オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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 夜。女王であるユリーシャの居室に、突然現れた謎の少女。

 美少女、と言っていいその顔にうかんでいる笑みはしかし、どこか謎の『凄み』があり……牙をむいている獣のようなプレッシャーを放っていた。

 

「ふぅん……驚かないのね」

 

 しかし、それを受けてもなお……ユリーシャは平然としている。

 不法侵入者が目の前にいるのに、動揺する様子も全くない。にこにこと変わらず笑っている。

 

「来るのがわかっていたもの。この城の中は、端から端まで私の感知領域の中だから……その気になれば大体のことは部屋にいながらわかるのよ。わざわざ身代わりを用意して、同室の人達をごまかしてまで会いに来てくれたのに、驚いてあげられなくてごめんなさいね?」

 

「……ホントに分かってるんだ、すごいのね」

 

 白黒の少女の笑みが一層深まると同時に、表情とは裏腹に、その警戒感が一層強くなったのが感じ取れた。

 

 もっとも、繰り返すように、一国の女王の居室に不法侵入しているのは、この少女の方である。

 

「その分だと……私があの、昼間に騒いじゃった『白い鎧』の中身だって言うのも、わかってるのよね?」

 

「ええ。けれど……こうして顔を突き合わせて初めてわかったこともあったわ」

 

 2人の目が合う。

 左右の瞳の色が違う……エルフの『王の相』を持つ目が。

 

「私の……腹違いの姉、ってことでよかったかしら?」

 

「そうよ。あなたが生まれたのが、私より先でなければね」

 

 エルフのような長命種は、外見から年齢が読み取れないことも多い。実際、外見だけで言えば、背の高さや大人びた雰囲気など、ユリーシャの方が年上に見えないこともない。

 しかしそのユリーシャは、

 

「じゃあ私が妹で合ってるわ。私が産まれたのは、法国とエルフ王国が戦争を始めた後だもの」

 

 それを聞いた少女は、すっと目を細め……雰囲気がわずかに剣呑なものになった。

 

 今のユリーシャの言葉は、少女……『番外席次』ことアンティリーネの出自を知らなければ出てこないものだったからだ。

 

 100年前、彼女の母親……当時の漆黒聖典第一席次は、当時のエルフ王、デケム・ホウガンに騙されて囚われの身となり、数えきれないほどの回数、強姦された。

 その頃から王は『強い子供を作る』ことに固執していたため、おそらくは欲望からそうしたのではなく……ただ単に、異種族間では子供ができづらいことを危惧し、数をこなして少しでも確率を高めようとしたのだろう。……その分、彼女の尊厳をズタズタにした。

 

 彼女は数か月後に法国の特殊部隊によって救助されたが、既に妊娠してしまっており、法国に戻った後、アンティリーネが生まれた。

 そしてこの一連の事件を発端として、法国とエルフ王国との戦争は始まったのである。

 

 しかしその事実の詳細は、法国において機密事項。どうやってそれを知ったのかと、アンティリーネはいぶかしむ。

 ……が、聞いてみればそれは至極単純な話で。

 

「……何か深読みしてるみたいだけど、私があなたのことを知ってるのは、普通に聞いたからよ? 人間ならともかく、エルフにとって100年前なんて、そんなに昔のことでもないもの」

 

「……ああ、言われてみれば、そうね」

 

 人間の寿命は、長く生きてもせいぜい数十年だ。魔法で寿命を延ばすことができる者も中に入るが、それは別として。

 100年も経てば、それ以前の世代の者はいなくなる。

 

 しかし、エルフの寿命はそれよりもはるかに長い。100年という時間は、エルフにとって……ほんの最近とまでは言わずとも、『昔』というほどのものでもない。

 100年前に何があったのか……法国との開戦理由、その詳細を知っている者は、決して珍しくはないのだ。

 

「私と同じオッドアイを持つ、エルフもしくはハーフエルフ。かつ、亜人蔑視の根強い法国で、容姿を隠してとはいえ、要人警護を任される立場なんて限られる。強さもそうだけど、それ以上に、身元がはっきりしていなければ……そんなの1人しか心当たりないわ」

 

「なるほどね。聞けば聞くほど……これじゃあ確かに、言い当てられて当たり前ね」

 

