オーバーロード 傾国狐の異世界日記   作:破戒僧

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今回より新章になります。
なお、本日バイオハザード新作を買ってきてしまったので、予定通り多分更新が不規則になります……許して……


第7章 クライムクエスト ~神と悪魔と竜と呪われし姫君~
第1章 奪国の暴王


 

 

 その日、王都リ・エスティーゼに激震が走った。

 

 国王ランポッサ3世が住むその居城にて……第一王子バルブロによるクーデターが発生したのである。

 

 最初、誤報を疑われ、『そんなはずがあるか』とまともに取り合う者のいなかったその報告は、しかし、続けざまに入ってくる悲鳴染みた続報の数々により、まぎれもない事実だと判明。貴族達は、王派閥、貴族派を問わず愕然とした。

 バルブロから見て義父にあたる、ボウロロープ侯さえそうだった。娘婿である彼からは、何も聞いていない。寝耳に水の凶行だった。

 

 数十人の私兵を引き連れて行動を起こしたバルブロは、無礼を承知で止めようとする兵士達を蹴散らしながら進み、瞬く間に玉座の間にその姿を現した。

 

 そして、自らの父であるランポッサ王に向けて、突き付けるように剣を持つ。

 国王に向けて剣の切っ先を向ける。その行為はまさに、彼が反旗を翻してここにいることの、誰の目にも明らかな証明だった。

 

「バルブロ……!? なぜだ、なぜこのようなことを……!?」

 

「父上……今まで長い間まことにお疲れさまでした。これからは私がその椅子を引き継ぎますゆえ、どうぞ安心してご隠居召されよ。そしてごゆるりと余生をお楽しみください」

 

 どこまでも得意げで、あざ笑うかのような表情を浮かべるバルブロとは対照的に、ランポッサ王の表情には、落胆と失意ばかりが浮かんでいた。

 

 父親として、このような凶行に及んだ息子に対し、叱責するなり、理由を聞くなり、すべきこと、してやりたいことはいくらでも頭に浮かんできた。

 しかし、それよりも先に……国王ランポッサ3世としてやるべきことがある。彼は息子であるが、今ここにおいて、国王に弓引く反逆者……大罪人となってしまった。

 王として、今はそれに対処しなければならない。

 

「ガゼフ……わが剣よ。バルブロを捕らえよ」

 

「はっ! バルブロ殿下……何卒、神妙にお願いいたします。そうでなくば……どうか、お覚悟を」

 

「……ふん……!」

 

 誤報でも誤解でもなく、現実であると明らかになったバルブロの謀反。

 貴族達は驚いたものの、実のところ、この凶行はすぐに鎮圧されると思っていた。

 

 バルブロの地位もあり、城内の兵士達が止められなかったのであろう結果、帯剣した彼が玉座の間、王の面前まで来るところまでは行ってしまったが……これが彼と、彼の連れた数十人ばかりの私兵たちのみの行動である以上、当人であるバルブロを押さえれば終わりである。

 

 そして、剣を抜いてしまったバルブロは、王の懐刀にして周辺国家最強の戦士、王国戦士長ガゼフ・ストロノーフが動く大義名分を作ってしまった。

 王の号令により抜剣したガゼフは、万が一に備え、彼を最強たらしめる『五宝物』を身に着けている。こうなったガゼフを止められる者は、この国には誰もいない。

 

 ゆえに、バルブロもまた、ガゼフによって鎮圧され、それでこの唐突すぎるクーデターは終わりだと、貴族達は考えていた。

 

 王派閥の者達は、これを機に貴族派を大きく弱体化させられると息巻いていた。

 

 貴族派の者達は、不用意に致命的な行動を起こしてしまったバルブロを心の中で責め、この後どのようにふるまうべきかを決めあぐね、焦っていた。

 

 その両方から『蝙蝠』と揶揄されているとある侯爵は、このあと起こるであろう混乱をなるべく早く収め、周辺国家に隙を見せることがないように立ち回らなければならないと思っていた。

 

 そしてランポッサ王は、息子であっても裁きを下さねばならない現実を前に、胸を痛めていた。

 王として、国を守る立場の者として、たとえ息子が相手であろうと、今回ばかりは甘い顔をするわけにはいかない。よくて終生の幽閉ないし監禁、悪ければ……永遠の別れとなる。その覚悟も必要だ……と。

