オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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メイド、なめんなよ

 

 

 屋敷に帰ったセバスを出迎えたのは、『切り裂きジャック(ジャック・ザ・リッパー)』が言っていた通り……彼の支配者であるアインズ本人だった。

 それに加えて、デミウルゴス、コキュートス、ヴィクティムが、おそらくは護衛係と……セバスへの詰問のために同行。

 

 さらに、今のセバスとソリュシャンの身分を用意してもらった関係でだろうか、アインズの盟友であるラストに加え、その護衛としてだろう、ミルコとアカネが一緒にいる。

 

 タイプの違いはあれど、自分に匹敵する実力者が6人から存在している部屋に入っていくのは……まるで彼らが、自分にとって敵であるかのような重圧をセバスに感じさせた。

 ……実際に、彼らは場合によっては、自分を責め立てるためにここにいるのだろうという状況が……それに拍車をかける。

 

 セバスとアインズの間に置かれたテーブルの上には、見覚えのないアイテムが置かれている。

 天秤を持つ天使をかたどった像。アインズが持ち込んだものかと思ったが、アイテムが置かれている位置はラストの目の前だ。彼女が持ち込んだものかもしれない。

 

 その後行われたのは……予想通りと言えばそうだが、アインズの『余計な騒ぎを起こすな』という指示を守れず、ツアレという『面倒事』を抱え込み、そしてそれを報告せずにいたばかりか、より大きな面倒ごとを招いたセバスへの叱責だった。

 

 セバスの言い分としては、『報告するまでもないことだと判断した』というものだったが……そう言った瞬間、ラストの前にある天使像が持つ天秤が、キィ……と音を立てて揺れ動いた。

 それを耳にして、アインズやデミウルゴスの視線がそちらに向く。

 

「……嘘ではない。けれど、正確でもない」

 

 ぽつりとラストが呟く。

 それを聞いてセバスは、そのアイテムが、発言の真偽を判断する、いわゆる『噓発見器』のようなものだと察した。

 

「セバスよ……もう一度だけ問おう。今のはただの言葉の綾、ないし、言葉が足りなかっただけかもしれないからな。……なぜ、その『ペット』のことを私に報告しなかった?」

 

 先程よりも、デミウルゴスやコキュートスが自分に向ける視線の刺々しさが強い。

 この期に及んでの、無意識下での浅はかなさが、どうにか致命的な悪印象を避けようとする愚かな考えが、状況をより悪くしたことをセバスは猛省した。

 

「はっ、申し訳ございません。……あの娘を拾ったことは私の勝手で愚かな判断によるもの。それをお耳に届けることで、アインズ様の意図と異なる行動をとってしまったがために、御身のご気分を害する結果に……」

 

 一瞬、開いた。

 その先を口にする苦痛と恐怖を抑え込み、セバスは続ける。

 

「……なることのないように、お耳に余計なことを届かせる必要なく全てを収めようとして……失敗しました。……またその結果として、彼女……ツアレを処分することになる可能性を……私が恐れたが故でもあります」

 

 今度は、天秤から異音は鳴らなかった。

 ちらりと視線をそちらにやった上で、アインズはため息交じりに続ける。

 

「……そうか、わかった。まとめると、お前はあくまで自分の裁量でどうにか出来る範囲で人助けをしたつもりだったが、その女が抱え込んでいた厄介ごとが予想以上であり、そこからさらに判断を誤った結果として現在のようなことになった……つまりは、単にお前の見通しの甘さと判断ミスの結果であり、このアインズ・ウール・ゴウンへの忠義を欠いたわけではない。そういうことか?」

 

「はっ……その通りでございます。面目次第もございません」

 

「わかった。そういうことならば仕方ない……失態(ミス)は誰にでもあることだ。その原因をきちんと認識し、次に生かすことができるならば、それは単なる失態には終わらない、意味のある『教訓』となろう。そうあってほしいと願いつつ……セバス、私はお前の失態を許そう」

 

「はっ……寛大なご判断に感謝いたします!」

 

 その言葉を聞いて、内心、安堵に胸をなでおろすセバス。

 

