第3話 おじさん、ふー子を思い出す の巻(おじさん視点)
その日、おじさんはいつものように、
部屋の隅にあるふー子の簡易仏壇の前に座った。
カリカリを小皿に入れ、水をそっと替える。
その動きは、ふー子が生きていたころとほとんど変わらない。
「……お前、今日もどこかで遊んでるのか?」
誰に聞かせるでもない問いをつぶやきながら、
おじさんはふと、ふー子の“名前のこと”を思い出した。
ふー子は、元・捨て猫だった。
ある寒い夕方、アパートの自転車置き場の隅で震えていた。
まだ小さくて、痩せていて、顔だけやたら必死という感じの子猫だった。
おじさんがそっと手を伸ばすと――
「……ぷー……ぷー……」
鼻が詰まっていたのか、寝息とも鼻息ともつかない音を出していた。
目を閉じたまま、疲れ果てたように丸くなっていた。
「あぁ……風邪か。よしよし」
そう言いながら抱き上げた瞬間、ふー子は薄目を開け、
「――フーッ!!」
と弱々しい威嚇をした。
おじさんは思わず吹き出してしまった。
「怒ってんだか、鼻が鳴ってんだか、どっちなんだよ、お前……」
寝息はぷーぷー、声はフーッ。
そのアンバランスさが妙におかしくて、つい笑ってしまったのだ。
家に連れて帰ったあとも、
ふー子はずっと鼻をぐずぐず鳴らしていた。
おじさんはタオルで包んであっためながら、
膝の上で眠る小さな体を見下ろした。
「ぷーぷー言ってるし……ぷー子、って名前もアリかな……」
一瞬、本気でそう思った。
だがその直後、ふー子は目を覚まし、
病院に向かう途中でまた小さく「フーッ」と威嚇した。
そして動物病院でも、診察台の上で盛大に――
「……ぷー……フーッ! ぷ…フーー!!」
(鼻が詰まりすぎて、威嚇と鼻息が混ざってる……)
先生も苦笑いだった。
それを見て、おじさんは決めた。
「……よし。お前は“ふー子”だな。
“ぷー”はちょっと可哀想だしな」
こうして彼女の名前は「ふー子」に確定したのだった。
おじさんは仏壇の前の小皿にカリカリを置きながら、
思い出して少し笑った。
「お前、本当に……小さくて、変な声してて……可愛かったなぁ」
部屋にはテレビの音しかない。
静かで、ちょっと寂しい夜だ。
ふー子が天国でどんな暮らしをしているかは分からない。
でも――
「……元気でやってんなら、それでいい」
小さくつぶやき、
おじさんはふー子の写真の前に、そっと手を合わせた。
そして最後に、ぽつりと言った。
「ふー子……また、夢にでも出てこいよ。
下界のこと、たまには見に来てくれ」
その声は寂しさを含んでいたが、
どこか少しだけ温かかった。
――その時、天国の虹の橋の上で。
ふー子がくしゃみをした。
「くしゅっ!……にゃ? おじさん、呼んだにゃ?」
ふー子のしっぽがゆらりと揺れた。
どうやら、おじさんの想いはちゃんと届いているらしい。
スマホのバッテリーがヤバい ⋯
取り敢えずここまでです。