オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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この世界に消費者センターはない。だから……

 

 

 帝都において、ワーカーチーム『フォーサイト』が主に拠点にしている宿屋『歌う林檎亭』。

 そこの食堂において、アルシェを除くメンバー3人が……食事しながら話していた。

 

 話題は、ここにいないアルシェのこと。

 正確には……彼女が最近仲良さげにしている、1人の少年(年齢はだいぶ上のようだが)との関係について、だ。

 

 最初の依頼からもうすでにしばらく経っているのだが……あれ以降も何度か、『フォーサイト』はワーカー代表のような立場で、彼からの依頼を受けてテスターをやっていた。

 そのたびに目にすることになるのが、彼と一緒にいる時にだけ見せる、アルシェの笑顔である。

 

 ヘッケラン達といる時も笑わないわけではない。むしろ、楽しい話をした時などには、きちんとよく笑う。

 しかし、エオンに見せるような笑顔を見せたことは一度もない。同じ笑顔でも、種類が……そこに込められている感情が違う気がするのだ。

 

 そして、それは……きっと、アルシェにとって、大切にしなければならないもので。

 アルシェのことを、妹のように大切に思っている3人からすれば、色々と複雑な思いはあれど……もし彼女がそれを望むなら、背中を押してやりたい、というのが本音だった。

 

「あの年で、随分苦労させられてきたみたいだからな……しかも、本当ならアルシェの味方で、アルシェを守ってやらなきゃいけないはずの、両親のせいでだぜ?」

 

「ええ。それを思えば……彼女にはどうかこの先、幸せな人生を歩んでもらいたいものです」

 

「苦労とは無縁な、なんて言やしないけど……花の十代をこんなアレな世界で過ごしたんだもの。この先の人生、いい思いしたってバチ当たりゃしないでしょ」

 

 アルシェとエオンの2人は、傍目から見て……明らかにお互いを意識していると思える仲の良さである。その度合いは、会うたびにどんどん深まっているように見えていた。

 同じ『魔法詠唱者』であるがゆえに、共通の話題や感性もある。近所に住んでいるから毎日のように互いの顔を見ている。ヘッケラン達に対してはエオンは敬語だが、アルシェに対してだけは、素の口調で話す……など。

 

 2人が単なる知り合いや、仕事上の付き合い以上の関係であろうことは、火を見るよりも明らかだった。

 

 それに気づいていない……というか、自覚していないのは、当の本人達だけという落ちである。

 

 フォーサイトの3人は知らないことではあるが、なんなら最近では、アルシェの妹達2人ですら『お姉さまとお菓子のお兄さん、仲いいね』『一緒にいると嬉しそうだし楽しそうだね』などと言って、単なる知り合い以上の関係である、あるいはそうなりつつあることを察している。

 

 なお、クーデリカもウレイリカも、2人とももうきちんとエオンの名前は憶えている。

 覚えているがしかし、そっちの方が親しみや愛着があるので、本人から怒られない限りは『お菓子のお兄さん』と呼ぶことにしていた。

 

 実際、最近は散歩で遭遇するたびに、確信犯で用意しているお菓子をエオンが双子にくれる。向こうも2人をかわいがって、甘やかすのを楽しんでいるので、『お菓子の人』呼ばわりでも特に不快に思ってはいないだろう。

 

 そしてそんな仲のいい、幸せそうな姿を、何度か隠れて様子を見に来ていたフォーサイトの3人も何度も目にしていた。

 そして思うのだ。このまま彼女は、幸せになってもいいのではないかと。

 

「って、アルシェ本人に言ったらどうなるかね?」

 

「顔真っ赤にしてぽかぽか殴りかかってくる。けど実際考えてみると別に嫌でもなくて、もじもじして声がちっちゃくなる……ってとこじゃない?」

 

「なんと具体的な……ですが、なるほど、目に浮かびますね」

 

「ま、気が早すぎって言われたら、そりゃそうだって頷くしかねえんだけど……実際このまま順調にいけば、そうなる気がするんだよな。なんなら、アルシェの妹達とも仲よさそうだし……新しいお兄ちゃんになるって言っても、多分アレ抵抗感とかないと思うぜ」

 

「ええ、それは確かに。種族の違いに関しても、どちらも特段気にしていないようですし」

 

 本人の申告によれば、エオンはイミーナと同じ半森妖精(ハーフエルフ)であるとのことだ。

 人間とは色々と細かく違う点はあるものの、もちろんそれを気にした様子は2人はない。

 

 そもそも、フォーサイトでイミーナと何の問題もなく仲良くやれているのだから、種族が違う程度で足踏みをすることは……まあ、ないだろう。

 

 他に懸念があるとすれば、アルシェの実家のことだ。

 両親がどうしようもないろくでなしで、アルシェの稼ぎを食いつぶして借金までして贅沢を続けている……というのは、3人とも既に知っている。

 

 それを知られた時、エオンがどう受け止めるかはわからないが……これまでに見て来た彼の人柄からして、それを理由にアルシェを見る目が変わることは……多分、ないだろう。

 

