「ええい、一体何を考えているのだ南部の連中は! この大変な時にああだこうだと理由をつけて支援を出し渋りおって!」
「落ち着いてください、姉さま……確かに業腹ですが、南部のこれはいつものことです」
ローブル聖王国、首都ホバンス。
その王城の一室にて、苛立っている様子を隠そうともしない女騎士……聖騎士団団長、レメディオス・カストディオの怒号が、遠慮なく部屋の空気を揺らしていた。
そこから少し離れた位置に座る、女騎士とよく似た容姿をしている女神官……ケラルト・カストディオもまた、今しがた聞いた内容に、眉間にしわを寄せて渋面を作っていた。
たしなめるように言いつつも、姉であるレメディオスの気持ちはよくわかるのだろう。
国家存亡の危機……というほどではないにせよ、間違いなく『非常の事態である』と言っていい現状をきちんと伝えたにもかかわらず、南部の貴族達は。自分達……聖王女カルカを含む北部に、何かと理由をつけて応援をよこさないでいる。
結果、力を結集すればすぐにでも対処できただろう規模の、亜人達の襲撃が長引き……その間に亜人達がさらに勢いを増したことで、北部の苦境はかなりのっぴきならないものになっていた。
そもそもの話、何種類もの亜人の、いくつもの部族が同時多発的に襲撃をかけてくるなど、聖王国の長い歴史の中でもそうそうなかった事態である。
過去にあった事例では、何か大きな脅威が現れ、ナワバリの変動が起こった結果、そのしわよせとして……行き場をなくし、後に引けなくなった亜人達が、破れかぶれで一斉に聖王国を襲ってきた……などということならあった。
今回の騒乱も同じような原因であれば、由々しき事態だ。亜人の襲撃ももちろん大変ではあるが……同時に、その背後に何らかの別な『脅威』が潜んでいるということになるのだから。
その可能性がある、ということも含めて、南部には知らせたというのに……連中は
結果、北部でどうにか用意した応援の兵力を各地の戦線に少しずつ送る対応しかできておらず、前線で戦っている者達に苦戦を強いることしかできないでいる。
「どこか1カ所でも破られれば、国内に亜人がなだれ込んでくる……そうなれば、守るべき民にも犠牲が出るのだぞ! 弱き民を守らねばならないという、カルカ様の理想を理解できないのか……愚か者どもがッ!」
「落ち着いてってば……それで、亜人達が暴れ出した理由はわかりましたか? 調査隊を、大きく迂回させてアベリオン丘陵へ向かわせたのでしょう?」
姉をなだめつつ、部下に報告を促すケラルト。
話を振られた部下は、『はっ』と敬礼して話し始めるが……その重苦しい口調から、ケラルトは。『ああ、芳しくない報告なのね』となんとなく悟っていた。
「それが……予定していた期間を過ぎても、調査隊は1人も戻りませんでした。魔法を使った安否確認にも応じる様子がなく……恐らくは……」
「……そう……」
恐らく、失敗したのだろう……自分達の命を失い、情報を持って帰れなくなった、という形で。
沈痛な面持ちの部下に下がるように言い、深呼吸して心を無理やりに落ち着けて……会議の卓に向き直るケラルト。
情報が入ってこないのは残念だが、だからといって何もせずにいるわけにはいかない。
このまま何もせずに手をこまねいていれば、そう遠くない未来、レメディオスが言ったことが現実になってしまうだろうからだ。
「……南部には、引き続き使者を送って支援の要請を続けます。業腹ですが……前回よりも少しだけ、こちらから譲歩する形をとるほかないでしょう。今は……長ったらしく交渉している時間も、惜しいですから」
これが平時であれば、知略に長けたケラルトは、計略や情報を上手く使った得意のやり方で南部の諸侯を裏から闇から追い詰めて泣かせる勢いで責め立てるのだろう。
姉と違い、直接的な怒声や暴力ではなく、策略を用いて静かに、しかし苛烈に報復してくるケラルトの恐ろしさは、彼女に近しいものならばよく知っている。
しかし、今自身が言っていたように、今はその時間すら惜しい。
こうしている間にも、前線では、国境に詰めている『九色の“黒”』をはじめとした戦士達が、必死で亜人達の攻撃を食い止めているのだから。
「同時に、冒険者組合にも連絡を。亜人の迎撃を依頼します。それと……聖騎士団からも人員を出して備えたいのだけれど」
「もちろん構わん! ただ、細かい調整はイサンドロとやってくれ。私ではわからん」
一切迷うことなく部下に丸投げする旨を宣言したレメディオスに若干頭が痛くなりつつも、実際そうするのが一番早いし確実だとわかっているケラルトは、あまり考えないようにして頷いた。
(それにしても……姉様の言う通りだわ。本当に南部の連中は、空気というものが読めないのかしら? 今回の襲撃は、下手を打てば本当に聖王国内部に大きな打撃を与えられかねないものなのに……そんな時にまで味方の足を引っ張るなんて。前から連中、こんな愚か者の集まりだったかしら……それとも、カルカとカスポンド殿下の一件、それほどまでに根深い対立になっていたというの……?)
