オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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使い回し? いいえデジャヴです(強)

 

 

 時刻は、夕方。

 場所は、帝国領内のとある場所にある、森の中。

 生い茂った木々の葉のせいで暗い道を、必死に急いで走っている小さな影があった。

 

(どうして……どうして、こんなことに……!)

 

「ヘッケラン……イミーナ……ロバー……っ……!」

 

 少女の名は、アルシェ。両手で抱えるようにして持っている杖からも分かる通り、魔法詠唱者であり……帝国ではそこそこ名の知れた請負人(ワーカー)チーム『フォーサイト』に所属する1人である。

 

 現在、彼女は……数か月前のとある以来の時と同じように、その森の中で、迫りくる『追っ手』達から、必死になって逃げているところだった。

 数か月前と違って……その時よりも絶望と悲嘆に歪んだ、今にも泣きだしそうな顔で。

 

 

 事の発端は、フォーサイトに持ち込まれた、とある依頼だった。

 

 依頼内容は、ダークエルフの国の領内……すなわち、トブの大森林の中にあるであろう、違法な品々を扱っている犯罪組織及びその拠点の調査。そして、可能であればその制圧。

 

 最近、帝国とダークエルフの国の国境付近で、一部の帝国貴族や富裕層と、それらの犯罪組織がよくない取引をしている。その結果、様々な禁制品が帝国に入って来たり、逆に帝国の貴重な資源や情報、そして人間さえも、奴隷として外に輸出されている。言うまでもなく、法に触れる形で。

 

 行われているのが国境付近――しかも、ダークエルフの国だけではなく、リ・エスティーゼ王国にも近い――なので、正規軍などを動かすと他国を刺激してしまう。

 ゆえに、表向きどこにも属していない請負人(ワーカー)である彼女達に話が持ち込まれた。

 国境を越えて活動することもある彼女達であれば、仮にそこで犯罪者を捕らえたとしても、偶然この国で見つけて、報奨金目当てで捕らえただけ、という言い逃れができる。

 

 ただし、何か想定外の不都合があった際は、チームごと切り捨てられる可能性もなくはないが……そのくらいはいつものことである。ワーカーである以上、汚れ仕事を引き受ける機会が多い以上、切っても切れないリスクだ。

 

 報酬は、前金・達成報酬共にかなり高額で、さらに成果次第では追加の報酬も出る。

 ……恐らくだが、依頼主であるとある貴族は、何かある、何かが起こることを確信しており、それを是が非でも持ち帰ってほしいのではないか……と、ヘッケラン達はあたりをつけていた。

 

 話し合った末、『フォーサイト』の4人は、この依頼を受けることに決めた。

 これともう1つ、未発見の遺跡ないし墳墓の調査依頼。それらを達成して報酬が入れば……これを最後にこのチームを解散し、それぞれの人生を生きていくのに十分な原資が手に入る。

 

 

 

 そして、フォーサイトの面々が、依頼当日、調査中に目にしたのは……聞いていた通り、帝国領内において取引をする犯罪者達。

 ただし、それを追って『ダークエルフの国』……もとい、『エルヘヴン共栄圏』に入って調べてみると、それらは単なる犯罪組織だけではなかった。

 帝国から南方にあるエイヴァーシャー大森林の中の『エルフの国』……を、追放された反逆者たちを含む一団だったのである。

 

 前エルフ王ことデケム・ホウガンの信奉者からなるそのエルフ達は、現在、その前王を廃して『ヘイムダール王国』の名で新たに歩み始めた国で、再度の革命を起こし、エルフの新女王・ユリーシャを倒すために、資金と物資を集めていた。取引はその一環だったのだ。

 

 しかもその中身としては、自分達に協力しなかった同胞(エルフ)の奴隷売買や、帝国内部の別な犯罪組織の手伝いなども行うというもの。

 エルフの一団は、厳密には犯罪組織そのものと同一なのではなく……その目的のために、取引の一環として協力している、ということだったのだ。

 

 言うまでもなく、本当なら大問題である。

 

 しかし、敵の数と力が想定をはるかに超えていた。それこそ、数か月前に受注し、全員が九死に一生を得たあの時と同じか、それ以上に。

 ここは最低限の証拠のみを確保した後、帝国に帰って依頼人にこのことを報告すべきだ、としてフォーサイトの意見は一致した。

 

