オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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えっ……誰それ……知らん……

 

 

 モモン達『漆黒』、および『蒼の薔薇』の冒険者チーム連合部隊と、『ゲゲル』を行う悪魔達との戦いについて……記すべきことは多くない。

 というのも、王国で起こっていたことと何ら変わらないからだ。

 

 いつ、どこで、誰を標的に、どのような形で始まるかわからない殺人ゲーム。悪魔達に関する情報など、どこからも入手できるはずもない。

 必然的に、冒険者チームは後手に回らざるを得ず、犠牲者を0にすることはさすがにできていない。

 

 まあ、今回は、事前にラストが潜り込んで調べた『殺してもよさそうな貴族やその関係者』を中心に進めているので、犠牲者0はそれはそれで困るわけだが。

 

 現状、予定通り(・・・・)大きな都市を中心にしてゲゲルは起こっており、モモン達はそのあたりに滞在しながら、マッチポンプの悪魔討伐を続けている。

 しばらくこのまま続ける予定だ。もう少し数をこなすと、だんだんと悪魔が強力になり……『ゲリザギバス・ゲゲル』級の戦いが見られるようになるだろう。『漆黒』の名声を高めるために、衆目のあるような場所で、なるべく華やかに。

 

 

 

 そう、モモン達の方は……何ら問題なく事態は推移していた。

 

 問題……というほどではないにせよ、予定外のことが起こっていたのは……レメディオスらが行っている、入り込んだ亜人達の討伐部隊の方であった。

 

「死ねぃ、ニンゲン!」

 

「貴様が死ね……【剛撃】!!」

 

 激しい戦いの中、振り下ろされる妖巨人(トロール)の棍棒の一撃。

 それを受け流すようにして防ぐと、返す刀でレメディオスは、聖剣・サファルリシアを……彼女のみが持つことを許された、聖王国最強の剣を振りかぶる。

 

 彼女自身の卓越した剣技に、『武技』を乗せて放たれた一撃は、筋肉と脂肪が積み重なった巨体を横一文字に切り裂き、両断した。

 剣に備わった聖なる力故か、再生することなくそのまま、びくびくと震えて……ただの肉塊となり、死んだ。

 

 しかし、

 

「姉様、危ない!」

 

「っ!?」

 

 その、渾身の一撃を叩き込んだ瞬間の、一瞬の隙を狙っていたのだろう。離れた位置から、別な妖巨人が、巨体に見合った大きさの投石器(スリング)を使い、人の頭よりも大きな岩を放り投げてくるのを、レメディオスは視界の端に見た。

 まずい、と思った。タイミングが悪い意味で完璧だった。さすがに回避できない。

 

 このまま直撃すれば……さすがに自分もただでは済まない。

 防御系の武技を使って耐え、その後あの妖巨人を討ち取る、選択肢を素早く選んだレメディオスだったが……それを発動する前に、

 

「『魔法の矢(マジックアロー)』!」

 

 横合いから飛んできた複数の光弾。そのうちのいくつかが岩に命中し、空中でそれを砕いた。

 残りの光弾は、岩を放り投げた妖巨人の顔面に直撃し、大きくたたらを踏ませる。

 

 一転して好機になったのを悟ったレメディオスは、【加速】の武技を発動して地を蹴り、一気に距離を詰め……今度は大上段からの一撃で、妖巨人を唐竹割りで真っ二つにした。

 

 返り血が降りかかるのを乱暴に袖で拭いながら、ふぅ、と息をつく。

 

 そして、たった今最高のタイミングで魔法による援護を行ってくれた妹に礼を……

 

「すまんな、ケラルト。正直少し危なかったから、助かったぞ!」

 

「え? いや、違うわ姉様。あれ、私じゃない……」

 

 ……言ったのだが、返答は予想外なもの。

 自分を救ったあのアシストは、妹がやったものではなかったらしい。

 

「うん? じゃあ誰が……なんだ、お前か」

 

「『なんだ』はねえだろ……一応助けたんだぞ今、俺」

 