「それと、此度の一件については……わが友、ラストの協力によって、表沙汰にはせず、闇から闇へ葬ることとした。件の『八本指』……そこへの一定の影響力を彼女が持っているそうでな。裏の権力の行使により、後腐れなく処理できる。……ああもちろん、そのペットもろとも、という意味ではないから安心するといい。単にうるさい虫がいなくなるというだけの話だ」

 

「はっ……重ね重ね感謝いたします。ラストにゃんにゃん様にも、私の愚かな失態のせいでお手を煩わせ……」

 

「いいよ、セバス。そのへんは気にしないで。大した手間でもないからね」

 

 特に何とも思っていないように、そっけなく口にするラスト。

 実際、彼女にとっては苦労でもなんでもない、簡単なことなのだろうとセバスは解釈した。同時に、既に400年間をこの世界で過ごしているとはいえ、様々な場所に裏に表に影響力を持っている彼女の手腕を頼もしく思った。……それに助けられる結果となった自分を戒めつつ。

 

 ……そのように猛省するセバスに対して、アインズとラストはというと、

 

 

『セバスにしては珍しい失態でしたけど……でもコレよく考えたらあれですよね? たっち・みーさんがよくそちらの他のギルメンともめてた……』

 

『ああ、ラストさんもやっぱそう思います? 正義ロールとか彼個人の趣味嗜好と、他メンバーの考えが合わなくて喧嘩になったりとかよくありましたからね……特にウルベルトさん』

 

『あの2人はいつも何かしらの理由で喧嘩してましたよね……というかよく考えたら、ウルベルトさんが作ったデミウルゴスもいるし、油断したら喧嘩始めるんですかね?』

 

『かもしれないですね。うーん、見てみたいような怖いような……』

 

『そうなった時に主に仲裁役やってたの、アインズさんでしたもんね……ペロロンさんはこっそりいなくなるし、ヘロヘロさんは強く出れないし、茶釜さんやタブラさんは面白がって見てるし……で、たまにかぎつけてきたるし★ふぁーさんが余計に引っ掻き回して……』

 

『あー……懐かしい思い出だけど微妙に胃が痛い……いや胃ないんですけど』

 

 

 声に出さずにこんな会話を交わしていたりする。緊張感。

 

「……さて、セバスよ。そういうわけであるから……お前は今まで通りこの王都で、ソリュシャンと共に情報収集と、各種物資の買い付けを進めよ。頃合いを見てこの屋敷は引き払い、王都からは撤収することとする。これは今回のお前の始末のためではなく、元々考えていたこととしてだ」

 

「はっ、承知いたしました」

 

「うむ。ただもう1つ……トラブル自体はもう問題ないとはいえ、そのツアレという娘、このままにしておくわけにもいくまい?」

 

「!」

 

 その言葉に、セバスが小さく息をのむ。

 

「ソリュシャン。その娘をここへ連れてこい」

 

「かしこまりました、アインズ様」

 

 ここまでの言葉を聞くに、ツアレがこの後、証拠隠滅などのために始末される……などということはなさそうだとは思う。

 しかしそれでも、ツアレは所詮部外者。大切に保護されるだとか、待遇について一定の配慮を与えられる保証まではないのだ。

 

 それでも、アインズもラストも、共に慈悲深いことで知られる御方。どうか無下にはされないと信じたい……そう思いつつ、ツアレの到着を待つ。

 

 ほどなくして、ソリュシャンに連れられて入室してきたツアレは……何体もの異形が部屋の中にいる状況に驚きつつも、逃げることなく中に入ってきた。

 セバスの服の端をちょん、と小さくつまみつつではあるが、その度胸に『ほう…』と声に出さずに感心した者は少なからずいた。

 

「……似ているな」

 

「? いかがなされましたか、アインズ様?」

 

「いや、少しな……まあ、今はいい」

 

 まずアインズは、ツアレに対して本名……フルネームを聞いた。

 それに対して、『ツアレニーニャ・ベイロン』という名前を答えた時に、アインズは本人にしか聞こえないくらいの小さな声で――実際は野生の聴覚を持つラストとミルコには聞こえていたが――『やはり』と呟いた。

