【異世界転移400年目 □日目】
今日、ナザリックと合同で計画していた、スレイン法国への強行偵察というか、武力偵察じみた作戦が実行に移された。
いや、作戦自体は何日か前から始まってたんだけど、今日、本腰を入れて動き出したというか……暴れ出したというか……
今回の目的は、最近何かと密偵とか色々鬱陶しい法国をちょっと騒がせて動きを鈍らせることと、そのついでに情報とか抜けそうなら、色々やってすっぱ抜くこと。
そして……これはもののついでみたいな感じではあるんだけど、あの国にいる『神人』を利用して、ぼちぼち動き出すであろう『竜王』にゆさぶりをかけ……その注意をそらすこと。そのさらについでに、またそこでも色々と情報とかすっぱ抜ければなおよし。
……ぶっちゃけ、結構行き当たりばったり色が強い作戦ではあるものの……上手いこと臨機応変に立ち回れば、リターンは多いというか、そうなるというか。
……デミアとかデミウルゴスなんかの知恵者枠がそう言ってました。
まあ、そんなわけで……色々思惑をもって考えられた作戦が、今日、実行に移されたわけだ。
手順は、こう。
まず、法国中枢部にある共同墓地から、なるべく曰く付きの遺体を盗み出す。
過去の時代を生きた強者とか、そういうのだとなおよし。なくなった時に、話題性と不安感がより大きくなるだろうから。
実際に忍び込んで盗むのはナザリックのしもべにやらせたらしいんだけど、そしたらなんと、元漆黒聖典第一席次の亡骸をかっぱらってきた。
それ、あの子の……『絶死絶命』とかいう子の母親じゃん。すげえの持ってきたな……絶対大騒ぎになってるでしょ今、法国。表沙汰にはできないだろうけど。
次に、アインズさんがそれを使ってアンデッドを作ります。
100年も前のだから、遺体はもうとっくに白骨化してた。これだと、生前がかなり優秀な人物だったとしても、どうしても出来上がるアンデッドのランクが下がってしまう。
なので、『
重要なのはここから。
漆黒聖典第一席次なのはすごいけど、そのままでは彼女は所詮、あの前エルフ王に勝てない程度の実力しかない。しかも、『わざと生前の姿を残した』アンデッド化で、やや弱体化している。
それでも十分強いっちゃ強いけど、このままだとインパクトがうすい。
そこで、空中庭園の倉庫に眠っていた『パワードスーツ』を使う。
デミア先生がいつものごとく、ちゃちゃっと手を加えて改造し、なるべくおどろおどろしい魔法その他攻撃手段が使えるようにした上で、それを元第一席次のアンデッドに着用させる。
ユグドラシルにおけるパワードスーツは、初心者救済用の装備として実装されたもので、『全身鎧』というカテゴリーになるので、複数個所の装備枠を埋めてしまう代わりに、低レベルのキャラクターでもお手軽に高レベルのステータスを手に入れられる。
装備すると、攻撃力、防御力、機動力が、そのパワードスーツに設定された水準まで上がる。たとえキャラクターがレベル10とかそこらでも、パワードスーツがレベル50相当の品であれば、レベル50相当のステータスが手に入ってしまうのだ。
ただし注意点があり……これで変動するステータスには、HPとMPは含まれない。
なので例えば、さっき言った『レベル10のキャラがレベル50のパワードスーツを着ている』状況だとして……いくら防御力が上がっていると言っても、HPがレベル10相当のそれしかないんじゃ、レベル50と言わず、30とか40程度のキャラが相手でも、一発攻撃にあたっちゃったら即死、なんてことにもなりかねない。
パワードスーツさえ強ければ、レベルが低くても、キャラのビルドが戦闘向きじゃなくても最強になれる……なんて上手い話はないのである。
それでも、そのキャラをそのまま使うよりは強いことに変わりはない。なので、今回はこれを使って元第一席次アンデッドを手っ取り早く強化することにした。
外装いじって、おどろおどろしい『邪悪な騎士』的な見た目になるようにして。
完成したのは、見た目はボロボロの鎧(しかし実際の防御力は70レベル相当)に身を包み、人骨で作られた邪悪な仮面で顔を隠した、かなり大柄な――『
