オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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カルネ村は今日も平和

 

 

 冒険者・ニニャ……本名を『セリーシア・ベイロン』というその少女は、カルネ村にある『自宅』のベッドで目を覚ました。

 見慣れない天井を見て、一瞬『あれっ?』と思ってしまったものの、すぐに、つい先日引っ越したのだったと思い出した。

 

 同時に、自分のベッドのすぐ横に並べて置かれているもう1つのベッドを見る。

 そこはすでに空になっていて、丁寧に布団が畳まれていた。そして、別な部屋から、料理を作っていると思しき音が聞こえてくる。

 

 ニニャはすぐにベッドから出て、その音のする方に……この家のキッチンに行く。

 そこには……

 

「あっ、起きたのね、セリー。おはよう」

 

「おはよう、お姉ちゃん」

 

 簡素なつくりながらも清潔な服を着て、その上からエプロンをつけた姉・ツアレニーニャが……台所に立って朝食を作っているところだった。

 姉妹なのだから当然ではあるが、自分に似た顔で、穏やかな笑顔を見せるその姉の姿に……ニニャは改めて、今こうして、姉と一緒にいられる幸せを嚙み締めた。

 

 

 

 まだ自分が小さい頃……姉は、自分達が暮らしていた村を治める領主だった貴族に無理やり連れていかれてしまい、離れ離れになってしまった。

 それ以来、行方知れずで……ニニャが冒険者になったのは、魔法の才能があったからという以上に、姉を探すためというのが一番大きな理由だった。

 

 そんな姉と、最近になってようやく再会できた。

 冒険者として尊敬している、『漆黒の英雄』ことモモンが、王都での悪魔との激しい戦いを征して帰ってきた時に、連れ帰ってきてくれたのである。

 

 もっとも、彼が見つけたわけではなく……助けたのは彼の知人であり、あくまでモモン自身は送り届ける役目を引き受けただけということだったが。

 

 生き別れて以来ずっと探していた姉との再会。ニニャが涙を流して喜んだのは言うまでもないが……その後聞かされた内容に、ニニャは激しい怒りと悲しみ、悔しさを覚えた。

 

 先程、ツアレを『助けた』と言ったことからも分かるように、つい最近まで、ツアレは地獄のような場所で過酷な日々を送っていたのだ。

 貴族に『飽きたから』という理由で売り飛ばされてから……自分でも知っている凶悪な犯罪組織の下で、口に出すのもはばかられるような……自由も尊厳も奪われ、そのまま行けば、確実に最後には死が待っているような、凌辱の日々を。

 

 そこから救い出してくれたというセバスという老人や、傷心の姉を守りつつここまで送り届けてくれたモモンには、感謝しかない。

 

 また、ニニャとしては、その犯罪組織『八本指』や、姉を手籠めにした挙句に売り飛ばしてくれた貴族には、機会さえあれば復讐してやりたいほどの怒りを燃やしていたが――いち冒険者でしかない彼女にそれが可能かどうかは別として――そのどちらも、つい先頃王都で起こったというとある大事件の際に大打撃を受けてしまったらしい。

 

 組織は、壊滅こそしていないようだが大きく規模を縮小し、力を失い、風前の灯火。

 そして貴族については、悪魔によって見るも無残な殺され方をしたという。何とかという悪魔の遊びのターゲットにされた挙句、ルールを破って逃げ出してしまったことからその怒りを買い、体をバラバラにされて王都の空からまき散らされたとか何とか……。

 

 自分の手での復讐はかないそうにないが、それはそれで構わない。

 今はただ……この、姉と過ごす穏やかな時間を大事にしたい。毎朝、台所に立つ姉の姿を見て、ニニャが思うのはいつもそんなことだった。

 

 ……しかし、である。

 

「お姉ちゃん、大丈夫なの? 病み上がりなんでしょ? こんな朝早くから……ご飯なら私作るから、ゆっくり寝てていいんだよ?」

 

「平気よ。もうすっかり治った……というより、怪我も病気も全部セバス様に治してもらったんだもの。いつまでも怠けてなんかいられないわ!」

 

 先程も言ったように、ツアレはごく最近まで、死んだほうがマシなのではないかとすら思える程の地獄にいた。

 当然その体も無事ではなく、その貴族や、彼女を買った『客』によるひどい暴行を受けて、数えきれないほどの傷がその心身には刻まれていた。

 