 

 次にアインズは、ツアレに対して、いくつかの説明をした。

 自分がセバスの支配者であること。

 ツアレを拾ったことについてのセバスへの叱責は既に済んでおり、ツアレ自身へを含めて、これ以降何ら処罰などが下されることはないこと。

 ツアレを虐げていた闇の権力者達から、彼女に魔の手が伸びることはもうないこと。

 

 1つ1つをまるで信じられなさそうに聞いていたが、ちらりと伺ったセバスが『本当です』とでも言うように頷くと、安堵した様子を見せた。

 それを見て、『アインズ様の言葉よりもセバスを信用するとは』とデミウルゴスらがやや機嫌を悪くしたものの、さして態度に出すことはなかった。

 

 そこからさらに話は続く。今後、ツアレ自身をどのようにするか、という点について。

 

 アインズとしては、今後セバスは遠からずナザリックに帰還することになるため、ツアレには手向けとして、当分生活に困らないだけの金銭を渡し、適当な安全なところに放り出せばいいと考えていた。

 必要であれば、覚えていたくもない『辛い記憶』や……セバスのことも含めて、記憶を消してしまうこともできる。望むなら、そのための魔法を使ってもいい。

 

 また……これはもう少し後で、確認してから説明するつもりだが、アインズが『冒険者モモン』として交流のある、とある冒険者チームに……彼女の生き別れの肉親がいる。

 彼女……ニニャこと、セリーシア・ベイロンを頼れば、この先の生活に特に問題らしい問題はなくなるだろうし……彼女も喜んで受け入れるだろう。何せ、ずっと会いたがっていた実の姉なのだから。冒険者になったのも、彼女を探すためなのだから。

 

 しかし、アインズの問いかけに対して、ツアレの答えは、『セバス様と一緒のところに行きたい』というものだった。

 それはつまり……人間の身でありながら、ナザリックに行きたいということを意味する。

 

 さらに、セバスも『もし可能なのであれば』と、自分の監督下に置いて、責任をもって指導するということで、メイドとしてナザリックに迎え入れることを提案した。

 

 これには当然、デミウルゴスが難色を示す。『彼女はナザリックに迎え入れるに値する存在なのか』という彼の反論に対し、セバスは『脆弱な人間をナザリックで働かせるテストケースとして有用』とさらに反論。

 そこから『ツアレは料理ができるから、今のナザリック(料理ができる者が料理長と副料理長しかいない)の現状の改善に役立つ』『彼女ができる家庭料理程度がナザリックの食堂にふさわしいとは思えない』『今の実力で判断するのは早計。指導して上達する可能性もある』『それならばもっと別な仕事場に人手が……』と意見をぶつけ合っていく。

 それらのやりとりを見て、在りし日のそれぞれの創造主……たっち・みーとウルベルト・アレイン・オードルを思い出してほっこりした気分になるアインズ。

 

 ……そこに、少々予想外なところから意見が届いた。頭の中に直接。

 

『アインズさん、ちょっと私からも意見いいですか?』

 

『? どうしました、ラストさん』

 

 斜め前に置かれたソファに腰かけ、今も表面上は『さも興味なさそうな顔』をしている、ラストからだった。

 何か気になったことでもあるのかと思って尋ねると、少し考えるような間を置いて、

 

『アインズさん。どうするつもりですか? 当初は、どこか適当な場所に放り出して平穏に暮らさせるつもりでしたよね? カルネ村とか』

 

『ええ。あるいは、エ・ランテルでもいいかなと思ってます。あそこは特段、傲慢な貴族とかもいませんし……ニニャもいますから、むしろこっちが第一候補かな、と思ってました』

 

 さらに言えば、もし人の営みの中に戻すのが難しそうなら――貴族関係でかなりトラウマが酷いとのことだったため――ラストの拠点である『空中庭園』の居住区に家を用意して住ませるという案もあった。

