年度初め+人事異動で忙しかったのに加えて、3月に買ったゲームの新作が面白すぎて……いや、言い訳でしかないんですが。
そして、前回とうとう『竜王』と決着がつき……いよいよ最終話になります。
と言っても、今回で終わりじゃなく、後何話かある予定ではあるんですが。ストーリーまとめるには1話じゃ足りなくて……ひとまずかけたところまで分割しつつ投稿します。
次話以降もなるべく早く出したいです。
『神竜戦争』
ナザリック・空中庭園連合軍と『竜王』連合軍の間に勃発した大戦。
その規模に反して、たった数時間という短時間で終わってしまったその戦いは、後にそう称されることになる。
600年前の『六大神』に続く形で、この地の人間達を救うべく降臨した2柱の神に対し、この地に古くから住んでいた『竜王』らが反発。自分達の地位を守るため、それが人類を追い詰めることになるとわかっていながら、その欲望のためだけに戦いを仕掛けた。
しかし、結果は惨敗。新たに降臨した神々と、その従属神らの力の前に、あえなく全滅した。
……というような話が、『スレイン法国』の最高神官長達の口から語られ、大陸中に広まっていった。
『六大神』を信仰するスレイン法国の聖職者、特にその上層部となれば、その信仰心は疑うべくもないレベル。『神』が絡むことで彼らが嘘を言うとも思えず、それは真実なのだとして各地で語られることになった。
結果、先の『13英雄』の件の際に、『朽棺の竜王』が人類……というより、竜王以外全てを見下すようなことを言っていたことと合わせて、『やはり竜王は人類の、いや平和な世界の敵だ』『また神がその力を使って人類を救ってくださった』という認識が広まっていった。
その戦いから数か月。
大陸は、それ以降大きな戦いも特に起こることはなく……どこの国でも、ここ数年なかったほどに穏やかで平穏な時間が流れていた。
もちろん、大小のトラブルは依然として発生してはいるが、それでも、国と国の間で争いが起こり、人が死ぬような戦いが起こらないだけで十分だった。
それらのトラブルは、改めて手を取り合う、手を取り合えることを確認できた『隣人』達と共に、人類皆で力を合わせて乗り越えていけばいいのだから。
☆☆☆
リ・エスティーゼ王国、王城の一室。
そこで、執務机についているラナーは、手馴れた様子でさらさらと羽ペンを走らせていた。
今や『大公』となり、この国において王に次ぐ発言力を持つまでになった彼女。しかも、人の身から天使(正確には堕天使だが)として転生し、『神の使徒』であるというその立場も合わせれば、その影響力はともすれば王以上である。
しかし、ほかならぬ彼女が『自分は王位は継がない』『人の国は、人が治めるべき』として、その地位に就くことを辞退しつつ、一歩引いた立場からこの国を、そして、新たに王となる兄・ザナックを支えていくことを公言した。そのため、彼女をめぐる権力争いなどは起こることはない。
……起こりそうになるたびに、内々に『処理』しているせいでもあるが。
堕ちた王・バルブロの死後、王位は再びランポッサ3世に戻ったが、老齢に加え、今回の件の心労が大きな負担になったランポッサ王は、しばらく経って情勢が落ち着いてから、ザナックに王位をゆずった。
つい先日戴冠式が行われ、彼は新たな王になった。今後、周辺国と手を取り合いながら、この国を豊かにするべく腐心していくことだろう。
その手伝いのため、今日もラナーは、自分の裁量でできる仕事をさばいていく。
そして、その彼女の隣には、今日も『彼』がいる。
「失礼します、ラナー様。ご報告に上がりました」
「ご苦労様、クライム。どうだったからしら?」
「はい。外部居住区ですが、大きな問題もなく運営できているようです。先の戦いで孤児となってしまった者達なども含め、生活再建に向けて順調に取り組む足掛けとして機能しています」
「本当! よかった……これで、少しでも多くの人が救われる……きっとこれからもっとよくなっていく王国の姿を、見せてあげることができるのね」
「はい、ラナー様」
窓から差し込む、陽光を受けて輝く、クライムの白金の鎧。
一点のくすみもないその装備は、以前よりも豪華な、しかし品を損ねない程度の装飾が施されており……そして、もうその装備や立場に対して文句を言う者は、この宮にはいない。
