「ヤルダバオト……まさか、お前が!?」
「この王都で……いや、王国全域でおこなわれていた、『ゲゲル』とやらの主催者か」
ラキュースと、モモン。
2つのアダマンタイト級チームのリーダーにそう問いかけられた、その仮面の悪魔……魔王ヤルダバオトは、しかし特に怯むこともとまどうこともなく、あっさりとそれを肯定した。
「左様でございます。おしゃべりな同族が既に話してしまっていたようで……私のことは御存知いただけているようですね」
「ああ、ご存知だぜ。絶対に許しちゃおけねえ奴だってことがな……!」
得物である
今まさに『ゲリザギバス・ゲゲル』を行っていた悪魔を倒したところであり、『蒼の薔薇』と『漆黒』は、避難誘導に当たっているトガヒミコとティナを除く全員がこの場に揃っている。戦力的には限りなく万全に近い。
しかし、彼ら彼女らからの威圧感交じりの視線を受けてもなお、ヤルダバオトは特に気にした様子もなく……自然体のまま話し続ける。
「まずは素直に称賛させていただきましょう。非力な人間の身でありながら、よくぞここまで戦い抜いたものだ」
「嫌味か皮肉をわざわざ言いに来たのか? 随分な肩書の割に暇なんだな」
いつもどおりの物言いでそう返すイビルアイだったが、その実、仮面の下には冷や汗が伝っていた。
200年以上の時を生きている彼女は、目の前にいる悪魔の危険度を鋭敏に察していた。
これまで戦ってきた悪魔達――それらとて決して弱くはなかったのだが――とは比べ物にならない強さを持つ、非常に危険な存在であると。
かつて『十三英雄』の1人として戦った『魔神』と同等か、それ以上。ここで戦えば、自分を含む『蒼の薔薇』のメンバーは……確実に全滅する。それほどの相手だ。
どうにかしてガガーラン達にそれを伝え、その上で撤退したいが……果たしてそれすらもできるかどうか。
イビルアイが迷いつつ、機をうかがっている間にも、話は進む。
「いえいえ、そのようなことは決して。ああ、見下すような言い方になってしまったのは申し訳ない。人間側から多少の抵抗や反撃があるだろうとは思っていましたが……まさか、『ゲリザギバス・ゲゲル』の挑戦者が軒並み討ち取られてしまうとは。さすがに予想外でしたよ」
「“軒並み”……? それってつまり、もうその……『魔王への挑戦権』をかけたゲームをするような悪魔はいない、ってことか?」
「ええ。それどころか、今あなた方が倒した者が、今回の『ゲゲル』最後の挑戦者でしたので……これをもって、『ゲリザギバス・ゲゲル』を含む全てのゲゲルは終了。今回のゲゲルはこれにて閉幕となりました」
それを聞いたラキュース達は、それが本当なら、ようやくこの、悪魔達による、終わりの見えなかった殺人ゲームが終わったことになる……そう察して喜びかけた。
しかし、ここに至るまでどれだけ多くの命が失われたのか……それを考えれば、とても喜ぶ気にはなれなかった。
「私の見込みでは、もう1つ桁が多い数の死者が出ることになると思っていたのですが……」
(ホントにそうなんだよなあ……まあ、それを防いだのは実質、俺達や『蒼の薔薇』じゃなくて……今回のコレを提案してくれたラストさん達なんだけど)
声には出さず、モモンことアインズは心の中でそんなことを思っていた。
デミウルゴスが元々計画していた『ゲヘナ』なる名前の作戦は、王都に大量の悪魔を放ち、ほとんど無差別に人間を襲い、物資を奪い、襲った人間の死体も『有効活用』するために奪い去るという、遠慮もなければ血も涙もない作戦だった。
実行されていれば、今ヤルダバオトが言った通り、死者数はもちろん、物的被害もけた違いのものになっていただろう。