 まだまだスペースに空きはあるし、あそこは元々、外の世界にいられなくなった難民達を受け入れてきた場所である。行く当てのない者の受け入れなら、むしろノウハウがある。

 

 しかし、彼女はナザリックに行きたいという。

 アインズとしては、セバスの望みでもあるし……今後ナザリックに人間を迎え入れる必要ができた際のテストケース、というのにも意味はあると思えていた。

 

 この世界の現地民は確かに脆弱極まりないが、ンフィーレアのように、戦闘以外で類まれな能力を持つ者もいる。そういった者達で、今後ナザリックに雇い入れることを考える時のための前例を作るのにはちょうどいい。

 

 加えて言えば、ちょっと気になった程度ではあるが……デミウルゴスがさっき『人間だから』という理由ではナザリックに迎えることを否定しなかったのも気になっていた。まるで、人間でもナザリックに迎え入れるに値する者を知っているかのような物言いだった。

 ンフィーレアのことを言っている口ぶりではなかったので、後で聞こうと思っていた。

 

 一応、彼女に『妹が冒険者になっていて、お前を探している』と伝えるつもりである。それを聞けばさすがに、肉親との縁を切ってまでセバスについていきたいとは思わないだろうが……もしもそれでもナザリックへ行くことを望むのなら……

 セバスが責任をもって監督指導するというのなら、それもありかとアインズは考えていた。

 

 が、

 

『アインズさん。一応、私個人の意見としてはなんですけど……私は、彼女をナザリックに迎えるのは反対です。今は、ですけど』

 

『? それはまた……どうして? というか、『今は』ってどういう意味です?』

 

 きょとんとして聞き返すアインズに対し、ラストはそのまま『伝言(メッセージ)』で続ける。

 

『個人的な意見なんですけどね……彼女をこれ以上『甘やかす』のはどうかな、って思うんです』

 

『甘やかす、ですか? そこまでしてる、というかするつもりは特にないんですけど……』

 

『いや、現状が既にそうなんですよコレ。私達の立場からするとちょっとわかりにくいけど……彼女今、感覚がマヒしてるというか……ある種『酔って』ます』

 

『酔ってる?』

 

『ええ、勘違いしてるというか、勢いに乗ってる……とか言ってもいいです。だからこそ……このまま話を進めるのは、彼女にとってもあまりいいことにはならないと思うんです』

 

 そして、こう続けた。

 

『この後、少し私に任せてもらえませんか? ツアレちゃんの現状を確認しつつ、ちょっとだけ……お説教してみます』

 

『……お説教?』

 

『はい』

 

 

 ☆☆☆

 

 

 言い争うセバスとデミウルゴスだが、コキュートスによって『アインズ様ノ前ダゾ!』と注意されて、直ちに謝罪し2人とも黙った。

 その直後、口を開いたのはしかし、アインズではなく……

 

「ツアレニーニャちゃん、だったね」

 

 横に座っていた、狐耳に9本の尾を持つ美女……ラストだった。

 

 デミウルゴスは一瞬アインズに目をやるが、無言でうなずいたのを見て、主は承知の上のことだと悟り、また沈黙する。

 

 ツアレはというと、今まで沈黙していたラストが突如として口を開いたのに戸惑っている。

 この部屋の中で、アインズ――セバスの『支配者』として紹介された――以外で唯一席についていることから、アインズに並ぶレベルの地位にいるものだとあたりを着けていた。ならば、不興を買うのはまずいと思い、慌てて『は、はい』と返事をする。

 

「私は『ラスト』。名前長いから、まあ、こう呼んでいいよ。そこにいるアインズさんとは、知人というか、弟子というか……まあ、友人だと思ってくれればいい。セバス達とは違って、ナザリックの所属ではないんだけど、一応関係者ではあるから……私からもいくつか聞きたいことや言いたいことがあってね。ツアレもそうだけど……セバスにも」

 

「はっ。何なりとお聞きくださいませ、ラストにゃんにゃん様」

 

 セバスに倣って礼をしつつ、続く言葉を待つツアレ。

 

