ある夜のこと。
―――ズズズズズ……ゴゴゴゴゴゴ……
「えっと……こんな感じかなぁ。あ、でもあそこがまだ低いから見えちゃうかも……」
ナザリック地下大墳墓、外縁部。
そこで、第六階層守護者の片割れである、ダークエルフの少女……に見えるが実際は少年である、マーレ・ベロ・フィオーレが、その
自分達の拠点である、ナザリック地下大墳墓。それを囲むように丘陵地を作り、外部から見つからないように隠す……というのが、彼に下された役目である。
『転移』が起こった初日から既に始めている作業ではあるが、規模が規模であるため、さすがに1日2日では完成しない。魔力やスキルの使用回数等を鑑みて、何日かに分けて実行していた。
そのマーレの背後には、付き添い兼周囲の警戒のために同行してきた姉、アウラ・ベラ・フィオーラもいる。『ビーストテイマー』として使役している下僕の1体にまたがって、弟が、敬愛する主の命を着実に実行しているのを黙って眺めていた。
「マーレ。地形を変え終わったら、今度は木々を育てて森を作るんだよね?」
「う、うん、そうだよお姉ちゃん。その方が見えづらくなるし、地面も丈夫になるから。そしたら……」
「わかってる。私のしもべ達を森にいくらか放して、周囲を警戒させるんでしょ? そうしておけば、近づいてきたやつらは森で迷ってる間にぶっ殺せるもんね」
こちらはこちらで気合十分。自分の仕事の番が来るのを、楽しみに待っているようだったが……その直後、何かに気づいたように『ん?』と振り向いた。
その視線の先にいたのは……血のように赤い色の目に色白の肌が特徴的な、暗い色のポールガウンに身を包んだ美少女。
アウラにとっては、『そうあれ』と作られたことによって、犬猿の仲である、シャルティアだった。
「おや、おちび。こんなところで何してるんでありんすえ?」
「それはこっちのセリフだよ。あたしはマーレの付き添いと、マーレが終わったら私の仕事だからここにいるだけ。あんたは?」
「私はまあ……簡単に言えば見回りでありんす。第一から第三までの各階層でやるべきことは一通り終わったから、外の確認をしておきたかったのと、後は……」
言いながら、上を見上げるシャルティア。
つられてアウラと、作業に一区切りついたマーレも同じように空を見上げる。そこには……一面のよく晴れた夜空に、宝石のようにちりばめられた星々が輝いていた。
「せっかくだから、アインズ様が欲した『宝石箱』を私も一度、この目で見ておきたかったから……というところ。はぁ、なるほど……御方が欲するのもわかる光景でありんすねぇ」
守護者及び、ナザリックの全ての下僕達の間で共有されている戦略目標。それが、『世界征服』。
この夜空を見上げて『まるで宝石箱のようだ』と感嘆して評したアインズ。それに続けて、デミウルゴスの言葉に応える形で『世界征服なんかいいかもしれないな』と口にした。
主が望むならば、その全てをかなえるのが下僕の務め。
ゆえに、ナザリックの全ての下僕達がやるべきことは、正当なる支配者であるアインズ・ウール・ゴウンに『宝石箱』を、この世界の全てを渡すことである。
守護者統括・アルベドの号令により、ナザリックは一丸となってそれに歩み始めていた。(注:アインズ本人を除く)
「……星空なら、あたし達のいる第六階層にもあるけど……至高の御方が作ったわけでもないのにこれだけきれいなのは、まあ、褒めてやってもいいのかもね」
「ええ……御方に献上するだけの価値はあると言ってやっていいでありんしょう」
「そうだね……でも、ほ、褒めるって……誰を?」
「知らない。これを作った誰かだよ。まあ、そんなのがいるならだけど…………ん?」
再び、アウラが何かに気づいた。
マーレは、さっきのようにまた何か来たのか、ときょろきょろとあたりを見回すが、誰も来ている様子はない。シャルティアも不思議そうに、頭上に『?』を浮かべていた。
「おちび、どうしたの?」
「……何かいる」
「「!?」」
言うと同時に剣呑な空気を放ち、周囲を警戒し始めたアウラ。