以前ここに勤めていた使用人達は、大半が大貴族達が密偵目的で忍ばせていた者達だった。そのため、公然と内部での情報を――大した情報は持たせなかったとはいえ――外に漏らしたり、ひそひそとラナーやクライムの陰口をたたいたりしていた。
しかし、ラナーがここに帰ってくるに際して、大規模な人員の入れ替えが行われ、そういった者達は、1人残らず排除され、還っていった。(誤字にあらず)
今ここに勤めている者達は、この宮の主であり『神の使徒』であるラナーと、その腹心であり、大陸を救った英雄の1人であるクライムに対して、万が一にも失礼のないように選び抜かれた者達である。
以前の者達のように、隠れて悪口を言うようなことは一切なく、むしろ、2人に対して尊敬や敬愛……を通りこして崇拝レベルで慕っている者達だ。糸もついておらず、不義の心配もない。
そんな、以前よりもずいぶん住み心地のよくなった環境下で暮らすクライムは、今日もラナーの指示でとある施設の査察に行ったところだった。
先の戦いで、バルブロが連れて行ってしまった兵士達……徴兵された農民などが主だったが、正規の兵士達もいくらか含まれていた。そんな者達が、『朽棺の竜王』に殺されてしまい……その妻や子供が取り残され、生活に困っていた。
以前なら、稼ぐ口がなくなってしまい、きつい肉体労働か、女なら体を売るか……あるいは、違法なそれを含めた『身売り』が選択肢に入っていたような危機的状況。
しかし、ラナーがそこに手を差し伸べた。孤児院を始め、そういった立場の者達を援助する施設や制度を整備し、一時だけではあるが、彼ら彼女らが『立ち直る』までのわずかな間、支えてやれるような場所を用意したのだ。
これまでは人知れず社会からドロップアウトしていくしかなかった者達が、少しだけ手を借りて、しかし順調に立ち直っていく。時には、その施設側から仕事を斡旋してもらい、就職して立派に独り立ちしていく。
すでにもう何人も、立ち直って自分の足で歩き始めている人――以前なら落ちぶれて野盗か何かにでもなるしかなかった者達――がいるという。
ゆくゆくは彼らが立派に、温かい家庭を作り、王国の経済活動に貢献していってくれることだろう。
これまでであれば誰も助けてくれず、社会からこぼれ落ちていくはずだった者達が、今は笑うことができている。ほかならぬ、ラナーの手腕によって。
自分もまた、かつて『救い上げられた』者の1人であるクライムは、その事実が何よりも嬉しく……しかし、まだまだ、もっともっとこれから素晴らしい世界になるのだろうと思っていた。
そんな世界を作り上げていくのであろうラナーに仕えていられることが、たまらなく光栄で、嬉しかった。
そんな中、ふと、ラナーが……ほんの一瞬だけ、常の彼女にはないような……まるで、全くの別人のような……恐ろしさすら感じる笑みを浮かべたように見えた。
「……っ!?」
……見間違い……ではない。
まるで、何かを堪えるかのような……しかし堪えきれなくて、おかしくてたまらないとでもいうような笑みが、ラナーの口元にうかんでいた。
なぜ、という思いがクライムの頭によぎり……その目の前で、ラナーは……
「…………っ……ぷふ――っ!!」
……盛大に、噴出した。
その反応に、きょとんとするクライム。先ほどまで、『怪しい』風に見えていた……気がした、ラナーの纏っている雰囲気は、今、何とも言えない、緊張感のないものになっている。ぷるぷる震えて……笑いをこらえている。
顔にうかんでいる笑みは……いつもの清楚な彼女ではなく……なんだかいたずらっぽいそれ。
そんなラナーが、こっちへ来て、と手招きするので、クライムは困惑しつつも、それに従って傍によると……
「よーしよしよしよしよしよしよし……!」
「ら、ラナー様!? な、何を……」
「だって、なんだかこうしたくなっちゃったんだもの。クライムってば、なんだかかわいい子犬みたいで……首にこんなものまでついてるし」
そう言うラナーは、自分の方に差し出されたクライムの頭を、まるで子犬か何かにするようにめっちゃ撫でまわしてかわいがっていた。
しかし愛でているのは、やや小柄とはいえ、それなりに屈強な体格のクライムである。困惑。
