オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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力が、欲しいか……?

 

 

 ある日の夜。

 場所は、リ・エスティーゼ王国王都……王城の中の一室。

 

「ああぁっ……そんな、激しい……お許しください、バルブロ様ぁっ!」

 

「ふははははっ! 遠慮など要らん……そうら、高貴な血筋の情けをくれてやるぞ! ありがたく受け取るがいい!」

 

 ベッドの上で、一夜の相手として手配した高級娼婦を組み伏せて乱暴に抱いているのは、この国の第一王子……バルブロである。

 第二王子ザナックと比べ、逞しく鍛えられた肉体を持ち、剣もそれなりに使える。贅沢な暮らしに溺れ、運動不足ででっぷりと太っていたり、逆に、剣など振れないほどにか弱い腕しか持たないような者が多い王国貴族の中にあって……珍しく、肉体だけならば褒められたものを持っていた。

 

 しかし、上機嫌で腰を振っているように見える男の頭の中には……その実、不安と焦りが常について回っていた。ここ数か月以上、ずっとだ。

 

 遡ること数か月前、王都で行われた悪魔の殺人遊戯『ゲゲル』そこで、腕利きの護衛達が虫けらのように殺された挙句、自分が本気で殺されそうになる……という経験をした。

 その時は、たまたま近くを訪れていた『漆黒の英雄』モモンの手によって悪魔は撃退されたものの、それからしばらく、恐ろしくて外に出られなかった。

 

 しかしその間に、『魔王』とまで呼ばれる強大な悪魔を相手にした大騒動があり……そこで、下の弟妹であるザナックとラナー、そしてすっかり老い衰えつつある父・ランポッサ王までもが、悪魔に屈せず勇敢に立ち向かい、結果、多くの市民が救われたとして、大きく人気を挙げた。

 それと対照的に、ただ1人何もしなかった自分は、大きく評判を落とすこととなった。

 

 自分が旗印だったはずの『貴族派』は、その多くが『ゲゲル』で殺されてしまったこともあり、こちらも大きく勢いを落とした。義父であるボウロロープ侯の権力・影響力こそ健在ではあるが……父と、恐らくはザナックも擁しているであろう『王派閥』とは、拮抗した状況とは最早言えないまでになっている。

 

 最近では、『次の国王はザナック殿下がいいのではないか』とまで、公然と言われている始末だ。

 

 気に食わない。

 面白くない。

 一時、勇敢なふるまいをしたからなんだというのだ。自分は第一王子、この国の未来の支配者は自分以外にありはしない!

 

 そんな風に虚勢を張ってみても……バルブロには、それを打開するだけの力は、ない。

 

 その後あった、最早恒例行事となっている帝国との戦でも、『くれぐれも勝手な動きはするな』と父から厳しく命じられ、大した成果は出せなかった。

 このままいけば、どんどん人は離れ、派閥の、そして自分の力は弱くなっていく。

 

 ザナックを王に、などという世迷言が現実味を帯びてくる。

 足踏みしている自分に、後ろから追いついてくる足音が、聞こえる。

 

 

 

「……くそっ!」

 

 いい女を抱いて気分よくなったのも、一時のことだった。

 

 女を帰らせ、寝室で1人になると……途端に襲ってくる不安。

 灯を消して目を閉じても、眠気が湧いてこないことにいら立つバルブロは、布団を蹴飛ばすようにして起き上がる。

 

 喉が渇いたな、と思い、水差しから水を飲んで……気晴らしに景色でも眺めようかと、窓を開けようとした時だった。

 

 窓は、開いていた。

 

 窓際に……何かが、いた。

 暗い色のスーツに身を包み、仮面をかぶった、細身で背の高い……何者かが。

 

「は……?」

 

 事態が呑み込めず、ぽかんと口を開いて固まるバルブロ。

 ややあって、その男が侵入者だと気づき、声を挙げようとするも……それより一瞬早く、男の腰のあたりから異形の尻尾が生えているのを見てしまう。

 

 そして気づく。こいつは人間ではない、と。

 思い返される……数か月前の恐怖の記憶。

 

「な、な、な……何だ、お前は!?」

 

「お初にお目にかかります、リ・エスティーゼ王国が第一王子、バルブロ殿下。私は……ヤルダバオト、と申します」

 

 その名前を聞いて、ひゅっ、と変な音が、バルブロの喉から鳴った。

 数か月前、王都を恐怖のどん底に陥れた『魔王』。まさかそれほどの恐ろしい悪魔が、こんな夜中に自分の寝所に現れるなどと思わなかったバルブロは、恐怖で体がガクガクと震えるのを堪えることができずにいた。

 

 しかし、バルブロが『なぜここにいる!?』『俺を殺しに来たのか!?』といった疑問を口にするよりも先に、ヤルダバオトはなだめるようにやんわりと告げた。

 

「ご安心ください。今宵私は、あなた様を害そうというつもりで来たわけではありません」

 

「で、では……一体、何の用だ?」

 

「バルブロ殿下、あなたは……『王』とはどういうものだと思われますか?」

 

「…………?」

 