名前決めてなかったのでその場で決めた。『
そうすると……さあ、どうなるか。
☆☆☆
それは、突然の凶報だった。
スレイン法国の領内に、突然、アンデッドと思しき巨大な騎士のモンスターが現れ、道行く人や軍人を無差別に襲い始めたのである。
しかもそれはすさまじい強さで、正規軍が部隊を動かして対応にあたっても、即座に全滅させられてしまうほどだった。
なお、だいぶ後になってから……実は襲っていたのは無差別にではなく、襲われたのは、エルフやハーフエルフを『積み荷』や『奴隷』として扱い、保有していた者達だった……という共通点があったことが、後に明らかになる。
しかしまだこの時点では、何が目的なのかもわからない凶悪なモンスターとしか人々は認識できておらず、恐怖に震える日々を過ごすしかなかった。何かの気まぐれで、その凶刃がこちらに向かないことを祈りながら。
被害がどんどん拡大し、軍が派遣した討伐隊が何度も返り討ちにされている現状を重く見た法国中枢部は、『六色聖典』の派遣を検討し始める。
その過程で、『まずはどんなモンスターなのかこの目で見てみるべきでは』との意見が出た。
ちょうどその時、緊急の『
聞きしに勝る凶悪な様相に、その圧倒的な強さに、『やはり聖典のいずれかを向かわせるべきか』と意見がまとまりかけた……その時だった。
1人の軍人が放った魔法が、偶然そのモンスターの頭に命中した。
なんら痛打になった様子はなかったが……その一撃で、顔を覆っていた骨の仮面が壊れ、その素顔があらわになった。
仮面の下から出てきたのは、少し前に亡骸が盗み出された……元漆黒聖典第一席次の顔。
100年前の人物である。当時の本人に会ったことのある者は1人もいなかったが……記録としてその姿を残していた肖像画で見たことがある者が何人かいたため、それが発覚した。
その後、急遽呼び出された『絶死絶命』に……生前の彼女を知る唯一の生き証人にそれを見せ、『間違いなく母だ』と確認が取れたことで、会議の場は騒然となった。
誰の仕業かはわからないが、盗まれた死体が恐ろしいモンスターに変えられてしまったと、神官長たちは判断した。せざるを得なかった。
そしてこの少し後、『狂騎士』が襲っていた者達の共通点が『エルフまたはハーフエルフを連れていたこと』だと判明。
それについても、彼女がかつて『エルフ』の王によって強姦され、『ハーフエルフ』の望まぬ子を産んでしまったことによる憎悪からだと推測され、納得された。アンデッドになった今、ひたすら自分の生前の憎悪の残骸に突き動かされて動いているのだろうと。
生前の身元から推察するに、その『憎悪の狂騎士』の強さは、漆黒聖典と同等かそれ以上と目され……とても並の部隊や、漆黒聖典以外の『六色聖典』では太刀打ちできないと目された。
ならばやはり、漆黒聖典を出撃させるべきだろう、と話がまとまりかけたところで……会議の場に、とんでもない凶報が飛び込んできた。
『絶死絶命』が、宝物庫の護衛という命令を放棄し、飛び出していった、と。
☆☆☆
「こんな形で、あなたと再会することになるなんてね……」
『ウゥ……あぁあ゛……?』
直前に『憎悪の狂騎士』によって軍が襲撃された地点から、ほど近い場所。
さまよい歩いていた狂騎士……かつての漆黒聖典第一席次とは、夜道で唐突に自分に声をかけて来た少女の姿を見て……唸り声をあげた。
しかしそれは、自分の娘だと気づいたからではなく……
『ハァア゛……ハーフ、エルフ……殺ス……!』
「……自分の娘の顔も分からなくなっちゃったの? 哀れなものね……」
『憎イ……悔シい……! 生カシてハ、置かナイ……!』
一部が腐敗し、ボロボロになっている顔で――彼女が死んでから何年経っているかを考えれば、腐敗どころか白骨化していなければおかしいのだが――歯をむいて、どろりと濁った死人の目に怒りと憎しみをたぎらせて、狂騎士の女は……娘を、アンティリーネを見る。
対して、アンティリーネが母
