オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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ちょっといつもの時間より遅くなりましたが、今回から新章になります。

よろしくお願いします。


第5章 薄幸少女のシンデレラストーリー
ガール・ミーツ・ボーイ


 

 

 時刻は、夕方。

 場所は、帝国領内のとある場所にある、森の中。

 生い茂った木々の葉のせいでくらい道を、必死に急いで走っている小さな影があった。

 

(まずい、もう夜になる……! そうなったら、いよいよ逃げられない……!)

 

 少女の名は、アルシェ。両手で抱えるようにして持っている杖からも分かる通り、魔法詠唱者であり……帝国ではそこそこ名の知れた請負人(ワーカー)チーム『フォーサイト』に所属する1人である。

 現在、彼女は……その森の中で、迫りくる『追っ手』達から、必死になって逃げているところだった。

 

 

 

 事の発端は、フォーサイトに持ち込まれた、とある依頼だった。

 

 冒険者ではなくワーカーに持ち込まれる依頼というのは、何かしら、表に出せない要素を含んでいることがほとんどだ。犯罪すれすれの反社会的な仕事を任されることも珍しくなく、中にはすれすれどころか犯罪そのものな依頼もよくある。

 今回の依頼も、その類だった。

 

 依頼者は、帝国のとある貴族。自分の治める領内で、国際的な密輸組織がよくない取引をしているらしいので、それを調べてほしい、というものだ。

 取引の現場を押さえ、犯罪者を拿捕もしくは討伐してほしいとのこと。

 

 ただし、もしも取引をしているのが、自分の政敵である他の貴族の関係者などだった場合、拿捕や討伐はせず、証拠を押さえて報告するのみにとどめるように、とのことだった。

 その証拠をもって、今後、その政敵と色々と交渉をし、自分に有利な関係を築くための武器にするから……とのことだった。

 

 なるほど、犯罪がらみだというのに、正規兵ではなくワーカーを使いたがるわけである。

 

 依頼を受諾したフォーサイトは、半月近くかけてその組織を監視し続け……今日ようやく取引の現場を押さえると同時に、証拠となる品物を手に入れることにも成功した。

 

 また、取引していたのは貴族ではなかったので、拿捕または討伐が目標となるのだが……予想以上に手練れの護衛が多かったため、それは断念。無理せず証拠を持ち帰って報告し、後の対処は依頼人に任せる形にすることにした。

 

 しかし、撤退する直前になって、その護衛達に存在を気取られ、見つかってしまった。

 

 仕方なくフォーサイトは強行突破で逃げようとしたが、護衛についていた者達が想像以上に手強かったのがさらなる誤算だった。

 1人1人がそれなりに戦える、手練れの戦士あるいは暗殺者と見られた。個人個人の『質』では勝っていただろうが、人数で負けている現状、このままでは押しつぶされてしまう。

 そう思って素早く判断したヘッケランの号令により、煙幕で視界を遮ったと同時に、4人全員が散り散りに逃げることになった。

 

 それが、今から1時間近く前の話だ。

 

(みんなは……無事に、逃げられたかな……?)

 

 一言で言ってしまえば、アルシェは今回、運が悪かった。

 

 本来であれば、魔法詠唱者であり、飛行の魔法が使える彼女は、4人の中で最も離脱・逃走がしやすいはずだったのだが……散会した後、アルシェは間もなく見つかってしまい……複数人の暗殺者が追いかけてきたのだ。

 しかも彼らは足が速く、森の中で『飛行』のスピードを出せないアルシェでは逃げ切るのが難しかった。仕方なく応戦し、魔法をいくつか叩き込んで追ってこれなくした後で、再度逃げだした。

 

 しかし、その戦闘で予想以上に多くの魔力を使ってしまった。

 最初に強行突破しようとして失敗した時の戦闘で使用した分も合わせると、残りの魔力量がもう心もとない。

 森がまだまだ続いていること、森を抜けても人里までまだ距離があることなどを考えれば、節約しなくてはいけない。

 

 しかし今日、アルシェはどこまでも運が悪かった。

 

 数分後。

 

「ようやく追い詰めたぞ……手こずらせやがって」

 

 アルシェは、崖を背にして逃げる場所をなくし……追いついてきた暗殺者達に、追い詰められてしまっていた。

 