 ラストは、セバスの言葉に、『あ、せっかく本名ぼかしたのに……』とちょっと残念そうにしたが、特にツアレは『変な名前だ』とかは思っていない様子だったので――そんな余裕がないだけである――内心ほっとしつつ続けた。

 

「まず、ツアレの望みはセバスと一緒に働きたい。セバスから離れたくない、ってこと……それはつまり、ナザリックで働くことを意味している。セバスは、可能なのであればかなえてあげたい。ここまではあってる?」

 

 肯定する2人。続けてラストは、セバスに問う。

 

「じゃあセバス。ちょっと聞きたいんだけど……ツアレには今、暫定的に、この屋敷でメイドをさせてるんだよね? 働きぶりはどんな感じ?」

 

「はっ、まだまだ拙いところもありますが、1つ1つできることを増やしております。彼女の体調に配慮しつつですが、普段は主に……」

 

 セバスが簡単に、普段のツアレの働きぶりを説明するのを、黙って聞くラストやアインズ達。

 アインズはそれを聞いて、『病み上がりだって聞いてるけど、頑張ってるな』くらいに思っていたが……聞いているうちに、ラストの目が徐々に細められていった。

 途中で何か言葉を挟むこともなく、最後までセバスの話を聞いてから、ラストは『ふぅん…』としばし考えて、

 

「ひどい目に遭ったのに、頑張ってるんだね。うん、えらいと思うよ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

「……その上でセバス。今からちょっと、いやかなり意地悪なことを聞かなきゃいけない」

 

「はい……何でしょうか」

 

 そう前置きして、ラストが問いかけたのは、

 

「ナザリックの家令(ハウススチュアート)であるあなたの目から見て……ツアレの仕事ぶり、もとい、メイドとしての能力は……ナザリックにおいて仕事を任せるに値するものだと思う?」

 

「……それは」

 

 言葉に詰まるセバス。

 なるほど確かに、これは『意地悪』と言っていい、言うしかない質問だった。どう答えればいいか……どう『答えるしかない』か、わかり切っているからだ。

 

 ついでに言えば、質問と同時にデミウルゴスがなんだか嬉しそうな顔をしている。セバスがどう答えるか……どんな答えを口にするか、わかっているからだ。

 それ以外を言えば、それは嘘を言っていることになってしまう。御方を前にそれは許されない。

 

「……恐れながら、今の(・・)ツアレの能力では……ナザリックが求める水準には……到底、達してはいないかと」

 

 そう聞いて一瞬、辛そうな表情を浮かべるツアレ。

 しかし、すぐにそれを可能な限り自力で抑え込んで、前を向く。自分自身、そう言われてもおかしくないことに……自覚があった。

 

 そんなツアレをかばうように、セバスは『ですが』と続ける。

 

「確かに現時点での彼女は、メイドとしては落第点……改善を要する個所が山積していると言う他ない状態です。ですがそれを含めて、ナザリックに勤める者として、人間をゼロから育てるテストケースとして有用ではないかと。本人にも意欲や向上心はありますので、決して将来性が全くないというわけではないと、私としては判断しております」

 

「は、はい! 私……セバス様と働けるなら、何でもします! 頑張ります!」

 

 許可を取らずに口を開いて割り込んできたことに、デミウルゴスだけでなく、コキュートスや、ラスト側のアカネ達も不愉快そうな表情になるが、当のラストが特に気にしていない様子であったため、指摘はされないまま話は進む。

 

「うん。やる気があるのはいいことだよ。でもね……それだけじゃどうしようもない部分もあるし ……あなたの場合、ちょっとそれ以前な部分もあるんだよね……」

 

「…………?」

 

 どういうこと? とでも聞きたそうなツアレを放置し、ラストは一瞬、アインズと視線を交わらせる。

 実際にはそれと同時に『伝言』で、パッと短く、ちょっとしたやり取りを交わしていたのだが、それをツアレが知る由はない。

 

「デミウルゴス、ちょっといい? 手伝ってほしい」

 

「はっ、何でしょうか、ラストにゃんにゃん様?」

 

 近くに寄ってきたデミウルゴスに、ラストは何事か耳打ちすると、虚空に穴をあけてアイテムボックスから何かを取り出し、手渡した。

 

