オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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第17章 災厄の降臨

 

 

 はー……無理。

 私の師匠がカッコよすぎて無理。(限界オタクの悲鳴)

 

 ちょっと前、戦場でアインズさんがマイクパフォーマンス?する予定だったところで、予定と違うこと言い出したもんだから『ん?』ってなってたんだけど、そこからのアインズさんの演説が、台本とかその他諸々、あらゆる意味でぶっちぎるレベルでサイコーだった。

 熱い! 気高い! 神々しい! 心に、心に響く!

 

 エロ系の事柄一切関係ないことで、ここまで胸がじーんとさせられたの……いつ以来だろ。

 

 何がすごいって、演技としての『アインズ・ウール・ゴウン』の言葉だけじゃなく……彼自身の正真正銘の本音である、『モモンガ』や、おそらくは……名前知らないけど、アインズさんのリアルの自分の意思が、気持ちが込められた言葉だったところだよね。

 だからあれだけ必死な、真剣な言葉として紡がれて、そして人の心に届いて、揺らした。

 

 人が何かを言う時の『真剣さ』って、良くも悪くもきちんと聞いてる人に伝わるもんなんだよ。

 

 ふと、私でもこんな感じだったのに、これをライブで見てるはずのナザリックの皆大丈夫かなって思って『伝言』で確認して見たら……案の定、いい意味で壊滅状態だったそうだ。

 至高の御方が見せた見事な演説に加えて、それを聞いた王国軍全軍が戦意喪失。元々予定していたよりもはるかに実り多い結末に向かっていく――しかも魔法とかスキル一切使わずに、正真正銘アインズさんの言葉だけで――のを見て、しもべ一同感涙だそうで。

 

 なお、それを報告してくれたのは、比較的無事だったらしいマーレである。

 シャルティアとアルベドはちょっと今行動不能で、デミウルゴスとパンドラズ・アクターはその対応やこの後の『最終決戦』の準備で忙しいからって。

 いやあ、すげえ流れ弾……もちろん、いい意味で。

 

 このまま日記で軽く10ページ分くらい、私の超カッコイイお師匠様について語りまくってもいいんだけど……きりがなくなりそうなので、ひとまず一旦区切るね。

 その辺はまた今度、ゆっくりね。

 

 

 

 さて、そんなわけで王国軍は行動不能になったわけだが……この結果に不満どころじゃなくブチ切れたバルブロは、衆人環視の前で悪魔召喚(要:生贄)を行い、自分が人として行ってはいけないところまで行って、いや堕ちていることを、わざわざ自分で証明してくれた。助かる。

 

 さらにそこにラナー王女が丁寧にかつ簡潔に、バルブロの今の状態を説明。

『バルブロ王は悪魔に魂を売っていたんだよ!』『な。何だってー!?』になったところで、いくらかの舌戦の後、戦いは始まった。

 

 最初、バルブロは悪魔を大量に召喚してクライム達を殺させようとしていた。

 しかし、低レベルの召喚スキルで呼び出せる程度の悪魔が、今更今のクライム達の相手になるかと言われれば、当然『否』なわけで。

 

 クライムやブレイン、レイナースやザリュースには、近づいた端から切り払われて討ち取られ、

 

 ネイアやカルウィンには、狙い打たれて貫かれ、撃ち落とされ、

 

 アルシェやイビルアイの魔法で、固まっているところをまとめて吹き飛ばされ、

 

 ならばとばらけさせても、高速で動くクレマンティーヌやヴィヴィアンに各個撃破されて。

 

 なお、エオン、ノア、アンティリーネはまだ温存。ほどほどに手加減して、クライム達と同じような感じで戦っている。この3人はぶっちぎりで強すぎて、本気出したらすぐ終わっちゃうので。

 

 そして、少しくらい傷を負ったり疲れたとしても、後方からラナー王女が聖なるアイテムの力で癒してたちどころに回復させてしまう。

 

