オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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原作350年前 城下町の住民達

 

 

【異世界転移 50年目】

 

 この異世界に転移して来てから、もう早いもので半世紀が過ぎた。

 ……いや、ホント気が付けばあっという間だったな……半世紀だよ半世紀。50年。

 

 転移前の自分が人間として生きたのがせいぜい25年くらいだったので、もう人間だった頃の倍くらいこの世界で生きてしまったことになる。

 

 もうそろそろ人間だった頃のことを思い出すのもちょっとずつ難しくなりつつあるわ……

 楽しい思い出とか、ユグドラシルのゲーム内のことならともかく、クソみたいな思い出しかないリアルの仕事のこととかはもう、割とさっぱりしちゃっております。

 

 そしてその分、異形種としてなじんで……というよりむしろ『開き直って』来てる感じがあるかもね。

 人間だった頃には思いつきもしなかった、あるいは思いついてもまずやらなかったであろうことも……『自分は九尾の狐だから』『ラストにゃんにゃんだから』ってあっさり自分を納得させて、実行に移せることが多くなった。

 それが例え、普通に考えて『非人道的』だと言わざるを得ないようなことだとしても。

 

 半世紀も異形種やってると、そういう選択や決断を迫られる場面にも相応に多く遭遇するんよ。

 

 例を挙げようとすれば色々あるけど、まず一番は何といっても……子供を産んだ数だなあ。

 もちろん、私が。自分で。

 

 ちょくちょくやってくる『発情期』。最初の頃より多少ペースは穏やかになったと思うけど、それでも月に複数回『あー、ヤりたい』って感じになってしまうので、その時はきちんと我慢せずその都度発散・解消している。

 そしてその際、避妊するかどうかはぶっちゃけ気分次第である。気分じゃなかったらそのままコトに及んで、そして結構な確率で妊娠する。で、そのまま産む。

 

 その時は例によって『フーリーの花園』を使うので、妊娠発覚したその日のうちに出産まで終わって、翌日からまた元通りの日常に戻るわけだ。

 

 節操なしにそれを続けてきた結果、私がセックスから妊娠して子供を産む頻度は、平均で大体、月に1人いるかいないか、くらいである。

 それ以上産む時もあれば、気分じゃないからということで避妊して、子供は作らないようにしてヤる時期もある。あくまで平均だ。

 

 ……平均だとしてもとんでもない頻度だよね。月1って……ネズミじゃないんだから。

 

 このペースで子供作って産んで、また作って……を繰り返してきた結果、この半世紀で私が生んだ子供の数は、軽く500人を超えている。

 

 さらにその子供たちの中には、結婚して子供ができた者もそれなりに多くいる。……すなわち、私にとっての孫である。

 さらにさらに、そのまた子供が……わたしにとってのひ孫が生まれた家すらもある。

 

 半世紀も経っていれば、そりゃ世代の2つや3つはまたぐだろうしね……特に何もおかしなことは起こっていない。

 おかしいのはただ単純に、私が子供産んでるペース、それだけだ。

 

 私も最初の頃は、さすがに『どんなペースで子供作ってるんだよ私……?』って頭を抱えて唸ってた記憶が結構あるんだが……さっきも言った通り、半世紀だからね。

 すっかり今となっては慣れてしまって、『家族が増えるのは賑やかになって嬉しいじゃん?』とか、『戦力アップにもなるしいいじゃない』とか、しれっと考えてたからね。

 

 それに加えて、それだけ人数、というか人口が増えてしまっても、それを余裕で受け止められるだけの()があるのも大きいと言えば大きい。

 

 この『ニューコロロ空中庭園』は、前にも何度も言ったように『都市型』の拠点である。

 特徴として、定期的に『税金』という形で収入があるため、コスト的に運営・維持が楽であること。そして、この転移後異世界での仕様として、人口が増えるほど『税金』収入も大きくなるらしいこと。これらについても既にわかっている。

 

 そして、『都市型』というだけあって、城下町的な形で拠点にくっついている『都市』の部分があるわけだが……ここが結構どころじゃなく広い。

 収容人数は相当多く、それこそ万単位で人を住まわせられるポテンシャルがある。

 

 まあうちに限らず、ユグドラシルの大規模なギルド拠点って、それこそ引くほど、不必要なほど広いんだよね。

 

 そもそもユグドラシルにおいて、ギルドホーム、特にダンジョンを攻略・占有して作るタイプのそれは、ただ単にそのギルドの拠点ないしギルメンの憩いの場……っていうだけじゃない。

