「そっか……じゃあ、法国の『秘蔵っ子』の様子は確認できたのね、ゼルエル」
「はい、お母さま。結論から申しまして、実力的には『親衛隊』クラスであれば単独で対応可能な程度かと。もちろん、
『ヘイムダール王国』の王城内に設けられた、とある一室にて。
柔らかそうなソファに座ってくつろぎながら、ラストはゼルエルからの報告を受けていた。
「クレマンティーヌからの情報では、そこまではわからなかったものね……まあ、今後戦うことになるとも限らないし、大丈夫だと思いたいけど……ひとまずはいいか。他に何か、彼女を見て思ったことはあった? 印象とか、何でもいいわ」
「そうですね……慢心が過ぎる上に、その自覚がない、というのは、既に申し上げましたが……」
しばし、ゼルエルは考えて、
「聞けばあの娘、存在を秘匿するために、ろくに外を出歩くこともできない身だとか……。『敗北を知らない』とまで言われるその強さも相まってでしょうね。どうしようもなく……世界が狭いのだと思いました。ある意味仕方のないことではあるのですが、自分が見て聞いた世界しか知らず、それだけなら自分が最強だと、これ以上面白みがないと思えてしまうからこそ……『敗北を知りたい』などという、滑稽で、身の程を知らない、頭の悪い『夢』を持ったのではないかと」
「法国上層部に、そして母親に、そんな風に育てられたせい、か……ちょっとかわいそうかも」
それを聞いて『なるほど』と思いつつも、はあ、とため息をつくラスト。
(その子のお母さんもさあ……どういう経緯で生まれたのかは知ってるから、気持ちは理解しないでもないけどさ……だからって子供にそんな接し方するなよ。子供は親を選べない上に、小さい頃は特に、親が世界の全てなんだからさ……)
「……いっそ、うちに来ればいいのに」
「! それ、本気で言ってらっしゃいますか?」
「んー……半分くらい本気かな。厄介事がもれなくついてくるのはアレだけど……本来親から貰うべきものを貰えていない、教わるべきことを教わっていない子って……見てて痛々しいんだよね。そういう子って大体、自分が選べるはずの道が見えていないものだから。このまま行くとあの子……ろくな未来が待ってない気がする」
「……やれやれ」
ため息交じりのそんな言葉を聞いていたゼルエルは、呆れたような、しかしどこか優しい目を母に向けていた。『この人はホントにもう……』とでもいうような言葉が聞こえてくるようだった。
「デミア殿やカリン殿が、お母さまを『悪女に向いてない』と言う理由がよくわかりますね」
「ちょっとぉ……何で私、娘のあなたにまでそれ言われてるのよ」
「それはそれとして、お母さま。確認ですが、この国からは、明日、法国の使節団の出立をもって、我々は撤収……ということでよろしいですか?」
「ええ。一応、何かあった時に即座に『空中庭園』から応援をよこせるように、連絡体制だけはきちんと構築しておいてね。それ以外は、ユリーシャと側近達に任せることにする」
話が変わった後、ゼルエルの問いにそう答えてから……ラストは何もない虚空を、やや厳しげな眼で睨むように見ながら呟く。
「『万が一』……トカゲ共が何かしてくるかもと思って警戒してたんだけど、杞憂だったかしら」
100年前は知らなかったことだが、例の前エルフ王……デケム・ホウガンは、500年前にこの世界で大暴れした『八欲王』の……ユグドラシルプレイヤーの子供だった。
ということはすなわち、王城の宝物庫に眠っている財宝の一部は、彼らの遺産。
(『六大神』以前から存在する『竜王』達……その生き残りが誰も、デケム・ホウガンの出自を把握していなかったとは思えない。彼らにとって、プレイヤーやその縁者は排除すべき対象……加えてアレは、世界征服なんて標榜するレベルで、性格的にも大いに問題あり。なのに対処せず放置していたのは……おそらく、法国と戦争状態で都合がよかったから、よね)