 しかし、撤退する直前になって……見つかってしまった。

 

 そこから必死になって4人は逃げたものの……森の中でのゲリラ戦を得意とするエルフ達から逃げるのは至難の業だった。しかも、土地勘もない森の中、足場も悪く逃走するにもスピードが出せない。

 

「おっと、そこまでです。止まっていただきましょう」

 

「……っ!? てめぇは……!」

 

 そして、それに加えて……さらに彼らを追い詰めたもの。それは……犯罪組織側がエルフ以外にも、人間の用心棒を雇っていたこと。

 その男……自分達と同じ請負人(ワーカー)のエルヤー・ウズルスが、退路を断つ形で立ちはだかったことだった。取引で何かあった場合、その下手人たちが逃げる際に使うであろうルートがあらかじめ割り出されていて、そこに先回りされていた。

 

 エルヤーの所属するワーカーチーム『天武』は、チームとは名ばかりで、エルヤー以外は3人の奴隷のエルフが所属しているのみ。

 彼女達は日常的にエルヤーに虐げられながら、命令に従って支援や回復を行うのみで、言ってしまえば便利な道具扱いされている。既に心は折れてしまっており、反抗する気力もないまま、ただただ無気力に生きて、連れ回されるだけの日々を送っている。

 

 そういった様子を隠そうともしないこともあり、エルヤーの評判は帝国内でも最悪といっていいものだが……その剣の腕だけは本物であり、かの王国戦士長ガゼフ・ストロノーフに匹敵する、とも言われている。

 ゆえに、人間性は最悪でも、ワーカーとしては一定の評価をされているのだ。

 

 そして、その話が本物であることを、わずか数合打ち合っただけで……ヘッケランは悟ってしまった。どうあがいても、自分ではこいつに勝てないと。それだけの差があると。

 後ろからは、エルフの一団や犯罪組織の者達が今まさに追いつこうとしている。最早一刻の猶予もない中、ヘッケランは1つの決断を下した。

 ……否。ヘッケランだけでなく、イミーナとロバーデイクもだ。

 

「アルシェ、お前は逃げろ! お前1人なら、飛んで逃げられるはずだ!」

 

「っ……そんな!? 私だけ……」

 

 ヘッケランの言葉に、ショックを受けるアルシェ。

 しかし続けざまに、イミーナとロバーデイクも、

 

「妹さん達がいるんでしょ? あなたはこんなところで死んじゃダメ!」

 

「逃げる時間くらいは……我々で稼いでみせますよ!」

 

 言葉が出てこない。

 あまりにも突然訪れた、しかし明らかに……これが、彼らとの最後の別れになってしまうとわかる瞬間だった。ここで、言われた通り飛んで逃げ帰ってしまったら……もう二度と……。

 

 エルヤーはというと、一瞬、彼女を逃がそうとしていることに不愉快になりかけたようだったが……そのアルシェが悲痛極まりない表情をしているのを見て、嗜虐心から来る愉悦の方が勝ったらしい。ニヤニヤと笑い、あえて手も口も出さずに成り行きを見守っている。

 

「何。大丈夫だ。コイツを片付けたら、俺達もちゃんと後を追いかけて合流するさ」

 

「その時は、あなたのおごりで一杯ね。そうだ、どうせだからその時は、妹さん達や、エオンの奴も呼びましょ」

 

「振り返ってはいけませんよ。……止まらずに、まっすぐ、あなたのいるべき場所へ帰りなさい」

 

 全部、嘘だ。考えるまでもなくわかる。

 それでも……覚悟を決めたとわかる仲間達に、これ以上自分は、言い返す言葉がなくて。

 

「……じかいじた……さきに……いっでる……!」

 

 飛行の魔法を使い……1人、その場から離れた。

 飛んでいく軌跡に、わずかにこぼれる涙を残しながら。

 

 エルヤーであれば、その俊足や、中距離攻撃の武技でもって追撃することもできただろう。

 しかし、最後までそうせずに、彼女を見送った。

 

「残酷な嘘をつくものですねえ……もっとも、彼女も、そんな未来が来ないことくらい、わかっていたでしょうが」

 

「わざわざ待っててくれてありがとよ。おかげで、俺達の妹分を逃がすことができた」

 