 確かに体の傷は治ったのだろうが、心に残った傷はまだ癒えておらず、彼女を苦しめていることをニニャは知っている。夜、声を出さないように震えて耐える姉の姿を見て知っている。

 加えて、その時のつらい記憶からだろう。ツアレは男性恐怖症になっており……この村に住む、善良だとわかっている男達相手でも足がすくんでしまい、上手く話せなくなるほどだ。

 

 なお、傷を癒したのはセバスではなく、そのセバスの命令を受けて巻物(スクロール)その他を使ったソリュシャンなのだが……まあこれは置いておく。

 

 そんな姉を知っているからこそ、ニニャはまだまだ自分が支えるつもりでいたし、つらいのなら横になって療養していてくれていいのに、と思っていた。

 

 しかしツアレは、そんな心の傷を感じさせない笑みを浮かべて、

 

「こんなところでつまずいていられないもの。私、助けてくれたあの人に……セバスさんに恩返ししなきゃいけないから。そのために、一人前になってみせるって決めたんだから……!」

 

 ツアレが今、目下の目標にしていること。それは、自身を助けてくれたセバスという老人と共に働き、恩返しをすることだという。『さる御方』に仕える執事であるらしい彼は、ツアレのその気持ちを嬉しく思いつつも、『今のあなたでは私の職場に迎えることはできない』と厳しい現実を告げた。

 それは、彼女の心身の不調が理由であると同時に、単に彼女の能力や教養が足りていないこともまた理由であった。

 

 ツアレはその指摘を受け入れて……その上で心に決めた。

 一刻も早く社会復帰して、彼と共に働けるだけの教養や技術、その他必要な全てを身に着けたうえで……恩返しをするのだと。

 

 その為にこうして、朝は早起きして朝食を作り、日中は掃除をしたり、村の仕事の手伝いをしたりするなど、『社会復帰』に向けて努力し続けている。

 

 彼女を心配するニニャからすれば、『もう少しゆっくり傷を癒してからでも……』と思わなくもなかったが、結果としてつらい目に遭った過去を乗り越え、生き生きとして未来へ進んでいく活力を取り戻した姉を見るのは嬉しかったので、『ほどほどにね』と声をかけるにとどめている。

 

 また、ツアレは『恩返しするため』と言ってはいるものの……ニニャから見て、その目はどう見ても恋する乙女の目だった。

 

 一度、ツアレに差し入れを持って様子を見に来てくれたセバスを――その時のツアレは飛び上がらんばかりに喜んでいた――ニニャも見ているが……姉の思い人が結構なご年齢の老人だったことに何とも言えない気分になった。しかし、大恩があるのは本当だし、性格も優しく誠実実直な人物であることは間違いなさそうなので、別に嫌とかではない。

『まあ、姉さんが本気ならいいか……』と思うことにした。

 

 そのまま、顔を洗って服を着替える。着慣れた冒険者の、男物の服に。

 チーム内での不和を避けるためとして男装し、性別も偽っていたニニャだが、姉が戻ってきたことを機会として、先日、仲間達3人に真実を告げ、謝罪した。

 その際、3人ともとっくに気づいていたことを聞かされて自分の方が驚いて恥ずかしくなった一幕があった……というのは置いておいて。

 

 今でもニニャは、生活のために冒険者を続けている。

 男装するわけではないが、男物の服を着続けているのは、単に動きやすいからと、慣れているから。そして、これまでと同じように、自分が『漆黒の剣』のメンバーであるという自負ないしゲン担ぎのような理由からだった。

 

 姉が作ってくれた朝食を食べた後、片付けくらいは自分がやろうとしたが……結局皿洗いも姉に強奪され、苦笑しながら、自分は旅支度を済ませる。今日から数日かけて行う依頼に出るからだ。

 

 姉については、この村の村長であるエンリに頼んである。自分と年齢も変わらず、偉そうにすることもなく、村人1人1人のことを考えてくれる、信頼できる上役だ。

 それこそ、自分達のような新参者であっても、つまはじきにせず親身になってくれる。彼女なら姉を任せられる。

 

 ふと、振り返ると、皿洗いを終えた姉が物置(ウォークイン)に入っていくところだった。

 食事も片付けも済んだので、次は掃除でもやるのだろう。

 

