【異世界転移400年目 ▽日目】
アインズさん……もとい、冒険者モモンのチームは、順調に活躍しているらしい。
少し前まで全くの無名だったのに、その腕っぷしと真面目な仕事ぶりで早くも話題になっていて……エ・ランテルでも耳聡い者の中には、彼らとコネクションを作るべく動き始めたところもあるくらいだそうだ。
まあ、その実態は100レベル2人に60レベル代が2人っていう、この世界の冒険者じゃろくに比較相手もいないくらいの過剰戦力だからね……そりゃ、何が出ようが敵じゃないし、この世界における冒険者の役割――実質的に、モンスター専門の傭兵みたいなもん。アインズさんも『夢がないな…』って言ってた――を鑑みれば、依頼失敗だってしようがないだろう。
不安要素として大きかったのは、アインズさん達がこの世界の一般知識に疎い点(文字の読み書きを含む)や、強さとは関係ない厄介ごとに関してだけど、そのへんは私の方でカバーさせてもらっている。
そのために、うちからキリトとトガヒミコを派遣したわけだしね。
キリトは、我が『ニューコロロ空中庭園』で創造された、100レベルNPCの1人である。種族は『
私と、彼の創造主の趣味により、小柄で、女の子みたいなかわいい顔をしてるけど……その実、かなりのガチビルドであり、接近戦においては空中庭園最強クラスの1人だ。
『二重の影』っていう種族は、必ずしも接近戦向きの種族ではないんだけど、彼の場合その特性と『ウェポンマスター』『ソードマスター』といった
一番得意なのは二刀流だけど、剣+盾の組み合わせや、槍、槍+盾、大剣、野太刀など、使える武器は様々。彼の本気戦闘は見ていて割と楽しい。
まあ、『二重の影』を種族にしてる理由は他にもあるんだけど……今は置いておく。
ちなみに彼は、男性NPCということで……時々私のベッドで仕事をしてもらってる1人でもあります。かわいい顔してパワフルだから、若さに任せた不器用ックスがたまらないんだこれが。
彼ももう400歳以上だろうって? 『そうあれ』と作られたからかな、そのへんいつまで経っても変わらないみたいなんよ。
そしてもう1人、トガヒミコ――呼ぶときは主に『トガ』とか『トガちゃん』って呼んでる――だが、彼女もキリトと同じ『
というか、キリトと私の間にできた子供の1人だ。なので、『半妖』でもある。
レベルは60程度で、キリトに比べれば全然弱いけど、この転移後世界においてはトップクラスの力を持っているため、実力的にも問題ない。
シーフ系の職業に適性があったっぽいので、そっちを重点的に育てた結果、ダンジョン探索から潜入捜査までなんでもござれの忍者になった。実際に『忍者』の
加えて彼女の場合、『二重の影』の能力が、あらかじめ登録した姿ではなく、不特定多数の任意の姿に変われるようになっているので、さらにスパイ方向の適性が増している。
その上、この世界の生まれだからなのか、『
詳しく説明すると長くなるから省くけど、その能力を変身能力と併用すると、アインズさんが作ったNPCである『パンドラズ・アクター』と似たようなことができるようになるんだよ。
だから、彼女の戦闘能力は、実質的にはレベル帯以上のそれである。
……それにしても、モモンチーム……アインズさん以外3人全員が『
しかも、アインズさん曰く、必要に応じて、さっき言ったパンドラズ・アクターに影武者を頼むらしいから……その時は4人全員がドッペルになるのか……なんかすごいな。
あと、4人もいるのに回復役の神官や
それでも、他の冒険者が負傷してた時に恩を売るために助ける、とかのために、あらかじめいくつもポーションを買っておいて常備してあるらしいし、いざとなったらトガやナーベに治癒系魔法の『
魔法詠唱者のナーベはもちろん、シーフ職のトガは、『巻物を騙す』ことで、魔法職と同じように巻物を使えるから。