 そんな戦いが繰り広げられるうち、らちが明かないと思ったのか、とうとうバルブロが自ら魔剣を手に出て来て、直接クライム達を斬り殺すべく襲い掛かった。

 

 それ以前の戦いと同じで、バルブロは『闇の衣』を使い、クライム達からのダメージを大幅カットしにかかったけど、すかさずクライムが『勇者の剣』の力を使うと、放たれた光がバルブロの体を覆っていた闇のバリアを引っぺがして、普通にダメージが通るようになった。

 

 ……なお、この『闇の衣』だが、もちろんバルブロがそういう固有能力を手に入れたとかではなく、デミアが改造手術の際に植え付けた、単なる耐性強化スキルの1つである。

 バルブロがそれを使うのに合わせて、その影に潜ませている『影の悪魔』がアイテムを使い、耐性を強化することで『何物をも通さない闇のバリア』的に見せかけているのだ。

 なお、エフェクトが課金ガチャのはずれの見た目だけの代物なのは前に言った通り。

 

 しかし、クライムの『勇者の剣』には、闇を祓う聖なる光の力……ではなく、闇属性バフ特効のバフ解除機能を持たせてあるので、引っぺがせた、というカラクリだ。

 あと、光系の無駄に神々しいエフェクトが入るので、神様由来の勇者装備というネームバリューにもぴったり合う。

 

 絶対だと思っていた守りを失ったバルブロは、困惑しながらも、その強いステータスと強い装備を文字通り振り回して戦う。

 それだけでもこの世界の標準的な強者レベルなら相手にならない強さではあるが、相応の相手と戦ってレベルを上げて来たクライム達はそれに食らいつく……どころか、上手く連携して押し返し、反撃して斬りこんでいく。

 

 クライムの渾身の上段斬りがその身に傷を刻む。

 ザリュースがバルブロの攻撃を受け止めて味方を守り、できた隙間にブレインが斬りこむ。

 クレマンティーヌが貫き、レイナースが薙ぎ払って吹っ飛ばす。

 後方からはアルシェとイビルアイが魔法で、ネイアが弓矢で援護を兼ねた攻撃。

 バルブロが魔法――これも悪魔の力――を使おうとすれば、ヴィヴィアンが魔法阻害のナイフを投げて妨害したり、放たれた魔法はカルウィンが撃ち落として無効化してしまう。

 悪魔を召喚して物量で押しつぶそうとしても、エオン、ノア、アンティリーネが消し飛ばす。

 

 何一つ思い通りにならずにイライラが募り、冷静さを失って太刀筋が雑になり……より隙が大きくなって攻撃を余計に受けることになる。

 再生するとはいえ痛みはあるし、再生にだって限度はある。バルブロの動きは少しずつ鈍っていった。

 

 そして、バルブロは気づいていない。

 傷ついて再生するたびに、自分の体が徐々におかしくなりつつあることに。

 

 最初は普通の色だった肌が、徐々に毒々しい暗緑色に染まり始め、人の肌の色からかけはなれたそれになっていく。まるで、アンデッドの腐肉のような色になってくる。

 口からよだれを垂らし、目は狂気に染まって血走っていく。

 

 戦っているクライム達も、その戦いを見ている各国の人達も、その異変には気づいているけど……何が起こっているのかはわかっていない。

 けど、多分もうすぐわかる。

 

 業を煮やしたバルブロは、一気に勝負を決めるため、悪魔の力を最大限解放して……

 

「ぐっ、が……があぁあぁぁああああぁぁっ!? 何だ、何だこれはぁぁあああ……!?」

 

「っ……何だ、様子がおかしいぞ?」

 

「いったん離れろ! 距離を取れ!」

 