「いえいえ、お気になさらず。どの道彼女、この森を生きて抜けることはできませんしね」

 

 事前の打ち合わせの中で聞いていたために、エルヤーは知っている。この森には他にも、取引を見た者や裏切者を始末するために、何人かのエルフが潜んで網を張っていることを。

 魔法攻撃や弓矢による狙撃が得意な者も多い。いかに第三位階の使い手と言えども、1人ではそれを逃れることはできまい。

 

「さて……それではせっかくですし、宣言通りの『時間稼ぎ』をしていただきましょうか。あれだけ大きな口を叩いたのですから、せめて……1人10秒くらいはもたせてくださいね?」

 

 

 ☆☆☆

 

 

「ヘッケラン……イミーナ……ロバー……っ……!」

 

 仲間を見捨ててしまった。自分だけ助かってしまった。

 いや、追ってきている者達がまだいる。まだ助かったと考えることすら早計だ。

 

 遠距離攻撃を防ぐ魔法で、飛んでくる矢から身を守り……時折飛んでくる魔法を必死に回避しながら、アルシェは森の中を走っていた。

 飛行の魔法はさっき切れてしまった。逃げ帰る道のりはこれからが長いことを考えれば、魔力を浪費することはできない。

 

 しかし、追いつかれればそれで終わりだということも分かっているため、そうなった時にはまた飛ばなければならないだろうが……余裕があるうちは、少しでも自分の足で距離を稼ぐ。

 

「そう言えば……前にも、こんなこと……」

 

 数か月前、同じようなことになった時は……あくまで、皆でバラバラに逃げただけだった。

 むしろ、自分が運悪く多くの敵に見つかり、狙われてしまっただけ。ヘッケラン達は、無事に逃げられただろうと、まだ思えていた。

 

 今回は違う。おそらく……彼らはもう、逃げられない。

 その場で殺されるか、あるいは、捕らえられて連れていかれ……そこで殺されるか、背後関係を聞き出すために尋問を受けるのか。

 どちらにしても、きっともう、会うことはない。

 

 そしてもう1つ。

 今回はきっと、あの時のように……自分を救ってくれる『彼』は、現れない。

 

(せめて……助からなきゃ。私だけでも、逃げなきゃ……でなきゃ、皆の犠牲が無駄に……無駄に……っ!)

 

「いたぞ、もうすぐそこだ!」

 

 はっとして一瞬だけ振り返ると、木々の間を走って、あるいは飛んでこちらを追ってくるエルフ達の姿があった。

 距離を詰められた。このままでは追いつかれる。そう判断して、アルシェが残り少ない魔力で再び飛び上がろうとした……その時。

 

 

 ―――ズドォン!!

 

 

「「「……!?」」」

 

 突然、アルシェと暗殺者達のちょうど中間に、何かが落下、いや飛来して来た。

 そして、『着地』というよりも『着弾』と言った方がよさそうな勢いで地面に降り立ったというか激突したというか……ともかく、攻撃魔法かと思うような勢いであった。

 

 あまりにも突然のことに、双方が呆気に取られている前で……その爆心地に、

 

「あ……っ……!」

 

 俗に言う『スーパーヒーロー着地』で降り立ったその少年に……アルシェは、見覚えがあった。

 くるわけないと思っていても、来てほしくて。どうか助けてほしくて。さっき、脳裏に思い浮かべた顔だった。

 

 その少年は、ゆっくりと立ち上がると……まだ呆気に取られているエルフ達を一旦無視して、アルシェの方に向き直り、

 

「えっと……何これ、デジャヴ? アルシェ、なんでここにおっと!?」

 

「エオン……っ! お願い……助けて……!」

 

 反射的に、胸に飛び込んできたアルシェを受け止めて……しかし、まだ状況を理解できていないエオンは、困惑の表情を浮かべていた。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 どさり、と、

 

 重たいものが落ちるような音が響いて……ヘッケランは、傷だらけのまま、力なく地面に横たわった。

 

 その体は傷だらけであり、エルヤーや、追って来たエルフ達によって、死なない程度に痛めつけられて無力化されていた。

 さらには、痺れ毒を塗った矢を1発2発食らっており、傷がなかったとしても、動ける状態にはない。

 

 首も、眼球も満足に動かせない中で……しかし、視界の中で、イミーナとロバーデイクもまた、同じように倒れているのを見ることができていた。

 