で、さっき言った通りアインズさん達の冒険者ライフは順調そのもので、新人らしからぬ強さで早くも話題になってるわけだが……依頼こなす中で、何回か他の冒険者やチームとも一緒になったらしい。
例えば、商隊の護衛依頼で一緒に組むことになった『漆黒の剣』っていうチーム。
すごく人が良くて、新人であり護衛依頼が初めての自分達にも優しくしてくれたって。
……そういう善人な人達だから、ナンパされたくらいで殺気立つナーベラルを抑えるのが大変だったって言ってた。
そういう時はすかさず、おしゃべりなキャラで通してるトガが話題を振ったりナーベに声をかけたりしてごまかす手はずになってるんだけど、結構出動回数多かったみたい(苦笑)。
その、定期的にナンパしてくる……しかもナーベラルだけでなくトガちゃんにも声をかけてくるルクルットとかいうののみならず、人と壁を作らない感じで、4人全員いい人達だったそうで……色んな事を話したってさ。普通に楽しめる時間を過ごせたようだ。
なお、その護衛依頼の時に、危惧していた『同じ釜の飯タイム』があったらしいんだが……こんなこともあろうかと、アインズさんには秘策を授けてある。
秘策っていうか、デミアに用意してもらった助っ人なんだけど。
名前は『コマヒロ君』。デミアとアカネが独自に育てた特殊なスライムだ。
彼を、アインズさんの肋骨の中のがらんどうの部分に忍ばせておいて……アインズさんが飲食をすると、食いちぎった瞬間に粘体の腕を伸ばして食物をからめとり、一瞬で自分が消化して食べてしまう。
アインズさんは幻術で人間の顔を作っているので、はた目からは普通にアインズさんが飲食しているようにしか見えない、というわけだ。
しかもこのコマヒロ君のすごい所は、きちんとした知能がある上、食べたものの味を詳細に食レポしてこっそり教えてくれるので、『味はどうですか?』とか聞かれた時でも、それを参考にアインズさんが答えられる……というところである。
デミア達もすごいの作るなあ……。
たまに、『まさに味の宝石箱やぁ~』とかなんとか、変にオーバーな表現やリアクションをしてくるのが欠点らしいけど……どう育てたらそうなるの。
……グルメリポーターでもやらせたら面白そうだな……。
【異世界転移400年目 ◇日目】
アインズさん達の冒険者ライフは今日も順調です……ってのはもう毎度のことなので置いておくとして。
今日、何気に初めてアインズさん抜きで、ナザリックの面々を空中庭園にお迎えした。
面子としては、アルベド、マーレ、ユリの3人。定期的に行っている、情報提供とか技術協力のための……使節団みたいなもんかな。
アインズさんと違って『パス』を持っていないため――アインズさんに渡したパスは、本人以外は使えないようにロックがかかっている――私達の方で迎えに行った。
こないだと同じで、食事その他を楽しんでもらいつつ必要な打ち合わせを行ったんだけど……その後、アルベドから『実は折り入ってご相談が……』って切り出されて。
なんだろうと思って聞いてみたら、結構すごい『相談』ないし『頼み事』をされてしまった。
曰く、アインズさんがナザリックでも『娯楽』としての飲食その他を楽しんでもらえるようにしてあげたいので、どうか協力してほしい、とのこと。
こないだのアインズさんの来訪の時から、ここへ来ればアインズさんが食事や睡眠を楽しめるようになったのは嬉しい反面、ナザリックではそれを提供できないことを心苦しく思い……また、ナザリックの料理やお酒こそアインズさんに味わってほしいのに、それができないでいることを、正直に言って、悔しく思っていたのだそうだ。
『それらをご厚意で提供してくださっているラストにゃんにゃん様に対して、はなはだ失礼なことを申しているのは承知なのですが……』って、申し訳なさそうに、しかしどうしても願わずにはいられない、ナザリックの守護者一同の望みだってことで、私に相談を持ってきたと。