 苦しみ出したバルブロからクライム達が離れると……バルブロの体が大きく膨張し……ゆっくりと異形の姿へ変化していった。

 体が内側からボコボコ波打つみたいにうねって、皮膚を突き破って筋肉が膨れ上がり、その後すぐに皮膚が再生して覆われ……急激な変化に耐え切れず骨が砕けて、しかしそれもすぐに再生し……そんな感じの繰り返しで体が変化していく。うーん、中々のグロ映像。

 

 変化している間中、バルブロはずっと悲鳴というか絶叫。これが彼が意図してやっていることじゃないのは一目瞭然で、見ている人皆が『暴走』の二文字を頭に思い浮かべてただろう。

 

「悪魔の力などに手を出すから……強大なれども邪悪なその力が、人の身に扱えるものではないことなんて、わかり切っていたはずでしょう……っ!」

 

 目をそらし、悲痛そうな表情になり、声を震わせ、目の端に涙を浮かべながらの……ラナー王女の声が、やけに戦場に響いて聞こえた。

 なお全部演技で、言ってることは大嘘。ナイスアシスト。

 

 変化がおさまった時、バルブロの姿は……まったくもって元の姿の面影がない、異形そのものといった姿に変わっていた。

 

 筋骨隆々の肉体で直立二足歩行。そして、頭や首のあたりに生えている色々な毛(・・・・)が、バルブロの金髪や髭を思わせる金色。共通点はマジでこのくらいしかない。

 

 頭からは大きな角が2本生え、足は分厚い蹄のような形に。両方の手には、片方に魔剣・クーゲルシュライバーを、もう片方には魔力か何かで生み出した、負けじと禍々しい剣を持っている。

 そして顔は、オークみたいな豚ないし猪っぽい、鼻が上を向いた醜悪なそれになり、目は赤く光ってどろりと濁り、白目と黒目の区別がつかない。

 肌は毒々しい暗緑色で、頭から背中にかけて鬣のように金毛が生えている。顎のあたりにも、髭みたいに生えている。

 

 このガノン(時オカ版)みたいな見た目で、元は人間です、って言われても信じられないだろうな……。

 この姿への変身を、改造段階でインプットしていたデミアの技術が……最早職人技だよ。あっぱれだ。

 

 こうして、バルブロは悪魔の力を制御できなくなり、暴走して怪物そのものになってしまいましたとさ。

 

 あまりの変貌にクライム達も絶句する中、変化しすぎて正気を失ったバルブロは、理性も知性もかけらも感じない咆哮を上げると、両手の剣を滅茶苦茶に振り回して襲い掛かってきた。はい、バルブロ第二形態ってことで、第2ラウンド開始ね。

 

 

(中略)

 

 

 始まったけど、特筆すべきところもなく終わっちゃったな。

 

 腕力や狂暴性は上がったけど、図体がでかくなった結果スピードが下がっちゃったからな。

 攻撃範囲は広くなったけど、攻撃の精密さがなくなったし、フェイントとかも入れてこなくなったから、かえってかわしやすくなった。

 

 逆に、知能が下がってバルブロは簡単にフェイントとか視線誘導に引っかかるので、むしろ第一形態より楽に倒せてたかもしれない。

 再生能力も強化されてたから、時間はかかってたけどね。

 

 立つ力ももう残っていない、傷の再生も鈍い。

 全身から血を流し、動けなくなって倒れ伏すバルブロ。

 

『なぜ、こんな……俺は、王に……生まれながらの、選ばれた、偉大な……』

 

 わずかに残ったバルブロの意識が、なおも意地汚く欲望を垂れ流す。

 けど、さすがにもう、こんなになっているバルブロに対して、嫌悪感や怒りを向ける人はもうほとんどいなくて……どっちかっていうと、哀れみや呆れの視線を向ける人の方が多かった。

 

『俺は……王、だぞ……リ・エスティーゼ王国の……世界の、頂点の……』

 

「……もう、終わりにしましょう、バルブロお兄さま。……クライム、お願い」

 

