「
アインズが指先から放った火球は、まっすぐに正面にいたモンスター『
自らも火属性であるがゆえに、火属性の魔法に対して耐性があるはずの炎の精霊は、そんな相性の不利などものともしない威力の火球の前に、全員まとめて跡形もなく消し飛んだ。
動くものが何もいなくなったそこを見て、『おー!』と楽しそうに拍手をするラスト。
「お見事です、さすがアインズさん!」
「ははは、レベル10かそこらのモンスターを倒しただけで大げさですよラストさん……おっ」
その、つい先ほどまで『槍の火蜥蜴』達がいた場所に何かを見つけて、小走りで近づいていくアインズ。
そしてそこで、地面から何かを拾い上げて……今度はアインズが『おー!』と嬉しそうに声を上げる番だった。
「ホントにドロップした! いやあ、この世界に来てまた『モンスターからドロップする』光景を見られるとは……なんかユグドラシルを思い出せて感無量ですねえ」
手に持った『データクリスタル』をしげしげと眺めながら、感慨深そうに言うアインズ。
ここは、現在『ニューコロロ空中庭園』の管理下にある、ユグドラシルからやってきたギルド拠点の1つ『ロヴォスの空虚なる古城』。
ラスト達が色々と手を入れて、『データクリスタル畑』として活用している、データクリスタルその他のユグドラシル産アイテムの生産地だ。
今日はラストとアインズは、お供を連れずに2人でここを訪れていた。
元々は今日、アインズはお供としてアルベドを連れてくる予定だった。
しかし昨日、色々あって辛抱溜まらなくなったアルベドがアインズを押し倒して襲いかけるという蛮行に及んでしまったため、罰として数日間の謹慎処分になった。
結果、お供をする者がいなくなってしまった上、タイミング悪く、守護者クラスで今日1日手の空いている者がいなかった。全員、どこかで何かしらの仕事が入ってしまっていた。
それでも、調整して供を用意できないことはないだろうが、アインズは『そもそもラストさんの
そしてそれを、こちらもラストが部下を連れずに自分でアインズを案内することにした。
そのため、ここにいるのは旧知の仲のプレイヤー2人。アインズは普段の支配者ロールではなく、素のアインズ……もとい、『モモンガ』だった頃の気安さでラストと話しながら楽しく回ることができている。
ケガの功名とでもいえばいいのか、思わぬ息抜きの機会をアインズは堪能していた。
ひとしきり『古城』に出てくるモンスターを狩った後、アインズとラストは続いて、その地下にある『クリスタル育成工場』を訪れていた。
地上で出てくるモンスター達は、どれも自然にPOPする、レベル20にも満たない雑魚モンスターばかり。当然、ドロップするデータクリスタルやその他の素材も、粗悪なものしかない。
それを解決するため、POPしたモンスターを捕獲して育成、もとい、強制的に成長させ、レベルが高くなってから殺すことで、より質の高いデータクリスタルを収穫する。そのための施設がここだ。
その説明を聞いて、アインズは『ホントよくこんなに色々なこと思いつくなあ』と感心していた。そして同時に、疑問に思っていることもあった。
「ところでラストさん、POPした野生のモンスターを『強制的に成長』させるって、一体どんな手を使ってるんです? レベル上げとかできないですよね?」
「ええ、まあ……工夫すればできないこともないんですけど、効率悪すぎますからね。なので、手っ取り早くコレを使ってます」
そう言ってラストは、空間に開けた黒い穴に手を入れ……『
「ああ……『経験値の秘薬』ですか。ありましたね、そんなの。懐かしいな」
ユグドラシルの古参プレイヤーであるアインズは、ぱっと見ただけでそれが何なのかをすぐに言い当てた。
『経験値の秘薬』。読んで字のごとく、使用すると一定量の経験値を即座に得ることができるアイテムだ。
いくつも使用すれば、全く戦闘せずにレベルを一気に上げることもできる。
「ユグドラシルの新規プレイヤーは伸び悩み始めた頃に、運営がテコ入れのために『新人応援キャンペーン』とかいうのを初めて、その時に実装されたんですよね。序盤にちまちまレベル上げしなくても一気に進められる、っていうのがそこそこウケてたの覚えてます」
「PKが横行してて初心者には、特に異形種プレイヤーには厳しい界隈ですからね……初心者狩りに会いやすい低レベル帯をスキップできるのはナイステコ入れだったと思いますよ。それでいて、初心者を卒業するくらいになると途端に無用の長物になるアイテムだから、ゲームバランス的にも上手いこと作ってあるし」
そして、ラストの今の言葉通り、いつまでも……レベルが上がっていっても使えるアイテム、というわけではない。
