ローブル聖王国が誇る最高位神官、ケラルト・カストディオは、今……屈辱と絶望、そして、どうしようもない恐怖の中にあった。
衣服も装備も全てはぎとられ、一糸まとわぬ姿になって転がされているのは……まな板を思わせる、巨大な石の板の上。
そこに今、彼女は、よくわからないいくつもの肉の塊と一緒に……『盛り付けられて』いる。
周囲には、ぐふふふ……と薄気味悪い笑い声を口から洩れさせ、涎を垂らしてこっちを見ている怪物の群れがいて、自分を見下ろしている。
ケラルトの裸体を前に、その目に宿っているのは、劣情ではなく……愉悦と、そして……食欲。
亜人の中でも特に大きな体格を誇る種族の1つ……『
アベリオン丘陵に住む亜人達の中でも、部族によって生態が大きく異なる種族である。肉を好んで食べる者もいれば、そうでない者もいる。人間に対して友好的な者もいれば、他のいくつかの亜人すらも含めて餌としか見ていない者もいる。
不運なことに、今目の前にいるこれらは、人間を餌として見ている者達のようだ。もっとも、だからこそ聖王国に攻め込んできたのだろうが。
(だ、め……体が……体が、動かない……)
逃げようにも、両手両足を折られている上、死なない程度に血を抜きとられてしまっているせいで、体に全く力が入らない。それどころか、頭に回る血が足りないせいで、気を抜けば、意識すら失ってしまいそうだった。首を動かすこともできない。声も出せない。
ただ、恐怖と絶望からだろうか、自分の口元から嗚咽のような音が漏れ出ているのを、ケラルトは聞いていた。
(こんな、こんな形で死ぬなんてっ……!)
血を抜かれて体中が寒く、冷たく……力が入らないことも相まって、今の自分がどうしようもなく矮小で脆弱なものと感じられてしまう。
実際、これから始まる彼らの『晩餐』を前に、自分はなすがままになるしか……生きたまま解体されて、食いちぎられてかみ砕かれて、腹の中に入るしかないのだ。
それを想像すると、絶望と恐怖で涙が出て来た。
それを見て、『このニンゲン、自分でドレッシングを出しているぞ!』『なんとも気の利いたメインディッシュだ!』などと嘲笑うミノタウロス達。
普段、『絶対に怒らせてはいけない、聖王国最恐の女性』などと言われているケラルトであるが、この差し迫った屈辱的な死を前に、さすがに涙と嗚咽を堪えられない。
しかし、それを責めることはできないだろう。彼女とて、1人の人間なのだから。
歯を食いしばる……ことすらできない、その力すらないケラルトの目の前で、ミノタウロスの1体が、テーブルに置かれていた、彼らに見合ったサイズの、牛刀のように大きなナイフを手に取った。
☆☆☆
……時は少し遡り……ケラルトが遺跡の中に運び込まれて間もなく。
警戒をかいくぐり、首尾よく侵入に成功したカルウィンは、ケラルトと、いるならばだが、他の捕虜達を探して……遺跡の中を探し回っていた。
幸いと言っていいのか、地下遺跡の大きさに対して、住んでいるミノタウロスは、数は多くないらしい。専門的でない程度にしか
しかし、広い分探索は単純に大変で、なかなかケラルトを見つけられない。
(連れていかれた時、すぐに追いかけて後を尾けられればよかったんだが……焦って見つかっちゃ元も子もないしな……)
無駄な探索を避けるために、手に持った紙片に簡単にマッピングをしていきながら、部屋を一つずつ確かめていく。
しかしその途中、通路の向こう……曲がり角の先から、何やら話し声が聞こえて来た。
加えて、ガツン、ガツンという蹄の音も。ミノタウロスが、しかも複数歩いてくると悟ったカルウィンは、咄嗟に近くにあった部屋に飛び込んで身を隠した。
どうやら物置であるらしいそこには、おそらく、彼らの犠牲になってしまったのであろう兵士や冒険者の装備や衣服などが、雑に押し込められていた。
そのうちのいくつかには、返り血ではなさそうな血の汚れがついていた。明らかに致死量の出血をしたのであろうとわかる大きさのそれもあった。
その中に、見覚えのある神官服を……無惨に破り捨てられたそれを見つけて、ごくりと喉が鳴ったのをカルウィンは聞いた。
(……落ち着け。まだ大丈夫なはずだ……今日の晩飯にするって言ってたから、それまでは……この服や鎧にだって、血はそんなについてないし……)
しかし、
「いや……いやっ! やめろ……下ろせ……っ!」
「…………ッ!?」
今まさに、通路の方から、探していた女性の……ケラルトの声が聞こえたのを、カルウィンの耳がはっきりと聞き取った。
隠れたまま、通路の方に目をやると……何体かのミノタウロスが、大きな皿(のように見える板)を手に持って運んでいくところだった。山盛りの血の滴る肉が、その上に雑に盛り付けられている。
その皿のうちの1つに……裸のケラルトが乗っていた。
(は……!? ちょっ、おい……冗談だろ!? まだ日暮れ前だぞ! 何ちょっと早い時間に晩飯食おうとしてんだよこいつら!? 聖騎士の皆さんだったら普段まだ働いてる時間だっつーの!)