『六大神』によって建国され、その遺産である秘宝を多く持ち、その血を引く者も多く在籍している法国もまた、竜王達にとっては、気に食わない相手だったはず。
一応、『世界盟約』とやらを結んで、形の上では協力関係にはあったようだが、味方だとは微塵も思っていないだろう。
その
しかし今回、エルフ王国はクーデターにより新体制となり、新たな王にはデケム・ホウガンの娘……すなわち、八欲王の孫がついた。しかも、正面からの決闘で勝利して王位を簒奪したその実力は、デケムよりもはるか格上ときている。
そしてその新女王・ユリーシャと、彼女が率いる新政権が、法国と和平を結んで戦争を終わらせた上、賠償として保管されている宝物の一部を法国に引き渡した。その中にはおそらく、価値あるアイテム……八欲王の遺産も含まれていると思われる。
それを看過できないと判断した竜王が、何かしらの動きを見せる可能性もあったからこそ、ラスト達は一時的にここに滞在し、警戒していたが……結局、何もなかった。
密偵が侵入してきた様子もなければ、情報系魔法で覗き見ようとした気配もない。
(そんなにすぐには動かないってこと? それとも、今回は様子見でノータッチ? 一応、警戒は続けるけど……いや、まあ、何もないにこしたことはないんだけどね……)
☆☆☆
【異世界転移400年目 ■日目】
前エルフ王の処刑、蘇生、そして法国への引き渡し……全てつつがなく終了。
今日の朝早く、罪人は、目も耳も口も塞がれてガッチガチに拘束されて、法国へ運ばれていきましたとさ。
これにてひとまず、エルフ王国クーデター作戦は、後始末まで含めて全て完了だ。
これ以降ここは、我が娘ユリーシャの国になる。彼女と、空中庭園から連れて来た補佐官たち、そして地元生まれのエルフの役人たちが、いい国を作っていってくれることだろう。
もちろん、バックについてる私達……ナザリックと空中庭園のあれやこれやな意向を反映してもらいつつ、にはなるけどね。
それでも、かつての時代よりは全然いいと思うから、そこは納得してね。諸々協力した見返りってことで。
で、だ。作戦終了に伴って、私達もこの国を出て帰還することになる。
アインズさん達はすでに、前エルフ王を倒した時点でもう帰ったけど……私達『空中庭園』組は、いろいろ気になることがあったから、残ってた。
けどそれも一区切りしたってことで、私達も帰ります。
帰る時、ユリーシャ達が見送りしてくれた。
にこにこ笑って手を振ってくれるユリーシャと、その後ろで最敬礼で見送ってくれてる役人エルフ達の対比がすごいな……とか思いながら、私達は『
……なお、ユリーシャも『転移門』は使えるので、会いたくなったり『空中庭園』のご飯や娯楽が恋しくなったら普通に遊びに来るけどね。離れ離れ感ゼロだよ。
そして、その日の夜。
ナザリックからアインズさんを招いて『お疲れ様でしたー!』って打ち上げやりました。
いやあ、プロジェクトを無事に成功させた後のお酒は美味い!
プロジェクトって何かって? そりゃもちろん、『ヘイムダール王国』の建国と……その前にやってた『エルヘヴン』の建国もだね。
忙しくてできなかったから、2回分まとめて打ち上げやることにしたの。
打ち上げ会場ですが、『遊享郭』の個室居酒屋をチョイスした。
参加者は、私とアインズさんの2人だけ。
付き添いでナザリックから来たマーレとシャルティアは、別でご飯とか食べてもらうことにした。残念そうにしてたのには悪い気がしたけど、後で何か埋め合わせするからね。
そんなわけでプレイヤー2人、誰に構うこともなく、気楽な口調でしゃべりながら、マナーも何も気にせず、雑な感じで好きなように飲み食いしたんだが……もう最高! ストレスフリー万歳!