……アインズさん、ホントに愛されてるなあ。アルベドだけじゃなく、皆に。
もちろん、そういうことなら全面的に協力してあげる……と、言いたいところなんだけど……それを実現するにはどうすればいいのか、っていう点がなあ……。
今まで考えたこともなかったから、方法が思い浮かばない。どうすれば、ここと同じ状況をナザリックに作り出せるのか。
しかしそれについては、守護者総出でアイデアを出し合って考えてあったらしく、アルベドから案を聞かせてもらえた。
けど、その案を言うにあたって、『この上さらに失礼なことを申しますが…』ってさらに低姿勢に頼み込んできた。
……基本的に気位が高いっぽいナザリックのNPCが、しかもアルベドが、こんだけ低姿勢になるって、私何を頼まれるんだろう、って正直ちょっと怖かったよ。
アインズさんのためだから、低姿勢になること自体は飲み込めるんだろうけど……そういう姿勢で頼まなきゃいけないようなことを、私に、あるいは『空中庭園』にお願いするってことだし。
で、聞いてみたら……なるほど、そりゃ低姿勢にもなるな、っていう内容だった。
まず前提として、この『ニューコロロ空中庭園』で、アンデッドであっても飲食や睡眠、セックスが可能なのは、私の持つ『
単純に考えれば、ナザリックでこれと同じ状況を作り出せれば、うちと同じように飲食可能領域を作り出せるかもしれないが……複数の理由でそれは不可能である。
まず第一に、ナザリックの支配者はアインズさんだ。
彼をギルド長の座から降ろして、そこに『万魔の母』を習得した誰かを据えるっていうのは、私からしてもNPC達からしても『ありえない』だろう。考えるまでもない。
かといって、じゃあ現役の支配者であるアインズさんに『万魔の母』を習得させられるか、って考えたら……それも無理だ。
この職業はユグドラシルでも屈指のレア度を誇る職業であり、いくつもの超高難度のクエストを達成し、レアなアイテムを納品して……というのを何度も繰り返す、苦行レベルのデスマーチを乗り越えなければ就くことができない到達点だった。
で、ユグドラシルとは違うこの世界では、それらのクエスト自体を受けることができないので、この職業を後付けで誰かが手にするのは不可能だ。
……仮にクエストを受けられるとしても、この職業、『母』って名がついてるとおり、女性専用な上、習得できる種族もそもそも限られてるから……どっちみちアインズさんには無理だ。
そもそも、今の構成ですでに完成しているアインズさんのビルドを、食事のためにわざわざ崩すって言うのも……ゲーマーとしてはないしね。
結局、『万魔の母』を習得している誰かを用意するっていう点も、それをナザリックの支配者に据えるっていう点も、両方不可能なわけなんだが……じゃあアルベドはどういう案を考えてもってきたのかというと、だ。
私が産んだ子供に、一部の『種族』や『職業』、その他の能力やスキルなどが、レベル等の条件を無視して遺伝することがある、という性質に目を付けた。
つまり……『万魔の母』を遺伝して受け継いだ私の子供を利用する、利用させてほしい、という話だった。
その子をナザリックにしもべとして迎え入れ、ギルドホーム全体の支配者とは言わずとも……どこか限られた場所の『領域守護者』に設定すれば、その区域に限定的にでも『飲食可能』なエリアを作り出すことくらいは、もしかしたらできるんじゃないか……と仮説を立てたらしい。
なるほど……それなら確かに、あるいは、空中庭園の再現が可能かもしれない。
倫理的にはNGどころじゃない上、ともすれば私の怒りを買ってしまう恐れがある、色んな意味でリスキーな案だけど。
『アインズ様の娯楽のために、あなたの子供をナザリックにください』って話だもんね。それで私が『冗談じゃない!』って怒れば……連鎖的にアインズさんも激怒しかねない。