「承知しました、ラナー様」

 

 うつむいて、声を震わせながらもはっきりと命じたラナーの言葉を受けて、クライムが『勇者の剣』を手に、前に進み出る。

 諸悪の根源であるバルブロにとどめを刺し、全てを終わらせるために。

 あるいは……こんなになってしまったバルブロの命を終わらせることで、救うために。

 

 しかし、その前に……というか、倒れているバルブロのすぐ横に、突然炎が燃え上がり……中から、魔王ヤルダバオトが現れる。

 異形バルブロよりも恐ろしい『魔王』の出現に身構えるクライム達。すぐに飛び退って、ラナーを守る形で身構える。

 

 さーて……ここからいよいよ最終局面、というか、最終決戦だ。

 

 テレサ達、ちゃんとスタンバイしてるかな?

 

 

 ☆☆☆

 

 

「魔王ヤルダバオト……やはり現れたか!」

 

「せっかく面倒見てた王様が殺されそうになって、慌てて出てきたってわけか?」

 

 出現したヤルダバオトに対して、イビルアイとブレインが挑発交じりにそう言うと、倒れ伏しているバルブロ(異形)が、どうにか顔を上げて、

 

「いいところに、来た、ヤルダバオト……俺を、逃がせ……王都、へ返せ……!」

 

 肉体が異形化した影響で、声も濁って聞き取りづらくなっているバルブロが、ヤルダバオトに対して……自分の命令に従うと信じて疑わず、自分を助けるように命じる。

 

「王都に、帰って……儀式を……! もっと多くの、命を、捧げて、俺を強く……! そうすれば……こんな奴ら、どうとでもできる……!」

 

「まだ……まだそんなことを言うのか! この期に及んで、これ以上、民達を犠牲にするつもりなのか!」

 

「うるさい……! 黙れ、平民が! 俺の国だ……民の命は、俺のものだ……! どう使おうと、俺の勝手……!

 

 

「いいや、違う……それは間違っているぞ、兄上」

 

 

 その声は、バルブロの後ろから聞こえて来た。

 言ったのは……鎧を着込んで、馬に乗ってそこにやってきていた……ザナックである。

 

 ザナックだけではない。彼が率いて来た王国軍の兵士達に加え、彼の仲間であるレエブン侯とその私兵達、他にも数名、バルブロに従わなかった良識ある貴族達も来ていた。

 さらに、先の王都での『ゲゲル』の際に活躍した英雄達……『漆黒』のモモンと仲間達に加え、『蒼の薔薇』のラキュース達もそこに来ていた。仲間達の姿を見つけて、思わず『ラキュース!?』とイビルアイが声を上げる。

 

「ザナックお兄様!? なぜここに……というか、いつの間に!?」

 

「出てくるのが遅くなって済まない、妹よ。つい今しがたまで……『エルヘヴン共栄圏』の軍の陰に隠れていたんだ。ベネヴィエント子爵に協力してもらい、渡りをつけてもらってな」

 

 バルブロが王都を制圧し、即位したあの時に、ザナックはレエブン侯の協力により、王都から逃れて今まで隠れ住んでいた。

 そのレエブンと協力関係にある、いわゆる『まともな貴族』の中に――ラスト達とつながりがあるからこそなのだが――ベネヴィエント子爵家がある。彼らは王国の中でも辺境に領地を持つゆえに、権力争いから一歩引いた立ち位置にいる。

 そして同時に、領地がその近くにあるがゆえに、『エルヘヴン共栄圏』と交流を結んでおり、交易によって木材や食料などをやり取りする関係にあった。

 

