「そ、それは……本当なのか!? 『神』の使徒であるユリーシャ女王に向けて……け、『ケイ・セケ・コゥク』を使ったと……!?」
「は、はい……隊長の指示で……しかし、何かしらの対策を用意していたのか、ユリーシャ女王には通じず……そのまま、激怒した『番外席次』殿らによって『漆黒聖典』は……。私だけが、なんとか逃げ延びることができたため、報告をと……」
「な、なんということだ……!」
スレイン法国、神都。
その中心部にある大神殿の奥、最高神官長らが集う会議の場にて……数日前に起こった大事件について、ただ1人生きて帰ってきた『一人師団』から報告が行われていた。
それを聞いた神官長たちの心の内は、到底一言で言い表せるようなものではなく。
驚愕、憤怒、絶望、焦燥……いくつものよくない感情が浮かんでは消え、冷静でいられた者は1人もいないという有様だった。
つい数週間前、『死の神』に謁見し、今後よき関係を築いていければ……などという話になったばかりだというのに、それを帳消しにするどころではない大失態。まさか、神の使徒に対して弓を引くも同然の凶行に及んでしまったとは……。
結果、その場にいた『番外席次』が……血のつながった実の妹にあたるユリーシャ女王への行いに激怒し、漆黒聖典はその場にて壊滅。
ただ1人、この『一人師団』のみが帰ってくることができた。
(信じられん……『漆黒聖典』の隊長は、冷静沈着で優秀な男だったはず。そのような失策をするとはとても……だが、尋問担当者の『異能』によって真実であることは確認できてしまった。なぜだ……何があってそこまで心を乱した? それほど『破滅の竜王』が恐ろしかったのか……!?)
今現在、ユリーシャ女王が使徒として仕えるとされる『命の女神』には謁見できていない。
まずは『死の神』側の信頼を積み重ね、ゆくゆくはもう一柱の神へも謁見を……と考えていたが、それも最早叶わぬ望みだろう。
一刻も早く対処しなければ、使徒に、そして神に詫びなければ……法国の、人類の未来は閉ざされてしまうかもしれない。
そうは思うものの、そもそもどうやって詫びればいいのかというところから答えが出ない。
実行犯である漆黒聖典の隊長らは、既に『番外席次』によって粛清されてしまったと思われる。であれば、ここから先の詫びとしては、さらに誰かが責任を取らなければならない。
敬虔で信心深い彼らは、いざ必要となればその身を捨ててでも神に、人類の未来に尽くす覚悟はできている。神が自分達の命を所望するのなら、それにも従おう。
しかし、それで気が済む保証もないし……その後、国を治める者がいなくなってしまう。それで法国が立ちいかなくなり、人類の未来に影を落とすようでは、元も子もない。
答えの出ない問いに、『一人師団』を責めることすらできず、頭を抱えるしかない神官長達。
しかしその時、会議室の中心の空間が歪み……『
そしてそこから……ユリーシャが姿を見せ、会議室に静かに降り立った。
「なっ……ゆ、ユリーシャ女王!?」
「と、突然なぜこのような場所に……いえ……そのように問いかけるのは野暮、というものですか……」
咄嗟に不法侵入について問いただそうとしてしまったが、よく考えなくとも、ユリーシャがここに乗り込んでくる理由なら考えつく。……そもそもそんなことができるのかという部分にも、相当驚いてしまったが。
さらにユリーシャに続いて、法国を出奔した『番外席次』ことアンティリーネまでもが武装した状態で現れ、にらみを利かせる。
これがただの侵入者ならば、衛兵を呼んで対応するところだが……相手は『神』の使徒。
そして、自分達への断罪が目的かもしれない以上、神官長達に反抗の類に打って出る選択肢はなく……皆、うなだれるように頭を垂れた。
しかし、ユリーシャの口からは、責める言葉は出てこない。
それどころか、アンティリーネと共に、それぞれ左右に避けて両側に立った。
まるで、中央の空間を意図的に避けて、空けるように。
乗り込んできたというのに、いつまでたっても何も言わない2人を不思議に思い、神官長の1人が恐る恐る問いかける。
「あの……ユリーシャ女王?」
「お静かに、レイモン殿。……もう間もなく、お見えになります」
「お見えに……?」
一体誰が、と聞き返そうとした……その時だった。
開けた中央の空間に、まばゆいばかりの黄金の炎が燃え上がる。
その炎の周囲にさらに1つ、2つ、3つ……と、黄金の小さな炎が灯っていき……それが9つ灯ったと同時に、全体が爆発したような輝きが会議室を照らした。
そしてそれがおさまった時、そこには……
「あ、あなた様は……まさか……!」
そこに立っていたのは、鮮やかな金髪に、黄金の毛並みの狐の耳と、同じく黄金の9本の尻尾を持った……絶世の美女。
その顔に、慈愛と……しかし、少しの失望と悲しみをたたえた笑みを浮かべながら……『命の女神』ことラストは、神官長たちを見下ろしていた。
☆☆☆
というわけで……スレイン法国の中枢部、最高決定会議の場に殴り込み……っていう雰囲気じゃないけど、まあとりあえず乗り込みました。
割と神々しい感じで登場して見たんだが……印象はどんなもんかね?