もっとも、今回の『ゲゲル』でも、容赦なく市民にも死者は出ているのだが、その数は『ゲヘナ』での見込みに比べれば圧倒的に少ないし……この後さらに『アフターケア』も用意している。最終的な犠牲者の数は、事件規模から考えれば、拍子抜けするくらいの少なさになるはずだ。
(それにしても……)
ふと、アインズは得意げに話しているデミウルゴスの姿を見る。
今『ヤルダバオト』を名乗っている彼の姿は、普段のデミウルゴスのそれとは全く違うものだ。
スーツを着ているという点では共通しているが、その色は黒一色。喪服にも見えるそれは、飾り立てるような装飾はほとんどなく、シンプルさが逆に不気味さや『底知れなさ』を感じさせる。
特徴的な尻尾も生えておらず、さらには体格も微妙に違う。肌の色も、声も違う。
顔は……不気味な笑顔を思わせる仮面で隠されていて、表情はうかがえないが……口調や態度から、なんとなく仮面の下でも笑っているんだろうな、というのはわかった。
(デミウルゴスだって知ってる俺でも全然わからないし、違和感もないぞ。すごいな……これが、ラストさんが太鼓判を押す変装用アイテム『化けの皮』か)
今回の作戦に際して、デミウルゴスとヤルダバオトが絶対に結びつかないような変装を行うことになり……そのためにラストから提供されたのが、この『化けの皮』という名のアイテムだった。
服や鎧を着こむような物理的な変装や、幻術による見た目だけのごまかしよりも確実でバレにくいだろうから、と。
詳細を語ると長くなってしまうが、ワンタッチで手軽に使える上に、その仕様ないし『性質』上、幻術などと違って見破られる可能性が極めて低い。
実際、今言ったように、彼の正体を知っているアインズでも、それ抜きでは気づけないかもしれない、というほどに上手く隠せている。
仮に全くの他人がこれを見たとして……100レベルNPCゆえの威圧感や存在感を感じ取ることはできても、その姿自体に違和感を抱くことはほぼないだろう。
加えて、その『性質』が、デミウルゴスの『悪魔』そのものの価値観ないし感性と妙に合致していたらしく、その意味でも彼が絶賛していたのが、アインズには印象的だった。
『できるなら製法をご教授いただき、ナザリックでも生産したいものです』と言うほどに。
しかし、アインズとしては、アイテム自体の有用性は認めつつも、他ならぬその『性質』が理由で、自分としてはあまり使いたくないし、コレクターとして『欲しい』ともあまり思わなかった。思えなかった。
(便利なのはわかるんだけど……『素材』がなあ……)
そんなことを考えている間に、デミウルゴスもといヤルダバオトによる『説明』が既に始まっていた。
「ゲームの内容自体には何も文句はありません。狩人は狩るばかりではない。力が及ばなければ、逆に獲物に狩られてしまうこともあるものですからね。……とはいえ、このまま終幕というのも、いささかしまらないというのも事実でして」
「あん?」
「ゲゲルの中でも目玉だった『ゲリザギバス・ゲゲル』……主催者である私への挑戦権をかけたゲームが、達成者ゼロというのも……あなた方の奮闘をたたえつつも、恰好がつかないのですよ。ですのでここはひとつ、もう1ゲーム……特別な『ゲゲル』を企画させていただきました」
「!? また、この王都で人を殺すゲームを行うというの……!?」
「ええ。そして挑戦者は……この私、ヤルダバオトが務めます」
「「「っっ!?」」」
「願わくば、ぜひあなた方……人間の英雄達にもご参加いただき、此度の『ゲゲル』を存分に盛り上げていただきたい。日程やルール等、詳細は追ってお伝えします。それでは、今宵はこれにて」
☆☆☆
【異世界転移400年目 ¥日目】
王都を舞台にした『ゲゲル』作戦も、いよいよ佳境に入ってまいりました。
昨日の夜、ついに姿を現した『魔王ヤルダバオト』により、最後の、特別なゲゲルの開催が宣言された。