常ならば、南部の連中も、嫌味を言うのが許される場面とそうでない場面……足の引っ張り合いをしている場合か否かくらいの区別はついていたはずなのに、ここ最近の反応は、嫌らしいを通り越して愚鈍にすら思える。
そのことに、何か嫌な予感を覚えていたケラルトは……背筋に走る寒気をどうにか無視しつつ、てきぱきと部下(と、姉)に指示を出していくのだった。
この苦労が一刻も早く報われて、元通りの穏やかな日常が、聖王国に戻ってきてほしい、と願いながら。
☆☆☆
【異世界転移400年目 「」日目】
聖王国は『北部』と『南部』で仲が悪い。
デミウルゴスに聞いたのはもちろんだけど、それ以前に……あの国にも私の子供達がいて、その子達から世間話的に聞かされていたので、それは前からよく知ってた。
ここ最近は特に、『聖王』位の継承云々の問題があって、その対立が激化していたらしい。
現在、聖王国には2人の王族がいる。
『聖王女』の呼び名で知られる、カルカ・ベサーレスと、その兄である……カスポンド、だっけか、名前。
本来の継承権から言えば、兄であり、また男系王族であるカスポンド王子が王位につくのが順当だったんだが、彼は自ら身を引いて、国民に人気も高く政務能力もある妹・カルカを女王に推した。
結果、今の状況になったわけだが……これに、カスポンド王子を推している連中が反発しているそうだ。そしてそいつらが主にいるのが、『南部』。
逆に、聖王女の御膝元である『北部』には、彼女を支持する貴族や民が多いため、そのままこの問題が南北のいさかいの大きな原因になってしまってるわけだ。
で、今回の騒乱を受けて……南部の連中は、北部だけでは対処できずに南部に応援を要請して来ている……しかも、時間にも戦力にも余裕がないから、常よりもかなり下手に出て、色々譲歩して来ている今の状況を、すごく面白がっている。
いい気味だ、とでも思ってるんだろうか。
そんなこと言ってる場合じゃないと思うんだけどねえ……実際、今現場ではすごく大変な思いをして兵士の皆さんが戦ってるらしいし。
まあ、その大変な思いをしてるの、ナザリックのせいなんだけど。
デミウルゴスがアレコレ色々やって、亜人の部族を追い立ててるそうなので。
行き場をなくし、後に引けなくなった亜人達が、必死になって聖王国に『逃げて』来ている。
その途中で、聖王国の城壁とか、兵士が邪魔だから『どけよ!』って押しのけようとしてるのが今の戦いなんだよね……あと、餌として狙ってるのも一部いるか。
ただし、そこで亜人を追い立てる作業には、『魔王ヤルダバオト』は関わらせていない。
別な方法をつかっているとのことだ。亜人達の襲撃は、ヤルダバオトは関係ない。全く別な、何らかの脅威に端を発するものである、という設定である。
『魔王ヤルダバオト』には、この後、別な役目を割り振ってあるからね。
亜人に気を取られている間に……全く無警戒だった別方向から、さらに聖王国を難局が襲う。泣きっ面に蜂、な事態が待っている。
自分達には関係ないと、対岸の火事のつもりだった……『南部』の連中に、ね。
【異世界転移400年目 ///日目】
えー……現在、南部はハチの巣を突っついたような大騒ぎとなっております。
こないだの日記で例えた『泣きっ面に蜂』のたとえ話から上手いこと言ってみました。
北部が亜人の襲撃で大変そうで、どうにか南部に助けてもらおうと下手に出て交渉して来てるのを面白がっていた皆さんだが……それどころじゃない事態になってしまった。
何が起こったかというと……数か月前、リ・エスティーゼ王国で猛威を振るった、魔王ヤルダバオトが襲来したのである。