(あー、くそ……これからどうなるんだそうな……わざと殺さなかったってことは、やっぱり連れて帰って拷問とかか……? くそ、ここで死んでた方がよかったかもしれねえ)

 

 気のせいか、耳もなんだか聞こえづらく、そもそも痛みと疲労で、意識を保つのが難しいところまで来つつある。

 次に目覚めた時は、薄暗い地下牢の中で拘束されている、というのを覚悟しなければならないかもしれない……そんな風に、薄れていく意識の中でヘッケランが思った……その時。

 

 

 ―――『上位転移(グレーターテレポーテーション)

 

 

 その、動かせない視界の……一番奥。

 そこに、突然……2人が現れた。

 

 走って現れたのでも、空から下りてきたのでもなく……正真正銘、その位置に、いきなり現れた。おそらくは……転移の魔法で。

 

 そこにいたのは、今さっき逃がしたはずの妹分と……もう1人。

 

「っ……皆!」

 

「よっし、間に合ったな」

 

(おいおい、マジかよ……アルシェ、お前どんだけついてんだ!?)

 

 そのアルシェの声に、周囲を囲んでいるエルフ達と、エルヤーが2人に気づく。

『おや?』と不思議そうにするエルヤーに対して、エルフ達の反応は劇的だった。

 

「貴様はっ……なぜここに!」

 

「こっちのセリフだよ。全く、こんなところまで逃げ延びてたのかお前ら……目撃証言上がってきた時はマジかとおもったけど……よくもまあ」

 

「エオン・L・ホウガン……偉大なる陛下の名を受け継ぎながら、そのお考えを理解しようともせず、その姉と共に国を簒奪した反逆者めが!」

 

「我らは一度とて、貴様を『大公』だと認めたことなどないぞ!」

 

「別に認めてもらおうとも思ってないからそれは結構。クーデター起こされたのはあのクソ親父が国民ほぼ満場一致でクソだったからだろうに……どうしてここまで盲目的になれるかね」

 

 エルフ達からすれば、自分達が忠誠を誓っていたエルフの王を追い落とし、死に至らしめた仇敵であり……なんとしても殺すべき対象。

 エオンからすれば、姉・ユリーシャの……そして、母・ラストの下でせっかく平和になったエルフの国『ヘイムダール王国』を、何を好き好んで再び戦乱と不幸の世に戻そうとするのか、本気で理解できない迷惑な連中。その程度の認識。

 

 どちらにしても不倶戴天の敵であることに違いはない。互いに互いを視界に入れた時点で、最早止まることはできなかった。

 

 一方、

 

(((…………大公?)))

 

「……たい、こう? エルフの?」

 

 エルフ達の口から出て来たその言葉に、動かない体のまま、きょとんとするしかないフォーサイトの一同。一緒に転移して来たアルシェ含む。

 

 大公、というのは……国家において、王よりも下、公爵よりも上の地位となる地位である。王族に連なる者のうち、特に強い力を持つ者のみが名乗ることを許される、最高峰の爵位と言える。

 『まさか』とは思っていたものの、本気でエルフの王族、それもとんでもなく高い地位の存在だったと知り、唖然とする一同。

 

 どうやらエルフ達の口調からすると、最近起こった政変が関係しているらしいが……詳しい事情までは知らない彼らでは、その先を察することはできない。

 

「あ、の……エオン?」

 

「アルシェ、今時間ないから後でね」

 

 ぴしゃりとそう言って、視線を向けずに手でだけアルシェを制して黙らせるエオン。

 

「まあでも、時間はかけないからちょっとだけ待ってて。すぐこいつら全員片付けるから」

 

「抜かせ! かかれお前達、今こそ陛下の敵を討つのだ!」

 

「……学習ってもんをしないのかな、こいつらは……」

 

 激昂して一斉に襲い掛かってくるエルフ達。

 ある者は剣や槍を構え、ある者は弓を引き絞り、ある者は魔法を練り上げる。

 その攻撃の規模は、すぐ近くにいるアルシェやヘッケラン達を確実に巻き込むもので、そのまま殺してしまいかねないほどだったが……それすら構わない、あるいは頭にないのだろう。

 

 1秒後には、必殺の一撃が全方位から降り注ぐというその瞬間、エオンは……呆れたように『はあ』とため息をついて、

 