しかもなんと、魔王本人がチャレンジャーとして参戦するとあって、これまでよりもさらにヤバいものになるんじゃないかってことで、各方面が対応に追われているみたいだ。
冒険者組合や王国軍、ガゼフ率いる戦士団は、戦いに備えてピリピリしてる。死傷者も多く出るかもしれないと見て、ポーションなんかの物資の準備を進めているようだ。
一方、貴族たちはというと……私兵を動かして守りを固めさせている者もいれば、わが身可愛さに王都から逃げ出す者もいる。しかし総じて、民や国を守るために動く者はほぼ0みたい。
うーんこの……予想はしてたけどさあ。ひどいなやっぱこの国。
悪徳貴族とはいえ、あんまり一度に殺しすぎても、政治が立ちいかなくなる。彼らは彼らで、曲がりなりにも自分達の利益にかかわってくる部分に関しては、それなりにきちんと政治家やってるわけだし。
なので、今回の『ゲゲル』……暇を持て余した悪魔達の遊びに乗じて、不要な貴族達を処分するイベントは、このへんでいったん終了にしようかと思って件の布告を出したわけなんだが……もうちょっと掃除してからでもよかったかも、と思わなくもない。
まあ、そのへんはここから先のエキシビションマッチ……もとい、『ゲビシビション・ゲゲル』でもやれないことはないし、アインズさんやデミウルゴスと相談して決めよう。
ところで、今回の作戦のためにアインズさん達に提供した変装用アイテム『化けの皮』なんだが、すこぶる好評なようだ。
ワンタッチで展開できるうえ、見た目だけでなく質感とかも変化させられて、幻術看破とかでも見破られる心配がないから、すごく使い勝手がいいって。
開発者であるデミアとしても、自信作の1つらしいから、そう評価を伝えたら喜んでたな。
さてこのアイテム、どんなものなのか簡単に説明しておこうか。
単純に『姿を変える方法』というと、パッと思いつくのはどんなものだろうか。
アインズさんがやってるみたいに、服とか鎧で物理的に姿を変えるor隠す。
幻術とかを使って、見てくれだけ変化させる。
専用のスキルや魔法を使い、体ごと変化させる……こんなところかな。
これらはどれも、手段としては一長一短ある。
スキルとか魔法での変身は、それができる者にしか使えないから、汎用性がない。
幻術は、ごまかせるのは見た目だけだから、触れられたらバレるし、相手によっては見破ってくる。魔法解除とかの手段でも破られかねない。
物理的な変装は、一番簡単ではあるけど、装備によっては使える魔法やスキルが制限されてしまうし、着替える手間もある。アインズさんみたいに魔法で作り出したものを身に纏う手もあるが、解除される可能性があるっていう点では幻術と変わらない。
『化けの皮』は、使用すると、物理的な被膜が展開されて使用者の体を覆って密着し、完全に別の人の姿に変わる。同時に魔法的な効果で、角や尻尾、翼など、『変装後の姿』からはみ出して邪魔になるような部位を『収納』する。
これによって、見た目だけではあるけど『物理的に変装』することができ、幻術の看破なんかで露見する心配はなくなる。肌の質感などもそのまま再現するので、顔や手に触られても問題ないし、声まで一緒に変わる。
さらに、装着したままで飲食や入浴だって問題なくできる。
欠点としては、鎧などと同じように、一部のスキルや魔法の発動を阻害してしまう点だけど、それでも普通の金属製の鎧とかよりはその影響は小さい。種類にもよるけど、『使えなくなる』が『使えるけど威力が下がる』程度に落ち着く。
そしてもう1つ、『化けの皮』を装着した状態で一定以上のダメージを受けてしまうと、破損して変身が解除されてしまう。
なので、荒事が割と身近にある冒険者とかには向かないかもしれないんだが……これに関してはある程度対策の方法がある。
『化けの皮』へのダメージは、使用者のスキルやアイテムによる防御の影響範囲内なのだ。