使用するのがレベルの低い初心者プレイヤーのうちであれば、使うのが1つ2つでもポンポンレベルが上がるだろうが、初心者を脱する頃には、いくら使ってもほとんどゲージが変動しなくなり、ほとんど意味のないアイテムに成り下がる。そうなるように調整して作ってあるのだ。
一応、テイムしたモンスターなどにも使用できるアイテムであるので、全く使用用途や需要がないわけではないが。
ラストはそれを、アインズが見ている前で、捕らえたモンスターの口に放り込む。
すると、それを食べたモンスターの存在感というか、感じ取れる力のようなものがぐんと上がったのが、見ていたアインズにもわかった。
「ゲームでは、野生のモンスターにこういうアイテムを与えるようなコマンドなんてなかったですけど、この世界ではこういうこともできるんです」
「なるほど……そして、たっぷり与えて成長させたところで『収穫』する、と」
「ええ。目安としては……レベル30から40くらいですかね。そのくらいまで育てれば、『最上級』か、上手くすれば『
「ほう……『
カンストプレイヤーである2人からすれば、ほぼゴミもいいところな等級ではあるが、この世界基準で考えれば、十分に『逸品』と言っていい代物。
この世界において『英雄』の領域にいるとされる者達が使っていてもそん色ない等級である。
それを、技術こそユグドラシルのそれだとはいえ、この世界産の素材のみで量産が可能なのだ。現地基準で言えば、十分にバランスブレイカーと言っていい所業である。
が、実はこの施設でやっていることは、それだけにとどまらず……
「ただですね、アインズさん。これ以上に育てて、よりレア度の高いデータクリスタルを収穫する試みも、ここではやってるんですよ」
「これ以上に……ですか?」
それを聞いて、不思議そうに聞き返すアインズ。
その理由は、今聞いた以上にレベルを上げるのは、『経験値の秘薬』では難しいのではないかという疑問からだった。
あのアイテムを使って育てられるのは、せいぜいレベル30まで、頑張っても40まで程度だったはず。それ以上は、レベルアップと共に必要経験値が多くなるインフレについていけなくなり、効率的ではなくなる。
そこまで育ったのなら、後は普通にモンスターと戦って経験値を稼いだ方が圧倒的に効率がよくなるのだ。
しかし、テイムしているわけでもないモンスターを『戦わせて育成』ができるとも思えないため、アインズは首をひねっていたが……そのアインズの前で、ラストはにやりと意味ありげに笑うと、再び虚空に手を入れ、あるアイテムを取り出した。
それを目にした瞬間、アインズの目に明らかな驚愕が浮かんだ。
「それは……まさか……!」
「ふっふっふ、どうやら知っているようですね、このアイテムのことを」
「……ええ、そりゃあ知っていますとも。生で見るのは初めてですけどね……
ラストが手にしていたのは、石でできた小さな鉢のような、お椀のような何か。
しかし、わずかに揺らめくような金色の燐光を纏っているそれは、手のひらサイズの見た目からは想像もつかない、とてつもない存在感や力強さを醸し出している。
「ご明察。持っているだけで所有者の取得する経験値を大幅にブーストしてくれるアイテムで、中々レベルが上がらなくて苦労してるカンスト級のプレイヤー達垂涎の品です。持ってることが知られたら絶対に狙われるので、うちのギルドでも緘口令が敷かれてた代物ですね」
「……正直、ユグドラシル時代……まだギルメンが揃ってた頃にそれの存在を知ってたら、同盟ギルドである『暗黒桃源郷』相手でも、ワンチャンギルド戦が勃発してたかもしれませんね……そのくらい、『世界級』の中でも特に魅力的なアイテムの1つですよ」
「じゃあアインズさん。
「もちろん。『
『仏の御石の鉢』は、時間経過でその中に『覚りの霊薬』というポーション系のアイテムが独りでに湧き出して溜まっていく。
その効能は、『経験値の秘薬』と同じで、飲んだ者に経験値を取得させるというものだが、『霊薬』によって得られる経験値は、溜まっている間『鉢』を持っていたプレイヤーのレベルによって変わる。レベルが高いほど、より多くの経験値を得られる『霊薬』が湧き出す仕組みになっている。
言うまでもなく、カンストプレイヤーであるラストが持っていれば、飲んで取得できる経験値も膨大なものになる。『経験値の秘薬』では成長できなくなったモンスターも、簡単にレベルアップさせることができるほどに。
ラストが取り出した『鉢』には、もうすでに『霊薬』と思しき液体が溜まっていた。