 いつかの未来、姉の『社会復帰』と『職業訓練』が叶った時には……また、姉は自分の元から去っていくのだろう。

 しかしそれはきっと、貴族に攫われたあの時とは大きく違って……姉が幸せになるための一歩を踏み出すという意味だ。だからきっと、寂しいけれど、笑って送り出せる……と思う。

 

(その時まで……いっぱい、思い出作らなきゃ。早く依頼終わらせて、帰ってこよう)

 

「じゃあ、行ってきます、お姉ちゃん」

 

「行ってらっしゃい、セリー。気を付けてね」

 

 数日後、帰ってきたときには、姉がきちんと家にいて、『ただいま』と言ってくれる。

 その時のことを今から楽しみにしながら、ニニャはドアを開けて、外に出た。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「……という感じで、ツアレの回復は順調のようです。日常生活を送るくらいなら問題なさそうですね……まだちょっと夜、うなされることがあるようですが」

 

「ふむふむ……なるほど。報告御苦労さま」

 

「はっ!」

 

 スキルで召喚した眷属妖怪『管狐(くだぎつね)』からの報告を聞いて、ラストはうんうん、とうなずいた。

 

 ツアレ(とニニャ他)がカルネ村に移住した際、彼女達の周囲には、護衛を兼ねて、アインズが『影の悪魔(シャドウデーモン)』を、ラストが『管狐』を召喚して張り付かせている。

 何かあった時に彼女達を守るため、そしてどんな様子かを見守って報告させるために。

 

 なお、管狐とは、『死霊(レイス)』の動物霊版のようなもので、物理的な攻撃力は持たないが低位の陰陽術を使って攻撃や支援ができる妖怪である。

 アインズにとってのアンデッドと同じく、ラストがスキルで一日一定数まで召喚・使役できるため――しかも、触媒を用意すれば時間が経っても消えないものにできる――こういう、こっそり監視や護衛をする際に重宝していた。

 

 そしてツアレだが、あえて厳しめに設定して課したツアレへの試練であるが、自らに甘えを許すことなく、ツアレは精進し続けているようだ。このまま行けば、本当にナザリックでセバスの下に就く日も、そう遠くない……のかもしれない。

 

「恋する女の子は強いなあ……ああそうだ、強い女の子と言えば、エンリちゃんもなかなかどうして、なところあるみたいだね。こないだ新しく村長になったんでしょ?」

 

「はい。『角笛』で召喚されたゴブリン達の指揮官であることや、アインズ様との橋渡し役を担える人材であることを鑑みまして、村の者達からの要望で就任したようです」

 

「そっかそっか、皆頑張ってるねえ。そういう子好きだなー私」

 

 件の法国の偽装部隊の襲撃の際に両親を亡くしていながら、妹を守るため、気丈にふるまって農作業にいそしんでいたエンリの姿を思い出す。

 これもつい最近のことだが、あの『メカクレ男子』ことンフィーレアと恋仲になったという話も聞いた。この先きっと、お互い支え合って、お似合いのいい夫婦になるだろう。

 

 腕利きの薬師で、エ・ランテルの名士でもあるンフィーレアの移住――将来は村長の夫であろう――により、村と他の都市との流通も活発化しているようだし、カルネ村の未来は明るい。

 

「……それとラスト様。もう1つ……ツアレではなく、エンリ殿についての報告なんですが」

 

「うん? 何?」

 

 ふと思い出したようにそう切り出した管狐に、『何だろう?』と聞き返すラスト。

 

「先日、デミア様が村に配下の魔女(ウィッチ)を使者としてやり、エンリ殿の家……というか、ンフィーレア殿と、祖母のリィジー殿に『差し入れ』をしたことはご存じでしょうか?」

 

「ああ、それなら知ってるよ。ンフィーレア君達に、調薬関係のアドバイスをしてあげてるみたい」

 

 ンフィーレアとその祖母リィジーは、この世界においてはかなり優秀な部類に入る調薬技術を持つ人間である。その能力を生かして、アインズはその2人を雇い上げ、現地の素材でナザリックの……ないし、ユグドラシルのポーションその他の薬品を作る研究を委託している。

 ゆっくりとではあるが順調に進んでいるそうで、劣化こそするものの、かなり性能の高いポーションを作り出すことに成功しているようだ。

 

 そして、そのポーションその他の薬の開発において、ンフィーレア達が協力者ないし助言者として頼っているのが……魔法やアイテム研究の第一人者にしてラストの腹心、デミアである。