 肩をすくめて見せるアンティリーネ。

 

「付け加えて言うなら、私の出自も似たようなものなのよ。私の母は当時、人間の傭兵として戦争に参加していたんだけど、捕虜にされて……人間にしてはかなり強かったから、そのまま……ね。どうにか逃げ出したけど、その頃には種がついていて……逃げた先で私を産んだの」

 

「似たような、っていうか、ほとんどまるっきり同じじゃない。でもそれなら、あなたの母親は……」

 

 アンティリーネは、そこまで言いかけて止めた。それを聞いてどうする、と思ったから。

 

 自分の母と同じように、父親への憎しみを一緒くたにして、厳しく彼女を鍛え上げたのだろうか。もしそうなら、彼女の……前エルフ王を圧倒して倒したという強さにも多少は納得がいくだろうが……別に自分は、傷の舐めあいがしたくてここに来たわけではない。

 

 あるいは自分と違って、望まない子だったとしても、母親からきちんと愛情を受けながら育ったのだろうか。それはそれで……情けない話ではあるが、そうでなかった自分が惨めになる気がした。

 

 当のユリーシャはというと、アンティリーネが何か言いかけてやめたことには気づいていただろうが、そこには触れてこなかった。

 

「それで……私に何か用があってここに来たんじゃないの?」

 

 代わりにかけられたのは、そんな言葉。

 話題をそらそうとしているようにも聞こえたが、母親のことに触れてほしくないのなら、アンティリーネはそれならそれで構わなかった。

 

「……別に、大した用じゃないわ。ただ、会って話してみたかっただけ。私と同じような境遇に生まれた『妹』が、どんな風なのか、気になってね」

 

 予想以上に『同じ過ぎる』境遇だったのには驚いたが、と、心の中だけで付け足した。

 

「興味を持ってもらえたのは嬉しいけど、仮にも一国の女王の部屋に、こんな夜更けに忍び込む理由がそれなの? もう……護衛を言いくるめるのも楽じゃないのよ?」

 

 呆れたように苦笑しつつ言うユリーシャ。しかし、特に気分を害した様子はない。

 

「それで、『こんな風』なわけだけど……会ってみてどう?」

 

「そうね……私と比べて、ずいぶんと『いい子』に育ったんだな、ってとこかしら」

 

 父である前エルフ王が尊敬できる人物であるなどとは、口が裂けても言えない。それはよく知っているし、疑う余地もないだろう。昼間の醜態などを見れば、なおさらだ。

 

 しかし、それを踏まえても……故郷とも呼べないこの国に戻り、実の父を排除し、死刑台に送り込んで国を乗っ取った女にしては……あまりにも穏やかで、普通で、『いい子』に見えた。

 

 恐らくは一生を父への憎しみと絶望に生きたのであろう自分の母や、生まれた瞬間から『絶死絶命』である以外の人生を、未来を持たず、敷かれたレールに沿って使命と共に生きてきた……それ以外を許されなかった自分とは、あまりに違う。

 

(半分は同じ血が流れているはずなのに……どんな母親に、どんな風に育てられたら、ここまで違うものが出来上がるのかしら)

 

「ねえ、あなたはどうして……この国の王になろうと思ったの?」

 

「どうして……か。簡単に言えば……それができるのが私だったから、かな」

 

 特に迷ったり考えたりする様子もなく答えたユリーシャ。

 恐らく、自分(アンティリーネ)以外にも、何人も彼女に尋ねて来たことなのだろう。聞かれたらこう答える、という準備が既にできていたような印象を受けた。

 

「色々と事情があって、全部説明しようとするとややこしいし、秘密にしていることもあるから……そこは許してね。ただ私は……父親であるあの男が原因で苦しんでいる人達がいて、その人達を助けるには、誰が何をすればいいかって考えて……一番いい方法が、私が女王になることだった、というだけの話なの」

 

「それをやろうと思ってやれるのって、結構すごいことよね」

 

「ありがとう。ふふっ、よく言われるわ」

 

 感心半分、呆れ半分といった様子のアンティリーネに、ユリーシャは屈託のない笑顔で返した。

 

「見ず知らずの誰かのためにそんなことができるなんて、まるでおとぎ話の英雄ね」

 