なお、メニューはザ・居酒屋って感じ。
天ぷら盛り合わせ、から揚げ、刺身(船盛)、焼き鳥、もつ煮、その他色々。
そしてそれらをおつまみに、私は梅酒ロック、アインズさんは生ビール。
『キンッキンに冷えてやがる!』ってド定番のセリフと共に、ジョッキ生を一気飲みするアインズさんがめちゃめちゃ楽しそうで何より。
部下達が一緒のお疲れ様会ももちろん楽しいけど、それだとこんな風に雑に飲めないからねー。
最初から最後までそんな感じで、仕事の話はほぼせず――ああでも、愚痴とか雑談程度にならした。そういうのも飲み会の醍醐味だよね――楽しく飲んでおしゃべりするだけの2時間くらいを過ごしてからお開きになった。
……訂正。そのままハシゴして、同じく『遊享郭』にある寿司屋とラーメン屋にも行ったので、最終的に4時間超くらいになった。
そんな感じで3次会までやって、シメのラーメンも食べたら、時刻はすっかり午前様。
いい気分に酔っぱらえたところで『そろそろこのへんにしますか』って、今度こそお開きに。
手っ取り早く『転移門』で城に帰った後、アインズさんはゲストルームに、私は自室にそれぞれ戻って……で、今この日記を書いてます。
……書いてたらいい感じに眠くなってきた。
よし、もう寝……ああ、その前にお風呂入らなきゃ。忘れてた。
☆☆☆
「……ん……?」
日記を書き終えた後、部屋を出て、風呂に入りに来たラストは、ふと……脱衣場の別な棚の籠の中に、衣服が入っているのに気づいた。
どうやら、先客がいるらしい。こんな時間なので、もう他は誰も入っていないだろうと思っていたのだが。
『まあ別にいいか』と深く考えることなく、ラストは服を脱いで生まれたままの姿になり、アメニティからタオルを1枚持って中に入った。
するとそこには……思いもよらぬ先客がいた。
「あれ? マーレ?」
「え……えぇええっ!? ら、ラストにゃんにゃん様ぁ!?」
一応生物学上は『男』であるはずの、女湯にいるはずのない人物がそこにいた。
どういうことかと言えば単純な話で、ラストが男湯と女湯を間違えただけである。
以前、これと似たようなシチュエーションで、マーレが間違えて女湯に入ってきて、先に入っていたラストと出くわしてしまったことがあった。
この『空中庭園』の大浴場が、時々男湯と女湯が入れ替わることを知らなかったために。
今回は、逆。酔っぱらって気分がよくなって、しかしそのせいで判断力が鈍っていたラストが、日付が変わって男女の風呂が逆転していたことに気づかずにやらかした、というわけだ。
もっとも、また読書に夢中になって気づいたら夜中になっていて、こんな時間に風呂に入っていたマーレもマーレだが。
そして、自分が間違えて男湯に入ったことを理解したラストだったが……しばし考えた後、何事もなかったかのように、そのまま中に入ってきた。
困惑が倍になって『!?!?!?』と目を白黒させるマーレの隣に座って、平然と体を洗い始める。
ラストはと言えば、お酒が入っていて気分がいいし、今から女湯にいくのも面倒だし、眠いので早く風呂入って寝たいし、マーレ以外に誰が入っているわけでもないので、『まあいいか』と判断。そのまま男湯で汗を流すことにしたのだった。
1mも離れていないところでかわいそうなくらいに狼狽しているマーレへの配慮は、ない。
せめて前回のように、『混浴』設定にして湯浴み着を装着させればまだマシだったのかもしれないが、
(今回は私がやらかしちゃった側だからね~……それでマーレにも服着せちゃうのも悪いし、いいかこのままで。見たければ全然見てくれていいし)
そのマーレが全然よくないのだが。
さっきも言ったとおり、顔を真っ赤にして可哀そうなくらいに狼狽し……下半身をタオルで必死に隠しながら前かがみになっている。その理由は……言うまでもないだろう。
しかしそのマーレもマーレで……恥ずかしそうにしつつも……やはり『男の娘』とはいえ男ではあるからなのか、ラストの裸体に目は釘付けだった。
(ら、ラストにゃんにゃん様……すごく綺麗……。ぜ、全部見えちゃってるし……こ、こんなのダメなのに、目が離せないよぉ……)
横目でではあるが、ほぼほぼガン見で視線が外れない。自分の体を洗うのもおろそかになっている(現在タオルを使えないのも理由の1つだが)。
そして当然……酔っぱらっているとはいえ、そんなマーレの視線や態度に、高レベルのサキュバス系種族『九尾の狐』であるラストが気付かないわけもない。