今度はこの聖王国で、しかも南部のあちこちの都市で、悪魔達を解き放ち……『ゲゲル』の開催を宣言。非情無情の殺人ゲームの火ぶたが切られた。
なお、会場となる聖王国南部の方々の同意はもちろん取ってません。
現在、聖王国南部の各都市では、同時多発的に悪魔達が『ゲゲル』を実行し、すごい勢いで人が死んでいっている。
しかもどういうわけか……兵士や冒険者、さらに、兵士として戦える年齢の若者達が主に狙われており……女子供などの力のない者達は全くターゲットになっていない。
狙われない女子供達からすれば幸運だろうけど、焦っているのは貴族達だ。子飼の私兵達が多く失われてしまい――殺された者もいれば、それを恐れて逃げ出した者もいる――自分の周囲や屋敷の防備が貧弱になってしまった者も少なくないから。
さらに、貴族達自身がターゲットとして殺されたケースもかなりある。
王国でもそうだったように、悪魔は相手が貴族だろうが何だろうが躊躇なく殺す。権威なんてものは役に立たない。力でもって撃退できなければ、殺されるのみ。
今のところ、撃退に成功したのは、運よく高レベルの冒険者や傭兵を連れていた者達のみ。武力のみが自分達を守ってくれると否応なしに理解させられた貴族達は、こぞってその冒険者達に依頼を出し、自分達を守るように求めた。
が、その冒険者達……アダマンタイト級チーム2つ、『星空の守り人』と『天空の花嫁』の2つのチームは、タッチの差で別な依頼を受けて都市を離れてしまい、貴族達を守ることなくどっかへ行ってしまいましたとさ。
当然、貴族達は阿鼻叫喚。『探し出して連れ戻せ!』なんて言ってるけど、無理な話だ。
何せ彼ら、『北部』からの依頼を受ける形で亜人達の対処に……すなわち、遠く離れた『北部』のしかも前線に行っちゃったんだもの。連れ戻せるわけない。
無理にそんなことしようもんなら、北部に喧嘩売ることになるし、民達を守る盾を引っぺがすに等しい行為だから、南部の貴族達の評判も最悪になるだろう。
まあ、そうしろって私が指示出したからなんだけどね。私の子供達からなる2チームに。
そのまま
……なお、その場合でも王国の貴族達よりはだいぶマシっていうのがね……あの国がどれだけ終わってたかわかるってもんだ。
あと数年くらい発酵が進んでたらアレに並ぶクソがいくつか生まれてた可能性もあるけど、そこまでじゃない、ちょうどいい貴族が今回ちょっといなかった。
なので、私がちょっと潜入して破壊工作する必要があったんですね。いい感じにアレな貴族の腐敗と壊れを加速させて破滅の引き金役を持たせるという。
いやー。久しぶりに『傾国の悪女』やったけど、やっぱこれはこれで楽しいんだよね……。
人を『行っちゃいけない方』へ行くように、『やっちゃいけないこと』をやるように、『しちゃいけない考え方』をするように誘導する、しかもそれを本人に判断させて自然に全てを誘導していく。
なお、使っていいのは演技と言葉と体だけ。魔法は、適度に魅了する以外は使わない。
そしてそれが成功した時の達成感がホントに気持ちいいのよ……。
なお、これの対極に存在するのが『まっとうな子育て』です。きちんと子供に、『やっちゃいけないこと』を教える感じのね。
で、私の破壊工作の甲斐あって、南部貴族の調子乗り+自爆が連鎖的に進んでいる。
具体的に……といっても、詳細に書いちゃうと日記が50ページとか必要になっちゃうので、簡単に概要だけ書いとこか。
今、北部って、亜人の襲撃やら何やらで大変で、一刻も早く南部諸侯の協力を取りつけなきゃいけない状態だっていうのは先に話したじゃん?