 先程、『魔法の矢(マジックアロー)』が飛んできた先に視線をやると……そこにいたのは、1人の青年だった。

 

 短めに切りそろえた灰色の髪に、青い瞳が特徴的。歳の頃は十代後半から二十代前半、と言ったところに見え、背丈は高めだがやせ形の体格。

 

 その服装は、レメディオスの部下である『聖騎士』のそれでも、ケラルトの部下である『神官』のそれでも、どちらでもない。野営や探索に向いた、典型的な野伏(レンジャー)のような服装だ。

 それもそのはず。彼は、いくつか前の町に立ち寄った際に雇った、冒険者だったのだから。

 

 手に持っているのは、先端に宝玉のついた長い杖。彼が野伏ではなく魔法詠唱者(マジックキャスター)であることがそこからわかる。

 先程自分の危機に魔法を使って救ってくれたその青年に、レメディオスは、妹にしたよりもやや下がったテンションで『助かったぞ、礼を言う』と述べた。

 一応言ってはくれたので、青年の方も特に気にせず『おう』と返した。

 

「ん? 待て、お前は南側の担当だったはずだが……何でここに来ている?」

 

「あっちはもう済んだ。というか、半分くらい討伐した後で、残った奴が逃げ出して北側の……こっちの妖巨人(トロール)達と合流しそうだったから追いかけてきたんだ。さっき岩投げて来た奴がいただろ? それだよ」

 

「ああ、そうか。それは正しい判断だな、よくやったぞ…………えーと」

 

「ジョンだ。ジョン・スミス」

 

「そうそう、そうだった、思い出した。よくやったぞジョン」

 

「姉様、嘘です。そいつの名前そんなんじゃない。『カルウィン・ヴィスコンティ』ですよ」

 

「何、そうなのか!? おいお前、どういうことだ! なぜ嘘をついた!?」

 

「いや、だって……明らかに名前忘れてるのに覚えてる風な感じに言うから、ちょっと遊んでみようかなって」

 

 しれっとそんなことを言う青年……カルウィンに、レメディオスは腹を立てて詰め寄る。

 

「人が頑張って名前を思い出そうとしてたというのに、遊ぶな! 嘘の名前を名乗るなど失礼だと思わんのか!? そっちで覚えたらどうする!」

 

「人の名前を忘れるのは失礼じゃねえのかよ。……つか、俺あんたに名前忘れられるのこれで3度目なんだが。覚える気ある?」

 

「頭の痛くなるやり取りはそのくらいにしてちょうだい。まだ妖巨人(トロール)いるんだから……逃がしちゃいけないし、さっさと片付けるわよ」

 

「う、うむ、わかった! おい、聞いていたな! さっさと……いない!?」

 

 レメディオスが振り返ると、さっきまで自分と言い争っていた冒険者の青年の姿はすでになく、

 

 

魔法三重化(トリプレットマジック)……『雷槍(サンダーランス)』!!」

 

『ぐああぁぁあああっ!』

 

 

「あっ! あいついつの間にあんなところに……!」

 

「……あー……今ので最後だったみたいね」

 

 だいぶ離れたところの上空に『飛行(フライ)』で飛び上がり、何本もの雷の槍を降り注がせて残りの妖巨人(トロール)を葬り去っているところだった。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 その日の夜。

 青年こと、カルウィン・ヴィスコンティ(ちゃんと本名)は、疲れた体を癒すため、宿の風呂に入る所だった。

 

「あー、疲れた……。領内に亜人が群れで入り込んでるってどういう状況だよ……ちゃんと仕事しろよ貴族共……」

 

 妖巨人(トロール)の群れを討伐完了した後、レメディオス達の部隊は、近くの町に宿を取って休息を取った。

 もちろん、カルウィンもそれに同行している。

 

「まあ、そういう仕事なのを承知で受けたわけだから、戦うことに関しちゃ文句はないんだが……それにしたって、この国の将来が心配になるな。……ま、俺みたいないち市民が心配したところでどうなるって話だが……なるようにしかならない、か」

 