 

 ……結論から言えば、ランポッサ王を含めた彼ら全員が抱いていた懸念や不安、その全ては……全くの杞憂だった。

 

「か、はっ……!?」

 

「ふん、無様な……やはり、所詮は卑しい身分の者よ」

 

 周辺国家最強であるはずの男は……バルブロの剣をその身に受け、血を流して倒れ伏していた。

 対するバルブロは、傷一つ、痣の一つも作ることなく、無傷でその場に立ち、つまらなそうな目でガゼフを見下ろしていた。

 

 予想とあまりに違うその光景に、ガゼフの勝利を確信していた面々は、信じられないという表情のまま固まっていた。

 

「バルブロよ……お前は、一体、なぜ……!?」

 

「そのような顔をなさいますな、父上。何もおかしなことなど起こっておりませぬ。ただ単に……私が、私こそがこの国において、何者にも(こうべ)を垂れるべきではない存在であるということの……この光景こそが証左。すなわち、私こそがその椅子に座るべき存在なのです」

 

 一切の躊躇いなく、そう言い切ったバルブロ。

 

 先程は妄言にしか聞こえなかったその言葉だが、目の前に広がっているこの光景が、戯言だと聞き流すことを許さない。

 一声一声が、見ている者達の耳から入って、脳に突き刺さる。

 

 瞬間、その足元に倒れ伏していた男が……腕の強烈なばねで跳ねるように起き上がり、不意打ち同然の一撃をバルブロに向けて放った。

 しかし、不愉快そうに鼻を鳴らし、バルブロは容易くその一太刀を剣で受け止める。

 

 鋼鉄をもバターのように切り裂く王国の至宝『剃刀の刃(レイザーエッジ)』。その刃をたやすく受け止めるバルブロの剣は、よくよく見れば、彼が普段帯びているものではない。

 剣だけではない、服も、鎧も、つけている指輪も、どれもこれも見覚えのないものだった。

 

 しかし、剣を止められた瞬間、ガゼフはその足を浮かせ……バルブロの腹めがけて強烈な前蹴りを放った。

 バルブロを始め、貴族の中には『品がない』といっていい顔をしない者もいる戦い方だが、傭兵出身で『泥臭い剣』を自認しているガゼフにとっては、どう思われようとも、いくどとなく戦いで窮地を切り開いてきた、慣れ親しんだ戦法だ。

 

 ガゼフ自身の高い膂力から繰り出されるその蹴りは、相手が鎧を着ていようとも体勢を崩させるほどの威力を持つが……

 

「相変わらず、しつけのなっていない足だ」

 

「な……っ!?」

 

 鎧も纏っていない部分に直撃したはずのバルブロは、微塵も揺らがず……まるで大地に根を張った大樹のように不動でその蹴りを受けきった。

 そして、ガゼフが足を引き戻すより早く、剣を持っていない方の手で、その足をつかみ取り……

 

「王となる俺に、貴様の汚い足の裏など見せるな!!」

 

 ―――ボキィッ!!

 

「ぐ、がぁああぁ……っ!?」

 

 玉座の間に響き渡る、あまりに破滅的な音。

 

 本来曲がるはずがない方向に足を曲げたガゼフが、立っていられずに背中から床に倒れこむ。

 それを、不敵な笑みと共に見下ろすバルブロは、今度は彼がゆっくりと足を、引き絞るように後ろ側に持ち上げ……

 

「身の程を知れ、卑しい平民風情が!!」

 

 倒れたガゼフを思い切り蹴飛ばした。

 

 自身も体格がいいのに加え、鎧をまとっているがゆえに、相応の重量になっているガゼフ。

 にも拘らず、バルブロの蹴りは、それを軽々と吹き飛ばし……ボールのように飛んだガゼフの体は、壁に激突。壁面に大きく広くひびを入れるほどの衝撃と共に叩きつけられた。

 

「貴様こそ、足蹴にされて蹴散らされるのが似合いというものよ」

 

 落下して、そのまま動かなくなるガゼフ。白目をむいて、明らかにその意識は失われていた。

 その様子を横目で見ながら、バルブロは持っていた剣を鞘に納めた。

 