 そのルートを通じて、ベネヴィエント子爵に知らせが届いた。

 今回、バルブロが帝国に宣戦布告したわけだが……その際、同じようにバルブロがちょっかいを出していた『エルヘヴン共栄圏』が、対応のために動くこと。

 その際、共栄圏の指導者である『神』が動く以上、高確率でバルブロ達は敗れる上に、その間、王都はほぼがら空きになるであろうこと。

 そして、バルブロのような愚かな王が隣国の政権を握っていることは、共栄圏にとっても有害であるため、ザナックが立ちあがるのならば、力を貸すこともいとわない、ということを。

 

 その申し出を受け入れたザナックたちは、バルブロが王都を出てすぐ、レエブン侯とベネヴィエント子爵、その他協力関係にある貴族達の力でもって素早く王都と王城を制圧し、クーデターを起こした。

 その際、バルブロの圧政悪政に辟易していた民達や兵士達、貴族達すらもそれを歓迎してくれて、拍子抜けするほど簡単に成功した。

 

 そして、軟禁されていた父・ランポッサを救出し、王城を任せた。ガゼフと戦士団もついているので、防備は問題はないだろう。

 ザナックはそのまま戦支度を整え……出陣。その際、ヤルダバオトが絡んでいることも明らかになったため、『漆黒』と『蒼の薔薇』にも協力してもらえることになり、合流。

 王国の領地を東側に大回りし、『エルヘヴン共栄圏』の軍と合流。その陰に隠れる形で戦場までやってきて、息をひそめていたのだ。

 

 そして今、ここにいる。

 

「兄上、もうあなたに帰る場所はないし、あなたはもう王ではない。既に玉座は、父上の元に戻った……そしてあなたには、王国の民達を、悪しき儀式の犠牲にした責任を取ってもらう!」

 

「バカな、ことを……言うな! 俺の、国だ! 俺の、城だ! 逃げた、お前ごときが、今更……出しゃばって、くるな……!」

 

「見苦しいのも都合がいいのも百も承知だ! それでも俺は……俺達王族は、この国をよくするために全力を尽くさねばならない! その義務を生まれながらに背負っているんだ! それを忘れた……いや、理解すらしていないあなたに、玉座に座る資格などない!」

 

「黙れ……黙れ! 俺が……俺こそが、この国の……!」

 

 誰一人頷くものがいない中、壊れた機械のようにそれだけを繰り返すバルブロ。

 それをただ1人、傍らに立って見下ろすヤルダバオト。

 

「…………やむをえませんな」

 

 一言、そう呟くように言うと……その懐に手を入れる。

 クライム達はもちろん、ザナックの傍らに立っている何をする気かと身構えるモモン達。戦いになれば、かつて王都で繰り広げられたあの壮絶な死闘が、ここでも……そう思い、見ている者達全員の頬に冷や汗がつたう。

 

「バルブロ殿下……さすがにこの状況、我々に分が悪いどころではなくなってしまいました。現代の13英雄とも呼ぶべき者達に加え、王都で私とすら互角以上に戦った『漆黒の英雄』までもがここに来ているとなると……私でもあなたを守るどころか、逃がすこともできないでしょう」

 

「……やけに物分かりがいいじゃねえか。何か企んでやがるんじゃねえだろうな?」

 

「ええ、それはもちろん……企んでおりますよ」

 

 疑うように挑発的な言葉をぶつけるガガーランに、ヤルダバオトはあっさりとそう返した。

 それを聞いて緊張感を増す面々の前で、懐から何かを取り出して、よく見えるように持つ。

 

「ですので……これを使いましょう」

 

「! それはっ……ヤルダバオト! 貴様がなぜそれを持っている!?」

 

「何を驚かれます? 私とて悪魔、コレを持っていようと何もおかしくは……いや、それよりも……漆黒の英雄、あなたまさか、コレを知っているのですか?」

 

 劇的な反応を見せたのは、今まで黙って事の推移を見守っていたモモンだった。

 普段の堂々としたたたずまいとは違う、明らかに驚きや狼狽をこらえきれないという様子で、ヤルダバオトが手に持っているもの……何枚ものカラスの羽や、胎児のような形のレリーフがついた薄気味悪い装飾の『鍵』を凝視していた。