しかし、それをわかっていても提案して来たってことで……そのくらい、NPC達はこの問題を深刻に受け止めていて、どうにか解決したいと思ってるわけだな。
実際どうなのかというと、私の子供達の中に、『万魔の母』を受け継いで生まれてきた子は……実は、いる。
全部で3人。100年に1人いるかいないかくらいのペースで生まれてきた。レア度が高い、強力なスキルほど、『遺伝』して生まれる確率は低いから、このくらいになったようだ。
なお、そのうちの1人はテレサである。
けど……その子達をナザリックに渡せるか、って言われたら、Noです。あげません。
もしかしたら、8000人も生んだんだから『欲しい』って言えば1人くらいもらえるかも、なんて思ったのかもしれないが……人数がいるからって子供を粗雑に扱うなんてのは、私の母親としての矜持が許しません。全員、私の大切な子供だよ。
今いる子供達だけじゃなく、これから先に生まれてくる子供達にしたってそうだ。たとえ、アインズさんの頼みだろうと、そんな物みたいに扱って譲るつもりはない。
まあ尤も……本人が望んで行きたいっていうなら、送り出すのもやぶさかじゃないけどさ。
本心からそう望むのなら……すごく寂しいし、泣くかもしれないけど、お嫁さんやお婿さんに出すようなつもりで、送り出す覚悟は……一応、ある。今までもそうして来たしね。
……まあ、多分、いや確実にありえないけどね。
今いる『万魔の母』を受け継いで生まれた3人のうち、1人は既に『城下町』に所帯を持ってて、家族で幸せに暮らしてるから、単身赴任なんかノーサンキューだろう。
別な1人も同じく所帯持ってる上に、デミアのところに手伝いとして就職?してるから、これも『空中庭園』を離れるとは考えられない。すごく充実した研究ライフ送ってて楽しそうだし。
そして最後の1人……テレサは、まだまだ甘えたい盛りの甘えん坊だ。多少自画自賛入ってくるけど……向こう百年は私と離れたくないだろうし、そもそもあの子は、私と一緒にいるために、狭き門をぶち破って『親衛隊』に入ったくらいの筋金入りだ。ぶっちゃけ、一番ありえん。
そんな感じで……今既にいる『万魔の母』の継承者をナザリックに渡すのは、無理。
というか……これについてはむしろナザリックの方が困るんじゃないかな。
私、ユグドラシル時代にも何度もナザリックにお邪魔してるから、あそこの内部構造は割と知ってるんだけど……仮にナザリックでアインズさんが飲食その他を楽しむとしたら、場所は第9階層の『ロイヤルスイート』だろう。
あそこには食堂やバーに加えて、ギルメンの私室や、その他にも、スパリゾートをはじめとしたさまざまな施設があったはず。
けれど、仮にもそんな重要な場所に招き入れて『領域守護者』を任せるんだから、ナザリックとしても、信頼できる相手じゃないとダメなはず。できれば、部外者に任せたくはないだろう。
たとえ同盟相手とはいえ、明確に他のギルドに所属してるような奴には。
そう指摘すると、アルベド達もそこには既に思い至っていたようで、できることならナザリックに所属するしもべに任せたい、とのことだった。
それに加えて、今いる子供達は渡せない、と私が返答する可能性も考えていたアルベドは、また別な……しかし、それはそれでまたぶっ飛んでる案、ないし『頼み事』を提示してきた。
曰く、私に、ナザリックの下僕のいずれかとの間に子供を作ってもらいたい。
そしてその子供が、『万魔の母』を受け継いで誕生していたら、ナザリックで引き取って下僕として育てて、将来的に『第9階層の領域守護者』に任命することとしたい……と。
またすげえこと考えるな、とは一瞬思ったけど……これ要するに、政略結婚みたいなもんだから、そこまで突拍子もない案ってわけじゃない……のか?
