【異世界転移400年目 ▲日目】
クーデター後、ユリーシャが女王としてトップに立ったエルフ王国は……その後数日経つけど、今のところ何も問題なく統治できているようだ。
この国に関しても『エルヘヴン』と同様に、ナザリックと空中庭園がバックに着いたフロント企業的な立ち位置をしてもらう予定でいるわけだが、国家運営に関しては、元々この国で政治に携わっていたエルフ達をそのまま継続して登用している。
エルフ王の頃からの連中を使って大丈夫なのかって? 大丈夫、彼らも被害者だったから。
もっと民のためになる政治をしたいのに、世界征服と下半身の運動しか頭にない王様のせいでそれができずに、悔しくて苦しくて悩み続けていた人達だから。
王様が交代してきちんと『まともな政治』ができるようになったのが嬉しくて、全力で国家と国民のために働いてくれてるそうです。
その役人(っていう言い方でいいのかな? 貴族じゃないし……)エルフ達だけじゃなく、国民達もすごく前向きになってるらしい。それだけあの前エルフ王が君臨してた頃の国がお先真っ暗で希望が持てない状態だったんだろうな……。
そんな感じなので、きっとこの先、この国はもっとずっとよくなっていくよ。
いやはや、荒療治だったけどクーデター成功させてよかったって思えるね。これでこっちにもちょっかい出してこなくなったし。
なお、この機会に国名も変えたそうです。過去との決別的な意味で……これからこのエルフ王国は、『ヘイムダール王国』という名前で運営していくそうな。
そんな感じで『ヘイムダール王国』の政治……内政は問題ないわけなんだが、もう1つ、この国には解決しなきゃいけない問題が残っている。
現在進行形で続いている、法国との戦争である。
これも100年前に、あのクソ王が世界征服を見据えた繁殖活動の一環として法国に喧嘩売りやがったことに端を発している。以来100年、何千何万っていう犠牲者が出てしまっている。
このまま続けていていいわけがないので、早急に終わらせる必要がある。
というわけで、大急ぎで法国へ交渉に向かう使節団が選別された。
なお、その使節団に立候補したのは……ここでも、前政権の頃からこの国で政治に携わっていた古参のエルフ達だった。
使者としてとはいえ、戦争中の敵国に、しかもこちらに対して色々な理由で恨み骨髄のところに乗り込んでいくわけだから、とんでもなく危険である。生きて帰れる保証もない。
……ということはもちろんわかっていて、いやむしろだからこそ彼らは立候補したらしい。
曰く、
『今まで自分達は、あの王に従ってろくでもない統治の片棒を担ぐことしかできなかった。ずっとこの国の民達を苦しめ続けた』
『そんな悪夢のような時代がようやく終わり、この国は未来へ向けて歩き出そうとしている』
『そのためにできることがあるなら、自分達のような、今まで役立たずだった者達にそれをやらせてほしい』
……という感じで、危険だろうと一向にかまわん、むしろ命をかける覚悟だ、と言わんばかりに……穏やかな表情なのに覚悟ガンギマリで、全員静かに燃えていた。
本気で、エルフの国の未来のために、自分達の命を使うつもりで手を挙げていた。
ユリーシャ達も彼らのその覚悟を受け止めて、彼らに使節団を任せることにしたそうだ。
【異世界転移400年目 ☆日目】
法国に向かった使節団が、今日、1人も欠けることなく無事に帰ってきた。
法国からの、『和平交渉に応じる』という返事をもって。
無事の再会を喜びつつ、ユリーシャ達が報告として受け取った内容は……以下のような感じだった。
使節団は、さすがに法国本国にいきなり行くことは難しいと考え、彼らがエルフ王国との戦争のために設置していた前線基地に赴いたらしい。白旗を掲げて、戦意がないことをアピールしながら。
そこで、きちんと武装解除し、身体検査もきちんと受け、さらに『念のために』ということで求められた簡易的な拘束まで受け入れた上で、代表者と話せた。
このくらいはされるだろうと思っていたので、戸惑いもなかったって。すげえ覚悟。
