冒険者モモンの一行が、ンフィーレア・バレアレの依頼を達成し、エ・ランテルに戻ってきた……その日の夕方のこと。
到着したと同時に、ンフィーレアから依頼完了のサインをもらったモモン達は、冒険者組合にそれを提出し、報酬を受け取っていた。
ちょうど同じ頃、以前モモン一行と一緒に仕事をしたことがあり、彼ら(ナーベラル以外)から知人ないし友人として覚えられている先輩冒険者達『漆黒の剣』は、こちらも任務を終えたところで、消耗品の補充のためにバレアレ薬品店を訪れていた。
しかし、鍵が開いているのにそこには誰もおらず……しかも店の奥に、わずかだが争ったような痕跡が残っていた。
今の時間だと、店番のためにンフィーレアかその祖母、リィジー・バレアレのどちらかが店に出ているはずなのだが、もぬけの殻で不用心極まりない。
それ以前に何かただならぬ予感がするその光景を前に、漆黒の剣は顔を見合わせ、『どうすべきか』と話し合いを始めようとして……しかし同時に、何やら町が騒がしくなってきたことに気づく。
「あの、どうかしたんですか?」
「あぁ!? 今忙し……いや、あんたら冒険者か!? だったら頼む、手を貸してくれ! 今墓地から、とんでもない数のアンデッドがあふれ出してきて、どうにか町の入り口で止めてる状況なんだ!」
「あ、アンデッド!?」
町の衛兵を呼び止めて聞いたその話に、仰天するニニャ達『漆黒の剣』。
無理もないことだった。ここエ・ランテルを拠点に活動してそれなりに長いが、そんな事態が起こった話は聞いたこともない。
墓地などの負のエネルギーが溜まりやすいところでは、時折アンデッドが発生してしまうのは知っているが、そういったものは見つけ次第討伐されることになっているし、こんな大事になるまで誰も気づかないなどということはまずないのだ。
……それが、人為的に引き起こされた災害でなければ、だが。
話を聞いた『漆黒の剣』の4人は、このまま放っておくわけにもいかないと判断し、現場に向かうことに決めた。
場合によっては、自分達など役に立たないかもしれないが、それでも冒険者である自分達は、力のない一般市民よりは戦える。だったら、できることをしなければ。
総じて『お人好しの集団』と言ってもいい4人は、町やそこに住む人々を見捨てて逃げることなど頭に浮かばせもせず、最低限の装備等の確認をした後、現場になっている町の入り口に向けて駆け出した。
そして幸運にも、その途中……
☆☆☆
「この騒ぎは何かと思ったら、そういうことだったのか……」
たった今、『漆黒の剣』のニニャから事情を聴いたモモンは、もう夜だというのに、騒がしいを通り越して悲鳴や怒号が鳴り響いて来さえしている、向こう側の通りをうかがってそう呟いた。
おびただしい数のアンデッド。それが墓地からあふれ出しているという。
ちらりとキリトとトガに視線をやるが、やはり『普通はありません』という返事が返ってきた。
しかも異常はそれだけではない。つい数十分前まで護衛して、この町に送り届けたところだったンフィーレアが……店にいなかった。
しかもそこには争った跡。何かの事件に巻き込まれた可能性が高いという。
仲良くなったばかりの、真面目でひたむきな少年の笑顔を思い出して……それが何者かに害されたかもしれないと知り、モモンは心の中に苛立ちが湧き上がってくるのを感じていた。厄介にも、『沈静化』されない程度の、煩わしくも思えるレベルで、胸の中にどろりと残り続けている。
「せっかく依頼は成功したというのに……最後の最後にけちをつけられた気分だ」
「モモンさんのせいじゃないですよ。依頼は完了してるんですから……その後のことは、あなたが責任を感じるようなことじゃ……」
「わかっているとも。だが……それでもだ」
ふぅ、とため息をついて……モモンはトガに指示して、『
実はモモンは、カルネ村でンフィーレアに『研究したいので赤いポーションを1つ譲ってほしい』と頼まれ、手持ちのものから1つ譲っていた。代金は後で支払われることになっていたが、それを探知することで、ンフィーレアが今、墓地にいることが分かった。
今起こっているアンデッドの大量発生と無関係だとは思えなかった。
さらに、ンフィーレアが持つ
この事件の主犯が何者なのかはわからないが、このアンデッドの大量発生は何らかのアイテムによるもので、それを使わせるためにンフィーレアを拉致したのではないか、と。
いずれにせよ、これらの事件を解決するには、現場である墓地に向かわなければどうしようもない。
モモン達は、依頼も終わったことで『ナザリックに戻るかー』と思っていたところだったが、急遽予定を変更し、武器を手に墓地へ急行することになった。
町の入り口から墓地にかけての道には、すでにおびただしい数のアンデッドが、道を埋め尽くさんばかりに広がって押し寄せてきており……既に何人もの衛兵や冒険者が犠牲になっていた。