「かしこまりました、では、そのように……」

 

 デミウルゴスは笑顔を浮かべてそれを受け取ると、前に進み出る。

 それと同時に、今度はアインズが、

 

「ツアレよ。こちらに来い。我々の姿を見ても臆することなく、はっきりと受け答えをできたことについて、褒美を与えよう。デミウルゴスから受け取るがよい」

 

 顔にわかりやすく『えっ!?』と戸惑いを浮かべるツアレ。

 困惑したまま、助けを求めるようにセバスに視線をやるが、彼にとってもアインズの言葉は絶対のもの。従うようにツアレに目で合図すると、彼女はおずおずと前に出て……すぐそこに立っているデミウルゴスの元に歩き出す。

 

 一歩一歩踏み出すごとに、彼女の顔色が目に見えて悪くなっていくのがはっきりとわかった。

 どうにかデミウルゴスの目の前に立つと、彼が差し出した小さな布袋……金貨が詰まっている、ちょっとした大金であるそれを受け取る。

 

「アインズ様とラストにゃんにゃん様からの下さり物だ。ありがたく受け取るように」

 

「ひっ……!?」

 

 渡す瞬間、わざとデミウルゴスはツアレの手に触れて、布袋をしっかり握りしめるように上から手で包むように押さえた。さらに顔をかなり近くまで寄せてそう言った。

 こらえきれない戸惑い……を超えた恐怖が、ツアレの顔に浮かぶ。

 

 しかしそれは、自分など簡単に殺せてしまうであろう、強大な異形の存在がすぐ近くにいることに対する恐怖……ではない。

 見た目だけなら、尻尾と耳以外は普通の男性に見えるデミウルゴスの容姿そのものに対しての、己の過去、ないし経験から来る、反射的な恐怖だった。

 

 そこからさらに、デミウルゴスはツアレの真横に回ってその肩を抱き、アインズ達にお礼を言うように促す。

 ツアレはどうにか耐えているが、泣きだすか、あるいは崩れ落ちる一歩手前だった。

 

 たまらずセバスが、許可をとることも忘れて口を出す。

 

「アインズ様、ラストにゃんにゃん様。恐れながら、ツアレはまだ、男性に対して恐怖心が……」

 

「うん、知ってるよ」

 

 その瞬間、ぱちん、と指を鳴らしたような音と共に……今、ツアレの隣で彼女の肩を抱いていたデミウルゴスの姿が……ラストに変わった。

 驚くセバスとツアレがはっとしてみると、デミウルゴスは、今さっきラストに呼ばれて彼女の近くに来た……あの位置から動いていない。

 

 ラストの幻術によって、ラスト自身がデミウルゴスの姿をし、同時にデミウルゴスの姿を見えないようにしていたのだと、その時初めて2人は気づいた。

 

 自分に触れているのが男性(に見えるモノ)ではなく、異形ではあるが女性であるとわかり、いくらかほっとしているツアレだが……依然、ラストの視線は厳しいままだ。

 

「怖がらせちゃってごめんね、ツアレ。でもやっぱり……あなた、まだセバス以外の男性には、近づいたり触れるのはダメなんだね」

 

「……え……は、はい……」

 

「……ナザリックには当然、男性使用人もいる。それに、デミウルゴス以外にも男性の住人もいるし、外部から男性の客人を迎えることだってあるんだよ? そして、その接待も当然、メイドの仕事の1つ」

 

「……っ……!」

 

 そう言ってラストは歩いて、今度はツアレの正面に立つ。

 真正面から、彼女の目を見て、立て続けに話していく。

 

「セバスが仕える場所であるナザリックは、神にも等しい至高の御方々が作った居城。当然、そこで働く者にも、相応の能力が求められる。何のとりえもない、無力な人間が務められるような場所ではないの。……もっとも、メイドとしての能力だけなら……さっきセバスが言っていたように、『テストケース』として扱うということで、目をつぶることはできなくもない。けど、あなたにはそれを棚に上げてなお、足りないものが多すぎる」