 その質問の意味が分からず、疑問符を浮かべるバルブロ。

 もとより答えが返ってくるとは思っていなかったのだろうか。ヤルダバオトは、バルブロの答えを待たずに話し始める。

 

「御存知いただいております通り、私は『魔王』などと呼ばれてはいますが、実のところ、これは単なる称号のようなものでして。私が地獄において、王として君臨し、悪魔を統治しているというわけではないのですよ。悪魔の階級とは、それすなわち強さ。言葉だけの肩書に意味はありません……だからこそ、より強い力を求め、悪魔達は上位者である『魔王』の声かけに応じ、『ゲゲル』という名の儀式によって力を高め、さらに上を目指す」

 

 言いたいことがまだわからず、バルブロはヤルダバオトの話に聞き入っていた。

 そのせいか、体が震えるほどだった恐怖が徐々に収まりつつある。一時的に気にならなくなっているだけだろうが、最初よりも話を聞き、ものを考える余裕が生まれつつあった。

 

「そこにあるのは『力こそすべて』『力を持たない者は、持つ者に従うのが当然であり、何をされても文句は言えない』という1つの真理です。しかしおかしなことに、地上ではわざわざその『持たざる者』を必要以上に手厚く扱うような、それどころか『持つ者』の力を制限し、『持たざる者』のために使うことを美徳とするような……言ってしまえば『奇麗事』が公然とまかり通っています」

 

 そう言ってヤルダバオトは、窓の前からどいて、バルブロを手招きした。

 バルブロは少し恐怖と緊張が蘇り、警戒しつつも……誘いに従って窓の近くに行く。

 

 そして、窓の外の光景を手で指し示すヤルダバオトに従って、眼下に広がる景色を見た。

 バルブロにとっては、ゆくゆくは自分が全てを支配し、その手に収めることとなる(予定の)街並みである。

 

「この王都には、何万、何十万という民が住んでいます。そしてそれぞれに生活を持ち、仕事を持ち、家族を、家庭を持って日々を生きていますね」

 

「……それがどうしたというのだ」

 

「例えば」

 

 そのバルブロの肩にヤルダバオトが手を置くと、急にバルブロの目が遠くを見通せるようになり……驚くバルブロの目は、王都の街並みの中、大通りから外れた裏路地に向いた。

 そこでは、酒瓶を手に持った粗末な身なりの男が、ふらふらとあぶなっかしい足取りで歩いている。こんな時間までどこかで飲んでいたのだろう。

 

「あの男が見えますか、バルブロ殿下?」

 

「あの、酔っ払いの男のことか? 見えるが……それがどうした」

 

「あの男、賭場に入り浸っている常連のようです。今日は運が味方したようで、勝って小銭を手に入れ、今まで気持ちよく飲んでいたようですね」

 

「……いや、だからそれがどうした?」

 

「もう少しご覧ください」

 

 言われるままに見ていると、男の後ろから、浮浪者らしい男がゆっくりと近寄ってきて……手に持っていた大きな石で、男の後頭部を強打した。

 男は倒れ、動かなくなった。手に持っていた酒瓶が落ちて割れる。距離が距離なので、音は聞こえてこないが。

 

 男を殺した浮浪者は、男の懐をあさって財布を取り出すと、そのまま走って逃げた。

 

「おやおや、死んでしまいました。お金も奪われてしまいましたね……」

 

「……おい、今のは何だ? 俺にこんなものを見せて、何だというのだ?」

 

「バルブロ殿下、知っていますか? 今死んだあの男、ああ見えて妻と子供がいるのですが……酔っぱらってその妻や子供に暴力を振るうろくでなしだったようです。そのくせ、稼いだ金は自分の酒代と賭博にばかり使い、家には金を入れず、妻が体を売ってまで稼いできた金で買ってきた飯を食い、挙句そこからも賭博代を持ち出す始末」

 

「おい、俺の質問に答え……」

 

「バルブロ殿下、あの男が死んで……この国が何か変わりましたか?」

 

「は?」

 

 さっきまで以上に意味の分からない質問に、きょとんとするバルブロ。

 

「今言った通り、あの男はただのロクデナシです。いてもいなくてもこの国に、殿下に、何の影響もありはしない……今こうして死んだところで、明日の王国は何一つ変わりはしません」

 

 そんなのは当たり前だ、何が言いたいんだ。

 バルブロが問いかけるより前に、ヤルダバオトは『しかし』と続ける。

 

「あの男を殺して金を奪った浮浪者は違います。この先数日食べていけるだけの金を手に入れ、明日がより良いものとなりました。それに結果的に、あの男の妻と子供は救われたでしょう。暴力をふるってくる上に、自分が稼いだ金を持ちだしていくロクデナシが死んだのですから。2人で力を合わせて、よりよい明日を手に入れるために頑張っていくことでしょう……」

 

 

 

「しかし、それだけです。ただ日々を生きているだけの、ただそこにいるだけの命が1つ消えたところで……国という巨大な存在が変わることなどありません。変わるのはせいぜい、そのちっぽけな命の周りのわずかな範囲だけ。人1人にできることなど、持っている力などそんなものです」

 

 

 

