オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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この結末は読めなかった、この魔王の目をもってしても

 

 

【異世界転移400年目 @日目】  ※続き

 

 アインズさんとデミウルゴスの……モモンとヤルダバオトの戦いは、他の者達がついていけないほど壮絶なものになっていた。

 

 序盤、『鋭利な斬爪』を展開したデミウルゴスを相手に、アインズさんはラキュースさんと力を合わせてバスタードソード二刀流で戦っていた。

 

 ラキュースやイビルアイの魔法は全く効いていない。レベル差がありすぎて、デミウルゴスのステータスなら余裕で無効化できてしまえるからだ。

 けど、それならそれで割り切って、魔法は援護のみに絞って運用することで、攻撃に関してはアインズさんとラキュースさんに全て任せ、適宜キリトと忍者姉妹が援護、という形で戦っていた。

 時間はかかっていたけど、徐々に、しかし確実に、『魔王』を追い詰めつつあった。

 

 ここまで無傷で戦い抜いてきたヤルダバオトだけど、そのスーツにいくつもの傷が入ったところで……とうとう真の姿を現した。

 ヤルダバオトが地獄の炎に包まれたかと思うと……その向こうから、筋骨隆々で背中に悪魔の翼を生やし、角や牙を生やした凶悪な形相を持つ、お手本のような『悪魔』が現れたのである。

 これが『魔王』の本気の姿か、ここからいよいよ本番か、と、その場にいた者達は戦慄した。

 

 ……アインズさん他、『ゲゲル』の裏をきちんと知ってる面々を除いて。

 あと、ここ『円形闘技場(アンフィテアトルム)』で観戦してる私達も同様。

 

 台本を知ってるからっていうのもあるけど……最初のうちの戦いまで含めて、私達レベル100勢からすると、戦い自体は全然大したことない『手加減』具合だったからね。

 

 そもそもの話、魔法職(アインズさん)魔法職(デミウルゴス)が接近戦で戦ってる状況で――しかもアインズさん『完全なる戦士(パーフェクトウォリアー)』使ってないし――それに周囲の、言っちゃ悪いけど全然レベルが追いついていない面々が、どうにか必死についていってるっていう構図だった。

 

 そしてこの『ヤルダバオト・本気モード』もね……炎を煙幕代わりにして、デミウルゴスが『憤怒の魔将(イビルロード・ラース)』と入れ替わっただけだし。

 

 その魔将の方はレベル80とかだったはずだから、むしろ余計に弱体化してるっていうね。一応肉弾戦も得意な奴だし、見た目は凶悪そのものだから、引き続き殺陣をやるのには向いてるけど。

 

 なんならあそこにいる中で一番接近戦強いの、うちのキリト(戦士職・ガチビルド・レベル100)だもん。

 

 多分、現地でアインズさん達が繰り広げてる戦いの裏では、

 

『あまり強い攻撃をしすぎないように(余波だけで周囲が死ぬから)』とか、

『余計なスキルや魔法や追加効果は使わないか、OFFにできないものは全力で抑えて』とか、

『キリトの攻撃が直撃するとそれだけで魔将が瀕死になりかねないから絶対当てるな』とか、

『魔法で攻撃するのはラキュースとか他の面々が絶対に巻き込まれない+かばいに入れない位置でのみ』とか、

 

 めっちゃお互いと周囲に気を使って、不測の事態を起こさないようにした戦いが繰り広げられてるはずだから……別の意味で大変なんじゃないかな。

 

 なお私としては、子供のお遊戯会を見る親的な気持ちで見てます。

『上手上手、がんばれー!』的な。

 

 アルベドやシャルティアは、どんな形であれアインズさんが活躍してるってだけで盛り上がるらしく、キャーキャー声援を上げて見てる。恋する乙女は強いなあ。

 

 事前にそれなりに練習した甲斐あって、うまいこと『本気を出したヤルダバオトに苦戦する英雄』を上手いこと演じるアインズさん。

 

 お、バスターソードの片方がヤルダバオトに粉砕された。上手い。

 

 あ、ラキュースさん吹っ飛んだ……あちゃあ、痛そう。あれはもうリタイアだな。回復魔法使えば復帰できるかもしれないけど、すぐには無理だろう。魔力もそろそろきついだろうし。

 

 うわ、双子忍者がどっちも『火球』の直撃食らっ……あ、スキルでギリギリ防いだかな? でもその上からでも普通に瀕死の重傷だ……あ、追撃飛んできた。これは一回死ぬか?