ラストはそれを、拘束されているモンスターの口に注いで飲ませると……先ほどと同じように、モンスターから感じ取れる力強さが目に見えて増した。
「
「そのへんまで行くと、実用性のある傭兵NPCと同じレベル帯になっちゃいますから……家畜として置いておくのも大変でしょうね」
「でもレベル60や70からドロップした素材やデータクリスタルなら、『
「これがラストさん達の、400年の成果ですか……いやあ、お見それしました」
全体としてレベルが低すぎる、ほとんど自分の期待に応えてくれるようなものがないこの世界で、様々なアイテムの力を借りてとはいえ、自力で実用可能なアイテムを作り出す術を確立したということがどれほどの偉業であるか、どれだけ大変だっただろうかと考えて、アインズは素直にラストとその下僕達を称賛した。
続いてアインズとラストがやってきたのは、たくさんの動物が放し飼いにされている、牧場のような場所だった。
ここは、ラストの部下であるサンゴが管理する『萌緑郭』。現地生物の家畜化・飼育・研究などを担う部署だ。
より正確に言えば、外から捕獲してきた野生動物やモンスターに加え、デミアなどが人工的に作り出したクローン生物や『劣化竜王』などの飼育・研究も行っている。
また、動物に限らず、様々な植物の栽培研究もここで行われている。
「牧場は牧場でも、飼ってるもののほとんどはモンスターなんですね。牛とか豚じゃなくて」
「ええ、そういう普通の家畜は、普通の人間でも飼育できますからね。それらの畜産は、城下町に住んでいる人間の住人とかに割り振って任せてます。彼らの仕事……『雇用』になるので」
ラストは、興味があるならそっちも案内する、と申し出たが、アインズは『いいです』と断った。普通の家畜の飼育であれば、カルネ村ですでに見たことがあったためだ。
予定通りそのまま、『萌緑郭』ならではの飼育風景を見ていくことにした。
主に飼育されているのは、モンスターの中でも、比較的普通の動物に生態が近いもの。
かといって、お世辞にも『飼いやすそう』というわけではない、そうは見えないし言えないであろうモンスター達があちこちに闊歩している。
逞しくて肉付きのいい巨大な牛型のモンスターや、体のあちこちに装甲のように鱗のようなものが付いた熊型のモンスター、見上げるほどの巨体を持つマンモスのようなモンスターなど。
ユグドラシルにいたモンスターもいれば、アインズにも見覚えのない、おそらくは現地産であろうモンスターも多くいた。
さらに、別な建物の中には、温室や生け簀なども用意されており、その環境に合った多種多様な生き物――動物も、植物も――を育てているとの説明だ。
なお、モンスターを飼育しているだけあって、建物1つ1つのスケールはすさまじく大きい。小さなそれでもドーム球場なみの大きさだし、生け簀に至っては湖のように広い。というか恐らく、本物の湖を改造して足場をつけ足したりして生け簀にしたのだろう。
覗き込んでみれば、区画ごとに違った、色々な種類の魚が泳いでいた。丸々と育っていて食べ応えがありそうなものもいれば、明らかに食用ではない……恐竜のように大きなワニや、鋭い牙を持つ巨大な鮫がいたりもした。
「ここで飼育しているモンスターの大半は、主に食用や素材用ですけど、中には騎乗用に訓練してるものもいますよ。ほら」
そう言ってラストが指さした先には、別な厩舎があり……そこには、『
さらに別な厩舎には、『
「飛行能力を持つモンスターも多いんですね。飛んで逃げたりはしないんですか?」
「そのへんは、アイテムやスキルできっちり対策してるから大丈夫です。それ以前に皆、きちんとこっちの言うことを聞いてくれるいい子達ですよ」
暴れる様子もなく、厩舎の中で大人しくしている。飼育員と思しき者達が近づくと、勇猛そうな見た目とは裏腹に、人懐こくじゃれ付いたりしていた。
「アインズさん、こっち」
「? はい?」
楽しそうにじゃれ合う動物と人を、ほっこりした気分になって見ていたアインズだったが、ラストに呼ばれて振り向くと、また別な厩舎(?)の前で手招きして立っていた。
「次はここ。ここは、ちょっと特別なモンスターを飼育してるんです」
「ほう、特別?」
次は何が見られるのだろう。期待しつつアインズは、ラストについてその建物の中に入っていく。そこは、壁も扉も分厚く、まるで要塞のように、中にいる者を守っているようだった。
……あるいは、ここに入っているもの次第では、全くの逆、『中にいるものから外にいる者達を守っている』という可能性もあるな……と、アインズはふと思った。
……そして、その予想が正しかったことを……そのすぐ後で知ることになった。