 

集団標的(マス・ターゲティング)・『血濡れ薔薇の束縛(ブラディローズ・バインド)』」

 

 

 次の瞬間、その全員が、足元から生えた茨に体をからめとられて拘束された。

 それと同時に、練り上げていた魔法は消え、引き絞って後は放つだけだった矢はカランと力なく落ち、助走をつけて勢いに乗っていた者達はその場にどさりと倒れる。

 ただ拘束されただけではなく、攻撃するためにためていた力……魔力だけでなく、膂力や、発生していた慣性すらも消し去られていた。

 

 『抵抗に失敗した相手の攻撃行動をキャンセルした上で拘束する』効果を持つ魔法、『血濡れ薔薇の束縛(ブラディローズ・バインド)』。

 この世界に来てから、ラスト自らが作り出した魔法の1つで……今のような、殺気立った相手を制圧するような場面で非常に有用である。

 

「ハイ終了。そのまましばらく寝てろ」

 

「このっ……忌まわしい簒奪者め……!」

 

「同じことしか言えないのか、全く……さて」

 

 呆れつつ、エオンは……残った1人(・・・・・)に目を向ける。

 おそらく、『超回避』か何かの武技を使ったのだろう。刹那の差で1人だけ回避に成功していた……エルヤーに。

 

「一網打尽ですか……少しはやるようですね。しかし本当ですか? エルフの国の大公などと」

 

「まあ、一応そう呼ばれてるよ。ご覧のとおり、こんな感じで……自覚には乏しいけどね」

 

「事実だというならそれは素晴らしい……捕らえて奴隷市場に持ち込めば、いい値段で売れそうだ」

 

 そんなことを言って刀を構えなおすエルヤーに、思わず視線が『こいつ何言ってんだ』的なそれになるエオン。

 

「……一応今、うち(ヘイムダール)と法国って関係改善中で、奴隷としてのエルフの取引もなくなりつつあるんだけど。仕入れ先だった戦争も終わったってことで」

 

「関係ありませんよ。法国はどうだか知りませんが、帝国では今も薄汚い亜人共は奴隷としていい値段で取引されているのですから。これだけの魔法を使えるエルフ、しかも大公などという地位であれば……下働きでなくとも、政治的な価値を見出して、帝国政府がいい値段をつけてくれるかもしれませんしねえ……!」

 

「……どーしようもねーなコイツ……」

 

 ことここに至って自分に勝てるつもりでいるエルヤーに、『ダメだ救いようがない』と評価を下したエオンは、アルシェに『もうちょっと待ってて』とジェスチャーで指示しつつ……懐からポーションの瓶を3つ取り出して投げ渡した。

 そして、まるで無警戒なように、すたすたと歩いて前に出る。

 

「……? 何のつもりです? 自ら捕まりに?」

 

「………………」

 

 すたすた。

 

「命乞いなら聞きませんよ? あなた達のような亜人や、それに与する者などに、交渉の権利すらあるとでも……」

 

「…………」

 

 すたすた。

 

「……話す気はなし、ですか。まあ構いませんがね。そんなに捕まりたいのならさっさと望みどおりにしてあげましょう……ただ、抵抗されても困るので、腕の1本くらいは―――『縮地改』」

 

 不意打ち、のつもりなのだろう。

 話している途中で超加速して前に飛び出したエルヤーは、エオンの右腕を肩口から切り落とすべく、上段から鋭く斬り下ろし……

 

 

 ―――キィンッ……!

 

 

「っ!?」

 

 一瞬前まで手ぶらだったはずのエオンが、いつの間にか手に持っていたナイフで、その刀を弾き返(パリィ)していた。

 振り下ろしたはずの刀。そこに込めていた力が明後日の方向にそらされ、大きく体勢を崩すエルヤー。そこに……

 

「おっと、足が滑った」

 

「がはぁっ!?」

 

 がら空きの横っ腹に叩き込まれる、エオンの回し蹴り。

 とても魔法職とは思えない威力でもって――しかもだいぶ手加減してそれである――エルヤーの体は『く』の字に曲がって吹き飛ばされる。

 

 アルシェ達の視界をすごい勢いで横切って飛び、その先にあった木に激突して墜落した。

 そのまま、すぐには動けないようで、うずくまってぴくぴくと震えている。

 