 

 ……お、それをキリトがかばった。剣を『×』の字に交差させてかばった。

 あのくらいじゃ絶対効いてないだろうけど、膝をついてさも『仲間は守ったけど限界だ……』的な演技でリタイアに持って行った。上手い、これで友軍誤爆(フレンドリーファイア)で魔将を倒してしまうことがなくなった。

 

 そしてこれで、本格的にモモンとヤルダバオトの一騎打ちだ。さっきからイビルアイの魔法ももう効いてないし、近距離で切り結べるのはもう彼しかいないからね。

 

 仲間は倒れ、武器は片方失われて絶体絶命のモモン。

 しかし、ヒーローとはこういう場面から巻き返してなんぼ。

 あらかじめ用意してあった『秘密兵器』、いよいよお目見えの時だ。

 

 モニターの中で、赤いマントの陰から、アインズさんが……何かを取り出した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

「万が一を考えて持ってきていたが……これを使うことになるとはな……」

 

「モモン……殿? それは……」

 

 戦闘に参加していたメンバーの中で唯一無事なイビルアイが、モモンの手の中にある『何か』を目にしてそう尋ねる。

 

 ラキュースは変身したヤルダバオトの猛攻をさばききれずに倒れた。

 ティア・ティナの双子は遠距離で放たれた魔法に倒れ、とどめを刺されそうになったところをかばってキリトも倒れた。

 ガガーラン、ナーベ、トガヒミコは、無差別に暴れる悪魔達から王女達や民達を守っており、加勢に行けない。……行けたとしても、この規格外の怪物を相手にできることがあるかと問われれば……決していい答えは返せないだろう。

 

 ただ1人残ってヤルダバオトの前に立つモモンがこの局面で取り出したからには、単なる飾りと言うわけではないのは間違いないが……

 

「俺の命をかけよう……この覚悟に応えろ、『デス・ライジング・ドライバー』……!」

 

 モモンはイビルアイに何も答えることなく、それを自分の腰……へそのあたりに持ってくる。

 すると、モモンの胴体を一周するように金属製の留め具か、あるいは帯のようなものが展開され、ベルトとなってその腰に装着された。最初に彼が持っていた部分は、バックルになっていた。

 

 

『Are you ready?』

 

「ああ……出来てるよ」

 

 

 そのバックルから聞こえて来た、おどろおどろしい声にモモンが返答した瞬間、バックルから漆黒の煙と金色の光があふれ出してモモンを包む。

 それがおさまると……モモンの姿は、大きく変わっていた。

 

 黒と金を基調とした鎧なのは変わりないが、ベルトのバックル部分から金色のラインが体の各所に伸びている。それがつながった先で、金色の装飾部分がまるで成長したように大きく、豪奢な見た目になっていた。

 荘厳ながらもどこか禍々しさを感じさせる作りになった黒金の鎧をまとい、さらに金色の炎のようなオーラを立ち上らせるモモンの雰囲気は……先ほどまでと明らかに違っていた。

 

『虚仮脅しは通じんぞ……!』

 

 そのモモンを見下ろすヤルダバオトは、炎に包まれた拳を振り下ろすが……

 

 

 ―――メキィッ

 

 

「なっ……にぃぃいぃっ!?」

 

 それよりも早く懐に飛び込んだモモンの拳が、ヤルダバオトの顔面を捕らえ……その巨体を吹き飛ばし、数m先の地面に叩きつけた。

 

 それを見ていた面々――様子がおかしいキリトを除く――は、見上げるほどの巨体が宙を舞った今の光景が信じられず、あっけにとられる。殴られたヤルダバオト自身、何が起こったかわかっていないようだった。