そしてその会談の場で、前もって用意していた内容を法国側に伝えた。
この度、
名前も『ヘイムダール王国』と改名し、以前までとは全く違う方針による国家運営が行われ、様々な改革が行われている最中である。暗愚な暴君だった前王の時代から脱却し、新しい時代を生きていくために。
その一環として、この機にスレイン法国とも国交を改善し、元通りの友好関係を築きたいと考えている。今も続いているこの戦争を、どうにか終わらせて。
もちろん、この戦争の原因は、前エルフ王の口に出すのも憚られるような蛮行が原因であり、非は完全にエルフ側にあることは明白である。その事実をうやむやにする意図は全くなく、きちんとそれ相応の謝罪と賠償を行う用意がある。
突然の『戦争終わらせて仲良くしたい』という言葉に、最初こそ代表者さん達は『今更何を!?』って憤慨してたそうなんだが、使節団のエルフ達は、どれだけ厳しい言葉をぶつけても反論一つせず全て受け止めていた。その怒りも不満ももっともだと理解して。
そればかりか、『必要であれば我々の首を差し出す用意もある』とまで言ってのけたのには、さすがに法国の人達も驚いたらしい。
後から分かったんだが、その会談の場には、『特定の条件下で他人の嘘を見抜く』という
その人が、『このエルフ達は一切嘘を言っていない』って断言したことで、余計に驚いていたとのこと。
それこそ、自分達の首も差し出す、という部分まで、全員そろって本気だったから。
今まで自分達は、王の命令でとはいえ、国民達を苦しめるような統治をするしかなく、また年端もいかない若い子供達(エルフ基準)を戦場に送りこんだり、娘達を捕らえて王に差し出して一生モノの心の傷を作ってしまうようなことを繰り返してきた。
あの王を止められず、自国の民のみならず、法国の民や兵士達をも傷つけ続けた自分達も、あの王と同罪である。その罪から逃れるつもりはない。
だから、新しい女王の元で歩み出した祖国のために、自分達にできることなら何だってする覚悟でいる。もしそれで法国の方々の気が少しでも晴れるのなら、我々全員ここで殺されたとしても一向にかまわない。
ただ叶うなら、私達で終わりにしてほしい。どうか、今まさに歩み始めている祖国の者達の未来を奪わないでほしい。
新たな女王・ユリーシャと共にある今の祖国であれば、きっと法国とも、相容れないような国にはならないと確信しているから。
そんな覚悟を、嘘偽り1つない言葉で聞かされたからには、さすがに法国の人達も……感情だけでそれを切って捨てることはできなかったという。
それから数日、使節団の人達は、捕虜ではなくきちんと客人としての待遇でその前線基地に滞在し……数日後、神都からなんと神官長の1人が交渉のためにやって来たそうだ。
そうして改めて会談を行い、最初の時よりもだいぶ落ち着いた空気の中で交渉は行われた。
そして、数日かけて交渉した結果、具体的な講和条約(案)の内容まで詰めた上で、『前向きに検討させてもらうが、ことがことなので一旦神都に持ち帰り、神官長会議で検討して返答する』という返事をもらったそうだ。
それを証明する書類ももらって、解放され、帰ってきたと。
率直に言って、期待を大きく上回る成果だと言っていい。
全く相手にされず門前払いされるどころか……最悪、彼ら使節団が生きて帰れないことも、予想の内に入ってたからな……。
『嘘を見抜く』力の持ち主がいたことが逆にいい結果をもたらしてくれた。
しかも、まさか初回の交渉で『神官長』の一人なんていう大物が出てくるとは……こちらが思ってるよりも、法国上層部はエルフとの戦争を早く終わらせたいと思ってるんだろうか。
無学な私には、国と国のやり取りというか、政治家が考えることはいまいちわかりづらいんだよな……後でカリンにでも聞いてみよう。解説してくれるかも。
☆☆☆
「まさか……このような形で、かのエルフの国との戦争が終わりを迎えるとはな」
スレイン法国・神都。