 森の中を走っていたところで、突然開けた場所に出たと思ったら、そこから先の地面がなかった。

 木立で見えづらいが突然崖になっているそこに、危うく突っ込むところだったアルシェ。落下こそ避けたものの……驚いている間に、後ろから追ってきた者達が来てしまったのだ。

 

 しかも悪いことに、暗殺者の中には魔法詠唱者もいた。しかも複数だ。

 魔法には、威力は低いが必中の性質を持つものもいくつも存在する。これでは、飛んで逃げようとしても撃ち落とされてしまうだろう。

 

 暗殺者達は、自分を捕らえるためにじりじりと包囲を狭めてくる。

 抵抗しなければもちろん捕まるだろう。しかし、抵抗したとしても勝率は決して高くないし……最悪、生け捕りを諦めた彼らによって殺されることになる。

 

(ウレイ、クーデ……。私は、こんなところで死ぬわけにはいかないのに……!)

 

 家に残してきた妹たちの無邪気な笑顔が頭をよぎる。彼女達のためにも、2人を残して自分がいなくなることはできない。

 一か八か覚悟を決めて、アルシェが踏み出そうとした……その時だった。

 

 

 

 ―――ズドォン!!

 

 

 

「「「……!?」」」

 

 突然、アルシェと暗殺者達のちょうど中間に、何かが落下、いや飛来して来た。

 そして、『着地』というよりも『着弾』と言った方がよさそうな勢いで地面に降り立ったというか激突したというか……ともかく、攻撃魔法かと思うような勢いであった。

 

 あまりにも突然のことに、双方が呆気に取られている前で……その爆心地に、俗に言う『スーパーヒーロー着地』で降り立ったのは……やや小柄な、1人の少年だった。

 

 短めの銀髪に、中性的な顔立ち。年のころはアルシェと同じくらいか、少し上という程度に見える。

 上下黒の服を着て、その上に深緑色のマントを着けていた。着地の勢いでマントがぶわっと上に舞い上がり、しばらくして下に降りて来て体を包んだ。

 

 しかし、何より特徴的なのは……

 

(耳が、長い……エルフ?)

 

 彼女の仲間の1人であるイミーナと同じ、長くて尖った耳。エルフやダークエルフといった一部の亜人に共通して見られる、俗に『エルフ耳』とも称される特徴。

 

 そしてもう1つ。ゆっくりと開かれたその双眸は……左右の瞳が別々な色になっていた。

 右目が、夜の闇を思わせる漆黒。左目が、闇を押しのけて見えそうなほど明るく輝く金色だ。

 

 その少年は、ゆっくりと立ち上がると……着地の時には何も持っていなかったはずなのに、いつの間にかその両手に、黒光りする刀身の双剣を持っていた。

 そして、ゆっくりと左右を……アルシェと、暗殺者達の姿を交互に見て、言った。

 

「えーと、これは……僕の敵は、どっちなのかな?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 数分後。

 

「助けてくれて……ありがとう。感謝してる」

 

「いえいえ、どういたしまして。ことのついでだし、気にしないで」

 

 暗殺者たちは、少年……エオンによって一掃され、現在は拘束され連行されているところだ。

 そして、エオンとアルシェは、並んで歩いて森の外を目指している。ついでだからということで、エオンが最短ルートで外に出る案内を買って出た。

 

 遡ること数分前、『どっちなのかな?』の直後、暗殺者たちは、見られたからには生かしておけないとして、アルシェもエオンも一緒に殺そうと襲ってきた。

 しかし、それで『こっちが敵か』と理解してしまったエオンが、その場で目にもとまらぬ速さで双剣を振るい、暗殺者たちのほとんどを叩き伏せた。

 

 かかってこなかった残りは、突然のことに驚きつつも、魔法でエオンを攻撃しようと狙ってきたが、それらの魔法……電撃や火球は、エオンに直撃するかと思われた瞬間に、幻のように消失してしまった。

 何が起こったのかわからず困惑する彼らに対し、お返しとばかりにエオンが使った『魔法の矢(マジックアロー)』が5本同時に(・・・・・)放たれ、弓矢使いや魔法詠唱者もあっという間に全滅させた。

 

 その後、植物を操る魔法を使い、頑丈なツタで暗殺者達を縛って拘束した後、地面からゴーレムを作り出し、それに今運ばせている。

 ゴーレムは、エオン達が歩いている後ろをぴったりとついてきている。気になるのか、時折アルシェがちらちらと後ろを振り返っていた。

 