 他のプレイヤーや、敵対するギルドによって攻め込まれ、戦場になることを半ば想定されている『防衛拠点』である。

 

 加えて、いざバトルになれば、第10位階魔法や超位魔法、それに匹敵する近遠距離のスキルが縦横無尽に飛び交うわけで。

 視覚的な迫力がヤバいのはもちろんだけど、高レベルの魔法やスキルは攻撃範囲がアホみたいに広いものも数多くある。そんなのを狭い戦場でぶっ放そうもんなら、フィールド全部が攻撃範囲に飲み込まれて、回避も防御もろくにできずに敵も味方も大パニック……なんてことにもなりかねない。

 ……戦略としてあえてそういう『狭すぎる戦場』を用意するとかならアリかもしれないが。

 

 そのため、ユグドラシルにおいて、戦場となるフィールドは、基本的にある程度以上に『広い』あるいは『広くできる』ようになってる場合がほとんどなのだ。もちろん、ギルド拠点の内部も含めて。

 

 で、話を戻すんだけど……この『ニューコロロ空中庭園』について。

 うちは、私達ギルメン及びNPCの根城である『城エリア』と、都市の住人が住んでいる……という設定の『城下町エリア』の2つに分かれている。

 なお、エリア名は正式に決まっているわけじゃなくて、私が勝手にこう呼んでるだけです。

 

 仮にも『都市の住民が住んでいる』という設定のエリアだけあって、城下町エリアはかなり広い。

 それはもうホントに、不必要なほど広い。さっきも言ったけど。

 

 ギルド拠点として凝った作りにすべく、飾り立てようとしたところで……確実に持て余すほど広いのだ。うちの『城下町』は、

 

 こんな広さの場所を『生かした』ものづくりができるとしたら……私の知る限りだと、ブルー・プラネットさんくらいのもんじゃないかな。

 

 以前、ナザリックに招待されて遊びに行った時に、第6階層の大樹海を見たことあるんだけど……あれと、その上空に広がる星空を作り上げたあの人ならあるいは……いやでもどうかなあ。ここ、あの樹海のさらに数倍広いんだよなあ……。

 

 まあそんな感じで、実際に持て余してしまい、デフォルトで置いてあった建物型モジュールが放置されていただけだったこの『城下町』なんだが……実際に人を住ませると考えれば、その広さはそれはもう頼もしいものだった。

 私がポンポン生んだ500人以上の子供達のうち、『独り立ち』したほとんどがこの城下町に暮らしている。

 

 そして、それに加えて……私達は、この城下町をまた違ったやり方で利用することを始めた。ついでだから、それについても今ここで話しとこうか。

 

 転移後1年を過ぎた頃から始めたことなんだけど……ギルド拠点の外から、移民や難民を受け入れて『城下町』に住まわせ始めている。

 

 この世界では、『六大神』のおかげで多少マシになったとはいえ、まだまだ生存競争カーストにおける人類の地位は低い。

 何かのきっかけですぐ死ぬし、下手したら国ごと滅ぶ。大国ならともかく、小国とかだとホントに割と簡単に滅ぶ。

 

 それなりの規模の都市とかで暮らしている者達でさえそんな感じなので……それよりさらに水準の低い暮らしをしている人たちなんて、もう……悲惨の一言だ。

 辺境の山や森の中に、忘れられたようにぽつんとある村とか。

 ろくに作物も育たないやせた土地の真ん中にある村とか。

 

 村すら持たずに放浪を繰り返している集団だって珍しくない。遊牧民とかじゃなく、ただ単に居場所も行く当てもなくさまよい続けてるだけ。もともと住んでた村が滅んで住む場所を追われて……っていう動機が割と多いかな。

 

 そういうのは、雑魚魔物の代表格であるゴブリンとかがちょっと群れで襲ってきただけでも滅んでしまうレベルで儚い。しつこいほど言うんだけど、本っ当にすぐ死ぬ。すぐ滅ぶ。

 

 そして、彼ら彼女ら自身もそれを自覚している。

 しているけども、どうしようもないから現状に甘んじている。

 

 他に行く当てもないし、そもそも移動だけでも危険だから、ひどい立地条件の家に住み続けたり、少しでも安全な場所を目指してさまよい続ける。

 

 そういう人達だからこそ……ある日突然いなくなったところで、誰も気に留めないし困らない。

 