 任務に同行している冒険者達――道中の案内兼戦力として、レメディオス達が『ゲゲル対応班』とは別に数人雇った――は、それぞれで宿を取り、後から宿代を雇い主であるレメディオス達が清算する仕組みである。

 ただし上限額アリで、中程度のランクの宿屋に一泊できる程度の予算なので、それ以上の宿屋に泊まりたい場合は自腹となる。

 

 ほとんどの冒険者達は、予算内で泊まれる、自腹が発生しない宿を選んだのだが、カルウィンは『疲れたししっかり休んで疲れ取りたいからちょっと贅沢するか』という理由で、町の中でも高いランクの宿屋を選んだ。予算オーバーだが、金に余裕はあるので構わないと。

 

 予約制で使える大きな風呂があることで有名なそこに部屋を取り、さっそくその大浴場を予約したカルウィンは、その時間になると意気揚々と風呂場に向かった。

 安くない金を支払った分、堪能させてもらうつもりで。

 

 そして、鍵付きの戸棚に服や装備品を押し込んで裸になり、いざ、と風呂場の戸をガラッと開け放ったところで……

 

 

「「「……え?」」」

 

 

 3人の声が、気持ちいいほどにそろった。

 

 1人はもちろん、今しがた戸を開けたカルウィンの声。

 

 残り2人分は……カルウィンが予約中であり、誰もいないはずの風呂場の中から聞こえて来た。

 

 当たり前だが、一糸まとわぬ姿で、今まさに湯船に入ろうとしていたところであった……2人の、茶髪の女性。

 どちらも、カルウィンにとってよく知っている顔だった。

 ついでに言うなら、よく似た顔の2人だった。姉妹なので当然だが。

 

 たっぷり3秒ほど、お互い状況が呑み込めずに硬直して……再起動は、3人同時だった。

 

 

「きっ……きゃああぁぁああ!?」

 

「このっ……痴れ者がぁあ―――っ!!」

 

「待っ、なんでぶげらっ!?」

 

 

 湯船の中で、驚きと恥ずかしさから悲鳴を上げたケラルト。

 それを背に、水の抵抗はどこに行ったんだという勢いで湯船から飛び出し、渾身の拳をカルウィンの顔に叩き込んだレメディオス。

 

 余りの威力に、縦に3回転半して壁にたたきつけられたカルウィンは、そのまま床にずり落ちるように落下して…速やかに意識を手放した。

 

 

 ☆☆☆

 

 

 十数分後。

 

「なるほど……不可抗力だったのは本当みたいね」

 

 服を着させてもらえず、腰にタオルを巻いただけの姿で、カルウィンは脱衣場に正座させられていた。寒い。

 

 その彼を、きちんと服を着た状態で見下ろしているレメディオス。

 不埒な覗き魔がおかしなことをしないように見張り、必要に応じて(必要でなくても)鉄拳制裁も辞さないつもりで睨んでいた彼女だったが……今しがた、その罪状が冤罪、あるいは情状酌量の余地ありだということが判明したところだ。

 

 明らかにしたのは、カルウィンからの釈明を受けて宿の主人に確認したケラルトである。

 

「む。どうだったんだ、ケラルト?」

 

「一応、言っていることは本当だったわ。宿のフロントで手違いがあって、大浴場の予約がブッキングしてしまったみたい。彼と私達で、同じ時間に二重に予約を受けてしまっていたのよ」

 

「それはつまり……私達が入っている時間なのに、こいつも入っていいと宿が説明していた、ということか?」

 

「そうみたい」

 

 姉妹の会話を聞いて、疑いが晴れたことを悟ってホッとするカルウィン。

 

「まあでも、私達の裸を見てくれた罪はそのままだけどね?」

 

「いや、そんなこと言われても……不可抗力だっていうのは今わかってもらえただろ? 俺、悪くないと思うんだが……」

 

「脱衣場で物音を聞いて『誰か入ってる』ってわかったでしょう? そこで引き返してあなたが宿に事情を聴いてくれればよかったじゃない。……それとも、私達が悪いっていいたいわけじゃないわよね?」