腹ペコミノタウロス共のゆとりある勤務体制に内心で物申しつつ、焦るカルウィン。
最早一刻の猶予もない。このまま食堂についてしまえば、後はあの生け作り(?)のケラルトは奴らの腹に収まってしまう。すぐにでも助けなければならない。
しかし、ああなってしまっては、もう『ひそかに助け出す』というのは無理だ。ケラルトを置いて奴らがどこかに行くタイミングなどないだろう。
必然的に強行突破しかないわけだが……
(考えろ……考えろ……! どうすればいい、どうすればあいつを助けられる……何か、何か手は……)
―――ガシャ……ガラン
「っ!?」
ふいに、自分の背後から物音がした。
飛び上がるほど驚いたカルウィンは、『見つかったか!?』と身構えつつ振り向くも……そこには何もいない。
見ると、雑に積まれていた、犠牲者たちの装備品の山の一部が崩れている。その中に、金属の鎧なども含まれていて、それで音が鳴っただけだったようだ。
ほっとして息をつくカルウィンだったが……
「……ん? 何だ、これ?」
その、崩れた装備品の山の中から……何かを見つけた。
見慣れないそれが気になったカルウィンは、大きな音をたてないように、それを中から引っ張り出してみて……目を見開いた。
(いや、本当に何だ、コレ……!?)
―――ふっふっふ……すごいでしょ。面白いものを見せてくれた主人公君に、お姉さんから大盤振る舞いのプレゼントだよ。上手く使って、囚われのヒロインを助けてあげなさい。
引っ張り出した『それ』を見て驚くカルウィンを、『完全不可知化』した状態で部屋の隅から見守っていた、何者かのそんな言葉は、当然、彼の耳には届いていない。
しかし、まるでその声なき声に導かれるかのように……『それ』を手に取ったカルウィンは、意を決した表情で、ケラルトが連れていかれた方を振り返り、立ちあがった。
☆☆☆
そして、時間は元の場面に戻る。
ケラルトの目の前で、ミノタウロスの1体が、テーブルに置かれていた、彼らに見合ったサイズの、牛刀のように大きなナイフを手に取った。
(嫌だ……嫌だ! 嫌! 誰か……誰か、助けて……!!)
ゆっくりと、その切っ先が自分の方へ向かってくるのを前に、ケラルトは、声も出ない恐怖と絶望の中で、誰にも聞こえない悲鳴を、視線と、心の中だけで響かせていた。
当然、それをミノタウロス達が聞き入れてくれるはずもなく……むしろ、助けを求める悲痛な目と、そこから流れる涙をスパイスに、極上の晩餐を始めようとしていた。
そして、ケラルトの染み一つない柔肌が、自らの血で無惨にも真っ赤に彩られる……その直前。
「
「「「っ!?」」」
「……ぇ……?」
突如、食堂に響いたそんな声と共に、ミノタウロス達が持っていたフォークやナイフが――今まさにケラルトに突き立てられようとしていたものを含めて――全て、持ち主の手を離れ、明後日の方向に飛んでいった。
「何だ!?」
「魔法か……誰だ一体!?」
途端に殺気立って立ちあがるミノタウロス達は、次の瞬間、一斉に食堂の入り口の方を見る。
どうやら何かを見つけたらしいが、ケラルトは体を動かせない……首を動かして頭の向きを変えることすらできないため、そっちに何があるのか見ることはできなかった。
しかし、ミノタウロス達が『何者だ!?』『侵入者か!? 殺せ!』などと口走って走り出しているので、どうやら何者かが侵入してきて、自分を助けてくれたらしいということまではわかった。
しかも……気のせいでなければ、聞こえてきたその声は、ケラルトがよく知る声だったように思えた。
ここ最近、何度も言葉を交わす機会があり――必ずしも好ましいやり取りばかりではなかったのが玉に瑕だが――戦場においては何度も互いを助けながら戦った、付き合いはまだ浅いが、いつの間にか信のおける相手になっていた、男の声だった。
まさか、彼が助けに来てくれたのか、と嬉しく思った半面……大丈夫なのか、という心配もあった。
聞こえてきた声は、1人分だけだった。あの数のミノタウロスを前に、果たして彼1人で戦えるのか……ともすれば、返り討ちにあって殺されてしまうのではないか。
そんな心配をするケラルトだが、事態の推移を見守ることもできない。
入口の方に、ミノタウロス達が殺到していくのが、その怒号と、蹄が立てる足音の位置のみで感じ取れていたが……次の瞬間。
―――ドゴォオオォォン!!