 その視線の先で、モモンは感触を確かめるように、今魔王を殴った右手を握ったり開いたりを繰り返し……その後、左手に持っていた、残る1本のバスタードソードを右手に持ち替えた。

 

「時間はかけられん……行くぞ、ヤルダバオト!」

 

「貴様、まさか……その力は!」

 

 

 

「だめだ、師匠……モモンさん……! その力を使っちゃ……!」

 

「おい、どういうことだ!? キリト……だったか、アレが何か知ってるのか!?」

 

 重傷?を負いながらもティアとティナをかばい、うずくまるキリトに、イビルアイが問いかける。

 息も絶え絶えと言う状態ではあるが、キリトはどうにか声を出して

 

「あれは……あのアイテムは、『デス・ライジング・ドライバー』……モモンさんの切り札で……あれを装着して変身すると、戦闘能力を数倍に高められるんだ。けど……」

 

「“けど”……何だ?」

 

「『代償』があるんだ……あれは、使っている間中、使用者の精神力や魔力や体力がどんどん削られていく……魔法や武技を全力で使いながら戦っているに等しい。使いすぎれば、命まで削られて……最悪、死に至る……!」

 

「なっ……!? モモン殿は、そんなものを使ってまで……!」

 

「そうまでしなきゃ勝てない……いや、それ以上に、俺達を守れないと思ったんだ……! 敵が強大なら逃げて、体勢を立て直してからまた戦えばいい。生きるために逃げることは恥じゃないって、モモンさんはいつも言ってくれる……そんなモモンさんが命を張ってまで戦うのは、いつだって、誰かを守るためだった! 前に、恐ろしい吸血鬼を相手に戦った時……俺達が傷ついて、足を引っ張って……逃げられなくなった時も……あの時も、モモンさんはアレを使って……っ」

 

 彼にとっては、自分の未熟ゆえに師が傷つく結果になってしまった、思い出すのもつらい記憶なのだろう。声は喉の奥から振り絞られるようなそれで、目には涙すら浮かべていた。

(なお存在しない記憶)

 

 そんなキリトの様子を、そして、片方残ったバスタードソードを手に猛攻を繰り出し、ヤルダバオトを追い詰めるモモンを見て、

 

「これが……これこそが、今の世の英雄か。『皆』と、同じ……」

 

 

 

「これほどとは思わなかったぞ、『漆黒の英雄』……あなt……貴様こそ、この世界で『英雄』を名乗るにふさわしい御方(おんかt)……存在だろう! この魔王ヤルダバオトが認めてやる!」

 

「(今ちょっと危なかったな!?)貴様の太鼓判などいらん……! いい加減に消えて失せろ!」

 

「ぐははははっ……だが、やはり勝負を急いでいるな!? それほどの力、ずっと使い続けられるものでもなければ、何の代償もなく使えるようなものでもあるまい! 民や仲間は貴様の味方だが、時間は敵というわけだ。ならば……これはどうだ!?」

 

 そう言って大きく飛びのいたヤルダバオトは、手元に炎を集中させて槍を形作ったかと思うと、それを……倒れて動けず、手当を受けているラキュース目掛けて放り投げた。

 

「なっ……!?」

 

 驚愕しつつもその射線上に飛び込み、己を盾にするモモン。

 バスターソードで受けることでどうにか防御には成功したが、その代償として……残る1本の剣も、炎の熱で溶け、破壊されてしまった。

 

 半ばから溶け折れた大剣を捨てるモモンに、ヤルダバオトは、

 

「武器が2つとも失われてしまったな……どうする、漆黒の英雄よ?」

 

「だからどうした。武器ならばまだこの拳がある……最初にああも豪快に殴り飛ばされたことを忘れたわけではあるまい。貴様などこれで十分だ」

 

「確かに、あれほどの拳を打ち続ければ私を倒せるかもしれないな……だが、その威力は剣には劣るのは間違いない。私を倒すのにいつまでかかる? それまで……貴様の命はもつか?」

 

 モモンは、答えない。答えずに、半身になって拳を構える。問答をする暇も惜しいとでも言いたげだが……そこに、彼の背中側から声がかかった。

 