 私達は彼らに対して、こう問いかける。

 

『今よりずっと安全で、豊かで、安定した暮らしができる場所に移住する気はないか?』

『移住する条件はたった1つ。そこから外に出ず、一生をそこで暮らすこと』

 

 この問いに首を縦に振った者達だけを……『城下町』に迎え入れ、住まわせている。

 

 移住した人達は、最初はこの、何処にあるのかもわからない、雲海の中にある幻想的な都市と、その中心に見える城に驚いたりおののいたりしていた。

 

 けれどほどなくして、ここが、聞いていた通りの……亜人やモンスターに襲われることもなく、不作や不漁で飢えることもない、安全で、豊かで、安定した暮らしができる場所だと知る。

 そう実感すると……口々に私達へ感謝を述べた。

 

 ああ、別に彼ら移住者たちについては、私達が面倒を見て養ってるわけじゃないよ?

 場所を提供する以外は、それまでと同じように、自分達で農作業をして自給自足させている。そしてその収穫の中から、ほんの少しだけ税として作物を納めさせている。

 それ以外は、基本的に自由だ。こちらからは基本的に干渉はせず、好きなようにさせている。

 

 もちろん、私達は善意でこんなことをやっているわけじゃあない。

 

 そもそもというか、本来、ギルメンやNPCだけの空間ないし領域であるギルドホームに、限りなく無力とはいえ、部外者を迎え入れるっていうのは、やはり抵抗はあった。防犯とか、住民同士の不和とか不満とか、いろいろな面での懸念もあったし。

 

 けど、それを補って余りあるメリットがあったのだ。

 都市(ギルド)の人口に応じて、入ってくる『税金』が増えるというメリットが。

 

 ギルドホームの維持費、傭兵モンスターの召喚コスト、施設破損時の修繕費用、ダグザの大釜から食材を出すための費用、NPCが死亡した時の蘇生費用……その他色々な名目で発生するコストの支払いに必要なのは、言うまでもなくユグドラシル金貨だ。

 

 しかし、モンスターを倒してもアイテムも金貨もドロップしないこの世界では、その入手方法は『エクスチェンジ・ボックス』を使ったアイテムや物資の換金しかない。

 

 ……と、思っていたんだが……ここにきてもう1つの収入源が見つかった。

 それが、『都市型ギルドホーム』に発生する独自のシステム……『税金』だ。

 

 この『税金』っていうのは、前にもちらっと話した通り、都市型のギルド拠点にのみ存在する、ギルド維持のためのコスト管理が比較的楽になる要素ないしシステムだった。

 しかし、この転移後の異世界においては、人口が多いほど税金収入の額が増えるという『仕様』があった。

 

 それで、実験として現地の難民とかを少しずつ受け入れて住まわせ、人口を増やし続けたところ……人口がある一定ラインを超えたところで、維持コストよりも税金収入の方が多くなり……収支が『黒字』に転じた。

 その結果、『収益』として発生した分の額が、なんとギルドの宝物庫にチャリンチャリン、と金貨になって入金されたのである。正真正銘の『収入』になったのだ。

 

 なんじゃこれマジか、と思って、ギルドのシステム管理用の画面――異世界でもこの管理システムは以前と同じように使えた――を確認してみたけど、確かに資産そのものが増えていた。ログにもプラスの入金履歴があった。

 見間違いかと思って、カリンとデミアにも確認してもらったけど、間違いなかった。……むしろそれを見た2人も同じように『マジか』みたいな表情になってた。

 

 いや、もしかしたらこうなるんじゃないか、と思わなかったわけじゃないけど……せいぜい、維持費プラマイゼロくらいになればいいな、程度にしか、ぶっちゃけ期待はしてなかったから。

 まさか、本当に『黒字経営』なんてもんになるとは……そりゃ驚くわ。

 

 とまあ、これが、部外者を『移住者』としてこの『城下町』に迎え入れていた理由だ。

 彼ら彼女らは、そこに居るだけで私達に『税金』という収入を、ユグドラシル金貨をもたらしてくれる、大切な収入源なのである。

 

 ……本当に『ただいるだけ』で、誰が何を支払ってるわけでもないのに、どこからともなく金貨が湧いて出てきてる謎現象については……まあ今更というか、突っ込むだけ野暮なんだろうな。

 損してるわけじゃないんだし、そういうもんだとありがたく納得しておこう。

 