さっきまでのそれとは別な、なんというか、脱力と……少し不敬だが、呆れをともなった声音で反論するクライム。
「お、お戯れを……というか、これはラナー様が下さったものではありませんか」
「ええ、ええ、そうなんだけどね? まあいいじゃない、あなただって前は、私のことをこんな風にかわいがってくれたんだもの。お返しよ、お返し」
「そ、それは……ま、まさかラナー様が子犬になっていたとは思わなかったからで……」
『13英雄』の一件の際、ラナーが呪いによって子犬の姿になってしまっていた頃……『アルム』と名付けてその面倒を見ていたのはクライムだった。
その際、今ラナーがやっているようにかわいがっていたり、お風呂に入れたりと……その正体がラナーだと思うと結構色々と冷や汗ものなこともしていた。
ラナーはそれに対して怒ってはいなかったものの、時々それをネタにしてからかって、クライムの反応を楽しんでいた。今のように。
さらに、その一環としてクライムがラナーにプレゼントした『首輪』……今クライムが装着しているチョーカー。
よく見れば、ラナーもそれと同じもの(ただしややサイズは小さく、ひもも細い)をつけているのがわかる。首元に、黒い革のベルトと、ワンポイントの宝石がきらりと光っている。
『私を子犬扱いしてわしゃわしゃしてくれた罰として、私とおそろいのコレを着けなさい』との命令で、2人そろって付け始めたものだ。
クライムの方は少し革部分が太めなので、なるほど『首輪』に見えなくもない。
それに対してラナーのそれは、紐は細い上にゆったりと余裕がある長さなので、チョーカーにもペンダントにも見える形になっている。少なくとも、首輪には見えない。
こんな感じで、時々からかってくるラナーにどぎまぎしつつも……それでもクライムにとっては、今のこの時間が、何よりも尊く幸せなものに思えていた。
以前は決して、望んでも手に入らなかった、心安らげる居場所。主との、幸せな時間。
この先何があっても、何としてもこれをずっとずっと守り続けていこうと……ラナーに下あごをなでられて苦笑しながらも、改めて誓うのだった。
たとえ、彼女と同じように……永遠の時を生きることになろうとも。
ずっと、彼女の隣で。
(……まだ、もうちょっとかしらね。気長にいきましょう)
クライムは、知らない。
屈託のない笑顔の裏で、ラナーが冷静に自分の様子を観察し……自分への信頼度合がどの程度であるか測り、対応をその都度変えているということに。
クライムがつけている、ラナーとおそろいのチョーカーは……ただのアクセサリーではない。
ラストが『始原の魔法』で作り、ラナーに下賜されたアイテムであり……特定の人物に対しての精神耐性が下がる、すなわち、疑いを抱かなくなるという効能がある。それも、急にそうなるのではなく……水が土にしみこんで広がっていくように、時間をかけて、徐々に。
それにより、クライム自身の精神にはなんら悪影響は及ぼさないままに、ラナーに対してだけ『疑い』というものが消えていく。
ラナーは時々、その度合いを測るために……わざと『彼女らしくない笑み』を一瞬だけ見せて、それに対してクライムがどの程度反応するかを観察している。
今のような笑みを見せても、クライムが何も反応しない……問題ではないと思うようになれば……そのくらいに、彼にとってラナーが絶対の存在になれば、もう万に一つも彼が私から離れていくことはなくなるだろうから、と。
(時間はいくらでもある……ゆっくり、ゆっくりでいい)
今でも十分、ラナーは幸せだ。こうして、今までよりもクライムと近くで触れ合えるようになり、それを疎ましく思って邪魔して来る者もいない。
けれど、念には念を。今のこの時間は、永遠に続く……続けるつもりなのだ。万が一にも途中で破綻したりすることのないように、できることは全てやっておきたい。
だから、彼女はこうして……『彼女が望む
(ああ、クライム……ずっと、このままのあなたでいてね。私の大好きな、私を大好きなクライムのままで……世界の終わりまで、私と一緒にいてね)
☆☆☆
「陛下! ぜひともお願いしたき義がございますぞ!」
「何だ、爺……また『職を辞したい』とか言い出す気じゃあるまいな」
執務室の机についている、帝国皇帝・ジルクニフは……入って来るなりそんなことを言い出した白髪に立派な髭の老人・フールーダに対して、げんなりしたような目を向けた。