 いや、ともすれば……そのことも既に知っているかもしれない。

 

「それに……付き合いを持つようになって改めて思ったんだけどよ。やっぱりあいつ(エオン)、何つーか……言葉や仕草の端々に『育ちの良さ』みたいなのが見え隠れしてる気がするんだよな」

 

「あ、それわかる」

 

「……以前あなたが言っていた話も、もしかすると……もしかするのかもしれませんね」

 

「それなあ……懸念事項あるとしたらそこだよな。まあでも、むしろそういうのを乗り越えて一緒になるなら、そっちの方が絵にはなるんじゃねえの? もし本当にエルフの国の王族や、その縁戚なら、アルシェや妹2人を支えていくのに何も心配いらない優良物件って言っていいわけだし」

 

 何でもない世間話のように、軽い調子で言葉を交わしていた3人。

 しかしふと、会話が途切れたタイミングで……ぽつりとイミーナが口にした。

 

「もし、もしよ? アルシェがさ……エオンと一緒に行くことにして、チームを抜けたら……私達はどうする?」

 

「……ぶっちゃけ、アルシェの離脱は戦力的に痛いな。代わりを探すにしても……アイツみたいに強力な異能(タレント)や、第3位階の魔法の腕を持ってる奴なんて、そうそう見つからないだろうし」

 

「『フォーサイト』に入ってくれたのは、本当に、望外の幸運でしたからね……戦力的に不安がある状態で、今まで通りの活動は厳しいでしょう」

 

「そうなると……解散、かな?」

 

「……まあ、そうかもな。けどまあ、遅かれ早かれだろ? 元々こんな商売、長く続けていけるもんでもないわけだし」

 

「そうですね。その時は潔く解散して……後はそれぞれ、悔いのない人生を歩んでいくとしましょう」

 

 少しさびしそうにしつつも、3人の表情に悲観はない。

 

 少なくとも、自分達のかわいい妹分の『門出』になりそうな今の状況を、祝福して送り出してやろうという気持ちは、3人とも等しく持っていた。

 それに伴って自分達の在り方、生き方が変わるなら、それも受け入れて……それぞれ自分達のやりたいように歩んで行こう。3人の意見は一致していた。

 

「……もっとも」

 

 と、ヘッケラン。

 

「なんつーか、今のままだと……まだしばらくじれったい状態が続きそうなんだがな……」

 

「ほんと、それ」

 

「人生経験の未熟さ故なのでしょうかね……。すぐそこに、お互いにとって幸せな未来が転がっているというのに、気付けない……否、気恥ずかしくて目を向けたくない、のか……」

 

「……もうしばらくは『フォーサイト』4人でいられそうってことで、喜ぶべき……かしら?」

 

「素直に喜べねえな」

 

 

 ☆☆☆

 

 

 ヘッケラン達がそんな風に話していた、その頃。

 

「……っくしゅん」

 

「? どうしたのアルシェ、風邪?」

 

「いや、別にそうじゃない、と思う。誰かが噂でもしてるのかも」

 

「あ、人に噂されるとくしゃみが出るっていうアレ。このせか……国にもあるんだ」

 

「うん。エルフの国にもあるの?」

 

「まあね。『1に褒められ2にけなされ、3に惚れられ4に風邪ひく』……って感じで伝わってる。今のは1回だから誰かに褒められたのかな」

 

「そこまでは聞いたことないけど……まあ、そうだったら嬉しい」

 

 当のアルシェとエオンは、エオンの自宅の工房にいた。

 何をしているのかというと、他愛もない雑談……をしながら、2人でマジックアイテムを作っている。

 

 時々こうして、エオンの気分転換や暇つぶしも兼ねて、アルシェに魔法に関する講義をしたり、庭で訓練を見てあげたり、今日のように工房で簡単なマジックアイテムづくりを一緒にやってみたり……という休日の過ごし方を、最近では2人はたまにしている。

 妹達がいると『遊んでー!』となるので、できない。そのため、頻度的には『たまに』の域を出ないが。

 

 それでも、第5位階の使い手であり、アルシェよりも魔法に関して深い造詣を持つエオンからの講義は、それこそ魔法学院で学んでいたことよりもさらに実践的で、わかりやすく、1つ1つが身になるものだったため、趣味と実益を兼ねた楽しい時間である。

 

 なお、その楽しさの根本的な理由にまだ気づいていないあたり、ヘッケラン達が苦笑しながらしていた予想は、見事に当たっていたりするのだが。

 

 しかし、今日のアルシェは……エオンと過ごす時間のところどころで、時折、何やら疲れたような様子を見せていた。

 気になったエオンが尋ねると、アルシェは、講義に集中できていないことを申し訳なく思って詫びつつ、理由を話した。

 

 といっても、内容はいつものことで、両親が相変わらず浪費をやめてくれない、ということなのだが。

 昨日、また父親が新しい芸術品を買い求めてしまい、この間の依頼で稼いだ分の黒字がキレイに吹っ飛んでしまったと。

 