現代日本の価値観で見るととんでもない話だけど……人間の社会でも、権力者の間では(スキル云々なしでなら)割と昔から当たり前のようにやられてたことではある。
結婚して家と家を結び付けて、子供を作って、1人目の男子は夫の家で引き取る、2人目の男子は妻の家で引き取る……みたいな感じで。
この方法なら、『仮にも領域守護者だからナザリックの下僕に任せたい』『“万魔の母”を受け継ぐにはラストにゃんにゃんの子供でないといけない』という矛盾する2つの条件も一応解決するし。
私個人的には、子供をそんな風に使うのはあんまりおもしろくはないんだけど……政略結婚だと割り切ればギリギリいけなくもない、かもしれない。
もちろん、引き取られた先できちんと子供が幸せになるのが大前提だが。
ただ……そうだとしてもこんな話、アインズさんに内緒で進めていい話じゃ絶対ないだろ。
アルベドに聞いたら、『ぬか喜びさせることになってしまうかもしれないと思い、アインズ様にはまだお話していません』だそう。……それはわかったけど、だからといってコレ、サプライズってレベルじゃないからね。
『政略結婚』として進めるならなおさら、最高決定権者の承認が必要だろう。これから私と子供を作る(かもしれない)誰かだって、アインズさんの下僕なんだから。
私から内諾は一応出したんだから、ちゃんとアインズさんにも話通して了解貰って来い。
……まあ、高確率でその前に、私とアインズさんで一回話すことになるだろうけどね。
長いこと話してたら遅くなっちゃったので、『疲れただろうし今日は泊まっていきな』ってアルベドに提案。
そのまま部屋を用意させて、そこに案内した。
☆☆☆
―――その日の夜。
ナザリックの階層守護者の一角にして、今回の使節団の1人……マーレ・ベロ・フィオーレは、深夜と言っていい、とっぷりと夜の更けた時間帯に、1人、廊下を歩いていた。
理由は簡単、これから風呂に入るからだ。
(す、すっかり遅くなっちゃった……)
最初の一回を含め、何度もこの『空中庭園』を訪れているマーレは、彼自身が本好きであることに加えて、『お世話になったぶくぶく茶釜さんのとこの子だから』ということで、ラストから滞在中はここの図書館を自由に使っていいと許可をもらっている。
ナザリックの『
なぜ蔵書の種類が違うのかと言えば、単に趣味が異なるメンバーがそろっていたから、というだけであるが。
今日も時間を忘れて読書に没頭し、気が付けば深夜。
ここに勤める
そしてそのまま、これから風呂に向かうところだ。
勝手知ったる何とやら。何度もここに宿泊しているマーレは、入浴やその後の着替えに必要なものは全て大浴場にアメニティとして揃っており、手ぶらで行っても問題ないことを知っていたため、まっすぐそこに向かっていた。
しかし、この日に限っては……マーレはある計算違いをしてしまう。
もう何度も通っている脱衣場に入り、衣服は自分のアイテムボックスにしまって裸になり、風呂場の中に入る。
時間も時間なので、自分以外に入ってる人もいないだろうな、と思って入ったマーレだったが……その予想は裏切られることになった。風呂場には、先客がいた。
しかも、そこにいたのは……
「ん? 誰かいるの……あれ、マーレ?」
「えっ……えっ!? ら、ら、ら……ラストにゃんにゃん様!?」
扉を開けたそこにあったのは……一糸まとわぬ裸体に、浴びていたお湯を滴らせている、九尾の狐の姿だった。
男湯のはずのそこに居るはずのない彼女がいたことに……そして、そのあられもない姿を見てしまったことに戸惑い、動けず、フリーズするマーレ。
そんなマーレを見て、ラストも当然驚いてはいたのだが……年長者ゆえの余裕だろう。特に恥ずかしがることも戸惑うこともなく――一応タオルで体の前は隠しつつ――声をかける。
「どうしたのマーレ、ここ女湯だよ?」