 たっぷり十数秒ほどかかってようやく起き上がったエルヤー。胃の中身がこみあげてきたのをすんでで堪えたのか、口の中が酸っぱく感じていた。

 苦痛をそのまま苛立ちに変え、エオン(呆れ顔)を睨み返して吐き捨てる。

 

「どんなインチキを使った……っ!?」

 

(そんで的外れなことを言い出す……)

 

 エオン、ため息。そして、

 

「……お前、よっぽど運がよかったんだね」

 

「は?」

 

「アルシェに聞いて知ってるけど、請負人(ワーカー)って、実入りはいい代わりに全部が自己責任で、万一の時の保証もないし、依頼に関係する裏取りとかも全部自分達でするから、すごく大変なんでしょ? お前そんなんでよく今までやって来れたなって……今まで、その足りない頭でもどうにかなるような依頼だけ受けて、かつ、自分より強い相手に会ったことがないんでしょ? 運だけは一級品だよ、うん……いっそ残酷なほどに」

 

 右手に持ったナイフを、ぽんぽんと空中に放ってはキャッチして、を繰り返して遊びつつ。

 

 挑発で言っているわけではない。

 その呆れたような視線からしても、本当に、本気で、そう思って言っている。

 

 相対しているエルヤーにも……今のやり取りの間に、アルシェによってポーションで回復させられたフォーサイトの面々にも、それがはっきりわかった。

 当然と言えば当然、頭に血が上り、その顔を不快感と憤怒でゆがめるエルヤー。

 

「亜人風情が、舐めた口をっ……おい、支援をよこせ!」

 

 その怒号に、後ろに控えている奴隷エルフの3人は、身に沁みついた恐怖からだろう、びくっと震えて……ためらいがちに、支援魔法を行使した。

 ちらちらと、エオンの方を見ながら。おそらく、『エルフの国の大公』と呼ばれた彼の不興を買うのを同時に恐れているのだろうが、エオンとしては全く気にしていない。『いいよいいよ気にしないで』とでもいうように、軽い感じで肩をすくめていた。

 

「【能力向上】! 【能力超向上】!」

 

(おい、マジか……高レベルの武技を重ね掛けだと!? やっぱアイツ実力はとんでもねえな……けど……)

 

 眼前でエルヤーがやってのけたことが、戦士としてどれだけレベルの高い所業であるか、同じ戦士であるヘッケランは正確に理解し、青褪める。

 しかし、

 

(エオンの奴……全然余裕そうだな……)

 

「フゥゥ……身体能力を向上させる方法なら、こちらにもある。これでもう、さっきと同じだと思うなよ、小僧……!」

 

「……さっきみたいに手加減してもらえると思うなよ、とか言った方がいいの?」

 

「っ……その減らず口がいつまで続くか見ものだな……! 【空斬】!」

 

 遠距離攻撃の飛ぶ斬撃を放つエルヤーだが、その刃がエオンに届くことはなく、手にしたナイフであっさりと打ち払われて消されてしまう。

 

「【縮地改】!!」

 

 しかしその一瞬で距離を詰めていたエルヤーは、打ち払った逆側から目にもとまらぬ速さで刀を振り抜く。その動きを、ヘッケランは目で追えなかった。

 狙いは、首。最早生け捕りにするつもりはなく、一撃で勝負を決めるつもりで放たれた、必殺の一撃は……

 

「―――『時間停止(タイムストップ)』」

 

 

 

 ―――スカッ

 

「は?」

 

 

 

 何もとらえることなく、空振りに終わった。

 

 矢すら置き去りにする速さで動ける、そしてそれについていけるだけの反射神経や動体視力を持つエルヤーが、眼前から突如消えたエオンの動きを全く目で追えなかった。

 気付いたらいなくなっていた。

 

「まさかっ……転移魔ほ―――」

 

「残念、はずれ」

 

 背後からそんな声がした瞬間、エルヤーは振り向きざまに刀を振り抜いて攻撃する。

 が、エオンには容易く止められてしまう。振り抜こうとした手をつかまれ、関節技のように捻られて体勢が崩れる。

 

 腕の痛みで一瞬刀を握る力が緩む。それでも取り落とすまではいかなかったが、その緩んで一瞬掌が見えた手に……エオンは手に持っていたナイフを突き立てた。

 

「がぁっ!?」

 

 手を貫通し、そのまま向こう側にあった木の幹に突き立てられ……手ごとその木に固定されるエルヤー。激痛のあまり、結局刀は取り落としてしまう。

 

 そしてエオンは、ナイフとはもう片方の手に、『上位道具創造(クリエイト・グレーターアイテム)』で素早くあるものを作り出し……

 

 

 ―――ビィィイイイィイィィィン!!