「ちっぽけな1人が死んだ、殺した、助かった……そんなことでこの国は変わらない、変えられないし動かせない。しかしバルブロ殿下、あなたは違います。あなたの手にあるのは、あの浮浪者の握った石の1つなど比較にならない、大きな『力』です。何せ、自分が動かずとも、言葉1つで兵を、町を、国を動かすことができるのですから」

 

「あ、ああ……うむ……」

 

「そして……そのように力を持つ者にこそ、力を持つからこそ……人の上に立ち、人を、国を導いていく資格があるのです。先ほど私が言った、地獄における悪魔の階級と同じようにね……奇麗事で世界が変わるなら世話はない。結局最後は力がものを言う。そうではないなどと口にするのは、それを理解していない愚か者の戯言か、力を持たない者の負け惜しみにすぎません」

 

 いつの間にか、バルブロの心の中の恐怖は消え去っていた。

 代わりに湧き上がってきていたのは、共感。ヤルダバオトの言葉1つ1つに対して、『その通りだ』と自分も同じように思えていた。

 

「例えばラナー王女の理念や、それをもとにした方策であれば、国が手を差し伸べて、あの浮浪者や、男の妻と子供のような弱い者を助けるのでしょう。しかし、それで国の何が変わるのでしょうか?」

 

「……変わらん。そんなことで、国が何か変わるはずがない」

 

「ええ、その通りです。例えば、彼らを助けるために国が金貨1枚を使ったとします。助かった後、彼らはそれに見合った貢献を……金貨一枚分の恩返しを、国に対してしてくれると思いますか?」

 

「するはずがない! 民は結局、稼いだ金を自分のために使うものだ。それしかできない……国に貢献するという見上げた根性など、あんな浮浪者が持っているものか……どうせ、酒か賭博か女にでも使ってしまうのが落ちだ」

 

「そうでしょうねえ……よしんばそこで賭博に使ったとして、勝った負けたが起こったとしても、それで変わるのはやはり、その者の周囲だけです……人は1人では、それだけのことしかできない……しかし、あなたは違います、バルブロ殿下」

 

 そこでヤルダバオトは、バルブロに向き直って言う。

 

「力を持つあなたが声をかければ、彼らのような、1人では何もできない者達を集めて……石畳の道路を作らせることができます。川に橋をかけて行き来できるようにすることができます。武器を持たせて戦わせて、敵国から国を守ることができます。どれも……国の未来を大きく変えることだ……力を持つ者だからこそ、あなただからこそ可能なのです」

 

 悪魔の言葉は、バルブロの頭に、心に、じんわりと心地よくしみ込んでくる。

 いつの間にかバルブロは、自分が恐怖していたことすら忘れつつあった。

 

「それだけでも、力を持つ者こそが王となって国を統べ、人の上に立ち、何もできない愚かな民を導いていくべきだということの根拠になりましょう? それを間違っているなどという輩は、結局『誰に何ができるのか・できないのか』をわかっていないだけなのです」

 

「その通りだ! この国にも、そのような愚か者が多すぎる……! 国1つまともに仕切ることができん父も、不摂生と優柔不断で文武共に見れたものではない弟も、飴と鞭を理解せず、民に甘い顔をすることしかできん妹も……なぜ、王が強くあるべきだということを理解せんのだ……!」

 

「心中お察しいたします。私も、ただの称号とはいえ、『王』の名を冠する者……『王』という言葉と立場の意味を正しく理解なさっているあなたに、1つ、提案がございます」

 

「提案……?」

 

「ええ。バルブロ殿下……」

 

 

 

 ―――現状を変える『力』が、欲しくはありませんか……?

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 その少し後。

『ニューコロロ空中庭園』が一角……『魔究郭』。

 

 その最深部にある、領域守護者デミアの、最高レベル秘匿研究室。

 

 そこに、ラストとアインズ、それにカリンとアルベドが訪れていた。

 

「……ラストよ、今デミウルゴスから連絡が入った。王国のバルブロ王子の件、上手くいったようだ」

 

「それは重畳……では、作戦決行までしばし準備の時ですね」

 

 秘匿のために地下に作られ、窓が1つもなく、幾重にも防御魔法がかけられているそこで……ラスト達は、デミアを待っていた。

 そのデミアは、ラストとアインズの話が終わるのを見計らったように、奥から現れる。手に何かを持って。

 

 その場にいる全員が注目する中、机の上に置かれたのは……何かの植物が植えられた鉢植えだった。

 

 ただの植物ではないというのは、一見してわかる。

 大きさはほんの1m程度だが……ほんのりと燐光を発しているその苗木らしきものの存在感は、アインズ達がよく知る、アイテムとしてのレアリティの最高峰『世界級(ワールド)アイテム』にも匹敵するのではないかというものだった。

 

「お待たせしました。こちらになります……どうぞご覧ください」

 

「ほう……ラスト、それにデミア女史よ、これが?」

 

「ええ。つい最近完成した、『人造世界級(ワールド)アイテム』とも呼べるであろう代物です。デミア達『魔究郭』の研究の集大成にして……来るべき『竜王』との戦いのための決戦兵器……」

 

 

 

 『世界樹』、です」

 

 

 

 

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