「モモンさん! これを……使ってください!」

 

 その声……ラキュースが発した声に振り向くモモン。

 それと同時に、飛んできた大きな『何か』……ラキュースが投げてよこした『魔剣キリネイラム』を、反射的にその手で受け取った。

 

 魔法の武器であるその大剣は、手にした瞬間、モモンの体格に合わせたサイズに変化した。

 

「…………感謝する!」

 

 そしてモモンは、漆黒の刀身を持つ暗黒の大剣を軽々と振るい、猛炎に包まれた拳を振るうヤルダバオトを圧倒し始める。

 自分をかばって武器を失ったモモンに、自分の愛剣と共に希望を託したラキュースは、ともに戦えないことに悔しさと申し訳なさを覚えつつも、彼の勝利を信じて見守った。

 

 恐らくはベルトの力がキリネイラムにまで及んでいるのだろう。刀身が漆黒と黄金の2色のオーラを纏い、地獄の炎を押しのける勢いで輝きを放ち、剣閃と共に光が軌道を描いて残る。

 英雄と魔王の決戦にふさわしいとすら言える、凄絶にして神秘的な光景の中、モモンは……

 

 

憤怒の魔将(イビルロード・ラース)! すまんが上手く手加減してくれ! この剣、アイテムとしてはそれなりだが見た目より脆いぞ! お前が本気で殴ったら多分折れるか歪む!』

 

『承知いたしました御方! 纏わせる炎も一番下のレベルにして、後は幻術で見た目のインパクトは補完いたします! それでも不安ですので、予定より早めに終わらせてはいかがでしょう?』

 

『早めに……『伝言(メッセージ)』……よし、プランCで行こう。デミウルゴス!』

 

『心得ましたアインズ様。もう少ししましたら『仕込み』の方を発動させます』

 

『頼む。それと……』

 

 

 台本にない、急な予定変更にちょっとテンパっていた。

 

 もともとの予定では、武器を失ったモモンに、キリトが『これを使ってください!』と自分の剣を渡すはずだった。

 その剣……『魔剣エリュシデータ』は『神話級(ゴッズ)』であるため、アインズが『完全なる戦士(パーフェクト・ウォリアー)』を使った状態で全力で振るっても平気なくらいの強度がある。最後の派手な殺陣にも十分耐えられたはずだ。

 

 しかし、ほんのわずか早くラキュースが自分の『魔剣キリネイラム』を渡してしまったため、この世界基準で言えば伝説級ではあるものの、アインズ達からすると『まあ……うん』という程度の武器を使うことになった。

 戦えなくなった仲間が自分の武器を託す……英雄譚的な展開としては100点なので、『いいです』と断るわけにもいかず。

 

 その借りものの剣を壊すわけにもいかないので、アインズ達は予定を変更し……決着を速めることにした。

 

「「おおおぉぉおおぉおおおっ!!」」

 

 裂帛の気合と共に、漆黒の魔剣と燃える拳がぶつかり合った……その瞬間。

 

 モモンとヤルダバオトを中心に、漆黒と黄金の光がすさまじい勢いであふれ出し……大爆発を起こした。

 黒光は2人を飲み込み、2人が戦っていた大通りを端から端まで飲み込み、建物を倒壊させ、そのさらに向こうの通りにまで爆風が届いて窓ガラスが割れるほどの規模となった。

 当然、爆風の一部は倒れて動けないラキュース達や、それに寄り添うイビルアイらに、その後ろで兵士達に守られているラナー達にも届く。踏ん張り切れなかった兵士の一部が転倒していた。

 

「何だっ……今のは!? ヤルダバオトの攻撃か!?」

 

「いや、それにしては見た目が……爆発だったが、炎は上がっていなかったようですけど……」

 

「……無属性の爆発……衝撃……っ!? まさか、ラキュースのキリネイラムの能力が!?」

 

 何かに気づき、はっとしたようにそう口走ったイビルアイに、『どういうことですか』とキリトが尋ねる。

 