 

「過去のつらい経験故に仕方がないこととはいえ、男性相手にまともに話すこともできないし、目を見ることもできずうつむいたりそらしてしまう。職場にいる男性使用人相手にも挙動不審になってしまったり、もてなさなければならない男性の客人を相手に無礼を働くのは論外」

 

「さらにさっきセバスが言っていたことだけど、あなたはこのまま外の世界に放り出しても、仮に十分な金を持たせてもなお、1人で生きていけるとは思えない。それすら危ぶまれるほどに、社会に適応し復帰する能力にまだまだ不安がある。男性恐怖症も含めてね」

 

「加えて言えば、ナザリックで働く者達は……使用人の1人、メイドの1人に至るまで、例外なくナザリックの一員であることに誇りを持って全ての仕事に取り組んでいる。あなたのように、『誰かと一緒にいたいから』なんて、子供のような理由で務めている者は1人もいないし、許されない。そんなことが許されるのは、『至高の御方』のみ」

 

「力もない。技術もない。教養もない。覚悟も、忠誠心もない。脆弱な人間である部分に目をつぶってあげてなお……あなたには強みが何もない。愚鈍な人間の欲望でできた鎖ひとつ引きちぎることもできず、汚泥に沈んですすり泣くことしかできずにいた。そればかりか、助かった今なお悪夢に怯え、まともに社会復帰すらできない始末……あなたをナザリックに迎える『価値』が、本当に何一つない」

 

 

 

『け、結構ボロクソ言いますね、ラストさん……』

 

 心の中でひそかに『うわぁ…』的な反応をしていたアインズ。

 それに応えるラストは、『あはは……』とやや気まずそうに、恥ずかしそうにはするものの、冗談だともいわないし撤回もしない。

 

 なお、周囲で見ているデミウルゴスやコキュートスは『全くその通り』とでも言いたげである。

 セバスは、聞いてつらそうにしていつつも、同じように『確かにそうだ』と言うしかない様子だ。

 ヴィクティムは……表情がわからない。

 ソリュシャンも同様に思いつつ、『皆、誇りを持って働いている』のところで、内心大いに肯定しつつ、そのように見てもらえていることを嬉しく思っていた。彼女もまた、『戦闘メイド』という少々特殊な立場ではあるものの、メイドの1人である。

 ラスト側のアカネとミルコも、ナザリックの者でこそないが、『もっともだ』と思っていた。

 

『ちょっと、いやかなりひどいこと言ってるなとは自分でも思うんですけどね。でも、これは、きちんと言っておかなきゃいけないことだと思いますから』

 

『そんなに彼女のことをナザリックに迎え入れるの、嫌なんですか? 俺としては……セバスがせっかく助けた女性だっていうのに加えて、ニニャの姉でもあるし……ぶっちゃけ、助けてもいいと思ってるんですけど……』

 

『え? ああ、はい……それは全然かまわないと思いますよ? 別に私も、彼女を助けること自体は反対するつもりはないです』

 

『え? じゃあ何であんなにボロクソ……』

 

 そう、アインズが不思議そうに聞くと、ラストは……『伝言』でもわかる、少しだけ真剣な声音で、

 

 

 

『一回きちんと現実を教えてあげないと……きっと、彼女のためにならないから、です』

 

 

 

「ツアレニーニャ・ベイロン。もし……それでもあなたがセバスと一緒に、ナザリックで働きたいと言うのなら……奇跡が必要です。それも、ただ待つのではなく……自分の力で、努力で手繰り寄せて、自分で起こす奇跡が」

 

「……え……?」

 

「ナザリックは、自立自活もできないような脆弱者のための療養所でもなければ、未熟なメイドのための『行儀見習い』の場でもない。ましてや、人間の都合や感情で就職を希望できるような場所であるはずもないの。だから、もしあなたがそれでもセバスの隣に立ちたいのなら……」

 

 

 

 

「死ぬほど勉強して、死ぬ気で鍛えて……己が力でつかみ取ってみせなさい。誰にも文句を言わせない形で……セバスの隣を」

 

 

 

 

 

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