参考までにどうぞ。
依頼を達成した後、数日かけて移動して帝都に帰ってきたアルシェ達。
そのまま解散し、アルシェは自宅……貴族街にある邸宅に戻ってきた。
本来ならば、『鮮血帝』の大粛清で身分をはく奪され、貴族家でなくなった自分達フルト家は、ここに住むべきではないし、住むことはできないはずだった。
しかし、貴族としての実態もないくせに未だにぜいたくな暮らしをやめようとせず、浪費するために借金を重ねる両親の見栄のおかげで、アルシェと、その妹2人も含めて、フルト家はここから離れることができずにいる。
アルシェが帰ってきた直後にも、またひと悶着あった。玄関を入ってすぐのところに、見覚えのない調度品が増えていたのだ。
居間にいた父に聞けば、名のある芸術家が作ったものを取り寄せて買ったのだという。……また借金をして。
いつものように、無駄遣いをたしなめるアルシェ。しかし父親は、それまで穏やかに機嫌よく話していたのが嘘のように、瞬間湯沸かし器のように語気を荒げて反論する。
いつかあの愚かな皇帝が倒れれば、フルト家はまた貴族として再興するのだと。
その時まで、貴族としての暮らしを保ち、あの愚か者に『我々は屈しない』という抵抗の意思を見せつけていかなければならない。これはそのための投資なのだと。
もう何度も繰り返されたやり取りに、アルシェは呆れて声も出ない。
そろそろ、肉親というだけでこの2人を許すのも限界だった。
先日など、とうとうフォーサイトが集会場所にしている店にまで借金取りがやってきて、ヘッケラン達3人にこのことを知られてしまったのだ。
それ自体は……情けなく、恥ずかしい気持ちはあるものの、3人とも邪険にするどころか自分を心配してくれて、ありがたいと思えた。
同時に、心に決めた。
いつか、いや近いうちに必ず、この家を出て行こうと。妹達を連れて、この両親から、沈みゆくことが確定している泥船から離れようと。
意味も中身もないやり取りを早々に切り上げ、自室に戻ろうとするアルシェだったが……1つ、気になったことがあった。
実はアルシェは、今しがた帰宅した時に……家の門のところで、見知らぬ男とすれ違ったのだ。
身なりのよさそうな男だったが、貴族や軍人という感じではなかった。市井の民……の中でも上澄みの豊かな商人、というような雰囲気だった。
それが誰だったのか父に聞くと、商人ではなく、新しく付き合いを始めた金貸しだという。
以前から利用している別の金貸しは、『一旦返済してもらえないとこれ以上は貸せない』と言ってきて、新規の借り入れができなくなっていた。
『我がフルト家のために資金を提供する名誉を断るとは!』などと程度の低い逆ギレを見せていたアルシェの父。しかしどうやら、貴族時代の知人の紹介で、新しい金貸しを見つけたらしい。
今でさえ借金が焦げ付いているのに、まだ借金を重ねるのかと呆れるアルシェだったが、
「だが、これはこれで幸運だったかもしれん。庶民として立場のわかっていない前の金貸しよりも、今回の金貸しの方が明らかに優秀だからな」
「優秀? 貸してくれる金額の限度が大きいとか?」
だとしたら逆にアルシェとしては要注意なわけだが、父から帰ってきたのは全く別な、予想外の答えだった。
「それもあるが……何といっても、返済にかかる事柄が良心的なのだ。今回の契約では、どれだけの金を借りても月々の返済額は一定でいいらしい」
「月々の額が一定……? そんなことが可能なの?」
「ああ、ちゃんと契約書にも書いてあるぞ。そんなに気になるなら見てみるか?」
アルシェが、父から差し出された紙面……契約書の写しを見ると、確かにそこには、そのとおりの文言が書かれていた。割り印も押してある、正式な書類だ。
何度か目を通しては見たものの、特に不審な点は見つからない。返済に関する事項が独特で、妙に『良心的』である以外は、普通の貸金契約書だ。
「……話は分かった。けど、借金には変わりないんだから……あまり借りすぎてはだめ」