 その全てを、ランポッサ王は絶望の表情と共にみていた。

 見ていることしか、できなかった。

 

 

 

「お父様!? これはっ……」

 

「い、一体何が……ラナー様、お下がりください!」

 

 数分後。

 異変を察知して飛び込んできたラナーとクライムが目にしたのは、異様な光景だった。

 

 不安と困惑を顔に張り付けて動けない貴族達。

 

 誰よりも貴い身分にいるはずながら、絶望と失意の表情を浮かべ、地べたに跪いて動けずにいるランポッサ3世。

 その頭には……あるべきものが、ない。

 

 壁際には、白目をむいて倒れ、動かない王国戦士長。

 

 そして……玉座に座り、父から奪った王冠をくるくると手で回して弄んでいるバルブロ。

 

「……ラナー……っ!」

 

 入ってきた2人に対し、ザナックが『来るな! 逃げろ!』と目で必死に訴えるが、2人がそれを理解するよりも早く、バルブロが立ちあがった。

 

「おお、来たのかラナー。ちょうどいい、今から人をやって呼びつけようと思っていたところだ」

 

「バルブロお兄様……いったいこれは何なのですか? どうしてあなたが玉座に……」

 

「決まっているだろう。たった今を以て、俺がこの国の王となったからだ」

 

 その言葉に驚愕しつつ……クライムの視線は、壁際に倒れているガゼフに向いた。

 

(まさか、あれはバルブロ殿下が!? 戦士長様が負けたというのか……そんなバカな……)

 

 

「きゃあっ!?」

 

 

「っ……ラナー様!」

 

 敬愛する主の悲鳴に驚いて、視線を前に戻すクライム。

 

 先程まで……それこそ一瞬前まで玉座にいたはずのバルブロが、すぐそこに立ち、ラナーの首をつかんで持ち上げていた。

 苦しそうに抵抗するラナー。しかし、バルブロの太い腕はびくともしない。

 

「ラナー、お前にも役に立ってもらうぞ。私がこの国の、いや、この世界全ての覇者となるために……お前が必要なのだ」

 

「何を、言って……!?」

 

「ラナー様っ! バルブロ殿下、ラナー様をお放しくだぐはっ!?」

 

 最後まで聞くことなく、バルブロはクライムを蹴り飛ばした。

 

「平民風情が俺に口をきくな」

 

 僅かな挙動の蹴り一つで、反対側の壁際まで蹴り飛ばされて転がるクライム。

 その蹴りの重さは、訓練中に何度も受けたガゼフのそれをはるかにしのいでいた。たったの一撃で、うけていない場所まで含めて体がきしむほどに。

 

 驚きつつも、歯を食いしばって痛みに耐え、立ち上がる。未だ解放されず、苦しむ主が見えた。

 

 クライムは覚悟を決め、剣を抜いた。

 

「ほう、抜くか平民。一応聞くが、それをどうするつもりだ? まさか、俺に向けるつもりか? この国の新たな王であるこの俺に」

 

「ラナー様を……お放しください……!」

 

 応えず、バルブロは手に力を籠める。『あぐっ……』と苦しそうな声を漏らすラナー。

 

 その瞬間、クライムは動いていた。

 相手が誰だろうと関係ない。彼の頭の中にあるのは、『ラナーを助ける』というその一点のみ。

 

 床を蹴り、勢いをつけて、構えた剣の切っ先を突き出す。狙いは肩。腕から力を奪って、ラナーを取り落とさせる。

 

 が、

 

「なっ……!?」

 

「ふん……ナマクラが」

 

 殺意こそなかったとはいえ、貫くつもりで放った一突きは……通じなかった。

 然も当然のように、バルブロは素手で白刃をつかんで止めてしまった。

 

 そのまま手に力を籠めると、ばきり、と乾いた音を立ててあっさりと剣は折れた。

 

「ガゼフといい、身の程を知らん愚か者が多すぎる」

 

「がっ!?」

 

 半分ほどの長さになってしまった剣を手に固まるクライム。

 その首元にバルブロの手が伸び……反応することも許さず、その体を持ち上げた。もう片方の手でつかまれ、締め上げられているラナーと同じような状態になる。

 

 つかまれている姿勢から届く範囲で……バルブロの胸や腹に蹴りを入れても、

 

「こそばゆい」

 

 全く堪えていない様子のバルブロは、鼻で笑いながらさらに力を籠める。

 息ができなくなり、目の前でちかちかと光が明滅し始める。次第に、クライムの体に力が入らなくなっていった。

 

「クラ、イム……! お願い、お兄様……やめて……!」

 

(ら、なー……さま……)

 

 自らの首元から、ごきり、と音がしたのを最後に……クライムの意識は、暗く、深い所へ沈んでいった……。

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 さ、いよいよ始まりました、作戦名『ドラゴンクエスト』!

