのだろうし、そこで生じる被害をどうにか抑えるために、ドラウディロン女王は頭を悩ませているのだろう。

 なんだかんだ言いながらも、忠臣である宰相がそれを支えている様子まで見えてくるようだ。

 

「自分達が生きて帰れないことを悟りながらも、大切な家族や、守りたい仲間のために、それを逃がすために武器を取って、勝ち目のない戦いに身を投じた者達を、私は知っている」

 

 アンデッドの軍勢から仲間を守るために殿を務める決意をした、ザリュースを始めとした蜥蜴人(リザードマン)の勇者達。

 守るべき妹2人がいるアルシェを逃がすために、もう生きて会えないことを覚悟して、笑って彼女を送り出した『フォーサイト』の3人。

 

「絶望と失意の底に叩き落され、一度は死すら望むほどに追い詰められながらも、ふたたび日の当たる場所で、ゆっくりと、だが1歩1歩確実に、自分の足で歩み始め……途方もない道のりになるとわかっていながら、新たにできた夢を追う決意をした者を、私は知っている」

 

 カルネ村にいるツアレは、近くで戦争が起こっているということで、不安そうにしているだろうか。しかし、それでも彼女なら、その不安を懸命に抑え込んで、1つ1つ自分にできることを積み重ねてリハビリに励んでいるに違いない。いつの日か、セバスの隣に立つという夢のために。

 

「国も家族も全て失うほどの悲劇から傷だらけで生還し……種族の違いも、寿命の差も、生きてきた時代さえも超えて、分かり合える仲間達と共に歩み出し……多くの苦難を乗り越えて絆を育み、多くの敵を倒して罪なき民を救う英雄となった者を、私は知っている」

 

 かつて一夜にして故郷も家族も全てをなくしたイビルアイ―――キーノ・ファスリス・インベルン。止まってしまった鼓動が動いているように錯覚する、今の楽しい時間を、それを与えてくれた仲間達を……絶対にないがしろにすることなどないし、全力で守るために戦うだろう。

 そして同時に、今から200年ほど前に、彼女が『十三英雄』だったころに苦楽を共にした仲間達のことも、忘れることはないだろう。

 

「生まれたことすら疎まれ、祝福も理解もない中で、あまりにも多くの時間を失った嘆きから、己の心を見失いかけながらも……手を差し伸べてくれた者達と共に、失った時間よりも価値ある時間を送っていくことで、自らの人生を取り戻すと決めて歩き出した者を、私は知っている」

 

 そんな時期もあったなあ、と、当のアンティリーネは鼻息一つで笑い飛ばす。もう、彼女にとっては、それも過去のことでしかない。褒められている点については悪い気はしないが。

 そのすぐ隣には、吹っ切れたような顔になっているアンティリーネを見て、『いい顔してんなあ』と羨望と呆れが混じった表情のクレマンティーヌ。アンティリーネほどではないにせよ、彼女もまた、祝福のない人生を歩んできた過去を持つがゆえに、色々とわかるものがある。

 

「続く苦難に悲鳴を上げる祖国を、苦しむ民を救うため、血のつながった肉親にすら弓を引く覚悟をもって立ち上がり……多くのに笑顔と安らぎを取り戻したばかりか、絶対に分かり合えないと思われていた敵国とすら共に歩み出してみせた者を、私は知っている」

 

 聖王国軍に同道している、ヘイムダール王国女王・ユリーシャ。

 色々と思惑があった上でのことなので、他の面々とはやや違う気分ではあるが……祖国(仮)をどうにかしたいという気持ちがなかったわけではない。完全に当てはまらないわけではない。多分。

 

「そして……その気になれば全てが手に入るほどの力を持ち、自分を否定することのない配下達に囲まれながらも、力に溺れて他者をないがしろにすることなく、『自分が自分らしくいること』と、『自分の大切な者が笑顔でいること』にこそ絶対の価値を見出し、この世界で、家族のみならず、それに連なる者達全ての笑顔と幸せを守り続けてきた者を、私は……よく、知っている」