 魔剣キリネイラムは、魔力を注ぎ込んで解き放つことで、広範囲に炸裂する無属性の爆発ないし衝撃波である『超技・暗黒刃超弩級衝撃波(ダークブレードメガインパクト)』を放つことができるという特殊能力を持っている。(命名:ラキュース)

 そしてその衝撃波は、ちょうど今のように漆黒……ないし闇色の見た目をして放たれる。

 

「恐らく、モモン殿のベルトから供給されるエネルギーをキリネイラムが吸い上げて……けれど、モモン殿は……そういう技があるってことも、そのやり方も知らなかったはずだ。だから、剣がエネルギーをひたすら吸い続け、放出されないまま蓄積が限界を超えて……暴発したんだ」

 

「そんなっ……じゃあ、モモンさんはそれに巻き込まれて……!」

 

 イビルアイの予想を聞いて、キリトも、キリネイラムを渡した当人であるラキュースも、かたずをのんで土煙の向こうを見守った。

 黒光の収まったそこから、英雄が立ちあがってくれると信じて。

 

 そして、2つの影が立ちあがった。

 

 爆発の衝撃でボロボロになったマントと、あちこち破損した鎧。ふらつきながらも……2本の足でしっかり立っているモモン。

 

 全身に刻まれた傷に加え、今の一撃……暴発による黒光で、左腕が吹き飛んだヤルダバオト。背中から生えた翼もボロボロになり、満身創痍といった様子だった。

 

 

 

 ちなみに、今の爆発は、イビルアイの予想した通り、『キリネイラム』の能力の暴発……ではない。

 

 あの瞬間、『完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)』を使ったデミウルゴスがこっそり接近し、タイミングよく使った無属性の衝撃魔法と、それにかぶせる形でアインズが使った黒い光……に見える幻術である。

 あらかじめキリネイラムの能力(漆黒の衝撃波)について、下調べして知っていたアインズが、其れっぽく見せるために仕組んだことだった。

 

 

 

 そうとは知らない冒険者達や兵士達の眼前では、互いに浅くない傷を負った英雄と魔王が、今なお闘志を保ったままにらみ合っているように見えた。

 いつまた互いに踏み出し、ぶつかり合ってもおかしくない……と。

 

 しかし、その時は来なかった。

 戦いは、あまりに唐突に……誰も予想しえない形で終わりをつげた。

 

 

 

「貴様、な、何をするんだ!? や、やめ……ぎゃああぁあぁあああ!?」

 

 ―――ドスッ! ザクッ! ドスドスドス……

 

 

 

「「「!?」」」

 

 そんな声と、何かを刺し貫くような音が、はるか後方……ラナー王女やザナック王子を守っている場所の、さらに後ろの方から聞こえて来た。

 そしてその声は……ラナー達が駆けつける前にヤルダバオトに襲われていた、ターゲットの1人である貴族の声だった。……市街地の中に隠れ家に身を隠し、民達を脅して盾にして自分だけは助かろうとしていたクズ貴族である。

 その貴族がまさか、悪魔にでも襲われたのでは……そう思ってはっとした冒険者達や兵士達は、視線を後方に向けたが……そこには、想像とは違う光景が広がっていた。

 

「全部……全部お前のせいだ! お前がこんなところに隠れるから、俺達が巻き込まれて……っ!」

 

「お、おい何してんだお前!? やめろ! 取り押さえろ!」

 

「テニタック伯!? 大丈夫ですか!? ……だ、だめだ、死んでる……!」

 

 ターゲットだった貴族……テニタック伯と呼ばれたその男は、めった刺しにされて死んでいた。

 しかし、やったのは悪魔ではなく……その伯爵が脅迫同然の方法で雇い、自分を守らせていた傭兵……の、1人である男だった。

 聞こえた言葉から発するに、自分達を脅して利用し、こんな場所に隠れ……結果としてこれほどの被害が出る原因となった伯爵に対し、我慢が限界を超えて殺してしまったのだろう。

 

 下手人の男は取り押さえられたが、それを見ていたヤルダバオトは、はぁ、とため息をついた。

 