 ちなみに、現状何も問題なく『城下町』については運営できている……というか、ぶっちゃけほったらかしにしてるんだけども……もし万が一、彼らを迎え入れたことで何か問題が起こっていた場合は、心を鬼にして丸ごと『処分』するつもりでいた。

 いなくなっても、誰も何も困らない人達、だからね。

 

 具体的には、城下町に住んでいる私の子供達だけをあらかじめ退避させた上で、超位魔法の1つもぶち込んでやって、骨の欠片も残さずじゅわっと一気に蒸発……みたいな感じで。

 

 非情なやり方だなとは思ったけど……私達のホームや、子供同然のNPC達を守るためには、背に腹は代えられない。不和の種を抱え込んでいてやるほど、私達にも余裕があるわけじゃない……と、覚悟は決めていたのだ。

 ……そうならなくてよかったと思ってる。

 

 私、カルマ値マイナス400で『凶悪』判定なんだけど……それでも、人の泣き顔より笑顔の方が好きな質だからね(ただし例外アリ)。

 ……『傾国の悪女』のロールプレイで鳴らしたこのラストにゃんにゃんが、こんなことを言ってたなんてしれたら、沽券にかかわるかな?(苦笑)

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

【ある人間の農夫の独白】

 

 今からほんの40年だか50年前のことだ。

 あの頃は、毎日が地獄だった。

 

 俺達が暮らしていた村は、なんて国の土地にあったんだったか……もう覚えていない。

 大きくもない国だったが、ある日突然、その国の王都が、攻め込んできた亜人の軍勢に滅ぼされてしまい……国そのものも滅んじまったって話だ。

 

 そのせいで、俺達が住んでいた村は『どこの国でもない村』になっちまったが……そんなもんをいちいち気にする奴はいなかった。

 国なんざあってもなくても変わらないと知ってたからだ。俺達みたいな辺鄙な田舎の村に住んでる奴らのことなんざ、奴らは気にもかけちゃいないし、何かあっても守ってはくれない。

 

 だから、滅んだところで何も変わらない。毎日が地獄だ。

 

 村の外の野山は危険に満ちてる。獣も出るが、魔物も出る。亜人に出くわしちまうこともある。

 それでも、外の土地を耕して野菜を作らなきゃ、狩りをして獲物を取ってこなけりゃ、生活できない。危険でもやらなきゃあ、飢えて死んじまう。

 

 しかし、狩りに出たところで獲物が取れないかもしれないし、魔物に見つかって襲われるかもしれない。野菜を作っても、上手く実ってくれなきゃ収穫できないし、嵐でも来れば畑は丸ごとだめになっちまう。

 歯をくいしばって耐えていても、毎年何人もの仲間がこの世を去っていく。

 

 何かが起こるたびに……いや、何も起こらなくてすら、当たり前のように人が死ぬ。

 それがこの世界なんだと、この世は地獄で、生きることは死と苦しみと恐怖と……色々な夢も希望もないものと隣り合わせなんだと、俺は知っていた。そして……諦めていた。

 

 『誘い』を受けたのは、ある年の秋の終わりごろのことだった。

 

 最初に『それ』を見た時、変な話、一発で『人間じゃない』とわかった。

 見た目は普通に人間ではあった。恐ろしく見た目が整っちゃいるが、耳が長いわけでもないし、体が毛むくじゃらなわけでもない。爪も牙も伸びてないし、尻尾も生えていない。

 

 けれど、こんな山の中の寒村に、お貴族様が着るような上等なスーツ姿で、しかも服にほつれ1つなく歩いて現れるなんて、絶対にまともな人間のはずねえだろう?

 

 普段ならそんなのが出たら、『亜人が化けて襲いに来た』と勘繰って警戒し、場合によっちゃ武器を取ってきて追い払うところだが――それが可能かはともかく――その時は事情が違った。

 ちょうどというか、まさにその時、村は亜人の集団に襲われていたところだったのだ。ろくに戦う力もない俺達は、『ああ、これで終わりか』なんて諦めてしまっていたんだが……その時、『それ』がいきなり現れて、瞬く間に亜人を蹴散らしてしまったのだ。

 

 助けられたことに感謝はしたし礼も言ったが、対価として差し出せるようなもんは何もなかった。

 だがそう聞いても、『それ』は気にした様子もなく、こう言った。『別に礼は必要じゃない』『ただ単に用事があって来ただけだ。助けたのはついでだから気にするな』と。

 

 そして、それに続けて、こう聞いてきた。

 