 たびたび今の進捗状況や課題について報告し(もちろんアインズに許可は取って)、助言を貰ったり、『これを使ってみて』と材料や実験器具を分けてもらっているそうだ。

 

 つい先日も、デミアからのその『差し入れ』があったそうで……それは普通にラストは聞いていたため、『それがどうかしたの?』と管狐に問いかける。

 

「その差し入れの中身がですね……いつも通りの素材や実験器具、交換用のパーツの他に……『夜の運動会』を楽しくするためのグッズがふんだんに含まれていたようでして」

 

「何やってんだあのエロ魔女」

 

 一瞬で三白眼+半眼になるラスト。

 

 しかも最悪なことに、ちょうどその時ンフィーレア本人は出かけてしまっており、代わりに在宅していた祖母のリィジーが受け取り、中身を開封したそうだ。

 当然、目に入る孫夫婦(予定)がこれから使って盛り上がる予定の玩具の数々。

 

 そしてよりにもよってそのタイミングで帰ってくるンフィーレア。遠い目をしている祖母の手にはなんと、凶悪な形をしている上に、魔力によって前後左右にヴィンヴィン動く〇〇〇が。

 

(地獄すぎる……っ!)

 

『ベッドの下に隠していたエロ本がお母さんに見つかって机の上に並べられている』以上の絶望的な絵面を想像してしまい、頭を抱えるラスト。

 

「……その後のンフィーレア君の家の様子はどう? 家族仲がヤバいことになってるようだったら、必要に応じて記憶処理班を向かわせるけど」

 

「いえ、幸いにもリィジー殿が『仲がよさそうで結構だけど、あんまり嫁さんに無茶させるんじゃないよ! こんなもんに頼らずに自分のを使いな!』と言って手製の精力剤を渡して笑い飛ばしていましたので、特に問題はないかと」

 

「強えーなおばあちゃん。まあよかったけど……」

 

「それと、ンフィーレア殿ですが、結局〇〇〇は使いませんでしたが……同梱されていたコスプレ用の衣装を使ってました」

 

「待ってあんたら何、覗いてたの? ンフィーレア君とエンリちゃんの夜の運動会を?」

 

「覗きではありません。護衛のための監視です。もちろんツアレの監視も怠らず行った上で、ンフィーレア殿の方は術で見ていましたので問題はありません」

 

「情報系魔法まで使って何やってんの……欲望に忠実だなあんたらも。誰に似たんだか……」

 

「………………」

 

「無言でこっちを見るな」

 

「ちなみにもう1つ報告しますと、その時使っていたのは『狐耳と狐しっぽの妖狐なりきりセット』だったようですが……ンフィーレア殿ですが、エンリ殿に着せたそれがなぜか『刺さった』ようで、いつもより興奮していたようです。なぜでしょうね?」

 

「………………」

 

 心当たりがあるラストが頭を抱えてため息をつく。

『いつもより』という言葉が出てくるということは、この(エロ)狐共は、『いつも』を知っている覗きの常習犯であるということになるのだが、それを指摘することもなく。

 

「しかもンフィーレア殿、その時タイミングよく、リィジー殿にもらった精力剤を使っていたので、いつもは体力の差でエンリ殿に搾り取られているところを、今回は攻守逆転してひぃひぃ言わせてました。お2人の声とベッドがきしむ音でネム殿が起きてしまいそうで心配になる音量だったので、静寂のまじないで防音しておきました」

 

「それは普通にナイス……でも……あー畜生、それ私も見たかったな! あの、メカクレで気弱で余裕ない感じの草食系男子が、いつもいいようにされてる幼馴染にひーひー言わせたのかあ……! 見たかった……っ!」

 

「ところでここに、『何かあった時のために』ということでラスト様に持たせていただいた映像記録クリスタルがあります」

 

「よくやった、褒めて遣わす」

 

「恐縮です」

 

「よし、仕事きり上げて『遊享郭』のシアター行くわよ、予約して。それと、今日の夜伽の相手、ンフィーレア君に変身できるドッペルにする。手配して」

 

「恐れながら、どちらも既にデミア様が手配済みです」

 

「マジかよ……勝てねーなあのエロ魔女の先読みには」

 

 

 

 なおこの数日後、保護対象である村の村長夫妻をエロコンテンツ扱いしたことがバレて、アインズに叱られるラストだった。

 

 

 

 

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