 

 主役はこの人。ラナー王女直属の騎士にして、セバスが褒めるくらいの忠誠心と真面目さ、実直さを持っているワンコ系の青年、クライム君です!

 

 死んでるけど!

 

 ついさっきバルブロに殺されて、そのまま雑に死体を捨てられて……それを回収して空中庭園(ここ)に運び込んだところだ。

 まあ、彼に関してはこの後きちんと蘇生するので何も問題はないです。

 

 ……その前に、ただ蘇生するだけじゃ『主人公』になることはできないので……色々と手を加えるけどね。

 デミア、手術(オペ)の準備してー。

 

 

 

 デミアがクライム君を改造(なお)してくれている間に、ちょっと今のリ・エスティーゼ王国の現状について話しておこうか。

 

 数日前、第一王子バルブロがその野心をむき出しにしてクーデターを起こし、父であるランポッサ王を玉座から追い落とし、自分がその座についた。

 それを防ごうとした王の手勢や忠臣達は、ことごとく蹴散らされた。周辺国家最強の戦士と言われた、ガゼフまで含めてだ。

 

 王になったバルブロは、さっそくやりたい放題やっている。

 

 前王である父を隠居させ、監視をつけて軟禁状態にし、引き続きガゼフを王国のために働かせるための事実上の人質として扱い始めた。

 

 ラナー王女がせっかく廃止した『奴隷制度』を復活させた。借金のカタや身売りの結果や犯罪者への刑罰として、人を『奴隷』に落とせるようになってしまった。

 

 他にも、自分にとって都合のいい人物を何人も恩赦を出して監獄から出したり、自分に反対する者に適当な罪をでっちあげて罰したり、他国との交易に関税をかけて利益を吸い上げるなど、もうやりたい放題。

 この先は、国家間にまたがる組織である冒険者組合にまで課税したり、所属する冒険者たちに対して徴兵の義務を課すことまで考えているらしい。うーん、期待通りの暴君。

 

 ここしばらく、ベッドの上で(姿を変えた上で)相手してあげてたんだけど……その際、いい気分にしてあげつつ、少しずつ頭に催眠を刷り込んで、色んなブレーキをぶっ壊してあげた甲斐があった。

 なおかつ、私が指示を出してある程度の行動をコントロールできるようにしてある――しかもバルブロ自身にその『操られている』自覚はないままに――ので、この先どんどん都合よく踊ってもらうとしよう。

 

 それから、王国で起こったことについてもう1つ。

 バルブロと同じく王族である、ザナック王子とラナー王女についてだ。

 

 ザナック王子は、隙を見て王都から逃げ出した。

 彼はああ見えてかなり優秀な上、以前の『ゲゲル』の時に頑張ったことで、ラナー王女ほどではないけれど、国民からも人気がある。邪魔だと思われてバルブロに消されるのを恐れたのかもしれない、という噂が流れている。

 

 実際それは当たっていて、彼の協力者であるレエブン侯の手引きで王都から脱出し、今は侯の治める領地に用意された隠れ家にかくまわれているようだ。

 何で知ってるのかと言えば、読み切っていたデミウルゴスがあらかじめ『影の悪魔(シャドウデーモン)』を派遣して、ずっと監視しているからだ。彼も大事な『キャスト』の1人だからね。

 

 そして、ラナー王女は……いなくなった。

 表向きは、『体調不良による療養のため』と発表された。静かな田舎に住処を移して療養に専念するため、王都を離れるのだと。

 実際には、自分の統治に邪魔な第三王女を、適当に理由をつけて辺境に追いやったのだろうと見られているが。

 