「まさか、人間がアレを殺してしまうとはな。これは、この国の貴族たちの人望のなさを見誤った私の落ち度か。これでは……私のゲゲルは失敗だな」

 

 それを聞いていた者達のうち、今の言葉の意味が理解できた者達は、はっとした表情になった。

 

 今回のこの『ゲゲル』のルールは……ターゲットとなった貴族達13人を、ヤルダバオトが自ら殺すこと。

 あるいは、ヤルダバオトが召喚した悪魔達が殺す、でもよかったのかもしれないが……たった今、悪魔ですらない人間が、そのターゲットを殺してしまった。

 

 すなわち、ゲゲルの達成条件である『ヤルダバオトが殺す』という部分を達成できなくなってしまったのだ。もう、ターゲットは死んでしまったのだから。

 

 これまでのゲゲルは、ターゲットとなる人間の『条件』こそ指定されていたものの、個人までは指定されていなかった。そのため、仮に途中で標的となり得る人間が死んでしまっても、別の人間を殺して数さえ満たせばよかった。

 が、今回は替えが効かない『個人』を指定してしまったため……先に殺されてしまった時点でヤルダバオトの敗北となってしまったのである。

 

 タイムリミットである午前6時を待たずして、またヤルダバオトの打倒もなくして……ゲゲルの決着はついた。

 

「おめでとう、人間諸君。少々予想とは違う形になってしまったが……君達の勝ちだ」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 とまあ、こんな感じで……『ゲゲル』は終わりを告げた。

 

 終わり方は、当初の予定とはちょっと違う形になったけど、きちんと英雄モモン達の勝利という形に持っていけた。

 本当は、午前6時までモモンが戦い抜いてヤルダバオトを撃退、っていう感じにしたかったんだけど……ラキュースさんのキリネイラムを壊さないように戦い続けるのがちょい難しいのと、タイムリミットまでの残り1時間弱、思ったより長くて『ギャラリーが飽きるかも』っていう懸念から、さっさと終わらせる方向に舵を切りました。

 

 純粋な戦闘での撃退成功の方が名声は大きかったかもしれないけど、その分、今回の『平民の兵士が怒りに任せて貴族を殺す』という結末は、事実を知る者達に『やっぱ貴族ってクズ』『貴族がクズだからこういう結末になった』という印象を与えて、連中に対するネガキャンになった。

 結果、そういう貴族達とは違う者達……もともと評判が悪くない貴族や、今回民達を守るために危険を承知で前線に出てきたラナー王女やザナック王子の評判が相対的に上がったりしたから……はまあ悪くない結果かな。

 

 なお、『ゲゲルは失敗したので帰るとしよう』と飛び立とうとしたヤルダバオトに対し、『このまま帰すと思っているのか!?』とイビルアイが噛みついたものの、残ったからと言って彼女が戦えるわけではないだろうという点を突かれ、言葉に詰まっていた。

 逃げずに残ったとして、戦うのはモモンだもんね。

 

 加えてヤルダバオトが、

 

『これまではゲゲルの挑戦者としてお前達と……ターゲットを守る者達と戦っていた。だがまだ続けるというのなら、ここからは1人の悪魔として人間との戦いとなる……当然、周囲への被害も何も配慮する気はないが……それでもいいんだな?』

 

 言いながら何匹もの悪魔を召喚。その悪魔達が、兵士達や市民達、さらにはここではない王都のどこかで関係ない市民達を巻き込んで襲い始める可能性がある。そう理解し、悔しいがここは見逃すしかない、となった。

 

 やや不完全燃焼な勝利になってしまったけど、それでもラナー達を守り抜き、王都が無差別に破壊されることを防いだ以上は、モモン達の勝利である。

 

 恐ろしい悪魔達がようやく去って行った後、この惨劇を生き延びたことを喜び、皆、夜明けの光の中で勝鬨を上げた……という感じで、王都全域を巻き込んだ『ゲゲル』事件は収束しました。めでたしめでたし。

 

 

 

 





原作同様、今回はヤルダバオトはリタイアせずとなりました。
まだまだ出番があるんだよォ……!

今後ともよろしくです。
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