「「「ぐわあぁぁあああっ!?」」」
「…………!?」
爆発音とともに、ミノタウロス達の悲鳴が聞こえ……その後は、苦しそうなうめき声がいくつも聞こえるのみとなった。
困惑するケラルトだが、次の瞬間、盛り付けられていた自分の体が、皿の上からふわりと浮かび上がった。
否、何者かに抱き上げられたのだ。背中と、膝の裏に、手が差し込まれている感触がある。
しかし、すぐそこにいるはずのその『何者か』は、影も形も見えない。
そしてそのまま、『ギュイイィィイン!!』という謎の轟音を響かせながら、ケラルトと『何者か』は飛び上がり、矢のようなスピードで飛翔。出入り口上空から飛び出していった。
その際、眼下に……まるで巨大な爆発の魔法を受けたかのように、黒焦げになって倒れ伏しているミノタウロス達が見えた。何匹かはすでに息絶えているようで、生き残っている者も、手足のいずれかが吹き飛んでいたりと、無事に済んでいる者は1匹もいない。
天井近くを飛び続けるケラルト。途中、何匹かのミノタウロスが、自分を見つけて指さし、何事か叫んでいるようだったが、それが聞き取れないほどの速さで景色が過ぎ去っていき……あっという間に遺跡の入り口に到達。
そこから飛び出す直前、急停止したかと思うと、
「おっとそうだ、追ってこれないようにしておかないとな……」
次の瞬間、何もない空間から(ケラルト視点)すさまじい勢いで魔力弾が連射され、洞窟の天井を打ち抜いていく。
そしてそのまま、入り口を崩落させて完全に埋めてしまった。
それを見届けてから、
「あ、あの……」
「悪い、もうちょっと後でな! 先にあいつらが追って来れない位置まで行っときたい!」
(……やっぱり、この声……)
再び、今度はすぐそこで(まだ何も見えないが)その声を聴いてケラルトの中にあった『もしかしたら』が確信に変わる。
そんな彼女を抱きかかえたまま、それは再び飛翔し……さっきまで以上の速さで荒野を飛んでいった。
そして、しばらく飛んだ後。
遺跡の入り口である洞窟がほとんど見えなくなったあたりで、ようやく飛行は止まり……と同時に、『
ケラルトを抱きかかえていたのは、顔のわからない……どころか、肌が一切出ていない『全身鎧』のようなものに身を包んだ、人型の何かだった。
恐らくは今言った通り、全身鎧を着た人、なのだろうが……よく見る甲冑とあまりに違う、異質な外見をしているため、ケラルトも最初は動揺が先に来た。
が、その全身鎧は、ゆっくりと優しくケラルトを地面に下ろすと……どこからか取り出した大きな袋から、さらにいくつか……ケラルトが装備できそうな服などを出した。
「悪い、けっこう速く飛んでたから寒かったろ? コレ着て……あー……緊急時だったから、諸々不可抗力ってことで頼むな」
「えっ!? あ……あ、うん……はい……」
そこで初めてケラルトは、自分が裸だったことを思い出したかのように赤くなる。
目の前にいる人物の正体に、おおよそ見当がついているだけに、余計に気恥ずかしさが湧き上がってきていた。
「ねえ、その……聞いてもいいかしら?」
「ん?」
「……あなた、カルウィン……よね?」
「…………ああ、そうか。コレ着たままじゃわかんねえか」
言うと同時に、その全身鎧から、『ぷしゅぅ……』『ガチャガチャ』『ガシャン』といった駆動音が聞こえて、解けるように前後に分かれていく。
その中から……よく知った、カルウィン・ヴィスコンティの顔が現れた。
鎧の中で暑かっただろうことに加えて、彼も緊張していたのだろう。汗だくで、疲れ切った表情をしていて……しかし、それでいていつもの調子で笑いかけてくる。
その顔を見て、ケラルトの目からは……さっきまでとは違う、安堵の涙があふれ出した。
泣き出してしまったケラルトを、慌ててなだめようとする、ラブコメ主人公ことカルウィン。
その2人の姿を、はるか上空から、ポップコーン(塩)片手に見物している、狐耳の美女。
「いやあ……ご馳走様です! ベタだけどいいよねえこういう展開!」
どうしても現場で、生で見たくなって、自ら出て来ていたラストである。
隣には、あきれた表情……ではなく、同じノリで一緒になって見物しているデミアもいた。手にはやはりポップコーン(キャラメル)。
「私達からのプレゼントも、気に入ってくれたようで何よりだね。ぶっつけ本番で上手く使いこなしてるようだし」