 しかし、本当のところはさらに違う。ラナー王女は、バルブロがクライムを殺した後、ある目的のために捕らえて、王都から秘密裏に護送していた。

 が、その途中で護送していた馬車隊が魔物の襲撃を受け、ラナー王女は消息不明になってしまったのだ。バルブロにとっても予想外のことだった。

 

 ……まあ、空中庭園(ここ)にいるんだけどね。

 さっき改造手術が終わったクライムの寝顔を見ながら、にこにこ楽しそうに笑ってるよ。

 

 あ、もちろんクライムを改造することについては、ラナー王女も同意の上です。

 クライムと一緒に人間をやめて、永遠の命を手に入れて、永遠に2人で一緒に暮らすっていうのが、彼女の望みだからね。

 

 ってことで、ネタバレ解説を交えつつ、今後の予定もとい『シナリオ』について話しておこうか。

 

 まず最初に、バルブロがガゼフを倒せるくらいに強くなっているという、意味わかんないパワーアップについて。

 

 バルブロは実は、ヤルダバオトと手を組んでおり……人間でありながら『ゲゲル』を行うことで、王都に住む民達を殺して力を手に入れていたのだ。文字通り、悪魔に魂を売ったのである。

 ……という設定である。

 

 実際には『ゲゲル』なんてものに何の意味も効果もない。

 寝てる間に『経験値の秘薬』を投与してお手軽にレベルを上げただけだ。さも『ゲゲル』によって力が増したかのように錯覚するように、タイミングとか色々計ってね。

 

 コイツ単純だから簡単に騙されてくれて、『本当に悪魔の儀式で強くなれた! よし、もっともっと殺して強くなるぞ。民の命なぞ俺が強くなるためならいくらでも消費して構わん!』って感じでゲゲルを繰り返していった。

 そして、達成したらまたレベルを上げてやる。この繰り返し。

 

 レベルキャップまで強化し、それ以上レベルが上がらなくなったら、今度は寝てる間にデミアに改造してもらって人間をやめさせた。それによってレベル上限を突破。

 これでようやく、ガゼフに圧勝できるくらいには『バケモン』になってくれました。

 

 そしてそのバルブロが、ラナー王女をどこかに連れて行こうとしていたその目的は……さらなる力を得るために生贄を使った儀式が必要で、その生贄にラナー王女が最適だとヤルダバオトに聞かされていたからだ(大嘘)。

 その儀式を行うため、ある場所にある『生贄の祭壇』に運ぶ途中、魔物の襲撃を受けてラナー王女が行方不明になってしまい、おじゃんになってしまったわけだが。

 

 もちろん襲撃したのはナザリックの手の者で、実際には協力者であるラナー王女を迎えに来ただけである。

 で、一旦身を隠すために『空中庭園(ここ)』に来てもらって、同じく運び込まれていたクライムと一緒にいるわけだ。クライム意識ないけどね。

 

 そして王女様、すでに人間やめてます。異形種である『堕天使』に転生済みだ。

 当初の案では、『小悪魔(インプ)』あたりに転生させる案もあったんだけど、今後のことを考えると、『悪魔』系はちょっと避けた方がよさそうだからね。

 

 寿命がなくなる異形種かつ、見た目や身体機能もそう大きくは変わらないのがいいという条件で色々検討した結果、『堕天使』になりました。

 

「さて……じゃあそろそろ始めるよ、ラナーちゃん。クライム君の寝顔を存分に愛でて眺めて、満足できた?」

 

「いいえ、全然。まだまだいくらでも見ていられます!」

 

「さいですか。まあでも、今言った通りそろそろ『始める』から、ちょっとこのへんにしてね」

 

「はあい」

 

 ちょっと名残惜しそうにクライムから離れるラナー王女。

 その背中には、ふんわりと柔らかそうな羽毛の、しかし墨のような冷たい漆黒の翼が生えていて、感触を確かめるようにばっさばっさと動かしていた。

 

 彼女、要領いいし、ちょっと練習すれば思い通りに動かしたり、飛ぶこともできるようになるんじゃないかな。

 まあ、それはいいとして……今はクライムだ。

 

 ベッドに横になっている彼は、見た目は本当に普通に、ぐっすり眠っているだけのようにしか見えない。

 そんな彼の頭にそっと手を添えて……よし、始めよう。夢魔(サキュバス)の夢操作能力で……

 

 

 

『クライム……クライム……私の声が聞こえますか……?(エコーかけて)』

 

 

 

 ☆☆☆

 

 

 

 ―――クライム……クライム……私の声が聞こえますか……?