 

 そして……恐らくはアインズが、この世界に来てから一番世話になっている……彼女がいなければ、多くのことが全く違う結果になっていたであろうと確信できる存在。

 狐耳に狐しっぽの絶世の美女にして、自分の愛弟子……そして、かけがえのない『戦友』……ラストにゃんにゃんの、自然体の笑顔が浮かぶ。

 

「どれもこれも、言うは易く行うは難し……いや、言うだけでも苦難の道とわかるものすら多く、決して楽になしえる所業ではない。だがそれを成し遂げて、人々の記憶と心に名を残してみせた、彼ら彼女らの魂は……まさしく、宝石と呼べるほどの価値あるものだと言えた。私は……力の大小など関係なく、そういった気高き志を持ち、いばらの道を歩んだ、あるいは今も歩み続けている者達をこそ、心から尊敬する」

 

「……そう、お前とは真逆、対極に位置する者達だ、バルブロよ」

 

「翻ってお前はどうだ? 地道な努力で自らを高めることを怠り、力を手にするために安易な手段に走って道を踏み外し、本来守るべき民や部下達を虐げるどころか食い物にし、高貴なる者としての責務を果たすどころか理解すらしていない……このような、生まれた立場に胡坐をかいて堕落した手本のような貴様の命が、魂が、どこをどうしたら宝石になるというのだ?」

 

「お、俺は……俺は生まれながらに王となるべく生まれた!」

 

(それはもう聞いたっつーの)

 

「貴様の言うように命や魂が宝石となるというのなら、俺は生まれながらにこの世の誰よりも輝きを放つ宝石をこの身に持っているのだ! ゆえに磨き高める必要などない……現に俺はこうして、リ・エスティーゼ王国の王となり、俺の後ろには多くの貴族と民がついて……」

 

「ついてきていると思うか? 共に立っていると思うか? 違うな……それらは、ただそこにいるだけだ。立場上簡単に動くことができないだけで、お前を慕って、お前と共にいることを選んでそこにいるわけではないし、従っているわけでもない」

 

「っ……それの何が悪い! 俺は王としてそいつらを率いて大業を成し、王国にバルブロありと天下にその名を轟かせる! であるならば、言うことを聞く奴隷たちの意思など問題ではない! 俺の役に立つかどうか、それだけだ!」

 

(それを堂々と部下達の前で……全く、コイツホントに……)

 

「それこそが俺に、そして国にとって最も重要なこと……着いて来ない者、来られない者など不要! そうとも、王とは国、国とは王! たとえこの国で笑っているのが俺一人だろうとも、俺さえ満足していられればそれでその国は、何も問題など……」

 

 

 

 ―――ぶちっ

 

 

 

 「どこまでたわけたことを抜かす、この愚か者がぁぁああああ!!」

 

 

 

(コイツ今何て言った……? 自分一人でも笑っていられればそれでいいって? それが国として正しい形で、何も問題はないって言ったのか?)

 

(一人ぼっちで座る玉座の……あの空しさが、寂しさが、苦しさが、悔しさが……国とギルドの違いはあれど……! あれが、あんなものが正しい在り方だと言ったのかこいつは!? 隣に誰もいないということが、どれだけ辛いか……隣で誰かが笑っていてくれることが、人にとってどれほどの救いになるか……! 理解できないのか、お前は、まだ心はギリギリ人間であるくせに!!)