例えば、アインズさんが『化けの皮』を使った場合、彼が持っているスキル『上位物理無効化』の効果が『化けの皮』にも適用される。60レベル以下の物理攻撃が無効化されるから、ダメージが入らなくなるわけだ。
そして、この異世界では60レベルを超える存在なんて、そうそう出くわしたりしない。
法国の特殊部隊のさらに切り札級の奴とか、ろくでなしのエルフ王とか、絶滅危惧種の竜王とか……60レベル以上なんて、そんなレベルの連中だけだ。
そして、この手の無効化系のスキルは、低レベルのものであれば、アイテムとかで割と簡単に付与できる。
今回のデミウルゴスも、『化けの皮』を使いつつ、『中位物理無効化』のスキルをアイテムで発動させている。無効化できるのはレベル40までだけど……アダマンタイト級の『蒼の薔薇』の面々でさえレベル30台だからなあ。
イビルアイだけそれより上っぽいけど、彼女のメインの攻撃手段は魔法だ。そして、デミウルゴスは彼女程度の魔法なら、素で無効化できるので、魔法方面の守りは必要ない。
そんな感じで、このお世界で運用するには十分すぎる性能を持った変装用アイテム『化けの皮』であるが、アインズさんには微妙に不評だった。
有用性は認めるしすごいと思うけど、自分としてはあんまり使いたくないらしい。
必要に迫られれば使うけど、『モモン』としての活動は今のまま、『上位武具創造』で作った鎧でやるってさ。
……まあ、実のところ、私としても気持ちはわからなくもない。
私の場合、『九尾の狐』のスキルで自前で姿を変えられるから、コレ使う機会はほぼないんだけど……何か必要があってコレを使う、身に纏うことになった場合、確かに『うーん……』ってなると思う。アイテムとしては優秀なのは認めつつ、ちょっとためらう。
……なんでかって言うと、この『化けの皮』……材料の1つが、生きた人間なのだ。
人間の皮をはぎとって加工して、着ぐるみみたいにかぶっている……と言うわけではない。
皮以外にも、筋肉とか血管、神経や脳とかも残っている。ないのは、一部の内臓と、骨だけ。
特殊な方法でそれらを取り除いたあと、『からっぽ』になった体を、魔法や薬品で加工して『入れる』ないし『着れる』ようにしてある。それが、『化けの皮』の正体だ。
声帯が残ってるから声も変わるし、本物の人の体だから触っても違和感ないし、幻術でもなんでもないから見破られることもない。
実際、200年前、うちの双子……オルガとシーナが『十三英雄』と会った時も、見破られることはなかったそうだから。
もしコレを使った変装を見破れるとしたら、相当に感知能力が高い……竜王クラスの奴なら、違和感に気づけるかもしれないな。
あるいは、『変装を見破る』ことに特化した魔法やスキルを持ってる奴とかなら。
……さて、いつの間にか話がそれちゃったな。それよりも『ゲゲル』の話だ。
魔王ヤルダバオト主催で行われる最後のゲゲルってことで、派手にやる予定である。
死者はそこまで多くは出さない予定だけど……まあ、そのへんは、王国軍や貴族の私兵たちがどの程度抵抗して来るかにもよってくる。
ターゲットがターゲットだからな。派手な防衛戦になれば、その分多く死ぬことになるけど……『彼女』や、本当にまともなことで慕われているごく一部の貴族はともかく、金と権力のみで繋ぎ留められている私兵や傭兵、子飼の貴族たちがどれだけ主人に忠義(笑)を尽くすだろうね。
というかそもそも、そういうまともな貴族はターゲットにしない予定だからなあ。……『彼女』を除いて。
長くなっちゃったから、今日はここまでにしようか。
途中、だいぶ話が脱線して、『化けの皮』の商品説明みたくなっちゃったけど……続きはまた明日。
ヤルダバオトが、ゲゲルの参加者たち(強制)にルール説明をした後ででも。