その中心部にある大神殿の一室にて行われている『最高執行会議』の場で、臨時に召集された神官長達が、その議題について話し合っていた。
「エルフの使節団が持ってきたという情報……とてもすぐには信じられないような話ばかりだが、事実なのか? 交渉に行ったのは……」
「私だ」
短くそう言って手を挙げたのは、風の神官長・ドミニクである。
ほんの数日前、エルフ王国との戦の前線基地で、エルフの使節団と直接言葉を交わし……この話をこの会議の場に持って帰ってきた張本人である。
「交渉と同時進行で、諜報部隊の者達を動かし、エルフの国……今は『ヘイムダール王国』と名乗っているようだが、それについて調べさせた。さすがに時間がないゆえ、深く調べることはできなかったようだが……明らかに数週間前までと雰囲気が違うそうだ。国全体が活気づいているような印象を受けた、と」
「クーデターによってあのエルフ王が倒されたというのは、本当なのか……それを、エルフの国の民達が歓迎しているというのも」
「捕虜達から聞こえてきた話で、エルフ王は必ずしも民達に慕われていたわけではない、というのは知っていたけれど……」
現場の人間達同様、最初にこの話を聞いた時は『まさか』と思ったものだが……それを確かめるために赴いたドミニクが持ち帰ってきた数々の情報が、示される度、疑念を1つ1つ消していく。
使者達の嘘偽りない言葉や、交渉の中で提示された『賠償』の内容、そこから見受けられる、彼らの『本気』度合い。
そして何より、『戦争犯罪者として、前エルフ王、デケム・ホウガンの身柄を引き渡す用意がある』という一文が非常に大きかった。
かつて卑怯なだまし討ちによって、100年前の漆黒聖典・第一席次を拉致し、数えきれないほどの回数強姦し、その種を植え付けて子を孕ませた畜生。スレイン法国の指導部においては、世代が変わって当時を知る者がいなくなってもなお、薄れることない殺意を向けられる怨敵である。
その身柄を受け渡す……すなわち、自分達の手で報いを受けさせることができるという提案は、普段『欲』というものから縁遠い神官長達をもってして抗いがたい魅力だった。
「ただ、『ヘイムダール王国』内部においても、あの愚王に恨みを向ける者は多いようでな……可能であれば、国内において
「? それでは、我々の手で裁きを与えることができないではないか」
「その後、蘇生魔法を使って蘇らせたうえで引き渡すとのことだ。元々、一回殺したくらいでは気が済まないほど多くの恨みを買っているらしくてな。民達の怒りを鎮めるためにも、一度その王の首が飛ぶところを見せてやりたいらしい。我が国に引き渡すときには『中古品』になってしまうが、それでよければ、蘇生もエルフ側で請け負うと言っていた」
「加えて、『亡骸の返却は求めない』『エルフの国に、墓場であろうとその男の居場所はもうない』か……いやはや、これは……本気で恨み骨髄のようですな」
「同族にすらそのような評価か……デケム・ホウガンめ、我らが思っていたよりもさらに愚かな王だったようだな。いい気味だ」
「あらまあ、乱暴な言葉遣いね。最高神官長ともあろう方が」
茶化すように、火の神官長・ベレニスが言うが、内心では彼女もそれに大いに頷いていた。
法国側からすれば、戦争を終わらせること自体は大いに歓迎すべきことだった。
人類の守護者としてその力を使うべき法国が、ここ100年、エルフの国との戦争に、『聖典』を含めた国力を割かなければならない状態が続いており、頭が痛い問題だったのだ。
さすがに戦争が長く続きすぎ、小さくない被害が出ているため……国民感情もかなり『エルフ憎し』に傾いている。この戦争を、しかも『和平』という形で終わらせるには、相応のリターンが必要だろうというのは、想像に難くない。
だがそれも、敵国の国家元首である、デケム・ホウガンの処刑を執り行えるというのであれば、国民達を納得させられる公算も大いにある。