 

「ここまで愚かだとは思わなかった……いやさ今もってなお理解できん! お前、本当にリ・エスティーゼ王国の王族として生まれて育ったのか? ザナック王子やラナー王女と同じ場所で生まれ育っておきながら、どうしてここまで愚かになれた? どうして自らを磨くということの意味を、王になって国を背負って立つことの意味を知らないままここまで生きてこれた?」

 

「な、何を言って……なぜここでザナックやラナーの名が出て……」

 

「貴様今まで一体何を見て来た!? お前の父であるランポッサ3世は、たった1人で国を動かしていたとでも言うのか? そんなやり方で国どころか小領主ですら務められるとでも思うのか!? あのガゼフ・ストロノーフのような男が、そんな男に剣を捧げてついていくとでも思うのか!?」

 

「1人1人が磨き上げた宝石は、その者の生き様は、時にその者のみならず、周りにいる者すらも同じように輝かせることすらあり、また同じ輝きを持った者同士はひかれあい集い、同じ方向を向いて歩んでいくこともまたある! そうした輝きは、その者が守り抜いた国そのものの輝きとなって永きに渡りその地を照らし続け、時にはその者が死した後も色あせず消えることはない!」

 

「今言ったガゼフとてそうだ! 平民の出でありながら、王の信を受け、王の剣として国を、民を守るために戦うという覚悟と誇りを常に胸に持ち、そのためならば命を懸けることすら恐れない! その輝きに惹かれたからこそ、彼は広く慕われ、周りには志を同じくする部下達が集まり、『王国戦士団』はより広い範囲を照らし守る力となった!」

 

「ガゼフだけではない、帝国皇帝のそばには『逸脱者』フールーダ・パラダインと『四騎士』が、聖王国の聖王女カルカのそばには懐刀のカストディオ姉妹が、竜王国の女王の元には多くの優秀な冒険者や忠義溢れる兵士達が、それぞれ集い、互いの大切なものを支え合っている……!」

 

「互いに引き合い、惹かれ合い、輝きを増すからこそ1人ではできなかったことを成せた、これから先も、1人ではできないだろうことを成せる! そんな仲間が、友が、忠臣が、なぜ彼らと共にいると思っていた? 金で買ったとでも思っていたか? 地位や名誉を欲するが故か? はたまたただの偶然か? そんなわけがないだろうが!」

 

「帝国の皇帝ジルクニフは、鮮血帝などと呼ばれ恐れられているとは広く聞くが、悪評も何も覚悟の上で改革を断行した結果、今日の帝国の繁栄と民の笑顔がある! そのように民と国に向き合うからこそ、『逸脱者』フールーダ・パラダインや『帝国四騎士』が彼の元に集って共に時代の荒波を乗り越え戦い続けている!」

 

「甘いだの出来っこないだの、王の器ではないだのと、心無い陰口を叩かれながらも折れることなく『弱き民が傷つかない、誰も泣かない国』を目指して諦めず突き進む聖王女カルカの隣に、常にカストディオ姉妹がいて支え続け、数多の苦難を乗り越えてきた!」

 

「隣接するビーストマンの国からの襲撃という国難とも呼べる事態が常態化している苦境の中にあってなお、竜王国のドラウディロン女王は自分にできる全てを尽くして国を民を守っている! その彼女の姿勢に感銘を受けたからこそ、傍らにいる忠臣達はそれを支え、かの国の軍人達や冒険者達は、危険を承知で戦場に赴きそれを助けている!」

 

「『黄金』と言われてちやほやされる一方で、政からはほぼ切り離され、献策を行っても通らない、誰からも理解されない中で……それでも笑顔を絶やさないラナー王女の周りに、クライムを始めとしたそれを支える者達がいて、それらがいるからこそ彼女もまた輝きを曇らせることなく、笑い、少しずつではあるが前に前に歩いて行ける!」

 

「それにお前は、未だ王位についていなかったころのザナック王子の周りに貴族達が集まっていたことを疎ましがっていたな!? それとてザナック王子が今の王国を憂い、自分にできる範囲、手の届く範囲から立て直しを進めて国をよくしようとしていることを察し、志を同じくする者が集まり、その妨げになる貴様のような輩ににらみを利かせていたからだろう!」

 