 

 ―――ガリガリガリガリガリガガガガガガガッ!!

 

 

 その手に持ったチェーンソーで、縫い留められたエルヤーの右腕を、手首から切断した。

 

「はっ……!? あ、あ……あああぁぁあああ!? う、腕が……腕がぁっ!?」

 

 目の前で、短くなってしまった腕と、木の幹にナイフで縫い留められたままの手。

 

 唖然としていたエルヤーだったが、右腕の手首から先の感覚がなく、代わりに激痛が襲ってきたことで、目の前の光景が現実のものだと否応なしに理解させられる。

 よたよたと後ずさって、崩れ落ちそうになるのを必死で耐えて……左手で右腕を抑えてどうにか止血しようとしながら、後ろにいる奴隷エルフ達を振り返った。

 

「お前達ッ! ちゆを、ちゆをよこせっ!」

 

 先程と違い、怒声ではなく悲鳴でもって彼女達に命じた。

 

 しかし、

 

「「……うわぁ」」

 

 思わず、といった感じで口から出て来たのだろう。エオンと、アルシェの声が揃った。

 いや、声には出していないものの、ヘッケラン達も大なり小なり同じことを思っていただろう。

 

 視線の先、エルヤーの奴隷であるエルフの娘3人は……3人とも、ニヤニヤと笑ってエルヤーを見ているだけだった。

 何もしようとしない。支援も、治癒も。

 

 ただ、あまりにもその視線と表情が雄弁で……『いい気味だ』『そのまま死ね』という声が聞こえてくるようだった。

 

「人間……ああはなりたくねえもんだな」

 

「大丈夫よ。きちんと人並み程度に良識ってもんがあれば、むしろあんな風に無様さらすことの方が難しいから。間違いなく」

 

「情けは人の為ならず、という言葉の意味がわかる光景ですね……」

 

 エルヤーは、エルフ達の視線に、自分の味方がここには1人もいないことを悟り、絶望した表情になる。その情けない表情を見て、エルフ達の笑みがさらに深まった。

 そのまま、恐る恐る……という感じで振り向いて、今、自分の片腕を奪い去った少年がいる方を振り返り……

 

 しかし、振り返る前に、エオンがチェーンソーを放り投げて捨て――魔法で作られたその武器?は、空気に溶けるように一瞬で消えてしまった――後ろからエルヤーの、頭の上と顎にそれぞれ手を添えるようにして……

 

「こっち見んな」

 

「くへ゜っ!?」

 

 ごきり、と破滅的な音を響かせて、エルヤーの頸椎をひねって破壊した。

 

 ぱっと手を離すと……首と胴体が泣き別れになったに等しいダメージを受けたエルヤーは、そのまま脱力し、崩れ落ち……二度と起きてくることはなかった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 エオン曰く『反逆者』であるらしいエルフ達は全員捕縛。

 それに与していた犯罪組織も全員捕縛。

 雇われていたエルヤーは……死亡。

 

 そして、自分達は……傷の治療までされて、今こうして五体満足で生きている。

 

 絶対に死んだ、もう助からない……と思った所だったが、どうやら生還できそうである。

 ヘッケラン達3人は、それに関しては間違いなく安堵していたし、助けてくれたエオンに感謝してもいた。

 

 しかし、

 

 

(これ……絶対このまま、タダじゃ帰してもらえねえよなあ……)

 

 

 理由があって帝国では隠していたのであろう、エルフの国の『大公』という身分の露呈。

 明らかに……知らない方がよかった情報である。勝手に口走ったのは、あのエルフ達だが。

 

 加えて気になるのは、先ほどアルシェと共に転移して現れた時。

 

 以前アルシェに聞いた話によると、多人数を一度に転移させるというのは……彼女のかつての師であり、第6位階に至っている『逸脱者』フールーダ・パラダインでも不可能だという。