 

 ―――よく聞きなさい……今、世界が闇に包まれようとしています。悪しき人間の愚かな欲望に導かれ、地獄の底から、大いなる災厄が蘇ろうとしているのです。

 

 ―――止められるのはあなただけ……あなたには、その力がある。今一度、立ち上がりなさい、クライム……。

 

 ―――そして、あなたに助けを求める声を聞くのです……あなたにとって、一番大切な、お姫様の声を……彼女を助け、そして彼女と共に、世界を救うのです。

 

 ―――……どうやら、もう時間のようです。さあ、もう目覚めなさい……大丈夫、私はずっと、あなた達を見ています……

 

 

 

「ラナー様っ!?」

 

 目覚めたクライムは……城に勤めている時の鎧ではなく、平民らしい粗末な服を着て、どこかの廃屋のような場所で横になっていた。薄くて寒々しい布団をかけられていたようだ。

 いったいここはどこだ、と困惑するクライムに、

 

「起きたのか、クライム!?」

 

「大した生命力だな……日頃から鍛えていたのは、無駄ではなかったということか」

 

「ブレインさん……イビルアイ様……?」

 

 廃屋の中に一緒にいた2人に気づいた。

 ガゼフと同格と言われる剣士、ブレイン・アングラウスと、『蒼の薔薇』の一員イビルアイ。先の『ゲゲル』の一件の時にともに戦った間柄であり、クライムにとっては既知の仲だ。仲間、と呼べるほど親しい、ないし、なれなれしくすることはできないが。

 

 体にどこかおかしなところがないか聞いた後で、ブレインが食べ物を持ってきてくれた。

 それを食べながら、今の王都が、王国がどうなっているかを、ブレインから聞いた。

 

「バルブロ様が即位……そして、王国が……そんなことに……」

 

「控えめに言っても、どこもかしこも混乱の只中だ。せっかくラナー王女が整え、形作ってきた平和が、次々になかったことにされ……昔に逆戻りだよ」

 

 忌々しそうにそう吐き捨てるイビルアイ。

 

 クライムはそれを聞きつつも、その視線は……イビルアイの顔に向いていた。

 彼女の顔には、何時もつけられている仮面がない。そしてその下にあったのは……美少女と言っていい容貌と、血のように赤い目、そして、口元から覗く小さな牙。

 

「……気になるか? まあ、そうだろうな……」

 

吸血鬼(ヴァンパイア)……だったのですか?」

 

「そうだ。軽蔑してくれて構わんぞ」

 

 イビルアイ達『蒼の薔薇』は、王国各地で混乱が巻き起こる中、バルブロの無茶苦茶な恩赦特赦で免罪になり、大っぴらに暴れ出した犯罪者達を相手に戦っていた。

 アダマンタイト級である彼女達に、権力に媚びるけちな犯罪者達がかなうはずもなかったが……その中に幾人か、魔法のアイテムで悪魔を召喚して来た者達がいた。明らかに自分達に制御しきれないほどに強い悪魔を呼び出し、即座に食い殺されてしまっていたが。

 

『蒼の薔薇』は、その悪魔達を退治こそできたものの、その戦いの中でイビルアイの仮面が外れ……吸血鬼である彼女の正体が明らかになってしまったのである。

 

 英雄から一転、『王都の中に不死者(アンデッド)が紛れ込んでいた!』と後ろ指を指される立場になってしまった『蒼の薔薇』。

 ラキュース達にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかないと、イビルアイは1人、チームを抜けて去った。

 

 今現在、ラキュース達は、犯罪者扱いこそされていないものの、『不死者(イビルアイ)に騙されていた』『いいように利用されていた』というレッテルを張られ、大きく求心力を落としてしまったらしい。

 さらにそれを公然と王政府……バルブロから責められ、ラキュースの実家であるアインドラ家も巻き添えで大きく力を落とすこととなった。

 

 今は、どうにか信頼を回復させるために、冒険者として地道な活動を続けているとのことだ。

 