それに触発されるように、アウラのしもべ達も警戒して周囲の様子を探る。マーレもシャルティアも、続いて周囲を探るが……
「……な、何もいない気がするけど……」
「いや、いる。あたしもはっきりとどこにいるかはわかんないけど……視線とか気配を感じる。どこかから見られてる」
「へぇ……つまり、このナザリックに侵入者でありんすか?」
それを聞いて一気に剣呑な空気になるシャルティア。
愛しい主人の城であるナザリックに、土足で入り込むなど、万死に値する。もし本当にそんな不届き者がいるのなら、守護者として直ちにその力を振るい、思い知らせてやるつもりだった。
殺すか、あるいは生かして色々と有効利用するか、伺いは立てなければならないが。
しかしそのシャルティアも、半ば臨戦態勢で周囲を警戒するが、何も見つけることはできない。
アウラの勘違いかとも思ったが、なんだかんだで同じ守護者として彼女のことは信用しているので、それもあまり考えにくい。
しかし、『
そう思いながら、ふとシャルティアは視線を上にあげて……
「……ああ……そこにいんしたのね」
☆☆☆
一方その頃。
ナザリック地下大墳墓……そのはるか上空。
そこで、1人の少女が地上を……眼下に見える大墳墓を見下ろしていた。
高レベルの隠蔽スキルを使い、夜の闇に溶け込んでいるため、生半可な感知能力ではその存在に気づくこともできないだろう。
そして、その目的は……『絶対最近までそこになかったのに、突然出現した遺跡っぽい何か』の調査である。
「何ですかねー、アレ……? 遺跡っていうより、お墓みたいな……墳墓、って奴ですか? どっちにしても、あんなの絶対この辺になかったはずですね……」
『おーいテレサ? 見える? どんな感じ?』
「ちょっと待ってくださいオルガお姉ちゃん、今ちゃんと見てますので」
下から『伝言』で呼びかけてくる自分の姉――200歳近く年齢は離れているが――にそう返しつつ、見える範囲の情報を一つ一つ拾っていく、『テレサ』と呼ばれた少女。
その肌は、病的なほどに色白で……瞳は血のように赤く、口元には牙が覗いていた。
「明らかに普通の遺跡じゃないですね。いきなり現れたのもそうですけど、地形めっちゃ変わって……いやアレ今まさに現在進行形で変わってる!? あれって、『
そこで少女は、1人の……ダークエルフと思しき
そこにさらに、同じくダークエルフの
探るように見てみるが、3人とも……その力を正確には感知できない。
すなわち、少女よりもかなり格上の相手……ということになり、ごくり、と緊張して少女は息をのんだ。
が、
「……え、うそ」
そのうちの1人……アンデッドと思しき少女と、目が合った。
隠蔽スキルを突破して、存在に気づかれてしまったらしい。
やばい、と思った少女だったが、その瞬間既にその吸血鬼……シャルティアは能力で飛翔し、すさまじい速さで夜空に浮かぶ少女の目の前まで舞い上がった。
逃げられない、と悟った少女は……背を向けるよりも真正面から対応したほうがいいと咄嗟に判断し、緊張しながらもそのままそこでシャルティアを迎えた。
「こんばんは、侵入者さん。今宵は星がきれいでありんすねえ」
「こ、こんばんは……そうですね、すごく綺麗だと思います。でも私、侵入者ではないです。侵入はしてないですよ……空飛んでますし、敷地上空にも入ってないです」
本当である。感知されることを警戒し、上空かなりの高さから……なおかつ、ナザリックの直上ではなく、敷地自体の上空にも入らないようにして、距離を取って観察していた。
それゆえ、決して『侵入』はしていないと言える……のだが。
「あら、そんな細かいことは関係ありんせん。ナザリックにいる私達の目に入ったんだもの……中か外かなんて些細なことでありんす。不埒な覗き見をしかけてきた不届き者をとっちめてお仕置きする方が、よっぽど大事」
(無茶苦茶言ってきますこの人っ!? いや人じゃないけど……まあ確かに盗み見してたのは悪いと思いますけど!)