『今よりずっと安全で、豊かで、安定した暮らしができる場所に移住する気はないか?』

『移住する条件はたった1つ。そこから外に出ず、一生をそこで暮らすこと』

 

 それを聞いた時、その場にいたほぼ全員が『ありえない』と思った。

 そんな場所が、そんなうまい話があるはずがない。今まで誰がどれだけ望んでも手に入らなかったものなのに、そんな簡単に、しかも何の代償もなく手に入るはずもない、と。

 

 目の前のこの男が、悪魔が化けた姿で、俺達を騙して命を奪おうとしている……そう解釈した方がしっくりくるくらいだ。

 

 ……しかし、それはそれでおかしい、という思いもあった。

 目の前の男の目的が俺達の命なら、さっさと殺して奪えばいい。さっき亜人達を蹴散らしてみせたあの強さをもってすれば――あれだってまるで本気には見えなかったが――わざわざ『だます』なんてことをする必要はないはずだ。

 

 それに加えて、その時の俺達には……そんな怪しすぎる誘いでも、縋りたくなるような理由があった。

 

 その年、度重なる大雨や大風で、作物の実りは壊滅的だった。山の獣も少なく、狩りも上手くいかなかった。食べられる野草や木の実もほとんどなかった。

 とどめとばかりに、昨日初雪が降った。例年よりもかなり早く……このまま冷え込んでいくとなれば、もう山には出られない。

 冬を越すだけのたくわえは、村にはない。……冬を、越せない。

 

 絶望していたところに、その『誘い』を受けて……俺達は、それぞれの家の長で集まって話し合い……藁をもつかむ思いで、それに乗った。

 

 その時の判断は……正しかった。

 俺達は、本当に、天国に……いや、楽園に連れて来てもらったんだ。

 

 周囲は、地面が見えないくらいの霧か雲に覆われ……雲海、っていうんだったか、そういうのに包まれた場所だった。この世のものとは思えないような、神秘的な光景の中に、俺達はいた。

 

 連れてこられたそこには、俺達の命や暮らしを脅かす魔物も、亜人も出なかった。

 空はいつも穏やかで、大雨も大風もない。雨くらいは降るし、冬には雪が降るが……畑をだめにするような大荒れになることは一度もなかった。

 

 肥沃な土地がたくさんあって、そこを耕して野菜を育てれば、見たこともないくらいに立派に育った野菜がたくさんとれた。

 とても自分の家だけでは食いきれない量で、よそに分けなきゃいけないくらいに。

 ……そのよその家でも何かしら豊作すぎて食いきれなくて、お返しで同じくらいもらっちまうんだが。

 

 安全というだけじゃない。空を、大地を、思うがままに支配し操っているとしか思えなかった。

 この場所を支配している『主様』――呼び名を教えられていないので、俺達は仮にそう呼んでいる――は、間違いなく人間ではないと、もしかしたら本物の神様なんじゃないかと、そう思った。

 あるいは……すさまじい力を持つ悪魔なのかもしれないと。

 

 しかし、そんなことは問題でもなんでもない。人間でないから怖いとか嫌だとか、そんな贅沢なことを言う奴は、村には1人もいなかったよ。

 

 当たり前だ。亜人や魔物に怯えなくていい。飢えに苦しむこともない。もう、誰も理不尽に命を奪われることもない……家族を、仲間を、泣きながら見送らなくていい。

 あんな地獄のような日々を終わらせてくれて、俺達にこの楽園にも等しい場所に住むことを許してくれたお方が、何者だろうと文句なんかあるものか。

 

 俺達の心には、ただただ感謝しかなかった。

 この大恩に報いるためなら、何だってやるし、何だって差し出していいと思っていた。

 

 だというのに主様は、俺達からほとんど何も受け取ろうとしない。

 その年に取れた作物の、ほんの一割ほどを収めれば、後は全て自分達で食べていいと言ってくださる。それ以上は受け取らない。

 

 前に、少し大きめの都市に住んでいたことがあるという知り合いからすると……こんなのはありえないことなのだという。

 人里、ないし大きな町に住んでいる民は、そこを治める貴族様に、毎年税金を納めなければならない。

 

 納めるものは、作った作物を直接だったり、それを売って金に換えたものだったりするが……その税として持っていかれるのは、収穫できた半分だとか、もしくはそれ以上だったりすることも珍しくないのだそうだ。

 