 なお、一時は彼女達を組合から追放するべきだとか、罪人としてとらえるべきだという意見まで出てきたが、それをかばって助けたのは、同じアダマンタイト級チームである『漆黒』だった。

『魔王ヤルダバオトとの戦いでも肩を並べて戦った彼女達を信じる』『もし何かあった場合は私達が責任もって対処する』とまで言ってくれたことで、ラキュース達がそれ以上――心情的なものはともかく――責められることもなくなったのだという。降格すらされなかった。

 それでもさすがに、イビルアイがそこに戻ることはできないだろうが。

 

 一方ブレインは、バルブロの即位後、スカウトという名の徴兵を蹴って逃げ出してきたそうだ。

 バルブロか、あるいはその腰巾着の貴族家かはしらないが、ガゼフと同等と言われるほどの強さを持つブレインを手駒にしたかったのだろう。

 しかしブレインはそれに従わず、さっさと荷物をまとめて出奔した。

 

 そして王都を出たところで、1人ぽつんとたたずんで途方に暮れているイビルアイを偶然発見。

 さらにその直後、川岸でずぶぬれで倒れているクライムを発見――どうやらバルブロに締め落とされた後、川に捨てられたらしい――驚く2人だったが、ひとまず助けて、近くにあったこの廃屋に運び込んだ。

 

 それから丸1日。ようやく熱が下がってクライムは目を覚ました……ということらしい。

 

「では、あの日からもう何日も経っているのですか……」

 

「『あの日』ってのが、あのバカ王の即位の日を指してるんなら……ああ、そうだな」

 

「ラナー様は……」

 

「さっき言った通り、行方知れずだ。ただ、最後に私が冒険者組合で聞くことができた情報では……王家の家紋をつけた馬車が、西の方……聖王国方面へ向かっていったのが目撃されている」

 

 聞いてすぐの内は、困惑と衝撃で落ち着かない様子だったクライムだったが……どうにか動揺を抑え込むことに成功したらしい。

 わざとらしいほどに大きな深呼吸をして、呼吸と気持ちを整えた。

 

「行くのか?」

 

「はい。……自分が仕えるべき相手は、ラナー様ですから」

 

 迷いなく、クライムは答えた。

 そう言うのがわかっていたのだろう。ブレインは苦笑して『しょうがねえな』とでも言いたげに、頭をがしがしとかきながら立ち上がる。

 

「なら、もののついでだ、俺もついてってやるよ。今の王都はちと居心地が悪いんでな……ガゼフにあいさつもできなかったのは悔やまれるが」

 

「……邪魔でなければ私も行こう。ちょうど暇つぶしを探していたところだ。もちろん、不死者がついてくるのが嫌でなければ、だが」

 

「いえ……イビルアイ様のお人柄はわかっていますから。心強いです……ありがとうございます、イビルアイ様、ブレインさん」

 

「ああ、あんまり堅っ苦しいのは要らねーぞ? んで、そっちの嬢ちゃんもよろしく頼むわ」

 

「嬢ちゃん、か……一応私、200歳越えてるんだがな。というか、お前も私の吸血鬼(コレ)は特に気にならんのか?」

 

「まあ、驚きはしたが……今まで普通に付き合えてたし、『蒼の薔薇』の連中も普通にしてたしな。なら別に問題ないってことでいいだろ。個人的に吸血鬼にはあんまりいい思い出はないんだが……一緒にするのも違うだろうしな」

 

「いや、いい思い出とかどうこうじゃなくて、普通は不死者(アンデッド)って時点で色々と敬遠とか……まあ、いいか」

 

 呆れたように苦笑しているイビルアイ。

 

 クライムも同じように、そのブレインの、いい意味での雑さに苦笑する一方……頭の中では、とあることが気にかかっていた。

 

(夢うつつの中で聞いた、あの声は一体、何だったのだろう……よくわからないし、お2人には話さなくともいいか……)

 

 

 こうして、クライム、ブレイン、イビルアイの3人による、ラナー王女を探しての奇妙な旅路が幕を開けたのだった。

 一路3人は、王都から西を目指す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっし……じゃ、次僕らの出番だから……準備するよ」

 

「わかった。緊張するけど……がんばる」

 

 

 

 

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