「大したことはしてない、なんていうつもりはさすがにないけど……そこまでかしら? 別に私、『見ず知らずの誰か』のためにやったつもりはないわ。むしろ、そんな知りもしない誰かのことなんて考えてないし……ちゃんと『見知った誰か』のためにできることをやっただけよ?」

 

 それができる時点でそもそも……と口を開きかけて、しかしアンティリーネは代わりに、はぁ、とため息で済ませた。

 

(狙ってやってるのか、それともただの天然なのか……)

 

「じゃあ、今度は私から聞いてもいい?」

 

「……何?」

 

「答えたくないなら別にいいんだけど……昼、処刑の時に乱入してきたのはなぜ? 結局何もせずに帰って行ったようだけど……」

 

「ああ……何でかしらね。自分でもよくわからないんだけど……」

 

 そうね、と少し考えて、

 

「このまま見ていたら、あの男が……死んでしまいそうだったから、かしら」

 

「まあ、処刑なのだし、そもそもその予定なわけだけど……助けたかったの?」

 

「まさか! 違うわよ。ただ……」

 

 少し間を開けて、また考えて……アンティリーネは、一言一言、自分でも確かめるように話していった。

 

「あったこともない父親だけど、嫌いで、憎くて、ずっと殺したかった。母がいなくなってしまった今、この恨みをぶつけられるのはあの男だけだから……いつか、この手で殺してやりたい、って思ってたの」

 

 けど、と続ける。

 

「その男が、自分が知らないところで負けて、引きずりおろされてたってことを……ある日突然知らされた」

 

 先程までに比べて、幾分、声のトーンが平坦なものになっているように感じられた。

 彼女の心の中の空虚感が、そのまま声に乗っているかのように。

 

「そして今度は、その男が処刑される……私がこんな人生を歩む原因になった男が、私が知らない、全然関係ないところで、この世からいなくなろうとしている……処刑台に連行されていくあの男を見て、そう思ったの。このままだと、本当に、言葉を交わすこともなく、恨み言をぶつける暇すらないまま……終わる、って」

 

「……揚げ足を取るような物言いでごめんね? 一応彼は、ここで処刑した後、蘇生して法国に引き渡す予定だった……っていうのは知ってたわよね?」

 

「もちろん、聞いてたから知ってたわ。けど……蘇生が失敗するかもしれないとか、蘇生できても私は会わせてもらえないかもしれないとか、色々考えちゃって……気が付いたら体が動いてた」

 

「…………」

 

「自分の人生を前に進める機会を失うかもしれない……そう思って、いても立ってもいられなかった……ってとこかしらね。騒がせたのは……謝るわ」

 

 しかし、まさかあの場で殺しにかかるわけにもいかない。そんなことをすれば、確実に国際問題になるし、騒ぎを起こした自分は、法国内に居場所を失うだろう。

 

 もっとも、アンティリーネは戦闘能力であれば法国最強であるという自負があるので、追放される程度ではそこまで困りはしないのだが……あの法国が、自分という存在自体が秘中の秘である存在を、馬鹿正直に追放するだけで済ませるはずもない。

 法国が保管している秘宝の中には、アンティリーネでさえ油断できないほどに強力なものもいくつか存在する。その筆頭格である『ケイ・セケ・コゥク』……あらゆる存在を魅了し服従させる秘宝は、諸事情あって今は使用不能だが。

 

 結局、何もせずに元の位置に戻った後、さすがにそのままそこにいることはできず、法国の代表団もろとも退席することになった。

 当然、神官長達からは大いに叱責され、本国に戻るまでは、仕事以外での外出を固く禁じるとする旨を言い渡された。

 ……それをあっさりと破ってここに来ているわけだが。

 

(本国に戻ったとして……かなうなら、一発殴るくらいはしてやりたかったんだけど……騒がせちゃったし、望み薄よね。いえ、それどころか、本当に話す機会の1つもなく、処刑するまで会えないかも……はぁ、短絡的なことをするんじゃなかったわ)

 

 アンティリーネは普段、『宝物庫』の番人をしており、外に出ることは基本的にない。

 それは、神々が残した財宝を守るために、国で最も強い彼女の力を充てているからでもあるのだが、それ以上に……彼女の存在そのものを、徹底的に秘匿しなければならない理由があるからだ。