「ふん、大きなお世話だ。子供が親の買い物に口を出すとは、淑女としての自覚が……」
また中身のない説教を始めるアルシェの父。
借金を返しているのが、他ならぬその『子供』の稼ぎからであり、自分は何もせずにいる穀潰しであるという点に目を向けるつもりはないらしい。
あきれ果ててものも言えないアルシェは、適当に聞き流した後、部屋を出た。
そして、廊下で待ち構えていた妹達が抱き着いてきたのを受け止めつつ、心身の疲れをいやすために部屋に戻るのだった。
☆☆☆
その翌日。
疲れから少し寝坊したアルシェは、屋敷の外が妙に騒がしく感じて目を覚ました。
起きて、使用人――貴族家だった頃からの縁と好意で今も働いてくれている――に話を聞いてみると、つい最近、近所の邸宅の1つが買われ、そこに引っ越してきた者がいるという。
粛清の折、多くの貴族が手放してしまい、高級住宅街だったにもかかわらず、すっかり空き家だらけとなってしまっていたところに、新しい入居者とは誰だろうか。
気になったアルシェは、散歩がてら外に出て、それとなくその家を見に行ってみた。
といっても、まじまじと見ようものなら不審者扱いされても文句は言えない。なので、遠くから見てみる程度にするつもりだった。
少し歩くと、その家は見えて来た。
アルシェの記憶では、他の空き家となった家々と同じで、手入れがされなくなった結果、庭の草木は伸び放題で、壁などもあちこち壊れたり汚れたりしていたはずだったのだが……遠目からでも分かるほどきれいになっている。
破損個所は修繕され、門などは……修繕ではなく、どうやら新しいものを設置したようだ。
金属の輝きや重厚さが違う上に、魔法詠唱者であるアルシェには、その門が防犯用のいくつもの魔法をかけられたマジックアイテムだとわかった。しかも、それと同じような設備が、見える範囲だけでもあちこちに設置されている。
引っ越してきたのはよほどの大富豪なのか、それとも高名な魔法詠唱者なのか……アルシェがそんなことを考えながら、その家の庭を遠目に見ていた時……
「……えっ?」
思わず声が出た。
その家の庭に……見知った人物を見つけてしまったから。
しかも、その当の本人と、この距離であるのに目が合って……こちらの存在に気づかれた。
向こうも自分の方を見て、『あれ?』という顔になっていたから、間違いはないだろう。どうやら、自分の顔を覚えていてくれたらしい。
アルシェも彼のことを覚えていたのでおあいこではあるが、出会い方が中々に鮮烈だったのに加えて、銀髪、長くとがった耳、そしてオッドアイという特徴の数々は、そう簡単に忘れられるものではない。この短期間で忘れろという方が難しい。
直後、数百mは距離が離れていたはずの、邸宅の庭にいたその少年が……アルシェの目の前に突然現れた。おそらくは、転移魔法で。
「ひゃっ!?」
「あっ、と……ゴメン驚かせて。ええと、4日ぶりだね…………名前忘れた、ごめん」
「……アルシェ。うん……4日ぶり。あの時は世話になった、ありがとう……エオン」
むしろあの後、『もう会うことはないのだから忘れよう』と思っていたのだから、別に気にすることなどないはずなのに……彼が自分の名前を忘れていたことに、少しだけ『面白くない』と自分で思ってしまいつつ、アルシェは改めて自己紹介し直した。
なお、その理由について、彼女の中で……まだ、自覚はなかった。
お互い、今日は仕事が休みで暇だということもあり……近くの公園地のベンチで雑談することにした2人。
そこで聞いた話では、エオンは、帝都に店を構えるとある魔道具店の
もっとも、帝都に来たのは最近……ここ数日のことで、それより前はもっと遠くで暮らしていたらしい。魔法技師として作った商品(アイテム)だけを、その店に卸していたと話した。
しかし最近、色々と事情があって帝都に移り住むことになったのだが……その際に社宅として店が用意してくれたのが、この邸宅だった。敷地が広く、リフォームの際に工房など諸々を増設してもおつりがくるだろう、という理由で。