「……あれだけ憎かったのに、こうしてあなたの、そんな姿を目にすると……どうしてかしらね、あまり苛立ちとか、そういうのが湧いてこないの。……あの男が死んだ時もそうだった。意外と、あんまり気分が晴れなくて……。復讐は空しいことだって、聖職者がよく言ったりするのって……奇麗事だと思ってたけど、割と真実なのかしら」
かつて、何十年にもわたり……虐待に等しいやり方で自分を鍛え続けた母。
敗北を知らない自分が、唯一勝てなかった母。
実際、彼女が娘にやっていたことは、指導以上に……憎い男の血を引いている娘に対して、父親への恨みをぶつける意味が強い……虐待そのものだったのだろう。そのついでに、父親の罪をお前が償え、人類のために戦うことで贖罪とせよとばかりに、色々なものを押し付けていただけで。
アンティリーネも、当然それはわかっていた。
母は自分のことを愛してなどいなかったし、仮に自分が訓練の途中で死んでいたとしても、涙の1つも流さなかっただろうと。
ともすれば、この女を母親として見ること自体、間違いなのかもしれない。血管の中身以外に、自分とこの母の間に、絆も繋がりもないのだから。
「敗北を知りたい……。けれど生憎……あなたにだけは、もう私、負ける気はないの」
その母が、生前以上に狂った目で自分を見据え、両手の剣を振りかざして突進して来る様子を見ながら……アンティリーネもまた、大鎌を構えた。
誰に呼び戻されたのかは知らないが……せめて、その呪われた2度目の生に、自分の手で引導を渡してやるために。
彼女を殺したところで、自分の過去の恨みが晴れるとも、最早思っていなかったけれど。
「あなたの居場所はここじゃない……もう、あなたの時代は……終わったのよッ!」
「……あの力は……彼女は…………そうか」
「とっくの昔に、『世界盟約』は破られていたんだね……。残念だよ……スレイン法国」
☆☆☆
『
その死体は、最後の瞬間に起こった大爆発によって、纏っていた鎧その他の装備もろとも消し飛んでしまい……回収することはできなかった。
アンティリーネは、間一髪で回避し、その爆発には巻き込まれずに済んだ。
レベルにして88にもなる彼女である。能力値にしてレベル70程度にとどまり、さらに一部ステータスではそれよりも大幅に下である『狂騎士』とのレベル差ゆえか、特に負傷らしい負傷もなく、彼女の圧勝だった。
しかし、その顔には勝利を喜ぶ高揚感も達成感もなく、ただただ空しさと虚無感だけが、無表情という表情に現れていた。
こうして、アンデッドとなったかつての英雄によって引き起こされた事件は解決した。
しかしこの直後、法国は、さらに大きな問題に直面することになった。
この世界における最強の存在……『竜王』。
そのさらに頂点に位置するとされる絶対者……アーグランド評議国永久評議員『
遥か昔に結ばれたものとはいえ、『世界盟約』によって、この世界を穢す可能性がある者の存在を許さない竜王には、彼女の存在は認めがたいもの。
それが例え……法国や彼女自身にそのつもりがなく、ただ単に人類の未来のための力だと捉えていても、関係はない。
『竜王』達にとって存在そのものを認めがたい『ユグドラシル』の力を、自分達の喉元に届きかねないレベルまで覚醒させた者を、彼らは決して認めない。
そして……最初からそうなることを見越していたのだろう。
アンティリーネは、母との戦いの後……神都には、戻らなかった。
そして、その数週間後。
『ようやく見つけたよ……覚醒した『神人』。世界を穢す、許されざる『ユグドラシル』の残滓』
「勝手に人に変な呼び名を着けないでもらえる? ……まあ、どんな呼び名だろうと、あなたに呼んでもらって嬉しく思うことなんかないんだけど」
法国から遠く離れた、ある山の頂上付近。
逃げ続け、隠れ続けたアンティリーネだったが、今日この時、とうとうツアーに……『始原の魔法』で作られ、操られる鎧に見つかり、追われ……そして、追い詰められていた。
『私が誰なのかはわかっているようだね。なら、これから君が死ぬことになる理由も……説明はいらないな」