 

「モモンさん!? あの鍵が何か……アレが何なのか知っているんですか!?」

 

「ああ……まずいぞ、ラキュース殿。あの鍵……前に一度だけ見たことがある……私の故郷が滅ぼされた、あの、悪夢のような夜に!」

 

「「「……っ!?」」」

 

 その言葉に、一気に緊張を超えて戦慄が走る。

 英雄モモンの故郷が滅んだ時に目撃されたという、禍々しいアイテム。それを、かの魔王が手に持っている。まともな品であるはずがなく……

 

「これは、地獄の門の鍵です。生贄を捧げることで地獄の門を開き、強大極まりない『魔神』を呼び出すことができる……私すら超えるほどの強大な存在を、ね。魔王たる私をもってして『最悪』と呼ぶほかないアイテムですよ」

 

「なっ……ヤルダバオトを超える悪魔を呼び出す、だと……!?」

 

「ふふふ……ふははははっ!? そんな隠し玉を持っていたとはな! いいぞヤルダバオト……それを使い、悪魔を呼び出せ! 生贄などそこら中にいくらでもいるしな! そして、俺に逆らう愚か者共を殺しつくすのだ!」

 

「ええ、仰せのままに、バルブロ陛下。では………………さよならです」

 

 

 ―――ドスッ

 

 

「はははは…………はっ?」

 

 頭の中に感じる異物感。

 急激に意識が遠のいていく違和感。

 

 見れば、目の前にいるザナックたちやラナー達が、驚いたようすで自分を見ているのに、バルブロは疑問と違和感を覚えて……

 

 その理由が、たった今、ヤルダバオトが、その鋭利な爪で自分の脳天を貫いたからだということに……少しして気付いた。

 

「ヤルダ、バ、オト……? 何を、する……!?」

 

「地獄の門を開くための生贄は……ただの人間や亜人ではだめなのですよ。この世界の者にあらざるほどの、醜く、穢れた魂である必要があるのです」

 

「み、に……けが……?」

 

「今日にいたるまで、あなたに数多の『ゲゲル』を行わせてきた……『ゲゲル』を行うこと自体の『悪』に加えて、その限りのない欲望や、己を認めない者達への嫉妬、弱者を踏みつけにして強くなったことの愉悦、殺された者達の怨念……それらにより、あなたの魂は、最早人のそれではないというほどに『穢れ』の塊となりました。魔神の生贄として、最適なまでに」

 

「……ヤルダバオト……貴様、最初からそのつもりでバルブロ王を利用したのか」

 

「ええ、もちろんです。ザナック王子やラナー王女では、精神も魂も清らかが過ぎて、とても使えたものではなかったので。その点、少しそそのかしただけで、自分の足で歩いてどこまでも落ちていくこの方は、実に都合がよかった。有用なだけでなく、見ていて実に愉快な道化でした」

 

「きさ……まぁ……!」

 

 バルブロの頭から爪を引き抜き、鍵に血を垂らすと……地面に禍々しい黒い魔法陣が展開する。

 その中心に、まるで地面が口を開けるような穴が開いて……ヤルダバオトは、バルブロを引きずってそこに向かって歩いていく。

 

「しかし、あともう少しだけ『穢れ』が足りないようです……私の計算では、この戦場で帝国を滅ぼし、帝国兵達を生贄に使った儀式を行えば、必要なだけの『穢れ』を一気にバルブロ王の魂にため込めたのですが……今のままでは、魔神を呼び出すには足りません」

 

「……ならば、どうする?」

 

「簡単です。生贄を足せばいい……これでも『魔王』などと呼ばれている身ですので、私の魂も追加で鍵に食わせれば……まあなんとか足りるでしょう。人間の魂ではないので、少々動作不良を起こす心配がありますが」

 