 あればあるだけ使う。なくても借りて使う。稼いでも稼いでも借金が減らない。

 もう本当にどうしたらいいのか……という感じでぶつぶつと愚痴をこぼすアルシェに、苦笑しながら『大変だったね』と、お茶とお菓子のおかわりを出すエオン。

 

 が、苦笑であっても一応は笑みが浮かんでいたエオンの表情が……その直後、凍り付くことになる。

 アルシェがため息交じりに告げた、ある言葉を聞いて。

 

「自分達は何も苦労しなくても、お金がどこからか湧いて出てくるのが当然だと思ってる……あれじゃ、鮮血帝に粛清されるのも当然だって、今はむしろ納得させられてる」

 

「あー……王国とかによくいる感じかな? その……失礼かもしれないんだけど、統治者としては、その……」

 

「言っていいよ、無能だって。実際、歴史の長さくらいしか取り柄なんてないし……あの父と母に、政治ができるとも思えない。『使ったら減る』『持っている分以上には使えない』っていう、簡単な算数すらできないんだもの」

 

「あははは……そっか(苦笑)」

 

「まあ、最近利用してる業者が、返済が月々一定額でいいらしくて……前よりもお金の管理が楽になったっていう面もあって助かってるけど。でも、その分また色々なものを買って散財しちゃうんじゃ意味が……」

 

「……待ってアルシェ、今何て言った?」

 

「? だから、その分色々なものを買って散……」

 

「違う、その前」

 

「その前? ええと……返済が月々一定額でいいらしくて……」

 

 

 

「…………まさか」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 遡ること数ヶ月前。

 アルシェの父は、最近付き合いを始めた金貸しに会っていた。

 

 金貸しに会うのだから、その理由ないし用件が何なのかは言うまでもないだろう。

 

「それでは、仰せの通り交易金貨100枚、うち10枚分を銀貨で用意しました。こちらが借用書になりますので、署名を」

 

「うむ」

 

 フルト家の邸宅。リビングにて。

 テーブルの上に積まれた金貨銀貨の山を満足そうに眺めるアルシェの父。

 

 彼の頭の中では、この金は借りた金ではなく自分の金、借入可能額はそのまま自分の預金残高ということになっている。手を伸ばせば届く金は自分の自由にしていい金であり、それを好きなように使うことが貴族としての自分の使命だと信じて疑わない。

 そして、そんな自分が金貸し達から、いいカモだと見られており、それ以上に『娘に働かせて自分は何もしないクズ』だと思われていることなど、想像もしていないのである。

 

 そんな自覚のない愚か者に対し、この日……金貸しの口から、さらなる悪夢への入り口への招待が告げられる。

 

「フルト様、視界の端に見えてしまったのですが……そこの机に置いてあるのは、他の業者からの借入金の督促状でしょうか?」

 

「ああ。全く、毎度鬱陶しくてかなわないよ。少し返済が遅れてしまっているとはいえ、いずれ返すと言っているのだから大人しく待てんものか……我がフルト家が再興すれば、すぐにでも返してやれるというのに」

 

(そんな未来が来ると本気で思ってんのかね、こいつは。どうしようもねえな)

 

 顔に営業スマイルを張り付けたまま、業者は自ら首を差し出したカモに、そっと手をかける。

 

「それでしたら、いい方法がありますが、ご提案させていただいても?」

 

「ほう、いい方法とは?」

 

「他業者からの督促が鬱陶しいようであれば、それらの借金を『まとめて』しまうのはどうでしょう? うちであれば、フルト様の借入可能額はまだまだ余裕がありますし、うちからその分を借りて他の借金を一括で返済してしまえば、鬱陶しい督促もなくなりますよ。うちからの借金に関しては、今まで通り返済額は一定のままです」

 

「それはいい、ぜひともそうさせてもらおう! いやあ、やはり貴君のところはわかっている!」

 

 予想通り食いついてきたフルト家家長。

 金貸しは表情を変えないまま、心の中で『馬鹿め』と笑う。

 

「ありがとうございます。ただ、借入金が大きくなると、どうしてもその分『手数料』はわずかに上がってしまいますが……」

 

「まあ、それくらいは仕方ないだろう」

 

 アルシェの父は、深く考えず頷いた。

 そしてその数日後、他の業者へ一括返済するための借り入れを行い、それに伴って手数料が若干(・・)上乗せとなる旨の書かれた契約書にサインした。してしまった。

 

 それが自分に、そしてこの家にとっての死刑執行命令書に等しいものだとも知らないで。

 

 

 

 

 

 

 

 その事実が明るみに出るのは、それから数か月後。

 アルシェの話を聞いて背筋がぞっとする感覚を覚えたエオンが、彼女にある可能性を教えた時にようやくであり……全てが手遅れになってしまった後のことだった。

 

「……あのさ。アルシェ」

 

「? 何、その……なんか、死にそうな顔してるけど……大丈夫?」

 

「うん、僕は大丈夫。僕は」

 

「…………?」

 

「それでね、アルシェ……」

 

 

 

「『リボ払い』って……知ってる?」

 

 

 

 

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