フールーダの目は、ここ最近しょっちゅう見るようになった色に染まっていた。欲望の色だ。
そして彼の場合、金とか権力とか、そういったものではなく……その至上命題である『魔法の深淵を覗くため』という動機に基づいている場合が圧倒的に多い。
言葉通り、ここ最近しょっちゅう、その目をしたフールーダを目にしていたジルクニフ。
理由は明白である。
新たにこの世界に舞い降りた『神』や、その使徒であるエルフの女王など……今の自分よりも数段上の力を持つ
故に、自分もまたさらなる高みに届かせるために、それらの実力者に教えを請おうと、そう考えているのだ。
そしてその為ならば、この老人は手段を択ばない。今ある帝国での地位とて、簡単に捨ててしまうだろう。
それをせずにこうして帝国に残っているのには、理由があった。
今後、今まで敵対関係にあった王国や、国交のなかった多くの国々も巻き込んで、手を取り合って歩んでいくことになったわけだが……その中には、エルフの国こと『ヘイムダール王国』も含まれている。
そこの女王こそが、フールーダが師事したがっている魔法詠唱者の1人。第10位階という規格外の魔法を操る、超越者だ。
もしその女王が『帝国を捨ててこちらに鞍替えするならば弟子にする』などと言えば、フールーダは一切迷わずその通りにしただろう。
しかし、フールーダすら一蹴できるであろう超越者を相手に、外交でとはいえこちらから制肘することができるものか……と、ジルクニフは一時、頭を抱えていた。
最悪の場合、引き抜かれてしまいかねない。この老人は、『魔法の深淵』のためなら、嬉々として自分達を裏切ってしまうだろうから。
しかし、実際にはその逆だった。
ユリーシャ女王は、国を捨ててでも自分に師事したいと懇願する(無許可)フールーダに対し、
「これからお互いの国が友好関係となるのですから、その関係に亀裂を入れかねないような短絡的な行動はするべきではありません。むしろ、友好国として交流を進める中で、技術協力……あるいはそうですね……お互いの国で、留学のような形で、互いの発展を願って人材のやり取りをするのはいかがでしょう? それであれば、互いの国益を損なうことなく、仲を深められると思います」
そんな提案は、フールーダだけでなく、ジルクニフにとっても渡りに船だった。
フールーダという優秀な人材を失うこともなく、それでいてフールーダが望む『魔法の深淵』へ向けて突き進むための知識も手に入る。
無論、すぐにそうできるわけではないし、全くの善意での申し出でもないだろう。国と国とのやり取りである以上、そこには国益を手にするための『駆け引き』があってしかるべきだ。
しかし、それを加味した上でも、その申し出は魅力的だった。
(あまりにこちらに都合がいい申し出だが、果たして何か思惑があるのか……それとも、正真正銘純粋な善意なのか……いや、そもそも
ゆえにジルクニフも、しかるべき準備を整えた上であれば、フールーダやその高弟達を『留学』という形で、一時的にエルフの国に派遣することを考えていたし、そのために色々と手を回していたのだが……この老人はその時間すら惜しいようだった。
1日でも、一刻も早く、その国に赴きたいと、こうして連日急かしてくる。
時には、『これ以上待たせるのなら職を辞してでも行く』とまで言うこともあった。
しかしジルクニフは、
『相手方のユリーシャ女王に何というつもりだ? 『自分の欲望のために公的な立場やその責任を捨てて留学しに来た』とでも? 俺が見たところ、彼女は相応に理知的で責任感もある女性だ。己の欲望に負けて自分の立場をおろそかにするような者を弟子に取ってくれるとは思えんがな』
『そもそも、人材交流はその女王の方から申し出があったものだ。帝国の人材を損なわないようにという配慮としてな。それを無下にして彼女の善意に泥を塗るような真似はしない方がいいぞ、自分の首を絞める行為に他ならないからな』
このように説得されれば、さすがのフールーダも引っ込まざるを得なかった。
ただ止められるだけなら気にも留めないだろうが、それが原因で自分の望みがかなわない、むしろ今まで通りにやることこそ最短の道であると諭されれば。