 

 彼女という、絶大な力を持つ『神人』の存在を許さない者達が、この世界には存在する。

 その者達に、察知されるわけにはいかない。

 

 今回、特例中の特例として彼女が動員されたのは、前エルフ王という実力者の護送のためである。万が一のことが起こった際に、罪人を確実に制圧できる力を持つ者が必要だったために、その正体を徹底的に秘匿することを条件に許可が出た。

 

 ゆえに、そのアンティリーネが処刑に乱入するなどということをやった時には……神官長達は生きた心地がしなかっただろう。

 

 アンティリーネとしては、本国に帰還した後、父である前エルフ王と話す機会を得られればと思っていた。もちろん、優しい言葉をかけるつもりはさらさらない。思い切り罵って、あざ笑って、恨み言をぶつけてやるつもりだった。

 

 できるなら、一発と言わず殴って、思い切り痛めつけてやりたい。

 

 叶うなら、処刑当日にあの男の首を飛ばす、処刑人役を任せてもらえれば最高だ。

 

 まあ、どれもおそらく不可能だが。

 

 このままいくと本当に、自分の過去に区切りをつける機会の一つは、永遠に失われてしまうことになりそうだ。

 

 もっとも、居場所を失うその他諸々のリスクを背負ってまで、無理を通してあの男を殴りたいかと考えると……

 

「……考えてももう仕方ないか、こんなこと」

 

 アンティリーネの人生は、色々なことを諦めてばかりだった。

 生まれた時から生き方が決められていて、外には出してもらえず、やりたいことをやる自由もない。小さい頃の記憶と言えば、厳しい訓練や勉強の日々だけ。

 

 数少ない娯楽といえば、漆黒聖典の隊長が持ってくる土産話や、時折機会がある、漆黒聖典の者達との訓練くらい。そして、神々が残した玩具である『ルビクキュー』くらいのもの。

 

 法国で一番強いはずなのに、色々なものにしばられて自由がないその人生を、『仕方のないこと』として諦める癖がついていた。

 

 ……どうやらその癖は、殺したくてたまらなかった男のことになっても大人しくしていてはくれないらしい。不満には思いつつも、既に心のどこかで『仕方ないのかな』と思い始めている自分がいた。

 

 ふと、思いついて……アンティリーネは、ユリーシャの顔を見た。

 なぜ急に見つめられるのかわからず、『?』と首をかしげる。

 

「……あなたが男だったらねえ」

 

「え? 急に何?」

 

 アンティリーネが、常日頃から思っている、1つのことがあった。

 

 

『敗北を知りたい』

 

 

 幼い頃、厳しく指導してきた母相手以外で、アンティリーネは『敗北』を知らない。

 数十年の時をかけて強くなりすぎた彼女は、母親がいなくなってから今まで、一度も、誰にも負けることがなかった。

 

 英雄の領域に至った者や、時にはそれを超えて『逸脱者』と呼ばれるに至った者、さらには今の漆黒聖典隊長のような、覚醒した『神人』ですら、彼女には勝てない。

 毎度当たり前のように訪れる、欲しくもなければ嬉しくもない『勝利』。

 

 いつしか彼女は、自分に……一度も味わったことのない『敗北』を教えてくれる者を待ち望むようになった。

 

 そして同時に、それが男であれば……その者の子供を産みたい、とも思っていた。

 人間でなくてもいい。同族や、亜人ですらなくてもいい。

 自分に敗北をもたらすほどに強い者の種をこの胎に受けて、自分を超えるかもしれない命をここで育むのが、彼女の夢になっていた。

 

 ただ、自分がいつから、なぜそんな風に考えるようになったのか……彼女にはわからなかった。

 わからなかったが、気にはしなかった。理由なんて、はっきりしていようがいまいが、夢なんてそんなものだろうと、深く考えることもなかった。

 

 どうせ叶わない夢だろうと、目指しておきながら自分で半ば諦めていたのもある。

 

 実のところ、彼女は、前エルフ王を倒した者がいると聞いて、ひそかに期待していた。

 漆黒聖典の隊長でも危ないとまで評されていた、前エルフ王。血のつながった自分の父。

 それを倒したというのなら、今まで聞いた中で、最も自分に近い実力者であるはずだと思った。

 