「……って、あれ? ナザリック?」
と、内心涙目になっていた少女だったが……今シャルティアが発した言葉の中に、聞き覚えがあるものがあったことに送れて気付いた。
「そうよ。あそこはナザリック地下大墳墓。いと尊き御方がいらっしゃる、世界で最も……ん?」
そして、そのシャルティアもまた……あることに、少し遅れて気付いた。
少女の顔と体を、上から下までじっくりと見て、観察して……
「……あなた、もしかして
「えっ? は、はい、一応そうですけど……」
「…………ふむ」
しばし沈黙するシャルティア。
値踏みするような視線にさらされ、緊張する少女だが……しばらく後、シャルティアは、
「……合格!」
「何ですいきなり!?」
そしてその腕を取り、ぐいぐいと引っ張って連れて行こうとする。
身の危険……それも、なんか嫌な、欲望系の危機が待っていそうな気配を感じ取って、冷や汗を流しながら抵抗する少女。
しかし、近接戦タイプの100レベルNPCの腕力にはかなわない。
「は、放して! 放してください!」
「ほら、はやくこっちに来なんし。あなたが何者で、何が目的なのか……取り調べ、そう取り調べしなきゃいけないでありんす。じゅるり」
「なんでよだれ拭いたんですか今!? え、ちょ、食べられる!? 私食べられそうになってます!? お、美味しくないですよ私、死んでますから! アンデッドですから!」
「美味しくないなんてとんでもない! 死んでる者には死んでる者の美しさが、そして生きてる者にはない濃密で冒涜的な色気があるというのに……わからないなんてかわいそう。よし、この私が同じアンデッドとして手取り足取り腰取り教えてあげんしょう! うんそれがいい!」
「誰か――!! おまわりさーん! お姉ちゃんお兄ちゃん助けて―――!」
欲望全開(not食欲、but性欲)の目をした吸血鬼に拉致されそうになり、涙目でかなり必死に叫んで助けを求める少女。
しかしてその叫びは……地上で待機していた、彼女の姉と兄の元に届いた。
「待てこらぁああっ!!」
地上から弾丸のような勢いで突進してきたそれを、とっさに少女の手を放して回避するシャルティア。
受け止めるでも無視するでもなく『回避』を選んだのは、半ば反射的な判断だった。
そのシャルティアに対し……飛び込んできた漆黒のバトルドレスの少女は、手に持った大太刀を構えながら睨み返す。
「あら……また侵入者? いえ、その女の子の仲間か……無粋でありんすねえ、今からその子に、大人の遊びって奴を教えてあげるところでありんしたのに」
「取り調べじゃなかったんですかっ!?」
「何が大人の遊びよ!? 人の妹傷物にしようとしないでくれる!? この子もうそろそろ100歳にもなるのにまだ家族以外の男の手も握ったこともないまっさらで真っ白で純粋な子なんだから!」
「姉さん、反論するのはいいけどテレサの個人情報不必要に暴露しないであげて」
遅れてさらに、黒いスーツ姿の少年も現れ、少女の隣に並び立つ。
なお、アンデッドの方の少女……黒い姉弟の妹と思しき彼女は、ちょっと半泣きになって姉の後ろで隠れて震えていた。
お持ち帰りされそうになった女の変質者がよほど怖かったらしい。
「シャルティア、そいつら何? 敵?」
「あわわ……どうしよう、ナザリックも見つかっちゃったし……こ、殺しちゃったほうがいいのかなあ?」
そこにシャルティア側にも援軍が現れる。
地上にいたアウラとマーレが、ドラゴンに乗って空を飛び、自力で浮遊しているシャルティアの隣に並び立つ。
数の上では、3対3。
アウラとマーレは、もしこの、白と黒の侵入者達(侵入はしてないのだが)が敵であるならば、即時無力化して捕らえ、連れ帰るべきだと、臨戦態勢をとる。
……若干シャルティアが欲望に身を任せて動いていたような気もしたが、ひとまず無視した。
かわいらしい顔で戸惑いながら、物騒なことを口走っていたマーレも、手に持った杖を構えて、いつでも魔法やスキルを発動できるように備える。
それを見て、黒装束の双子の姉弟もまた、『戦闘は避けられないか』と身構えるが……その後ろに隠れていた、妹だという少女が、ここではっとしたように、
「待ってくださいお姉ちゃんお兄ちゃん! この人達と戦っちゃダメです、そんなことしたらお母さんに怒られます!」
「へ? 何で?」
きょとんとして聞き返す姉に対し、