(やっぱりマーレも男の子だなあ……目がおっぱいに釘付けだ。いやあ……この、性に目覚めて間もない、初々しいけど貪欲で興味津々、我慢が利かない感じの、『男の子』と『雄』の境目って感じの子って、ホントに美味しそうだわぁ……いかん、私もちょっとムラムラして来た)
その結果……サキュバス系種族としての本能なのか、特に意識していないのに、動作の1つ1つが必要以上に蟲惑的で艶めかしいものになっているラスト。
それにますます釘づけて、隠している(隠せていない)モノがますます大変なことになっているマーレ。最早体を洗うフリすら忘れている。
しかしそんな必死なマーレを見ているラストはというと、『ムラムラ』しつつも、頭はある程度冷静さを保っていた。
(このまま襲っちゃいたいくらいかわいいんだけど……どうもアインズさん、まだマーレに、例の『お相手』のこと、話してないっぽいんだよなあ……。つまり、マーレ自身の気持ちの確認もまだだってことだし……その前に私が手を出しちゃうのはさすがにまずいか……)
『ヤりたい盛りの男の子』として見れば、このまま誘えば多分イケるだろうとは思う。
しかし、よそ様の子であるのに加えて、勢いに任せてすっ飛ばすべきではない確認事項がいくつかある。それをおろそかにするべきではない。
ラストは自分の欲望的にもマーレに手を出したいのをどうにか我慢して、そのまま体を洗い終え……湯船につかる。
いつものようにブラッシングを頼んだり、洗いっこくらいはしてもいいかとも思ったが、今の状態で触れ合ってしまうと、どちらかが我慢できなくなってしまいそうだったので、今回はやめにした。
マーレはそこでようやく、体を洗っていた途中だったことを思い出したようで、慌ててボディソープをとって泡立て始めていた。
その後しばし経って、短めの入浴で済ませることにしたラストは、『それじゃ、お先に』と声をかけて、マーレより先に上がろうとして……
「あ、っと、すいませ……ら、ラストにゃんにゃん様っ!? な、何で男湯に!?」
「あ、クリムじゃん」
今まさに風呂に入ってきたところだった、クリムヴェールと鉢合わせた。
空中庭園所属の100レベルの
こんな遅い時間になっている理由はわからないが、普通に風呂に入りに来たのだろうが……そこで思わぬ相手と出くわしてしまい、こちらもマーレに負けじと一瞬で顔を真っ赤にしていた。
そして、体に巻いているタオルも、腰の部分が豪快に変形していて……それを見たラストの表情が、色気たっぷりな、飢えた獣の笑みに変わる。
小声で『ちょーどよかった♪』と呟いたのが、マーレにもクリムにも聞こえた。
そのままクリムのそばに歩いていき、耳元で何事かささやくと、さらに顔を赤くしつつも……こくりとうなずいた。
そして、今入ってきたばかりであるはずなのに……ラストと連れ立ってそのまま風呂から出ていく。
(えっ……? えっ、えっ、えっ? えっ!?)
それをぽかんと見ていたマーレだったが、扉の向こうに2人が揃って消えていったのをそのまま見ていた。見ているしかできなかった。
何かを求めるように、引き留めようとするかのように……無意識に伸ばした手は、何もつかむことも止めることもできなかった。
そのまましばし放心し……数十秒後にはっとして再起動。
「ま、待って……待って、ラストにゃんにゃん様……!」
体についた泡を流すのも忘れて、大急ぎで脱衣場に走って行って……しかしそこには、もう誰もいなかった。
「ら、ラストにゃんにゃん様……あ、あれって……これから、その……く、クリムヴェールさんと……そ、そういう…………ん?」
2人で消えたラストとクリムにこれから何が起こるのか、否、これから何をするのかに思い至ってしまい……顔色が赤くなったり青くなったりしているマーレ。体がわなわなと震えているのは、湯上りで寒いからではないだろう。
しかしその最中、ふとあることに気づいた。
脱衣場に置かれている、いくつもある籠。入浴する者が脱いだ服や着替えを入れておくためのものだが……そこに、『忘れ物』が1つ、ぽつんと置かれていたのだ。
向こう側が透けて見えるくらいに薄手の、上質な布で作られた、女物のショーツが。
今、ここは男湯である。こんな、女物の下着が、忘れ物であれ置かれているはずがない。
というか、マーレが来た時にはこんなものは間違いなくなかった。
それはつまり、これは……誰の忘れ物、誰が履いていたショーツかと言えば……
恐る恐る手に取ってみるマーレ。
『使用済み』であることがわかるように、少しだけ湿っていて、まだほんのり温かい。
数分後、マーレは体を流して泡を落とし、着替えて風呂場を後にしていた。
脱衣場には、マーレの服はもちろんとして……他には何も、忘れ物は残されていなかった。