あ、上手くいってたみたい。神官長たちが揃いも揃って跪いて拝んできてる。何も言うまでもなく、私が『命の女神』だってことに気づいたみたいだ。
まあ、横でリーネとユリーシャが片膝ついて控える感じになってるからね……そりゃ想像もつくだろう。2人が『命の女神』の使徒なのは周知だし。
その後、その場で一番偉い『最高神官長』から、謝罪と釈明を聞く。
……内容は割愛。知ってるからね全部。
その上で、『自分達にできる償いなら何でもする』『だからどうか人類を見捨てないでほしい』と……うん、まあ、本当に人類の未来を考えてる真面目で敬虔な信徒ではあるんだな、この人ら。……時折倫理観のブレーキが壊れる……というか、変な方向に暴走するだけで。
私はというと、表情筋を酷使しつつ、慈愛の笑みを浮かべたままにしてそれを最後まで聞き届けて……さて、お芝居始めますか。
「あなた方の思いは理解しました。あなた方が……いえ、あなた方に至るまでの法国の神官達が、人類というか弱い、しかし尊い種族の未来と繁栄を胸に、ただただその身をささげて来たその献身に……まずは敬意を」
「おお……もったいなきお言葉にございます……!」
「その上で……私は今回のこと、とても悲しく思いました。恐らくは、ひと時の気の迷いが原因で起こってしまったことなのでしょうが……私が娘も同然に思っている彼女達に対して、その意志と尊厳を奪うような力の行使が行われたことを……」
「『娘も同然』って、実際に娘だってのにね」
「ね」
そこ、シャラップ。聞こえたらどうすんの。
私の指摘に、神官長達は何も言い返せず、痛恨の極みと言わんばかりの悲痛な表情。
仕方ないから、その心痛をちょっとだけ軽くしてあげようじゃないの。……最後の最後に、ほんの少しの救いをあげるよ。
「しかし、私は今一度……あなた達の、人類の未来のため、その命すら懸けるほどの覚悟を、美しい心を信じてみたい。ゆえに……あなた達には、罰と同時に試練を与えることとします」
「罰と、試練……ですか?」
「……これが、何だかわかりますか?」
そう言って私は、
手のひらにちょこんと乗っかっているそれは、握りこぶし大の……植物の種のような何か。
しかしただの種ではないことは、それが青白く発光し、ただ事ではないオーラを放っていることからも明らかで……その存在感は、彼らが『六大神からの遺産』としてあがめる、数多のマジックアイテム達よりも上、言葉にできないほどの凄みを持っていた。ただの1つのアイテムがだ。
全員、私が持っている『種』から目を離せない。
「ら、ラスト様……そ、それは一体、何なのですか……!? 神の国の、秘宝でしょうか……『六大神』の方々が、残してくださったのと、同じような……」
「いいえ、違います。これは私がこの地に降臨した後に、従属神達と協力して作り上げた……この世界で生まれた新たな秘宝……あなた達の望みである、『人類の救済』に繋がる切り札とも言える、神の力の結晶……『世界樹』の種。私は、『大いなる実り』と呼んでいます」
『世界級アイテム』の中の1つ、特に強い力を持った『20』の内の1つに……『世界樹の種』というアイテムがある。
消費型のアイテムで、使った者のアバターを、あらゆる種族に転生させることが可能という代物なんだけど……もちろんそれとは、今私が持っている『大いなる実り』は関係はない。ただ名前が同じだけである。
前にも言ったように、この種……というか、これが成長した後にできる『世界樹』は、私達がこの世界で作り上げた、いうなれば『人造
その『世界樹』が一体どういうアイテムなのかについて、神官長達に話して聞かせると……彼らはその、確かに人類を救う力を秘めているであろう秘宝にいたく感激し……同時に、そんな秘宝を授かるチャンスをふいにするところだった自分達の愚かな行為を恥じた。