……だというのに、『まだかまだか』と連日急かしてくるものだから、ジルクニフは今日もその類の用件で凸してきたのだと思ったのだが……
「いえ、今日はその話ではありません! 私が行くのではなく……向こうからこちらに迎えるのです! 魔法の講義をしていただける講師を!」
「講師?」
「はい! 私がかの国に留学するのはまだ先になりそうではありますが、向こうの国から魔法学院の特別講師として、そこでハイレベルな講義をお願いするという形であれば、今の時点でも進められるのではないかと!」
それを聞いて、ふむ、と考えるジルクニフ。
確かにそれなら、ヘイムダール王国側さえよければ、すぐにでも実行できそうな案だと言えた。
帝国としても力を入れている、魔法関連の人材育成。その中心地である学院で、今の帝国の水準をはるかに上回るレベルの指導をしてもらえるのなら、願ったりかなったりだ。
あわよくば、それを受けることで1段2段上のステージに飛び上がっていける者が出てくるかもしれない。今のフールーダのように、第五、第六位階の領域にまで。
「……興味深い案ではある。しかし、1つ気になるのだが……爺、お前、どっからその話を持ってきた? かの国との外交分野でのやり取りの中に、そんな内容はなかったと思うが」
「もちろん、私が個人的に交渉しているところでございます! 幸い向こうも感触は悪くなく、このまま順調に進めば、数週間以内には交流を始められるかと!」
「お前、また何の断りもなくそんなことを……というか、お前そんな、個人的に話ができるような人脈あったか? 外交ルートを使っていれば私に連絡がくるだろうに……ああ、ひょっとして……元弟子だという、あの娘か?」
「はい! 四騎士のレイナース殿を伝ってどうにか、アルシェに連絡を取りました(無許可)。そこからどうにか、彼女と彼女の夫である大公・エオン殿の裁量でできる範囲で検討を進めてもらっております!」
どうやらこの老人の頭に『越権行為』とかいう言葉はないらしい。
本来であれば慎重に、首脳部で何度も会議をして検討を重ねて答えを導き出していくはずの外交のやり取りを、個人的な伝手と感情だけで、ほぼほぼ事後報告で進めていっているという事実に、頭が痛くなる皇帝。
しかし、悪いことばかりではない。本当にその伝手で、一足早く……それも、帝国がその恩恵を受ける形で交流を始められるのなら、それは好都合だ。
ただし、それが本来のルートで進んでいる外交の方に悪い影響を及ぼさないように、慎重に検討と交渉を進めていく必要は、依然としてあるが。
「わかったわかった……すぐに頷くことはできんが、それも優先して検討する。……だからちょっとの間大人しくしていてくれ。こう暴走されてあちこちに脱線したり、追加で話し合う必要がある事柄が出てきてしまっては、逆に手間取って遅くなるかもしれんからな……」
「はっ、それについては申し訳なく……しかしながら、目の前にさらなる位階への
どこがささやかなんだ、というツッコミはどうにか飲み込んだ。
(やれやれ……王国を手にする夢が潰えたのみならず、油断すると内部分裂が起こりかねない爆弾まで抱えることになるとは……。まあ、上手くすれば帝国の国力がさらに高まるチャンスであるとはいえ、しばらく胃が痛い日々を送ることになりそうだな……)
胃のあたりを押さえて苦笑しながら、ジルクニフは、小さいころから世話になっている魔法狂いの老人をどうにかなだめ、帝国という国に最大限の国益をもたらせるであろう立ち回りを、今日も考えていくのだった。
それでも、それらの苦労の先にあるのは……話の出来る『神』や超越者達との交流と、その中で帝国にもたらされる繁栄の未来である。それは、彼自身にもわかることだった。付き合い方さえ間違えなければ、帝国の、そして人類の繁栄は約束されているに等しい。
ゆえに、幾分か気が楽でもある彼は……実は、とある別な世界線で悩まされることとなった、はらはらと舞う抜け毛などの痛ましい未来、ないし運命から、人知れず解放されていたりする。
そんな事実を知る者は、もちろん、この世界のどこにもいるはずもないが。
☆☆☆
ローブル聖王国、首都ホバンス。
王城の一角にある自室で、ケラルトはため息をついていた。
その原因は、隣にいる1人の女性である。