「……聞いてもいい?」

 

「うん?」

 

「あなたは……何者? プレートがないから、冒険者じゃないようだけど……」

 

「んー、まあ、確かに冒険者じゃないね。登録もしてないし。傭兵というか……用心棒、みたいなもんかな」

 

「用心棒……誰かに雇われてるの?」

 

「……聞きたい?」

 

「っ……! ……いや、いい」

 

 深く探ろうとはせず、アルシェはすぐに好奇心を引っ込めて口を閉じた。

 口ぶりから、あまり深く聞いてほしくなさそうだと悟ったからだ。

 

 危ない所を助けられ、恩を感じているから、詮索はやめて素直に引っ込んだというのもあるが……それ以上に、アルシェは前を歩く少年のことを、恐れていた。

 それこそ、若干の失礼を承知で……先ほどまで追われていた、暗殺者達よりも。

 

(『エオン』……聞き覚えのない名前。少なくとも、このあたりで活動しているワーカーや傭兵じゃないはず……『第5位階』の使い手なんて、裏であれ表であれ、噂にならないはずもないし)

 

 アルシェの持つ『生まれながらの異能(タレント)』は、相手の魔力の大きさをオーラのような形で見ることができる『看破の魔眼』というものである。その目には今、前を歩く少年の体から放たれている……自分とは比べ物にならないほど強大な魔力が、文字通り見えていた。

 ごくり、とつばを飲み込んで喉が鳴る。

 

(助けてくれたし、悪い人ではなさそう、だけど……この森を出るまでの付き合いだし、深入りはしない方がいい、か)

 

 なお、アルシェはあずかり知らぬことではあるが……エオンの本来の位階は、もちろん第5位階どころではない。アイテムで隠蔽しているだけで、実際は現在……第9位階にまで至っている。

 

 無論、この世界における強さの基準を考えれば、第5位階というだけで大きく注目を集めるものだろうが……エオンの立場上、そのくらいのインパクトの大きさはあった方がむしろ色々と動きやすいため、見せ札としてこのくらいまでの隠蔽にとどめていた。

 また、『第5位階』という大きなインパクトを与えておけば、まさかこれが隠蔽されたステータスで、本当はこれ以上だとは疑われにくいだろう、という思惑もある。

 

 

 

 その後、無事に森を抜ける直前で『フォーサイト』の面々と合流することができた2人。

 

 ヘッケラン達はエオンに、仲間を助けてくれたことについて礼を言いつつ、何か謝礼として返せるものがないか尋ねたが、エオンは『ことのついでだから』とそれをやんわりと辞退した。

 そこで4人と別れ、来た時と同じで、ゴーレムに暗殺者達を拘束させて運ばせつつ、森の奥に去って行った。どうやら外には出ず、森を突っ切って帰るようだ。

 

 実際は、アルシェ達の目がなくなったところで、『上位転移(グレーターテレポーテーション)』……多数での転移が可能な魔法を使い、捕縛した暗殺者達と一緒に一瞬でその場から消えたが。

 第5位階に偽装している今は、人前で第7位階の魔法を使うわけにはいかない。

 

 そうとは知らないフォーサイトの4人は、エオンを見送った後、『災難だったな』と、軽口で雑談しながら帰路についていた。

 

 今回の依頼、当初の予定だった『捕縛または討伐』は出来なかったため、達成報酬を満額貰うことはできないかもしれない。そもそもその一味である暗殺者達はエオンが連れて行ってしまった上に、それらが持っていた証拠品も一緒に持って行ってしまった。

 しかし、フォーサイトはフォーサイトで『取引が行われていたこと』『その参加者が誰であるか』を示す証拠品は独自に確保していた。これらがあれば、依頼失敗ということにはならないだろう。

 

 そもそも今回の依頼は、相手が危険すぎた。4人とも欠けずにまた揃うことができただけでも儲けものだと思うべきだ、とヘッケランがまとめて、他3人もそれに頷いた。

 いるかどうかはわからないが、幸運の神様と……それから、善意で助けてくれたあのエルフに感謝しておこう、と。

 

 なお、その帰路でのこと。

 

「はぁ!? 第5位階!? マジかよそれ……」

 