 もしかしたら、その者と戦う機会があれば――女だということなので、子供は無理だが――待ち望んだ『敗北』を知る機会になるかもしれない……と。

 

 揉め事にでもなればそういう機会もあったのかもしれないが、目の前にいるこの女王は、終始落ち着いた理知的な雰囲気である。法国側の者達も、外交の場ということで、亜人蔑視の態度を表に出すことはなく、揉め事の一つもないまま今に至る。

 

 そもそも、こうして顔を合わせて見ても、この女性がそこまで強いとはとても思えないのだが……それは、アイテムか何かで力や気配を隠しているのかもしれない。

 

 いずれにせよ、まさか何も起こっていないのに、国交を結んだそばから国家元首を相手に喧嘩を売るわけにもいかない。

 何もかもうまくいかないものだ、と、アンティリーネはまたため息をついた。

 

「……何でもないわ。騒がせて悪かったわね、そろそろ帰るわ。私が出歩いてここに来たこと、内緒にしてよね」

 

「それはもちろんかまわないけど……」

 

 最後まで聞かずに、アンティリーネは窓から飛び降りた。

 

 直後、ユリーシャがその窓から外を見ると、既にどこにもその姿はなかった。

 

 もっとも、さっき言った通り、ユリーシャの知覚範囲はこの城全体に及ぶ。

 アンティリーネが今どこを走っているかも、見えずとも把握できていたため、『速っ』くらいに思ってそれを見送っていた。

 

「……アレが私()のお姉ちゃんか……聞いていた通り、なんだかちぐはぐな雰囲気の子だったわね」

 

 お客さんはもう帰ったということで、観音開きになっている窓を閉めて、鍵をかける。

 そして、振り向くと、

 

 

 

「で……()はどう思った?」

 

 

 

 そこにいる(・・・・・)、7人の自分の兄弟姉妹達に、そう問いかけた。

 突然現れた? 否、最初からいた。アンティリーネが来る前から。

 

 隠れることすらせず、ずっと普通に部屋の中にいた。

 ただし、『完全不可知化(パーフェクトアンノウアブル)』の魔法その他の手段で姿を隠し、気配を絶っていたために、アンティリーネは最初から最後まで気づけなかったが。

 

 アンティリーネが法国最強の実力者であるというのは既に知っていた(・・・・・)ため、万が一を考えて、転移魔法で彼ら彼女らを呼び寄せ、戦力を揃えた上で迎え入れていたのである。

 

「確かに……気配からして強そうだと思ったのです。この世界基準でなら、多分、法国だけじゃなくて、世界全体でも……割と敵とかいない感じだと思います」

 

 兄弟姉妹の中ではまだ年若い方に入るが、才能は双子にも劣らない『半妖半竜』かつ真祖(トゥルーバンパイア)のテレサ。

 

「それは確かにそうかもだけど……カンスト級ってほどじゃないわね多分。いいとこ90レベル前後ってところじゃないかしら。あれなら私達のうちの誰か1人だけでも勝てるでしょ?」

 

異能(タレント)や武技がありますから、多少強さは上下するでしょうが……おおむね同意見ですね。気配が逆に駄々洩れすぎなせいで、実力が必要以上にわかりやすかったですし」

 

 その血筋と才覚もあって、兄弟姉妹最強格の双子、『半妖半竜』のオルガとシーナ。

 

「加えて言えば、あそこまで気配が駄々洩れだったのは……自覚があるかどうかは知らんが、慢心の表れだな。格上と戦ったことがないがゆえに、他者を警戒するということが頭にないのだろう」

 

 ラストの子供達全体の長子(おねえちゃん)である、『天使』のゼルエル。

 

「お姉ちゃん達みたいなカンスト級でもないのにそれは、割と致命的だよね……『空中庭園(うち)』やナザリックを抜きに考えても、この世界、竜王とかいるのにさ」

 

 明るい金色の癖っ毛をロングヘアに伸ばし、『魔女』を思わせる三角帽子と黒いローブを身にまとった、『半森妖精(ハーフエルフ)』の少女、マズルカ。

 