姉であり騎士団長であるレメディオス……ではない。
自らの主である、聖王女カルカその人である。普段であれば、自分の執務室で仕事をしているはずの彼女が、なぜかケラルトの私室に来て……
「どうしてこのタイミングで亜人の襲撃なんてものが起こるのよ……! せっかく、せっかくノア様と食事とか、お忍びで城下町の散策をして交流を深めようと、色々考えていたところだったのに……タイミング悪すぎると思わない!?」
「昼間から部下の部屋に来て管を巻かないでください……他の部下達に見られたらどうするんですか」
最近、新たに国交を結ぶ相手国となった、はるか遠くにある都市国家連合の一国『ラダトーム王国』。
そこの王子であり、新たな英雄の1人……そして、カルカにとって……いや、この国にとっても大恩人である1人の青年・ノア。
親しい者、近しい者達の間では、カルカが彼に懸想しているというのは周知の事実であり……国交を結ぶ中で仲を深め、どうにか『お婿さん』として国に迎えたがっていることもまた、ケラルトは知っていた。そのために、色々と画策していることも含めて。
何せ、しょっちゅうアドバイスを求めて部屋に凸されるので……最初は苦笑しつつも、主であり親友でもある彼女の力になれればと相談に応じていた。
……が、あまりに頻度が頻度な上、時折、レメディオスよりもひどい具合で暴走しそうになることもあり、最近若干疲れ始めていた。
いわゆる『恋に恋する乙女』だったカルカが、その勢いそのままに、外交も絡んでくる男女のあれこれに全力を注ごうとするのは、想像以上に危なっかしかった。
今回も、予定通りなら今日の朝にはこのホバンスに到着するはずだったノアが、国境付近で勃発した戦いに巻き込まれ、そのままなし崩しに加勢・参戦することとなったため、ホバンスに来るのが数日遅れることになった。
その際、カルカが『じゃあ私もそこに行きます!』と、ケラルトらを伴って参陣しようとしたのを慌てて止めた。国家元首がそんな辺境にフットワーク軽く、しかも戦いが起きているところに赴くなど常軌を逸している。
しかし、恋する乙女は時に『この人こんなんだっけ!?』と思うような暴走を引き起こす。
ケラルトからすれば、まるで姉が2人になったかのような気苦労を覚えることが多くなっていた。……その姉もまた、カルカの頼みであれば頷いて『わかりました行きましょう! カルカ様のことは私が守ります!』とか言い出してしまう人種なので。というか、実際に言い出したし。
説得するのが2倍大変だった、とケラルトは思い出して、またため息。
そんな様子の親友を見て、カルカはむぅ、と不満そうに、
「でも、ケラルトだって残念というか、寂しいと思わないの? ノア様もそうだけれど、一緒にそこにいたカルウィン殿も、帰ってくるのが遅れることになったんでしょう? しかも、ノア様より遅くなるかもしれないっていうじゃない」
カルカがノアに懸想しているのと同様に……ケラルトとカルウィンが『いい仲』であることもまた、最近は広まりつつあった。
もともと、ケラルトやレメディオスの周辺では、亜人の大侵攻の際に起こった救出劇も含めて、噂になっていたこと。当人であるケラルトが意固地になってその頃は否定していたが……最近では彼女自身ももう否定しなくなっている。
13英雄の一件の際……『魔元帥ゼルドラド』の侵攻の後に色々と腹を割って話したようで、その後から、開き直ったかのように、隠すことも恥ずかしがることもなくなっていた。
だからこそ、カルカとしては、ケラルトも自分と同じ『恋する乙女』だと思い、自分の気持ちをわかってくれると思っていたのだが……
「まあ、多少は寂しいですけど……別に今生の別れってわけでもないんですから。数日すれば会えるんだから、急かさずに待ってあげてればいいだけの話ですよ」
さらりとそんな風に言うケラルト。
その態度にカルカは、『信じられない……!?』とでも言いたげな表情になる。もし少女漫画だったら、白目をむいて愕然としているシーンだったような、そんな反応。
しかしケラルトはと言えば、何も焦りも不安も不満も見せることなく、ゆったりと構えて『余裕』というものを見せてすらいる。
(これは、まるで……夫の留守を守る妻のような、そんな貫禄……余裕……!)