「この人達、さっき『ナザリック』だって言ってました! 聞いたことありますよね? お母さんが前に言ってた、仲良しのギルド……の拠点がそういう名前だったはずです」
「「「うん?」」」
その言葉に、黒い双子の姉弟……オルガとシーナのみならず、それを聞いていたシャルティア、アウラ、マーレの……その『ナザリック』の3人もまた、きょとんとした表情になった。
「どういうこと? あいつら……アインズ様の知り合いなの?」
「いえ、そこまでは聞いておりんせん。もし、そこのロリ巨乳? 今の話はどういうことなのか教えなんし」
「あ、はい! 私達のおか……ロリ巨乳!? ロリ巨乳って何ですかそれ私のことですか!? 初対面でなんて呼ばれ方してるんですか私!?」
「あーごめんちょっと、なんかさっきからこの色ボケ偽乳ヴァンパイアがごめんねホント。でも大事なことだからさっさと質問に答えてくれる?」
「待てコラァちび助! 今私のこと何つっ……」
「あぁ―――!!」
今度はシャルティアの抗議の声を遮って、マーレの声が響き渡った。
「何よマーレあんたまで! どうかしたの!」
「お姉ちゃん、あれ見て! あのロリきょ……あ、ごめんなさい。あの……白いアンデッドの女の子の服! 胸のところ!」
「胸?」
「お、マーレあなたもわかるでありんすか? やっぱり見事なまでのたわわなぐふっ」
懲りずにほざくシャルティアに拳骨を叩き込んで黙らせつつ、弟に続きを促す姉。
「ふ、服の胸のところに入ってる紋章みたいなの……あれ僕見覚えあるよ。確かあれ、『暗黒桃源郷』の……『ラストにゃんにゃん』様のギルドの紋章だよ!」
「「えっ!?」」
それを聞いてさすがに驚き、言われたとおりにその胸元を見るアウラとシャルティア。
確かにそこには……よくよく見れば、何かの紋章が刺繍されていた。それと同じ紋章が入った服を……かつて何度かこの地に遊びに訪れていた、主の『戦友』がつけていたことも思い出せた。
ナザリックの『至高の41人』に名を連ねてこそいないが……そのナザリックに最後まで残った、慈悲深き至高の御方にとっても、その41人を除けば最も大切な、互いに励まし合っていた『プレイヤー』。
ナザリックの外の者であることを承知の上でなお、彼女達が尊敬し、感謝し、敬える、数少ない存在の1人。
その様子を見て、かどうかはわからないが、黒装束の弟の方……シーナもまた、何かに気づいたようだった。
「シャルティアに、マーレ……となると、そちらのもう1人のダークエルフの方の名前は、『アウラ』さんでしょうか?」
「お姉ちゃんのことも知ってる……?」
「どういうこと? あんた……いえあんた達、ラストにゃんにゃん様の知り合いなの?」
「知り合いも何も……『ラストにゃんにゃん』は、私達のお母さんなのです」
「「「……ええぇええぇえ!?」」」
『ラストにゃんにゃん様、子供いたの!?』と仰天する3人。
しかし、それを声に出して聞く直前……アウラ達と、テレサ達、その両方のそばで……ほとんど全く同時に『
アウラ達の側に現れた『転移門』からは……白い骸骨の顔を持ち、漆黒の装束に身を包んだ『死の支配者』が、黒く迸るオーラと共にその姿を見せた。
それに続く形で、守護者統括・アルベドも……武装こそしていないが、護衛として現れる。
そしてもう片方、テレサ達の側の『転移門』からは……金髪に狐耳、九本の狐の尻尾が特徴的な絶世の美女が、火の粉のようなオーラを幻想的に舞い散らせながら飛び出してきた。
こちらも、護衛としてか付き添いとしてか、腹心たる大魔女・デミアを従えている。
互いに予告なく――それだけ驚いて、急いでいたのだろう――現れたその2人は、一瞬、何も言わずに……言えずに互いの姿を見て、確認して……
「あはははっ! ホントだ、ホントにモモンガさんだ! うわぁぁ~……お久しぶりです!」
「いや、そこまで久しぶりでもないでしょ? あなたもこちらに来てたんですね……ラストさん!」
片や数日ぶり。片や400年ぶり。
その大きな差を知るのはまだ少し後のことではあるが……『ユグドラシル』でともに戦い、ギルドを超えて無二の『戦友』であった2人が、この異世界でついに再会した。
これにて第一章は終了になります。
次回からようやく、ようやく原作時空INです……けっこう長かったなプロローグ……
今後ともよろしくです。