一度処刑した者を蘇らせてまた処刑する、というのは、さすがに前代未聞ではあるが……逆に『何か問題があるか』と問われれば……最終的にこちらの目的が達成されるのであれば、これといって何か問題があるわけでもなかった。
連行時には既に『蘇生』された状態で国内に入ってくるのであれば、国民達からすれば、普通に死刑囚が連行されてきて処刑されただけに見えるだろう。
加えて、多額の賠償金や、王室として保管している貴重な武具やアイテムのいくつかを献上するというのも魅力的だ。
前エルフ王、およびそのさらに先代の王は、言い伝えゆえに定かではないものの、『六大神』や『八欲王』の時代を知る者達だとすら言われる。その遺産ともなれば、この国で保管されている数々の秘宝に匹敵するものが中にあってもおかしくない。
そしてもう1つ、先ほど付け加えるように条件として確認した、『前エルフ王の亡骸の返却を求めない』という点。これも大きい。
なぜかと言えば、法国にて二度目の処刑を行った上で、また『蘇生』すれば……尋問して色々な情報を聞き出すことができるからだ。
エルフ王国の内情、それも、この男が王位に就いていた頃のそれに、大して価値はないだろうが……記録に残っていないはるか昔の……『六大神』や『八欲王』に関する何かの情報を知っている可能性はある。ともすれば、有益な情報や知識が得られるかもしれない。
もちろんそれは確実ではないが、可能性があるというだけで価値はある。
果たして『ヘイムダール王国』側が、こういう使い方を理解した上で、それも容認するとして亡骸を『返さなくていい』と言ってきているのかは……わからないが。
メリットも十分。神官長達は、講和の締結に全体として非常に前向きになっていた。
それに、だ。
もう1つ……彼らには、今後、『ヘイムダール王国』とことを構えたくないと思える理由もあった。
より正確に言えば、新たに即位したエルフの女王を敵に回すのはまずいのではないか、と。
前エルフ王、デケム・ホウガンは、性根こそ暗愚で下劣なものだが、強さだけは本物だった。
幾度となく法国の精鋭部隊を返り討ちにしていることや、100年前に当時の漆黒聖典第一席次を自力でねじ伏せていることからも、それは明らかだ。
もしも、その王を直接対決で討ち取るのであれば、現在の第一席次でも不安が残る……ゆえに、『番外席次』を動員しなければならないだろう、というのが、神官長達に共通の認識だった。
その前王を、一対一の決闘で、しかも圧倒的な力の差を見せつけて降したのが……新たな女王・ユリーシャだという話である。
それが本当なら……必然的にその女王は、前王とは比にならないほどに強いということになる。仮に武力で対抗するなら、やはり『彼女』の力が必要になるだろう。いや、考えたくもないが……ともすればそれでも不安が残るかもしれない。
「ひとまず……和平については締結する方向で話を進めるとしよう。色々と思う所がないわけではないが、これ以上不要な戦いを続けていたずらに国力を消費するのは、どう考えても得策ではないし……件のエルフの女王、やはり無闇に敵対するのは避けるべきだと思われる」
「では、その旨を書状にまとめて返答としましょう。条約の調印が必要になりますが……本国で実施するのであれば、その女王か代表者を呼びつけますかな?」
「いや、それはやめた方がいい。その女王が報告通りの強さを持っているのなら……そんな怪物を本国に招き入れるのはリスクが大きいだろう。いくら敵対の意思がないと言ってもな」
「それは確かに……しかし、こちらがエルフの国に出向くわけにもいきますまい。100年前のこともありますしな……」
「となると、第三国に仲介を頼む必要があるか……ならば、位置からして……」
この数日後、法国の最高執行機関による決定として、ヘイムダール王国の外交部門に、和平案に関する返答が届いた。
そこには、賠償の内容や今後の国交正常化への見通しに加えて、条約調印のための式典を行う日取りや場所についての案が書かれていた。
調印式は、スレイン法国でもヘイムダール王国でもない、第三国―――
―――竜王国で行うこととしたい、と。