「ケラルト……あなた、いつのまにそんな境地に……!?」
「……何を思い浮かべてそんな面白い顔になってるのかわかりませんが、たかだか数日会えるのが先になったくらいで、私と彼の何が変わるわけでもありませんから。そもそも、彼が普段住んでるのはこのホバンスですから、その気になればいつでもあえるわけですし」
「……そうだった。カルウィン殿って、もともと南部に拠点があったのに、こっちに引っ越したのよね。南部の冒険者組合とかがだいぶ騒いだって言ってたわ」
「ええ。まあ、国でも数少ないアダマンタイト級冒険者が動くとなれば、そりゃ騒ぎにもなります……ましてあいつはノア様と同じ『新・13英雄』の一角ですし。でも……」
「……でも?」
「……あいつ、言ってくれましたから」
『……まあ、ほら……今後のこととか考えたら、手紙一つやり取りするのも大変な遠距離で、ってのもちょっと面倒というか、面白くないしな。気軽に飯に誘えるくらい近くに暮らしてた方が……安心だし、都合もいいだろ? お互い、色々とさ』
「…………」
すごい勢いで自慢というか惚気をかましているケラルト(自覚あんまりなし)。
すごく羨ましそうな視線を向けるカルカ。
「時が来れば、冒険者をやめることも検討する、って言ってくれましたしね」
「え!? 冒険者を、って……アダマンタイト級なのに!? なんで!?」
「……国家に仕える公人と『一緒になる』には、『国家のために動かない』ことが不文律の、冒険者っていう身分だと色々不都合だから、って。その時は……姉様に相談して、聖騎士かどこかで働き口を紹介してくれ、とか言ってましたよ。全く、簡単に言ってくれるんだから……」
「…………」
「そうまでして『ずっと一緒にいる』って言ってくれた人だもの。……ちょっと会えないくらいで不安になんてならないし、寂しくもありません」
ものすごい勢いで自慢というか惚気をかましているケラルト(自覚あんまりなし)。
ものすごく羨ましそうな視線を向けるカルカ。
(し、仕事人間で恋愛なんて影も形もなかったはずのケラルトが、こんなにもお互い信頼しあえて理解しあえてるパートナーを……う、羨ましい……私もノア様といつかこんな風に……っ!)
「……ケラルト……師匠って呼んでいい?」
「やめてください。……そもそも、私とアイツと、カルカ様とノア様では、立場とか関係性とか色々違うんですから、最終的に落ち着く夫婦の形も違うでしょうし、目標ないし参考にしようとしても仕方ないですからね? そもそも外交の一環としての側面もあるんですから、1つ1つ段階を踏んで……聞いてます?」
「や、やだケラルトったら、夫婦だなんてそんな……気が早い……! ああでも、もしノア様が求めてくれるなら私、すぐにでも……ああでもいざ考えたら緊張して来た……どうしよう、余裕がない女だなんて思われたくないし、良妻賢母としてあの方の隣にたてるように今から色々勉強しておかないと……そうよ、ケラルトにだって負けないように私だって……!」
「……だーめだこりゃ」
「へっきし!」
「どうしたノア? 風邪でも引いたか?」
「いや、そういうのは全然。元気そのものだが……誰か噂でもしてるのかね?」
「ふむ……カルカ様あたりかもしれんな。この戦いのせいで、予定通りに謁見ができずにホバンスでお待ちいただいてしまっているからな……よし、1日も早くこの騒動を終わらせて首都へ急ぐぞ! ノア、カルウィン!」
やるぞーっ! と気合を入れて亜人の軍団を蹴散らしていくレメディオス。
その後ろから、苦笑しつつそれを援護するカルウィンと、続いて斬りこんでいくノア。
彼らの力をもってすれば、今回の侵攻もあと1日2日あれば鎮圧は容易だろう。
物騒ではあるし油断もできないが、国家存亡を云々という事態に発展することもない、聖王国の『日常』。
これからも、縁ある者達が力を合わせて乗り越えていくことになるだろう日々を……幾多の死闘の末に勝ち取った『日常』を、彼ら彼女らは生きていく。
☆☆☆
大陸・某所。
人が集まってきては困るから、という理由で、その場所を非公開にされているとある場所に……イビルアイは訪れていた。
目の前にあるのは、白く輝く巨大な何か。
彼女の身長の数倍ほどもある大きさの、1つの石材から削り出されたような石造りの……純白の『墓標』がそこにあった。
刻まれているのは、ここに眠る者の名前。そしてそれは、人間ではない。
ツァインドルクス・ヴァイシオン。白金の竜王……その名前だった。