そして、それでもなお自分達を信じて、それを託してくれるというラストの慈悲深さに、むせび泣いて前が見えなくなるほど感謝した。
「あなた方は私心を滅し、その全てを捧げる覚悟でもって、この『種』を守っていかなければなりません。みての通りまだこの世界樹は、生まれる前の『種』に過ぎず、今言ったような『恩恵』を人類にもたらすようになるまでは長い時間がかかるでしょう。人間であるあなた方は、その時まで生きていられるかもわからない。それでも……」
「もちろんです……この身命を賭して、ラスト様の期待に応え、人類救済の一助として……必ずやその『大いなる実り』を、救いの大樹となるまでに、このスレイン法国にて、万難を排して育て上げてみせましょう……どうか、それを見守っていていただきたい……!」
神官長達は、皆揃って力強くうなずく。全員顔が涙とか鼻水でひどい有様だけど。
私は表情を変えないまま、こくりとうなずいて……
「あなた方の覚悟、受け取りました。では、世代を超えた戦いに赴くあなた方に、私からせめてもの祝福を……」
そう言って私は、すっと手をかざし……神官長達に向ける。
……感激しすぎて、意思は強いけど精神は無防備だ。私に信仰レベルの信頼を向けすぎているから……今なら、抵抗なく、精神操作系の魔法が通る。
……嘘は言ってない。
この『世界樹』のおかげで、きちんと人類は救われる。
ただ……あなた方がそれを、自分の手で成し遂げる未来は、来ない。
いや、来ることは来るけど……それを成し遂げるあなた達は、もう、今ここにいるあなた達じゃなくなる。
だから――――さようなら。
「
―――『
私が使えるようになった2つ目の『始原の超位魔法』……その名も『大淫婦の甘い吐息』。
抵抗に失敗した相手を魅了する魔法……を元にして、色々と手を加えたうえで『始原の超位魔法』に落とし込んだもの。
しかし、『洗脳』とか『支配』みたいに、相手の意思を奪って従わせるようなものではなく……きちんと意思を残し、その上で『実質的に服従』させる魔法だ。
その効果は単純にして強力無比。
使った相手は、私への『好感度』がカンスト級に上がって、そこで固定される。
同時に、私に対する『警戒心』が限りなくゼロになり、またこれも固定される。
自分の意思なんかはきちんと残したままなので、普段通りに生活を送る上では何も問題ない。
それどころか、私に対して接する態度すら変わらない。『魅了』した時みたいに、私に対して忠誠を誓う態度を取ったりとか、私を愛しているような露骨な態度の変化はない。
今まで通りでほぼ変わらないので、傍から見ても違和感を抱くこともないだろう。
しかしその実、私の命令に関しては何の抵抗もなく聞き、私が何をしようと咎めることはなく、私を決して裏切らず、私の言うこと全てを信じ、私の害になったり敵対するような甘言には決して乗らず……という感じで、全てにおいて私を優先するようになる。
私が絡まなければいつも通り。私が絡んでも表面上はいつも通り。
私の方から何かアクションを起こしたり、私に関係する事柄で判断を迫られた時だけ、忠実なしもべとして行動するようになる。それがこの『
洗脳とも魅了とも微妙に違う……言ってみれば『認識改変』ってところかな。
そしてこの魔法、状態異常としての強度(優先度)は、私が各種スキルで強化して放つ魅了系のスキルや魅了魔法よりも上である。
すなわち、
それにちょっと及ばない程度、だと思っていいと思う。
というか、そもそもこの変化は『状態異常』と言っていいのかどうか……単なる魅了系の効果じゃなく、頭の中を書き換えるに等しい……『