見たこともないような物量、おぞましい光景、目の前で引きずり倒され、悲鳴と共に肉塊にされていく兵士達……地獄のような光景に、兵士も冒険者も及び腰になる中、モモン達は兵士達の制止を振り切って外に飛び出した。
そして、大剣を両手に持って振り回し、すさまじい勢いでアンデッド達をただの物言わぬ屍に変えながら、墓地へと向かっていく。仲間であるナーベ、キリト、トガ、そして新たに加わったハムスケもそれに続いた。
モモンが大剣で薙ぎ払い、ナーベが魔法で焼き払う。キリトは素早く動いて剣でなぎ倒し、トガは手に持ったアンデッド特効の武器で一体一体素早く仕留めていく。ハムスケは主にその4人が撃ち漏らした者達を、腐臭に苦しみながらも爪と尻尾でなぎ倒していった。
瞬く間に戦線を押し返し、もうダメだと思い始めていた自分達に、その背中で希望を見せつける彼らの姿を……兵士や他の冒険者達は、黙って、しかし憧れるような視線と共に見送っていた。
そして、自分達も自分達にできることをしようと、彼らが仕留めきれなかったアンデッド達くらいは引き受けるべく、自らを鼓舞してそれぞれ武器を握り直すのだった。
そして、数十分後。
「あー……この目を覆いたくなるような惨状はそういう感じだったんですか」
全てが終わった後の墓地に、モモン……もとい、アインズに呼ばれて、ラストにゃんにゃんが降り立っていた。
立ち込める腐臭、そこら中に転がっているアンデッドの残骸――骨とか肉塊とか汚液とか――に『うわぁ』という表情になり、げんなりしているのがよくわかった。
その傍らには、マーレとデミウルゴス、それにエントマもいる。
技術協力その他のため、ちょうど今、『空中庭園』でラストはデミウルゴス達と打ち合わせ中だったのだが、そこにアインズから『協力してほしい』との
その際、『アインズ様が何か困っているのなら我々も』『で、できることがあれば頑張ります!』と言って、デミウルゴス達もついてきたのだ。
トラブル、ないし事件自体はもう終わっていたので、彼らがやることは特になかったのだが。
『すいませんラストさん、こんな時間に、しかも仕事中に呼びつけちゃって……』
『いえいえ、全然大丈夫ですよ。それで……私に手伝ってほしいことって何です? 見る限り、事件そのものは終わってるっぽいですけど。その……ヅラ何とかって連中も倒したんですよね?』
『ヅラ違う。ズーラーノーン。ヅラはかぶってなくてただのハゲでした』
『ぷっwww』
彼女達を出迎えたモモン……もといアインズは、冒険者モモンの姿を解除し、白骨の顔を露わにした『
それは、ナーベラル・ガンマも同様で、戦闘メイドの装束を纏い、一歩引いてアインズの後ろに控えている。
今回の一件は、秘密結社ズーラーノーンとやらの高弟の1人が、何かの目的のために起こしたことだった。……それを聞き出す前にナーベラルが始末したので、結局何のためだったのかはわからないが、どうせろくでもないことだろうと、アインズはさほど興味も持っていなかった。
色々と言葉を交わし、細々としたやりとりもあったらしいのだが、『大したことじゃないです』とアインズがさくっと説明を端折ったので、『ならいいか』とラストも深く聞きはしなかった。
他に、その首謀者の男の弟子で、同じくズーラーノーン所属らしい死霊術師達もいたが、こちらも全員まとめて始末されている。
ただ1人、共犯者ないし協力者と思しき軽戦士風の女が生け捕りにされていた。
キリトが相手をしたらしいのだが、現地民の中では相当強い部類に入る……と思しき強さだったらしい。体感的に、レベル40以上かも知れないとのこと。
ただ、それでもレベル100のキリトにかなうはずもなく。
瞬殺するつもりがあっさりとそれを防がれ、武技を重複発動して襲い掛かっても簡単にいなされかわされ、次第に余裕がなくなっていって『このクレマンティーヌ様がテメェみたいなガキに負けるはずがねぇんだよ!!』とか絶叫しだした。
しかし結局、『時間の無駄だな』とつまらなそうに言ったキリトによって、武器のスティレットを2本とも粉砕された挙句、腹に蹴りを一発――相当手加減して――叩き込まれて気絶した。
そしてこの女……クレマンティーヌという名前のようだが、現地民の中では相当強い部類に入る奴だったのに加え、この墓場の奥にあった
故に、何かしら情報が抜けるんじゃないかと判断し、生け捕りにすることにしたのだった。
既にキリトからアインズに許可を取ってあり、この後、『空中庭園』に身柄を持ち帰り、尋問やら何やらして情報を抜きとる予定である、とのことだ。
情報を抜きとった後も、場合によっては色々と使われることになるかもしれないが。
そんな哀れな敵達の末路はさておき、ラストはアインズに案内されて、墓地の奥へと進んでいった。