 それを聞いて驚く一同。

 目の前にいる魔王は、自分すら生贄にして――生贄というからには、それをすればヤルダバオト自身も死ぬのだろうに――邪悪な存在を呼び出すという。

 それ自体への危機感はもちろんだが、なぜそこまでするのか、という、理解できない行動への戸惑いが……全員の顔にうかんでいるように見えた。

 

「……なぜだ、ヤルダバオト? お前は……何のために……自らの欲望のためでもなく、ただ世界に悲劇をまき散らすのが目的だとでもいうのか……? そうだとしても、それをお前が見ることは……なくなってしまうのだろうに」

 

「……さて、どうでしょうね」

 

 どこか遠くを見るようにして、呟くように言い……次の瞬間、

 

「……上手く説明できません。まあ、別にいいじゃありませんか……私のような『悪魔』の心の内など、理解しようと思っても仕方ないというものですよ……。では、さらばです、『漆黒の英雄』……ただ1人、私と互角に戦った、私を打ち滅ぼせるかもしれなかった勇者よ」

 

 そう言い残して、ヤルダバオトはバルブロと共に大地の裂け目に飛び込んだ。

 バルブロの断末魔だけが、そこにしばらく響き渡り……裂け目は閉じ、魔法陣は消え、戦場には静寂が戻ってきた。

 

 しかし……このまま何も起こらないのか、何も起こらないでくれ、と皆が祈っていた中……

 

 再び、地面に黒い魔法陣が……先ほどよりも巨大なそれが出現し……その中から……

 

「何だ……!? 蛇!? いや……竜か!?」

 

「で、でけえぞ……何なんだコイツは!?」

 

 魔法陣から出てきたのは、赤い目と白い鱗を持つ、巨大な蛇のような竜だった。

 ただの大蛇ではないのは明らかだ。見上げるほどの大きさを持っているのに加え、背中からは翼を生やし、胸のあたりからは腕(前足)も生えている。少しして、後ろ足も魔法陣から現れ……さらに、長大な鞭のような、しかし力強い尻尾も現れた。

 

 悪魔を呼び出すのではなかったのか、この竜が悪魔なのか、と見ている者達が困惑する中、

 

「この気配……不死者(アンデッド)? い、いや、それよりもコレは……嘘だ、そんな……これは、あの時(・・・)の!?」

 

「おい、どうしたイビルアイ? アレ知ってんのか!?」

 

「知らない……見たこともない……だが、知らないが……これは、あ、あああ……!?」

 

 これまでに一度も見たことがないほどに戸惑って……恐怖どころか恐慌一歩手前ではないかと思えるほどに取り乱しているイビルアイ。

 それを見て、その近くに立っているクライムや仲間達は……さらに、少し離れたところにいた『蒼の薔薇』の仲間達もまた、困惑するばかりだ。

 誰も、彼女がこうなる理由がわからない。見当がつかない。

 

 それも当然だろう……イビルアイ自身すら知らないコレが何なのか、知っているはずがない。

 だって、あの時……生き残ったのは、彼女一人なのだから。

 

 イビルアイ……いや、キーノ・ファスリス・インベルンただ1人だけが、200年以上前のあの日、生き残ってしまったのだから。

 

 魔法陣が消え、4本の足で力強く地面を踏みしめる……不死者(アンデッド)の気配を漂わせる、異質な竜。

 その赤い瞳が、カッツェ平野に広がる何十万の人間という光景を見渡して……

 

『……鍵を持っている者がいないな……? これでは、誰が我を呼んだのかわからぬが……まあ、どうでもいい』

 

 

 

『幸いにも、贄となる者達はそろっているようだ……この『朽棺の竜王(エルダーコフィン・ドラゴンロード)』の血肉となるがいい、弱き者達よ』

 

 

 

 魔王の置き土産……魔王すら超える力を持つ、邪悪な『竜王』が、戦場に降臨した。

 

 

 

 

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