頭の中を一部作り替える、ほぼほぼ不可逆の変化を刻み込むに等しいものだから。
とどめに、時間経過で解除されることもない。殴られても、どんな薬を飲んでも元には戻らない。
今言った通り、『書き換えて』しまうんだから当然とも言えるが。
……説明が長くなってしまったけど、この『大淫婦の甘い吐息』を食らってしまった神官長たちは、もう私の味方
彼らはこの先、今まで通りこの法国を統治し、導きながら……私のしもべとして、私の望みを全力でかなえていってくれるだろう。そしてそれに、誰も気づかない。
誰も気づかないうちに、この国はもう……私達の手に落ちた。
スレイン法国は、『人間至上主義』や『亜人排斥』を掲げながら、異形種の集団であるナザリックと空中庭園のために全てをささげる国になったのだ。
で、そのスレイン法国には、これから早速ひと働きしてもらうことになる。
今の時点で、作戦の第二段階は達成できた。
次は第三段階。いよいよあのトカゲ共に手袋を叩きつけてやるフェーズだ。
ただし、喧嘩を売ってくるのは向こうであり、こっちから手を出すことはしない。
あくまで私達は、理不尽で傲慢な動機でこちらを排除しに来た自称『世界の覇者』達に対して、自衛のために戦い、結果的に皆殺しにしました、というスタンスで行く。
その為の『種』は、文字通りもう蒔いた。
待ってれば、向こうから来る。
……けどただ待つのもアレなので、せっかく今回手に入れたスレイン法国を使って、ダメ押しで挑発をかましてやろう……って話なわけ。
☆☆☆
この数日後、周辺国家に1つの情報が流れた。
先の『新たなる13英雄』の一件において、ただ1国、協力関係の構築が遅れていたスレイン法国が……ヘイムダール王国とエルヘヴン共栄圏の仲介により『神』に謁見。
その盟に加わり、この先を共に歩んでいくことの許しを貰った。
この、新たな神との関係構築を記念し、スレイン法国は、所蔵している秘宝のいくつかを神に……『死の神』アインズ・ウール・ゴウンに献上することを決定。
それと引き換えに、神からは『人類の守護』のための強力な手札、ないし切り札となる秘宝を下賜されることとなり……近日中にそのための式典が行われることとなった。
その場にて、建国以来『人類の守護者』として戦い続けてきたスレイン法国は、未だ大陸各地で流れ続ける、虐げられし人類の涙を止めるための、新たな力を手にすることとなるだろう……と。
その話は、すぐさま周辺国にも届くこととなる。
王国、帝国、聖王国、竜王国、都市国家連合……そして、評議国。
その、永久評議員の一席に就く『竜王』は、その、神から法国へ下賜されるのであろう『秘宝』に……心当たりがあった。
具体的な中身こそわからないが、あの時感じた『強大なアイテムの気配』を漂わせるものであり……決して自分達が認めることができないものであろう、と。
それに加えて、スレイン法国が所蔵して来た『神々の遺産』が……同じ『ぷれいやー』であるアインズにわたることも、認めるわけにはいかない。
これまでは、人間の身では十全に使いこなせなかったからこそ危険ではなかったアイテムも、その価値や使い方を理解している者の手に渡れば、数段危険度を増すことになる可能性もある。
そうなれば……世界をまた1つ穢し、狂わせ、作り変えてしまうことになるかもしれないのだ。
ゆえに、神への献上も、神からの下賜も、認めるわけにはいかない。止めなければならない。
最早、手段は選んでいられない。
青白い光が満ちる、人の気配がなく、多くの宝物が安置された空間で……白く輝く体を持った竜が……覚悟を決め、ゆっくりと動き出した。