その『墓前』で、イビルアイは……かつて『インベリア』の姫君だった頃を思い出し、その時にマナーないし礼儀作法の一環として覚えた、墓参りとその際の祈りの作法通りに、墓前でツアーに祈りを捧げていた。
世間では、強欲で傲慢な『竜王』達が、愚かにも神に挑み、その裁きを受けた……ということになっている。
しかし、ツアーを知っているイビルアイからすれば、それは恐らく間違いだとわかる。
確かにツアーは、この世界の頂点たる『竜王』として、それに見合った――というのも妙な言い方ではあるが――無自覚の傲慢さを持っている……と、感じることは多々あった。時には、目的のために手段を択ばず、一般的に『ひどい』と思われるような手段を行使することもあった。
この世界を守るため、500年前の『八欲王』の時のような悲劇を繰り返さないため、という理由で……『ぷれいやー』を目の敵にしていたことも、あった。他の竜王と同じように。
……もっとも、他の『竜王』達は、ほぼほぼ『ぷれいやー憎し』で動くことも多かったようだし……ツアーとは根本のところの考え方が違っていたのだろうが。
色々と仲たがいすることも、意見がぶつかり合うこともあった。
しかし、かつての『13英雄』の1人として、かけがえのない『仲間』だったのも事実。
かつての仲間と、恩義ある神。
その両者が激突し、片方が喪われた。
イビルアイの胸中は……複雑だった。
「……お前のことだから、色々と考えた上で……それでも譲れないものがあって、アインズ殿達に戦いを挑んだんだろうな。私は、あえてどちらにも何も言わないし、責めないよ。お前もだけど……お前を殺した、アインズ殿のことも」
殺さずに済ませることはできなかったのか、などと聞くのは野暮なのだろう。
イビルアイでは遠く及ばない『高み』にいて、その力に見合ったものの見方をする者達。それを理解できないままに、どちらかを責めることが、正しいと言えるのか、イビルアイにはわからなかった。
考えて、悩んで……イビルアイは、今答えを出すことを諦めた。
「ラキュース達がな、また『蒼の薔薇』に迎えてくれたんだ。今、復帰して、史上初の吸血鬼の冒険者としてアダマンタイトをやってるよ。寿命も考慮して……この先、何百年でも在籍しててくれていいそうだ。王都の組合からそう布告が出た。ははは……長生きしてみるものだ。こんな日がくるとはな……私が、この素顔を隠さず、冒険者でいられる時が」
イビルアイはもう、仮面をかぶっていない。
特徴的な牙と赤い目を見せたまま、王都を歩くこともできるようになった。『吸血鬼』ではあれど……大陸を救った英雄であると、善人であると、皆が知っているから。
「今までにも増して、冒険者としての活動の中であちこち行けるようになったんだ。そうして各地を見て回って……見分を深めて……その中で色々と考えてみるつもりでいる。この世界にとって……アインズ殿やラスト殿、それに、リーダー達のような『ぷれいやー』は、いったいどんな存在なのかとか……なぜ彼らがこの世界に来るのか、とかな。そうしたら……少しはお前の気持ちもわかるのかもしれない、そう思うんだ。……お前は結局、最後まで教えてくれなかったけど」
呆れたようにため息をつくと、イビルアイは祈りの姿勢を解いて、踵を返す。
「……また来るよ。土産話の1つも持ってな」
彼女はこの先、唐突にこの世を去ってしまった白金の旧友の胸中を、そして、この世界と『ぷれいやー』の関わりについて知るために、まだまだ旅を続けていくだろう。
今までのように、どこか自棄になったような、倦怠と諦観の中で生きていた彼女とは違う。この世界で、仲間達と共に、自分らしく生きていくことを決めたからこそ……わからないことをそのままにしておくつもりはなかった。
神と竜との戦い。さっき考えたように、お互い譲れないものがあったのだろう。
『朽棺の竜王』のように、ただの見下しや傲慢だけが理由ではない、と思う。ツアーという存在を知る者として、きっと違う、と思っているし……何なら予想もついている。
ただ、それを予想できると言うだけで、その意味を……命を捨ててでも『神』に挑んで、排除しようとしたツアーの胸中まではわからない。世界の頂点に立つ者……『調停者』として、彼が何を思い、どんな覚悟で戦いに赴いたのか。イビルアイにはわからない。
だから、いつかきっとそれを理解できる時が……そして、この人生の中で起こった1つのこととして、それを受け止めて飲み込める時が来るのを願って……イビルアイは歩き出す。