「その竜王に見つかったらまずいっていうのも、きちんとわかってるのよね? それを理由に普段は、軟禁同然の扱いで隠されてるんでしょ? 宝物庫の番人っていう名目で」

 

 こちらは明るい金髪をロングヘアかつストレートに伸ばし、清楚な緑色のワンピースに身を包んだ、人の頭ほどもあるたわわな胸部が目を引く『半森妖精』の少女、ティファニア。

 

「無意識に、そうなっても問題ない、むしろなってみろ……とか思ってるんじゃないでしょうか? ほら、『敗北を知りたい』なんていう、どっかの死刑囚みたいなアホな夢持ってるくらいですし」

 

 そして、白に近いプラチナブロンドの髪を少し長めに伸ばし、ユリーシャと同じく、左右で瞳の色が違う、小柄な『半森妖精』の少年、エオン。

 

 内、マズルカ、ティファニア、エオンの3人は……前エルフ王の血を引く子供達である。

 エオンが、ユリーシャ同様、ラストとの間にできた子。

 マズルカとティファニアは、デミアとの間にできた子だ。

 

「竜王と喧嘩になっても勝てる気でいるってこと? お姉ちゃん達は竜王の1匹と戦ったことあるんだよね? どうなの? アレで勝てそう?」

 

「100 (パー)無理」

 

 マズルカの問いに、ノータイムできっぱりと断言するオルガ。

 

「竜王って基本的に強さはカンスト級な上に、生命力(HP)は普通のプレイヤーとかの何十倍もあるからね。お母さんは『レイドボス級』とか言ってたっけ……しかも、『始原の魔法(ワイルドマジック)』でバ火力な攻撃バカスカ撃ってくるから、それに耐えるだけの基礎能力や防御・回復手段も必須だし……ぶっちゃけ私達でも一対一で竜王は()りたくないわよ」

 

「おまけに『始原の魔法(ワイルドマジック)』の中には、問答無用で敵を消滅させるような理不尽な技もある上に、高レベルで『始原の魔法』を収めている場合、世界級アイテムの効果すら一部遮断する場合がありますからね。アイテムにしろ技能にしろ、それらにきちんと対応できる手札を揃えていないと、最悪開幕で瞬殺されます」

 

 オルガに続けてシーナも言う。

 

「まあ、竜王に勝てるかどうかは、本人がそう言ってたわけじゃないし、置いといて……でもまあ、オルガお姉ちゃんの言う通りね。正直、私も彼女相手なら、一対一でも負ける気はしないかな」

 

 と、今度はユリーシャ。普段通りのにこやかな笑顔の裏で、そんなことを思っていたらしい。

 それを聞いたエオンは、苦笑しながら、

 

「クレマンティーヌの話だと、一応彼女、戦士系らしいんですが……魔法詠唱者のユリーシャ姉さんに『一対一で勝てる』なんて言われちゃ形なしですね」

 

「仕方ないんじゃない? レベル差もそうだけど、ユリーシャ姉さんは接近戦だろうと全然こなせるわけだし。技術的にも、スキル的にも。まして、それを相手が知らないんじゃ……ねえ?」

 

「慢心の塊みたいな態度でしたからね……ああでも、装備が整えば違うのかな? 法国には、六大神が残したユグドラシルの装備があるそうですし」

 

「そうだとしても、『空中庭園』で鍛えられた者には、武具やアイテムの性能頼りの輩に負けるようなやわな鍛え方の者はいないだろう。まして『親衛隊』ならなおさらだ」

 

 ぴしゃりというゼルエル。

 

「シーナやルカの言う通り、異能(タレント)や、ユグドラシルの装備のこともあるから、油断はできまいが……それでも、あれが法国の最大戦力だというなら、過度に怖がりすぎる必要もないだろう。お母さまには私から報告しておくとしよう。では、今日は解散―――『神足通』」

 

 言うが早いか、ゼルエルは天使専用の転移スキルによってその場から消えた。

 

 それを見送った残りの面々も、

 

「『転移門(ゲート)』で空中庭園(おうち)に帰って寝ていいですか? ここのお布団、硬いのであんまり気持ちよくないのです」

 

「わかるー! 寝ても疲れ取れないよね!」

 