ズーラーノーン達が根城にしていたと思しき石造りの建物の中に、それはいた。
町から攫われて行方不明になっていた青年……ンフィーレア・バレアレが、見慣れないアクセサリーのようなものを頭に装着した状態で、石の冷たい床に座らされていた。
……なぜか全裸に、シルクのような半透明の薄絹を纏わされた状態で。
『なんでこんな美味しそ……もとい、恥ずかしい恰好なんです?』
『知りません』
恰好はともかく。
こうして目の前に、『
しかし、気を失っているわけではない。……自我が壊れてしまっているのだ。
アインズがあらかじめ、この頭のアイテムを鑑定して正体を明らかにしていた。
『叡者の額冠』という現地産のアイテムで、魔法詠唱者として高い素質を持つ、しかも女性にしか使えないアイテムである。装着すると、第7位階の魔法が使えるようになる代わりに、自我を失ってしまう。
言ってみれば、装着者自身が、第7位階の魔法を使うためのマジックアイテムになってしまうという、なんともえぐいアイテムだった。
説明文によると、『スレイン法国』の秘宝の1つであるらしく、これがあの女戦士が『法国の関係者ではないか』と疑った理由である。
前述のように、『魔法詠唱者として優秀な女性』にしか使えないのだが、ンフィーレアの『
そして、マジックアイテムとなったンフィーレアを利用して第7位階魔法『
そしてこのアイテムは、取り外すと装着者が発狂してしまうという、本気で呪いに等しい作用があり……このまま取り外すと、ンフィーレアが発狂してしまう。
それを防ぐには、取り外さずにこのアイテムを破壊してしまえばいいのだが、マジックアイテムの収集家的な面を持つアインズのコレクター根性が『もったいない……!』とそれを躊躇させた。
ユグドラシルにはないアイテムなので、研究すれば色々なことがわかるかもしれない。と思ったのもある。
それならンフィーレアのことなど構わずさっさと外してしまえば、とナーベラルが進言したが、一度言葉を交わして仲良くなった青年を見捨てるのも……助けられなかったみたいで、アインズとしては面白くなかった。
どうすればいいか、と悩んでいたアインズに、トガがふと『お母さまならなんとかできるかもしれません』と提案したのである。
そして、その『お母さま』ことラストはというと、軽くンフィーレアの様子を、いくつか魔法も使って診察し、
「うん。多分これなら……何とかなると思います」
「ほう……それは本当ですか!」
表情のない骸骨の顔だが、『あ、なんか嬉しそう』とわかる声音で返してくるアインズに、苦笑しながらラストは説明していく。
「このアイテム、装着すると……使用者の脳と魔法的に接続されるようになってるみたいです。言ってみれば、この『額冠』が脳の一部になって、それによって脳機能……ないし、魔法の才能が強制的に拡張されて、高位階の魔法が使えるようになる。けどその代わりに、変な風に強化されたせいで脳そのものは上手く働かなくなって、自我がぶっ壊れちゃうんです」
「なるほど……面白いマジックアイテムもあったものですね。しかしラストにゃんにゃん様、そうなると、この状態で『額冠』を外すというのは……」
「ええ、お察しの通りですデミウルゴスさん。脳の一部を強引に引きちぎるのと同じです。普通、そんなことをされれば死にますが、疑似的に、魔法的に一体化しているだけなので、死ぬまではいかない……けれど、深刻な後遺症が脳に残る。それで発狂……というわけです」
聞けば聞くほど出てくるえぐい効能に、アインズも『うっわぁ……』と驚くやら呆れるやら。
そして、そんなえぐいアイテムからンフィーレアを救うにはどうするのかというと。
「その『接続』状態を解除してやればいいんです。これどうやら、魅了とか幻惑系の『状態異常』の一種みたいなので。強力だから普通のやり方では解除できなさそうだし、無理にやるとそれこそンフィーレア君に悪影響があるけど……それなら、それ以上の出力と優先度の『魅了』で、状態異常を上書きしてあげれば……」
言いながらラストは、『魅了』の能力を発動し、ンフィーレアに叩きつける。
複数の
それを至近距離で、直接注ぎ込まれたンフィーレアは……数度、びくんびくんっ、と震えた後……
「うっ……あぁ……?」
自我がないはずのンフィーレアの口から洩れる、苦悶の声。
同時に、ゆっくりと目が開く。虚ろではあるが、きちんと見えている……風に見える。
その瞬間、ラストはさっと『額冠』を奪い取る。
一瞬、びくん、とンフィーレアの体が震えたものの……叫び出したり暴れ出したりと、発狂する様子は、ない。
実験成功。無事にンフィーレアを救出することに成功し、また、レアアイテムである『叡者の額冠』も壊すことなく手に入った。100点満点の理想的な結果だ。
……と、思った……その時だった。
―――がばっ!