技術者1人のために家一軒、それも高級住宅街の邸宅を用意するその『大店』の気前の良さに驚くアルシェだったが、彼が第5位階を使用可能な魔法詠唱者であることを考えれば、むしろ当然のことか、とすぐに思った。
第5位階の魔法を使って作り出される魔法のアイテムなど、さぞかし高品質な逸品が出来上がり、その店に利益をもたらすだろう。そのための投資と思えば、決して高い買い物でもない。
……どこかの誰かの家の、全くリターンの見込めない、実態が浪費でしかない『投資』と違って。
「あ、そうだ、せっかくだから……ちょっと待ってて」
そう言ってまた、エオンが転移魔法で消える。
しかしいなくなっていたのはほんの十数秒で、きょとんとしているアルシェの目の前に、すぐにまた姿を現した。その両手に何か、やや大きめの手提げ袋のようなものを持って。
「これ、引っ越しのご挨拶ってことで、よかったら貰って」
「くれるの? あ、ありがとう……」
おっかなびっくりそれを受け取って、中身を見ると……そこには、2つのものが入っていた。
1つは、帝都でも有名な焼き菓子店の、贈答用のお菓子の詰め合わせだった。もともと今言った通りの『引っ越しの挨拶』として近所に配るために用意したものだったらしい。
事前調査不足だった結果、近所は空き家だらけで余ってしまったので、どうしよう、自分で食べちゃおうか、と思っていたそうだ。アルシェの家は近所というにはやや遠いが、ちょうどいいのでよかったら貰ってほしい、と。
アルシェも年頃の女の子である。甘い美味しいお菓子は好きだし、これは妹たちも喜ぶだろう。ありがたくもらうことにした。
しかし、入っていたうちのもう1つ……これが
何に使うものなのか、パッと見ただけではわからなかった。
取り出して見ると、鶏の卵くらいの大きさの、ガラスか何かでできた球体で……四角くて小さい金属製の台座のようなものとくっついている。ただの置物だろうか。
しかし手に持ってみると、魔力が込められているアイテムだとわかった。
「これは……?」
「照明の魔道具。2m四方くらいなら、夜でも本が読めるくらいには明るく照らせるくらいの光量で……事前に自分の魔力を込めて『所有者登録』しておくと、その魔道具の近くにいる時、念じるだけでオンオフの切り替えができる。1日あたり2時間まで連続して使えるよ」
聞いてぎょっとするアルシェ。
どうやら『
恐らくは、彼が『技術者』として作ったものなのだろうが、それこそ値段をつけるとすれば、父が普段買っている無駄な芸術品などよりもよほど……
「こ、こんな高価なもの、貰うわけには……」
「いいのいいの。……別に、売り物ってわけでもないから」
「? どういうこと?」
「いや、それ実は、店に卸す商品の開発中に、練習で作った試作品の1つなんだ。店で売る正規品は1日当たり6時間連続で使える仕様なんだけど、それに比べたら全然だし、売り物にはできない……けど捨てるのもったいなくて、なんとなくとっておいたんだ。……そんなの押し付けちゃってむしろゴメンというか」
「い、いや、別にそんな……」
「あー、アレだよほら、試供品ってことでもらってくれていいから、もし気に入ったら、あるいは他にも色々取り揃えてるから、興味があったら店の方にも来てね、ってことで」
彼からしたら『あまりいいものではない』品物を渡した形になるからか、若干ばつが悪そうにしているエオン。
アルシェとしてはそれでも気がひける思いだったが、特に裏はなさそうだということもあり、『それなら……ありがとう』ともらうことにした。
その後、少しだけ雑談してから、2人とも朝食がまだだったことを思い出し……これからご近所としてよろしく、と改めて挨拶して、解散。2人それぞれの家に戻っていった。
なお、アルシェが持ち帰ったお菓子は、アルシェ自身も思わず笑顔になってしまうほど美味しかったのに加え、双子の妹達にも大変好評だった。
前日に喧嘩していたということもあり、父と母には内緒で、3人でこっそり全部食べた。