「食事もまあ……美味しいんだけど、お上品にまとまりすぎっていうか……体に悪そうなジャンクなのがそろそろ恋しいのよね。一回帰ってラーメンとか食べたい」

 

「この時間にラーメンですか……いいですね、大賛成です。何で深夜に食べるラーメンってあんなに美味しいんでしょうね……僕家系にしようかな」

 

「ドラゴン組、基礎代謝高いからずるいよぉ……私達がこんな時間にそういうの食べたら絶対太るのに……でも確かに美味しいんだよね……。よし、明日運動することにして……私も食べる!」

 

『僕も』『私も』と、テレサが開いた転移門(ゲート)に入っていく――会話から、夜食を食べるなどの目的で『空中庭園』に一時帰省するらしい――兄弟姉妹達を見送るユリーシャ。

 後に残ったのは、ユリーシャと……同じくオッドアイのエオンだけだった。

 

「エオンは行かなくていいの?」

 

「僕はまあ……また今度でいいです。おなかも減ってないし」

 

 とはいっても、部屋からはお暇するようで、普通にドアを開けて……ふと思いついたように足音を止めた。

 

「そういえば……あの子が所属してる『スレイン法国』って、例の……ナザリックで、シャルティアさんが洗脳された件の、一番怪しい容疑者なんですよね?」

 

「ええ。クレマンティーヌちゃんの話からして、法国には『傾世傾国(ケイ・セケ・コゥク)』があるみたいだし……経緯や動機は見えてこないけど、一番怪しいわね。怪しいだけで証拠とかはないから、今のところ『要警戒』というだけだけど」

 

「……もし、本当に法国がシャルティアさん洗脳の犯人なら……」

 

 一拍

 

「近いうちに……望み通り、『敗北』を知る時が来るかもしれませんね、彼女」

 

「……そうね」

 

 そんなやり取りを最後に、エオンは部屋を後にし……1人残ったユリーシャは、ソファに座り直した。

 また読書に戻るようで、先ほど栞を挟んだ本を手に取って……

 

「……『敗北を知りたい』か……。本当、おめでたい夢よね」

 

 虚空を眺めながら、少しだけ、憐れむような視線をさまよわせるユリーシャ。

 その口元には、常と変わらない笑みが浮かんでいた。

 

「敗北の先に何が待っているのかを知っていれば、そんなことを言う気にはなれないはずなのに。彼女自身が、誰がどうなった結果として生まれたのか……その結果として自分の人生がどうだったのか……因果関係を理解していないのかしら?」

 

 その笑みのまま……ここにはいないアンティリーネを思い出し、独り呟く。

 内容は、無慈悲なまでに『全くその通り』とでも言うべきもので……身も蓋もないと言えばそれまでかもしれないが、ある種、真理だった。

 

 呟きながら、ふと、何かに気づいたように、

 

「いや……そうか。理解できていないんじゃなく、目をそらしてるのね」

 

 恐らく、アンティリーネの本当の望みは、『敗北』とは別にある。

 しかし、アンティリーネはそれに気づいていない。その望みが何か、ということに気づくために必要な、また別な『何か』から、目をそらしているせいで……気づけない。おそらくその『何か』は、彼女にとって見たくない、考えたくない、否定したいものなのだろう。

 

(お母さまが言ってたんだったかな。『人間っていうのは中途半端に賢いせいで、時々、自分の気持ちに自分でも気づけないなんてことがよくある』って……すごいわ、その通りだ)

 

 おまけに彼女は、自分が、『気付いていないことに気付いていない』。

 気付けないまま、『何か』という材料なしに無理やり結論を出したせいで……自分は『敗北』を求めている、などという素っ頓狂な結論が出てしまい……それが見当はずれな、自分の本当の『望み』とは全然関係ないものだということにも気づけないまま……あんな風になってしまった。

 

(……色々かわいそう)

 

 ユリーシャはため息をついた。考えて導き出した結論から……仮にも自分の腹違いの姉である少女(約100歳)が、あまりに哀れに思えて。

 

(もしこの先、彼女が本当に敗北する時が来たとして……きっとその時になってようやく、自分の望みは本当は〇〇だったんだ……ってことに気づくんでしょうね。……取り返しのつかないことが起こって、何もかも手遅れになってしまった後であろう……その時に)

 

 

 

 

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