「何もかも自分の思い通りになると思い、それでいいと思い、自分のためだけに生き、自分以外を何とも思っていない貴様のような男には永劫手に入らない宝だ! それこそ……民の1人1人ですら持っているというのにな!」

 

「貴様が同じ人としてものの数にも数えなかった民達ですら、田畑を耕し、家畜を育て、有事の際には武器を取って大切な人を背中にかばい……助け合い、支え合って生きている。それとて、1人1人が放つ『宝石』の輝きだ!」

 

「お前の言う『持たざる者』『地を這う者』の行いだとしても、1日1日を懸命に生きて、夕食時のほんのわずかな時間、大切な人と笑い合うささやかな幸せを大事にしている……そんな民の『戦い』を、私は断じて笑うことはない!」

 

「皆、その命の限り何かを成さんと励み続け、その宝石を己の形に磨き上げ、千差万別の輝きを宿している! 誰もが、財を持たずとも、力を持たずとも、懸命に生きる中で笑い、そして他の誰かを輝かせているのだ! それが、それこそが命の輝きというものだ!」

 

「貴様が言うような、上に立つ者の奴隷としての価値しかないような……そこにいるだけの、どう使ってもいいしいくらでも踏みにじっていい命など、1つたりともこの世にありはしないのだ! それがわからぬか、この大馬鹿者めが!!」

 

 

 

 癇癪から来る怒号のようにも、威厳ある高僧の説教のようにも聞こえた。

 アインズの言葉は戦場に響き渡り……各々、異なる感想をそれに抱いていた。

 

『知った風に言ってくれるな』と思いつつも、内心悪い気はしていないジルクニフ。

 

 アンデッドでありながら命の大切さを見事に説いてみせ、さらに自分の夢を理解してくれたことに胸が温かくなったカルカ。

 

 その他の面々も、各々違ったことを考え、心の中にそれぞれ異なる思いを宿している中で……それは、起きた。

 

 

 

 ―――がしゃん

 

 

 

 音がしたのは、リ・エスティーゼ王国の軍の前線からだった。

 1人の兵士(徴兵された農民)が、手に持っていた槍を取り落とした。

 より正確に言えば、持っていた手を離した結果、重力に従って槍が倒れた。

 

 

 ―――がしゃん

 

 

 隣の兵士が同じように槍を手放した。

 槍は倒れ、同時に、その兵士の目から涙があふれ出て流れ始めた。

 

 

 ―――がしゃん

 ―――がしゃん

 ―――がしゃん

 

 

 あちこちで槍が倒れる。

 涙を流す者もいる。空を仰ぐ者もいる。耐え切れず泣き崩れる者もいる。

 

 

 ―――がしゃん がしゃん がしゃん

 ―――がしゃん がしゃん がしゃん

 ―――がしゃん がしゃん がしゃん

 ―――がしゃん がしゃん がしゃん

 ―――がしゃん がしゃん がしゃん

 ………………

 

 

 兵達が皆、槍を手放す。

 

 否、兵達だけではない。

 

 馬に乗っていた指揮官役の貴族が、ゆっくりと馬を降りた。

 兵達の先頭に立っていた隊長格の兵士が、ゆっくりと兜を脱いで地面に置いた。

 涙で顔をくしゃくしゃにしている若い騎士が、腰に差していた剣を地面に投げ捨てた。

 従軍していた神殿勢力の神官達が、滂沱の涙を流しながら手を組んで祈っている。

 

 たっぷりと、5分が経つ頃には。

 

 

 

「……なん……だと……」

 

 

 

 聞こえたそれは、誰の声だったのか。

 

 バルブロか、ジルクニフか、それとも他の軍の他の誰かか。

 あるいは……アインズか。

 

 

 リ・エスティーゼ王国軍、動員総数30万人。

 バルブロの周囲にいた、彼の腰巾着たる貴族達やその私兵たちを除く、その全員が……戦意を喪失し、暴君のための利己的な戦いを放棄していた。

 

 

 

 

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