「えっ!? ……えっ!? で、でも、そんなはず……僕、いつもここに入って……」
「あー……そっか、知らなかったか。あのねマーレ、うち、定期的に男湯と女湯が入れ替わるの。一昨日までは確かにこっちが男湯だったけど、今は女湯になっててね。もう暗い時間だったから、外の看板よく見えなかったかな?」
「え……えぇっ!? そうなんですか!?」
この『ニューコロロ空中庭園』は、2つある大浴場のデザインが同じではない。そのため、男も女もその両方を楽しめるように、定期的に男湯と女湯が入れ替わるのだ。
マーレが以前にここにきて泊った時は、いずれもこちらが男湯になっている期間だった。
ゆえに、まさか入れ替わるなどと思っていなかったマーレは、看板をよく見ずにこちらに入って来てしまい……裸同士でラストと鉢合わせしてしまったのだ。
「ご、ごめんなさい! す、すぐ出ますから許してください!」
「あー、待ちなさいマーレ、いいよいいよそのまま入ってきて。もう服脱いじゃってるみたいだし、着直すの手間でしょ?」
「ええっ!? で、でもここ女湯なんですよね……僕、男だし……それに、は、恥ずかしい……」
「こんな時間に入るの、私くらいだから大丈夫だよ。そうだな……恥ずかしいなら……はい」
直後、ラストがぱちん、と指を鳴らすと、その瞬間、ラストとマーレの体に、肩ひも型のワンピースのような見た目の『湯浴み着』が現れた。
幻術……ではない。ごく薄手ではあるが、実際に体に装着されている。
『男の娘』であるマーレの、腰だけでなく胸まできちんと隠すデザインのそれがいきなり現れたことに驚くマーレ。
「すごい……こんなこともできるんですか、ラストにゃんにゃん様」
「あーいや……私じゃなくて、このお風呂場のシステムなんだ。ここ、管理権限持ってる私なら、自在に男湯と女湯……それに『混浴』を切り換えられてね。混浴にする場合は、自動的に入浴者に湯浴み着が強制装着されるようにできるの」
これなら見えないから安心でしょ? と話すラストは、近くにあった椅子を引っ張ってきて、
「ほら、こっちおいで。せっかくだし洗ってあげる。そうだ……洗いながら、ぶくぶく茶釜さんの昔の思い出とかお話、聞かせてあげよっか?」
「えっ、い……いいんですか!? 聞きたいです!」
戸惑った顔、恥ずかしそうな顔から一転、ぱあっと明るく表情を輝かせたマーレは、滑らないように注意しつつ。軽い足取りで風呂場に入っていった。
ラストの誘い通り、椅子に座って洗ってもらいながら……マーレも(おそらくはアウラも)知らない、自らの創造主のいろいろなエピソードを聞かせてもらい、幸せな気持ちになって、体もきれいになってスッキリした気分で……そのまま最後まで過ごせたのだった。
足取り軽く自室に帰っていくマーレは……ラストの裸を見て、顔が真っ赤になるくらい戸惑っていた心の中が、いつの間にか不自然なほどに落ち着いてしまったことに、何も疑問を抱くことはなかった。
ゆえに、実はあの時、ラストがおしゃべりでマーレの気を引きながら、『傾国の悪女』のスキルの応用で、マーレの精神に干渉していたことに気づかなかった。
元々強力極まりない上に耐性を貫通する性質も持っていたラストの『魅了』系スキル。この世界に来てからさらに熟達していたその技能により、ラストは、対象の性欲や興奮度を、上げるだけでなく下げることもできるようになっていた。
マーレに対してもそれを使い、まるで鎮静剤のように、興奮度や緊張度を下げて落ち着かせた。そして、その不自然な心の鎮静に気づかれないよう、上手く会話を誘導していたのである。
結果マーレは、ラストの裸体(湯浴み着を着ているとはいえ)を前にしていても、一緒に風呂に入っても、背中を流したり流されたりしても、緊張も興奮もほとんどすることなく、最後まで楽しく、創造主の話題について集中して聞きながら過ごせたのだった。
…………その時は、だが。