 すなわち、第7位階以上の魔法ということになるのだが……先ほど、間違いなくエオンはアルシェと一緒に転移して来た。それはつまり……

 

「助かったのは、よかったけど……」

 

「私達、色々と知りすぎてしまったのでは……?」

 

「……なんか、ごめむぐっ」

 

「ごめんはなしよ、アルシェ。彼が来なきゃ、私達間違いなく死んでたんだから……あなたが彼を連れてきてくれたことに、文句なんてないわ」

 

「ああ。まあ……色々いらんことを知っちまったことについては……どうにか許してもらえるように交渉……するっきゃねえだろ」

 

「……頑張ってね、リーダー」

 

「頼りにしていますよ、ヘッケラン」

 

「っておい! お前ら俺に丸投げする気かよ!?」

 

「へ、ヘッケラン、大丈夫……私からも話すから!」

 

 

 

(色々言われてるなー……いやまあ、心配になるのも無理ないだろうけど)

 

 エオンはというと、別に何か彼らに対して物騒なことをするつもりはないのだが……それはそれとして、このまま返すわけにはいかないのも事実。

 アルシェとその仲間達を守るためとはいえ、色々と軽率なことをしてしまった自分にも責任はあるだろうが……ひとまずフォーサイトには『一緒に来てもらう』ことになるだろう。

 

「テロリスト予備軍のエルフ連中や犯罪者達はどうせ最終的には処刑か、『おすそ分け』だろうからいいとして、アルシェ達は……姉さん達に相談しなきゃな。ハァ……ん?」

 

 ふと見ると、今しがた頸椎を破壊して始末したエルヤーの死体の周りに、彼の奴隷だったエルフ達が立って、げしげしとその死体を蹴飛ばしているのが見えた。

 まあ、よほどつらい目にあわされていたのだろうし、好きにすればいい。止めるつもりはない……が、彼女達もフォーサイトと同様に、連れ帰らなければならないだろう。

 

 よく見れば、奴隷として売られたエルフの例にもれず……彼女達も耳を半ばから切られているようだ。痛ましい姿なので、同族として、できればなんとかしてあげたい、とも思う。

 

 ひとまず、エルフ娘3人も一緒に、これからのことを話さないと……と、エオンが口を開きかけた……

 

 

 

 ……その時だった。

 

 

 

「お疲れ様、エオン。迎えに来たわよ」

 

 

 

「え゛っ」

 

 不意に聞こえた、そんな声。

 それにはっとして、ヘッケラン達や……少し遅れて、エルヤーの死体蹴り(文字通り)に夢中だった奴隷エルフ達も、声がした方を向く。

 

 エオンはというと、油の切れた機械のような、ギギギ……とでも効果音が付きそうな動きで、恐る恐るそっちを見た。

 

 そこにいたのは……絹のような美しい金髪と、エオンと同じオッドアイが特徴の、幼さの残る顔つきの美女。

 にっこりと笑って、いつの間にかそこに立っていた。

 

「ゆ、ユリーシャ姉さん……お早い到着で……てか、姉さんが直々に来るとは……」

 

「なるべく早く対応したほうがいいと思ってね。一応、仕事で来てるわけだから……陛下、って呼んでくれてもいいのよ?」

 

「ちょっ……ごまかした意味! ……あ、いや、別にいいのか……この後連れていくなら」

 

 

『陛下……!?』

 

 

 そして、突然現れた美女の爆弾発言と、それを訂正しないエオンの反応に、息をのむ面々。

 

 先程、エオンがエルフの国の『大公』だと判明したわけで。

 そのエオンが、仕事として公の場で『陛下』と呼ぶということは……つまり、この美女が……

 

「さて……『フォーサイト』の皆さん、いつも私の弟がお世話になっています。私は、エイヴァーシャー大森林にてエルフの国『ヘイムダール王国』を治めております、女王のユリーシャといいます。よろしくね?」

 

 言いながら、そのすぐ横に……黒い渦を発生させる。

 ここと、はるか遠くを繋ぐ……『転移門(ゲート)』の暗黒環を。

 

「早速ですが、皆さまを私共の国にご招待いたしますね。色々とお話したいこともありますし……どうぞご遠慮なく、今からお越しくださいね」

 

 その場にいた全員が、『まさか断りませんよね?』という副音声を幻聴していたという。

 

 

 

 

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