「マジ。この目で見た。……私の勘違いや、見間違いでなければだけど」

 

「あなたの目は信頼してるわよ。でもそれだと……思った以上にとんでもない奴だったのね」

 

「見たところ、アルシェとそう変わらない年齢に見えましたが……いや、エルフであれば、見た目以上の年齢ということもあり得ますか。しかし、それにしても第5位階とは……」

 

 この世界において、人類が到達できる魔法の最大値は、第6位階であり……そこに至っているのは、帝国が誇る『逸脱者』こと、フールーダ・パラダインただ1人。その実力は、帝国全軍と同等とまで言われている。

 位階1つの差はあるが、あの少年(見た目)は、それに近い実力者だということだ。

 

「しかも、連中と戦った時、彼は魔法で作り出した武器を使って、接近戦で返り討ちにしてた」

 

「凄腕の魔法詠唱者のくせに武器も使えんのかよ!? おいおい、そりゃ俺みたいな前衛の立場がねえぞ……」

 

「比べても仕方ないでしょうが。でも、いるところにはいるもんなのね……そんな、天が二物も三物も与えたような人……いや人ではないんだけど」

 

「しかも、その……武器を作り出した、と言いましたか? 魔法でそんなことまでできるものなのですか? 生活魔法で調味料や紙を作ることができるのは私も知っていますが」

 

「第4か、第5位階に、そういう魔法があるって聞いたことがある」

 

 実際にはエオンが使ったのは、第7位階の『上位道具創造(クリエイト・グレーターアイテム)』である。もっとも、見ただけでは見分けがつかなくとも仕方がないだろうし、エオンも『わかんないでしょ』と思ってやっているのだが。

 

「しかし、そんな怪物、しかもエルフかハーフエルフが、どうしてこんなところに……認識票がなかったから、冒険者じゃなさそうだったな」

 

「それとなく聞こうとしたけど、言いたくなさそうだったから……深掘りはやめた」

 

「まあ……それが賢明でしょうね」

 

 第5位階の使い手……フォーサイトが全員でかかっても勝てないであろう相手に対して、不興を買いかねない真似をするべきではない。意見を一致させた3人だったが……

 

「………………」

 

 イミーナだけが、何か気になることがあるようで……何やら考え込んでいる様子だった。

 それに目ざとく気付いたヘッケランが『どうかしたのか?』と聞くと、イミーナは、言うべきかどうか考えたのだろう、少し迷って……。

 

「ええと……ちょっと気になった程度の話なんだけど……ね?」

 

 その後、イミーナの話を聞いた3人は、一様に『うわあ』という顔になっていた。

『左右で目の色が違う』という特徴は、エルフや一部のハーフエルフの間では『王の相』と呼ばれ……エイヴァーシャー大森林の中にあるエルフの王国の、王族のみが持っている特徴である、とされている。

 

 さらにもう1つ。これは噂程度に、他のメンバーも知っている話だったが……そのエルフの王国で最近何やら大きな政変があったらしく、美しいエルフの女王が即位し、これまで関係が冷え込んできた他国や、戦争をしていた法国と国交を回復しつつある、と。

 

「もしかしたら私……大変な人と会った、のかも?」

 

「いやいやいや……まさか、な? そんな……エルフの王族がこんなところにいるわけねえだろ、常識的に考えて。森の中からほとんど出てこないって話だしよ」

 

「ええ、まあ……しかし、王族でなくとも、縁戚の貴族などであればあるのかもしれませんね……王国にも、貴族でありながら冒険者をしている方がいるらしいですし」

 

「もし本当に王族だったら……知り合いになっておけば、いいパイプができたと思う?」

 

「いや……どう考えても厄介ごとや面倒ごとに巻き込まれる可能性の方が高いし怖ぇ。少なくともこっちから近づくのはなしだ。いやまあ、もちろん王族だって決まったわけじゃないにしてもな。どっかで火遊びした結果生まれたご落胤か、あるいはマジで偶然、そういう特徴を持ってるだけの一般エルフって可能性もあるからな」

 

「まあ……どの道もう会うこともないでしょうし……」

 

 苦笑しつつ、そう言ってこの話をまとめた最年長のロバーデイクだったが……数日後、その予想が見事に裏切られる結果となることを、まだこの時は誰も知らなかった。

 

 

 

 

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