加えて南部では、これは私達としても予想外だったんだけど――その上で利用してるけど――『評議国』から秘密裏に接触されてて、『聖王』位が絡んだ後ろ暗い取引が進められてるじゃん?
雑に言うと、『南部』は今、外的な複数の要因に後押しされた特需ないしバブル的な状況にあるんだよ。下支えがあるわけじゃないから安定していない、いつ弾けて終わるかもわからない、一時的なものでしかない好景気。
そこで、『今すっごい儲けるチャンスだから、手元のリソース全ぶっ込みで投資して荒稼ぎしちゃおうぜ! なお法律すれすれだけど合法、リスクマシマシな方法含む!』って煽りまくるのが私の破壊工作ね。
結果、
『あいつがやったんだから俺も!』
『上手い話に乗り遅れるな!』
『俺だけ損してる気分……!』
『絶対に勝てる方法じゃんこれ!』
『今なら合法だから! 今逃がすと規制されちゃうから!』
『乗るしかない、このビッグウェーブに!』
『ほら、みんなやってますよ』。
……こんな感じで次々に『行っちゃいけない方』へ走り始めておりますわよ。
そのせいで南部全体が政治的・経済的・防衛的に、勇み足で危険な方向に走っていった。全力で『捕らぬ狸の皮算用』を進めて、やるべきじゃないところまで色々ベットしてしまっている。
……『いざという時』の対応が間に合わない、取り返しがつかない方向に、どんどんと。
為政者として絶対やっちゃいけない、明るみに出た時に一切酌量の余地がない、貴族位はく奪の上取り潰しでも文句言えないような領域に、とんとんと。
冷静になって第三者の立場から見ていると、手の込んだ自殺としか思えないような無謀を、皆が一緒になってやっている、恐ろしい状況。赤信号、みんなで渡って、大惨事。
そして、そのタイミングで発生したのが、冒頭で説明した、『魔王ヤルダバオト』によるゲゲル。
人的被害のみならず、風評や流通など、様々な分野での痛手が『南部』を襲い……自覚なく薄氷の上で踊っていた彼らは、盛大に『踏み抜いた』。
弾けるバブル。
破綻する商売。
立ちいかなくなる領地経営。
押し寄せる摘発の波。
いなくなる味方。
これらの火種を逃がすはずのない北部のやり手の皆さん。
とどめに、評議国との密約による内部での暗躍が露見した上に、肝心の評議国からは……
『何だそれは、そんな話知らんぞ。南部のそいつらが勝手にやって勝手に言ってるだけだろ』
分かり切っていたトカゲの尻尾切りをされて。梯子を外され、あらゆる意味で逃げ場がなくなってしまった南部の貴族達。
勇み足だったと気づいてももう遅い。分水嶺は超えてしまった。後はもう、自分でこの状況を何とかできる力がなければ……転がり落ちていくだけ。
そんな大変な中でも、『貴様らの都合など知らん』とばかりに実行されていくゲゲル。
ますます悪くなっていく状況。逃げ出していく人材やら何やら。
むしろこっちが頭を下げて『北部』と協力しなければ、明日のパンも買えないような人が続出。うーん……見事に社会ぶっ壊れたね!
これぞ『悪女』の面目躍如ってやつよ! はっはっは、恐れ入ったか!
あ、ちなみにこうなった段階で私の役目は終わりなので、さっさとフェードアウトしました。
その際、機密情報とか、悪徳貴族の隠し財産(どす黒い金やそれ由来の品々)を退職金代わりにごっそりもらっていった(あえて普通の金には手をつけずに)。
別に金に困っちゃいないし欲しくもないけど、悪女的な消え方っていったらこうかなって。
これにてミッションコンプリート。
さ、後はデミウルゴス……もとい、魔王ヤルダバオト主導の『ゲゲル』で、思う存分南部を……特に防衛機能をズタボロにしてもらいましょ。
次のフェーズで、もっともっとズタボロにしてもらえるようにね。