「乱暴ね。私、別にこの世界をどうこうしようって気はないんだけど。確かに人よりはちょっと強いし、色々面白いことができたりもするけど……だからって……」
『関係ない』
最後まで聞くことなく、ツアーは切り捨てた。
『君がどんなつもりであろうと関係ない。その力は危険だ。『ユグドラシル』からきた大きすぎる力は……時に世界を、あるべき姿から容易くゆがめてしまう。使い手にそのつもりがあるかないかに関わらずだ……だからこそ、その存在を認めるわけにはいかない』
白金の鎧の周囲には、いくつもの武器が浮かんでいる。
そのうちの1つ。重厚で力強い見た目のハルバードを、鎧は手に取った。
『恨むなら、その身に流れる血を恨んでくれ。『六大神』と『八欲王』、その両方の血を受け継いで生まれた、異端なる子よ。この世界に……君の居場所はない』
「……それを、誰が決めたの?」
おかしそうに笑みを浮かべていたアンティリーネだったが……血筋を指摘されたからか、その顔から笑みを消した。
同時に、肩に担いでいた大鎌を構える。いつでも戦闘に移れるように。
「世界を穢すとか、居場所はないとか……まるでこの世界全ての代表者みたいに言うじゃない。いったい、世界全てのうち、誰が何をどれだけあなたに託しているの? 『世界盟約』なんていう、知っている人すらごく限られる、大昔にほとんど一方的に締結された決まり事を根拠に……私にはあなた達のやり方は、気に入らないものをもっともらしい理由をつけて排除しているようにしか見えないわ」
『……理解しろとは言わないよ。100年近くを生きているであろう君であっても……かつてユグドラシルから来た者達が、どれだけこの世界を手ひどく壊し、汚し、狂わせたのか……その結果、どれだけのものをこの世界が失ったのかを知らないわけだからね』
「言い回しでごまかそうとしなくていいわ。どうせ、何も説明するつもりなんかないんでしょう……『世界盟約』とやらの内容も、基準も……どうせあなた達『竜王』の匙加減1つで、その『世界』だって『竜王』にとってのそれしか見ていないくせに。……ああ、そういえば」
「?」
「時々聞くんだけど……あなた達『竜王』の一部は、『ユグドラシル』……神の世界から来た者達のことを、『竜帝の汚物』とか呼ぶらしいじゃない? それ、どうしてなn―――っぶないわね!」
言い終わるよりも前に、ツアーの周囲に浮遊していた武器たちの一部が、すさまじい勢いで飛んで襲い掛かってきた。
アンティリーネは飛びのいてそれを回避し、追尾して来たいくつかについては鎌を振るって叩き落す。
鎧は、ゆっくりとそれを追って体の向きを変える。
がらんどうである鎧の中には、誰もいない。しかしアンティリーネは……その鎧の『向こう側』から感じる視線に、わずかに苛立ちや怒りの感情が乗ったのを感じ取っていた。
「あら、ごめんなさい。もしかして聞いてほしくなかった?」
『……君の言う通りだ。言い回しでごまかすのはやめにしよう』
「?」
『何をどう言い換えてどう話し合おうと、私と君がどちらも納得できるような結論など、最初から存在しない。私は君を逃がすつもりはないし君が納得できるかどうかも関係はない。……最初から、話し合う意味などなかったと、思い出せたよ』
「開き直ったってわけね。全く調子のいい……」
大鎌を構えなおすアンティリーネ。
油断なく白金の鎧を見据え……これまでに数えるほどしかとったことのない、本気の臨戦態勢に入る。
それだけ警戒しなければならない相手だと、戦う前からわかっていた。
(依り代とはいえ、相手は『竜王』……よくわからない『始原の魔法』とやらを使ってくることを合わせて考えれば、私に『敗北』を教えてくれるかもしれない相手、か……でも……)
(どうして……? 敗北を知りたかった、はずなのに……)
(なんだか……)
自らの心の中に生まれていた、違和感。
その正体にアンティリーネが行きつくのを待ってくれるはずもなく……白金の鎧は、地を蹴ってすさまじい勢いで突貫し、周囲のいくつもの武器と共に、半妖精の神人に襲い掛かった。