「おぉ……こりゃすごいの飼ってますね」
その、特別な飼育施設の中。いくつもの扉を開けてたどり着いた、奥深く。
そこで飼育されている、何体ものドラゴンを前にして……感嘆するように息を突きながら、アインズは言った。
もちろん、ナザリックにもドラゴンなら何体かいる。マーレが飼っているもの――課金ガチャで超低確率で出るやつ――や、アウラの下僕の中にも、ドラゴンそのものや、ドラゴンに近い見た目のものも何体かいる。
しかし、今目の前にいるドラゴン達は、アインズが見覚えのあるもの……すなわち、ユグドラシル産のものだけではない。見覚えがない……おそらくは現地産のドラゴンや、話に聞いていた、新しく『作った』ドラゴンもいると思われた。
これらも、単純な調教か、はたまたスキルによるものかはわからないが、きちんと従えて大人しくさせているようだ。
(強い、な。どの個体も多分、レベル50は軽く超えてるだろう。アウラの下僕達といい勝負ができそうなのも何体か……もちろん俺達からすれば全然だけど、この世界基準なら、普通に都市一つ滅ぼせるレベルの戦力だ。見た目にもインパクトあるし、使い道は多そうだ)
それに加えて、アインズはちらりと別な飼育スペースを見る。
そちらに収められているのは……おそらくはドラゴン、あるいはその亜種と思しき『何か』だった。
おおむね『竜』と呼べそうな見た目はしているものの、どちらかと言えば巨大なトカゲと言った方がよさそうな外見。先ほどまで見ていたドラゴン達と比べると、胴体や尻尾、腕や足が太い。
しかし力強さがあるというわけではなく……どちらかと言えば『肥えている』ように見える。
翼は生えているが、体のサイズに対して妙に小さい。飛べるのかどうか疑問に思えた。
「ラストさん、こっちに入ってるこれらは……?」
「そっちは、戦力として育ててるものとは違う……家畜として育ててるドラゴンです。飼いやすいように品種改良してあるので、見た目その他ちょっと違いますけど」
アインズとしては『ちょっとじゃない気が……』と思ったものの、それを聞いて納得した。
今さっきまで見ていたドラゴン達と違って……こう言っては何だが、不格好で強そうに見えないこのドラゴン達は、家畜として都合のいいように『改良』――飼う側に都合がいい、という意味で――された結果の産物だったわけだ。
温厚で動きは鈍く、制御しやすい。肉付きがよく、成長も早い。
それでいて、肉体は間違いなくドラゴンなので、解体すれば、鱗や骨、爪や牙など、れっきとした『ドラゴンの素材』になるし、肥えている分、脂ののったドラゴンの肉も大量に手に入る。
武器の素材や食材として活用されるのはもちろん……皮は特に、
捨てるところがないくらいに全身使い道があるこの『家畜化ドラゴン』は、ある意味、この『空中庭園』で最も重要な家畜と言っていいだろう。
(ドラゴン肉のステーキは俺も何度もご馳走になってるけど……すごい美味いもんな)
身をもってそれを知っているアインズは、思い返せば口の中によみがえってくる、甘い脂と肉の噛み応えを思い出して、出るはずのない唾液が口の中にたまったような錯覚を覚えていた。
「それからあっちには、ドラゴンほどじゃないですけど、それなりに危険なモンスターが入ってます。現地基準でも『そこそこ危険』程度のものから、割と国が滅びかねない絶望的な危険度のやつもいますね」
指さされた方に目を向けると、小さ目の檻がいくつも並んでいた。
小さ目と言っても、中にいるモンスターがそこそこ自由に駆け回れる程度には広いが。
中に入っているのは、『
……が、いうまでもなくアインズやラストからすれば雑魚も雑魚なラインナップ。
加えて、先ほどまで見ていた劣化竜などと比べても、戦力としても微妙だし、食用として価値があるというわけでもない。
『何でこいつら飼ってるんだろう?』と首をひねるアインズに、ラストは説明する。
「これらは、この後紹介する『練武郭』や『遊享郭』で使うんですよ。闘技場があるので」
「闘技場……ああ、そういうことですか」
それを聞いて納得した様子のアインズ。
同時に、おそらくこの後それらを『使う』様子を見れるのだろうと思い、多くは聞かずに、この後の見学の機会を待つことにした。
「さて……そろそろいい時間ですし、ここらで一旦昼食休憩にしませんか? 『
「それはいいですねえ……ぜひお願いしたいです!」
ラストの誘いに、喜色満面な様子を隠さずに頷くアインズ。
すっかりこの『空中庭園』に胃袋をつかまれつつある絶対的支配者は、傍目に見てもわかるくらいに軽い足取りで、ラストの後についてそのレストランへ向かっていった。