「よかったの? いくら面白そうとはいえ、現地民に『パワードスーツ』は大盤振る舞いが過ぎたんじゃない?」
「いいのいいの。私達的には微妙な性能で、ぶっちゃけ出番なかった奴だし。諸々在庫一掃セールってことでさ、いいじゃないあげちゃっても。その方が面白そうだもん」
実は、彼が遺跡に入ったところから、ずっと『
物置で、運ばれていくケラルトを見て焦っていた時に、こっそりガラクタの山の中に、『プレゼント』として、彼が今着ている『パワードスーツ』その他を放り込んだのである。
加えて、彼がそれを見つけたと同時に、『
精神操作系の魔法が得意な『陰陽師』の卓越したスキルが光る。違和感を感じられることなく、『自然と使い方がわかった』的に思ってもらえた。
その後、パワードスーツを装着したカルウィンは、食堂に行って……しかし正面からミノタウロス達を相手取ることはなかった。
まず、幻術を使って食堂入り口に自分の(パワードスーツ未装着、人間だと一目でわかる)幻を作り出し、同時に『武装解除』を使ってケラルトを助けた。
同時に、鎧の機能の1つである『不可視化』で透明になり、こっそりと室内に入り、隅っこの方で邪魔にならないように待機。
幻に惑わされて入り口に殺到するミノタウロス達。
しかしそこで、あらかじめセットしてあった、消費型アイテムの『魔法地雷』が発動し、爆発。ミノタウロス達を一網打尽にした。
そして彼は、ケラルトを助け上げ、パワードスーツの機能で飛翔し……後は、ケラルトが見ていたままである。
なお、遺跡の入り口を崩落させたのは、このパワードスーツの主武装の1つであるアサルトライフルだ。この世界基準では圧倒的な制圧力を持つため、これを使えば搦手に出なくともミノタウロス達を一掃することはできたかもしれない。
が、飛行機能と同じく、使用には本人の魔力を必要とするため、逃走時のことを考えて魔力を無駄遣いできないと判断したが故の作戦だった。
その、白と紫の装甲からなるパワードスーツは、かつて『空中庭園』にいたギルメンの1人で、ロボット系のゲームやアニメが好きだった男が作ったものである。
が、色々あって残念ながら彼自身は使う気にならなくなってしまったため、なかったことにして宝物庫に放り込んでいた物品であった。
名前は『アーバレスト』。昔のアニメからとった名前らしいが、生憎ラストは知らなかった。
もしかしたら、『図書館島』のアーカイブの、大量の映像データの中にそれがあるかも、とは思っていたが……特に急いで探そうとも思っていなかった。
「『
「え、ええと、それが……私、怪我は治ったんだけど、血も抜かれてるから力入らなくて……その、悪いんだけど……着せてもらえ……ない?」
「え゛……っ!?」
それよりも、さっそく眼下で始まった天然ものの上質なラブコメを鑑賞する方が大事だった。
一緒にプレゼントしておいた『重傷治癒』の
しかし、普段との違いとして……とげとげしい、『えっちいのは嫌いです!』的な厳しい視線の強さは、ケラルトの目にはなかった。
代わりにその潤んだ目に浮かんでいるのは……『恥ずかしい……けどどうして? 嫌、じゃない……』本当にポップコーンが進む。
なお、デミアの助言により、これを見越して『
「助言、大儀であった、エロ魔女」
「お褒めいただき光栄です、エロ狐」
―――パァン! ← エロ主従のハイタッチの音
【おまけ】
昔、かつての『暗黒桃源郷』のギルメンが『アーバレスト』を作った時にあったこと。
他のギルメンに手伝ってもらって作っていたのだが……
「おいお前なんでコレ勝手に飛行機能なんかつけてんだよ!」
「え、だってそっちの方が強いだろどう考えても」
「この機体は元ネタ的に空は飛べない設定なの! 勝手なことすんなや!」
「んなこと言ったって正直パワードスーツってそもそも性能微妙なのに、せめて飛行機能くらいなきゃお前……陸戦限定なんて野良モンスター相手くらいしかまともに戦えないだろ!」
「それはそれでいいだろうが!」
「いいことねえだろ! 負ける前提の不良品なんか作るのに加担させんなボケ!」
「あ゛ぁ!?」
「……何やってんのあいつら?」←ラスト
「なんか頑張って作ったパワードスーツがイメージと違うもんになっちゃったらしいですよ。勝手に意図してない機能つけちゃったんですって」
「ふーん」