 払わなければ、ひどい目に遭う。殺されたり、牢屋に入れられたり、奴隷にされて死ぬまでこき使われたり……

 

 俺達がいた村は、国にすら忘れ去られたような村だから、そういう税金云々というものに触れたことはなかったんだが……そういうものなのか。それはそれで、ひどいもんだな。

 どれだけここの『主様』がお優しい、慈悲深い方なのかがよくわかるってもんだ。

 

 

 

 また、この『楽園』には、時々、他の移住者もやってくる。

 俺達と同じように、滅びを待つことしかできなかったはずの者達が、主様やその使徒の方の救いの手に導かれて、この地に足を踏み入れる。

 

 家族単位で入ってくることもあれば、俺達みたいに村とか集落ごと、って場合もあった。

 

 一度に大勢の『よそ者』が入ってきて、同じ場所で暮らし始めることに、最初は少し不安を覚えたが……俺達だって最初は『よそ者』だったんだ。文句は言えないし……いうつもりもない。

 彼らだって俺達を見て不安そうにしてるしな……そもそも、まだこの引っ越し自体、場所自体に対して不安になってると見える。

 

 それを見て、少し笑ってしまった。昔の俺達も……以前はああだったな、と思い出したから。

 なあに、彼らにもすぐにわかるさ。この『楽園』の、そして主様のすばらしさが。

 

 

 

 いつしか、この『楽園』は、多くの移住者を迎え入れ……それらは皆、力強く、豊かに、逞しく生きていった。

 まるで、外の世界でそうはできなかった分も……ここに来れなかった者達の分まで、人生を楽しみ、幸せをかみしめるように。

 

 最初『よそ者』だった者達は皆、いつしか『隣人』となっていた。

 だれがいつ来たとか、何処に住んでいたとか、そんなことはもう誰も気にしてない。

 

 そして、その『隣人』のとある若者と、俺の娘が夫婦になり……祝言を挙げた。

 その翌年には、子供が生まれた。俺の、孫だ。

 

 幸せそうな娘と婿、その腕の中で元気よく泣く小さな命。

 どれもこれも……俺はきっと見ることはないと、できないんだろうと、諦めていたものばかり。

 あのままあの村で暮らし続けていたのなら、間違いなくそうだった。

 

 娘がこの手に孫を抱かせてくれて……その重さと温かさを感じたあの時の気持ちは忘れられない。涙が止まらなくなるほど嬉しかった。

 

 

 

 気付けばあの日から、もう半世紀ほどが過ぎていた。

 俺は今……間もなく、この人生を終えようとしている。半世紀を過ごしたこの『楽園』の我が家で、ベッドに横になり、穏やかに終わりを迎えようとしている。

 

 周りには、愛する妻や、子供達、孫達……それに、まだ小さいが、ひ孫まで……皆、俺を見送るために集まってくれていた。

 家族に見守られながら、ゆっくりと心臓の鼓動が弱くなっていくのを感じていた。

 

 怖くはなかった。むしろ、この上なく幸せな気分だ。

 いつ来るかもわからない、ろくでもない終わり方を覚悟しつつも、それに怯えていたあの頃からしたら……なんて幸せな最後の迎え方だろうかと思う。もう、思い残すことはない。

 

 そうだな、願わくば……子供達や孫達、ひ孫達や、そのまた先の代でも……ずっと、ずっとこの幸せが続きますように。

 慈悲深き『主様』の愛のもとで、皆がずっと心穏やかに暮らせますように。

 

 ……ふいに思い出した。

 最近の話になるが……俺は一度だけ、遠目にだが、ここの『主様』のお姿を見たことがある。

 

 この『楽園』の中心にある大きなお城……そのバルコニーに、女神かと思うような美しい女性がたたずんでいて、こちらを見下ろしていた。

 目が合ったような気がしたんだが、さすがに気のせいだろうな。

 

 ……もしかしたらあの方は……若い頃にふと思ったように、本当に女神様……救いの神だったのかもしれない。はるか昔に人類を救ったという、『六大神』のように。あらためて、そう思った。

 この楽園で、あのお方の元でなら……もう何も心配はいらない。娘達もきっと、ずっと幸せに暮らしていけるだろう……何も思い残すことなんかありはしないとも。

 

 最後に……俺達の未来を救ってくださった女神さまに、心からの感謝を捧げます。

 

 瞼の裏に、恐れ多くも笑いかけてくれる女神様のお姿を見ながら……俺は……眠りについた。

 

 

 

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