「えっ? わひゃっ!?」
座り込んでいたンフィーレアに目線を合わせるように、その目の前にしゃがんでいたラスト。
彼女目掛けて、突如ンフィーレア(半裸)がとびかかって、それを押し倒したのである。
すわ発狂か!? と周りの面々が驚いて身構えるが……その直後にンフィーレアがどんな行動に出たかというと、さらに予想の斜め上を行っていた。
「え、ええと……あれ?」
「はぁ……はぁ……っ! ぁあ……うあぁぁあっ……!」
戸惑うラスト本人と、キョトンとするアインズ達、周囲の面々。
その視線を集めているンフィーレアは……仰向けに押し倒されたラストの上にのしかかって、かくかくと腰を振っていた。
顔はその豊満な胸に押し付けて深呼吸していて、舌を伸ばして舐ろうとしている。
腕は後ろ手に縛られているので動かせないようだが、もし自由になっていたら、ラストの体を抱きしめたり、その乳房や尻をわしづかみにするくらいはしていたかもしれない。
つまるところ、ンフィーレアは……ラストに対して発情し、情欲をぶつけようとしていた。
まだ解呪したてで、意識もはっきりしない中……本能だけで、目の前の雌に襲い掛かっていた。
「あ、あははは……気合入れて魅了かけすぎちゃったかな……?」
困ったように苦笑するラストが、優しくンフィーレアを押しのけようとするも、それを拒否してより強く、体ごとラストにこすり付けてすり寄ってくる。
薄絹の向こう、その股間が変形しだしているのを見て、ナーベラルのみならず、キリトやトガも面白くなさそうな表情を浮かべ、殺気立ち始める。
アインズやデミウルゴスは、今のところ呆れが勝っているようだが、それが怒りに変わる時も近いだろう。
そうなる前に引き離すなり何かしないと、せっかく助けたのに、発狂どころか死亡しかねない。
無論、これは解呪のために自分がやったことの単なる副作用、いやむしろ正常な作用なので、ラストは怒る気はないし、全く気にもしていない。
むしろ、『あー、あの時を思い出すなあ……必死で腰振っちゃってかわいいなあ』くらいに思っていた。というか、次第に彼女の中からも、いたずら心と情欲が一緒になって湧き上がり始める。
(……いかん、私もムラムラしてきちゃった。そうだ、せっかくだから……アインズさんに『
そんなことをラストが考えた……その時だった。
―――ゴッ!!
「「「…………え?」」」
ラストの目の前……本当に目の前で、ンフィーレアの頭が砕け散った。
血や脳、眼球や頭蓋骨、その他にもよくわからないものの破片が飛び散り……そのうちの一部がラストにもかかってびしゃっと汚れる。
再び、きょとんと……というよりは、あまりにいきなりのことに絶句する一同――ラストはもちろん、アインズやナーベラル、キリトにトガヒミコ、デミウルゴスにエントマ――の眼前で……誰がどう見ても『死体』になったンフィーレアが、力なく崩れ落ちる。それきり動かなくなった。
その、すぐ横で。
「ま、マーレ……君?」
今まさに彼の命を奪った張本人……マーレが、愛用の杖を振り下ろした状態で、無表情で、ハイライトの消えた冷ややかな目で、ンフィーレアの死体を見下ろしていた。