 

「いや、それはないけど……でも、誰が悪いって話でもないだろこれ? 不幸な事故……」

 

 「ん? 誰が悪いって?」

 

「………………」

 

 数日前、会議室で貴族達を黙らせる際に見せた、レメディオスの眼力。

 それとはまた種類が異なる……しかし、まぎれもなく『逆らってはいけない』という不可視の重圧となって、ケラルトの笑顔の視線の圧がカルウィンを襲っていた。

 

「……俺が悪いです」

 

「よろしい」

 

 数秒後、カルウィンはプレッシャーに屈した。

 反論することもできなくはなかっただろうが、直感的に『逆らってもろくなことにならない』と悟った。今まで何度も冒険者生活の中で彼を救ってきた機器察知能力が告げていた。

 

 あと、ずっと裸で寒いので早く風呂に入りたかった。

 

「ま、同情はするけど……諦めなさい。こういう時に悪いのは男って決まってるのよ」

 

「理不尽だ……」

 

 がっくりとうなだれるカルウィンを、意外にもレメディオスは『悪かったな、もう服着ていいぞ』と、ぽんぽんと肩を叩いて慰めつつ、軽くではあるが謝っていた。

 

 それを聞いて、『あ、悪い人ではないんだな』と悟りつつ、お言葉に甘えて……だいぶ痺れた足をどうにか動かして立ちあがる。

 が、案の定足はうまく動いてくれず……立とうとして上手くいかず、もつれて……

 

「わっ、とっ、と……」

 

「おっと」

 

「ん? きゃっ!?」

 

 つんのめって……ちょうど目の前にいたレメディオスに突っ込んだ。

 が、レメディオスがひらりとかわしてしまったので……その後ろにいたケラルトに突っ込んだ。ケラルトは、ひらりとかわせなかった。

 

 結果、そのまま倒れてしまったカルウィンが……ケラルトを押し倒す形に。

 

 咄嗟にカルウィンは、腕を床についてつっかえ棒にする形にして、自分の体がケラルトを押しつぶしてしまわないように支えてこらえたのだが……これがある意味、余計だったというか。

 

 結局仰向けに倒されてしまったケラルト。

 その上に、四つん這いになって覆いかぶさる形になっているカルウィン。

 なお、顔と顔の距離はわずか数センチほど。

 

 そして、このタイミングで、カルウィンが腰に巻いていたタオルがはらりとほどけて落ちてしまう。

 風呂に入ろうとしていたカルウィンが、今現在身に着けている、唯一の衣服(?)が。

 

「「………………」」

 

 結果出来上がった構図。お察しください。

 

 それを見ていたレメディオスが、『大丈夫か?』と、ケラルトが頭を打っていないかを心配している。不可抗力だというのを、今その目で見ていてわかっているためか、カルウィンを責めるようなことを言うつもりはないらしい。

 

 ただし、押し倒されたケラルトの方はというと。

 顔がみるみる赤くなり、口元は怒りでぷるぷる震え、目はつり上がり……

 

「いや、その」

 

「……ッ……破廉恥なっ!!」

 

 

 

 ―――バッチィン!!

 

 

 

 さらに数十分後、

 

 再びタオル一枚+正座で、ケラルトからの説教と罵詈雑言をこんこんと受け続けることとなったカルウィン。情状酌量はなかった。

 

 終わる頃には、カルウィンの風呂を予約した持ち時間はほぼ残っておらず、とても入る時間はなかったため、冷え切った体でそのまま部屋に戻ることになったのだった。

 

「はぁ……不幸だ……」

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

「監視用に出してた影の悪魔(シャドウデーモン)からの報告で、なんかそんな感じの愉快な奴がカストディオ姉妹に同行してるっぽいんですけど……ラストさんなんかしました?」

 

『えっ……誰それ……知らん……』

 

「あっ、マジですか。じゃあこいつ、100%天然もののラブコメ系主人公的な何かってこと……?」

 

『何ですかそのパワーワード』

 

 

 

 

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